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[[ファイル:Sodium-chloride-unit-cell-3D-ionic.png|thumb|right|150px|NaClの結晶格子]] '''イオン半径'''(イオンはんけい、ionic radius)とは[[イオン結晶]]の[[結晶格子]]中において[[イオン (化学)|イオン]]を[[剛体]][[球]]と仮定した場合の[[半径]]である。 イオン半径は[[オングストローム]](Å)あるいは[[ピコメートル]](pm)という[[単位]]で表示されるが、後者が[[SI単位]]である。 == 概要 == イオンの[[電子雲]]が[[球対称]]であると見做せる場合、イオン結晶中の[[陽イオン]]および[[陰イオン]]の原子間[[距離]]は、両者の半径の和であると仮定することができる。 [[X線回折]]により得られる原子間距離は陽イオンと陰イオンの半径の合計であり、単独イオンの半径を直接求めることはできない。そこで、[[1927年]]に[[ライナス・ポーリング]](Linus Carl Pauling)は1価イオンについて半径が[[有効核電荷]]に[[反比例]]するものと仮定して半径を求め、これを基に結晶構造のデータがあるものについて各種原子のイオン半径を決定した。 [[ファイル:Sodium-fluoride-unit-cell-3D.png|thumb|right|150px|NaFの結晶格子]] 例えば[[フッ化ナトリウム]]結晶格子の[[格子定数]]は462 pmであり、[[ナトリウム]]イオン Na<sup>+</sup> および[[フッ化物]]イオン F<sup>−</sup> の半径の合計は231 pmとなるが単独のイオン半径はこの方法から知ることができない。 これらのイオンは共に[[ネオン]]の[[電子配置]] 1s<sup>2</sup>2s<sup>2</sup>2p<sup>6</sup> をとり[[スレーター軌道]]に基いて遮蔽定数を求めると 4.15 となる。ナトリウムイオンの有効核電荷は 11−4.15=6.85 、フッ化物イオンは 9−4.15=4.85 となり、イオン半径比は以下のようになる。これから<math>r_{\rm{Na}^+}</math>=95 pm、<math>r_{\rm{F}^-}</math>=136 pm が求まる。 : <math>\frac{r_{\rm{Na}^+}}{r_{\rm{F}^-}} = \left ( \frac{6.85}{4.85} \right )^{-1} = 0.71</math> また[[塩化ナトリウム型構造]]である[[ハロゲン]]化[[アルカリ金属|アルカリ]]の格子定数は以下のようになる。これらのデータよりイオン半径の差が求められ、先に求めた Na<sup>+</sup> および F<sup>−</sup> の半径を用いてその他の各種イオン半径が求められた。 {| class="wikitable" style="float:left; text-align: center" ! r''/''pm !! F<sup>−</sup> !! Cl<sup>−</sup> !! Br<sup>−</sup> !! I<sup>−</sup> |- ! Li<sup>+</sup> | 401.73 ([[フッ化リチウム|LiF]]) || 512.95 ([[塩化リチウム|LiCl]]) || 550.13 ([[臭化リチウム|LiBr]]) || 600.0 ([[ヨウ化リチウム|LiI]]) |- ! Na<sup>+</sup> | 462.0 ([[フッ化ナトリウム|NaF]]) || 564.06 ([[塩化ナトリウム|NaCl]]) || 597.32 ([[臭化ナトリウム|NaBr]]) || 647.28 ([[ヨウ化ナトリウム|NaI]]) |- ! K<sup>+</sup> | 534.7 ([[フッ化カリウム|KF]]) || 629.29 ([[塩化カリウム|KCl]]) || 660.00 ([[臭化カリウム|KBr]]) || 706.56 ([[ヨウ化カリウム|KI]]) |- ! Rb<sup>+</sup> | 564 ([[フッ化ルビジウム|RbF]]) || 658.10 ([[塩化ルビジウム|RbCl]]) || 685.4 ([[臭化ルビジウム|RbBr]]) || 734.2 ([[ヨウ化ルビジウム|RbI]]) |- ! Cs<sup>+</sup> | 600.8 ([[フッ化セシウム|CsF]]) || || || |} {{-}} 以下にポーリングによるイオン半径(pm)を示す<ref name=Pauling>L. Pauling, ''The Nature of the Chemical Bond,'' 3rd Edn., Cornell University Press, Ithaca, N. Y. (1960).</ref><ref name=Cotton>FA コットン, G. ウィルキンソン著, 中原 勝儼訳 『コットン・ウィルキンソン無機化学』 培風館、1987年</ref><ref name=Nagashima>長島弘三、佐野博敏、富田 功 『無機化学』 実教出版</ref>。 {| class="wikitable" style="float:left; text-align: center" |- | [[水素|H<sup>+</sup>]] || colspan="5" | || [[ヒドリド|H<sup>−</sup>]] 208 |- | [[リチウム|Li<sup>+</sup>]] 60 || [[ベリリウム|Be<sup>2+</sup>]] 31 || [[ホウ素|B<sup>3+</sup>]] 20 || [[炭素|C<sup>4+</sup>]] 15 <br /> C<sup>4−</sup> 260 || [[窒素|N<sup>5+</sup>]] 11 <br /> N<sup>3−</sup> 171 || [[酸素|O<sup>6+</sup>]] 9 <br /> [[酸化物|O<sup>2−</sup>]] 140 || [[フッ素|F<sup>7+</sup>]] 7 <br /> [[フッ化物|F<sup>−</sup>]] 136 |- | [[ナトリウム|Na<sup>+</sup>]] 95 || [[マグネシウム|Mg<sup>2+</sup>]] 65 || [[アルミニウム|Al<sup>3+</sup>]] 50 || [[ケイ素|Si<sup>4+</sup>]] 41 <br /> Si<sup>4−</sup> 271 || [[リン|P<sup>5+</sup>]] 34 <br /> P<sup>3−</sup> 212 || [[硫黄|S<sup>6+</sup>]] 29 <br /> [[硫化物|S<sup>2−</sup>]] 184 || [[塩素|Cl<sup>7+</sup>]] 26 <br /> [[塩化物|Cl<sup>−</sup>]] 181 |- | [[カリウム|K<sup>+</sup>]] 133 || [[カルシウム|Ca<sup>2+</sup>]] 99 || [[スカンジウム|Sc<sup>3+</sup>]] 81 || [[チタン|Ti<sup>4+</sup>]] 68 <br /> Ti<sup>3+</sup> 76 || [[バナジウム|V<sup>5+</sup>]] 59 <br /> V<sup>4+</sup> 60 || [[クロム|Cr<sup>6+</sup>]] 52 <br /> Cr<sup>3+</sup> 69 || [[マンガン|Mn<sup>7+</sup>]] 46 <br /> Mn<sup>2+</sup> 80 || [[鉄|Fe<sup>3+</sup>]] 64 <br /> Fe<sup>2+</sup> 76 || [[コバルト|Co<sup>3+</sup>]] 63 <br /> Co<sup>2+</sup> 74 || [[ニッケル|Ni<sup>3+</sup>]] 62 <br /> Ni<sup>2+</sup> 69 |- | [[銅|Cu<sup>+</sup>]] 96 || [[亜鉛|Zn<sup>2+</sup>]] 74 || [[ガリウム|Ga<sup>3+</sup>]] 62 || [[ゲルマニウム|Ge<sup>4+</sup>]] 53 || [[ヒ素|As<sup>5+</sup>]] 47 || [[セレン|Se<sup>6+</sup>]] 42 <br /> Se<sup>2−</sup> 198 || [[臭素|Br<sup>7+</sup>]] 39 <br /> [[臭化物|Br<sup>−</sup>]] 195 |- | [[ルビジウム|Rb<sup>+</sup>]] 148 || [[ストロンチウム|Sr<sup>2+</sup>]] 113 || [[イットリウム|Y<sup>3+</sup>]] 93 || [[ジルコニウム|Zr<sup>4+</sup>]] 80 || [[ニオブ|Nb<sup>5+</sup>]] 70 || [[モリブデン|Mo<sup>6+</sup>]] 62 <br /> Mo<sup>4+</sup> 66 || [[テクネチウム|Tc<sup>7+</sup>]] 56 || [[ルテニウム|Ru<sup>4+</sup>]] 63 || [[ロジウム|Rh<sup>3+</sup>]] || [[パラジウム|Pd<sup>2+</sup>]] 86 |- | [[銀|Ag<sup>+</sup>]] 126 || [[カドミウム|Cd<sup>2+</sup>]] 97 || [[インジウム|In<sup>3+</sup>]] 81 || [[スズ|Sn<sup>4+</sup>]] 71 <br /> Sn<sup>2+</sup> 112 || [[アンチモン|Sb<sup>5+</sup>]] 62 || [[テルル|Te<sup>6+</sup>]] 56 <br /> Te<sup>2−</sup> 221 || [[ヨウ素|I<sup>7+</sup>]] 50 <br /> [[ヨウ化物|I<sup>−</sup>]] 216 || colspan="3" | |- | [[セシウム|Cs<sup>+</sup>]] 169 || [[バリウム|Ba<sup>2+</sup>]] 135 || [[ランタン|La<sup>3+</sup>]] 115 || colspan="7" | [[セリウム|Ce<sup>4+</sup>]] 101 , [[ユウロピウム|Eu<sup>2+</sup>]] 112 , [[ルテチウム|Lu<sup>3+</sup>]] 93 |- | colspan="3" | || [[ハフニウム|Hf<sup>4+</sup>]] 81 || [[タンタル|Ta<sup>5+</sup>]] || [[タングステン|W<sup>6+</sup>]] 66 || [[レニウム|Re<sup>7+</sup>]] || [[オスミウム|Os<sup>4+</sup>]] 65 || [[イリジウム|Ir<sup>4+</sup>]] 64 || [[白金|Pt<sup>2+</sup>]] |- | [[金|Au<sup>+</sup>]] 137 || [[水銀|Hg<sup>2+</sup>]] 110 || [[タリウム|Tl<sup>3+</sup>]] 95 <br /> Tl<sup>+</sup> 140 || [[鉛|Pb<sup>4+</sup>]] 84 <br /> Pb<sup>2+</sup> 120 || [[ビスマス|Bi<sup>5+</sup>]] 74 || || || colspan="3" | |- | [[フランシウム|Fr<sup>+</sup>]] || [[ラジウム|Ra<sup>2+</sup>]] 140 || [[アクチニウム|Ac<sup>3+</sup>]] 118 || colspan="7" | [[トリウム|Th<sup>4+</sup>]] 102 , [[ウラン|U<sup>4+</sup>]] 97 , [[アメリシウム|Am<sup>3+</sup>]] 106 |} {{-}} また1920年代に[[ヴィクトール・モーリッツ・ゴルトシュミット]](Victor Moritz Goldschmidt)らは[[酸化物]]イオン O<sup>2−</sup> の半径を 135 pm と見積もり各種イオン半径を算出し、その結果を[[地球化学]]分野に応用し、[[鉱物]]を[[結晶学]]の立場から理論を構築し多大な功績を残した<ref>松井義人、一国雅巳 訳 『メイスン 一般地球化学』 岩波書店、1970年</ref>。 後にこれらのイオン半径の値に改良が加えられ、[[配位]]数(4配位、6配位、8配位、12配位など)、あるいは[[高スピン状態]]か[[低スピン状態]]であるかによっても異なることが明らかにされた。[[1969年]]にR.D.ShannonおよびC.T.Prewittらは6配位の酸化物イオンの半径を 126 pm、フッ化物イオンの半径を 119 pmと置いて結晶データより各イオン半径を算出しており、これによれば陽イオンはポーリングによる値より14~17 pm程度大きくなり、陰イオンは14~17 pm程度小さくなる。ShannonおよびPrewittらの値の方がより結晶データとの整合性が高いとされる。6配位の主なイオン半径は以下の通りである。なお、ここでは結晶半径の値を示す<ref name=binran>日本化学会編 『改訂4版 化学便覧 基礎編』 丸善</ref>。 {| class="wikitable" style="float:left; text-align: center" |- | Li<sup>+</sup> 90 || Be<sup>2+</sup> 59 || || || O<sup>2−</sup> 126 || F<sup>−</sup> 119 |- | Na<sup>+</sup> 116 || Mg<sup>2+</sup> 86 || Al<sup>3+</sup> 68 || || S<sup>2−</sup> 170 || Cl<sup>−</sup> 167 |- | K<sup>+</sup> 152 || Ca<sup>2+</sup> 114 || Sc<sup>3+</sup> 88 || || Se<sup>2−</sup> 184 || Br<sup>−</sup> 182 |- | Rb<sup>+</sup> 166 || Sr<sup>2+</sup> 132 || Y<sup>3+</sup> 104 || || Te<sup>2−</sup> 207 || I<sup>−</sup> 206 |- | Cs<sup>+</sup> 181 || Ba<sup>2+</sup> 149 || La<sup>3+</sup> 117 || || |} {{-}} イオン半径はイオン間の距離、すなわち相互作用に直接関連するものであり、電荷と共に[[静電気力]]に大きく影響を与えるものである。すなわちイオン半径が小さいほど静電気力が強くなり[[格子エネルギー]]を増大させる傾向にある。 これらのイオン半径は完全な[[イオン結合]]であることを前提としているが、ある程度の共有結合性を有する結晶格子ではイオン半径の合計と格子定数との一致が良くない。例えば[[共有結合]]性の寄与が大きな[[塩化銀]]あるいは[[水素化マグネシウム]]などの格子定数は陽イオンおよび陰イオンの半径の合計から予想される値よりも小さくなることが多い。塩化ナトリウム型構造であるハロゲン化銀の格子定数は以下のようになる。イオン半径はナトリウムイオンより銀イオンの方が大きく、イオン性の高い[[フッ化銀]]は予測される通り、[[フッ化ナトリウム]]より格子定数が大きいが、塩化銀および[[臭化銀]]では対応するナトリウム塩より格子定数が小さくなっている。 {| class="wikitable" style="float:left; text-align: center" ! r''/''pm !! F<sup>−</sup> !! Cl<sup>−</sup> !! Br<sup>−</sup> |- ! Ag<sup>+</sup> | 492 ([[フッ化銀|AgF]]) || 554.7 ([[塩化銀|AgCl]]) || 577.45 ([[臭化銀|AgBr]]) |} {{-}} == 配位数との関係 == [[ファイル:Ionnic radius-critical radius ratio.png|thumb|right|200px|NaCl型構造の限界半径比]] 結晶格子中において陽イオンは陰イオンに、陰イオンは陽イオンにそれぞれ取り囲まれた配位構造であるが、同じ電荷のイオン同士では反発力が働き、それらが互いに接触した状態は不安定である。そのため各結晶格子について同種電荷のイオン同士が接触しない'''限界半径比'''(critical radius ratio)がある。 [[塩化セシウム型構造]](8配位)をとるためには限界半径比は <math>\frac{r^-}{r^+} < \frac{1}{\sqrt{3}-1}</math> すなわち ''r''− ''/'' ''r''+ < 1.366 となる。 塩化ナトリウム型構造(6配位)では <math>\frac{1}{\sqrt{3}-1} < \frac{r^-}{r^+} < \frac{1}{\sqrt{2}-1}</math> すなわち 1.366 < ''r''− ''/'' ''r''+ < 2.414 となる。 [[閃亜鉛鉱型構造]](4配位)では <math>\frac{1}{\sqrt{2}-1} < \frac{r^-}{r^+} < \frac{\sqrt{3}}{\sqrt{2}}-1</math> すなわち 2.414 < ''r''− ''/'' ''r''+ < 4.449 となる。 また[[正三角形]]3配位では <math>\frac{\sqrt{3}}{\sqrt{2}}-1 < \frac{r^-}{r^+} < \frac{2}{\sqrt{3}}-1</math> すなわち 4.449 < ''r''− ''/'' ''r''+ < 6.464 となる。 ただし、これらの ''r''− ''/'' ''r''+ は ''r''+ ''/'' ''r''− と置き換えても良い。 == 水和イオンの性質 == 遊離状態のイオンが[[水和]]する場合その水和熱は、ほぼ ''z''<sup>2</sup>/''r''(電荷の2乗/イオン半径)に比例する。すなわちこの数値が大きいほど強く水和し、[[金属]]陽イオンの場合は金属−[[酸素]]原子間の共有結合性が強くなり、プロトンを放出しやすく酸としての強度が高くなる。[[希ガス]]電子配置を取る水和金属イオンの[[酸解離定数]] {{pKa}} は ''z''<sup>2</sup>/''r'' とほぼ直線関係が成立する<ref name=Shimura>新村陽一 『無機化学』 朝倉書店、1984年</ref>。 [[溶液]]中の陽イオンおよび陰イオンの会合定数あるいは錯生成定数は静電気的な寄与が大きく、イオンの電荷が大きくイオン半径が小さいほど錯生成定数が大きくなる傾向にある。また[[HSAB則]]でいうところのhardな酸・塩基は一般的にイオン半径が小さく、softな酸・塩基は一般的に大きく[[分極]]しやすい傾向にある<ref name=tanaka>田中元治 『基礎化学選書8 酸と塩基』 裳華房、1971年</ref>。 == 脚注・参考文献 == {{reflist}} == 関連項目 == * [[原子半径]] * [[共有結合半径]] * [[金属結合半径]] * [[ファンデルワールス半径]] {{DEFAULTSORT:いおんはんけい}} [[Category:イオン]] [[Category:原子]] [[Category:結晶]] [[Category:溶液化学]]
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