ブラックホールのソースを表示

{{Otheruses}}
{{multiple image
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 | width1 = 250
 | width2 = 200
 | image1 = Black hole - Messier 87.jpg
 | image2 = Sag A*.jpg
 | caption1 = [[イベントホライズンテレスコープ]]により撮影された[[M87 (天体)|M87]]中心部の[[超大質量ブラックホール]]。リングの直径は約1000億キロメートル、質量は太陽の約65億倍と推定されている<ref>https://www.theguardian.com/science/2019/apr/10/black-hole-picture-captured-for-first-time-in-space-breakthrough</ref><ref>{{Cite news|和書|url=https://mainichi.jp/articles/20190410/k00/00m/040/249000c|title=ブラックホールの撮影に成功　世界初　一般相対性理論を証明|newspaper=[[毎日新聞]]|date=2019年4月10日}}</ref>。なお、この撮影画像は8基の電波望遠鏡が数日間にわたり収集した撮影データを基に作成された。2019年4月10日13時 (UTC) に公表。
 | caption2 = イベントホライズンテレスコープにより撮影された[[天の川銀河]]中心部の[[いて座A*]]にある超大質量ブラックホール。2022年5月12日13時 (UTC) に公表。
}}

[[ファイル:Black Hole Milkyway.jpg|thumb|300px|ブラックホールの想像図<br />[[天の川]]を背景として[[太陽質量]]の10倍となるブラックホールから600[[キロメートル|km]]離れた視点を想定し、[[理論]]的な計算を基に作成した[[シミュレーション]]画像。光はブラックホールより出られないため真っ暗で、周囲の光が重力でねじ曲げられる様子が描かれている。（Ute Kraus、2004年[http://www.spacetimetravel.org/expeditionsl/expeditionsl.html]）]]
[[ファイル:BlackHole Lensing.gif|thumb|upright=1.3|alt=Schwarzschild black hole|ブラックホールの[[重力レンズ]]効果によって、[[背景]]の銀河の像が歪められている状態を想像したアニメーション動画。]]

'''ブラックホール'''（{{Lang-en|black hole}}）は、[[宇宙空間]]に存在する[[天体]]のうち、極めて高[[密度]]で、極端に[[重力]]が強いために[[物質]]だけでなく[[光]]さえ脱出することができない天体である。

== 名称 ==
{{Wiktionary}}
「{{Lang|en|black hole}}」という呼び名が定着する以前までは、崩壊した星を意味する「コラプサー」（{{Lang|en|collapsar}}）などと呼ばれていた<ref>[http://ejje.weblio.jp/content/collapsar weblio]</ref>。光すら抜け出せない[[コンパクト星|縮退星]]に対して「{{Lang|en|black hole}}」という語が用いられた最も古い印刷物は、ジャーナリストのアン・ユーイング（{{Lang|en|Ann Ewing}}）が[[1964年]][[1月18日]]の『[[サイエンス・ニュース|サイエンス・ニュースレター]]』で記した「{{Lang|en|'Black holes' in space}}」と題する[[アメリカ科学振興協会]]の会合を紹介する記事である{{R|Ewing1964|Quinion2008|News2016}}。一般には、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]の[[物理学者]]であった[[ジョン・ホイーラー]]が1967年に初めて用いたとされる{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=158}}が、実際には当時[[ニューヨーク]]で行われた会議中で聴衆の一人が洩らした言葉をホイーラーが採用して広めたものであり{{R|Quinion2008}}、またホイーラー自身はブラックホールという言葉の考案者であると主張したことはない{{R|Quinion2008}}。

== 特徴 ==
巨大な天体を観測すると、その向こう側から来る光が曲げられて見えることから、光も重力の影響を受けることは知られていた。つまり、重力が強大になるにつれ、ある点で「光すら脱出できない」ほどの状態となる。光より速い物質は存在しない前提であるため、いかなる物質や電波なども発出されないという特性から、その天体を直接的に観測を行うことは困難であるが、2019年4月10日に初めて観測に成功し、メディアに公開された。そのため、その近傍にある他の天体や、その背後に見えるはずの天体との相互作用を介して間接的な観測が行われている。[[X線]]源の精密な観測と質量推定によって、現在観測されているいくつかの天体はブラックホールであると考えられている<ref name="nakamura">{{Cite journal |和書
 | author=中村康二
 | title=ブラックホール：相対性理論と宇宙物理学
 | url=https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=AN10079809-20040930-0041
 | journal=慶應義塾大学日吉紀要. 自然科学
 | issue=36
 | pages=41-56
 | publisher=慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
 | date=2004
}}</ref>。

ブラック「ホール」という名称であるが、あたかも水面の渦巻きに吸い込まれるかの様に落下していく「穴」ではない。また光さえも脱出できない＝何も見えないことから、多くの想像図では黒い球体で描かれる。ただし正確には、通常の観測によっても「何も見えない」ため「黒い球体」も誤った表現となる。[[サイエンス・フィクション|SF]]等では「時空に穴が開いていて、どこか別の場所に出口となる穴{{Refnest|group="注釈"|比較して「[[ホワイトホール]]」と称されることが多い。}}に繋がっている」とされる描写があるが、現実ではそのようなものの存在は確認されていない。イメージとしては[[磁石]]が四方八方どの方向からも[[鉄]]を引き付けるような感覚で考えると理解しやすい。[[太陽系]]がある天の川[[銀河系]]も含め、現在観測されている他の銀河系や連星系のほとんどについて構造を検討すると、その中心天体はブラックホール化していないと説明がつかないことが多い。地球から最も近いところでは、約1000光年先にある連星系[[HR 6819|HR6819]]がブラックホールの候補とされ、その研究と観測が進められている。また2019年に撮影に成功したブラックホール(おとめ座銀河団の楕円銀河M87の中心に位置する巨大ブラックホール)は約5500万光年先である。
=== 事象の地平面 ===
{{See also|事象の地平面}}
周囲は非常に強い重力によって[[時空]]が著しく歪められ、ある半径より内側ではどのような向きに向かう光や推進力を得続ける物体でもブラックホールの内側に向きが変わって出られなくなる。この半径を[[シュワルツシルト半径|シュヴァルツシルト半径]]、この半径を持つ球面を[[事象の地平面]]（シュヴァルツシルト面）と呼ぶ。この中からは光であっても外に出てくることはできないため、現在天体観測に用いられているほぼ全ての光線、電波が出てこなくなる{{Refnest|group="注釈"|脱出速度を超えなくてもロケットのように推進力を与え続ける、光速度不変の原理によって速度が保たれる光などは脱出できるが、空間自体が歪むことによりこういったものでも脱出できない。}}。ブラックホールは単に元の天体の構成物質がシュヴァルツシルト半径よりも小さく圧縮されてしまった状態であり、事象の地平面の位置に何かが存在する訳ではなく、ブラックホールに向かって落下する物体は事象の地平面を超えて中心へ引き込まれる。

ブラックホールの引力は光速を超えているため、ブラックホールに向かって落下する物体を離れた位置の観測者から見ると、物体が事象の地平面に近づくにつれて光速に近づくために、[[特殊相対性理論|相対論]]的効果によって物体の時間の進み方が遅れるように見える。最終的に観測者からはブラックホールに落ちていく物体は事象の地平面の位置で永久に停止するように見える{{Sfn|ステン・F・オデンワルド|2000|p=191}}。同時に、物体から出た光は重力による[[赤方偏移]]を受けるため、物体は落ちていくにつれて次第に赤くなり<ref name="Odyssey3">“『銀河宇宙オデッセイ』第3集 - 接近 ブラックホール”. ''NHKスペシャル''.（1990年7月15日）</ref>、やがて可視光領域を外れ見えなくなる。逆に落ちていく物体から見れば、事象の地平面を通過する頃には事象の地平面の外側の時間の進み方が大幅に高速化するように見えると想定されている。

=== 特異点 ===
{{See also|重力の特異点}}
ブラックホールには密度、重力が無限大である[[重力の特異点]]があるとされる。[[角運動量]]を持たない[[シュワルツシルト・ブラックホール|シュヴァルツシルト・ブラックホール]]では中心にあり、回転する[[カー・ブラックホール]]ではリング状に存在する。

=== 降着円盤 ===
{{See also|降着円盤|活動銀河}}
連星系を形成するブラックホールは降着円盤を形成する場合がある。円盤は膨大な熱とX線を放射する。多くのものは[[宇宙ジェット]]を伴う。

== 理論史 ==
{{Unsolved|物理学|なぜブラックホールの中では物理的情報が喪失してしまうのか？}}

[[ファイル:Schwarzschild.jpg|thumb|120px|[[カール・シュヴァルツシルト]]|代替文=]]
ブラックホールの理論的可能性については、18世紀後半に先駆的な着想があった{{Sfn|レオナルド・サスキンド|2009|pp=27-30}}。[[ピエール＝シモン・ラプラス]]は、[[アイザック・ニュートン]]の提唱した[[光の粒子説]]と[[ニュートン力学]]から、光も[[万有引力]]の影響を受けると考え、理論を極限まで推し進めて「十分に質量と密度の大きな天体があれば、その重力は光の速度でも抜け出せないほどになるに違いない」と推測した{{Sfn|レオナルド・サスキンド|2009|pp=27-30}}。また、[[イングランド王国|イギリス]]の[[ジョン・ミッチェル (天文学者)|ジョン・ミッチェル]]も同様の論文を発表した{{R|Michell1784}}{{Sfn|レオナルド・サスキンド|2009|pp=27-30}}。しかしその後、[[光の波動説]]が優勢になり、この着想は忘れられた{{Sfn|レオナルド・サスキンド|2009|p=43}}。

現代的なブラックホール理論は、[[アルベルト・アインシュタイン]]の[[一般相対性理論]]が発表された直後の1915年に、[[カール・シュヴァルツシルト]]が[[アインシュタイン方程式]]に対する特殊解を導いたことから始まった<ref name="Odyssey3" />{{Sfn|レオナルド・サスキンド|2009|p=43}}。[[シュヴァルツシルトの解|シュヴァルツシルト解]]は、時空が球対称で自転せず、さらに真空であるという最も単純な仮定の上での一般相対性理論の厳密解として得られる。<!-- シュヴァルツシルト解は重力場が非常に弱い場合はニュートン力学の重力理論と一致する。-->アインシュタイン自身は一般相対論で特異点が有り得ることを渋々認めていたものの、それはあくまで数学的な話であって現実には有り得ないと考えていた{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=151}}。

[[ファイル:JROppenheimer-LosAlamos.jpg|thumb|120px|right|ロバート・オッペンハイマー]]
[[1930年]]に、[[イギリス領インド帝国|インド]]出身でイギリス本国に留学に来ていた当時19歳の[[スブラマニアン・チャンドラセカール]]が、[[白色矮星]]の質量には上限があることを理論的に導き出し、質量の大きな[[恒星]]は押し潰されてブラックホールになると、ブラックホールの存在を初めて理論的に指摘したが、当時の科学界の重鎮であった[[アーサー・エディントン]]がまともに検討することもなく頭ごなしに否定した<ref name="Miller">{{Harvnb|ミラー|2009|p={{要ページ番号|date=2023年4月}}}}</ref>{{Refnest|group="注釈"|この乱暴な態度が、結果的にその後40年間ブラックホールの研究が滞る結果を招く要因となった。また、このやりとりはチャンドラセカールのその後の人生にも暗い影を落とすことになった<ref name="Miller" />。}}。

1939年、[[ロバート・オッペンハイマー]]とその指導大学院生であった{{仮リンク|ハートランド・スナイダー|en|Hartland Snyder}}が、アインシュタインが成功を収めることになった流儀を真似て一つの[[思考実験]]を行った{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|pp=151-152}}。二人は、大質量の星が燃え尽き、突然自重で潰れる時に何が起きるのか自らに問いかけてみたのである{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|pp=151-152}}。当時、太陽のような軽い星の場合は地球サイズで鉄の密度にまで収縮することが分かっており、より重い星はさらに収縮が進み直径10マイル（16km）程度のボールに収縮すると、[[フリッツ・ツビッキー]]と[[ウォルター・バーデ]]が仮説を立てていた{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=152}}。オッペンハイマーらは、当時の物理学界を賑わせていた[[中性子星]]存在の議論の中で、恒星の崩壊後にできる中性子星の質量には上限があり、[[超新星]]爆発の後に生成される中性子の核の質量がその上限よりも重い場合、中性子星の段階に留まることなくさらに崩壊する[[重力崩壊]]現象を予言した{{R|OppenheimerSnyder1939}}。しかしオッペンハイマーは、ここまで研究を進めたところで[[原子爆弾]]開発を目的とする[[マンハッタン計画]]の責任者として[[ロスアラモス国立研究所|ロスアラモス研究所]]の所長に任命され、ブラックホール研究からは遠のくことになった。

[[ファイル:Wheeler,John-Archibald 1963 Kopenhagen.jpg|thumb|120px|right|ジョン・ホイーラー]]
ほとんどの物理学者はこうした説明を何一つとして真剣に受け止めていなかったが、[[フレッド・ホイル]]は別だった{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=152}}。突飛な説明をすることにかけては一流であったホイルは、太陽の何百万倍もの超星（スーパースター）は熱核反応ではなく重力によって電波銀河にパワーを供給していると提唱した。そして、超星ほどの巨大な物質の集まりを自重で崩壊させてみれば、その質量の90%までがエネルギーに変換され、[[クエーサー]]の燃料となり得ると指摘した{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=153}}{{Refnest|group="注釈"|これは[[マーテン・シュミット|シュミット]]がクエーサーの正体を暴く前のことだった{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=153}}。}}。

[[ジョン・ホイーラー]]は特異点と重力崩壊の問題を考え続けていた{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=153}}。計算の結果、ホイーラーは物質とその本質をなす様々な属性{{Refnest|group="注釈"|例えば、[[物質]]と[[反物質]]との違いというような、[[物理法則]]を支えている根本的な属性。}}は、[[重力の特異点|特異点]]で単純に消えてしまうと確信した{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=156}}。1963年、[[ロイ・カー]]が軸の周りに一定の[[角速度]]で回転するブラックホールについての厳密解（[[カー解]]）を導いた{{R|Kerr1963}}{{Refnest|group="注釈"|なお、カー解は、[[ブラックホール唯一性定理]]により、軸対称定常・真空かつ無限遠平坦という仮定のもとでのアインシュタイン方程式のただ一つの解であることが示されており、[[ブラックホール脱毛定理]]（無毛定理）の描像とあわせて、物理的に形成されるブラックホールの最終段階と考えられている{{R|Carter1971}}。1973年に[[京都大学]]の[[冨松彰]]と[[佐藤文隆]]が発見した[[トミマツ・サトウ解]]はカー解を歪めたもので[[裸の特異点]]が存在する{{R|TomimatsuSato1973}}。}}。

[[ファイル:Roger Penrose-6Nov2005.jpg|thumb|120x120px|ロジャー・ペンローズ|代替文=]]
ホイーラーが「最終状態の問題」とデリケートな言い回しで表現した問題を、[[ロジャー・ペンローズ]]は強力な定理やエレガントな証明を用いて、まるで[[4次元|四次元]]における幾何学問題であるかのようにアプローチした{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=161}}{{Refnest|group="注釈"|ペンローズ本人は[[幾何学]]を専門としており、[[デニス・シアマ]]にその才能を一般相対性理論の領域で活かすべきだと誘われた{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=160}}。}}。一般相対性理論に対しては多くの科学者が、特異点というのは架空のものであり数学的な理想化の産物と考えており「星は回転で物質は跳ね飛ばされ、中心の周りで渦を巻き、一体になって特異点を形成するようなことはない」信じられていたのである{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=161}}。ところが1965年に、ペンローズが星の崩壊は特異点に収束することを証明した{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=161}}。物質とエネルギーが充分に集まっている所ならどこでも時空に終わりが来ることがあると証明したのである{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=161}}。[[デニス・シアマ]]はこれを「一般相対論にとって最も重要な貢献」と呼んだ{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=161}}{{Refnest|group="注釈"|なお、ホイーラーはダラス会議から1年と経たない段階で、[[スティーヴン・ホーキング]]と出会っている{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=160}}。ホーキングは後に、事実上ホイーラーの最良の教え子となり、ブラックホールの研究を最も確固たる形で受け継ぐことになった{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=160}}。ホーキングは飲み込みの良い学生で、ペンローズの手法を全て吸収し、逆向きの星の崩壊と考えることができる、開いた宇宙（永久に膨張し続ける宇宙）に手法を応用した{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=161}}}}。

[[ファイル:Stephen Hawking.StarChild.jpg|thumb|120px|right|スティーブン・ホーキング]]
ホイーラーは数年の間「物理と宇宙の窮地」「重力の[[ヨハネの黙示録|黙示録]]」とも言える天体を研究していたが、より劇的に表現する方法を探し続けており、1967年にニューヨークで開かれた会議において「ブラックホール」（{{Lang|en|black hole}}）という語を採用し、研究の[[パブリック・リレーションズ|PR]]面に役立てた{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=158}}。後にホイーラーは「時に患者は、いくら医者が病気だと言っても病気に名前をつけてくれないうちは信じないことがあるんだ」と説明したといわれる{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=158}}。

1960年代の終盤から、イギリスの理論物理学者らは活発に刺激を与え合い理論を生み出すようになり、ペンローズとシアマ・グループは、特異点、時空の構造、物質の末路に関する定理を数多く生み出していった{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=161}}。例えば当時生み出された有名な定理を一つ挙げると、崩壊する物質もしくはブラックホールに落ち込むものは何であれ、特異点にぶつかって存在が潰滅してしまうか、ブラックホールが回転しているとすれば、中心の[[ワームホール]]に命中して別の時空や宇宙に[[ホワイトホール]]として噴出すると結論を下している{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=163}}。

ホイーラーは、ブラックホールは飲み込む対象が何（[[青色巨星]]・[[宇宙塵|星間塵]]・[[ニュートリノ]]・放射・[[反物質]]）であれ、それに関する情報を破壊して経過を隠してしまい、そこから出てくるものは同じものになるという撹乱能力を備えていることを示し、「ブラックホールには毛がない（ノーヘア）」と表現し（[[ブラックホール脱毛定理]]）{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=165}}、カーターも別な定理としてノーヘアを提唱した。この定理はブラックホール物理学に革命を起こした{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=166}}。ホーキングはこの定理のことを気にしており、こうした研究の多くを[[ジョージ・エリス]]と共同で執筆し、1971年に出版された『時空の大規模構造』（''{{Lang|en|Large Scale Structure of space time}}''）にまとめている。これは後に古典の一つに数えられるようになった{{Sfn|デニス・オーヴァバイ|2000|p=166}}。

1974年にホーキングが[[ホーキング放射|ホーキング輻射]]の公式を考案すると、シアマはそれを高く評価し「自分の優秀な教え子の業績」として自らの講義で紹介した{{Sfn|レオナルド・サスキンド|2009|pp=201-202}}が、後にこの公式から導かれる[[#蒸発|ブラックホールの蒸発]]に伴う[[ブラックホール情報パラドックス|情報喪失のパラドックス]]は物理学界に激しい論争を呼んだ{{Sfn|レオナルド・サスキンド|2009|pp=8-9}}。

== 観測 ==
[[ファイル:Accretion disk.jpg|right|250px|thumb|観測された諸事象を織り込み、ブラックホールとその伴星を描いた想像図<br />伴星GRO J1655-40は[[銀河系|我々の銀河]]に存在するマイクロクエーサーで、ブラックホールがガスを吸いとっており周囲には[[降着円盤]]が形成されている。青色のトーチのように描かれているのはブラックホールから[[光]]の90%のスピードで噴出するとされるジェットである<ref>{{Cite web|和書|url=https://hubblesite.org/contents/news-releases/2002/news-2002-30.html|title=HUBBLESITE|date=2002|accessdate={{?}}}}</ref>。]]

ブラックホールの存在はあくまで理論的な存在に過ぎなかったが、1970年代に入り[[X線天文学]]が発展したことで転機を迎える。宇宙の激しい現象からはX線が放出されるが、X線は地球の大気に吸収されてしまうことから人工衛星で観測する必要があった。アメリカの[[マサチューセッツ工科大学]]を中心とするグループがケニアから打ち上げたX線観測衛星“[[ウフル]]”は4年間、数々の天体を継続的に観測し、X線の発生源が中性子星や超新星の残骸、パルサーであることを突き止めるが、数々の天体の中でも[[はくちょう座X-1]]のX線データは不規則で激しく変化し、どのデータにも当てはまらず科学者の注目を集める<ref name="Odyssey3" />。

その後の精密な観測と分析の結果、太陽の30倍の質量を持つX-1が自己重力によって潰れた星を周っている事が判明した。X線が極めて早く変化している事象により、見えない天体の大きさは大変小さいと推測されるものの、質量は太陽より遥かに大きいという事実を受け、“ウフル”打ち上げ担当者の[[リカルド・ジャコーニ]]は一般相対性理論に基づき、その天体は“ブラックホールである”と述べている<ref name="Odyssey3" />。このX線は晩年を迎えたX-1の膨張により星の表面が引力圏に達して吸い込まれることにより、ガスの温度が1000万℃以上にもなる[[降着円盤]]が発するX線波形だと結論づけられた。

その後の観測で、四つの天体がブラックホール候補に挙げられたが、中でも地球から最も近い銀河で16万光年の距離にある、大マゼラン雲内の二つの天体は、いずれも太陽の10倍程の質量に対し直径は50kmと極端に小さく、先のX-1と同様のX線を放出している事が確認された<ref name="Odyssey3" />。他の銀河系にも同様の天体が複数発見されている<ref>{{Cite news|和書 |url=http://www.nhk.or.jp/zero/contents/dsp383.html |title=謎の天体 ブラックホールを解き明かせ！ |newspaper=NHK サイエンスZERO |date=2012-04-29|archiveurl=https://web.archive.org/web/20130321002702/http://www.nhk.or.jp/zero/contents/dsp383.html|archivedate=2013-03-21}}</ref>。

[[ファイル:Motion of "S2" and other stars around the central Black Hole.webm|thumb|十字マークが推測されるブラックホール（[[いて座A*]]）、白い点が[[恒星]]、一番ブラックホールに近い恒星が[[S2 (恒星)|S2]]]]
1990年代、[[銀河]]中心部から放出される電波の観測や[[銀河系]]中心付近の恒星運動の長期に渡る追跡観測が行われた。カール・ジャンスキー[[超大型干渉電波望遠鏡群]]（VLA）の観測では、銀河中心を取り囲む直径1200光年の暗黒星雲の内側に円筒状の激しい物質の流れがあり、その中には球状のガスの塊、さらに内部にはもう一つの[[暗黒星雲]]から中心に向けて3本のガスが流れ込んでいることが確認された<ref name="Odyssey3" />。

[[カイパー空中天文台]]が実施した銀河中心核の観測では、太陽質量の300万倍にもなるガスが中心部分に向けて3方向から秒速200kmの速さで流れ込み、膨大なガスの一部は溢れ出て宇宙に放出されていることが判明した。観測の中心人物である[[チャールズ・タウンズ]]は銀河系中心がブラックホールである可能性は極めて高いと語っている<ref name="Odyssey3" />。また、数多くの銀河の中心部に[[太陽質量]]の数百万倍から数十億倍という大質量のブラックホールが存在することが確認されている{{R|Batcheldor2010}}。

2011年9月5日、[[国立天文台]]と[[宇宙航空研究開発機構|JAXA]]は、世界で初めてブラックホールの位置を特定することに成功した、と発表した。これは地球から約5440万光年彼方にあるおとめ座A（[[M87 (天体)|M87]]）銀河に潜む超巨大ブラックホールの位置を、電波観測により特定したもの<ref>{{Cite web|和書 |url= https://www2.nao.ac.jp/~m87blackhole/ |title= 超巨大ブラックホールは何処に？噴出ガス源流の隠れ家を突き止める |accessdate= 2013-05-17}}</ref>。

2011年8月25日には、JAXAが[[国際宇宙ステーション]]の全天X線監視装置（MAXI）を使って地球から39億光年離れた銀河の中心にある巨大ブラックホールに星が吸い込まれる瞬間を世界で初めて観測したと発表した{{R|jaxa20110825}}。

2019年4月10日、世界中の望遠鏡を用いてブラックホールの事象の地平面の輪郭「ブラックホールシャドウ」を撮影することを目指した国際研究チーム・[[イベントホライズンテレスコープ]]（EHT）が、人類初となるブラックホールの'''直接撮影に成功した'''と発表した。撮影に成功したのは[[楕円銀河]]M87の中心部にある巨大ブラックホールであった{{R|AkiyamaAlberdi2019|nao20190410}}。2019年の発表後、EHTチームの公開したデータを世界各国の研究チームが再解析し、EHTチームと同様にリング状の画像を得ている{{R|sankei20220630}}。2022年6月には、EHTチームに参加していない[[三好真 (天文学者)|三好真]]助教（国立天文台）らの研究グループによる「リング構造であるとする解析結果は誤りである」とする研究結果が[[アストロフィジカルジャーナル]]誌に掲載された{{R|MiyoshiKatoMakino2022}}が、EHTチームは誤った理解に基づくものとして否定している{{R|sankei20220630}}。

2022年5月12日には同チームが[[天の川銀河]]の中心にあるブラックホール「[[いて座A*]]」の撮影に成功したと発表した<ref>{{Cite web|和書|title=天の川銀河のブラックホール、撮影に成功 日本などの国際研究チーム（朝日新聞デジタル） |url=https://www.asahi.com/articles/ASQ5D6V2FQ5BULBH002.html |website=朝日新聞デジタル |access-date=2022-05-12 |language=ja}}</ref><ref>{{Cite press release|和書|url=https://www.eso.org/public/news/eso2208-eht-mw/|title=eso2208-eht-mw — Science Release {{!}} Astronomers reveal first image of the black hole at the heart of our galaxy|publisher=[[ヨーロッパ南天天文台|European Southern Observatory]]|date=2022-05-12|accessdate=2022-05-12}}</ref>。

=== ブラックホールシャドウ ===
「ブラックホールシャドウ」は、事象の地平面とは同一のものではない{{R|asj201806}}。事象の地平面の外側に、光子が比較的安定して周回できる「光子球 ({{Lang|en|photon sphere}}) 」と呼ばれる領域があり、この内側に入射した光子は必ず事象の地平面と交差する{{R|asj201806}}。そのため、光子球の背後に光源があれば光子球の形をした影が作られることとなる{{R|asj201806}}。この影を「ブラックホールシャドウ」と呼ぶ{{R|asj201806}}。ブラックホールシャドウは、シュヴァルツシルト・ブラックホールではシュヴァルツシルト半径の～5.2倍、[[カー・ブラックホール]]ではシュバルツシルト半径の～4.84倍に見える{{R|asj201806}}。

== 想定される誕生 ==
[[ファイル:H-R diagram.png|right|250px|thumb|[[ヘルツシュプルング・ラッセル図]]<br />縦軸に絶対等級、横軸に表面温度を表すスペクトル型をおいた恒星の分布図である。ブラックホールを形成できるほど重い恒星は、進化に伴って図の右下から左上に移動し、その後、右方向に向かって折れ曲がり、巨星に進化する]]
質量が太陽程度から太陽の数倍までの星の場合には、[[主系列星]]の後に[[赤色巨星]]の段階を経て、[[白色矮星]]となり次第に冷却して一生を終える。星が若い間は、水素の原子核が互いに結合してヘリウムが生まれる。この時のエネルギーによって星は自らの大きさを支えている<ref name="Odyssey3" />。

質量が太陽の約8倍よりも重い星の場合は、巨星に進化した後も中心部で核融合によって次々に重い元素ができ、最終的に[[鉄]]からなる中心核が作られる。鉄の[[原子核]]は結合エネルギーが最も大きいため、これ以上の核融合反応は起こらず、星の中心部は熱源を失って重力収縮する。収縮が進むと鉄の原子核同士が重なり始め、[[陽子]]と[[電子]]が結合して[[中性子]]へ変化し、やがて星の中心部がほとんど中性子だけからなる核となる。この段階では核全体が中性子の[[フェルミ縮退|縮退圧]]によって支えられるようになるため、重力収縮によって核に降り積もる物質は激しく跳ね返されて[[衝撃波]]が発生し一気に吹き飛ばされる。これが[[超新星]]爆発で、爆発の後には中性子からなる核が中性子星として残されるが、中性子星が光やX線を激しく放出する[[パルサー]]となることもある。

質量が太陽の約30倍<ref name="NBW">『ブラックホール ホワイトホール』[[ニュートン (雑誌)|ニュートン]]別冊</ref>以上ある星の場合には、自己重力が中性子の核の縮退圧を凌駕（重力の強さで中性子が潰れ始める）するため、超新星爆発の後も核が収縮（重力崩壊）を続ける。この段階になると星の収縮を押し留めるものは何も無いため永久に縮み続ける。こうしてシュバルツシルト面より小さく収縮した天体がブラックホールである<ref name="Odyssey3" />。

== 大質量ブラックホール ==
{{See also|中間質量ブラックホール|超大質量ブラックホール}}
[[銀河系]]（天の川銀河）の中心部にある電波源複合体[[いて座A|いて座A<sup>*</sup>]]には太陽の370万倍<ref name="NBW"/>の質量を持った巨大なブラックホールが存在すると多くの天文学者によって考えられている。1995年にはNGC4258（[[M106 (天体)|M106]]）銀河の中心に[[太陽質量]]の3,600万倍のブラックホールがあると推定された{{R|MiyoshiMoran1995}}。

しかし、このような大質量ブラックホールの起源についてはあまり良く分かっていない。1970年代後半に考えられていたシナリオは、巨大なガス雲が一気に収縮してブラックホールを作るという説、高密度の星団の中心部分が[[重力熱力学的カタストロフィー|重力熱力学]]的に進化してブラックホールとなるなどといった説であったが、いずれも理論的・観測的な困難があった。しかも、通常の恒星進化の果てに生み出される恒星質量クラスのブラックホールと銀河中心に見られる大質量ブラックホールの中間的な質量を持つブラックホールが20世紀末まで全く発見されず、両者の間に関係があるかどうかも不明であった。

しかし1999年から2000年にかけて、日本の研究者グループによる電波やX線での観測から、[[M82 (天体)|M82]]銀河の内部に太陽質量の1,000倍程度のブラックホールがあるらしいことが初めて明らかになった{{R|MatsushitaKawabe2000}}。これを受けて[[牧野淳一郎]]は、以下のような大質量ブラックホールの形成シナリオを考えた<ref>{{Cite journal|和書|url=https://cir.nii.ac.jp/crid/1520290883598616832|title= 大質量ブラックホールの形成過程 : 恒星系の熱力学的進化の観点から|author=牧野淳一郎|date=2002-01-21|accessdate=2015-01-08|publisher=[[日本物理学会]]|journal =日本物理学会誌|volume=57|issue = 5|pages=331-336|naid = 110006788498 |ref = harv}}</ref>。
# 銀河同士の近接遭遇や衝突などによって銀河内部で爆発的な星形成（[[スターバースト]]）が起こり、若くて密度の高い[[星団]]が大量にできる。
# 星団中の重い星同士が合体してさらに大きな星となり、ますます合体しやすくなるという「合体不安定」という過程が進行する。
# これらの重い星が[[超新星爆発]]を起こし、太陽の数十倍から100倍程度の質量を持つブラックホールが生まれる。
# このブラックホールが合体することで10<sup>3</sup>[[太陽質量]]程度の[[中間質量ブラックホール]]が生成される。
# このような星団が銀河の中心に向かって沈む過程で星団自体が潮汐破壊され、残された中間質量ブラックホール同士が合体することで大質量ブラックホールが生成される。

さらに巨大な[[超大質量ブラックホール]]は、銀河同士の衝突により核である大質量ブラックホール同士が合体して生じるのではないかと考えられている<ref>{{Cite web|和書|url=http://www.keckobservatory.org/article.php?id=19|title=KECK LASER CAPTURES NEW VIEW OF DISTANT COLLIDING GALAXIES|accessdate={{?}}}}</ref>。2008年には[[OJ 287]]という[[クエーサー]]が太陽質量の180億倍と1億倍という、極めて質量の大きなブラックホール同士の連星系であることが判明した<ref>{{Cite web|和書|url=http://www.space.com/scienceastronomy/080109-aas-massive-black-holes.html|title=Colossal Black Hole Shatters the Scales|accessdate={{?}}}}</ref>。

2005年には[[チャンドラ (人工衛星)|チャンドラX線観測衛星]]によって[[M74 (天体)|M74]]銀河にも約10,000太陽質量という中間質量ブラックホールが発見されており、今後観測データが蓄積されることでこの仮説の妥当性が検証されていくものと考えられている{{R|Chandra20050322}}。

== 蒸発 ==
古典物理学においては、ブラックホールはただひたすら周囲の物体を呑み込み質量が増大していくだけである。しかし、一般相対性理論に[[量子論]]を加えた理論を開拓したことで知られる[[スティーヴン・ホーキング]]は1974年、ブラックホールから物質が逃げ出して最終的にブラックホールが蒸発する可能性を指摘した{{Sfn|レオナルド・サスキンド|2009|pp=194-196}}。その理論は以下の通りである。

{{Quotation|量子力学ではエネルギーと時間は[[不確定性原理|不確定性関係]]にあり、[[時空]]の微小な領域で粒子と反粒子の[[対生成]]・[[対消滅]]が絶えず起こっているとされる。ブラックホールの地平面の近傍でこのような仮想粒子対が生成すると、それらが対消滅する前に片方の反粒子がブラックホールの地平面内に落ち込み、もう一方の粒子が遠方へ逃げ去ることがある<ref name="einstein_no_syukudai">{{Harvnb|福江|2000|p={{要ページ番号|date=2023年4月}}}}</ref>。地平面内に落ち込んだ反粒子は[[負のエネルギー]]であるため、ブラックホールのエネルギーは減衰する<ref name="tsuduki">{{Harvnb|都筑|1991|p=125}}</ref>。この現象が繰り返されることによって、粒子がブラックホールから次々に地平面を通り抜けて飛び出してくるように見え<ref name="einstein_no_syukudai" />、ブラックホールは徐々にエネルギーを失っていくように見える<ref name="tsuduki" />。}}

この粒子の放出はブラックホールの地平面上で確率的に起こるため、巨視的にはブラックホールがある温度の[[熱放射]]で光っているように見える。これをホーキング輻射（または[[ホーキング放射]]）と呼ぶ{{Sfn|レオナルド・サスキンド|2009|p=210}}。この輻射によってエネルギーを失うと（エネルギーは質量と等価なので）ブラックホールの質量は減少する。ホーキング輻射の温度はブラックホールの質量に反比例し、以下の公式で表すことが出来る{{Sfn|レオナルド・サスキンド|2009|pp=194-196}}。

:<math>T = \frac{\ hc^3}{16\pi^2 GMk}</math>

通常の恒星質量程度のブラックホールではこの効果は無視できるほど小さく（M=5[[太陽質量]]の時、T=10<sup>-8</sup>[[絶対温度|K]]）、仮に地球質量程度のブラックホールがあってもTは1Kに満たない{{Sfn|レオナルド・サスキンド|2009|pp=212-213}}。しかし、陽子質量程度の微小なブラックホールではこの量子効果は無視出来ない。ホーキング輻射で質量が減るとさらにこの効果が強く働いて輻射の強度が増え、加速度的に質量とエネルギーを失い、最後には爆発的にエネルギーを放出して消滅する<ref name="einstein_no_syukudai" />。消滅直前のブラックホールでは、T＝10<sup>32</sup>Kにも達する{{Sfn|レオナルド・サスキンド|2009|pp=212-213}}。

これがブラックホールの蒸発である<ref name="einstein_no_syukudai" />。「この蒸発の最後のプロセスが[[ガンマ線バースト]]として観測される」とする説もある{{R|HawkingStewart1993}}。通常の赤色巨星からできたブラックホールが完全に蒸発するまでには10<sup>68</sup>年ほどかかると考えられている{{Sfn|レオナルド・サスキンド|2009|p=236}}。

1976年に、ホーキングはブラックホールに吸い込まれた[[情報]]はホーキング輻射に反映されず、ブラックホールの蒸発によって完全に失われてしまうという説を発表した{{Sfn|レオナルド・サスキンド|2009|pp=8-9}}{{Sfn|レオナルド・サスキンド|2009|pp=217}}。質量Mのブラックホールに質量mの物体が吸い込まれた後、ホーキング輻射によってブラックホールが質量を失って再び質量Mに戻るという過程を考える。ここで、ホーキング輻射は完全な熱放射であるため、その輻射は各時点でのブラックホールの質量から決まる温度以外に全く特徴がない。よって、最初に吸い込まれた質量mの物体がトマトであってもオレンジであっても、最終状態は「質量Mのブラックホール+質量m分の光子」という全く同じ状態になる。

しかしこれでは初期状態が異なっているにもかかわらず同じ最終状態に達することになり、量子力学の時間発展の[[ユニタリー性 (物理学)|ユニタリ性]]と矛盾する。この[[パラドックス]]は「ブラックホールの情報喪失問題」<ref>[http://kaken.nii.ac.jp/en/p/98J01144 ブラックホールの情報喪失問題と弦理論における一次相転移]（科学研究費補助金データベース）</ref>または「[[ブラックホール情報パラドックス]]」<ref>{{Cite journal|和書|url=http://www.nikkei-science.com/page/magazine/9707/blackhole.html|title=ブラックホールと情報のパラドックス|author=[[レオナルド・サスキンド]]<!--リンク先の表記はサスカインド-->|magazine=[[日経サイエンス]]|volume=1997年7月号}}</ref>と呼ばれて長年議論されてきたが、1998年までには[[超弦理論|ひも理論]]や[[ホログラフィック原理]]などの新たな理論を使用することによって、ブラックホールに吸い込まれた情報は失われないことが説明できるようになった{{Sfn|レオナルド・サスキンド|2009|p=500}}。2004年7月21日にはホーキングも「情報はブラックホールの蒸発に伴って何らかの形でホーキング輻射に反映され、外部に出てくる」と従来の自説を修正したことを発表した{{Sfn|レオナルド・サスキンド|2009|pp=530-531}}。

== 地球上での極小型ブラックホール生成 ==
以下のように地球上で[[マイクロブラックホール|極小型ブラックホール]]が生成された、あるいは生成される可能性があるとする論があるが、客観的かつ広く合意を得た報告はない。

* [[2008年]]運転開始の[[大型ハドロン衝突型加速器]]（LHC）で、極小のビッグバン再現実験が予定されていたが、その過程で極小型ブラックホールが生成される可能性を懸念する声もあった<ref>{{Cite news|和書 |url=http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/science/20080330/20080330_001.shtml |title=加速器実験で地球消滅？元米政府職員ら差し止め提訴 |newspaper=西日本新聞 |date=2008-03-30 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20080402122651/http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/science/20080330/20080330_001.shtml |archivedate=2008年4月2日 |deadurldate=2017年9月 }}</ref>。[[余剰次元]]理論に基づく計算によれば、LHCの衝突エネルギー（7[[テラ|T]][[電子ボルト|eV]]）で極小ブラックホールの生成が不可能ではないとされ、余剰次元理論の検証ができる可能性があると期待された。但し、これは理論中のパラメータが観測から許される限界ぎりぎりの値である場合の結果であり、より穏当なパラメータの場合は（たとえ理論が正しかったとしても）この程度のエネルギーではブラックホールの生成は起こらない。余剰次元モデルが正しくなければブラックホールは生成しないが、仮に生成した場合、[[ホーキング放射|ホーキング輻射]]によってブラックホールは直ちに蒸発すると考えられた。[[欧州原子核研究機構|CERN]]は「宇宙線の中にはLHCよりもエネルギーが格段に高い陽子が存在し、大気の分子と衝突して様々な粒子を生み出している。もし本当にLHCでブラックホールが生成できるなら宇宙線によってもミニブラックホールが大気圏内で生成されているはずだ。にもかかわらず、地球はブラックホールに呑み込まれていない」とコメントした<ref>{{Cite journal|和書|magazine=ニュートン|volume=2008年10月号}}</ref>。
{{Main|ブレーンワールド|超弦理論#宇宙論への応用|Dブレーン#ブレーンワールド宇宙論}}
* 1999年に{{仮リンク|マリオ・ラビノウィッツ|en|Mario Rabinowitz}}は『{{仮リンク|天体物理学と宇宙科学|en|Astrophysics and Space Science}}』誌において、[[球電]]現象を[[原始ブラックホール]]を用いて説明する説を提示した{{R|Rabinowitz1998}}。
<!--[[宇宙線]]に含まれる陽子等の[[荷電粒子]]が[[雷雲]]から生ずる[[電場]]により大気中で加速され、[[放射線量]]が上昇することが原子炉周辺の環境放射線モニタ等により観測されている[https://web.archive.org/web/20050101085335/http://homepage3.nifty.com/anshin-kagaku/sub040909esitorii.htm]が、-->
* 2009年10月、[[大阪大学]]・[[中華人民共和国|中国]]・[[大韓民国|韓国]]で構成する国際共同研究チームが高出力[[レーザー]]を用いて、ブラックホールとされる天体の周辺で実際に観測されているデータとほぼ同じ光電離[[プラズマ]]を実験室で発生させることに成功した。研究チームは「将来的にブラックホールそのものを生成できる可能性が高まった」としている<ref>{{Cite news|和書 |url= |title=実験室で模擬ブラックホール＝高出力レーザーで実現－大阪大 |newspaper=時事通信社 |date=2009-10-19}}</ref>。

== フィクションに登場するブラックホールの一覧 ==

* [[さよならジュピター]] - SF[[映画]]。地球に接近するブラックホールが登場。
* [[2001夜物語]] - [[星野之宣]]による[[漫画]]。「第14夜：最終進化」にマイクロブラックホールを内蔵した生物が登場。「第18夜：愛に時間を」に移動ブラックホールが登場。
* [[インターステラー (映画)|インターステラー]] - SF映画。人類の移住先候補がブラックホールの周囲を公転する惑星だったが、ブラックホールの影響で、主人公たちの時間が地球での時間の進み方と比べて遅くなる。
* [[ドラえもん]] - 原作の短編にはブラックホールペンや[[野比のび太|のび太]]が人工のブラックホールを飲み込む話がある。[[ドラえもん映画作品|映画]]でも複数作品で取り上げられている。
* [[Outer Wilds]] - [[サイエンス・フィクション|SF]][[アクションアドベンチャーゲーム]]。主人公が探索する惑星の中にブラックホールが隠されていたり、また対となる[[ホワイトホール]]へと繋がっているなどの設定がある。

== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
=== 注釈 ===
{{Reflist|group="注釈"}}

=== 出典 ===
{{Reflist|3|refs=
<ref name="Michell1784">{{Cite journal|和書
  |last1=Michell|first1=John
  |title=On the Means of Discovering the Distance, Magnitude, &c. of the Fixed Stars, in Consequence of the Diminution of the Velocity of Their Light, in Case Such a Diminution Should be Found to Take Place in any of Them, and Such Other Data Should be Procured from Observations, as Would be Farther Necessary for That Purpose
  |journal=Philosophical Transactions of the Royal Society of London
  |volume=74|issue=0|year=1784|pages=35-57
  |issn=0261-0523|doi=10.1098/rstl.1784.0008|bibcode=1784RSPT...74...35M|ref=harv}}</ref>
<ref name="Ewing1964">{{Cite journal|和書
  |last1=Ewing|first1=Ann
  |title="Black Holes" in Space
  |journal=The Science News-Letter|volume=85|issue=3|year=1964|pages=39|issn=00964018|doi=10.2307/3947428}}</ref>
<ref name="Quinion2008">{{Cite web|和書
  |url=http://www.worldwidewords.org/topicalwords/tw-bla1.htm
  |author=Michael Quinion
  |title=Black Hole
  |date=2008-04-26
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<ref name="News2016">{{Cite book|和書
  |author=Science News
  |title=Einstein's Gravity: One Big Idea Forever Changed How We Understand the Universe
  |url=https://books.google.com/books?id=U3cJDAAAQBAJ
  |date=2016-04-26
  |publisher=Diversion Books|isbn=978-1-68230-469-3}}</ref>
<ref name="MatsushitaKawabe2000">{{Cite journal|和書|display-authors=1
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<ref name="OppenheimerSnyder1939">{{Cite journal|和書
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<ref name="jaxa20110825">{{Cite press release
  | 和書
  | title = 「きぼう」に搭載された全天エックス線監視装置（MAXI：マキシ）と米国スウィフト衛星を用いた観測による成果論文の英科学誌「ネイチャー」への掲載について - 巨大ブラックホールに星が吸い込まれる瞬間を世界で初めて観測 -
  | url = https://www.jaxa.jp/press/2011/08/20110825_maxi_j.html
  | publisher = [[宇宙航空研究開発機構]] | date = 2011-08-25 | accessdate = 2017-06-11}}</ref>
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  |last1=Tomimatsu|first1=Akira|last2=Sato|first2=Humitaka
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  |last5=Azulay|first5=Rebecca|last6=Baczko|first6=Anne-Kathrin|last7=Ball|first7=David|last8=Baloković|first8=Mislav
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  |doi=10.3847/2041-8213/ab0ec7|bibcode=2019ApJ...875L...1E|arxiv=1906.11238}}</ref>
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  |url=https://www.nao.ac.jp/news/science/2019/20190410-eht.html
  |title=史上初、ブラックホールの撮影に成功 - 地球サイズの電波望遠鏡で、楕円銀河M87に潜む巨大ブラックホールに迫る
  |publisher=国立天文台|date=2019-04-10|accessdate=2019-04-10}}</ref>
<ref name="asj201806">{{Cite journal|和書
  |author1=秋山和徳|author2=本間希樹
  |title=Event Horizon Telescopeによる超大質量ブラックホールの事象の地平面スケールの観測
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  |journal=天文月報|volume=111|issue=6|year=2018|pages=358-367|issn=0374-2466}}</ref>

<ref name="sankei20220630">{{Cite news|和書
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  |title=世界初のブラックホール画像に異論 国立天文台、別チームが再解析
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<ref name="MiyoshiKatoMakino2022">{{Cite journal|和書
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  | title=The Jet and Resolved Features of the Central Supermassive Black Hole of M87 Observed with the Event Horizon Telescope (EHT)
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}}

== 参考文献 ==
<!--本文で明らかに出典として用いている証拠があるものは参考文献扱い-->
* {{Cite book|和書|title=宇宙300の大疑問 - 何から何まで、だれもが知りたい宇宙の謎|author=ステン・F・オデンワルド|authorlink=:en:Sten Odenwald|translator=塩原通緒|editor=加藤賢一|year=2000|publisher=[[講談社]]|series=[[ブルーバックス]]|isbn=978-4062572934|ref=harv}}
* {{Cite book|和書|title=宇宙はこうして始まりこう終わりを告げる - 疾風怒濤の宇宙論研究|author=デニス・オーヴァバイ|authorlink=:en:Dennis Overbye|translator=鳥居祥二、大内達美、吉田健二|year=2000|publisher=白揚社|isbn=978-4826900966|ref=harv}}
* {{Cite book|和書|title=ブラックホール戦争 スティーヴン・ホーキングとの20年越しの闘い|author=レオナルド・サスキンド|authorlink=レオナルド・サスキンド|translator=林田陽子|year=2009|publisher=[[日経BP|日経BP社]]|isbn=978-4822283650|ref=harv}}
* {{Cite book|和書|title=ブラックホールを見つけた男|author=アーサー・ミラー|authorlink=:en:Arthur I. Miller|publisher=[[草思社]]|date=2009|ref={{SfnRef|ミラー|2009}}}}
* {{Cite book|和書|title=アインシュタインの宿題|author=福江純|authorlink=福江純|publisher=[[大和書房]]|isbn=4-479-39079-0|date=2000|ref={{SfnRef|福江|2000}}}}
* {{Cite book|和書 |author= 都筑卓司|authorlink=都筑卓司 |title= 時間の不思議；タイムマシンからホーキングまで |date= 1991 |pages= |publisher= 講談社 |series= |isbn= 4-06-132873-5 |ref={{SfnRef|都筑|1991}}}}

== 関連書籍 ==
* {{Cite book|和書|title=ブラックホール 一般相対論と星の終末|author1=佐藤文隆|authorlink1=佐藤文隆|author2=Remo Ruffini|authorlink2=:en:Remo Ruffini|publisher=[[筑摩書房]]|series=[[ちくま学芸文庫]]|date=2009|isbn=4-480-09249-8}}
* {{Cite book|和書|title=ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産|author=キップ・S・ソーン|authorlink=キップ・ソーン|translator=[[林一]]、塚原周信|publisher=白揚社|date=1997|isbn=4-8269-0077-5}}
* {{Cite book|和書|title=一般相対性理論入門 ブラックホール探査|author1=エドウィン・テイラー|authorlink1=:en:Edwin F. Taylor|author2=ジョン・ホイーラー|authorlink2=ジョン・ホイーラー|translator=牧野伸義|publisher=[[ピアソン (企業)|ピアソン・エデュケーション]]|date=2004|isbn=4-89471-427-2}}
**（上記英語版）{{Cite book|和書|title=Exploring Black Holes: Introduction to General Relativity|author1=Edwin F. Taylor|author2=John Archibald Wheeler|publisher=[[:en:Addison-Wesley|Addison Wesley Longman]]|date=2000|isbn=0-201-38423-X}}
* {{Cite book|和書|url=https://books.google.co.jp/books?id=QagG_KI7Ll8C&redir_esc=y&hl=en|title=Large Scale Structure of space time|author1=Stephen W. Hawking|authorlink1=スティーヴン・ホーキング|author2=G. F. R. Ellis|authorlink2=ジョージ・エリス|author3=Peter V. Landshoff|author4=D. R. Nelson|author5=D. W. Sciama|authorlink5=:en:Dennis W. Sciama|author6=S. Weinberg|authorlink6=スティーヴン・ワインバーグ|publisher=[[ケンブリッジ大学出版局|Cambridge University Press]]|date=1975|isbn=0-521-09906-4}}

== 関連項目 ==
{{Wikinewslang|en|Category:Black holes}}
{{Wikiquotelang|en|Black hole}}
{{Wikiversitylang|en|Black hole}}
{{Commonscat|Black hole}}
* [[一般相対性理論]]
** [[シュヴァルツシルト・ブラックホール]] | [[シュヴァルツシルトの解]]
** [[カー・ブラックホール]] | [[カー解]]
** [[特異点定理]]
** [[ホワイトホール]] | [[ワームホール]] | [[タイムトラベル]]
** [[重力崩壊]]
* [[中性子星]]
* [[量子デコヒーレンス]]
** [[はくちょう座X-1]]
** [[OJ 287]] - 最大の質量を持つブラックホール（180億[[太陽質量]]と1億[[太陽質量]]のブラックホールの連星）。
** [[IGR J17091-3624]] - 最小の質量を持つブラックホール（3[[太陽質量]]）。
* [[クエーサー]]
* [[超弦理論]]
** [[Dブレーン]]

== 外部リンク ==
* [https://www.isas.jaxa.jp/j/special/2009/akari/18.shtml ISAS 塵に埋もれた活動的な超巨大ブラックホール - 赤外線天文衛星「あかり」] 宇宙科学研究本部
* {{Wayback|url=http://www.scholarpedia.org/article/Black_Holes |title=Black Holes |date=20071017004730}} - [[スカラーペディア]]百科事典「ブラックホール」の項目。
* {{天文学辞典|urlname=black-hole}}
* {{Wayback|url=https://www.asahi.com/articles/ASM4B62XPM4BULBJ013.html |title=世界初ブラックホール撮影成功　国立天文台などのチーム(朝日新聞デジタル、2019年4月10日記事) |date=20190410134025}}　記者会見の動画（1時間19分50秒）あり。
* [https://www.scientificamerican.com/article/see-the-sharp-new-image-of-an-iconic-black-hole/ See the Sharp New Image of an Iconic Black Hole (Scientific American, April 13, 2023)]
* {{Kotobank}}

{{ブラックホール}}
{{相対性理論}}
{{Normdaten}}

{{DEFAULTSORT:ふらつくほおる}}
[[Category:ブラックホール|*]]
[[Category:暗黒物質]]
[[Category:天文学に関する記事]]