モノイド圏のソースを表示

{{confuse|モノイドの圏|モノイド対象{{!}}モノイド対象の圏}}
[[数学]]における'''モノイド圏'''（モノイドけん、{{lang-en-short|''monoidal category''}}; モノイド的圏、モノイダル圏）あるいは'''テンソル圏'''（テンソルけん、{{lang-en-short|''tensor category''}}）は、（[[自然同型]]の違いを除いて[[結合法則|結合的]]な{{仮リンク|双函手|en|bifunctor}} {{math|&otimes;: '''C''' &times; '''C''' &rarr; '''C'''}} と、{{math|&otimes;}} について（再び自然同型の違いを除いて）左および右[[単位元]]となる対象 {{mvar|I}} を備えた[[圏 (数学)|圏]] {{math|'''C'''}} である。この圏における自然同型は、関連する全ての図式を可換にすることを保証した{{仮リンク|コヒーレンス条件|en|Coherence condition}}（一貫性条件、整合条件）に従わなければならない{{sfn|清水|2014|p=5}}。したがって、モノイド圏は抽象代数における[[モノイド]]の圏論的な緩い類似物である。

[[ベクトル空間]]、[[アーベル群]]、{{mvar|R}}-[[環上の加群|加群]]、{{mvar|R}}-[[環上の多元環|多元環]]などの間に定義される通常の[[テンソル積]]は、それぞれの概念に付随する圏にモノイド構造を与える。ゆえにモノイド圏をこれら、あるいは他の例の一般化として見ることもできる。

圏論において、モノイド圏は[[モノイド対象]]の概念とそれに付随する作用を定義する。また、[[豊穣圏]]を定義する際にも使われる。

モノイド圏は圏論以外の分野において多数の応用を持つ。[[直観論理|直観的]][[線型論理]]の multiplicative fragment のモデルを定義し、[[物性物理学]]において[[トポロジカル秩序相]]の数学的な基盤を与え、{{仮リンク|組み紐モノイド圏|en|Braided monoidal categories}}は[[場の量子論]]や[[ひも理論]]に応用をもつ。

== 形式的定義 ==
'''モノイド圏''' {{math|('''C''', &otimes;, ''I'', ''&alpha;'', ''&lambda;'', ''&rho;'')}} は、以下に挙げる構造を備える圏 {{math|'''C'''}} を言う:
* '''テンソル積'''あるいは'''モノイド積'''と呼ばれる双函手 {{math|&otimes;: '''C''' &times; '''C''' &rarr; '''C'''}},
* '''モノイド単位'''あるいは'''単位対象'''と呼ばれる対象 {{mvar|I}},
* テンソル積が以下の条件を満足するという事実を表す、ある種の整合性条件を満足する三つの自然同型 {{mvar|α}} および {{mvar|λ, ρ}}:
** '''結合律''': 各三対象 {{mvar|A, B, C}} に対する成分が同型 <math display="block" style="margin: 1ex auto 1ex 2em;">\alpha_{A,B,C}\colon (A\otimes B)\otimes C \cong A\otimes(B\otimes C)</math>で与えられる、'''結合子''' (associator) と呼ばれる自然同型 {{mvar|&alpha;}} が存在する。
** '''左単位律'''および'''右単位律''': 成分がそれぞれ <math display="block" style="margin: 1ex auto 1ex 2em;">\lambda_A\colon I\otimes A\cong A,\quad \rho_A\colon A\otimes I\cong A</math> で与えられ、それぞれ'''左単位子'''、'''右単位子''' (unitor) と呼ばれるふたつの自然同型 &lambda;, &rho; が存在する。
ここで、これらの自然変換に対する整合性条件とは次のようなものである。
* '''C''' の任意の対象 ''A'', ''B'', ''C'', ''D'' に対し、図式 [[File:Monoidal category pentagon.svg|center|800px|モノイド圏における五角形図式]] は可換である。
* '''C''' の任意の対象 ''A'' に対し、図式 [[File:Monoidal category triangle.svg|center|400px|モノイド圏における三角形図式]] は可換である。

自然変換 {{math|&alpha;, &lambda;, &rho;}} が恒等変換である（すなわち結合律、単位律が同型でなく等号で成立する）ようなモノイド圏は、'''強モノイド圏'''、狭義モノイド圏、'''厳密モノイド圏''' {{lang|en|(''strict monoidal category'')}} などと呼ぶ。任意のモノイド圏は、ある強モノイド圏にモノイド同値である。

== 例 ==
* [[積 (圏論)|有限積]]を持つ圏は、いずれも積をモノイド積、[[終対象]]を単位対象としてモノイド圏の構造を持つ。これをしばしば'''デカルトモノイド圏'''と呼ぶ。
** [[集合の圏]] {{math|'''Set'''}} は[[デカルト積|直積]]をモノイド積、[[一元集合]]を単位対象とするモノイド圏になる。
** [[小さい圏の圏]] {{math|'''Cat'''}} は{{仮リンク|双圏|en|bicategory}}として、{{仮リンク|積圏|en|product category|label=圏の直積}} をモノイド積、単対象離散圏（対象も射もただ一つの圏）を単位対象とするモノイド圏である。
* 双対的に、[[余積|有限余積]]を持つ圏は、いずれも余積をモノイド積、[[始対象]]を単位対象としてモノイダル圏の構造を持つ。
* [[可換環]] {{mvar|R}} 上の[[加群の圏]] {{math|''R''-'''Mod'''}} は[[加群のテンソル積]] {{math|&otimes;{{sub|''R''}}}} をモノイド積、{{mvar|R}} を単位対象としてモノイド圏を成す。
** 特に、[[可換体|体]] {{mvar|k}} 上の[[ベクトル空間の圏]] {{math|''k''-'''Vect'''}} は {{mvar|k}} を単位対象としてモノイド圏の構造を持つ。
** [[可換群の圏]] {{math|'''Ab'''}} は[[整数]]の[[加法群]] {{math|''Z''}} を単位対象としてモノイド圏の構造を持つ。
** [[可換環]] {{mvar|R}} 上の[[多元環の圏]] {{math|''R''-'''Alg'''}} は {{mvar|R}} を単位対象としてモノイド圏の構造を持つ。
* [[点付き位相空間]]の圏（の例えば{{仮リンク|コンパクト生成空間|en|Compactly generated space}}に対象を制限したもの）は[[スマッシュ積]]をモノイド積、点付き [[超球面|0-次元球面]]（つまり相異なる二点）を単位対象としてモノイド圏の構造を持つ。
* 圏 {{math|'''C'''}} 上の{{仮リンク|自己函手|en|endfunctor}}全体からなる圏は函手の合成をモノイド積、恒等函手を単位対象として強モノイド圏の構造を持つ。
* 任意の圏 {{mvar|E}} に対してその任意の一対象が張る[[充満部分圏]]が[[モノイド]]となるのとまったく同様にして、任意の{{仮リンク|2-圏|en|2-category}} {{math|'''E'''}} に対して任意の対象 {{math|''C'' ∈ Ob('''E''')}} に対し {{mvar|C}} の張る {{math|'''E'''}} の充満部分 2-圏はモノイド圏を成す。{{math|1='''E''' = '''Cat'''}} の場合には上で述べた自己函手の圏の例を得る。 
* [[半束|上に有界な下半束]]は[[交わりと結び|交わり]]をモノイド積、最大元を単位対象として強対称モノイド圏の構造を持つ。

== 性質と関連概念 ==
* 定義の節に挙げられた三つの図式に関する条件から、そのような（すなわち、射が {{mvar|&alpha;, &lambda;, &rho;}}, 恒等射, テンソル積の組合せからなる'''任意の'''）図式の成す大きいクラスが可換となることが従う（やや不正確だが、そのような図式が「すべて」可換となるともいう）。これを[[ソーンダース・マックレーン|マックレーン]]の{{仮リンク|コヒーレンス定理|en|Coherence theorem}}という{{sfn|清水|2014|p=5}}。
* モノイド圏において、[[抽象代数学]]における通常の[[モノイド]]の概念を一般化する、[[モノイド対象]]の一般概念が与えられる。通常のモノイドはちょうど[[集合の圏]] {{math|'''Set'''}} におけるモノイド対象である。さらに言えば、任意の厳密モノイド圏は圏の圏 {{math|'''Cat'''}} における（圏の直積の定めるモノイド構造に関する）モノイド対象と見なすことができる。
* {{仮リンク|モノイド函手|en|Monoidal functor}}とはテンソル積を保つモノイド圏の間の函手を言い、また{{仮リンク|モノイド自然変換|en|monoidal natural transformation}}とはそのような（つまりテンソル積と両立する）函手の間の自然変換を言う。
* 任意のモノイド圏は、ただ一つの対象 □ のみを持つ{{仮リンク|双圏|en|bicategory}} {{math|'''B'''}} の射対象圏 {{math|'''B'''(□, □)}} とみなせる。
* 圏 {{math|'''C'''}} がモノイド圏 {{mvar|M}} で[[豊饒圏|豊饒化されている]]とは、{{math|'''C'''}} の対象からなる対の間の射の集合という概念を、{{math|'''C'''}} の対象からなる対の間の射の成す {{math|'''M'''}}-対象の概念に置き換えるものである。

=== {{anchors|自由厳密モノイド圏}}自由強モノイド圏 ===
任意の圏 {{math|'''C'''}} に対して、{{math|'''C'''}} を含む自由強モノイド圏 {{math|&Sigma;('''C''')}} が次のように構成される。
* {{math|&Sigma;('''C''')}} の対象は {{math|'''C'''}} の対象の有限列 {{math|''A''{{sub|1}}, …, ''A{{sub|n}}''}} である。
* {{math|&Sigma;('''C''')}} の対象 {{math|''A''{{sub|1}}, …, ''A{{sub|m}}''}} から {{math|''B''{{sub|1}}, …, ''B{{sub|n}}''}} への射は、{{math|1=''m'' = ''n''}} ならば射の列 {{math|''f''{{sub|1}}: ''A''{{sub|1}} &rarr; ''B''{{sub|1}}, …, ''f{{sub|m}}'': ''A{{sub|m}}'' &rarr; ''B{{sub|m}}''}} として定義され、かつ定義されるのはその場合に限る。
* {{math|&Sigma;('''C''')}} の対象 {{math|''A''{{sub|1}}, …, ''A{{sub|m}}''}} と {{math|''B''{{sub|1}}, …, ''B{{sub|n}}''}} のテンソル積は列の結合 {{math|''A''{{sub|1}}, …, ''A{{sub|m}}'', ''B''{{sub|1}}, …, ''B{{sub|n}}''}} であり、同様にふたつの射のテンソル積も射の列の結合によって与えられる。

{{math|'''C'''}} を {{math|&Sigma;('''C''')}} に写す作用素 {{math|&Sigma;}} は {{math|'''Cat'''}} 上の強 2-[[モナド (圏論)|モナド]]まで拡張することができる。

== モノイド圏の特殊化 ==
* モノイド圏において積 {{math|''A'' &otimes; ''B''}} と {{math|''B'' &otimes; ''A''}} の間には一貫性条件に整合する形で自然同型が存在するならば、それを{{仮リンク|組み紐付きモノイド圏|en|braided monoidal category}}と呼ぶ。さらにもしこの自然同型が自身を逆に持つならば、{{仮リンク|対称モノイド圏|en|symmetric monoidal category}}が得られる。
* [[閉モノイド圏]]はモノイド圏であってそのテンソルをとる函手が[[右随伴]]を持つ（それにより「内部射函手」("internal Hom-functor") の概念を生じる）ものをいう。
* {{仮リンク|自律圏|en|Autonomous category}}（あるいは[[コンパクト閉圏]]、{{仮リンク|剛性圏|en|Rigid category}}）は、よい性質を持つ双対を持つモノイド圏である。これは有限次元ベクトル空間の圏 {{math|'''FdVect'''}} を抽象化した概念である。
* {{仮リンク|ダガー対称モノイド圏|en|Dagger symmetric monoidal category}}はダガー函手を追加で備えた対称モノイド圏で、有限次元ヒルベルト空間の圏 {{math|'''FdHilb'''}} の抽象化である。これには{{仮リンク|ダガーコンパクト圏|en|Dagger compact category}}も含まれる。
* [[淡中圏]]は体で豊饒化されたモノイド圏で、[[線型代数群]]の表現圏と非常によく似ている。

== 関連項目 ==
<!--{{Portal|Category theory}}-->
* {{仮リンク|球面圏|en|Spherical category}}
* {{仮リンク|モノイド圏作用|en|Monoidal-category action}}

== 注 ==
{{reflist}}
== 参考文献 ==
* {{cite journal |last1= Joyal | first1= Andre | last2= Street | first2= Ross | year= 1993 | title= Braided Tensor Categories | journal= Advances in Mathematics | volume= 102 | pages= 20&ndash;78}}
* {{cite journal |last1= Joyal | first1= Andre | last2= Street | first2= Ross | year= 1988 | url= http://maths.mq.edu.au/~street/PlanarDiags.pdf | format= PDF | title= Planar diagrams and tensor algebra"}} 
* {{cite journal | last= Kelly | first= G. Max | year= 1964 | title=On MacLane's Conditions for Coherence of Natural Associativities, Commutativities, etc. | journal= Journal of Algebra | volume= 1 | pages= 397&ndash;402}}
* {{cite book | last = Kelly | first = G. Max | url = http://www.tac.mta.ca/tac/reprints/articles/10/tr10.pdf | title = Basic Concepts of Enriched Category Theory | series = London Mathematical Society Lecture Note Series No. 64 | publisher = Cambridge University Press | year = 1982}}
* {{cite journal | authorlink= ソーンダース・マックレーン | last= Mac Lane | first= Saunders | year= 1963 | title= Natural Associativity and Commutativity | journal= Rice University Studies | volume= 49 | pages= 28&ndash;46}}
* {{cite book | last= Mac Lane | first= Saunders | year= 1998 | title= Categories for the Working Mathematician | edition= 2nd | location= New York | publisher= Springer-Verlag}} 日本語訳: {{cite book|和書|translator=三好博之、高木理|year=2005|title=圏論の基礎|publisher=シュプリンガーフェアラーク東京|ISBN= 978-4431708728}}

== 外部リンク ==
*{{nlab|id=monoidal+category|title=Monoidal category}}
* {{citation|author=清水健一|title=リボン圏の話|url=http://math.shinshu-u.ac.jp/~maekawa/wakate2014/proceedings_seminar/shimizu_seminar.pdf|format=PDF|year=2014}}

{{DEFAULTSORT:ものいとけん}}
[[Category:モノイド圏|*]]
[[Category:数学に関する記事]]
[[Category:圏の類]]