イタリック体のソースを表示

[[画像:CorneLivre.jpg|right|thumb|200px|ページの最上部にイタリック体で題名を記した書籍。現代では本文で用いられることは少なく、この書籍でも本文には[[立体活字|立体]]を用いている。]]

'''イタリック体'''（イタリックたい、[[英語|英]]: italic type）は、[[アルファベット]]の[[書体]]の一つである。[[筆記体]] ({{lang|en|cursive}})に似た字形を持つ（特に小文字）。

ほとんどの場合に上部が右に傾いているので、しばしば[[斜体]]と混同ないし同一視されるが、正確には両者は異なる概念である。[[#字形]]を参照。

もともとは15世紀の[[イタリア]]・[[ヴェネツィア]]で[[聖書]]の紙面スペースを節約するために考案された{{sfn|小泉|2012|p=58}}のが「イタリック」の由来である。当初は手書き（[[筆記体]]）の本文用書体であった。16世紀に金属活字となって普及した。しかし17世紀以降は本文はもっぱら[[立体活字|立体]]（正立した書体）を用いることが一般的になった。

現在では立体などと共に[[フォント]]の属性を成し、文章の中で語を強調したり周囲と区別したりするなどの補助的な用途に用いられることが多い。他言語の単語であることを示すためにも使われる<ref group="注釈">これは日本語中における片仮名の用法と同様である。</ref>。

== 字形 ==
下記の上段に[[立体活字|立体]]、下段にイタリック体を示す（文意は[[パングラム]]）。
[[画像:TeTeX roman italic.png|400px|center|[[立体活字|立体]]とイタリック体による "The five boxing wizards jump quickly." の例]]

比較のため、[[立体活字|立体]]を傾けただけの[[斜体]]（オブリーク体（[[:en:Oblique type]]））で同じ文を示す。
[[画像:TeTeX oblique.png|400px|center|オブリーク体による "The five boxing wizards jump quickly." の例]]

イタリック体の小文字の形は、ストロークの端が次の文字に続くような丸みを帯びている。書体によって多少の差異が見られるが、多くの書体では右図に具体的に示したように、次のような特徴をもつ。
[[画像:Italic-vs-roman.png|thumb|right|200px|[[立体活字|立体]]とイタリック体で特に字形の異なる文字]]
[[画像:Arabic text Italic-Normal.png|thumb|right|200px|アドビアラビア語フォント（ノーマル、イタリック、ボールド、ボールドイタリック）の4つの図形]]
* a の上部の弧（ターミナル）がない。
* f がディセンダ（ベースラインより下に伸びる部分）をもつ。
* g の下部の丸みがつながらない。
* w や v の下部が丸みをもつ。
筆記体から派生しているのでストロークの終わりの[[セリフ (文字)|セリフ]]を欠くことが多々あり、セリフをもつ場合も[[立体活字|立体]]のような左右2方向に広がるものではなく、片側だけにセリフを形成する場合が見られるのも特徴である。

上記のような特徴を立体にもたせて'''立体イタリック''' ({{lang|en|upright italic}})と呼ばれる書体を作ることもできる。イタリック体と斜体は一般的には同一視されることもあるものの、字形を考える上ではまったく異なる概念であると考えたほうがよい。

セリフをもたない[[サンセリフ]]書体には、上記のような特徴をもたないものも多く、そのような場合は単に斜体にしたフォントをイタリック体とすることがある<ref name="wabun">「[http://ohkadesign.cool.ne.jp/wabunfont/study/basic/basic2.html 欧文書体の基礎知識]」『和文フォント大図鑑』、桜花デザイン</ref>。それらでは、イタリック体と斜体との見た目上の区別は失われる。[[Gill Sans]]など、サンセリフであっても字形の異なるイタリック体を別途用意している書体もある。

[[大文字]]については、イタリック体と（ローマン体の）[[斜体]]に顕著な差はない。

== 歴史 ==
イタリック体の起源は、[[ニッコロ・ニッコリ]]の1420年頃の筆記書体に見出すことができる{{sfn|スタン・ナイト|2001|p=97}}。この書体のもつ特徴が好まれるようになると、まもなく現在のイタリック体の特徴をはっきり備えた書体が[[ヴェネツィア共和国|ヴェネツィア]]の[[ローマ教皇庁|教皇庁]]尚書院で公的に（[[教皇書簡]]や外交書簡用に）用いられるようになった。この書体は「チャンサリー・カーシブ」（{{lang-it|cancelleresca corsiva}}、{{lang-en|chancery cursive}}または{{en|[[:en:chancery hand|chancery hand]]}}）と呼ばれる{{sfn|スタン・ナイト|2001|p=97}}。

このチャンサリー・カーシブを基にして[[フランチェスコ・グリフォ]]が彫った活字<ref name="imada">今田欣一「[http://www.type-labo.jp/Shotainokiso2.html 書体の基礎知識 欧文書体編]」タイプラボ。</ref>は、[[1501年]]、[[アルドゥス・マヌティウス]]の印刷工房で、1ページに多くの文字を詰め込み印刷物を小型化する目的で初めて使用された{{sfn|小泉|2012|p=58}}<ref name="updike">D. B. Updike, ''Printing Types: their history, form and use'', Harvard University Press, 1927.</ref>。この時の活字は、現在のイタリック体の書法とは異なり、大文字に[[書体#欧文書体の各構成要素|アセンダライン]]よりも高さの低い[[立体活字|立体]]を用いていた。

フランチェスコ・グリフォとアルドゥス・マヌティウスの書体は広く普及し、後世アルダイン・イタリック（「アルドゥスのイタリック」の意）と呼ばれるようになったが<ref name="kitani">気谷誠 講演録「[http://www.yushodo.co.jp/pinus/62/Aldus/index.html 懐中のルネサンス ―アルドゥスが生んだ500年前の文庫本―]」『Net Pinus』62号、雄松堂、2005年。</ref>、当時から人気はとても高く、頻繁にかつ不正確に模倣された。ヴェネツィアの元老院はアルドゥスに独占使用権を認め、当時の[[教皇]]もその権利を確認したものの、模造品の使用は絶えなかった<ref name="updike"/>。

やがてこの書体はフランスにも伝わり、「イタリック」（イタリアの）書体と呼ばれるようになった。1540年代に[[クロード・ギャラモン]]などが大文字を傾かせたイタリック体を使うようになり、以後定着した。同じ頃[[パリ]]の活字父型彫刻師[[ロベール・グランジョン]]が字形を調整して書体を完成させていった<ref name="imada"/>。1560年頃、[[アントウェルペン]]の活字父型彫刻師[[フランソワ・ギュヨ]]は[[立体活字|立体]]とイタリック体の調和を目指し、[[立体活字|立体]]活字の中で使えるイタリック体を用意した<ref name="kawano">河野三男「[http://www.ops.dti.ne.jp/~robundo/Treview03.html 古典書体シリーズ第３弾]」『Type review』朗文堂。</ref>。こうした流れの中で、16世紀末以降イタリック体は[[立体活字|立体]]に随伴する補助的な書体として、下に示すような用法を獲得していった<ref name="wabun"/>。

<gallery>
Niccolo_de_Niccoli_italic_handwriting.jpg|ニッコロ・ニッコリの筆記書体。イタリック体の原型となったとされる<ref>B. L. Ullman, ''Origin and Development of Humanistic Script'' (Ed. di Storia e Letteratura, 1960)</ref>。1420年頃。
Virgil 1501 Aldus Manutius (Italika).jpg|アルドゥス・マヌティウスが印刷した[[ウェルギリウス]]の叙事詩。1501年。
Suetonius Lives of the Twelve Caesars 1540.jpg|[[クロード・ギャラモン|ギャラモン]]のイタリック体を用いてフランスで印刷された[[スエトニウス]]の『ローマ皇帝伝』。1540年。
</gallery>

==用法==
欧文では、イタリック体は以下のような場面で用いられる。なお強調や題名などの用法は、和文の[[括弧#鉤括弧「」|鉤括弧]]などの引用符の用法に似る。
*語の強調や注意の喚起（初回の登場）
*引用箇所の明示
*船名
*出版物名（本の題名など）
*法律的事件の名。
*遺伝子・酵素の名。
*属名以下（生物学）→下記を参照。
*[[物理量]]の記号→下記を参照。これに対して、単位記号は[[立体]]（[[ローマン体]]）を用いる。
*[[変数 (数学)|変数]]→下記を参照。
*数学の[[定理]]の名前、ステートメント（数学の論文などに多い）。
*他国語。例えば英文中にフランス語やラテン語や日本語が現れる場合など<ref group="注釈">例： A splendid ''coq au vin'' was served. </ref><ref group="注釈">ただし、英語圏内で充分に普及し、もはや外国語とみなせなくなった言葉は[[立体活字|立体]]で表記される。</ref>。
*言葉を記載どおりの意味で受け取ってはいけないということを示す表記。皮肉など。
*各段落（各項）の先頭の題名（[[リーダー]]{{要曖昧さ回避|date=2023年6月}}）をイタリック体で表す流儀もある（短文などで）。

イタリック体で書かれた文中に上に示したような箇所が現れた場合は、逆に[[立体活字|立体]]に戻される。

イタリック体が存在しない書体では、代わりに[[斜体]]を用いる。[[タイプライター]]や手書き文章など、イタリック体・斜体のいずれも用いるのが困難な環境では、下線や[[引用符]]でもって代えることがある。

===生物学分野===
[[生物学]]における[[学名]]のうち、[[属 (分類学)|属]]名以下（[[種名]]・種小名など）は、地の文と区別するためにイタリック体で表記し、それ以外（[[科 (分類学)|科]]以上の階級）は[[立体活字|立体]]を用いる<ref>横川浩治「[http://www.kanpira.com/iriomote_museum/scientific_name.htm 生物の名前と分類]」</ref>。

===自然科学・工学分野===
[[変数 (数学)|変数]]（内容の変化する[[関数 (数学)|関数]]、[[作用素 (関数解析学)|作用素]]、[[物理定数]]を含む）、すなわち内容が変化するものを表す記号は、イタリック体で表記することが、[[国際標準化機構]] (ISO)、[[日本工業規格]] (JIS)、[[日本物理学会]]などによって定められている。[[ギリシャ文字]]（[[大文字]]・[[小文字]]）も例外ではない。国際単位系 (SI) では、[[物理量]]の記号は、イタリック体（斜体）で表記することが「推奨」されている。

====固有名====
これに対して、固有もしくは内容が変化しない記号（[[単位記号]]、[[SI接頭語]]を含む<ref>[https://www.bipm.org/utils/common/pdf/si-brochure/SI-Brochure-9-EN.pdf The International System of Units (SI) 9th ed. Text in English] 2.3.1 Base units  p.130 欄外注</ref>）は[[立体活字|立体]]で表記することが定められている<ref>[http://www.iso.org/iso/home/store/catalogue_tc/catalogue_detail.htm?csnumber=31887 ISO 80000-2:2009] Quantities and units −- Part 2: Mathematical signs and symbols to be used in the natural sciences and technology、[[国際標準化機構]]、2009年。</ref><ref>[http://kikakurui.com/z8/Z8201-1981-01.html JIS Z 8201]（数学記号）、[[日本工業規格]]、1981。</ref><ref name="jps">[http://www.jps.or.jp/books/files/toukou-kitei.pdf 日本物理学会誌投稿規定]、[[日本物理学会]]、2002年。</ref>。固有の関数名（[[対数|{{math|log}}]], [[三角関数|{{math|sin}}]], [[指数関数|{{math|exp}}]] など）、演算記号（[[極限|{{math|lim}}]]）、[[数学定数]]（[[円周率]] {{math|π}}, [[虚数単位]] {{math|i}} など）も同様である。

: 例：<math>\mathrm{e}^{\mathrm{i}x} = \cos x + \mathrm{i} \sin x</math>

====慣用表記====
しかしながら従来からの慣用として、数学の分野では、[[円周率]] {{mvar|&pi;}}, [[虚数単位]] {{mvar|i}}, [[ネイピア数]] {{mvar|e}}, [[微分法|微分作用素]] {{mvar|d}} などでイタリック体が用いられることが少なくない。

: 例：<math>e^{ix} = \cos x + i \sin x</math>

[[ギリシャ文字]]大文字の変数では立体が用いられることが少なくない（例：{{math|&Theta;}}）。

[[ベクトル]]変数・[[行列]]変数・[[テンソル]]変数の表記について下記の様々なスタイルが見られ、立体が用いられることが少なくない。
*<math>\boldsymbol{y} = A \boldsymbol{x}</math> （ベクトルは[[太字]]化）
*<math>\boldsymbol{y} = \mathsf{A} \boldsymbol{x}</math> （ベクトルは太字化、行列・テンソルは[[サンセリフ]]立体）<ref name="jps"/>
*<math>\mathbf{y} = \mathbf{Ax}</math> （ベクトル・行列・テンソルは、太字立体）<ref group="注釈">このスタイルは英語圏に多く見られる。</ref>
*<math>\vec{y} = A \vec{x} </math> （ベクトルは矢印を加えて示す）

かつての日本の中学・高校の教科書では、[[リットル]]の表記にイタリック体や筆記体のエル（''[[l]]'', ℓ）が用いられているものがあった。詳しくは[[リットル#ℓ から L へ]]を参照。

=== ウェブページ ===
[[HyperText Markup Language|HTML]]4.01まで、<code>i</code> 要素が文書あるいはその一部をイタリック体で表示するために用いられており、そのため{{As of|2024}}でも一般的に[[ウェブブラウザ]]は <code>i</code> 要素の中身をイタリック体 (ないし斜体) で表示する<ref>{{Cite web |title=&lt;i&gt;: 慣用テキスト要素 - HTML: ハイパーテキストマークアップ言語 {{!}} MDN |url=https://developer.mozilla.org/ja/docs/Web/HTML/Element/i |website=developer.mozilla.org |date=2023-08-23 |access-date=2024-07-20 |language=en-US}}</ref>。

[[HTML5]]では、分類学上の名称、専門用語、他言語の慣用句、思考の内容、船の名前といった、印刷物であれば意味論的にイタリックを使う場面で <code>i</code> 要素を使うことができる<ref>[https://www.w3.org/TR/html5-diff/#changed-elements HTML5 Differences from HTML4] [[World Wide Web Consortium]]、2014年9月18日（2014年12月3日閲覧）。</ref>。変数を示す <code>var</code> 要素も通常斜体またはイタリック体で表示される。

=== 括弧 ===
[[スタイルガイド]] ''[[The Chicago Manual of Style]]'' (15th edition) は、括弧のフォントは内容ではなく周辺のテキストにあわせるべきだとしている（6.6節）。イタリック体の文字を[[立体活字|立体]]の括弧で囲む際に文字が重なってしまう場合は、小さい[[スペース]]を挿入すればよい。

== 書体 ==
[[メイリオ]]および[[Meiryo UI]]においては、日本語文字のイタリック体として立体と同じ字形が実装されている。このため、[[Cascading Style Sheets|CSS]]を用いて <code>font-style: italic</code> とした場合も立体と同様に表示される。イタリック体が実装されていないわけではないので、<code>font-style: oblique</code> とした場合にもイタリック体を使用するため、立体と同じ字形が表示されることとなる。

ただし[[Mozilla Firefox]]のように、専用のフォント処理によって斜体として表示するソフトウェアも存在する。

== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}

=== 注釈 ===
{{Reflist|group="注釈"}}

=== 出典 ===
<references />

== 参考文献 ==
*{{Cite book|和書|author=スタン・ナイト |authorlink= |coauthors= |translator=高宮利行 |editor= |others= |title=西洋書体の歴史─古典時代からルネサンスへ─ |origdate= |origyear=1998 |url= |format= |accessdate= |edition= |date= |year=2001 |publisher=慶應義塾大学出版会 |location= |series= |language= |id= |isbn=4-7664-0834-9 |oclc= |doi= |volume= |page= |pages= |chapter= |chapterurl= |quote= |ref=harv}}
*{{Cite book|和書|last=小泉|first=均|title=タイポグラフィ・ハンドブック|year=2012|publisher=研究社|isbn=978-4-327-37732-8|authorlink=小泉均|ref=harv}}

{{タイポグラフィ用語}}

{{DEFAULTSORT:いたりつくたい}}
[[Category:書体]]