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[[File:Numerical solution of Pythagorean problem of three bodies.svg|thumb|ピタゴラス三体問題の数値解。]] '''ピタゴラス三体問題''' (ピタゴラスさんたいもんだい、Pythagorean problem of three bodies) または'''ブラーウの問題''' (Burrau's problem) とは、[[三体問題]]のうち、質量比3:4:5の[[質点]]が3:4:5の[[直角三角形]]の各頂点に置かれた場合の[[系]]の進化を問う問題<ref name="Szebehely60">Szebehely,p. 60.</ref>。名称は、[[古代ギリシア]]の[[数学者]][[ピタゴラス]]、[[デンマーク]]の[[数学者]]{{仮リンク|カール・ブラーウ|en|Carl Jensen Burrau}}に因んで名付けられた。 1913年にブラーウによって詳しく調べられた後、1967年になって{{仮リンク|シェベヘリー|en|Victor Szebehely}}と{{仮リンク|ピーターズ|en|Charles Frederick Peters}}によってコンピュータを用いて数値的に解が計算され、一体が系から[[エスケープ]]し残りの二体が[[連星]]となるという結論が得られた。ピタゴラス三体問題は、近接散乱や天体のエスケープ、近接連星の形成といった[[多体問題|重力多体系]]の興味深い性質を示す<ref name="Szebehely60"/>。 == 歴史 == ピタゴラス三体問題の歴史は、[[1893年]]に{{仮リンク|カール・ブラーウ|en|Carl Jensen Burrau}}との議論の中で{{仮リンク|エルンスト・マイセル|en|Ernst Meissel}}<ref>{{Cite web |author=Joachim Worthington |url=http://www.maths.usyd.edu.au/u/joachimw/thesis.pdf |title=A Study of the Planar Circular Restricted Three Body Problem and the Vanishing Twist |accessdate=2020-08-21}}</ref>がこの初期条件のもとでの系の進化は周期的になると予想したことに遡る<ref name="#1">Burrau.</ref><ref>Szebehely, p. 60.</ref>。当時は三体問題に秤動運動以外の非自明な周期解が存在するかどうかに興味が持たれていたが、[[制限三体問題]]のようにひとつの天体の質量が無視できる場合や[[階層的三体問題]]のような簡単化が可能な場合を除いて、解の挙動についての理解はごく限られていた<ref>Szebhely, p. 61.</ref>。 そこでブラーウは三体の質量や距離がすべて同程度であるような状況の解の例を得るために、マイセルが周期解になると予想したピタゴラス三角形の初期条件についてその進化を[[1913年]]に計算し、2回目の近接散乱 (後述の単位系で <math>t = 3.35</math>) までの軌道進化を得た<ref name="#1"/>。しかし多数回近接散乱を繰り返すこの系は計算コストが非常に高く、系の最終状態についての結論を引き出せるまで計算を続行することはできなかった。 それから半世紀が経過し天文学者や物理学者が[[電子計算機]]を利用できるようになると、ピタゴラス三体問題の解を計算機を用いて計算する研究が[[イェール大学]]や[[NASA]]などで開始された<ref>Szebehely, p. 64, 脚注2.</ref>。その中で{{仮リンク|ヴィクター・シェベヘリー|en|Victor Szebehely}}率いるイェール大学のグループが最終状態まで有効な解を計算することに成功し{{Refnest|group="注釈"|SzebehelyらはYale University Computer Centerにおいて計算を行った<ref>Szebehely & Peters, p. 877.</ref>が、通常の[[直交座標]]を用いた場合には計算に6分半を要したものの、[[レヴィ=チヴィタ変換]]を用いることで2倍以上の効率で精度の良い計算が可能となったことを報告している<ref>Szebehely & Peters, p. 883.</ref>。}}、1967年にそれを論文として発表した。この解はマイセルの予想とは異なり周期解ではなく一体がエスケープし残りの二体が連星をなすものであったが、しかし数値解からはこの初期条件の近傍に周期解が存在することが示唆された<ref name="#2">Szebehely & Peters, p. 879.</ref>{{Refnest|group="注釈"|Szebehelyらはその後実際にこの周期解を数値的に見出したことを報告している<ref>{{Cite journal |last1=Szebehely |first1=Victor |last2=Peters |first2=C. Frederick |title=A new periodic solution of the problem of three bodies |journal=Astronomical Journal |date=1967 |volume=72 |page=1187 |doi=10.1086/110398 |bibcode=1967AJ.....72.1187S}}</ref>。}}。 == 数値解 == 本節ではピタゴラス三体問題の解の振る舞いについて述べる。なお、シェベヘリー & ピーターズにならい、質量3の粒子を第1体、質量4の粒子を第2体、質量5の粒子を第3体と呼ぶことにする。 :<math>m_1 = 3, \ \ m_2 = 4 , \ \ m_3 = 5</math> なお、質量および距離の単位として、各粒子の質量を 3, 4, 5 に、また初期配置の辺の長さを 3, 4, 5 とするものを採用する。また、時間の単位としては[[重力定数]]を1とするものを選ぶ。 === 初期条件 === [[File:Initial condition for the Pythagorean problem of three-bodies.svg|thumb|ピタゴラス三体問題の初期条件。]] ピタゴラス三体問題の初期条件は、質量比3:4:5の質点を3:4:5の直角三角形の各頂点に配置するものである。質量3の粒子 (第1体) は長さ3の辺の反対の頂点に、質量4の粒子 (第2体) は長さ4の辺の反対の頂点に、質量5の粒子 (第3体) は長さ5の辺の反対の頂点に置かれる。従って、重心を座標原点に選ぶとき、各粒子の初期座標は次のようになる<ref>Szebehely & Peters, p. 876, Fig. 1.</ref>。 :<math>\mathbf{x}_1 = ( 1 , 3 ) , \ \ \mathbf{x}_2 = ( -2, -1 ) , \ \ \mathbf{x}_3 = ( 1, -1 )</math> また、各粒子の速度は初期時刻においてすべてゼロとする。 :<math>\mathbf{v}_1 = \mathbf{v}_2 = \mathbf{v}_3 = 0</math> なお、初期条件 (<math>t = 0</math>) においてすべての粒子が速度ゼロであるため、その後の解 <math>\mathbf{x}_a ( t )</math> が計算できれば、それ以前の解はその解を時間反転したものとなる<ref>Szebehely, p. 63.</ref>。 === 系の進化 === [[File:Animation of the Pythagorean problem of three bodies.webm|thumb|ピタゴラス三体問題の数値解のアニメーション。]] この系を[[三体問題]]の運動方程式に従って時間発展させると、時刻 <math>t = 1.879</math> において第2体と第3体が距離 <math>r_{23} \sim 10^{-2}</math> で近接散乱し、続いて第3体と第1体が緩やかな散乱 (距離 <math>r_{13} = 0.6</math>) を経たのちに再び時刻 <math>t = 3.801</math> において第2体と第3体の散乱 (距離 <math>r_{23} = 6 \times 10^{-2}</math> が起きる<ref name="#3">Szebehely & Peters, p. 878.</ref>。このようにこの系は近接散乱を繰り返しながら進化していく。最も天体間の距離が小さくなるのは時刻 <math>t = 15.830</math> での第2体と第3体の散乱であり、<math>r_{23} = 4 \times 10^{-4}</math> である<ref name="#3"/>。この最接近の際に第1体の速度がゼロに近い点は特に注目に値する<ref name="SP879">Szebehely & Peters, p. 879.</ref>。その結果としてそれ以降の系の進化はそれまでの進化を時間反転した解に近いものとなり、時刻 <math>t = 31.66</math> には初期条件に近い配位へと回帰するからである<ref name="SP879"/>。 しかしながら、初期条件との違いのために、それ以降の軌道進化はまず第1体と第3体の散乱が起こるなどまったく異なったものになる<ref name="SP879"/>。やがて時刻 <math>t = 47</math> に第1体が大きく弾き飛ばされると第2体と第3体が連星を組む。その後、時刻 <math>t = 59.4</math> 付近で第1体と第2体-第3体連星がすれ違った後に、第1体は十分な脱出速度を獲得し無限遠へエスケープし、第2体と第3体は連星を組んだまま反対方向へと向かう<ref name="#2"/>。 === 最終運動 === ピタゴラス三体問題は最終的に第2体と第3体が連星を組み第1体は単独でエスケープする<ref name="#2"/>。この型の漸近解は、Merman (1958)<ref>{{Cite journal |last=Merman |first=G. A. |date=1958 |journal=Bull. Inst. Theoret. Astron. Leningrad |volume=6 |page=687}}</ref>および{{仮リンク|アレクセーエフ|en|Vladimir Alekseev (mathematician)}} (1961)<ref>{{Cite journal |last=Alekseev |first=V. M. |date=1961 |journal=Astron. J. U.S.S.R. |volume=38 |page=1099 |bibcode=1961AZh....38.1099A }} [https://ui.adsabs.harvard.edu/abs/1962SvA.....5..841A/abstract 英訳PDF].</ref>による分類では「elliptic-hyperbolic」と呼ばれるものである<ref>Szebehely & Peters, p. 876.</ref>。シェベヘリーらの論文はこの最終状態に至るまでの軌道を詳細に図示しているが、その軌道の複雑さを目に見える形で示したことにより「三体問題の最終運動予測の難しさが多くの人に理解された」と[[谷川清隆]]らは評価している<ref>{{Cite web|和書|author=伊藤孝士・谷川清隆 |url=http://th.nao.ac.jp/MEMBER/tanikawa/21seiki/cm21j.pdf |title=21世紀の天体力学 |accessdate=2020-08-21}}p. 10より引用。</ref>。 なお、三体問題は[[カオス理論|カオス]]な系であり、ピタゴラス三体問題は[[カオス理論#初期値鋭敏性|初期値鋭敏性]]を持つ。{{仮リンク|アーセス|en|Sverre Aarseth}}らによる1994年の研究<ref>{{Cite journal |last1=Aarseth |first1=S. J. |last2=Anosova |first2=J. P. |last3=Orlov |first3=V. V. |last4=Szebehely |first4=V. G. |title=Global Chaoticity in the Pythagorean Three-Body Problem |journal=Celestial Mechanics and Dynamical Astronomy |date=1994 |volume=58 |issue=1 |pages=1-16 |doi=10.1007/BF00692114 |bibcode=1994CeMDA..58....1A}}</ref>は、このことを初期条件をわずかに変えたときに最終状態においてエスケープする質点が飛んでいく方向がどのように変化するのかに注目して明白に示したものである。 == 脚注 == === 注釈 === {{Reflist|group="注釈"}} === 出典 === {{Reflist|2}} == 参考文献 == *{{Cite journal |last1=Szebehely |first1=Victor |last2=Peters |first2=C. Frederick |title=Complete solution of a general problem of three bodies |journal=The Astronomical Journal |volume=72 |date=1967 |page=876 |bibcode=1967AJ.....72..876S |doi=10.1086/110355}} *{{Cite journal |last=Szebehely |first=Victor |title=Burrau's Problem of Three Bodies |journal=Proceedings of the National Academy of Science |date=1967 |volume=58 |issue=1 |pages=60-65 |doi=10.1073/pnas.58.1.60 |bibcode=1967PNAS...58...60S}} *{{Cite journal |last=Burrau |first=C. |date=1913 |title=Numerische Berechnung eines Spezialfalles des Dreikörperproblems |journal=Astron. Nachr. |volume=195 |pages=113-118 |doi=10.1002/asna.19131950602}} == 関連項目 == *[[三体問題]] **[[二等辺三体問題]]、{{仮リンク|舞踏解|en|n-body choreography}} *[[N体シミュレーション]] {{DEFAULTSORT:ひたこらすさんたいもんたい}} [[Category:力学系]] [[Category:古典力学]] [[Category:天体力学]] [[Category:天文学に関する記事]]
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