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[[数学]]における'''ポアンカレ計量'''(ポアンカレけいりょう、{{lang-en-short|''Poincaré metric''}})は、[[アンリ・ポアンカレ]]にその名を因む、二次元の負[[曲率]]一定曲面を記述する[[計量テンソル]]である。この計量は、[[双曲幾何学|双曲幾何]]や[[リーマン面]]において様々な計算を展開する際に広く用いられる。 二次元の双曲幾何の表現には、互いに同値な三種類がよく用いられる。ひとつは[[上半平面]]上の双曲空間のモデルを与える[[ポアンカレの上半平面モデル|ポアンカレ上半平面模型]]、もうひとつは[[単位円板]]上の双曲空間のモデルを与える[[ポアンカレの円板モデル|ポアンカレ円板模型]]であり、このふたつは[[等角写像]](共形写像)および[[メビウス変換]]によって与えられる[[等長写像|等距写像]]によって関連付けられる。いまひとつの表現は[[アニュラス|穴あき円板]]上のもので、その関係性は[[q-類似]]によっても表される。以下これらについて述べる。 == リーマン面上の計量についての概観 == 複素数平面上の計量を一般に、λ を ''z'' および {{overline|''z''}} を変数とする正実数値函数として : <math>ds^2=\lambda^2(z,\bar{z})\, dz\,d\bar{z}</math> なる形に表すことができ、複素数平面上の曲線 γ の長さ ''l''(γ) は : <math>l(\gamma)=\int_\gamma \lambda(z,\bar{z})\, |dz|</math> で与えられる。また、複素数平面の部分集合 ''M'' の面積 area(''M'') は : <math>\text{area}(M)=\int_M \lambda^2 (z,\bar{z})\,\frac{i}{2}\,dz \wedge d\bar{z}</math> と書ける。ただし、<math>\wedge</math> は[[体積形式]]を構成するのに用いる[[外積代数|外積]]である。この計量の行列式の値は λ<sup>4</sup> に等しく、従って行列式の平方根は λ<sup>2</sup> である。平面上のユークリッド体積形式 ''dx''∧''dy'' に対して、 : <math>dz \wedge d\bar{z}=(dx+i\,dy)\wedge (dx-i \, dy)= -2i\,dx\wedge dy</math> なる関係が成り立つ。函数 Φ(''z'', {{overline|''z''}}) が'''計量ポテンシャル''' (''potential of the metric'') であるとは : <math>4\frac{\partial}{\partial z} \frac{\partial}{\partial\bar{z}} \Phi(z,\bar{z})=\lambda^2(z,\bar{z})</math> を満たすことを言う。[[ラプラス作用素|ラプラス-ベルトラミ作用素]] Δ は : <math>\Delta = \frac{4}{\lambda^2} \frac {\partial}{\partial z} \frac {\partial}{\partial \bar{z}} = \frac{1}{\lambda^2} \left(\frac {\partial^2}{\partial x^2} + \frac {\partial^2}{\partial y^2}\right)</math> で与えられ、計量の[[ガウス曲率]] ''K'' は : <math>K=-\Delta \log \lambda</math> で与えられる。この曲率は[[リッチのスカラー曲率テンソル]]の半分である。 等距写像 (isometry) は角度と弧長を保ち、リーマン面上では等距写像は座標変換と同一視される。つまり、ラプラス-ベルトラミ作用素も主曲率も等距写像に関する不変量なのである。従って例えば、''S'' が計量 λ<sup>2</sup>(''z'', {{overline|''z''}}) ''dz'' ''d{{overline|z}}'' を、''T'' が計量 μ<sup>2</sup>(''w'', {{overline|''w''}}) ''dw'' ''d{{overline|w}}'' をそれぞれ持つリーマン面とすれば、写像 : <math>f\colon S \to T;\; z\mapsto w(z)</math> が等距変換となるための必要十分条件は ''f'' が共形写像となることであり、それには : <math>\mu^2(w,\bar{w})\;\frac{\partial w}{\partial z}\,\frac{\partial\bar{w}} {\partial\bar{z}} = \lambda^2(z, \bar{z})</math> が成り立てば十分である。ここに、写像が共形であることを要求することは : <math>w(z,\bar{z})=w(z)</math> が成り立つこと、即ち、 : <math>\frac{\partial}{\partial\bar{z}} w(z) = 0</math> が満たされることを言うに他ならない。 == ポアンカレ平面上の計量と体積要素 == [[ポアンカレの上半平面モデル|ポアンカレ上半平面模型]]における'''ポアンカレ計量テンソル'''は[[上半平面]] '''H''' 上で : <math>ds^2 = \frac{dx^2+dy^2}{y^2} = \frac{dz \, d\bar{z}}{y^2}</math> なるものとして与えられる。ここで ''dz'' = ''dx'' + ''i'' ''dy'' と書いた。この計量テンソルは[[SL2(R)| ''SL''(2, '''R''')]] の作用の下で不変である。実際、{{math|''ad'' − ''bc'' {{=}} 1}} なる実数 ''a'', ''b'', ''c'', ''d'' を用いて : <math>z'=x'+iy'=\frac{az+b}{cz+d}</math> と書くとき、 : <math>x'=\frac{ac(x^2+y^2)+x(ad+bc)+bd}{|cz+d|^2},\quad y'=\frac{y}{|cz+d|^2}</math> が成り立ち、無限小変換は : <math>dz'=\frac{dz}{(cz+d)^2},\quad dz'd\bar{z}' = \frac{dz\,d\bar{z}}{|cz+d|^4}</math> で与えられるから、先の計量テンソルが ''SL''(2,'''R''') のもとで不変であることは明らかである。 不変[[体積要素]]は : <math>d\mu=\frac{dx\,dy}{y^2}</math> で与えられる。また、計量を ''z''<sub>1</sub>, ''z''<sub>2</sub> ∈ '''H''' に対して : <math>\rho(z_1,z_2)=2\tanh^{-1}\frac{|z_1-z_2|}{|z_1-\bar{z}_2|},</math> : <math>\rho(z_1,z_2)=\log\frac{|z_1-\bar{z}_2|+|z_1-z_2|}{|z_1-\bar{z}_2|-|z_1-z_2|}</math> などと書くことができる。他にもこの計量の重要な表し方として、[[複比]]を用いる形のものがある。[[リーマン球面|一点コンパクト化された複素数平面]] <math>\hat{\mathbb{C}} = \mathbb{C} \cup \{\infty\}</math> 上の任意の四点 ''z''<sub>1</sub>, ''z''<sub>2</sub>, ''z''<sub>3</sub>, ''z''<sub>4</sub> に対して、それらの複比が : <math>(z_1,z_2; z_3,z_4) = \frac{(z_1-z_2)(z_3-z_4)}{(z_2-z_3)(z_4-z_1)}</math> で与えられ、計量は : <math> \rho(z_1,z_2)= \ln (z_1,z_2^\times ; z_2, z_1^\times)</math> と書ける。ただし、''z''<sub>1</sub><sup>×</sup>, ''z''<sub>2</sub><sup>×</sup> は、''z''<sub>1</sub> と ''z''<sub>2</sub> とを測地的に結ぶ実数直線上での両端点であり、またこれらは ''z''<sub>1</sub> が ''z''<sub>1</sub><sup>×</sup> と ''z''<sub>2</sub> の間にあるように番号付けられている。 この計量に対する[[測地線]]は、実軸に直交する円弧(原点が実軸上にある半円)および実軸上に端点を持つ垂直線である。 == 平面から円板への等角写像 == ポアンカレ上半平面はポアンカレ[[単位円|円板]]上に[[メビウス変換]] : <math>w=e^{i\phi}\frac{z-z_0}{z-\bar{z}_0}</math> によって[[等角写像|等角的に写す]]ことができる。ここで ''w'' は、上半平面上の点 ''z'' に対応する単位円板上の点である。この写像において、定数 ''z''<sub>0</sub> は上半平面上の任意の点とすることができる(この点が単位円板の中心に写る)。実軸 Im ''z'' =0 は単位円板の周 |''w''| = 1 に写る。また、実定数 φ は任意に決まった量だけ円板を回転させるために用いられる。 虚数単位 ''i'' を円板の中心に、0 を円板の最下点に写す標準写像(標準座標系)は : <math>w=\frac{iz+1}{z+i}</math> で与えられる。 == ポアンカレ円板上の計量と体積要素 == [[ポアンカレの円板モデル|ポアンカレ円板模型]]における'''ポアンカレ計量テンソル'''は、[[単位円板]] ''U'' = {''z'' = ''x'' + ''iy'' : |''z''| = √{{overline|''x''<sup>2</sup> + ''y''<sup>2</sup>}} < 1 } 上に : <math>ds^2=\frac{dx^2+dy^2}{(1-(x^2+y^2))^2}=\frac{dz\,d\bar{z}}{(1-|z|^2)^2}</math> で与えられる。対応する体積形式は :<math>d\mu=\frac{dx\,dy}{(1-(x^2+y^2))^2}=\frac{dx\,dy}{(1-|z|^2)^2}</math> である。このポアンカレ計量は、''z''<sub>1</sub>, ''z''<sub>2</sub> ∈ ''U'' に対して :<math>\rho(z_1,z_2)=\tanh^{-1}\left|\frac{z_1-z_2}{1-z_1\bar{z}_2}\right|</math> と書くことができる。 この計量テンソルに対する測地線は、円板の境界上にある端点において円板の境界と直交するような円弧である。 == 穴あき円板模型 == [[File:J-inv-modulus.jpeg|thumb|ノーム ''q'' の函数としての、穴あき円板座標系に関する J-不変量(楕円モジュラー函数)]] [[File:J-inv-poincare.jpeg|thumb|ポアンカレ円板座標系に関する J-不変量。この円板は先に挙げた標準座標系を90度回転したものであることに注意。]] [[上半平面]]から円板への写像でもう一つ広く用いられるものが、[[q類似|''q''-写像]] : <math>q=\exp(i\pi\tau)</math> である。ここに ''q'' は[[ノーム (数学)|ノーム]]で τ は[[半周期比]]を表す。前節での記法を用いれば、τ は上半平面 Im τ における座標である。''q'' = 0 はこの写像の[[像 (数学)|像]]に含まれないから、この写像は穴あき円板に値を取るものになっていることに注意。 上半平面上のポアンカレ計量から、この ''q''-円板上の計量 : <math>ds^2=\frac{4}{|q|^2 (\log |q|^2)^2} dq \, d\bar{q}</math> が誘導される。この計量に関するポテンシャルは : <math>\Phi(q,\bar{q})=4 \log \log |q|^{-2}</math> で与えられる。 == シュヴァルツの補題 == ポアンカレ計量は[[調和函数]]の空間の上に定義される[[縮小写像]]を成す。このことは[[シュヴァルツの補題]]の一般化であり、[[シュヴァルツ-アールフォルス-ピックの定理]]と呼ばれる。 == 関連項目 == * [[フックス群]] * [[フックス模型]] * [[クライン群]] * [[クライン模型]] * [[ポアンカレの円板モデル|ポアンカレ円板模型]] * [[ポアンカレの上半平面モデル|ポアンカレ上半平面模型]] * {{仮リンク|素測地線|en|Prime geodesic}} == 参考文献 == * Hershel M. Farkas and Irwin Kra, ''Riemann Surfaces'' (1980), Springer-Verlag, New York. ISBN 0-387-90465-4. * Jurgen Jost, ''Compact Riemann Surfaces'' (2002), Springer-Verlag, New York. ISBN 3-540-43299-X ''(See Section 2.3)''. * Svetlana Katok, ''Fuchsian Groups'' (1992), University of Chicago Press, Chicago ISBN 0-226-42583-5 ''(Provides a simple, easily readable introduction.)'' {{DEFAULTSORT:ほあんかれけいりよう}} [[Category:共形幾何学]] [[Category:双曲幾何学]] [[Category:リーマン幾何学]] [[Category:リーマン面]] [[Category:アンリ・ポアンカレ]] [[Category:数学のエポニム]] [[Category:数学に関する記事]]
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