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ジアゾニウム化合物
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[[ファイル:Diazonium-salt-2D.png|thumb|180px|ジアゾニウム塩の一般構造式]] '''ジアゾニウム化合物'''(ジアゾニウムかごうぶつ、diazonium compound)は[[分子]]内に置換基 −N<sup>+</sup>≡N を含む有機[[窒素]][[化合物]]である。一価のモノ[[カチオン]]性置換基 −N<sup>+</sup>≡N を'''ジアゾニオ基''' (diazonio)、R−N<sup>+</sup>≡N と表されるカチオンを'''ジアゾニウム[[イオン (化学)|イオン]]''' (diazonium ion)、ジアゾニウムイオンを含む[[塩 (化学)|塩]]のことを'''ジアゾニウム塩'''と呼ぶ。 '''ジアゾ化'''(ジアゾか、diazotization)とは、一級[[アミン]]に[[亜硝酸]] (HNO<sub>2</sub>) または[[亜硝酸エステル]] (RONO) などを作用させ、対応するジアゾニウム化合物を得る反応である。広義には、ジアゾニウム化合物を経由する各種合成反応も含む。 : <chem>R-NH2\ + R'ONO -> R-N^+ \equiv\ N\ + R'OH\ + HO^-</chem> 一般にジアゾニウム塩は反応活性が高く、反応中間体としてさまざまな用途に用いられる。 == 調製と性質 == 一級アミンを酸性水溶液中で亜硝酸塩(おもに[[亜硝酸ナトリウム]])に作用させると、速やかにジアゾニウム塩を生成する。この反応は[[1858年]]に J. P. Griess により発見された。Griess反応とも呼ばれるこの反応は、[[脂肪族]][[アミン]]でも[[芳香族]]アミンでも同様に進行するが、脂肪族アミンの場合は氷冷下でもジアゾニウム塩が速やかに分解する。 [[ファイル:説明 ジアゾニウム塩の生成と分解.png|center|ジアゾニウム塩の生成と分解]] 亜硝酸による反応の活性種は N<sub>2</sub>O<sub>3</sub> で、アミンと付加してできる中間体 R−N<sup>+</sup>H<sub>2</sub>−N=O から脱水してジアゾニウムイオンに変わるものと考えられている<ref name="March">Smith, M. B.; March, J. ''March's Advanced Organic Chemistry'', 6th ed.; Wiley: New York, 2007.</ref>。 [[共鳴効果]]による安定化の寄与を持つ芳香族ジアゾニウム塩はある程度安定で、カウンター[[アニオン]]を適切に選択すれば[[固体]]として単離することも可能である。一般には HSO<sub>4</sub><sup>−</sup> < Cl<sup>−</sup> < NO<sub>3</sub><sup>−</sup> < ClO<sub>4</sub><sup>−</sup> の順に安定であると言われている。しかし、芳香族ジアゾニウム塩であっても乾燥、加熱、日光下では N<sub>2</sub> [[気体|ガス]]を放出して分解し、大量の場合は爆発することもある(図ではイオン機構で分解するように表現したが、ラジカル機構による場合もある)。[[テトラフルオロホウ酸]]塩や[[ヘキサフルオロリン酸]]塩は比較的安定で単離して取り扱うことができ、後者は市販品が入手可能である。[[ヘキサクロロ白金酸|ヘキサクロロ白金(IV)酸]]アニオンとは塩 [PtCl<sub>6</sub>](ArN<sub>2</sub>)<sub>2</sub> を形成する。しかし通常はジアゾニウム化合物を保存して用いる手法はとられず、もっぱら上記のジアゾ化反応により系中で発生させる。 芳香環が単純なジアゾニウム塩は水に溶けやすく、[[アルコール]]に難溶、[[エーテル (化学)|エーテル]]にはほとんど溶けない。芳香族ジアゾニウムイオンは酸性水溶液ではジアゾニウムとして存在するが、水酸化アルカリ MOH とはジアゾタート M<sup>+</sup>[Ar−N=N−O<sup>−</sup>] を形成する。芳香族ジアゾタートは2つの異性体を持ち、加温により ''n''-体(ノルマル体、直鎖状)から ''iso''-体(イソ体、枝分かれ構造の一種)へと変化する。 芳香族ジアゾタートは[[無機酸]]により芳香族ジアゾニウム塩へ戻る。 芳香族ジアゾニウムイオンはまた、[[シアン化カリウム]]と反応するとジアゾシアニド ArN=NCN を生成し、[[亜硫酸水素カリウム]]と反応するとジアゾスルホナート ArN=NSO<sub>3</sub><sup>−</sup> K<sup>+</sup>を生成する。ジアゾシアニドもジアゾスルホナートも ''n''-体と ''iso''-体との[[異性体]]が存在する<ref>ジアゾ化合物、『理化学辞典』、第5版、岩波書店</ref>。 脂肪族のジアゾニウム塩は容易に[[置換反応]]や[[脱離反応]]を起こすため、単離されることはほとんどない。[[デミヤノフ転位]]や、[[ジアゾメタン]]によるカルボン酸のメチル化などにおいて、活性の高い反応中間体として現れる。 == ジアゾニオ基の性質 == ジアゾニオ基は[[電子求引性]]と[[求核置換反応]]における脱離性が非常に強い。電子求引性を評価する[[ハメット則|ハメット]]のρ値は ρ<sub>m</sub> = 1.76、ρ<sub>p</sub> = 1.91 と求められており<ref>Hansch, C.; Taft, R. W. ''Chem. Rev.'' '''1991''', ''91'', 165-195.</ref>、この値は[[ニトロ基]]などの代表的な電子求引基よりもはるかに高い。脱離性が高いのは脱離後に生じる窒素分子 (N<sub>2</sub>) の生成が[[エントロピー]]的にも[[エンタルピー]]的にも非常に有利なためである。これらの性質により、ジアゾニウム化合物は以下のようなさまざまな合成反応に利用される。 == ジアゾニウム塩の反応 == 芳香族ジアゾニウム塩は有機[[溶媒]]に難溶な場合が多く、もっぱら水溶液中でジアゾ化反応が実施される。その場合不安定なジアゾニウム塩が分解すると速やかに溶媒の[[水]]と反応し、元のアミノ基の位置で置換した[[フェノール]]化合物が得られる場合が多い。この反応はS<sub>N</sub>1的であり、他のジアゾニウム塩を用いた反応の副反応となる場合が多い。これを防ぐため、[[濃硫酸]]中でジアゾ化を行うことがある。脂肪族ジアゾニウム塩は水に対してきわめて不安定で、S<sub>N</sub>2的な求核置換反応により直ちにアルコールと窒素に分解する。 : <chem>Ar-N^+\ \equiv\ N\ + H2O -> ArOH\ + H^+\ + N2</chem> 以下に、ジアゾニウム塩を用いる各種合成反応を挙げる<ref name="March" />。 === ザンドマイヤー反応 === {{main|ザンドマイヤー反応}} 芳香族ジアゾニウム塩を[[フッ素]]を除く[[ハロゲン]]化銅(I)あるいは[[シアン化銅(I)]]、[[チオシアン化銅(I)]]の存在下に生成させ、加温分解すると、元のアミノ基の位置が対応するハロゲンあるいはシアノ基・チオシアノ基で置き換えられた置換アリール体が得られる。この反応は1884年に発見した T. Sandmeyer に因んで'''ザンドマイヤー反応'''と呼ばれる。この反応は一電子移動を含むラジカル的な機構を経て進行し、中間体としてアリール銅化合物を経由すると考えられている。 : <chem>Ar-N^+\ \equiv\ N\ + CuX -> Ar-X\ + Cu^+\ + N2\uparrow</chem> (X = Cl, Br, CN, SCN) ハロゲンがフッ素の場合は[[フッ化銅(II)]]が[[フッ化銅(I)]]に比べて安定なため反応が進行しない(フッ化銅(I) は放置すると不均化を起こしてフッ化銅(II)と金属銅となる)。 === 他の芳香族置換反応 === ジアゾニウム塩を経由するフッ化アリールの合成法として[[シーマン反応]]が知られている。シーマン反応では、テトロフルオロホウ酸芳香族ジアゾニウム塩を[[熱分解]]することで、相当するアミノ基の位置でフッ素が置換したフッ化アリールが得られるが、概して収率はよくない。アリールカチオンが発生する S<sub>N</sub>1機構を経ると考えられている。 : <chem>Ar-N^+\ \equiv N \cdot BF4 -(heat) -> Ar-F</chem> ハロゲンがヨウ素の場合は、特に触媒を必要とせず、ヨウ化物イオン (I<sup>−</sup>) のみの作用で置換反応が進行する。 : <chem>Ar-N^+\ \equiv N\ + KI -> Ar-I\ + K^+\ + N2\uparrow</chem> [[2-アミノピリジン]]から発生させたジアゾニウム塩は、ハロゲン化水素と反応して 2-ハロピリジンを与える(Craig 法)。 さまざまな硫黄求核種 (RS<sup>−</sup>, SO<sub>2</sub> etc.) とも反応し、対応する芳香族硫黄化合物を与える。[[遷移金属]][[触媒]]を用いた[[クロスカップリング反応]]の基質として用いられる例もある。 === ジアゾカップリング === 芳香族ジアゾニウム塩は、[[電子供与性基]]を持つアミノアリール化合物あるいはフェノール化合物のパラ位に[[求電子剤|求電子的]]な攻撃を行い、シグマ錯体を経由する[[芳香族求電子置換反応]]により、'N末端とアリールがカップリングした[[アゾ化合物]]([[アゾベンゼン]]の誘導体)を与える。この反応は'''アゾカップリング'''とも呼ばれる。 : <chem>Ar-N^+\ \equiv N\ + Ar'H -> Ar-N=N-Ar'</chem> ジアゾ化合物は発色団となる為に、この方法で種々のベンゼンあるいはナフタレン化合物を基質として種々の新規色素([[アゾ色素]])が合成された。電子供与性基を持つアリール化合物は酸性条件化ではプロトン化することで電子供与性が減弱する場合がある。したがって(ジ)アゾカップリングはアミノアリールとの場合は中性~アルカリ性、フェノール化合物との場合はアルカリ性で反応させる必要がある。 ジアゾニウム塩は脂肪族の[[カルバニオン]]とも結合を作る。活性メチン化合物と結合して脱炭酸または脱カルボン酸後に[[ヒドラゾン]]を与える反応が知られており、[[ヤップ・クリンゲマン反応]]と呼ばれる。 === ラジカル的カップリング === 芳香族ジアゾニウム塩を[[水酸化ナトリウム]]で処理してアルカリ条件下で分解するとホモリティックな開裂によりアリール[[ラジカル (化学)|ラジカル]]が発生する。これが別の電子豊富な[[芳香環]]と反応するとアミノ基があった位置で二量化したビアリール化合物を与える。この反応はゴンバーグ反応、あるいは[[ゴンバーグ・バックマン反応]] (Gomberg-Bachmann reaction) と呼ばれる。 : <chem>{Ar-N^+} \equiv N\ + HO^- -> Ar-N=N-OH</chem> : <chem>Ar-N=N-OH\ + HO^- + Ar-N^+\equiv N\ -> Ar-N=N-O-N=N-Ar\ + H2O</chem> : <chem>Ar-N=N-O-N=N-Ar -> Ar \cdot + N2\ + Ar-N=N-O \cdot </chem> : <chem>Ar \cdot + Ar'H\ + Ar-N=N-O \cdot -> Ar-Ar'\ + Ar-N=N-OH</chem> アリールラジカルに対し電子求引基を持つ[[アルケン]]が反応して[[スチレン]]誘導体を与える反応をメーヤワインアリール化 (Meerwein arylation) と呼ぶ。銅(II)塩が加えられる。 : <chem>Ar \cdot \ + HRC=CR'2\ + CuCl2 -> Ar-RC=CR'2\ + CuCl\ + HCl</chem> === Dutt-Wormall 反応 === [[スルホンアミド]]を付加させた後に[[塩基]]を加えると、[[アジド]]が得られる。 : <chem>{Ar-N^+} \equiv N\ + H2N-Ts ->\ [Ar-N=N-HN-Ts]\ + base -> Ar-N3</chem> === ジアゾニウム塩の還元 === 芳香族ジアゾニウム塩は[[塩化スズ(II)]]、[[亜硫酸ナトリウム]]または[[亜硝酸ナトリウム]]で還元すると相当するアリール[[ヒドラジン]]誘導体を与える。 == 出典 == {{reflist}} == 関連項目 == {{Commonscat|Diazonium salts}} * [[H酸]] {{DEFAULTSORT:しあそにうむかこうふつ}} [[Category:有機窒素化合物]] [[Category:炭素-ヘテロ原子結合形成反応]] [[Category:官能基]]
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