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[[数学]]における'''ガトー微分'''(ガトーびぶん、{{lang-en-short|''Gâteaux differential'', ''Gâteaux derivative''}})は、[[第一次世界大戦]]において夭折したフランス人数学者{{仮リンク|ルネ・ガトー|en|René Gâteaux}}に名を因む、[[微分学]]における[[方向微分]]の概念の一般化で、[[バナハ空間]]などの[[局所凸位相線型空間]]の間の函数に対して定義される。バナハ空間上の[[フレシェ微分]]同様に、ガトー微分は[[変分法]]や[[物理学]]で広く用いられる[[汎函数微分]]の定式化にしばしば用いられる。 他の微分法と異なり、ガトー微分は必ずしも[[線型]]でないが、ガトー微分の定義にそれが[[連続線型変換]]となることも仮定することがよくある。文献によっては、例えば {{harvtxt|Tikhomirov|2001}} は(非線型かもしれない)ガトー微分係数 ({{en|Gâteaux differential}}) と(必ず線型である)ガトー導函数 ({{en|Gâteaux derivative}}) をはっきりと区別する。応用に際して、連続線型性がそれぞれの状況において自然に課されるもっと原始的な条件、例えば{{仮リンク|無限次元正則函数論|en|Infinite-dimensional holomorphy}}における[[正則函数|複素可微分性]]や非線型解析学における[[連続的微分可能|連続的可微分性]]など、から従うということも多い。 == 厳密な定義 == {{mvar|X}} と {{mvar|Y}} は[[局所凸位相線型空間]]とし、{{math|''U'' ⊂ ''X''}} は開集合、 {{math|''F'': ''X'' → ''Y''}} とするとき、{{mvar|F}} の {{math|''u'' ∈ ''U''}} における {{math|''ψ'' ∈ ''X''}} 方向へのガトー微分係数 {{math|''dF''(''u''; ''ψ'')}} は : <math id="Equation1">(1) \quad dF(u;\psi)=\lim_{\tau\to 0}\frac{F(u+\tau \psi)-F(u)}{\tau}=\left.\frac{d}{d\tau}F(u+\tau \psi)\right|_{\tau=0} </math> として右辺の極限が存在する限りにおいて定める。この極限が任意の {{math|''ψ'' ∈ ''X''}} に対して存在するとき、{{mvar|F}} は {{mvar|u}} において'''ガトー微分可能''' (''{{en|Gâteaux differentiable}}'') であると言う。 定義式 [[#Equation1|(1)]]に現れる極限の取り方は {{mvar|Y}} の位相と関係する。{{mvar|X}} および {{mvar|Y}} がともに[[実数|実]]位相線型空間ならば、極限は実数 {{mvar|τ}} に関して取る。一方、{{mvar|X}} および {{mvar|Y}} が[[複素数|複素]]位相線型空間ならば上記は[[正則函数|複素可微分性]]の定義におけると同様に[[複素数平面]]において {{math|''τ'' → 0}} とする極限を考えるのが普通である。また強収斂極限の代わりに[[弱位相|弱収斂極限]]を取ることもあり、その場合弱ガトー微分の概念が導かれる。 == 線型性と連続性 == 各点 {{math|''u'' ∈ ''U''}} においてガトー微分は、函数 : <math>dF(u;\bullet)\colon X\to Y;\; \psi\mapsto dF(u;\psi)</math> を定める。この函数は任意のスカラー {{mvar|α}} に対して : <math>dF(u;\alpha\psi)=\alpha dF(u;\psi)</math> を満たすという意味で[[斉次函数|斉一次]]だが、必ずしも[[加法的写像|加法的]]でなく、従ってガトー微分係数は線型でないことが起こり得る(この点では[[フレシェ微分]]と異なる)。また、線型となる場合であっても、{{mvar|X}} と {{mvar|Y}} が無限次元の場合には {{mvar|ψ}} に関して連続とならないことが生じ得る。さらに言えば、線型かつ連続と'''なる'''ようなガトー微分係数に対して、その[[連続的微分可能性]]の定式化には互いに同値でないいくつかの方法が存在する。 例えば、二変数の実数値函数 {{mvar|F}} を : <math>F(x, y)=\begin{cases} \dfrac{x^3}{x^2+y^2} & \mbox{ if } (x, y)\ne (0, 0)\\ 0 & \text{ if } (x, y)=(0, 0) \end{cases}</math> で定めると、これは {{math|(0, 0)}} においてガトー微分可能で、その微分係数は : <math>dF(0,0; a, b)=\begin{cases} \dfrac{a^3}{a^2+b^2} & (a,b)\ne(0,0)\\ 0 & (a,b)=(0,0) \end{cases}</math> となり、しかしこれは引数 {{math|(''a'', ''b'')}} に関して連続だが線型でない。無限次元の場合、{{mvar|X}} 上の任意の[[不連続線型汎函数]]がガトー微分可能となるが、その {{math|0}} におけるガトー微分係数は線型であり、かつ連続でない。 ; フレシェ微分との関係 : {{mvar|F}} が[[フレシェ微分|フレシェ微分可能]]ならば、{{mvar|F}} はまた[[#厳密な定義|ガトー微分可能]]であり、そのフレシェ導函数とガトー導函数とは一致する。逆が明らかに真でないことは、ガトー導函数が線型や連続でないことがあることから分かるが、実はガトー導函数が線型かつ連続である場合にも、フレシェ導函数が存在しないことがあり得る。 : にも拘らず、複素バナハ空間 {{mvar|X}} から別のバナハ空間 {{mvar|Y}} への函数 {{mvar|F}} に対して、ガトー導函数は(ただし、[[#Equation1|定義]]における極限は複素変数 {{mvar|τ}} に関して取るものとすると)、自動的に線型になる({{harvtxt|Zorn|1945}} の定理)。さらに {{mvar|F}} が各点 {{math|''u'' ∈ ''U''}} において(複素)ガトー微分可能で、その導函数を {{math|''DF''(''u''): ψ ↦ ''dF''(''u''; ψ)}} とすると、{{mvar|F}} は {{mvar|U}} 上でフレシェ微分可能であり、そのフレシェ導函数は {{mvar|DF}} になる {{harv|Zorn|1946}}。このことは、古典的な[[複素解析]]において開集合上複素可微分な任意の函数が[[解析函数|解析的]]となるという結果の類似対応物であり、{{仮リンク|無限次元正則函数論|en|Infinite-dimensional holomorphy}}の基本的な結果の一つである。 ; 連続的微分可能性 : 連続的ガトー微分可能性は大きく二つの方法で定義することができる。以下、函数 {{math|''F'': ''U'' → ''Y''}} は開集合 {{mvar|U}} の各点で[[#厳密な定義|ガトー微分可能]]と仮定する。{{mvar|U}} における連続的微分可能性の概念の一つは、[[積位相空間|直積空間]]上の写像 {{math|''dF'': ''U'' × ''X'' → ''Y''}} が[[連続写像|連続]]であることを課すものである。この場合線型性を仮定する必要はなく、{{mvar|X}} と {{mvar|Y}} がともにフレシェ空間ならば {{math|''dF''(''u''; •)}} は任意の {{mvar|u}} に関して自動的に有界かつ線型である {{harv|Hamilton|1982}}。 : より強い意味での連続的微分可能性は {{math|''u'' ↦ ''DF''(''u'')}} が {{mvar|U}} から、{{mvar|X}} から {{mvar|Y}} への連続線型写像全体の成す空間 {{math|''L''(''x'', ''y'')}} への写像として連続であることを課すものである。即ち、{{math|''DF'': ''U'' → ''L''(''X'',''Y''); ''u'' ↦ ''DF''(''u'')}} の連続性を言う。ここで、{{math|''DF''(''u'')}} 自体が連続であることは既に前提としていることに注意。 : 技術的な便宜上、{{mvar|X, Y}} がバナハ空間であるときは、後者の意味での連続的微分可能性を考えるのが典型的(だがいつも ({{en|universal}}) というわけではない)である。これは {{math|''L''(''X'', ''Y'')}} もまたバナハであり、従って函数解析学における標準的な結果をそこで用いることができるという理由による。前者のほうは、非線型解析ではより一般的に用いられる定義であり、この分野では函数空間は必ずしもバナハでない。例えば、{{仮リンク|フレシェ空間における微分法|en|Differentiation in Fréchet spaces}}は、しばしば[[可微分多様体]]上の[[滑らかな函数]]からなる意味のある函数空間において、{{仮リンク|ナッシュ-モーザーの逆写像定理|en|Nash–Moser inverse function theorem}}などで応用される。 == 高階導函数 == 高階のフレシェ導函数が、同型 {{math|''L{{sup|n}}''(''X'', ''Y'') {{=}} ''L''(''X'', ''L''{{sup|''n''−1}}(''X'', ''Y''))}} の反復適用によって、[[多重線型写像]]として自然に定義されるのに反して、高階ガトー導函数はこの方法で定義することはできない。その代わり、{{mvar|X}} の開集合 {{mvar|U}} 上の函数 {{math|''F'': ''U'' → ''Y''}} の {{mvar|h}}-方向への {{mvar|n}}-階ガトー導函数は : (2) <math id="Equation2">d^nF(u;h) = \left.\frac{d^n}{d\tau^n}F(u+\tau h)\right|_{\tau=0}</math> で定義される。つまりこれは、多重線型写像ではなくて、{{mvar|h}} に関する {{mvar|n}}-次の[[斉次函数]]になる。 あるいはまた、少なくとも {{mvar|F}} がスカラー値函数である特別の場合には、高階導函数の別な候補として、{{mvar|F}} の[[二次変分]]としての函数 : (3) <math id="Equation3">D^2F(u)\{h,k\} = \lim_{\tau\to 0} \frac{DF(u+\tau k)h - DF(u)h}{\tau} = \left.\frac{\partial^2}{\partial\tau\partial\sigma}F(u+\sigma h + \tau k)\right|_{\tau=\sigma=0}</math> が、変分法において自然に生じてくるが、しかしこの方法だと {{mvar|h}} および {{mvar|k}} のそれぞれに関して斉次になることを除けば、まともな性質が全く保証されない。{{math|''D''{{sup|2}}''F''(''u''){{(}}''h'', ''k''{{)}}}} が {{mvar|h}} と {{mvar|k}} に関する対称双線型写像となること、およびその対称双線型写像が {{mvar|d{{sup|n}}F}} の{{仮リンク|極化形式|en|Polarization of an algebraic form}}と一致すること、を保証する十分条件を持つことが望ましい。 例えば、以下のような十分条件が挙げられる {{harv|Hamilton|1982}}。{{mvar|F}} は写像 {{math|''DF'': ''U'' × ''X'' → ''Y''}} が積位相に関して連続であるという意味で {{math|''C''{{sup|1}}}}-級であるとし、さらに[[#Equation3|定義式 (3)]] の定める二次変分が {{math|''D''{{sup|2}}''F'': ''U'' × ''X'' × ''X'' → ''Y''}} が連続となるという意味で連続と仮定する。このとき {{math|''D''{{sup|2}}''F''(''u''){{(}}''h'', ''k''{{)}}}} は {{mvar|h, k}} に関して双線型かつ対称である。双線型性のおかげで、極化恒等式 : <math>D^2F(u)\{h,k\} = \frac{1}{2}d^2F(u;h+k)-d^2F(u;h)-d^2F(u;k)</math> が満たされ、二次変分 {{math|''D''{{sup|2}}''F''(''u'')}} が二次微分係数 {{math|''d''{{sup|2}}''F''(''u''; −)}} に関連付けられる。同様のことが高階導函数に関しても成立する。 == 性質 == 函数 {{mvar|F}} が十分に連続的微分可能と仮定すると、{{mvar|F}} のガトー微分に関して[[微分積分学の基本定理]]の一種が成立する。具体的に書けば、 : {{math|''F'': ''X'' → ''Y''}} はガトー微分 {{math|''dF'': ''U'' × ''X'' → ''Y''}} が連続函数であるという意味で {{math|''C''{{sup|1}}}}-級とすると、任意の {{math|''u'' ∈ ''U''}} および {{math|''h'' ∈ ''X''}} に関して<div style="margin: 1ex 2em;"><math>F(u+h) - F(u) = \int_0^1 dF(u+th;h)\,dt</math></div>が成り立つ。ただし、積分は[[ペティス積分|ゲルファント-ペティス積分]](弱積分)の意味で取る。 これにより、よく知られた微分の性質の多くをガトー微分も満たす(例えば、高階導函数の重線型性や交換性)。基本定理の帰結として他にも、 ; [[連鎖律]] : 任意の {{math|''u'' ∈ ''U'' , ''x'' ∈ ''X''}} に対して <math>d(G\circ F)(u;x) = dG(F(u); dF(u;x))</math> が成り立つ。 ; 剰余項を持つ[[テイラーの定理]] : {{math|''u'' ∈ ''U''}} と {{math|''u'' + ''h''}} を結ぶ線分がまったく {{mvar|U}} に含まれると仮定する。{{mvar|F}} が {{mvar|C{{sup|k}}}}-級ならば<div style="margin: 1ex 2em;"><math> F(u+h)=F(u)+dF(u;h)+\frac{1}{2!}d^2F(u;h)+\dots+\frac{1}{(k-1)!}d^{k-1}F(u;h)+R_k </math></div> が成り立つ。ただし剰余項は<div style="margin: 1ex 2em;"><math> R_k(u;h)=\frac{1}{(k-1)!}\int_0^1(1-t)^{k-1}d^kF(u+th;h)\,dt </math></div>で与えられる。 などが成立する。 == 例 == 空間 {{mvar|X}} は[[ユークリッド空間]] {{math|'''R'''{{sup|''N''}}}} の[[ルベーグ測度|ルベーグ可測集合]] {{math|Ω}} 上の[[自乗可積分函数]]全体の成す[[ヒルベルト空間]]とする。{{mvar|F}} は {{math|''F{{'}}'' {{=}} ''f''}} なる実変数実数値函数で、{{mvar|u}} は {{math|Ω}} 上の実数値函数とするとき、汎函数 {{math|''E'': ''X'' → '''R'''}} を : <math>E(u)=\int_\Omega F(u(x))dx</math> で定めると、これはガトー導函数 : <math>dE(u,\psi)=\langle f(u),\psi \rangle</math> を持つ。実際、 : <math>\begin{align}\frac{E(u+\tau\psi) - E(u)}{\tau} &= \frac{1}{\tau} \left( \int_\Omega F(u+\tau\psi)dx - \int_\Omega F(u)dx \right)\\ &=\frac{1}{\tau} \left( \int_\Omega\int_0^1 \frac{d}{ds} F(u+s\tau\psi) \,ds\,dx \right)\\ &=\int_\Omega\int_0^1 f(u+s\tau\psi)\psi \,ds\,dx \end{align}</math> となるから、{{math|''τ'' → 0}} としてガトー導函数は :<math>dE(u,\psi) = \int_\Omega f(u(x))\psi(x) \,dx,</math> 即ち、内積 {{math|⟨''f'', ''ψ''⟩}} となる。 == 参考文献 == * {{Citation | first = R|last=Gâteaux |authorlink= René Gâteaux| title =Sur les fonctionnelles continues et les fonctionnelles analytiques | pages = 325–327| url = http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k31103/f325.image | journal = Comptes rendus hebdomadaires des séances de l'Académie des sciences |publication-place=Paris|volume=157|year=1913 | accessdate=02 September 2012}}. * {{Citation | first = R|last=Gâteaux|authorlink= René Gâteaux|title=Fonctions d'une infinité de variables indépendantes|journal=Bulletin de la Société Mathématique de France|volume=47|year=1919|pages=70–96|url=http://www.numdam.org:80/numdam-bin/item?id=BSMF_1919__47__70_1}}. * {{Citation|author=Hamilton, R. S.|authorlink=Richard Hamilton (professor)|title=The inverse function theorem of Nash and Moser|url=http://projecteuclid.org/euclid.bams/1183549049| journal=Bull. AMS.|issue=1|year=1982|pages=65–222|doi=10.1090/S0273-0979-1982-15004-2|volume=7|mr=656198}} * {{Citation | last1=Hille | first1=Einar | authorlink1=Einar Hille | last2=Phillips | first2=Ralph S. | authorlink2=Ralph Phillips (mathematician) | title=Functional analysis and semi-groups | publisher=[[American Mathematical Society]] | location=Providence, R.I. | mr=0423094 | year=1974}}. * {{SpringerEOM|title=Gâteaux variation|last=Tikhomirov|first=V.M.|urlname=Gâteaux_variation}}. * {{Citation | doi=10.2307/1969198 | last1=Zorn | first1=Max |authorlink=Max Zorn| title=Characterization of analytic functions in Banach spaces | mr=0014190 | jstor=1969198 | year=1945 | journal=[[Annals of Mathematics|Annals of Mathematics. Second Series]] | issn=0003-486X | volume=46 | issue=4 | pages=585–593}}. * {{Citation| first=Max|last=Zorn|authorlink=Max Zorn|title=Derivatives and Frechet differentials|journal=Bulletin of the American Mathematical Society|year=1946|volume=52|pages=133–137|url=http://www.ams.org/bull/1946-52-02/S0002-9904-1946-08524-9/home.html|doi=10.1090/S0002-9904-1946-08524-9|issue=2| mr=0014595}}. == 関連項目 == * [[微分の一般化]] * [[フレシェ微分]] * {{仮リンク|フレシェ空間における微分法|en|Differentiation in Fréchet spaces}} * {{仮リンク|準微分|en|Quasi-derivative}} {{DEFAULTSORT:かとおひふん}} [[Category:微分法]] [[Category:位相線型空間論]] [[Category:微分の一般化]] [[Category:数学に関する記事]] [[Category:数学のエポニム]]
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