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[[File:Windkessel effect.svg|thumb|300px|ウィンドケッセルモデルのイラストによる例示。心臓("Heart")がポンプ("Pump")に、弾性動脈("Elastic arteries")が空気室("Windkessel")に相当する。]] '''ウィンドケッセルモデル'''({{lang-en-short|Windkessel model}})とは、[[医学]]、特に循環[[生理学]]において[[血圧|動脈圧]]の[[波形]]を[[一回拍出量]]と動脈壁の[[機械的コンプライアンス|コンプライアンス]]の相互作用の観点から説明する際に使われる概念である。 == 概要 == [[File:Wiggers Diagram.png|thumb|400px|right|心周期を表すダイアグラム。収縮期("Systole")の最初に大動脈弁が開き、左室圧(青い曲線)により心臓から血液が拍出される。大動脈弁が閉じて拡張期("Diastole")に入ると心臓からの拍出は無くなるが、大動脈圧(一番上の灰色の曲線)は保たれている。]] "Windkessel" は元は[[ドイツ語]]であり、[[英語]]に直訳すれば "air chamber" 、即ち「空気室」となるが<ref>{{cite journal |author=Sagawa K, Lie RK, Schaefer J |title=Translation of Otto Frank's paper "Die Grundform des Arteriellen Pulses" Zeitschrift für Biologie 37: 483-526 (1899) |journal=J. Mol. Cell. Cardiol. |volume=22 |issue=3 |pages=253–4 |date=March 1990 |pmid=2192068 |doi= 10.1016/0022-2828(90)91459-K|url=}}</ref><ref name = "Frank 1899">{{cite journal |author=Frank O |title=The basic shape of the arterial pulse. First treatise: mathematical analysis. 1899 |journal=J. Mol. Cell. Cardiol. |volume=22 |issue=3 |pages=255–77 |date=March 1990 |pmid=21438422 |doi= 10.1016/0022-2828(90)91460-O|url=}}</ref>、通常は「[[弾性]]を持った貯留槽モデル」といったニュアンスで使用される<ref>Ganong M.D., William F. (2005): ''Review of Medical Physiology'', Twenty-Second Edition, page 587. The McGraw-Hill Companies, Inc.</ref>。太い弾性[[血管]](例: [[大動脈]]、[[総頸動脈]]、[[鎖骨下動脈]]、[[肺動脈]]、そしてそれらの主要分枝)は[[エラスチン]]によって構成された[[弾性線維]]を含んでいる。これらの血管は収縮期に[[血圧]]が上がると拡張し、拡張期に血圧が下がるともとの径に収縮する。{{仮リンク|末梢血管抵抗|en|Peripheral resistance}}があるために、それらの弾性血管に流入する血流量は、流出する血流量よりも多くなる。そのため、収縮期に差し引きの血液量が血管内に蓄えられ、それが拡張期に末梢側に放出されることになる。その結果、心臓からの血液の拍出が止まる拡張期でも[[臓器]]への血液灌流が維持されている。これを'''ウィンドケッセル効果'''(Windkessel effect)と呼ぶ。ウィンドケッセル効果は、一回の{{仮リンク|心周期|en|Cardiac cycle}}における血圧の変動(={{仮リンク|脈圧|en|Pulse pressure}})に対する緩衝作用を果たしている。 == 歴史 == ウィンドケッセルの概念は当初[[ジョバンニ・ボレリ]]により示唆されたものであるが、更に[[スティーヴン・ヘールズ]]により概念が整理・明瞭化され、18世紀当時の消防ポンプで使用されていた空気室とのアナロジーを用いて説明された(上図のイラスト参照)<ref>Stephen Hales ''Statical Essays: Haemastaticks'', 1733</ref>。その後ドイツの生理学者オットー・フランク([[:en:Otto Frank (physiologist)|Otto Frank]])により、厳密な数学的基礎のもとに定式化された<ref name = "Frank 1899" />。フランクのモデルは後述する「2要素ウィンドケッセルモデル」に相当し、後に拡張されたより複雑なモデル(3要素・4要素ウィンドケッセル)とは区別されることがある<ref>Westerhof N, Lankhaar JW, Westerhof BE.The arterial Windkessel.Med Biol Eng Comput. 2009 Feb;47(2):131-41. Epub 2008 Jun 10.</ref>。 == 等価回路 == [[File:Windkessel model 2-elements (png).png|thumb|2要素ウィンドケッセルモデル]] [[File:Windkessel model 3-elements.png|thumb|3要素ウィンドケッセルモデル]] [[File:Windkessel model 4-elements.png|thumb|4要素ウィンドケッセルモデル]] ウィンドケッセルモデルにおいて、太い弾性血管の伸展性は[[電気回路]]との対比において[[キャパシタ]]に相当すると言える。電気回路に模したモデルのうち、2要素・3要素・4要素の[[等価回路]]を右の図に示す<ref>Catanho M, Sinha M, Vijayan V (2012). [http://www.isn.ucsd.edu/courses/beng221/problems/2012/BENG221_Project%20-%20Catanho%20Sinha%20Vijayan.pdf Model of Aortic Blood Flow Using the Windkessel Effect.] - [http://www.isn.ucsd.edu/courses/beng221/problems/ BENG 221 Mathematical Methods in Bioengineering] [http://be.ucsd.edu/ Bioengineering Department | UC San Diego]</ref>。 === 2要素モデル === 最も単純な血行動態を表すモデルは2要素モデルであり、動脈コンプライアンスと全末梢血管抵抗の影響を考慮したものである。 右図の等価回路では、動脈コンプライアンスを[[電荷]]を蓄えるキャパシタの容量 ''C'' に、[[体循環]]の末梢血管抵抗を[[抵抗器]]の[[抵抗]] ''R'' に対応させている。心臓から拍出される血液量は[[電流]]に対応し ''I(t)'' として、また[[大動脈]]の血圧は[[電位]] ''P(t)'' としてそれぞれ時間の[[関数 (数学)|関数]]で表されている。 この時電流(心拍出量)、電位(大動脈圧)の関係は、以下の[[微分方程式]]として表される。 :<math>I(t) = \frac{P(t)}{R} + C \frac{dP(t)}{dt}</math> 2要素モデルの解析の一例として、ここでは[[心室]]から大動脈に流出する血流を[[正弦波]]でシミュレートする。また単純化のために、{{仮リンク|等容収縮|en|Isovolumetric contraction|label=等容収縮時間}}と[[等容弛緩時間]]を無視する。即ち収縮期の開始と同時に大動脈弁の開放が起こり、大動脈弁の閉鎖と同時に拡張期に入ると仮定する。 [[振幅]]を ''I<sub>0</sub>''、心周期時間を ''T<sub>c</sub>''、収縮期時間を ''T<sub>s</sub>''で表すと、収縮期の血流は :<math>I(t) = I_0\ \mathrm{sin}\left(\pi \cdot \frac{t\ \mathrm{mod}\ T_c}{T_s}\right)</math> となる。ここで mod は mod演算子([[:en:Floor_and_ceiling_functions#Mod_operator|mod operator]])である。''I<sub>0</sub>'' と一回拍出量(Stroke Volume)は比例し、両者には :<math>Stroke\ Volume = \int_0^{T_s} I(t) \, dt = \frac{2 I_0 T_s}{\pi}</math> の関係がある。また拡張期に拍出される血流は :<math>I(t) = 0</math> となる(ここでは[[大動脈弁閉鎖不全症]]などは無い理想的な状況を想定していることに注意)。 実際にこのモデルを解析的に解くと、まず ''0'' ≤ ''t'' ≤ ''T<sub>s</sub>'' の収縮期では :<math>P(t) = c_1 e^{\frac{-t}{CR}} - \frac{I_0 T_s R \left(\pi C R \mathrm{cos}\left(\frac{\pi t}{T_s}\right) - T_s \mathrm{sin}\left(\frac{\pi t}{T_s}\right)\right)}{T_s^2 + (\pi C R)^2}</math> 但し定数 ''c<sub>1</sub>'' は、収縮初期の血圧を ''P<sub>ss</sub>''として :<math>c_1 = P_{ss} + \frac{I_0 T_s R (\pi C R)}{T_s^2 + (\pi C R)^2} </math> となる。一方 ''T<sub>s</sub>'' ≤ ''t'' ≤ ''T<sub>c</sub>'' の拡張期では、 :<math>\frac{P(t)}{R} + C \frac{dP(t)}{dt} = 0</math> となるので :<math>P(t) = c_2 e^{\frac{-t}{CR}}</math> 即ち[[指数関数]]的減衰曲線となり、これがウィンドケッセル効果により拡張期に末梢側に血流を送り出す血圧を表している。定数 ''c<sub>2</sub>'' を求めるには拡張初期の血圧 ''P<sub>sd</sub>'' が必要であるが、''P<sub>sd</sub>'' は収縮期における解から求められる収縮末期圧に依存する。この場合は等容弛緩時間を無視しているので、 :<math>P_{sd} = P(T_s) = P_{ss} e^{\frac{-T_s}{CR}} + \frac{I_0 T_s R (\pi C R)}{T_s^2 + (\pi C R)^2} \left( e^{\frac{-T_s}{RC}} + 1\right) </math> として求められる ''P<sub>sd</sub>'' を用いて、 :<math>c_2 = P_{sd} e^{\frac{T_s}{CR}} = P_{ss} + \frac{I_0 T_s R (\pi C R)}{T_s^2 + (\pi C R)^2} \left( 1 + e^{\frac{T_s}{CR}} \right)</math> となる。上記の結果から収縮期・拡張期いずれにおいても、一回拍出量に相関する ''I<sub>0</sub>'' と動脈コンプライアンス ''C'' 、また末梢血管抵抗を表す ''R'' が動脈圧波形に関与することが分かる。 === 3要素モデル === 3要素モデルでは、更に大動脈基部の[[特性インピーダンス]]を考慮に入れる。[[大動脈弁]]による抵抗を説明するため、上述の2要素モデルに抵抗 ''r'' を追加する。心臓から拍出される血流に対する抵抗は大動脈弁の開閉により変動する。このモデルは以下の微分方程式で表される。 :<math>\left(1 + \frac{r}{R}\right)I(t) + rC \frac{dI(t)}{dt} = \frac{P(t)}{R} + C \frac{dP(t)}{dt}</math> === 4要素モデル === 4要素モデルでは、血流の[[慣性]]を表現するために[[インダクタ]]を導入する。インダクタでの電位の降下は ''L(dI(t)/dt)'' で表す。4要素モデルは心周期に伴う血行動態を2要素・3要素モデルより更に正確にモデル化することが出来る。 :<math>\left(1 + \frac{r}{R}\right)I(t) + \left(rC + \frac{L}{R}\right) \frac{dI(t)}{dt} + LC \frac{d^2I(t)}{dt^2} = \frac{P(t)}{R} + C \frac{dP(t)}{dt}</math> == 加齢との関係 == [[加齢]]が進むと[[動脈壁硬化]]により弾性血管のコンプライアンスが低下するため、ウィンドケッセル効果は減少する。原因は弾性繊維のエラスチンの分解・喪失が関与していると思われる。ウィンドケッセル効果の減少は脈圧を増大させるため、一回拍出量が一定の条件のもとでは収縮期血圧を上昇させる。収縮期血圧の上昇、即ち[[高血圧]]は、[[心筋梗塞]]、[[脳血管障害]]、[[心不全]]、その他様々な[[心血管疾患]]の危険因子となる<ref>{{cite journal |author=Lewington S, Clarke R, Qizilbash N, Peto R, Collins R |title=Age-specific relevance of usual blood pressure to vascular mortality: a meta-analysis of individual data for one million adults in 61 prospective studies |journal=Lancet |volume=360 |issue=9349 |pages=1903–13 |date=December 2002 |pmid=12493255 |doi= 10.1016/S0140-6736(02)11911-8|url=}}</ref>。 == 応用 == ウィンドケッセルモデルの応用として、適切なモデルを設定し圧波形を解析することにより要素ごとのパラメーターを求め、血管床の生理学的特性を明らかにする研究が行われている。 一例として、左右[[シャント]]を伴う[[先天性心疾患]]では[[肺高血圧クライシス]]を起こす可能性があるため肺血管床の評価をする必要があるが、肺動脈圧波形の解析から得られる肺動脈コンプライアンスなどの指標の有用性が検討されている<ref>Kawamata, H., Awa, S., Hosaki, A., Waragai, T., Watanabe, N., & Akagi, M. (2007). Analysis of Abnormal Pulmonary Hemodynamics of Left to Right Shunt Congenital Heart Defects Under No With the Use of Windkessel Model. Journal of the Kyorin Medical Society, 38(2), 51–60. doi:10.11434/kyorinmed.38.51</ref>。 具体的には、上記の2要素モデルの結果を肺動脈に応用することにより、拡張期の肺動脈圧波形が指数関数的減衰曲線になると仮定する。拡張期のある時刻 ''t''<sub>1</sub>、''t''<sub>2</sub> (''t''<sub>1</sub><''t''<sub>2</sub>)における肺動脈圧をそれぞれ ''P''<sub>1</sub>、''P''<sub>2</sub> とすると、拡張期[[時定数]](diastolic time constant)''T''<sub>d</sub> は :<math>T_d = -\frac{t_2 - t_1}{\mathrm{ln} \left( P_2 / P_1 \right)}</math> また平均肺動脈圧を''mPAP'' 、平均左房圧(または肺動脈楔入圧)を''mLAP'' 、肺血流量を''Q''<sub>p</sub>とすると、肺血管抵抗''R''<sub>p</sub>は :<math>R_p = \frac{mPAP - mLAP}{Q_p}</math> として与えられる。[[肺動脈カテーテル]]を用いてこれらの値を実際に計測し、肺動脈の拡張期コンプライアンス''C''<sub>d</sub>を :<math>C_d = \frac{T_d}{R_p}</math> として求めることが出来る。また左房圧を基準とした収縮期・拡張期・平均肺動脈圧と''C''<sub>d</sub>から、肺血管床を :<math>WS_s = (maximum\ systolic\ PAP - mLAP) \cdot C_d</math> :<math>WS_d = (minimum\ diastolic\ PAP - mLAP) \cdot C_d</math> :<math>WS_m = (mPAP - mLAP) \cdot C_d</math> として計算出来る。''WS''<sub>s</sub>、''WS''<sub>d</sub>、''WS''<sub>m</sub>をそれぞれ収縮期・拡張期・平均のウィンドケッセル容積(Windkessel size)と呼ぶ。 == 脈波伝播モデル == ウィンドケッセルモデルはその単純さから循環動態を考察するのに便利なモデルであるが、あくまで脈管系を[[巨視的]]に見たもので、血流や圧伝播の局所的な詳細を論じる事はできない。動脈圧とその波形の解釈に対するより現代的なアプローチとしては[[脈波伝播]]と反射波による'''脈波伝播モデル'''(propagation model)があり、広く使われつつある<ref>McDonald D.A. (1960). ''Blood Flow in Arteries''. Monographs of the Physiological Society. Baltimore: Williams and Wilkins Company</ref><ref>Nichols W.W., O'Rourke M.F. (2005). ''McDonald's Blood Flow in Arteries: Theoretical, Experimental and Clinical Principles''. Hodder Arnold Publication</ref>。一方、脈波伝播モデルとウィンドケッセルモデルとの統合を試みるアプローチも存在する<ref>{{cite journal |author=Tyberg JV, Davies JE, Wang Z, ''et al.'' |title=Wave intensity analysis and the development of the reservoir-wave approach |journal=Med Biol Eng Comput |volume=47 |issue=2 |pages=221–32 |date=February 2009 |pmid=19189147 |doi=10.1007/s11517-008-0430-z |url=}}</ref>。 {{See also|動脈スティフネス}} == 脚注 == {{reflist|2}} == 関連項目 == * [[血流]] * [[血圧]] * [[動脈]] * [[弾性]] * [[弾性コンプライアンス|コンプライアンス]] * [[動脈スティフネス]] * [[先天性心疾患]] {{循環器系}} {{デフォルトソート:ういんどけっせるもでる}} [[Category:動脈]] [[Category:生理学]] [[Category:循環器学]]
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