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{{出典の明記|date=2017年5月}} {{フレーバー}} [[ファイル:Cabibbo Kobayashi 2.jpg|thumb|200px|[[ニコラ・カビボ]](左)と[[小林誠 (物理学者)|小林誠]](右)]] '''カビボ・小林・益川行列'''(カビボ・こばやし・ますかわぎょうれつ, {{lang|en|Cabibbo-Kobayashi-Maskawa matrix}})は、[[素粒子物理学]]の[[標準模型|標準理論]]において、[[フレーバー (素粒子)|フレーバー]]が変化する場合における弱崩壊の結合定数を表す[[ユニタリー行列]]である。 頭文字をとって'''CKM行列'''と呼ばれることが多い。'''クォーク混合行列'''とも言われる。 CKM行列は[[クォーク]]が自由に伝播する場合と[[弱い相互作用]]を起こす場合の[[量子状態]]の不整合を示しており、[[CP対称性の破れ]]を説明するために必要不可欠である。この行列は元々[[ニコラ・カビボ]]が2世代の行列理論として公表していたものを、[[小林誠 (物理学者)|小林誠]]と[[益川敏英]]が3世代の行列にして完成したものである。 ==概要== [[Image:Quark weak interactions.svg|thumb|300px|right|クォーク崩壊を示すモデル。]] [[電弱相互作用]](荷電カレント)により下系列の[[クォーク]]([[ダウンクォーク|ダウン]]、[[ストレンジクォーク|ストレンジ]]、[[ボトムクォーク|ボトム]])は上系列のクォーク([[アップクォーク|アップ]]、[[チャームクォーク|チャーム]]、[[トップクォーク|トップ]])へと崩壊する。 アップクォークへと崩壊するクォークは、純粋なダウンクォークの状態(質量[[固有状態]])ではなく、一般に下系列クォークの重ね合わせの状態となっている。チャーム、トップについても同様であり、上系列と下系列クォークのずれが'''CKM行列'''である。 ==カビボ角== 1963年、カビボはそれまでの[[マレー・ゲルマン|ゲルマン]]らの研究により導かれていた弱い相互作用の普遍性を保存するために'''カビボ角'''(θ<sub>c</sub>)を提唱した。当時まだクォークモデルは存在していなかったが、これは[[ダウンクォーク]]や[[ストレンジクォーク]]が[[アップクォーク]]へと崩壊する場合にかかわる現象(|''V''<sub>ud</sub>|<sup>2</sup> および |''V''<sub>us</sub>|<sup>2</sup> に相当する)をよく説明できた。 弱荷電カレントによりアップクォークへと崩壊するクォークは、一般に下系列クォークの重ね合わせ状態となっている。これを ''d′''として表記すると、ベクトル表示では :<math>|d^\prime \rangle = V_{ud} | d \rangle + V_{us} | s \rangle</math> となる。カビボ角を用いれば :<math>|d^\prime \rangle = \cos \theta_\mathrm{c} | d \rangle + \sin \theta_\mathrm{c} | s \rangle</math> である。現在知られている実験値を |''V''<sub>ud</sub>| と |''V''<sub>us</sub>| に代入すると、カビボ角は :<math>\tan\theta_\mathrm{c}=\frac{|V_{us}|}{|V_{ud}|}=\frac{0.2257}{0.97419} \rarr \theta_\mathrm{c}= ~13.04^\circ</math> となる。 |''V''<sub>ud</sub>|<sup>2</sup> と |''V''<sub>us</sub>|<sup>2</sup> の和は 1 になるはずであるが、実際には 0.99999 にしかならない。これはトップクォークの存在を考慮していなかったためであるが(トップクォークを考慮すれば |''V''<sub>ut</sub>|<sup>2</sup> = 0.00001 となり、総和は 1 である)、当時の実験精度ではトップクォークの存在を予言するには至らなかった。 [[Image:Cabibbo angle.svg|thumb|300px|right|カビボ角は、ダウンクォークとストレンジクォークの質量固有状態 <math>\scriptstyle{| d \rangle , \ | s \rangle}</math> が作り出す質量固有ベクトル場が、弱固有ベクトル場 <math>\scriptstyle{| d^\prime \rangle , \ | s^\prime \rangle}</math> へと変化する場合の回転角を示す。{{nowrap|θ<sub>C</sub> {{=}} 13.04°.}}]] 1974年に[[チャームクォーク]]が発見されると、ダウンクォークやストレンジクォークがチャームクォークにも崩壊することが確認され、以下のベクトル方程式が追加された。 :<math>| s^\prime \rangle = V_{cd} | d \rangle + V_{cs} | s \rangle</math> カビボ角の表記では :<math>| s^\prime \rangle = -\sin{\theta_\mathrm{c}} | d \rangle + \cos{\theta_\mathrm{c}} | s \rangle</math> である。これらを行列で表すと :<math> \begin{bmatrix} \left| d^\prime \right \rangle \\ \left| s^\prime \right \rangle \end{bmatrix} = \begin{bmatrix} V_{ud} & V_{us} \\ V_{cd} & V_{cs}\\ \end{bmatrix} \begin{bmatrix} \left| d \right \rangle \\ \left| s \right \rangle \end{bmatrix} </math> カビボ角表記では :<math> \begin{bmatrix} \left| d^\prime \right \rangle \\ \left| s^\prime \right \rangle \end{bmatrix} = \begin{bmatrix} \cos{\theta_\mathrm{c}} & \sin{\theta_\mathrm{c}} \\ -\sin{\theta_\mathrm{c}} & \cos{\theta_\mathrm{c}}\\ \end{bmatrix} \begin{bmatrix} \left| d \right \rangle \\ \left| s \right \rangle \end{bmatrix} </math> となる。 この 2行2列の [[回転行列]]は'''カビボ行列'''と呼ばれ、|''V<sub>ij</sub>''|<sup>2</sup> は、クォーク ''i'' がクォーク ''j'' に崩壊する確率を示している。 == CKM行列 == 小林と益川は3世代以上のクォーク対があるとCP対称性の破れを説明できることを発見し、カビボ行列にもう1世代のクォーク対を加えて 3行3列とした CKM行列を提唱した。 {{main|小林・益川理論}} 上系列クォークの質量固有状態 u,c,t と対を成す状態をそれぞれ d',s',b' とし、下系列クォークの質量固有状態を d,s,b とすると, : <math>\begin{bmatrix} d' \\ s' \\ b' \\\end{bmatrix} =\begin{bmatrix} V_{ud} & V_{us} & V_{ub} \\ V_{cd} & V_{cs} & V_{cb} \\ V_{td} & V_{ts} & V_{tb} \\ \end{bmatrix} \begin{bmatrix} d \\ s \\ b \\ \end{bmatrix} </math> と書くことができる。この V がCKM行列である。2023年に発表された各成分の絶対値は以下の通り。 :<math> \begin{bmatrix} |V_{ud}| & |V_{us}| & |V_{ub}| \\ |V_{cd}| & |V_{cs}| & |V_{cb}| \\ |V_{td}| & |V_{ts}| & |V_{tb}| \end{bmatrix} = \begin{bmatrix} 0.97373 \pm 0.00031 & 0.2243 \pm 0.0008 & 0.00382 \pm 0.00020 \\ 0.221 \pm 0.004 & 0.975 \pm 0.006 & 0.0408 \pm 0.0014 \\ 0.0086 \pm 0.0002 & 0.0415 \pm 0.0009 & 1.014 \pm 0.029 \end{bmatrix} </math> この行列では下系列クォーク(d,s,b)の混合状態(d',s',b')で上系列と下系列の不整合を説明しているが、これは純粋に便宜上のものにすぎない。上系列のクォークが混合していると見なすことも可能であり、その場合でも本質は変わらないユニタリー行列が現れる。 == 媒介変数表記 == CKM行列を理解するためには4つの表記法が必要であるが、ここでは代表的なもの3つを取り上げる。 === 小林・益川表記 === 小林と益川による表記法では、行列は3つの角 θ<sub>1</sub>、θ<sub>2</sub>、θ<sub>3</sub> と CP対称性の破れを示す位相 δ で表される。θ<sub>1</sub> はカビボ角である。 以下c<sub>i</sub> はコサイン、s<sub>i</sub> はサインを表す。 :<math>\begin{bmatrix} c_1 & -s_1 c_3 & -s_1 s_3 \\ s_1 c_2 & c_1 c_2 c_3 - s_2 s_3 e^{i\delta} & c_1 c_2 s_3 + s_2 c_3 e^{i\delta}\\ s_1 s_2 & c_1 s_2 c_3 + c_2 s_3 e^{i\delta} & c_1 s_2 s_3 - c_2 c_3 e^{i\delta} \\ \end{bmatrix} </math> === 標準表記 === 標準表記では3つのオイラー角 θ<sub>12</sub>、θ<sub>23</sub>、θ<sub>13</sub> と CP対称性の破れを示す位相 δ<sub>13</sub> が用いられる。カビボ角は θ<sub>12</sub> で表される。 :<math>\begin{bmatrix} c_{12}c_{13} & s_{12} c_{13} & s_{13}e^{-i\delta_{13}} \\ -s_{12}c_{23} - c_{12}s_{23}s_{13}e^{i\delta_{13}} & c_{12}c_{23} - s_{12}s_{23}s_{13}e^{i\delta_{13}} & s_{23}c_{13}\\ s_{12}s_{23} - c_{12}c_{23}s_{13}e^{i\delta_{13}} & -c_{12}s_{23} - s_{12}c_{23}s_{13}e^{i\delta_{13}} & c_{23}c_{13} \\ \end{bmatrix} </math> 現在知られている値は以下のとおりである。 :θ<sub>12</sub> = {{val|13.04|0.05}}° :θ<sub>13</sub> = {{val|0.201|0.011}}° :θ<sub>23</sub> = {{val|2.38|0.06}}° :δ<sub>13</sub> = {{val|1.20|0.08}} === ウォルフェンシュタイン表記 === ウォルフェンシュタインによる表記法では、4つの媒介変数 λ、A、ρ、η が使われ、標準表記を簡略化できる利点がある。標準表記で使われる変数とは以下のように対応している。 :λ = s<sub>12</sub> :Aλ<sup>2</sup> = s<sub>23</sub> :Aλ<sup>3</sup>(ρ − iη) = s<sub>13</sub>e<sup>−iδ</sup> λ<sup>3</sup> を基準にした場合に与えられる式は :<math>\begin{bmatrix} 1-\lambda^2/2 & \lambda & A\lambda^3(\rho-i\eta) \\ -\lambda & 1-\lambda^2/2 & A\lambda^2 \\ A\lambda^3(1-\rho-i\eta) & -A\lambda^2 & 1 \end{bmatrix} </math> である。CP対称性の破れは ρ − iη となる。各成分の値は、標準表記の値を代入した場合、以下の通りとなる。 :λ = {{val|0.2257|+0.0009|-0.0010}} :A = {{val|0.814|+0.021|-0.022}} :ρ = {{val|0.135|+0.031|-0.016}} :η = {{val|0.349|+0.015|-0.017}} == 演算 == N世代の[[クォーク]]が存在する場合を考える。まず行列の成分の個数を数える必要がある。成分 V は実験により導かれる。 #<math>N \times N</math> の複素行列は <math>2N^2</math>個の実数を含んでいる。 #ユニタリティーの制限は <math>\sum_k V_{ik}^*V_{jk} = \delta_{ij}</math> であるので、対角成分 <math>(i=j)</math> は <math>N</math>、それ以外の成分は <math>N(N-1)</math> の制限がある。よってユニタリー行列で独立な実数は <math>N^2</math> 個となる。 #位相の1つはクォーク場へ吸収できる。全体に共通な位相は吸収できない。よって独立な数は <math>(2N-1)</math> 個であり、変数は <math>(N-1)^2</math> 個となる。 #これらのうち <math>\frac{N(N-1)}{2}</math> 個は'''クォーク混合角'''と言われる回転角である。 #残りの <math>\frac{ (N-1) (N-2) }{ 2 }</math> 個が複素位相であり、[[CP対称性の破れ]]の原因となる。 N = 2 の場合、2世代のクォーク間の混合角を表す位相因子は1つとなる。これはクォークの世代が2つしか知られていなかったときにCKM行列の前身になったもので、発見者にちなんで'''カビボ角'''といわれる。[[標準模型|標準理論]]では N = 3 となり、3つの混合角とCP対称性の破れが現れる。 == クォーク混合の発見 == クォーク混合は以下の2つの観測結果を説明するために考えだされた。 #[[アップクォーク]]↔[[ダウンクォーク]]、[[電子]]↔[[電子ニュートリノ]]、[[ミューオン]]↔[[ミューニュートリノ]]の変換は類似した振幅を持っている。 #ストレンジネスが変化する素粒子の変換で <math>\Delta S=1</math> は <math>\Delta S=0</math> の 1/4 の振幅を持っている。 これらについて、カビボは弱い相互作用の普遍性が1.を、[[ダウンクォーク]]と[[ストレンジクォーク]]の混合角が2.をそれぞれ解決すると仮定した。 クォークが2世代の場合はCP対称性の破れを示す位相は現れない。その一方で中性[[K中間子]]の崩壊に伴う対称性の破れは[[1964年]]に発見されており、標準理論が発表されると[[1973年]]に小林と益川が指摘したように3世代目のクォークの存在が強く示唆された。[[1976年]]には[[フェルミ国立加速器研究所]]で[[ボトムクォーク]]が発見され、すぐにこれと対をつくる[[トップクォーク]]探しが始まった。 == 弱い相互作用の普遍性 == CKM行列の対角成分でユニタリティーの制限は :<math>\sum_j |V_{ij}|^2 = 1 \quad (i=1,\,2,\,3)</math> である。これは上向き[[アイソスピン]]を持つクォークと下向きアイソスピンを持つクォークのペアの数が全ての世代で同じことを示唆している。この関係はカビボが[[1967年]]に'''弱い相互作用の普遍性(弱い相互作用のユニバーサリティー)'''として初めて指摘した。理論上全ての SU(2) 粒子対は弱い相互作用の[[ゲージボソン]]と同じ強さで結合することが導かれ、これまでの実験結果と一致している。 == ユニタリティー三角形 == CKM行列で残りのユニタリティーの制限は :<math>\sum_k V_{ik}^*V_{jk} = \delta_{ij}</math> である。任意の i および j において3つの複素数の制限があり、k においては1つの制限がある。これは[[複素平面]]上でこれらの数が三角形の各頂点を構成することを示している。i と j は6つの選択ができるので6つの三角形が作図できるが、これらを'''ユニタリティー三角形(ユニタリ三角形)'''と呼ぶ。三角形の形は異なるにしても面積は全て等しく、これがCP対称性の破れの位相因子に関係する。標準理論でCP対称性の破れが存在しないと仮定して特定の変数を入れると三角形は作図できない。よってユニタリティー三角形はクォーク場の位相因子に関わっているといえる。 直接の観測結果では三角形の各辺は開いているため、日本の[[高エネルギー加速器研究機構]]とカリフォルニアの[[スタンフォード線形加速器センター]]において、標準理論を検証する一連の実験として三角形が閉じているかどうか実験が続けられている。 == 関連項目 == *[[CP対称性の破れ]] *[[ニコラ・カビボ]] *[[小林・益川理論]] **[[小林誠 (物理学者)|小林誠]] **[[益川敏英]] {{DEFAULTSORT:かひほこはやしますかわきようれつ}} [[Category:素粒子物理学]] [[Category:標準模型]] [[Category:行列]] [[Category:物理学のエポニム]]
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