コッククロフト・ウォルトン回路のソースを表示

[[File:Cockcroft–Walton generator 2012.JPG|thumb|220px|コッククロフト・ウォルトン電圧増倍回路。[[原子爆弾]]の開発に利用された初期の[[粒子加速器]]の一つに備え付けられていた。1937年に[[アイントホーフェン]]の[[フィリップス]]社により建造された。現在は[[ロンドン]]の[[サイエンス・ミュージアム]]に展示されている。]]
'''コッククロフト・ウォルトン回路''' ({{lang-en-short|Cockcroft–Walton circuit}}) もしくは''' …電圧増倍回路''' ({{lang-en-short|— multiplier}}) または''' …高電圧発生装置''' ({{lang-en-short|— generator}}) とは、低圧の[[交流]][[電圧]]もしくは[[パルス]]直流電圧を入力として、[[高圧 (電気)|高圧]]の[[直流]]電圧を生成する[[電気回路]]。

装置名の由来となったのは、イギリス人物理学者[[ジョン・コッククロフト]]およびアイルランド人物理学者[[アーネスト・ウォルトン]]{{Harv|Cockcroft|Walton|1932a}}{{Harv|Cockcroft|Walton|1932b}}である。2人はこの装置を電源として[[粒子加速器]]を建造し、[[1932年]]に史上初めて人工的に加速させた原子核粒子によって[[放射性崩壊|原子核壊変]]を起こしたことで知られる{{Sfn|Kleppner|Kolenkow|1973}}。彼らの研究のほとんどはコッククロフト・ウォルトン回路（以下CW回路）のカスケードを用いており、その成果である「人工的に加速した原子核粒子による原子核変換」に対して1951年の[[ノーベル物理学賞]]が授与された。コッククロフトとウォルトンの仕事よりも知名度は低いが、スイス人物理学者{{仮リンク|ハインリヒ・グライナッヘル|en|Heinrich Greinacher}}は[[1919年]]にすでにこの回路を発明していた。そのため、この種のカスケード増倍回路は'''グライナッヘル結線''' ({{lang-en-short|Greinacher circuit}}) や'''…増倍回路''' ({{lang-en-short|— multiplier}})と呼ばれることもある。

近年の[[高エネルギー物理学|高エネルギー物理]]研究では、よりエネルギーの大きい加速器の前段加速用に用いられている<ref name=jiten/><ref name=nakamura>{{Harvnb|中村尚司|2001}}</ref>。また、{{仮リンク|X線発生装置|en|X-ray generator}}や[[テレビ受像機|ブラウン管テレビ]]、[[複写機|コピー機]]など、高電圧を必要とする日常的な電気機器にもCW電圧増倍回路が用いられている。
{{-}}
==設計==
[[Image:Cockcroft Walton voltage multiplier circuit.svg|thumb|2段型コッククロフト・ウォルトン電圧増倍回路。]]
[[Image:CW building.jpg|right|thumb|CW回路から外部[[コンデンサ]]に対して与えられた出力。]]
CW回路は一種の[[増幅回路|電圧増幅器]]で、電圧レベルが低い交流もしくはパルス入力を高圧の直流電圧に変換する。[[コンデンサ]]と[[整流器]]（[[真空管|二極真空管]]もしくは[[ダイオード|半導体ダイオード]]）からなる電圧増幅回路をはしご状に積み重ねた回路である。単純な回路部品しか用いないため、比較的低い入力電圧を大幅に昇圧できるにもかかわらず、[[変圧器]]と比べて軽量安価であり、重いコアやポッティング（封止剤）も必要ない。

この種の電圧増幅器の最大の利点は、カスケードの各段に加わる電圧が入力電圧ピーク値の2倍に過ぎないことである。<!--翻訳元ではここに"In a full-wave rectifier it is three times the input voltage."という記述があったが、理解できなかったのでコメントアウトする-->個々の回路部品に加わる電圧が出力に比べて小さいため、比較的低コストの部品を用いることができ、絶縁も容易である。また、それぞれの段から出力を取ることでマルチタップトランスのように使うこともできる。

===動作原理===
右図に示す2段のCW回路を用いて回路の動作を解説する<ref name=isoya/>。電源の交流電圧を {{math|''V''<sub>i</sub>}} 、そのピーク値を {{math|''V''<sub>p</sub>}} とする。出力に負荷をつながず、どのコンデンサも充電されていない状態で入力電圧のスイッチを入れると、以下のようなプロセスが起きる。
*入力電圧 {{math|''V''<sub>i</sub>}} が負の値を取るとき、コンデンサC1が負電位になるためダイオードD1を通して電流が流れる。その結果C1は最大で電圧 {{math|''V''<sub>p</sub>}} にまで充電される。
* {{math|''V''<sub>i</sub>}} の向きが反転して正の値を取ると、C1の右側極板には電源とC1の電圧が加算されただけの電位が生じる。この状態では逆バイアスとなるD1には電流が流れず、順バイアスとなるD2を通ってC2に向けて電流が流れる。C2はある電圧にまで充電される。
* 再度 {{math|''V''<sub>i</sub>}} が反転すると、C2からD3を通って電流が流れ、C3を充電する。
* さらに {{math|''V''<sub>i</sub>}} が反転すると、C3からD4を通って電流が流れ、C4を充電する。
* これ以後、入力が反転するごとに、偶数番もしくは奇数番のダイオードがいっせいに順バイアスとなって電流が流れ、コンデンサ列は順々に充電されていく。
やがてすべてのコンデンサが最大まで充電され、電流は流れなくなる。このときコンデンサC1の電圧は前述のとおり{{math|''V''<sub>p</sub>}} である。コンデンサC2はサイクルの途中で電源およびC1に対して並列となるので、C2が持つ電圧は、電源のピーク値およびC1の電圧値の和 {{math|2''V''<sub>p</sub>}} に等しい。さらに、C3はC2と、C4はC3と並列になるため、それぞれ {{math|2''V''<sub>p</sub>}} の電圧を持つ。出力から接地点までの間にはC2とC4が直列に接続されていることから、無負荷条件での出力電圧は {{math|1=''V''<sub>o</sub> = 4''V''<sub>p</sub>}} となる。

理論上はCW回路の段数はいくらでも増やすことができる。出力電圧 {{math|''V''<sub>o</sub>}} はピーク入力電圧 {{math|''V''<sub>p</sub>}} の2倍に段数 {{mvar|N}} をかけたもので与えられる。あるいは、入力電圧の[[ピークピーク値]] {{math|''V''<sub>p-p</sub>}} に段数をかけたものとも言える。
:<math>V_{\text{o}} = 2NV_{\text{p}} = NV_{\text{p-p}}</math>
段数は出力とグラウンドの間に直列に配置されているコンデンサの数に等しい。

CW回路の動作は、コンデンサ列に沿って電荷を一方向に送るポンプのように見ることもできる。そのようなコンデンサ回路を総称して[[チャージポンプ]]と呼ぶことが多い。
{{-}}
==動作特性==
[[Image:Full wave Cockcroft Walton Voltage multiplier.png|thumb|3段の全波整流型CW増幅器。]]
CW回路にはいくつか実際上の欠点もある。出力から負荷電流を取っている場合には、サイクルごとに電荷がコンデンサに流出入するためリップル電圧と電圧降下が生じる。変動の程度は、1サイクル当たりに流れる電荷量やコンデンサの充電量に依存し、段数が増えるとともに急激に強まる<ref name=isoya>{{Harvnb|磯矢|1995}}</ref>。負荷電流がなかったとしても、回路内の浮遊容量を流れる電流によってコンデンサの電圧は[[脈流|脈動]]する。そのため特に[[カスケード]]の高段で電圧の降下が起きる<ref name=isoya/>。以上のような事情により、CW増幅器の段数を増やせるのは出力電流が比較的小さくて済む場合に限られる。これらの効果を軽減するには、カスケード低段の[[キャパシタンス]]を増加させたり、入力周波数を増加させたり、方形波もしくは三角波の入力電源を使用する方法がある。[[インバータ]]を用いたり、インバータと高圧トランスを組み合わせるなどして電源を高周波にすると、CW装置全体のサイズと重量を大きく低減することができる。

電圧脈動を低減するために考案された'''全波整流型'''（'''対称型'''とも）CW回路を右図に示す<ref name=isoya/>。これに対し従来のCW回路は'''半波整流型'''と呼べる。全波整流型の装置では左右の2本のコラムに対して逆位相の交流電圧が与えられる。そのため実質的にサイクルの周波数は2倍になる。また回路が完全に対称であれば、負荷電圧を取り出す場合でも、ポンプ電流は左右のコラムの間でやり取りされるのみで、中央コラムのコンデンサは充放電を行わない。これらの機構により、前節で述べたリップルや電圧降下が抑えられている<ref name=isoya/>。

以下の表はCW回路の出力に生じる電圧変動である。ここで {{mvar|I}} は負荷電流、{{mvar|f}} は周波数、{{mvar|C}} は各段のコンデンサのキャパシタンス（すべて等しいとする）を表す。
{| class="wikitable" style="margin:0 auto; text-align:center"
|+ CW回路の電圧変動<ref name=jiten>{{Harvnb|物理学辞典編集委員会|2005}}</ref>
! !! 半波整流型 !! 全波整流型
|-
! 電圧降下
| <math>\frac{I}{fC} \cdot \frac{N}{3} \left( 2 N^2 +1 \right)</math> ||  <math>\frac{I}{fC} \cdot \frac{N}{3} \left( \frac{N^2}{2} +1 \right)</math>
|-
! リップル（ピーク値）
|  <math>\frac{I}{fC} \cdot \frac{N}{2} \left( N +1 \right)</math> ||  <math>\frac{I}{fC} \cdot \frac{N}{2}</math>
|}
{{clear}}

== 応用 ==
CW電圧増幅器は比較的低電流で高圧の電源が必要な場合に用いられる。出力電圧<!--原文ではbias voltage-->としては、数10 - 数100[[ボルト]]から、[[高エネルギー物理]]の研究や落雷試験に必要な数100万ボルトまでを作ることが可能である<ref name=jiten/><ref name=nakamura/>。段数の多いCW増幅器を利用して高電圧を得ている機器の例を以下に列挙する。
{{Col|
*[[レーザー]]装置
*高圧電源
*[[X線]]装置
*液晶[[バックライト]]
*[[進行波管]]増幅器
|
*[[イオンポンプ]]
*静電気帯電装置<!--原文electrostatic systems-->
*{{仮リンク|エアーイオナイザー|en|air ionizer}}
*[[粒子加速器]]
*[[複写機]]
|
*研究用機器
*[[オシロスコープ]]
*[[テレビ受像機|ブラウン管テレビ]]
*[[スタンガン]]
*{{仮リンク|電撃殺虫器|en|bug zapper}}
}}

== ギャラリー ==
{{multiple image
| align = left
| direction = horizontal
| header   =
| image1   = Cockcroft-Walton accelerator Clarendon Lab Oxford.jpg
| caption1 = 1.2 MVの6段コッククロフト・ウォルトン加速器。1948年、[[オックスフォード大学]]クラレンドン研究所。
| width1   = 175
| image2   = Cockcroft-Walton 3MV Kaiser Wilhelm Institute 1937 top view.png
| caption2 = 3 MVのコッククロフト・ウォルトン加速器。1937年、ベルリンの[[マックス・プランク物理学研究所|カイザー・ヴィルヘルム物理学研究所]]。当時は世界最強と言われていた。2組の4段CW回路はそれぞれが逆の極性の電圧を発生させていた。
| width2   = 280
| image3   = Cockcroft-Walton 3MV Kaiser Wilhelm Institute 1937.png
| caption3 = 左図の装置の操作パネル。
| width3   = 115
| image4   = TV cascade and flyback.JPG
| caption4 =半導体ダイオードを用いた3段カスケード増幅器（緑）。[[テレビ受像機|ブラウン管テレビ]]の陽極に取り付けられていたもの。
| width4   = 295
| footer   =
}}
{{clear}}

==脚注==
{{reflist}}

==参考文献==
{{Refbegin}}
*{{cite journal|url=http://rspa.royalsocietypublishing.org/content/136/830/619.full.pdf|author=J. D. Cockcroft|author2=E. T. S. Walton|title=Experiments with High Velocity Positive Ions.(I) Further Developments in the Method of Obtaining High Velocity Positive Ions|journal=Proceedings of the Royal Society A|volume=136|pages=619-630|year=1932|accessdate=2016-10-1|ref={{SfnRef|Cockcroft|Walton|1932a}}}}
*{{cite journal|url=http://rspa.royalsocietypublishing.org/content/137/831/229.full.pdf|author=J. D. Cockcroft|author2=E. T. S. Walton|title=Experiments with High Velocity Positive Ions. II. The Disintegration of Elements by High Velocity Protons|journal=Proceedings of the Royal Society A|volume=137|pages=229-242|year=1932|accessdate=2016-10-1|ref={{SfnRef|Cockcroft|Walton|1932b}}}}
*{{cite book |title=An Introduction to Mechanics |last1=Kleppner |first1=Daniel |last2=Kolenkow |first2=Robert J. |year=1973 |publisher=McGraw-Hill |location=Boston |isbn=0-07-035048-5 |page=498 |edition=2nd|ref=harv}}
*{{cite book|和書|editor=物理学辞典編集委員会|title=物理学辞典|edition=三訂版|publisher=培風館|year=2005|isbn=456302094X|page=766|ref={{SfnRef|物理学辞典編集委員会|2005}}}}
*{{cite book|和書|title=放射線物理と加速器安全の工学|author=中村尚司|year=2001|publisher=地人書館|edition=第2版|isbn=4805206853|page=208|ref=harv}}
*{{cite journal|title=3. コッククロフト－ウォルトン型加速器|author=磯矢彰|year=1995|journal=RADIOISOTOPES|volume=44|issue=2|pages=145-150|doi=10.3769/radioisotopes.44.145|ref={{SfnRef|磯矢|1995}}}}
{{Refend}}

==関連項目==
* [[スイッチトキャパシタ]] - 昇圧ではなく電流・電圧の制限のためにコンデンサとスイッチを用いる。
* [[チャージポンプ]] - 当該回路はスイッチングにダイオードを用いたチャージポンプの一種と言える。
* {{仮リンク|マルクス発生器|en|Marx generator}} - 同様のはしご型構造を持つパルス発生回路。[[抵抗器]]、コンデンサ、スパークギャップから構成される。

==外部リンク==
{{commonscat|Cockcroft-Walton generators}}
* [https://www.youtube.com/watch?v=ep3D_LC2UzU Cockroft-Walton Multipliers Tutorial--EEVBlog]{{en icon}}― 回路のはたらきを解説する動画
* [http://blazelabs.com/e-exp15.asp Cockcroft Walton multipliers – Blaze Labs Research]{{en icon}}― 個人サイトの解説ページ。
* {{PDFlink|[http://www.lbl.gov/abc/wallchart/teachersguide/pdf/Chap11.pdf Cockcroft Walton used in particle accelerators]|208&nbsp;[[キビバイト|KiB]]}}
* [http://www.bellnix.co.jp/powersupply_faq/entry005.html 高圧電源はコッククロフト・ウォルトン回路で作る] ― 電源メーカー、[[ベルニクス|株式会社ベルニクス]]による解説。

{{デフォルトソート:こつくくろふとうおるとんかいろ}}
[[Category:電気回路]]
[[Category:素粒子物理学]]
[[Category:X線]]
[[Category:電源回路]]
[[Category:電力変換]]
[[Category:物理学のエポニム]]
[[Category:1912年の科学]]
[[Category:1932年の科学]]