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ポアンカレの補題
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[[数学]]において、'''ポアンカレの補題'''(ぽあんかれのほだい、{{lang-en-short|Poincaré lemma}})とは[[代数的位相幾何学|代数的位相幾何]]における定理の一つ。[[ユークリッド空間]]において、閉形式である[[微分形式]]が完全形式となることを主張する。[[ベクトル解析]]における[[ポテンシャル]]の存在条件を一般化したものとみなされる。 ==概要== ===導入=== [[多様体]]上の {{mvar|k}} 次の[[微分形式]] {{mvar|ω}} について、その[[微分形式#外微分|外微分]] {{math|d''ω''}} が、 :<math> \mathrm{d}\omega=0 \, </math> となる {{mvar|ω}} を'''閉形式''' {{en|(closed form)}} という。あるいは同じことだが、{{math|d}} の[[核 (代数学)|核]]の[[元 (数学)|元]]を閉形式という。 また、{{mvar|k}} 次微分形式 {{mvar|ω}} に対し、 :<math> \omega=\mathrm{d}\eta \, </math> を満たす {{math|''k'' − 1}} 次微分形式 {{mvar|η}} が存在する場合、{{mvar|ω}} は'''完全形式''' {{en|(exact form)}} であるという。あるいは同じことだが、{{math|d}} の[[像 (数学)|像]]の元を完全形式という。また、{{mvar|η}} はしばしば[[ポテンシャル]]と呼ばれる。 外微分の性質 :<math> \mathrm{d} \circ \mathrm{d}=0 \, </math> より、完全形式が閉形式であることは常に成り立つが、閉形式が完全形式になるかは、多様体の幾何学的性質によって異なる。 ポアンカレの補題は次のことを主張する: :『[[ユークリッド空間]] {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}}(より一般的には[[可縮]]な[[多様体]] {{mvar|M}})において、任意の閉形式は完全形式である』 ===定理の主張=== {{math|''k'' > 0}} とし、{{mvar|k}} 次微分形式 {{math|''ω'' ∈ ''A''<sup>''k''</sup>('''R'''<sup>''n''</sup>)}} が :<math> \mathrm{d}\omega=0 \, </math> を満たすとする。 このとき、{{math|''k'' − 1}} 次微分形式 {{math|''η'' ∈ ''A''<sup>''k''−1</sup>('''R'''<sup>''n''</sup>)}} が存在して、 :<math> \omega=\mathrm{d}\eta \, </math> が成り立つ。 ===ド・ラーム・コホモロジーによる表現=== [[ド・ラーム・コホモロジー]]の概念を用いれば、ポアンカレの補題は次のように表現できる。 :<math> H^k(\mathbb{R}^n) = \left\{\begin{matrix} \mathbb{R} & (k=0)\\ 0 & (k>0) \end{matrix}\right. </math> 但し、多様体 {{mvar|M}} に対し、{{math|''H''<sup>''k''</sup>(''M'')}} は[[商ベクトル空間]] :<math> H^k(M) =Z^k(M)/B^k(M) \, </math> で定義される {{mvar|k}} 次のド・ラーム・コホモロジー群であり、{{math|''Z''<sup>''k''</sup>(''M'')}} は :<math> Z^k(M)=\mathrm{ker}\, \mathrm{d} \cap A^k(M) \, </math> で定義される閉形式の {{mvar|k}} 次微分形式全体、{{math|''B''<sup>''k''</sup>(''M'')}} は :<math> B^k(M)=\mathrm{im}\,\mathrm{d} \cap A^k(M) \, </math> で定義される完全形式の {{mvar|k}} 次微分形式全体である。 {{math|1=''k'' = 0}} の場合は、単に {{math|d''f''(''x'') ≡ 0}} ならば {{mvar|f}} が定数関数となることを述べており、{{math|''k'' > 0}} の場合が前述したポアンカレの補題と等価な表現となる。すなわち、閉形式({{math|''Z'' <sup>''k''</sup>('''R'''<sup>''n''</sup>)}} の元)が完全形式({{math|''B'' <sup>''k''</sup>('''R'''<sup>''n''</sup>)}} の元)になることを表している。 ===拡張=== より一般に、[[可縮]]な多様体 {{mvar|M}} について次が成り立つ。 :<math> H^k(M) = 0 \quad (k > 0). </math> ===具体例=== 例えば {{math|'''R'''<sup>2</sup>}} 上で定義される1次微分形式 :<math> \omega_1=xy^2 \mathrm{d}x + x^2y \mathrm{d}y \, </math> は、[[外微分]]を考えると :<math> \mathrm{d}\omega_1=2xy\,\mathrm{d}y \wedge \mathrm{d}x + 2xy\,\mathrm{d}x \wedge \mathrm{d}y=0 </math> となり、閉形式である。したがって、ポアンカレの補題より完全形式となる。実際、{{math|'''R'''<sup>2</sup>}} 上の0次微分形式 :<math> \eta_1=\frac{1}{2}x^2y^2 \, </math> について、 :<math> d\eta_1=xy^2 dx + x^2y \,dy =\omega_1 \, </math> が成り立つから、{{math|''ω''<sub>1</sub>}} は完全形式である。 一方、{{math|'''R'''<sup>2</sup>}} から原点を除いた領域 {{math|'''R'''<sup>2</sup>{{setminus}}(0, 0)}} で定義される1次微分形式 :<math> \omega_2=\frac{-y}{x^2 + y^2 }\,\mathrm{d}x + \frac{x}{x^2 + y^2 } \,\mathrm{d}y </math> は、外微分を考えると :<math> d\omega_2=0 \, </math> が成り立つから、{{math|''ω''<sub>2</sub>}} は閉形式である。しかしながら、考える領域はポアンカレの補題の条件を満たしておらず、{{math|''ω''<sub>2</sub>}} が完全形式であることは保証されない。{{math|'''R'''<sup>2</sup>}} から {{mvar|x}} 軸を除いた領域 {{math|'''R'''<sup>2</sup>{{setminus}}{{mset|1=''x'' = 0}}}} で定義される0次微分形式 :<math> \eta_2=\arctan{\frac{y}{x}} </math> について、 :<math> \mathrm{d}\eta_2=\frac{-y}{x^2 + y^2 }\,\mathrm{d}x + \frac{x}{x^2 + y^2 } \,\mathrm{d}y </math> であり、局所的には {{math|''ω''<sub>2</sub>}} と一致するが、{{math|''η''<sub>2</sub>}} は {{math|'''R'''<sup>2</sup>{{setminus}}(0, 0)}} では定義されない。 ==ベクトル解析との関係== [[ベクトル解析]]における、[[スカラーポテンシャル]]や[[ベクトルポテンシャル]]の存在条件は、ポアンカレの補題の特別な場合に相当する。 ===スカラーポテンシャルの存在=== {{math|'''R'''<sup>3</sup>}} 全体で定義された3次元の[[ベクトル場]] {{math|'''F'''}} において、その[[回転 (ベクトル解析)|回転]] {{math|rot}} が :<math> \operatorname{rot}\mathbf{F}=\mathbf{0} </math> を満たすならば、 :<math> \mathbf{F} = \operatorname{grad} \psi </math> の関係を満たす {{math|'''R'''<sup>3</sup>}} 上のスカラーポテンシャル {{mvar|ψ}} が存在する。 この場合、{{math|1='''F''' = (''F''<sub>1</sub>, ''F''<sub>2</sub>, ''F''<sub>3</sub>)}} は1次微分形式 :<math> \omega = F_1 \mathrm{d}x + F_2 \mathrm{d}y + F_3 \mathrm{d}z \, </math> に対応し、{{mvar|ψ}} は0次微分形式 {{mvar|η}} に対応している。また、回転 {{math|rot}} の作用は、1次微分形式に対する[[外微分]]に相当する。なお、ベクトル場の領域の条件としては、{{math|'''R'''<sup>3</sup>}} 全体以外にも、[[単連結]]な領域をとることができる。 ===ベクトルポテンシャルの存在=== 同様に、{{math|'''R'''<sup>3</sup>}} 全体で定義された3次元の[[ベクトル場]] {{math|'''G'''}} において、その[[発散 (ベクトル解析)|発散]] {{math|div}} が :<math> \operatorname{div}\mathbf{G}=0 </math> を満たすならば、 :<math> \mathbf{G}= \operatorname{rot} \mathbf{A} </math> の関係を満たす {{math|'''R'''<sup>3</sup>}} 上のベクトルポテンシャル {{math|'''A'''}} が存在する。 この場合、{{math|1='''G''' = (''G''<sub>1</sub>, ''G''<sub>2</sub>, ''G''<sub>3</sub>)}} は2次微分形式 :<math> \omega = G_1 \mathrm{d}y \wedge \mathrm{d}z + G_2 \mathrm{d}z \wedge \mathrm{d}x + G_3 \mathrm{d}x \wedge \mathrm{d}y \, </math> に対応し、{{math|1='''A''' = (''A''<sub>1</sub>, ''A''<sub>2</sub>, ''A''<sub>3</sub>)}} は1次微分形式 :<math> \eta = A_1 \mathrm{d}x + A_2 \mathrm{d}y + A_3 \mathrm{d}z \, </math> に対応している。また、発散 {{math|div}} の作用は、2次微分形式に対する外微分に相当する。 ==関連項目== *[[微分形式]] *[[ド・ラーム・コホモロジー]] *[[アンリ・ポアンカレ]] ==参考文献== * {{cite book|first1=Raoul|last1=Bott|first2=Loring W.|last2=Tu|title=Differential Forms in Algebraic Topology|publisher=Springer|date=1995|isbn=978-0387906133|ref=harv}} ** {{cite book|和書|first1=Raoul|last1=Bott|first2=Loring W.|last2=Tu|others=三村, 護 (翻訳)|title=微分形式と代数トポロジー|publisher=[[シュプリンガー・フェアラーク東京]]|date=1996|isbn=978-4431707073|ref=harv}} {{DEFAULTSORT:ほあんかれのほたい}} [[Category:多様体論]] [[Category:代数的位相幾何学]] [[Category:ベクトル解析]] [[Category:アンリ・ポアンカレ]] [[Category:数学に関する記事]] [[Category:数学のエポニム]]
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