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[[数学]]の分野における'''フレドホルム行列式'''(フレドホルムぎょうれつしき、{{Lang-en-short|Fredholm determinant}})とは、[[行列]]の[[行列式]]の一般化であるような、ある複素数値関数のことを言う。{{仮リンク|トレースクラス作用素|en|trace-class operator<!-- リダイレクト先の「[[:en:Trace class]]」は、[[:ja:トレースクラス]] とリンク -->}}によって、[[ヒルベルト空間]]上の恒等作用素ではない[[有界作用素]]に対して定義される。[[数学者]][[エリック・イヴァル・フレドホルム]]の名にちなむ。 フレドホルム行列式は、[[数理物理学]]の分野において多く応用されており、その最も有名な例には、[[イジング模型]]の{{仮リンク|自発磁化|en|spontaneous magnetization}}についての[[ラルス・オンサーガー]]と[[楊振寧]]の問題に対する解答として証明された、[[セゲー・ガーボル]]の極限公式が挙げられる。 == 定義 == ''H'' を[[ヒルベルト空間]]とし、''G'' を ''H'' 上の[[有界作用素|有界可逆作用素]]で ''I'' + ''T'' と書き表されるようなもの(ここで ''T'' は{{仮リンク|トレースクラス作用素|en|trace-class operator<!-- リダイレクト先の「[[:en:Trace class]]」は、[[:ja:トレースクラス]] とリンク -->}}とする)とする。''G'' は、 : <math> (I+T)^{-1} - I = - T(I+T)^{-1} </math> が成立するために、[[群 (数学)|群]]である。 トレースクラスノルムを || · ||<sub>1</sub> と表すとき、''G'' には ''d''(''X'', ''Y'') = ||''X'' - ''Y''||<sub>1</sub> で定義される自然な計量が存在する。 ''H'' を、[[内積]] <math>(\cdot,\cdot)</math> を備えるヒルベルト空間としたとき、''k''次の[[外積代数|外積冪]] <math>\Lambda^k H</math> も、内積 :<math> (v_1 \wedge v_2 \wedge \cdots \wedge v_k, w_1 \wedge w_2 \wedge \cdots \wedge w_k) = {\rm det} \, (v_i,w_j) </math> によりヒルベルト空間となる。 特に、''H'' の[[正規直交基底]]を (''e''<sub>''i''</sub>) としたとき、 :<math> e_{i_1} \wedge e_{i_2} \wedge \cdots \wedge e_{i_k}, \qquad (i_1<i_2<\cdots<i_k)</math> は <math>\Lambda^k H</math> の正規直交基底となる。 ''A'' を ''H'' 上の有界作用素とするなら、''A'' は <math>\Lambda^k H</math> 上の有界作用素 <math>\Lambda^k(A)</math> を :<math> \Lambda^k(A) v_1 \wedge v_2 \wedge \cdots \wedge v_k = Av_1 \wedge Av_2 \wedge \cdots \wedge Av_k </math> として functorially に定義する。 ''A'' がトレースクラスであるなら、 :<math> \|\Lambda^k(A)\|_1 \le \|A\|_1^k/k!.</math> によって <math>\Lambda^k</math>(''A'') もトレースクラスとなる。このことから、 :<math> {\rm det}\, (I+ A) = \sum_{k=0}^\infty {\rm Tr} \Lambda^k(A) </math> として定義される'''フレドホルム行列式'''には、意味があることが分かる。 == 性質 == * ''A'' がトレースクラス作用素であるなら、 ::<math> {\rm det}\, (I+ zA) = \sum_{k=0}^\infty z^k{\rm Tr} \Lambda^k(A)</math> :は ::<math> |{\rm det}\, (I+ zA)| \le \exp (|z|\cdot \|A\|_1) </math> :を満たす[[整関数]]である。 * 関数 det(''I'' + ''A'') は ::<math> |{\rm det}(I+A) -{\rm det}(I+B)| \le \|A-B\|_1 \exp (\|A\|_1 + \|B\|_1 +1).</math> :という不等式によって、トレースクラス作用素の空間上で連続となる。 :また、この不等式は、Simon (2005) の第5章で述べられているように、 ::<math> |{\rm det}(I+A) -{\rm det}(I+B)| \le \|A-B\|_1 \exp (\max(\|A\|_1,\|B\|_1) +1)</math> :という不等式によって、わずかに改良される。 * ''A'' と ''B'' がトレースクラスであるなら、 ::<math> {\rm det}(I+A) \cdot {\rm det}(I+B) = {\rm det}(I+A)(I+B) </math> :が成り立つ。 * 関数 ''det'' は、非ゼロ複素数の乗法群 '''C'''* への ''G'' の[[準同型|準同型写像]]である。 * ''T'' が ''G'' に含まれ、''X'' が可逆であるなら、 ::<math> {\rm det}\, XTX^{-1} ={\rm det} \, T</math> :が成り立つ。 * ''A'' がトレースクラスであるなら、 ::<math> {\rm det}\, e^A = \exp \, {\rm Tr} (A)</math> :と ::<math> \log {\rm det}\, (I+ zA) ={\rm Tr} (\log{(I+zA)})=\sum_{k=1}^\infty (-1)^{k+1}\frac{{\rm Tr} A^k}{k}z^k</math> :が成り立つ。 == 交換子のフレドホルム行列式 == (''a'', ''b'') から ''G'' への関数 ''F''(''t'') は、''F''(''t'') -I がトレースクラス作用素への写像として微分可能であるとき、すなわち、極限 :<math> \dot{F}(t) = \lim_{h\rightarrow 0} {F(t+h) - F(t)\over h}</math> がトレースクラスノルムについて存在するとき、'''微分可能'''であると言われる。 ''g''(''t'') を、トレースクラス作用素に値を取る微分可能関数とするとき、exp ''g''(''t'') もそのような関数となり、 :<math> F^{-1} \dot{F} = {{\rm id} - \exp - {\rm ad} g(t)\over {\rm ad} g(t)} \cdot \dot{g}(t)</math> が成立する。ここで :<math> {\rm ad}(X)\cdot Y = XY -YX</math> である。{{仮リンク|イスラエル・ゴーベルグ|en|Israel Gohberg}}と{{仮リンク|マーク・クライン|en|Mark Kreing<!-- 存在しない -->}}は、''F'' が ''G'' への微分可能関数であるとき、''f'' = det ''F'' は '''C'''* への微分可能写像で、 :<math> f^{-1} \dot{f} = {\rm Tr} F^{-1} \dot{F} </math> が成立することを証明した。この結果は、ジョエル・ピンカスとウィリアム・ヘルトンおよび{{仮リンク|ロジャー・イヴァンス・ハウ|label=ロジャー・ハウ|en|Roger Evans Howe}}によって、''A'' と ''B'' が有界作用素で、その交換子 ''AB -BA'' がトレースクラスであるなら、 :<math> {\rm det}\, e^A e^B e^{-A} e^{-B} = \exp {\rm Tr} (AB-BA) </math> が成立することの証明に用いられた。 == セゲーの極限公式 == {{Seealso |セゲーの極限定理}} ''H'' = ''L''<sup>2</sup> (''S''<sup>1</sup>) とし、''P'' を[[ハーディ空間]] ''H''<sup>2</sup> (''S''<sup>1</sup>) の上への[[直交射影]]とする。 ''f'' がその円板上の[[滑らかな関数]]であるとき、対応する ''H'' 上の乗算作用素を ''m''(''f'') と表すことにする。 交換子 :P''m''(''f'') - ''m''(''f'')P はトレースクラスである。 ''T''(''f'') を、 :<math> T(f) = Pm(f)P </math> のように定義される ''H''<sup>2</sup> (''S''<sup>1</sup>) 上の{{仮リンク|テープリッツ作用素|en|Toeplitz operator}}とする。このとき、加法的な交換子 :<math> T(f) T(g) - T(g) T(f) </math> がトレースクラスであるための十分条件は、''f'' と ''g'' が滑らかであることである。 ベルガーとショウは、次の等式を示した: :<math> {\rm tr}(T(f) T(g) - T(g) T(f)) = {1\over 2\pi i} \int_0^{2\pi} f dg.</math> ''f'' と ''g'' が滑らかであるなら、 :<math> T(e^{f+g})T(e^{-f}) T(e^{-g}) </math> は ''G'' に含まれる。 {{仮リンク|ハロルド・ウィドム|en|Harold Widom}}は、ピンカス=ヘルトン=ハウの結果を使って、次の等式を示した: :<math> {\rm det} \, T(e^f) T(e^{-f}) = \exp \sum_{ n>0} na_n a_{-n}.</math> 但し :<math> f(z) =\sum a_n z^n </math> とする。彼はこの等式を使って、[[セゲー・ガーボル]]の有名な極限公式 :<math> \lim_{N\rightarrow \infty} {\rm det} P_N m(e^f) P_N = \exp \sum_{ n>0} na_n a_{-n},</math> の新たな証明方法を考案した。ここで、''P''<sub>''N''</sub> は 1, ''z'', ..., ''z''<sup>''N''</sup> によって張られる ''H'' の部分空間の上への射影とし、''a''<sub>0</sub> = 0 とする。 セゲーの極限公式は、1951年、[[イジング模型]]の{{仮リンク|自発磁化|en|spontaneous magnetization}}の計算に関する[[ラルス・オンサーガー]]と[[楊振寧]]の研究で生じた問題に対する答えとして、証明された。ウィドムの公式は、セゲーの極限公式をより早く導くものであり、[[共形場理論]]における[[ボース粒子]]と[[フェルミ粒子]]の間の双対性と恒等的なものである。円板の弧の上でサポートされる関数に対する、セゲーの極限公式の特殊な場合の証明も、ウィドウによるものである;この結果は、[[ランダム行列]]の固有値分布に関する確率論的結果を得るために応用されている。 == 非公式な表現 == この節では、フレドホルム行列式のある非公式な定義を紹介する。以下のフレドホルム行列式が与えられる状況において、より望ましい定義のためには、いくつかの点が well-defined であったり、収束したりすることについて証明することが求められる。以下で現れる核 ''K'' は様々な[[ヒルベルト空間]]や[[バナッハ空間]]上で定義され得るものであるため、それらはつまらない練習問題という訳ではない。 フレドホルム行列式は :<math>\det(I-\lambda K) = \left[ \sum_{n=0}^\infty (-\lambda)^n \operatorname{Tr } K^n \right]= \exp{(\sum_{n=0}^\infty(-1)^{n+1}\frac{\operatorname{Tr} A^n}{n}z^n})</math> のように定義され得る。但し、''K'' は[[積分作用素]]である。その作用素のトレースは :<math>\operatorname{Tr } K = \int K(x,x)\,dx</math> および :<math>\operatorname{Tr }\Lambda^2(K) = \frac{1}{2!} \iint K(x,x)K(y,y)-K(x,y) K(y,x)\,dxdy</math> および、より一般的に <math>\operatorname{Tr } K^n = \frac{1}{n!}\int\cdots\int \det K(x_i,x_j)|_{1\leq i,j\leq n}\,dx_1\cdots dx_n</math> で与えられる。これらの核は[[トレースクラス]]あるいは[[核作用素]]であるため、そのようなトレースは well-defined である。 == 応用 == フレドホルム行列式は、物理学者 John A. Wheeler (1937, Phys. Rev. 52:1107) によって、共鳴群法により部分波動関数の反対称な組み合わせとして構成される、複合原子核に対する波動関数の数学的表記を与えるために、用いられた。この方法は、[[アルファ粒子]]やヘリウム-3、[[重水素]]、トリトン、重中性子など、基本的なボース粒子やフェルミ粒子のクラスター群あるいは構成要素へと、中性子や陽子のエネルギーを分配するためのさまざまな方法に対応するものである。ベータやアルファ安定アイソトープのために共鳴群法が応用されるとき、フレドホルム行列式は、(1) 複合システムのエネルギー値を決定するため、および (2) 分布と崩壊の断面図を決定するために用いられる。Wheeler の共鳴群法は、以後のすべての核子クラスターモデルに対する理論的な基盤と、すべての軽および重質量アイソトープのための対応するクラスターエネルギーダイナミクスをもたらすものであった(N.D. Cook, 2006 に含まれる、物理学でのクラスターモデルについてのレビューを参照されたい)。 == 参考文献 == *{{citation| last=Simon|first=Barry|title=Trace Ideals and Their Applications|series=Mathematical Surveys and Monographs|volume=120|publisher=American Mathematical Society|year=2005| isbn=0-8218-3581-5}} *{{citation|last=Wheeler|first=John A.|title=On the Mathematical Description of Light Nuclei by the Method of Resonating Group Structure|series=Physical Review|volume=52|page=1107|year=1937}} *{{citation|last=Bornemann|first=Folkmar|title=On the numerical evaluation of Fredholm determinants|journal= Math. Comp.|volume=79|pages=871–915|publisher=Springer|year=2010}} {{DEFAULTSORT:ふれとほるむきようれつしき}} [[Category:フレドホルム理論]] [[Category:数学に関する記事]] [[Category:数学のエポニム]]
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