ヤン–ミルズ方程式と質量ギャップ問題のソースを表示

{{要改訳}}
'''ヤン–ミルズ方程式の存在と質量ギャップ問題'''（ヤン–ミルズほうていしきのそんざいとしつりょうぎゃっぷもんだい、{{lang-en-short|Yang–Mills existence and mass gap}}）とは、[[量子色力学]]および[[数学上の未解決問題]]である。[[2000年]]、[[アメリカ合衆国]]の[[クレイ数学研究所]]は[[ミレニアム懸賞問題]]の一つとしてこの問題に100万[[ドル]]の懸賞金をかけた。

== 内容 ==

問題文は次の通り<ref name="official">[[Arthur Jaffe]] and [[Edward Witten]] "[http://www.claymath.org/sites/default/files/yangmills.pdf Quantum Yang-Mills theory.]" Official problem description.</ref>。
{{枠の始まり|緑}}
任意のコンパクトな単純ゲージ群 G に対して、非自明な量子ヤン・ミルズ理論が <math>\mathbb{R}^4</math> 上に存在し、質量ギャップ Δ > 0 を持つことを証明せよ。存在とは、{{Harvtxt|Streater|Wightman|1964}}、{{Harvtxt|Osterwalder|Schrader|1973}} や {{Harvtxt|Osterwalder|Schrader|1975}} で挙げられているものと少なくとも同等以上に強い公理的性質を確立することを含む。
{{枠の終わり}}

このステートメントにおいて、[[ヤン＝ミルズ理論]]は[[素粒子物理学]]の[[標準模型]]の基礎にあるものと類似した非可換な[[場の量子論]]である。<math>\mathbb{R}^4</math> は[[ユークリッド空間|4次元ユークリッド空間]]であり、{{仮リンク|質量ギャップ|en|mass gap}} Δ はこの理論によって予言される最小質量を持つ粒子の質量である。

従って、受賞者となるには以下を証明する必要がある。

* [[ヤン・ミルズ理論]]が存在し、現代の[[数理物理学]]、なかんずく[[構成的場の理論]]を特徴付けている厳密さの基準を満たすこと<ref>R. Streater and A. Wightman, ''PCT, Spin and Statistics and all That'', W. A. Benjamin, New York, 1964.</ref><ref>K. Osterwalder and R. Schrader, ''Axioms for Euclidean Green’s functions'', Comm. Math. Phys. '''31''' (1973), 83–112, and Comm. Math. Phys. '''42''' (1975), 281–305.</ref>。

* その理論が予言する力場における最小質量を有する粒子の質量が厳密に正であること。

たとえば、G=SU(3) （[[強い力]]の相互作用）である場合は、[[グルーボール]]の質量に下限が存在し、それより軽くはできないことを証明する必要がある。

==背景==
{{Cquote|[...] 4次元[[時空]]における数学的に完全な[[場の量子論|量子ゲージ理論]]の例は未だ得られておらず、4次元の量子ゲージ理論の正確な定義さえも得られていない。この状況は21世紀には変わるだろうか？　そうあって欲しい！ |15px|15px|{{仮リンク|アーサー・ジャッフェ|en|Arthur Jaffe}}(Arthur Jaffe)と[[エドワード・ウィッテン]](Edward Witten)による Clay Institute の公式な問題記述より}}

問題は、ワイトマンの公理を満たす量子場理論を構成することと、質量ギャップの存在を示すことを要求している。この両者について以下説明する。

===ワイトマンの公理系===
{{main|ワイトマンの公理系}}
このミレニアム賞問題は、[[ワイトマンの公理系]]もしくは同等に厳密な公理系を満たすヤン・ミルズ理論を求めている<ref name="official" />。ワイトマンの公理系には4つの公理がある。

;W0 (相対論的量子力学の前提)
[[量子力学]]は[[フォン・ノイマン]]の流儀に従い記述される。特に、[[量子状態#純粋状態|純粋状態]]は射線（すなわち、何らかの[[可分空間|可分]]複素[[ヒルベルト空間]]の 1次元部分空間）により与えられる。

ワイトマンの公理系は[[ポアンカレ群]]が[[ヒルベルト空間]]に対して[[ユニタリ表現|ユニタリ]]的に作用することを要請する。別の言い方をすると、そこには位置に依存する'''''量子場'''''と呼ばれる作用素が存在し、[[ベクトルの共変性と反変性|共変]]な{{仮リンク|ポアンカレ群の表現論|label=ポアンカレ群の表現|en|Representation theory of the Poincaré group}}を形成する。

時空変換の群は[[可換]]なので、作用素は同時に[[対角化]]可能である。これらの群の生成子は4つの[[エルミート作用素|自己共役作用素]] <math>P_0,P_j</math>, j = 1, 2, 3 をもたらし、これは同次群の下で 4次元ベクトルに変換されて、エネルギー・運動量4次元ベクトルと呼ばれる。

ワイトマンの第0公理の第二の部分は、表現 U(a, A) がスペクトル条件を満たすことである。すなわち、エネルギー・運動量の結合スペクトルが次式で示す前方光円錐の閉方に含まれる。

:<math>P_0\geq 0,\dots,P_0^2 - P_jP_j\geq 0.</math>

公理の第三の部分は、ヒルベルト空間内の射線で表現される一意な状態が存在し、ポアンカレ群の作用下で不変量となることである。これは真空と呼ばれる。

;W1 (場の定義域と連続性についての条件)
全ての試験関数 f について、作用素の集合 <math>A_1(f),\ldots ,A_n(f)</math>が存在し、それらの[[随伴作用素]]と合わせて、真空を含むヒルベルト状態空間の稠密な部分集合上に定義される。場 A は作用素に値を持つ[[シュワルツの超関数|扱い易い分布]]である。このヒルベルト状態空間は真空に作用する場の多項式により張られる（巡回性条件）。

;W2 (場の変換法則)
場が[[ポアンカレ群]]の作用の下に共変であり、[[ローレンツ群]]（または、スピンが整数でない場合は SL(2,'''C''')）の何らかの表現 S に従い次のように変換されること。

:<math>U(a,L)^{\dagger}A(x)U(a,L)=S(L)A(L^{-1}(x-a)).</math>

;W3 (局所可換性と微視的因果律)
2つの場の台(support)が空間的に分離されている場合、場が可換または反可換であること。

真空の巡回性と真空の一意性は、ときには分けて考えられる。また、漸近的完備性（すなわち、ヒルベルト状態空間が漸近空間 <math>H^{in}</math> と <math>H^{out}</math> により張られる）という性質もあり、衝突[[S行列]]に現れる。場の理論のもう一つ重要な性質として、公理からは要請されていない{{仮リンク|質量ギャップ|en|mass gap}}(mass gap)がある。これは、エネルギー・運動量スペクトルが0と何らかの正の数の間でギャップを持つことである。

===質量ギャップ===
{{main|{{仮リンク|質量ギャップ|en|Mass gap}} }}
'''質量ギャップ'''(mass gap)とは、[[場の量子論]]における真空とその次に低い[[エネルギー準位]]との間のエネルギー差を指す。真空のエネルギーを0と定義し、すべてのエネルギー準位を平面波の粒子として考えるとき、質量ギャップは最も軽い粒子の質量と考えられる。

任意の実数の場 <math>\phi(x)</math> について、[[相関関数 (場の量子論)|相関関数]]が次の性質を持つ場合、理論は質量ギャップを持つということができる。

:<math>\langle\phi(0,t)\phi(0,0)\rangle\sim \sum_nA_n\exp\left(-\Delta_nt\right)</math>

ここで、<math>\Delta_0>0</math> は[[ハミルトニアン]]のスペクトルにおける最低のエネルギー値であり、すなわち質量ギャップである。この量は他の場へ容易に一般化でき、一般に格子計算で測られる。[[ヤン・ミルズ理論]]が格子上で質量ギャップを生じることは、この方法で証明された<ref name=teper>{{cite journal |last1=Lucini |first1=Biagio |last2=Teper |first2=Michael |last3=Wenger |first3=Urs |year=2004 |title=Glueballs and k-strings in SU(N) gauge theories : calculations with improved operators |journal=Journal of High-Energy Physics |publisher= |volume= 0406 |issue= |pages=012 |doi=10.1088/1126-6708/2004/06/012 |arxiv = hep-lat/0404008 |bibcode = 2004JHEP...06..012L }}.</ref><ref name=morningstar>{{cite journal |last1=Chen |first1=Y. |last2=Alexandru |first2=A. |last3=Dong |first3=S. J. |last4=Draper |first4=T. |last5=Horvath |first5=I.|last6=Lee |first6=F. X.|last7=Liu |first7=K. F.|last8=Mathur |first8=N.| last9=Morningstar |first9=C. |last10=Peardon |first10=M. |last11=Tamhankar |first11=S. |last12=Young |first12=B. L. |last13=Zhang |first13=J. B. |year=2006 |title=Glueball Spectrum and Matrix Elements on Anisotropic Lattices |journal=Physical Review D |publisher= |volume=73 |issue= |pages=014516 |doi=10.1103/PhysRevD.73.014516 |arxiv = hep-lat/0510074 |bibcode = 2006PhRvD..73a4516C }}.</ref>。

==ヤン・ミルズ理論の重要性==

4次元で最も有名かつ非自明な（つまり相互作用を持つ）[[場の量子論]]は、{{仮リンク|カットオフ (物理学)|label=カットオフ|en|cutoff (physics)}}スケールを持つ[[有効場の理論]]である。ほとんどのモデルに対し[[ベータ関数]]は正であるから、そのようなモデルの殆どは{{仮リンク|ランダウ極|en|Landau pole}}(Landau pole)を持つと思われる。何故ならそれらが非自明な{{仮リンク|UV固定点|en|UV fixed point}}を持つか否かは全く明らかでないからである。このことから、もしそのような[[場の量子論]]がすべてのスケールで[[well-defined]]ならば（{{仮リンク|公理的場の量子論|en|axiomatic quantum field theory}}の公理を満たすなら当然その筈だが）、その理論は自明（つまり[[自由場]]の理論）でなければならないことが分る。

しかし、非可換な[[ゲージ理論|ゲージ群]]を持ちクォークを持たない{{仮リンク|量子ゲージ理論|label=量子ヤン＝ミルズ理論|en|Quantum gauge theory}}はこの例外である。なぜなら、そのような理論は[[漸近的自由性]]を持つので、自明なUV固定点が存在するからである。従って、これが 4次元で最も単純かつ非自明で構成的な量子場理論となる。因みに[[量子色力学]](QCD)はクォークを持つので、より複雑な理論である。

=== クォークの閉じ込め ===

[[理論物理学]]では既に証明されていることだが（但し[[数理物理学]]の意味での厳密さではない）、非可換[[リー群]]の量子ヤン＝ミルズ理論は、{{仮リンク|色荷の閉じ込め|en|Color confinement}}と呼ばれる性質を示す。この性質の詳細については適当な[[量子色力学]](QCD)の記事を参照のこと（量子色力学、[[クォークの閉じ込め]]、[[格子ゲージ理論]]など。但し数理物理学の意味での厳密さではない）。この性質がもたらす帰結の一つとして、[[結合定数 (物理学)#QCDスケール|QCDスケール]]（より適切には、この理論に[[クォーク]]は出て来ないので{{仮リンク|色荷の閉じ込め|label=閉じ込めスケール|en|Color confinement}}と言うべきだが<ref group="註">本稿の英語版で「閉じ込めスケール」という用語は[[:en:Color confinement]]（色荷の閉じ込め）という記事にリンクされている。しかし同記事は日本語版では[[クォークの閉じ込め]]にリンクされており、記事構成が若干ずれている点に注意のこと。</ref>）と呼ばれるあるスケールを超えると、[[色荷]]は{{仮リンク|QCDストリング|en|QCD string}}により結合され、色荷同士の間で線型な[[ポテンシャル]]を生じる。このため自由な色荷や自由な[[グルーオン]]は存在できない。もし閉じ込めがなければ質量を持たないグルーオンを見付けられそうなところだが、実際には閉じ込められているので、グルーオンの色荷が中和された結合体しか観察できず、これは[[グルーボール]]と呼ばれる。もしグルーボールが存在するなら質量を持つので<ref group="註">2015年現在、グルーボールの実在は未確認。技術的な困難によるとされる。詳細は同記事参照のこと</ref>、質量ギャップの存在が期待されることになる。

==脚注==
===注釈===
<references group="註"/>

===出典===
{{Reflist}}

==参考文献==
* [http://www.claymath.org/millenium-problems/yang%E2%80%93mills-and-mass-gap The Millennium Prize Problems: Yang–Mills and Mass Gap]
*{{cite book |last1=Streater |first1=R. |last2=Wightman |first2=A. |title=PCT, Spin and Statistics and all That |publisher=W. A. Benjamin　|year=1964 |ref=harv}}
*{{cite journal |last1=Osterwalder |first1=K. |last2=Schrader |first2=R. |title=Axioms for Euclidean Green’s functions |journal=[[Communications in Mathematical Physics|Comm. Math. Phys.]] |volume=31 |issue=2 |pages=83–112 |year=1973 |ref=harv |doi=10.1007/BF01645738 }}
*{{cite journal |last1=Osterwalder |first1=K. |last2=Schrader |first2=R. |title=Axioms for Euclidean Green’s functions II |journal=[[Communications in Mathematical Physics|Comm. Math. Phys.]] |volume=42 |issue=3 |pages=281–305 |year=1975 |ref=harv |doi=10.1007/BF01608978 }}
*{{cite book |last1=Bogoliubov |first1=N. |last2=Logunov |last3=Oksak |first2=
A. |last4=Todorov |first4=I. |title=General Principles of Quantum Field Theory | publisher=Kluver　|year=1990 |ref=harv}}
*{{cite book |last1=Strocchi |first1=F.  |title=Selected Topics of the General Properties of Quantum Field  Theory  |publisher=World Scientific　|year=1994 |ref=harv}}
*{{cite journal |last1=Dynin |first1=A.  |title=Quantum Yang-Mills-Weyl dynamics in the Schroedinger paradigm |journal=[[Russian Journal of Mathematical Physics|RJMP]] |volume=21 |issue=2 |pages=169–188 |year=2014 |ref=harv}}
*{{cite journal |last1=Dynin |first1=A.  |title=On the Yang-Mills Mass Gap problem |journal=[[Russian Journal of Mathematical Physics|RJMP]] |volume=21 |issue=3 |pages=326-328 |year=2014 |ref=harv}}
*{{cite book |last1=Bushhorn |first1=G. |last2=Wess |first2=J. |title=Heizenberg Centennial Symposium "Developments in Modern Physics" |publisher=Springer　|year=2004 |ref=harv}}

==関連項目==
* {{仮リンク|質量ギャップ|en|Mass gap}}
* [[場の量子論]]
* [[標準模型]]
* [[ヤン＝ミルズ理論]]
* {{仮リンク|構成的場の量子論|en|Constructive quantum field theory}}

{{ミレニアム懸賞問題}}
{{Normdaten}}
{{DEFAULTSORT:やんみるすほうていしきとしつりようきやつふもんたい}}
[[Category:場の量子論]]
[[Category:量子力学]]
[[Category:数学のオープンプロブレム]]
[[Category:ミレニアム懸賞問題]]
[[Category:数学に関する記事]]