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{{混同|フェルミ接触相互作用}} [[Image:Beta Negative Decay.svg|thumb|[[ベータ崩壊|β<sup>-</sup>崩壊]]を表す[[ファインマン・ダイアグラム]]。図は[[中性子]]が[[陽子]]、[[電子]]、[[反電子ニュートリノ]]へと崩壊する反応を表している。この現象は、[[標準理論]]においては、図のように[[Wボソン]]を[[仮想粒子|仮想的]]に媒介する反応として説明されるが、フェルミ相互作用はWボソンの質量が限りなく大きい(Wボソンの伝達距離が限りなく小さい)極限の場合に対応している。]] [[素粒子物理学]]において、'''フェルミ相互作用'''(フェルミそうごさよう、{{lang-en-short|Fermi interaction}})とは、'''[[エンリコ・フェルミ|フェルミ]]の[[ベータ崩壊]]の理論'''<ref name="Fermi 1934 Nuovo"> {{cite journal |last=Fermi |first=E. |year=1934 |title=Tentativo di una teoria dei raggi beta |journal=Nuovo Cimento |volume=11 |issue= |pages=1-19 |doi= }}</ref><ref name="Fermi 1934 Z.Phys"> {{cite journal |last=Fermi |first=E. |year=1934 |title=Versuch einer Theorie der β-Strahlen. I |journal=[[Zeitschrift für Physik]] |volume=88 |issue=3-4 |pages=161-177 |bibcode=1934ZPhy...88..161F |doi=10.1007/BF01351864 }}</ref><ref> {{cite journal |author=F.L. Wilson |year=1968 |title=Fermi's Theory of Beta Decay (English translation by Fred L. Wilson, 1968) |url=http://microboone-docdb.fnal.gov/cgi-bin/RetrieveFile?docid=953;filename=FermiBetaDecay1934.pdf;version=1 |journal=American Journal of Physics |volume=36 |issue=12 |page=1150 |bibcode=1968AmJPh..36.1150W |doi=10.1119/1.1974382 }}</ref>で導入された[[相互作用]]である。 フェルミの理論においては、4つの[[フェルミ粒子]]が1点で直接的に(他の粒子を媒介せずに)相互作用すると仮定する。[[中性子]]のベータ崩壊の場合、中性子、[[陽子]]、[[電子]]、[[反電子ニュートリノ]]が1点で相互作用すると考える。[[標準理論]]、特に[[ワインバーグ=サラム理論]]の枠組においては、ベータ崩壊は媒介粒子としての[[Wボソン]]を導入することによって記述されるが、フェルミ相互作用は媒介粒子の伝達を点状相互作用として置き換えることで、実際の現象を精度良く記述しており、このような近似は[[有効場の理論]]の一例である。 ==論文出版までの経緯== 1930年、[[ヴォルフガング・パウリ]]はベータ崩壊に関わる中性粒子(後の[[ニュートリノ]])の存在を提唱した。これを受けて、[[エンリコ・フェルミ]]はベータ崩壊を4種類の粒子が1点で相互作用する過程とする理論を構築した。 最初、フェルミはこの理論について述べた論文をイギリスの有名な学術雑誌[[ネイチャー|Nature]]に投稿したが、「推測的過ぎる」という理由により掲載拒否された。後に、Natureはこの審査について、創刊以来の大きな編集ミスの一つであると認めている。 その後、フェルミは同じ内容の論文をイタリアの学術雑誌Nuovo Cimento<ref name="Fermi 1934 Nuovo"></ref>とドイツの学術雑誌[[Zeitschrift für Physik]]<ref name="Fermi 1934 Z.Phys"></ref>へ投稿し、1934年にそれぞれイタリア語・ドイツ語の論文が出版された。英文による出版はしばらく遅れ、結局、Natureが1939年1月16日にフェルミのレポートを英語で出版した。 ==相互作用の性質== ===電弱理論との関係=== フェルミの理論は、[[ワインバーグ=サラム理論]]を近似的に表した[[有効場の理論]]であり、[[弱い相互作用]]の性質を記述することによく成功している。この理論は、[[ベータ崩壊]]のような低エネルギー領域の物理現象を再現するには有効であるが、高エネルギー領域の現象に対しては破綻している。例えば、フェルミの理論によって計算される[[散乱断面積]]は散乱粒子のエネルギーの2乗に比例する。しかし、実際の散乱断面積には上限があるため、ある程度高いエネルギーを超えると理論値が上限を突破してしまう。これは、高エネルギー領域(粒子が高い[[運動量]]を運ぶ現象)においては、本来は媒介粒子として存在しているはずの[[Wボソン]]が理論に組み込まれていないことによる齟齬が顕わに見えてくるためである。つまり、フェルミの導入した点状相互作用は、Wボソンの質量より十分に小さいエネルギー領域における現象を記述するには妥当な近似となっているが、Wボソンの質量程度(~100GeV)の高エネルギー領域では不適切な結果を与えてしまう。 ===テンソル構造の決定=== フェルミによる本来の理論では、2つのベクトルカレントが接触して結合する相互作用を仮定していた。この仮定では、粒子の持つ[[パリティ (物理学)|パリティ]]は常に保存している。その後、1956年に[[李政道]]と[[楊振寧]]は[[K中間子]]の崩壊についての研究から、弱い相互作用では[[パリティ対称性の破れ]]が起きていることを予想した<ref> {{cite journal |last1=Lee |first1=T. D. |last2=Yang |first2=C. N. |year=1956 |title=Question of Parity Conservation in Weak Interactions |journal=[[Physical Review]] |volume=104 |issue=1 |pages=254–258 |bibcode = 1956PhRv..104..254L |doi=10.1103/PhysRev.104.254 }}</ref>。パリティ対称性の破れは、1957年に呉健雄らによって行われた偏極した[[コバルト60]]原子核のベータ崩壊を測定する実験で初めて確認された<ref> {{cite journal |last1=Wu |first1=C. S. |last2=Ambler |first2=E |last3=Hayward |first3=R. W. |last4=Hoppes |first4=D. D. |last5=Hudson |first5=R. P. |year=1957 |title=Experimental Test of Parity Conservation in Beta Decay |journal=[[Physical Review]] |volume=105 |issue=4 |pages=1413–1415 |bibcode=1957PhRv..105.1413W |doi=10.1103/PhysRev.105.1413 }}</ref>。これにより、弱い相互作用による現象においてパリティが常に保存するフェルミの理論には、パリティ対称性を破るような修正が必要であることが分かった。 さらに、中性子のベータ崩壊にはフェルミ遷移(放出される電子とニュートリノのスピンが反平行)と[[ガモフ=テラー遷移]](放出される電子とニュートリノのスピンが平行)という2種類の遷移が知られており、ベータ崩壊についての理論は2種類両方の遷移を正しく記述できなければならない。フェルミの理論ではベクトルカレントのみの相互作用が考えられており、この方法ではフェルミ遷移しか記述できなかった。 フェルミによる本来の理論だけでは、ガモフ=テラー遷移やパリティ対称性の破れを再現することができなかったため、[[ジョージ・スダルシャン]]と[[ロバート・マーシャク]]、及び、[[リチャード・ファインマン]]と[[マレー・ゲルマン]]<ref name ="Feynman1958"> {{cite journal |last1=Feynman |first1=R.P. |last2=Gell-Mann |first2=M. |year=1958 |title=Theory of the Fermi Interaction |journal=[[Physical Review]] |volume=109 |issue=1 |pages=193–198 |doi=10.1103/PhysRev.109.193 }}</ref>はそれぞれ独立に、軸性ベクトルカレントを導入し、ベータ崩壊に対する4-フェルミ粒子相互作用の正しいテンソル構造(V-A相互作用)を決定した。 ===保存するベクトルカレント=== [[Image:MuonFermiDecay.gif|thumb|[[ミュー粒子]]の崩壊を表すフェルミ相互作用。相互作用の強さはフェルミ結合定数''G''<sub>F</sub> によって表される。]] フェルミ相互作用は[[核子]]のベータ崩壊や[[ミュー粒子]]の崩壊のような[[弱い相互作用]]に関する現象について記述する。 このとき、弱い相互作用によって引き起こされる全ての過程において、(弱い相互作用の)ベクトルカレント相互作用の強さ([[結合定数 (物理学)|結合定数]])はほとんど等しくなる。この仮説はGershteinとZeldovich<ref> {{cite journal |last1=Gerstein |first1=S. S. |last2=Zeldovich |first2=Ya. B. |year=1955 |title= |journal=Zh. Eksp. Teor. Fiz. |volume=29 |issue= |pages=698 |bibcode = |doi= }}</ref>、及び、ファインマンとゲルマン<ref name ="Feynman1958"></ref>によって提案され、保存するベクトルカレント仮説(CVC仮説)として知られている。 一方、軸性ベクトルカレントの相互作用は[[強い相互作用]]の影響を受けるため、核子や[[パイ中間子]]のような[[ハドロン]]の軸性ベクトルカレントと電子やミュー粒子のような[[レプトン (素粒子)|レプトン]]の軸性ベクトルカレントの結合定数は幾らか異なっている。これは、部分的に保存する軸性ベクトルカレント(PCAC)として知られている。 ==理論の詳細== ===ベクトルカレント相互作用=== フェルミはベータ崩壊を2つのカレントの相互作用として表すことを考えた。ここでの2つのカレントは、中性子と陽子の反応、及びニュートリノと電子の反応を意味するが、[[電磁相互作用]]との類推によって、以下のようなベクトル型のハドロンカレント密度V<sub>μ</sub>とレプトンカレント密度l<sub>μ</sub>が採用された。 :<math>V_\mu^{c\dagger}(x) = \bar{\psi}_p(x) \gamma_\mu \psi_n(x)</math> :<math>l_\mu^{c\dagger}(x) = \bar{\psi}_e(x) \gamma_\mu \psi_\nu(x)</math> ここで、添え字cはカレントが粒子の[[電荷]]を変える(つまり、荷電カレントである)ことを意味し、ψ<sub>p</sub> 、ψ<sub>n</sub> 、ψ<sub>e</sub> 、ψ<sub>ν</sub>はそれぞれ陽子、中性子、電子、ニュートリノの[[波動関数]]、γ<sub>μ</sub>は[[ガンマ行列]]である。 これらのカレントが点状相互作用すると仮定すると、ベータ崩壊の[[ハミルトニアン]]は以下のよう表される。 :<math>H_F(x) = \frac{G_F}{\sqrt{2}}(V^{c\mu}(x)l_\mu^{c\dagger}(x) + l^{c\mu}(x)V_\mu^{c\dagger}(x))</math> ここで、係数''G''<sub>F</sub> はフェルミ結合定数である。第1項は中性子が陽子へ崩壊するβ<sup>-</sup>崩壊、第2項は陽子が中性子へ崩壊するβ<sup>+</sup>崩壊や[[電子捕獲]]に対応する。 ===V-A相互作用=== 本来のフェルミの理論においては、ベクトル型の相互作用のみが考えられていたが、弱い相互作用におけるパリティ対称性の破れなどの実験事実から、弱い相互作用の正しい記述にはベクトルカレントと軸性ベクトルカレントの両方が考慮されていなければならない。中性子のベータ崩壊について、ベクトルカレントと軸性ベクトルカレントの両方を含むハドロンカレント密度、レプトンカレント密度の(係数を無視した)表記は以下のようになる。 :<math>V_\mu^{c\dagger}(x) = \bar{\psi}_p(x) \gamma_\mu (1-\gamma_5) \psi_n(x)</math> :<math>l_\mu^{c\dagger}(x) = \bar{\psi}_e(x) \gamma_\mu (1-\gamma_5) \psi_\nu(x)</math> ここで、γ<sub>5</sub>に比例する項が軸性ベクトルカレントである。これらのカレントは、ガンマ行列の符号の表式に因んで、V-A型カレントと呼ばれる。 これらのカレントによる[[ハミルトニアン]]は以下のよう表される。 :<math>H_{V-A}(x) = \frac{G_F}{\sqrt{2}} \left[ \left(\bar{\psi}_e(x) \gamma^\mu (1-\gamma_5) \psi_\nu(x) \right)\left( \bar{\psi}_p(x) \gamma_\mu (g_V - g_A\gamma_5) \psi_n(x) \right) + \mathrm{h.c.} \right] </math> ここで、導入された係数g<sub>V</sub>とg<sub>A</sub>は、レプトンカレントに対するハドロンカレントの相互作用の強さを決定する係数である。ベクトルカレントの係数は、CVC仮説より、レプトンカレントの係数とほとんど等しくなる(上式に当てはめれば、g<sub>V</sub>~1)。一方、軸性ベクトルカレントの係数は[[強い相互作用]]の影響により、1から若干ずれた値をとる。 == フェルミ結合定数 == {{物理定数 |名称 = フェルミ結合定数 |英語 = Fermi coupling constant |画像 = |記号 = <math>G_\text{F}</math> |値 = {{val|1.1663787|(6)|e=-5|u=GeV{{sup-|2}}}}<ref name="pdg"/> |不確かさ = 5.0{{e-|7}} |語源 = }} '''フェルミ結合定数'''({{en|Fermi coupling constant}})とは、フェルミ相互作用の強さを表現する[[結合定数 (物理学)|結合定数]]である。 [[弱い相互作用]]の強さを表す代表的な量である。記号は通常 {{math|''G''{{sub|F}}}} が用いられる。 フェルミ結合定数の値は {{Indent| <math>\frac{G_\text{F}}{(\hbar c)^3} =1.166\ 378\ 7(6)\times 10^{-5}\ \text{GeV}^{-2}</math> }} である<ref name="pdg">[[#pdg|Particle Data Group]]</ref>。 フェルミ結合定数の値を決定する最も正確な方法は、実験によって[[ミュー粒子]]の[[質量]]と[[平均寿命]]を測定することである。ミュー粒子の平均寿命 {{math|''τ''{{sub|μ}}}} は {{math|''G''{{sub|F}}}} とミュー粒子の質量 {{math|''m''{{sub|μ}}}} を用いて {{Indent| <math>\tau_\mu = \frac{192 \pi^3 \hbar^7}{G_\text{F}^2 m_\mu^5 c^4}</math> }} と表される。 [[標準模型]]([[ワインバーグ=サラム理論]])によれば、フェルミ結合定数はいくつかのパラメータを用いて {{Indent| <math>\frac{G_\text{F}}{(\hbar c)^3} =\frac{\sqrt{2}}{8} \frac{g^2}{m_\text{W}^2}</math> }} と表される。 ここで、{{mvar|g}} は[[弱い相互作用]]の[[結合定数 (物理学)|ゲージ結合定数]]で、{{math|''m''{{sub|W}}}} は[[Wボソン]]の質量である。 さらに、Wボソンの質量 {{math|''m''{{sub|W}}}} は[[ヒッグス場]]の[[真空期待値]] {{mvar|v}} を用いて {{math|1=''m''{{sub|W}}=''gv''/2}} と表されるので {{Indent| <math>v = (\sqrt{2}\ G_\text{F})^{-1/2} \simeq 246.22\ \text{GeV}</math> }} としてヒッグス場の真空期待値 {{mvar|v}} が計算される。 == 脚注 == {{Reflist}} == 外部リンク == * {{Cite web |url=http://pdg.lbl.gov/2013/reviews/rpp2013-rev-phys-constants.pdf |title=2014 Review of Particle Physics |accessdate=2014-10-20 |publisher=Particle Data Group |ref=pdg }} {{DEFAULTSORT:ふえるみそうこさよう}} [[Category:素粒子物理学]] [[Category:場の量子論]] [[Category:エンリコ・フェルミ]] [[Category:物理学のエポニム]]
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