のこぎり波のソースを表示

[[File:sawtooth-td and fd.png|thumb|right|350px|帯域制限のあるのこぎり波を[[時間領域]]（上）と[[周波数領域]]（下）で表したもの。基本周波数は 220 Hz (A2)]]
{{読み仮名|'''のこぎり波'''|のこぎりは|{{lang-en-short|sawtooth wave}}}}は[[鋸]]の歯に似た[[波形]]をもつ[[区分線形関数|区分的に線形]]な[[周期関数]]である<ref name=":0" />。{{読み仮名|'''鋸歯状波'''|きょしじょうは}}とも。

== 概要 ==
のこぎり波は「一定の変化率で線形に値が変化し、上限に達すると非連続に下限値へ移行する」を繰り返す[[区分線形関数|区分的に線形]]な[[周期関数]]である<ref name=":0" />（⇒ [[#定義]]）。[[波形]]が[[のこぎり]]の歯に似た形状を示すことからこう呼ばれる（⇒ [[#名称]]）。区分線形性や周期性などの特徴をもつ（⇒ [[#性質]]）。いくつかの生成法および近似法があり（⇒ [[#生成と近似]]）、[[音楽]]など様々な分野で応用されている（⇒ [[#応用]]）。

== 定義 ==
定義域 <math>t \in \R^1</math>、[[振幅]] <math>A \in \R^1</math>、[[周期]] <math>T \in \R^1</math> ののこぎり波 <math>x(t) \in \R^1</math> は以下のように定義される。

=== 区分線形関数による定義 ===
[[区分線形関数]]を用い、のこぎり波は以下で定義される<ref name=":0">{{Ilq|基本周期 <math>T</math>、振幅 <math>E</math>、奇関数形の のこぎり波 <math>f(t)</math> は <math>\forall k \in \Z</math> に対して、<math>f(t) := \frac{2E}{T}t - 2Ek</math> ただし <math>\frac{(2k-1)T}{2} < t \leq \frac{(2k+1)T}{2}</math> と定義できる}}{{Harv|一條|2019|p=3}}</ref>：

:<math>x(t) := \frac{2A}{T}t - 2Ak, \qquad \frac{(2k-1)T}{2} < t \leq \frac{(2k+1)T}{2} \ \forall k \in \Z</math>

すなわち、x軸長が <math>T</math><ref group="注"><math>\frac{(2k+1)T}{2} - \frac{(2k-1)T}{2} = T</math> より</ref>で左端値が <math>-A
</math><ref group="注"><math>x(\frac{(2k-1)T}{2}) = \frac{2A}{T} \frac{(2k-1)T}{2} - 2Ak = -A </math> より</ref>、右端値が <math>+A
</math><ref group="注"><math>x(\frac{(2k+1)T}{2}) = \frac{2A}{T} \frac{(2k+1)T}{2} - 2Ak = +A </math> より</ref>になる[[線分]]が繰り返される[[連続時間信号]]がのこぎり波である。

=== 床関数による定義 ===
{{出典の明記| date = 2025年3月| section = 1}}
[[床関数]] <math>\operatorname{floor}(\cdot)</math> を用い、のこぎり波は以下で定義される：
:<math>x(t) := \frac{2A}{T}t - 2A \cdot \operatorname{floor} \left ( {t \over T} + {1 \over 2} \right )</math>

こののこぎり波関数は正弦関数と同じ[[位相]]である。

== 名称 ==
{{出典の明記| date = 2025年3月| section = 1}}
波形の見た目が[[鋸]]（のこぎり）の歯のように見えることからそのように呼ばれる。

徐々に下がっていって急上昇することを繰り返すのこぎり波もある。これを特に{{読み仮名|'''逆のこぎり波'''|ぎゃくのこぎりは|{{lang-en-short|reverse sawtooth wave}}, {{lang-en-short|inverse sawtooth wave}}}}とも呼ぶ。

== 性質 ==
のこぎり波は以下の性質をもつ：

* [[周期関数]]
* [[区分線形関数]]

=== フーリエ級数による近似 ===
[[フーリエ級数]]を用い、のこぎり波は以下で近似できる<ref>{{Ilq|のこぎり波 <math>f(t)</math> は次のようにフーリエ級数展開できる。 <math>f(t) \approx ... = \frac{2E}{\pi}\sum_{n=1}^\infty \frac{(-1)^{n+1}}{n}\sin \frac{2\pi nt}{T}</math>}}{{Harv|一條|2019|p=5}}</ref><ref>{{Ilq|鋸波のフーリエ級数展開 ... <math>2\pi
</math> を周期とする鋸波 ... <math>f(t) = t \qquad (-\pi < t < \pi)
</math> ... <math>f(t) = 2 \sum_{k=1}^{\infin} \frac {(-1)^{k-1}}{k} \sin kt
</math>}}{{harv|嵯峨|2006|p=50}}</ref>：

: <math>x(t) \approx \frac {2A}{\pi}\sum_{k=1}^{\infin} \frac {(-1)^{k+1}}{k} \sin \frac{2\pi kt}{T}</math>

=== 振幅スペクトルの反比例減衰 ===
のこぎり波の[[周波数スペクトル]]は[[周波数]]に[[反比例]]して[[振幅]]が減衰する<ref name=":1">{{Ilq|鋸波は、周波数に反比例した振幅の整数倍音を持つ。}}{{harv|嵯峨|2006|p=51}}</ref><ref name=":2">{{Ilq|superior harmonics; the sawtooth have all of them, with magnitude inversely proportional to the number of the harmonic;}}{{Harv|Borges|2012|p=552}}</ref>。

[[基本周波数]] <math>f_o := T^{-1}</math>, 周波数 <math>f_k := k f_o
</math> を用いると、のこぎり波は以下で表現できる：
: <math>x(t)
\approx \frac {2A}{\pi} \sum_{k=1}^{\infin} \frac{f_o (-1)^{k+1}}{k f_o} \sin (2\pi k f_o t)
= \sum_{k=1}^{\infin} \frac{2A f_o (-1)^{k+1}}{\pi} \frac{1}{f_k} \sin (2\pi f_k t) </math>
各周波数成分の振幅[[絶対値]]を取り定数を <math>C
</math> でくくると、その大きさは <math>C \cdot {f_k}^{-1}

</math> となる。つまり、のこぎり波の周波数スペクトルでは振幅が周波数のマイナス1乗に比例（=周波数に反比例）して減衰する<ref name=":1" /><ref name=":2" />。

[[パワースペクトル密度]]ではマイナス2乗に比例し、この特性は[[ノイズ]]信号における[[レッドノイズ]]と類似している<ref name=":2" />。

== 生成と近似 ==
のこぎり波は様々な手法で生成・[[近似]]できる。

=== 床関数による生成と近似 ===
{{出典の明記| date = 2025年3月| section = 1}}
のこぎり波は線形信号と[[床関数]]で生成・[[近似]]できる。

のこぎり波は線形信号から[[床関数]]適用値を引くことで定義される（⇒ [[#床関数による定義]]）。そのため線形信号を用意できれば定義に従って厳密なのこぎり波が生成できる。

[[デジタル信号処理]]ではこの手法でのこぎり波が近似できる。その際、[[エイリアシング (信号処理)|エイリアシング]]への配慮が必要になる。のこぎり波の[[のこぎり波#フーリエ級数による定義|フーリエ級数による定義]]からわかるように、（アナログ）のこぎり波は周波数∞の成分を含む。[[離散時間信号]]では[[ナイキスト周波数]]以上の成分が[[折り返し雑音]]化するため、[[帯域制限]]無しでこの近似法を用いるとエイリアシングが発生する。

=== 正弦波有限和による近似 ===
[[File:Synthesis_sawtooth.gif|thumb|right|350px|有限個（N=0~50）の[[倍音]]によるのこぎり波の近似]]のこぎり波は有限個の[[正弦波]]の和で[[近似]]できる<ref>{{Ilq|のこぎり波 f(t) を第 3 フーリエ部分和で近似する}}{{Harv|一條|2019|p=6}}</ref>。

のこぎり波は理論上、正弦波の[[無限和]]で近似される（⇒ [[#フーリエ級数による近似]]）。実用上、これを有限個で打ち切ることでものこぎり波を良く近似できる。打ち切り[[周波数]]を上げるほど鋸の歯に形状が近づいていく（図参照）。

この近似法は[[デジタル信号処理]]との相性がいい。[[離散時間信号]]は意図しない[[エイリアシング (信号処理)|エイリアシング]]の危険性を常にもつが、この近似法は周波数を明示的に扱うため[[ナイキスト周波数]]との関係が明確である。そのため打ち切り周波数をナイキスト周波数までに収めれば無駄なく・エイリアシングなくのこぎり波を近似できる。またこの近似法であれば[[高速フーリエ変換]]により効率的に合成できる。

この近似法は[[音楽]]分野での応用において有用である（⇒ [[#音源における正弦波近似の有用性]]）。

== 応用 ==
{{出典の明記| date = 2025年3月| section = 1}}
のこぎり波は、[[ブラウン管]]などでの画像表示のための[[走査線]]を制御する信号の波形である（[[ラスタースキャン]]）。[[オシロスコープ]]も[[時系列]]波形を描く際の水平方向の電子線偏向制御にのこぎり波を使っている。

=== 音源 ===
{{Listen|filename=Sawtooth-aliasingdemo.ogg|title=のこぎり波のサンプル音|description=順に 440 Hz, 880 Hz, 1760 Hzで、それぞれ帯域制限のあり/なし |format=[[Ogg]]}}
のこぎり波を音として聞いてみると、猛々しくハッキリしていて、周波数成分としては[[基本周波数]]の偶数[[倍音]]と奇数倍音の両方が含まれている。全ての整数倍音を含んでいるため、[[減算方式]]の[[シンセサイザー]]で、他の音を合成するベースとして使うのに便利である。のこぎり波は、[[バーチャルアナログ音源]]や[[減算方式]]などのほとんど全てのシンセサイザーの基本となっている。

==== 音源における正弦波近似の有用性 ====
のこぎり波を音源に用いる際、[[のこぎり波#正弦波有限和による近似|正弦波有限和による近似]]は有用である。

[[ヒト]]は[[可聴域]]をもつため、それ以上の[[周波数]]の[[音]]は鳴っていても聞こえない。一方、のこぎり波の[[のこぎり波#フーリエ級数による近似|フーリエ級数による近似]]はのこぎり波が周波数∞までの[[正弦波]][[純音]]の和だと示している。であれば、可聴域外の純音を省略した近似のこぎり波は、真のこぎり波と[[聴覚]]上同一（=聞こえが変わらない）とほぼ見做せる<ref group="注">時間的変動（参考: エンベロープ）と聴覚処理の関係は研究の途上にあり、この近似による時間的変動の差が聴覚上無視できるものかは明らかではない（例: 歯の角の鋭さとアタック感の関係）。</ref>。そのため正弦波有限和による近似はほぼ完璧な近似として機能し、有用性が高い。

== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}

=== 注釈 ===
{{Notelist2}}

=== 出典 ===
{{Reflist}}

== 参考文献 ==
*{{Citation|和書|ref=harv|title=システム情報工学演習第ニ|last=嵯峨山|first=茂樹|year=2006|url=http://hil.t.u-tokyo.ac.jp/publications/2006/FourierTrans2006nov.pdf|publisher=東京大学|chapter=フーリエ解析・信号処理}}
*{{Citation|和書|ref=harv|title=電子情報工学実験 III|last=一條|first=健司|year=2019|url=https://www.eit.hirosaki-u.ac.jp/~ken/EXP3CHAP4/eitexp3_2019_apdx_C01.pdf|publisher=弘前大学|chapter=Appendix C のこぎり波の第3フーリエ部分和について}}
*{{Cite journal2 |last=Borges |first=C. Rodrigo |date=2012-04-23 |title=Noise/Signal: two different listening experiences for deterministic and non deterministic sound stimulus |series=Acoustics 2012 |url=https://hal.science/hal-00810897/ |journal=Proceedings of the Acoustics 2012 Nantes Conference |pages=551-556 |ref=harv}}

== 関連項目 ==
{{Commonscat|Sawtooth waves}}
{{Portal box||エレクトロニクス|物理学|数学}}
*[[正弦波]]
*[[三角波 (波形)]]
*[[矩形波]]
*[[波動]]
*[[音]]

{{DEFAULTSORT:のこきりは}}
[[Category:電子工学]]
[[Category:振動と波動]]
{{Electronics-stub}}