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'''フィルター''' (<em lang="en">filter</em>) とは[[半順序集合]]の特別な[[部分集合]]のことである。実際には半順序集合として、特定の集合の[[冪集合]]に包含関係で順序を入れた物が考察されることが多い。フィルターが初めて用いられたのは[[位相空間論|一般位相幾何学]]の研究であったが、現在では[[順序理論]]や[[束 (束論)|束]]の理論でも用いられている。順序理論的な意味でのフィルターの双対概念は{{ill2|イデアル (順序集合)|en|ideal (order theory)|label=イデアル}}である。 類似の概念として[[1922年]]に[[エリアキム・H・ムーア]]と H. L. スミスによって導入された[[ネット (数学)|ネット]]の概念がある。 == 歴史 == [[1936年]]9月の[[ブルバキ]]会合では[[アンドレ・ヴェイユ]]による[[数学原論]]の「位相」<ref>後に Bourbaki, N. (1971) "Topologie générale" Nouv. ed. Paris : Diffusion C.C.L.S. として出版された。邦訳は ブルバキ、「数学原論 位相1-5」および「数学原論 位相 要約」、東京図書 (1968, 1969)。</ref> の草稿に関して議論がなされた。その草稿でヴェイユは点列の収束を議論する上で空間に第二[[可算公理]]の成立を要求していたが(下の[[#位相幾何学におけるフィルター]]も参照)、この制限を除くために[[アンリ・カルタン]]が会合中に見つけた解決の糸口がフィルターである<ref>Beaulieu, L. (1990) "Proofs in expository writing — Some examples from Bourbaki's early drafts" ''Interchange'', '''21''', 35–45.</ref>。 フィルターの概念の初出として一般に言及されるのは、ブルバキの他メンバーの勧めを基にカルタンが翌年に提出した2つの論文<ref>Cartan, H. (1937) "Thèorie des filtres". ''C. R. Acad. Paris'', '''205''', [https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k3157c/f594 595]–598.</ref><ref>Cartan, H. (1937) "Filtres et ultrafiltres" ''C. R. Acad. Paris'', '''205''', [https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k3157c/f776 777]–779.</ref> である。 == 定義 == [[File:Upset.svg|right|300px]] 半順序集合 (''P'', ≤) の空でない部分集合 ''F'' は次の条件を満たすとき'''フィルター'''と呼ばれる。 # ''F'' の任意の元 ''x'' と ''y'' について、''F'' の元 ''z'' が存在して ''z'' ≤ ''x'' と ''z'' ≤ ''y'' が成立している。(''F'' は '''フィルター基'''である)(''F''は[[反対圏#例|双対順序]]が[[有向集合]]である) # ''F'' の任意の元 ''x'' について、''x'' ≤ ''y'' となるような ''P'' の元 ''y'' は ''F'' に入っている。(''F'' は ''上に開いて''<!-- upper set -->いる)(''F''は[[上方集合]]である) # ''P'' 全体と一致しないようなフィルターは'''固有フィルター'''あるいは真のフィルターともよばれる。この条件はしばしばフィルターの定義の一つとして要請されている。以下この項目でも特に断らない限りフィルターの条件として固有性を仮定する。 上に上げた定義は任意の半順序集合上にフィルターを定義する上で最も一般的な形式であるが、初めフィルターは束に対してだけ定義されていた。束の場合には次の条件によってフィルターを特徴付けることができる:束 (''P'', ≤) の空でない部分集合 ''F'' は、上に開いていて、かつ有限回の交わり操作([[最大下界]])で閉じている(つまり、''x'' と ''y'' が ''F'' に入っているなら ''x'' ∧ ''y'' も ''F'' に入っている)とき、およびそのときに限ってフィルターになる。 ''P'' 上のフィルター ''F'' と ''G'' について、''F'' ⊆ ''G'' ならば ''G'' は ''F'' より'''細かい'''、または ''F'' は ''G'' より'''粗い'''といい、これら二つのフィルターは'''比較可能'''だという。二つのフィルターがいつでも比較できるとは限らない。比較可能なほかのどんな真のフィルターよりも細かい真のフィルターは'''[[超フィルター]]''' <span lang="en">(ultrafilter)</span> と呼ばれる。 ''P'' の元 ''p'' を含むような ''P'' 上のフィルターのうちで最も小さいものは'''単項フィルター'''と呼ばれ、また ''p'' はそのフィルターの生成元<!-- "principal element" in the original doc -->と呼ばれる。''p'' によって生成される単項フィルターは具体的には ↑''p'' = { ''x'' ∈ ''P'' | ''p'' ≤ ''x'' } として与えられる。 フィルターの双対概念を[[:en:ideal (order theory)|イデアル]]という。つまりフィルターの条件における ≤ を ≥ に、∧ を ∨ にそれぞれ取り替えた条件を満たす半順序集合の部分集合をイデアルという。 このイデアルの定義は束上で代数構造における[[イデアル]]の概念と一致する(束は順序構造とともに代数構造を持つ)(この時、超フィルターの概念は極大イデアルに対応する)。 == 写像とフィルター == ''Φ'': ''K'' → ''L'' を束 ''K'', ''L'' の間の束準同型、''F'' を ''L'' 上のフィルターとし、''F'' の ''Φ'' による[[逆像]] ''Φ''<sup>−1</sup>(''F'') = { ''x'' ∈ ''K'' : ''Φ''(''x'') ∈ ''F'' } は空集合でないとする。このとき ''Φ''<sup>−1</sup>(''F'') は ''K'' 上のフィルターとなる。更に ''K'', ''L'' が最小元を持つ束で ''Φ'' が最小限を保つ束準同型のとき、''F'' が真のフィルターなら ''Φ''<sup>−1</sup>(''F'') も真のフィルターとなる<ref>Miklós Rédei, Quantum Logic in Algebraic Approach, Springe, 1998, p. 39.</ref>。 == 冪集合の上のフィルター == フィルターの特別な例として[[冪集合]]上に定義されるフィルターが挙げられる。任意の集合 ''S'' に対し、その冪集合 '''P'''(''S'') 上に部分集合のあいだの包含関係によって半順序 ⊆ を定めることができ、これによって ('''P'''(''S''), ⊆) は束になる。特に混乱のないときは '''P'''(''S'') 上のフィルターは単に ''S'' 上のフィルターと呼ばれる。この集合 ''S'' 上のフィルター ''F'' は次のような '''P'''(''S'') の部分集合として特徴付けられる: # ''S'' は ''F'' に入っている(''F'' は空でない) # 空集合は ''F'' に入っていない(''F'' は固有フィルター) # ''A'' と ''B'' が ''F'' に入っているならそれらの共通部分も ''F'' に入っている(''F'' は有限の共通分操作について閉じている) # ''A'' が ''F'' の元、''B'' が ''S'' の部分集合でかつ ''A'' が ''B'' の部分集合になっていれば ''B'' も ''F'' に入っている(''F'' は上に閉じている) はじめの3つの条件からフィルターは有限交差性を持つ(フィルターの元の有限個の共通分は空にならない)ことが分かる。 次の性質を持つ '''P'''(''S'') の部分集合 ''B'' は'''フィルター基'''と呼ばれる: # ''B'' に属する有限個の集合の共通部分は ''B'' のある集合を含む # ''B'' は空でなく、空集合は ''B'' に入っていない フィルター基 ''B'' が与えられたとき、 ''B'' を含む '''P'''(''S'') の元すべてを考えることでフィルターが得られる。 集合 ''X'' 上のフィルター ''F'' と写像 ''f'': ''X'' → ''Y'' に対し、'''P'''(''Y'') の部分集合 { ''f''(''A'') : ''A'' ∈ ''F'' } はフィルター基になっている。これによって生成されるフィルターは[[記法の濫用]]によって ''f''(''F'') と書かれる。 ''S'' の各部分集合 ''T'' に対して、 ''T'' が生成する単項フィルターが考えられる。また、''S'' の任意の元 ''p'' について、 {''p''} が生成する単項フィルターのことを[[言葉の濫用]]により ''p'' が生成する単項フィルターとも呼ぶ。''S'' の任意の元 ''p'' について、''p'' が生成するフィルターは超フィルターになっている。有限集合上の超フィルターは必ず単項フィルターの形をしている。反対に、(無限集合上で)単項フィルターの形をしていない超フィルターの存在証明にはツォルンの補題が必要になる。 ''F'' が ''S'' 上の超フィルターならば、''S'' の任意の部分集合 ''A'' について ''A'' ∈ ''F'' か ''A''<sup>''c''</sup> ∈ ''F'' のどちらかが成立している。 === 例 === * 無限集合''S'' に対し、補集合が有限であるような''S'' の部分集合すべての集まりは ''S'' 上のフレシェフィルターと呼ばれる。 * 集合 ''X'' 上の一様空間の構造は ''X'' × ''X'' 上のフィルターのうちで特定の公理を満たすものによって与えられる。 * [[ラショーヴァ=シコルスキの補題|Rasiowa-Sikorskiの補題]]によって半順序集合上のフィルターが構成され、[[強制法]]で用いられている。 === モデル理論におけるフィルター === 集合 ''S'' 上の任意のフィルター ''F'' に対し、以下のようにして[[集合関数]]が定義できる: :<math> m(A)=\begin{cases} 1 & \text{if }A\in F \\ 0 & \text{if }S\setminus A\in F \\ \text{undefined} & \text{otherwise} \end{cases} </math> この関数は有限加法性を持ち、[[有限加法的測度|弱い意味での測度]]になっている。従って「''φ'' は[[ほとんど至る所]]成り立つ」の類似として、 :<math>\{x\in S\mid \varphi(x)\}\in F</math> というかたちの言明が考えられる。フィルターへの帰属関係についてのこの解釈はモデル理論における超積の研究で(直ちに厳密な証明を与えるものではないが)指導原理として用いられている。 === 超積 === {{main|超積}} '''N''' を自然数の集合、''F'' を '''N''' 上の単項フィルターでない超フィルターとする。任意の集合 ''S'' について ''S'' の元の列がなす集合 ''S''<sup>'''N'''</sup> の上で、「'''N''' の部分集合 { ''n'' | ''x''<sub>''n''</sub> = ''y''<sub>''n''</sub> } が ''F'' に入っている」という関係 (''x''<sub>''n''</sub>)<sub>''n''∈'''N'''</sub> ∼ (''y''<sub>''n''</sub>)<sub>''n''∈'''N'''</sub> を考えることができる。フィルターの満たす条件からこれは ''S''<sup>'''N'''</sup> 上の同値関係を定めており、この関係 ∼ によって ''S''<sup>'''N'''</sup> を割って得られる集合 ''S''<sup>ω</sup> は ''S'' の'''超積'''(超冪)とよばれる。もとの集合 ''S'' は定値列によって ''S''<sup>ω</sup> に埋め込まれていると考えることができる。 こうして構成される超積は[[超準解析]]の最も簡単なモデルを与えている。''S'' が有理数の集合 '''Q''' のとき、数列 : (0, 1, 0, 1, 0, 1, 0, ...) が表す '''Q'''<sup>ω</sup> の元は、偶数集合と奇数集合のどちらが超フィルター ''F''に入っているかに応じて '''Q''' の元 0 か 1 のどちらかと同じものを表している。 === 位相幾何学におけるフィルター === {{seealso|集積点}} 位相幾何学や解析学において、距離空間での点列の収束の類似として、一般的な収束の概念を定式化するためにフィルターが用いられる。 位相空間 ''X'' の点 ''x'' があたえられたとき、 ''x'' の近傍すべてを取ることで ''X'' 上のフィルター ''N''<sub>''x''</sub> が得られる。''X'' 上の(固有)フィルター ''F'' で ''N''<sub>''x''</sub> より細かいものは ''x'' に収束しているといわれ、''F'' → ''x'' とかかれる。フィルター ''F'' と ''G'' について、''G'' が ''F'' より細かく、''F'' → ''x'' となっていれば明らかに ''G'' → ''x'' も成り立っている。また、点 ''x'' の任意の近傍がフィルター ''F'' の任意の元と交わるとき、つまり任意の ''M'' ∈ ''F'' について''x'' が ''M'' の閉包に入っているとき、''x'' は ''F'' の'''集積点'''だという。この状況は ''N''<sub>''x''</sub> と ''F'' のどちらよりも細かいフィルターが存在する、として言い換えられる。 また(適切な公理を満たす)収束フィルターとその収束先の組全てからなる族が与えられたとき、そこから位相を定義することが出来る(その点に収束するフィルターの共通部分として近傍系が定義される)。このことから位相空間論の諸結果は次のように全てフィルターを用いた議論に言い換えられる: # ''X'' 上の任意のフィルターの[[極限]]が高々一つ(つまり、多くても一つの点にしか収束していない)のとき、およびそのときに限って ''X'' は[[ハウスドルフ空間]]になる。 # 位相空間のあいだの写像 ''f'' が点 ''x'' で[[連続 (数学)|連続]]になるのは、''F'' → ''x'' ならば ''f''(''F'') → ''f''(''x'') となっているとき、およびそのときに限る。 # ''X'' が[[コンパクト空間|(準)コンパクト]]になるのは任意の超フィルターが収束しているとき、およびそのときに限る。 === 一様空間におけるフィルター === <!--{{main|{{ill2|コーシーフィルター|en|Cauchy filter}}}}--> ''F'' を[[一様空間]] ''X'' の上のフィルターとするとき、''X'' のどんな近縁<!-- entourage --> ''U'' についても ''A'' ∈ ''F'' が存在して ''x'', ''y'' ∈ ''A'' ならば (''x'', ''y'') ∈ ''U'' となっているとき、''F'' は'''コーシーフィルター'''だと言われる。''X'' が[[距離空間]]の場合には、この条件は :<math> \forall \epsilon > 0 \quad \exists A \in F \quad \operatorname{diam}(A) < \epsilon </math> と定式化できる。任意のコーシーフィルターが収束しているとき ''X'' は{{ill2|完備一様空間|en|complete uniform space|label=完備}}だと言われる。 コーシーフィルター ''F'' について、より細かいフィルター ''G'' で ''G'' → ''x'' となっている物があれば、 ''F'' → ''x'' も成立している。従って、コンパクト空間は一様空間として完備になる。逆に、一様空間は完備で全有界なとき、およびそのときに限りコンパクトになる。 == 他分野への応用 == === 社会選択理論 (経済学) におけるフィルター === [[社会選択理論]]において、単項フィルターでない超フィルターは、無限人の'''選好'''を集計するための ('''社会厚生関数'''とよばれる) 集計ルールを構築するために用いられる。有限人ケースに対する有名な[[アローの不可能性定理]]の述べるところと異なり、そのような集計ルールは、アローが提示した条件 (公理) をすべて満たすことが知られている (e.g., Kirman and Sondermann, 1972<ref>{{cite journal|last1=Kirman|first1=Alan P|last2=Sondermann|first2=Dieter|title=Arrow's theorem, many agents, and invisible dictators|journal=Journal of Economic Theory|volume=5|issue=2|year=1972|pages=267–277|issn=00220531|doi=10.1016/0022-0531(72)90106-8}}</ref>)。 しかしながら、そのような集計ルールを計算するようなアルゴリズムは存在しないため、それらの集計ルールの実用的な意味合いは乏しいことが指摘されており、アローの不可能性定理をかえって強化する結果となっている (Mihara, 1997<ref name=Mihara1997>{{cite journal|last1=Mihara|first1=H. Reiju|title=Arrow's Theorem and Turing computability|journal=Economic Theory|volume=10|issue=2|year=1997|pages=257–276|issn=0938-2259|doi=10.1007/s001990050157}}</ref>, 1999<ref name=Mihara1999>{{cite journal|last1=Mihara|first1=H. Reiju|title=Arrow's theorem, countably many agents, and more visible invisible dictators|journal=Journal of Mathematical Economics|volume=32|issue=3|year=1999|pages=267–287|issn=03044068|doi=10.1016/S0304-4068(98)00061-5}}</ref>)。 == 参考文献 == {{reflist}} == 関連項目 == * {{ill2|フィルトレーション (抽象代数)|en|Filtration (abstract algebra)}} * {{ill2|イデアル (束論)|en|Ideal (lattice theory)}} {{DEFAULTSORT:ふいるたあ}} [[Category:順序構造]] [[Category:位相幾何学]] [[Category:数学に関する記事]]
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