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数学において'''エルゴード定理'''(エルゴードていり、{{lang-en-short|ergodic theorem}})とは、[[力学系]]における時間平均と空間平均の一致を表す定理。[[ジョージ・デビット・バーコフ|ジョージ・バーコフ]]によって示された個別エルゴード定理や、[[ジョン・フォン・ノイマン|フォン・ノイマン]]によって示された平均エルゴード定理が知られている。 ==概要== ===古典的エルゴード定理=== ここでは[[力学]]における[[相空間]]を想定し、領域をn次元ユークリッド空間'''R'''<sup>n</sup>における有界領域Ωとする。実際の物理系でも空間的制約や[[第一積分]]などの束縛条件により、相空間上の代表点の運動は有界領域に限られることが多い。同じ力学系で記述される相空間内の代表点の時間発展は位相流体として非圧縮性な定常流を成している。出点''x'' =''x''<sub>0</sub> ∈ ''Ω''を選ぶと流れに沿って''i'' 単位時間ごと(''i'' =0,± 1,± 2,…)の位置 :<math>\dotsc,x_{-2},x_{-1},x_{0},x_1,x_2,\dotsc</math> が定まる。また定常という言葉は、時間の取り方に点の移動が不変すなわち<math>x_n=\hat{x}</math>なる点において :<math>x_{n+m}=\hat{x}_{m}=(x_n)_m</math> が成り立つ、つまり[[群 (数学)|群]]の性質を有する。非圧縮性は位相体積不変を表す[[リウヴィルの定理 (物理学)|リウヴィルの定理]]を意味する。リウヴィルの定理は数学的には[[保測変換]]として記述される。すなわち可測集合''A'' ⊂ Ωに対して、''A''内の点''x'' が''i'' 時間後に成す集合''A''<sub>i</sub>={''x''<sub>i</sub> | ''x'' ∈ ''A'' }は可測であり,'''R'''<sup>''n''</sup>の[[ルベーグ測度]]''μ''に対し :<math>\mu (A)=\mu(A_i)</math> が成り立つと表現される。 [[エルゴード理論]]では''Ω''内の点列{''x<sub>n</sub>''}の''n'' → ∞での振る舞いを調べることになる。例えば ''Ω''内の可測関数''A''の[[指示関数|定義関数]] :<math> \chi_{A}(x)= \begin{cases} 1 & x \in A \\ 0 & x \notin A \end{cases} </math> を使って :<math>\frac{1}{n}\sum_{i=1}^n\chi_A(x_i)</math> を考えると、これは単位時間ごとに観測して何回''A'' を訪れたかという平均回数になり、''n'' → ∞としたときの '''平均訪問回数''' ''χ''<sup>*</sup>(''x'')がどんなときに存在するかというは一つの問題となる。 ===個別エルゴード定理(G. D. Birkoff 1932)=== [[ジョージ・デビット・バーコフ|ジョージ・バーコフ]]は個々の''x'' ∈ ''Ω''について時間平均の存在を示した '''個別エルゴード定理'''(individual ergodic theorem)を証明した。 ''Ω''において可積分な複素数値関数''ρ'' (''x'' ) ∈'' L''<sup>1</sup>(''Ω'')において、[[ほとんど (数学)|ほとんどすべて]]の出発点[[ほとんど (数学)|a.e.]] ''x'' =''x''<sub>0</sub> ∈ ''Ω''に対して、有限値の時間平均 :<math> \rho^{\ast}(x):=\lim_{n \to \infty} \frac{1}{n}\sum_{i=1}^{n}\rho (x_i) </math> が存在し、この時間平均と空間平均が次の形で一致する; :<math> \int_{\Omega}\rho^{\ast}(x)\, dx =\int_{\Omega}\rho(x) \, dx </math> また''ρ''<sup>*</sup> (''x'' )は初期値''x'' のとり方に関して不変、すなわちa.e. ''x'' ∈ ''Ω''に対して :<math> \int_{\Omega}\rho^{\ast}(x_k) \, dx= \int_{\Omega} \rho(x) \, dx \qquad (k=0,\pm 1,\pm2,\dots) </math> が成り立つ。 ===平均エルゴード定理(J. von Neumann 1932)=== [[ジョン・フォン・ノイマン|フォン・ノイマン]]は''L''<sup>2</sup>(''Ω'')[[ノルム]]の意味で収束、すなわち二乗平均収束(mean converge)で時間平均が存在するという'''平均エルゴード定理'''(mean ergodic theorem)を示した。 ''Ω''において2乗可積分な複素数値関数''ρ''(''x'') ∈'' L''<sup>2</sup>(''Ω'')に対し :<math> \lim_{n \to \infty}\int_{\Omega} \left | \frac{1}{n}\sum_{i=1}^n\rho(x_i)-\rho^{\ast}(x) \right |^2 \, dx=0 </math> すなわち :<math> \rho^{\ast}(x)= \operatorname{s-}\lim_{n \to \infty}\frac{1}{n}\sum_{i=1}^n\rho(x_i) </math> を満たす''ρ''<sup>*</sup>(''x'') ∈'' L''<sup>2</sup>(''Ω'')が存在する。 このとき、時間平均と空間平均が次の形で一致する; :<math> \int_{\Omega}\rho^{\ast}(x)\, dx =\int_{\Omega}\rho(x)\, dx </math> また''ρ''<sup>*</sup>(''x'')は初期値''x'' のとり方に関して不変、すなわちa.e. ''x'' ∈ ''Ω''に対して :<math> \int_{\Omega}\rho^{\ast}(x_k) \, dx= \int_{\Omega} \rho(x) \, dx \qquad (k=0,\pm 1,\pm2,\dots) </math> が成り立つ。 ==歴史的背景== エルゴード問題の端緒は19世紀末に溯る。[[統計力学]]の創始者である[[ルートヴィッヒ・ボルツマン|ボルツマン]]と[[ウィラード・ギブズ|ギブズ]]は、相空間Ω上での物理量''F'' (''x'' )の(長)時間平均 :<math>\lim_{T \to \infty}\frac{1}{T}\int_0^TF(x_t) \, dt</math> を計算することの困難性からこれを空間平均 :<math> \int_{\Omega}F(x)\, dx </math> に置き換えることを考え、それを正当化するために『与えられた力学系の任意の軌道は、長時間の後に系の全ての点 を通過する』という仮説を要請した。この仮説の事を[[エルゴード仮説]]という。 しかしながらこの仮説には多くの反論が出された。第一に、力学系の軌道が[[ペアノ曲線]]のように空間の全ての点を通り、 空間を埋め尽くすということはありそうもないし、第二に、エルゴード仮説を認めたとしても :<math>\lim_{T \to \infty}\frac{1}{T}\int_0^TF(x_t) \, dt </math> が有限の値として定まる事は自明ではない。 まず第一の反論には、[[アンリ・ポアンカレ|ポアンカレ]]が1899年にポアソン安定性(Poisson's stability)という標題で一つの'''[[ポアンカレの回帰定理|回帰定理]]'''(recurrence theorem)を証明した。これはある種の強い条件の下で成り立つものであったが、その後も[[コンスタンティン・カラテオドリ|カラテオドリ]]等によって精緻化されていた。 第二の反論における時間平均の存在の問題は1932年にジョージ・バーコフとフォン・ノイマン及びT.Calemannによって初めて取り上げられ、これが数学理論としてのエルゴード理論の出発点となった。 ==参考文献== *[[吉田耕作]], [[河田敬義]], [[岩村聯]] 『位相解析の基礎』 岩波書店(1960年) ISBN 978-4000050258 *[[青木統夫]] 『力学系の実解析入門』 共立出版 (2004年) ISBN 978-4320017719 ==関連項目== * [[エルゴード理論]] {{DEFAULTSORT:えるこおとていり}} [[Category:力学系の定理]] [[Category:物理学の定理]] [[Category:エルゴード理論]] [[Category:数学に関する記事]]
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