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プロトン核磁気共鳴
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[[ファイル:Menthol Proton Spectrum.jpg|thumb|431px|例:[[メントール]]の[[エナンチオマー]]混合物の<sup>1</sup>H NMR スペクトル(一次元)。縦軸に信号強度、横軸に[[化学シフト]](ppm)をとった。観測された信号を左上に示した[[構造式]]からそれぞれ該当する[[水素]]原子(a-jと付番)に割り当てた。]] '''プロトン核磁気共鳴''' (プロトンかくじききょうめい、{{lang-en-short|Proton nuclear magnetic resonance}})あるいは'''プロトンNMR'''、'''水素1 NMR'''、'''<sup>1</sup>H NMR'''とは、[[核磁気共鳴分光法]]の1種で、[[分子]]中の[[水素の同位体#水素1(軽水素)|水素1]]の[[原子核]]が起こす[[核磁気共鳴]]を測定し、その分子の構造を決定する手法である<ref>R. M. Silverstein, G. C. Bassler and T. C. Morrill, ''Spectrometric Identification of Organic Compounds'', 5th Ed., [[ジョン・ワイリー・アンド・サンズ|Wiley]], '''1991'''.</ref>。天然の[[水素]] (H) が含まれるサンプルでは、水素の[[同位体]]のうちほぼ全てが<sup>1</sup>H(水素1:原子核に[[陽子|プロトン]]1個のみを含む同位体)である。<sup>1</sup>Hの原子全体は軽水素と呼ばれる。 単純なNMRのスペクトルは[[溶液]]の状態で測定されるため、[[溶媒]]のプロトンのデータが入り込むことは許されない。したがってNMR測定に使う溶媒は[[重水素]] (<sup>2</sup>H、Dと表記することが多い) {{仮リンク|同位体置換体|en|Isotopologue|label=置換体}}([[重溶媒]])を使うことが望ましい。この例として[[重水]] (D<sub>2</sub>O)、{{仮リンク|重アセトン|en|Deuterated acetone}} ((CD<sub>3</sub>)<sub>2</sub>CO)、{{仮リンク|重メタノール|en|Deuterated methanol}} (CD<sub>3</sub>OD)、{{仮リンク|重ジメチルスルホキシド|en|deuterated dimethyl sulfoxide}}((CD<sub>3</sub>)<sub>2</sub>SO)、[[重水素化クロロホルム]] (CDCl<sub>3</sub>) などが挙げられる。また水素原子を含まない溶媒である[[四塩化炭素]] (CCl<sub>4</sub>)、[[二硫化炭素]] (CS<sub>2</sub>) などが使用されることもある。 歴史的に見れば、分析するプロトンの[[化学シフト]]を[[較正]]するための{{仮リンク|内部標準|en|internal standard}}として少量(多くは0.1%程度)の[[テトラメチルシラン]] (TMS) を含んだ重溶媒が供給されてきた。TMSは[[四面体形分子構造|四面体形分子]]であり、全てのプロトンは化学的に等価であるから、NMRを測定すると1本のシグナルしか示さず、これを化学シフト0 ppmとして定義することができた<ref>[http://orgchem.colorado.edu/Spectroscopy/nmrtheory/chemshift.html The Theory of NMR - Chemical Shift]</ref>。TMSは{{仮リンク|揮発性 (化学)|en|volatility (chemistry)|label=揮発性}}であるため、サンプルを回収しやすい。しかし現在の[[分光器]]は測定溶媒に残存するプロトン(例えば99.99% [[重水素化クロロホルム|CDCl<sub>3</sub>]]は0.01%の[[クロロホルム|CHCl<sub>3</sub>]]を含む)をスペクトルの基準とすることができる。 重溶媒を使うと、NMRの[[磁場]]<math>B_0</math>の自然なドリフトの影響を相殺するために重水素周波数-磁場固定(deuterium frequency-field lock、重水素固定あるいは磁場固定とも)を使うことができる。重水素固定を機能させるためには、NMRが溶媒の重水素からの信号の[[共鳴周波数]]を常に検知し、共鳴周波数を一定に保つために<math>B_0</math>を変化させる必要がある<ref>{{US patent reference| number = 4110681| y = 1978| m = 08| d = 29| inventor = Donald C. Hofer; Vincent N. Kahwaty; Carl R. Kahwaty| title = NMR field frequency lock system}}</ref>。さらに、ロックされる溶媒の共鳴周波数ならびにロック溶媒と0 ppm(TMS)との差はよく知られているため、重水素シグナルから0 ppmを正確に定義することができる。 多くの[[有機化合物]]に対するプロトンNMRのスペクトルの[[化学シフト]]は+14 ppm〜−4 ppmの間にあり、化合物は化学シフトとプロトン間の[[角運動量の合成#スピン-スピン結合|スピン-スピン結合]]によって特性づけられる。それぞれのプロトンの[[積分]]曲線は個々のプロトン数を反映している。 単純な分子のスペクトルは単純になる。[[クロロエタン]]のスペクトルは1.5 ppmに三重線、3.5 ppmに比が3:2の四重線を持つ。[[ベンゼン]]のスペクトルは[[環電流]]のため7.2 ppmにピークが1本だけ検出される。 [[炭素13核磁気共鳴]]と合わせてプロトンNMRは[[構造決定]]によく用いられる。 == 化学シフト == 以下の表に示す[[化学シフト]]の値(記号'''δ'''で表される)は精密ではないものの、特徴をよく表わしている。したがってこれらは主に参考値とみなされる。実際の測定値の表中の値からのズレは±0.2 ppmの範囲にあることが多いが、それより大きい場合もある。厳密な化学シフト値は分子構造や溶媒、温度、NMRの[[磁場]]、近接する[[官能基]]など様々な要素に影響される。水素原子核は、その水素が結合している原子の[[混成軌道|軌道混成]]や{{仮リンク|電子的効果|en|electronic effect}}に対して敏感である。原子核は電子求引性基によって脱遮蔽されやすい。脱遮蔽された原子核はより高い化学シフト値を示すが、遮蔽されたままの原子核はより低い化学シフト値を示す。 電子求引性の[[置換基]]として[[ヒドロキシ基|-OH]]、[[カルボキシル基|-OCOR]]、[[アルコキシ基|-OR]]、[[ニトロ基|-NO<sub>2</sub>]]、[[ハロゲン]]などがある。これらの官能基はC<sub>α</sub>上の[[水素|H]]原子で2–4 ppm、C<sub>β</sub>上の水素原子で1–2 ppmの化学シフトを引き起こす。C<sub>α</sub>は[[脂肪族化合物]]では観測対象としている置換基が直接結合している[[炭素|C]]原子で、C<sub>β</sub>はC<sub>α</sub>に結合している炭素原子である。[[カルボニル基]]や[[オレフィン]]のフラグメント、[[芳香環]]に含まれる炭素は''sp<sup>2</sup>''混成の炭素であり、これらはC<sub>α</sub>に1–2 ppmの化学シフトを引き起こす。 -OH、[[アミノ基|-NH<sub>2</sub>]]、[[チオール|-SH]]などの不安定なプロトンは特有の化学シフト値を示さない。しかしそれらの共鳴は[[重水|D<sub>2</sub>O]]の[[重水素]]が化合物の[[<sup>1</sup>H]]原子を置換する反応でピークが消失することで確認できる。この方法は'''D<sub>2</sub>Oシェイク'''と呼ばれる。[[酸性]]プロトンも溶媒が[[メタノール]]-''d''<sub>4</sub>など酸性重水素イオンを含む場合はシグナルが抑制される。炭素に結合していないプロトンを特定する場合の代替手法としてプロトンと、それに結合する原子の隣の炭素の相互作用を調べる{{仮リンク|異核種単一量子コヒーレンス法|en|Heteronuclear single quantum coherence spectroscopy}}(HSQC法)が用いられる。炭素原子に結合していない水素原子はHSQCスペクトルで交差ピークを持たないことから特定できる。 {| border="1" cellpadding="2" align="left" class="wikitable sortable" !官能基 !CH<sub>3</sub> !CH<sub>2</sub> !CH |- |CH<sub>2</sub>R |0.8 |1.3 |1.6 |- |[[炭素-炭素結合|C=C]] |1.6 |2.0 |2.6 |- |C≡C |1.7 |2.2 |2.8 |- |[[フェニル基|C<sub>6</sub>H<sub>5</sub>]] |2.3 |2.6 |2.9 |- |[[フッ素|F]] |4.3 |4.4 |4.8 |- |[[塩素|Cl]] |3.0 |3.4 |4.0 |- |[[臭素|Br]] |2.7 |3.4 |4.1 |- |[[ヨウ素|I]] |2.2 |3.2 |4.2 |- |OH |3.3 |3.5 |3.8 |- |[[エーテル|OR]] |3.3 |3.4 |3.7 |- |OC<sub>6</sub>H<sub>5</sub> |3.8 |4.0 |4.3 |- |OCOR |3.6 |4.1 |5.0 |- |[[安息香酸|OCOC<sub>6</sub>H<sub>5</sub>]] |3.9 |4.2 |5.1 |- |OCOCF<sub>3</sub> |4.0 |4.4 | {{sdash}} |- |[[アルデヒド|CHO]] |2.2 |2.4 |2.5 |- |COR |2.1 |2.2 |2.6 |- |[[カルボン酸|COOH]] |2.1 |2.3 |2.6 |- |[[エステル|COOR]] |2.0 |2.3 |2.5 |- |[[アミド|CONR<sub>2</sub>]] |2.0 |2.1 |2.4 |- |[[シアン化物|CN]] |2.1 |2.5 |3.0 |- |[[アミン|NH<sub>2</sub>]] |2.5 |2.7 |3.0 |- |NR<sub>2</sub> |2.2 |2.4 |2.8 |- |NRC<sub>6</sub>H<sub>5</sub> |2.6 |3.0 |3.6 |- |NR<sub>3</sub><sup>+</sup> |3.0 |3.1 |3.6 |- |[[アミド結合|NHCOR]] |2.9 |3.3 |3.7 |- |[[ニトロ基|NO<sub>2</sub>]] |4.1 |4.2 |4.4 |- |SR |2.1 |2.5 |3.1 |- |SOR |2.6 |3.1 | {{sdash}} |- |=O (脂肪族アルデヒド) | {{sdash}} | {{sdash}} |9.5 |- |=O (芳香族アルデヒド) | {{sdash}} | {{sdash}} |10 |- |M-H (金属水素化物) | {{sdash}} | {{sdash}} | {{val|-5}} ~ {{val|-15}} |} {{clear}} == 信号強度 == [[File:Predicted proton NMR of 1,4-dimethylbenzene from ChemDraw. The ratio of signal strengths of proton A and proton B equals to their molar ratio in the molecule..png|thumb|観測されるプロトンAとプロトンBの積分の比が分子の構造と一致しているという理想的な条件下で''p''-[[キシレン]]に対して予想される<sup>1</sup>H NMRスペクト。]] NMRシグナルの積分強度は、理想的には分子中での同種の水素原子の数に比例する<ref>{{cite book|author=Balci, M.|title=Basic <sup>1</sup>H- and <sup>13</sup>C-NMR Spectroscopy|edition=1st|publisher= Elsevie|isbn=978-0444518118|year=2005}}</ref>。化学シフトおよび[[J結合|カップリング定数]]と合わせて積分強度は構造決定の指標になる。混合物では、信号強度がモル比の決定に利用される。これらの解析は影響のある信号に対し充分な[[緩和 (NMR)|緩和]]時間が取られた場合のみ有効である。この時間は[[スピン-格子緩和|T<sub>1</sub>値]]で表される。積分された信号が通常と全く異なる線形を示すと解析がより複雑になる。 == スピン-スピンカップリング == [[File:1H NMR Ethyl Acetate Coupling shown - 2.png|thumb|450px|<sup>1</sup>H NMRスペクトル(1次元vの例: [[酢酸エチル]]の測定結果を、信号強度を[[化学シフト]]に対してプロットしたもの。NMRに認識された酢酸エチルの[[水素]]原子は3種類ある。CH<sub>3</sub>COO- ([[酢酸塩|アセテート]]基)の水素原子は他の水素原子とカップリングせず、単一の線を示す。しかし[[エチル基]](-CH<sub>2</sub>CH<sub>3</sub>) に含まれる[[メチレン基|-CH<sub>2</sub>-]]と[[メチル基|-CH<sub>3</sub>]]の水素はお互いにカップリングし、四重線と三重線を示す。]] [[化学シフト]]に加え、NMRスペクトルから得られる構造決定に役立つ情報としてスピン-スピンカップリングがある。原子核はそれ自身が小さな[[磁場]]を持っているから、それらがお互いに影響しあってエネルギーが変化し、近接する原子核の周波数が共鳴し合うようになる。この現象はスピン-スピンカップリング(スピン-スピン結合)と呼ばれる。NMRで最も重要なカップリングは''スカラーカップリング''である。この相互作用は[[化学結合]]を通して起こり、多くの場合影響しあう原子は結合3本以内で結ばれている。 [[File:H2&HDlowRes.tiff|thumb|left|HD(赤線で示したピーク)と H<sub>2</sub>(青線で示したピーク)の混合溶液の<sup>1</sup>H NMRスペクトル。HD溶液に見られる1:1:1の三重線は異核種間(異なる同位体間の)カップリングである。]] スカラーカップリングの効果は化学シフト1 ppmにピークを持つプロトンの実験によって理解することができる。このプロトンは他のプロトンまで3つ結合を挟んでいる仮想的な分子(例:CH-CHグループ)のプロトンで、近接するグループ(の磁場)が1 ppmのピークを2つに分裂させ、1つは1 ppmのピークよりやや高い周波数、もう1つは、高い方と同じ数だけ、1 ppmのピークより低い周波数を示す。これらのピークは以前は'''単一だった'''ピークである。分裂の程度を表す数値(ピーク間の周波数差)が[[J結合|カップリング定数]]である。典型的なカップリング定数は7 [[ヘルツ|Hz]]である。 このカップリング定数は、水素原子に近接する原子の磁場によって決まるため、NMRがかけている磁場の強さとは独立である。 ゆえに単位は化学シフトppmではなく周波数Hzで表す。 なお、プロトンが2.5 ppmで共鳴する分子においても1 ppmのところでピークの分裂が見られる。分裂幅が同じプロトンは相互作用の大きさが等しいため同じカップリング定数7 Hzを示す。スペクトルには2つの信号があり、それぞれが'''二重線(doublet)'''になっている。それぞれの二重線は環境が同じ1つのプロトンによって生じているため面積が等しい。 1 ppmと2.5 ppmの2つの二重線を示す仮想的な分子CH-CHをCH<sub>2</sub>-CHに置き換えると、以下のようになる。 *1 ppmのところに出るCH<sub>2</sub>のピークの面積は2.5 ppmのところに出るCHのピークの面積の2倍になる。 *CH<sub>2</sub>のピークはCHによって2つに分裂し、1つは1 ppm + 3.5 Hzのところに、もう1つは1 ppm - 3.5 Hzのところに出る。(全体のカップリング定数は7 Hz) 結果的に2.5 ppmのところに現れるCHのピークは、 CH<sub>2</sub>のそれぞれのプロトンのピークの分裂に比べて差が''2倍''になる。2.5ppmのところに1本だけピークを持っていた最初のプロトンは、強度の等しい2つのピークに分裂し、2.5 ppm + 3.5 Hzのところと2.5 ppm - 3.5 Hz—のところにピークが現れる。これらは2個めのプロトンによってもう一度分裂し、今度は周波数がそれぞれ変わる。 *The 2.5 ppm''' + '''3.5 Hz のところにあった信号は2.5 ppm + 7 Hz のところと 2.5 ppmのところに出るようになる。 *The 2.5 ppm''' − '''3.5 Hz のところにあった信号は 2.5 ppm のところと 2.5 ppm − 7 Hzのところに出るようになる。 したがって本来は4本の強度が等しいピークが出るはずだが、実際は3本しか出ない。4本のピークのうち1つが2.5 ppm + 7 Hzのところに、2つが2.5 ppmのところに、最後の1つが2.5 ppm − 7 Hzのところに出るため、ピークの高さの比は1:2:1となる。これは'''三重線(triplet)'''として知られ、プロトンがCH<sub>2</sub>基から3結合を挟んだところにあることを示している。 これは任意のCH<sub>n</sub>グループについて当てはめることができる。CH<sub>2</sub>-CHグループがCH<sub>3</sub>-CH<sub>2</sub>に変わっても化学シフトは変わらず、カップリング定数が理想的であるならば次のような変化が起こると予想される。 * CH<sub>3</sub>のピークとCH<sub>2</sub>のピークの相対的な面積比は3:2になる。 *CH<sub>3</sub>の信号は2つのプロトンとカップリングし、1ppmの付近に1:2:1の'''三重線(triplet)'''を描く。 *CH<sub>2</sub>の信号は''3つの''プロトンとカップリングする。 3つのプロトンと理想的にカップリングしてピークが分裂すると'''四重線(quartet)'''になり、強度比が1:3:3:1になる。 ''n''個の理想プロトンとカップリングしてピークが分裂した際の強度比は[[パスカルの三角形]]と同じ形になる。 {| class="wikitable" |- ! style="min-width:4em"| ''n'' ! style="padding: 1em 0"| 名前 !! 分裂ピークの強度比 |- | 0 || 単一線(singlet) |style="text-align:center"| 1 |- | 1 || 二重線(doublet) |style="text-align:center"| 1 1 |- | 2 || 三重線(triplet) |style="text-align:center"| 1 2 1 |- | 3 || 四重線(quartet) |style="text-align:center"| 1 3 3 1 |- | 4 || 五重線(quintet) |style="text-align:center"| 1 4 6 4 1 |- | 5 || 六重線(sextet) |style="text-align:center"| 1 5 10 10 5 1 |- | 6 || 七重線(septet) |style="text-align:center"| 1 6 15 20 15 6 1 |- | 7 || 八重線(octet) |style="text-align:center"| 1 7 21 35 35 21 7 1 |- | 8 || 九重線(nonet) |style="text-align:center"| 1 8 28 56 70 56 28 8 1 |- |} ''n''個のプロトンがカップリングすると''n''+1個のピークが観察されるから、この法則は"''n''+1則"と呼ばれる。''n''個のプロトンの周辺にあるプロトンは''n''+1本のピークの集団として観察される。 そのほかの例として[[イソブタン]](CH<sub>3</sub>)<sub>3</sub>CHを挙げる。CH基は3つの理想的なメチル基に結合し、この基の周囲には合わせて9つのプロトンが存在する。このC-Hプロトンのピークはn+1則に従えば'''10本に'''分裂するはずである。下にいくつかの多重線を示すNMR信号を載せる。九重線の最も強度が小さいピークはその次に強度が小さいピークの1/8しかなく、七重線とほとんど見た目が変わらないことに注意されたい。 [[File:J-Coupling-simple-multiplets.gif]] ある1つのプロトンが2つの異なるプロトンにカップリングすると、カップリング定数が変化し、三重線ではなく二重線の二重線 (doublet of doublets) が観察される。同様に、1つのプロトンが等価な他の複数のプロトンとカップリングし、そのカップリング定数が小さかったとすると、二重線の三重線(triplet of doublets)が観察される。下に示す例では、三重線のカップリング定数が二重線のそれに比べて大きい。慣例的に最大のカップリング定数をもつ結合が最初に示され、以降分裂パターンがカップリング定数の大きい順に並べて示される。日本語の場合ofの前後で順序が逆転するのでこの順番も入れ替わる。下の場合三重線の四重線ではなく四重線の三重線(triplet of quartets)と表記するのが正しい。そのような(ここに示されているよりももっと複雑な)多重線の解析によって分子の構造についての重要な手がかりが得られる。 [[File:J-Coupling-complex-multiplets.gif]] NMRの信号のスピン-スピン分裂について上記のような単純なルールが適用できるのはカップリングする相手の化学シフトがカップリング定数に比べ充分大きい場合のみである。そうでない場合はピークの数が増え、それぞれの強度も変化する(二次効果)。 == 炭素サテライトとスピニングサイドバンド == ときどき、小さなピークがメインの<sup>1</sup>H NMRのピークの肩に乗っかることがある。これらのピークはプロトンとプロトンのカップリングによるものではなく、<sup>1</sup>H原子と隣接する[[炭素13]] (<sup>13</sup>C)原子のカップリングによるものである。これらは{{仮リンク|炭素13NMRサテライト|en|Carbon-13 NMR satellite|label=炭素サテライト}}と呼ばれる。これらはピークの大きさが小さく、[[衛星]]のように<sup>1</sup>Hの周りに現れるのでこう呼ばれる。炭素サテライトが小さいのはひとえにサンプルの中でNMRに反応する<sup>13</sup>Cの[[同位体]]が非常に少ないからである。スピンが1/2である単一の原子核のカップリングと同様に、<sup>13</sup>Cに結合するプロトンのピークは二重線である。<sup>13</sup>Cよりもずっと多い<sup>12</sup>Cに結合しているプロトンのピークは分裂しないので、強度が大きい単一線となる。結果として<sup>13</sup>Cに結合するプロトンのピークは均等に分かれた小さなピークがメインのピークの周りに現れるというものになる。もしプロトンのピークがすでにH-Hカップリングなどで分裂していた場合、それぞれのサテライトもそのカップリングを反映する(カップリングの相手が異なるために分裂パターンが複雑になっている場合も同様)。他のNMR活性核種もこのようなサテライトを形成しうるが、炭素は有機化合物に最も多く含まれている化合物であるためNMRスペクトルではもっとも一般的に見られるサテライトの原因である。 また「スピニングサイドバンド」として知られるピークが<sup>1</sup>Hのピークの周囲に見られることがある。これは[[NMR管]]のスピンに関連するピークである。これらは分光分析実験における[[アーティファクト#自然科学|アーティファクト]]であり、対象とする化学物質のスペクトルに内在する特性ではなく、化学物質またはその構造にさえも特に関連はない。 炭素サテライトとスピニングサイドバンドは不純物のピークと混同されてはならない<ref>{{cite journal |author=Gottlieb HE |author2=Kotlyar V |author3=Nudelman A |title=NMR Chemical Shifts of Common Laboratory Solvents as Trace Impurities |journal=[[Journal of Organic Chemistry]] |volume=62 |issue=21 |pages=7512–7515 |date=October 1997 |pmid=11671879 |doi = 10.1021/jo971176v}}</ref>。 == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} {{reflist}} {{refbegin}} {{refend}} == 関連項目 == * [[質量分析法]] * [[炭素13核磁気共鳴]] * [[フッ素19核磁気共鳴]] == 外部リンク == * [http://www.wfu.edu/~ylwong/chem/nmr/h1/ <sup>1</sup>H-NMR Interpretation Tutorial] * [http://riodb01.ibase.aist.go.jp/sdbs/cgi-bin/cre_index.cgi?lang=eng Spectral Database for Organic Compounds] * [https://web.archive.org/web/20090127045729/http://www.chem.wisc.edu/areas/reich/handouts/nmr-h/hdata.htm Proton Chemical Shifts] * [https://web.archive.org/web/20150227091824/http://nmr.chinanmr.cn/guide/eNMR/1dcont.html 1D Proton NMR] 1D NMRの実験結果([http://nmr.chinanmr.cn/guide/eNMR/1dcont.html オリジナル]の2015年2月27日のアーカイブ) {{DEFAULTSORT:ふろとんかくしききようめい}} [[Category:核磁気共鳴]] [[Category:水素]]
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