ランダム行列のソースを表示

{{Otheruses|一般的な確率変数を要素とする行列|[[マルコフ連鎖]]の遷移行列|確率行列}}
'''ランダム行列''' (ランダムぎょうれつ、{{lang-en|Random Matrix}}) とは、行列要素 ''h<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> がなんらかの確率法則あるいは確率分布に従う確率変数 (乱数) として与えられると仮定する行列モデル。また、ランダム行列に関する理論をランダム行列理論 ({{lang-en|RMT}}) という。ランダム行列は、[[ユージン・ウィグナー]]により[[固有値]]や固有値の間隔の分布の統計的性質、それらの普遍性 (Universality) やその要因などを研究する目的で導入された。現在では[[核物理学]]のほかに、量子カオス、[[固体物理学]]、[[統計力学]]、[[数論]]、[[生態学]]、[[遺伝子工学]]、[[金融工学]]、[[無線工学]]、[[複雑ネットワーク]]などの研究で応用されている。

==代表的なランダム行列==
この節では代表的なランダム行列についての簡易な説明とそれらの特徴および違いについて述べる。

===ウィシャート行列===
 {{Main|ウィシャート行列}} {{lang-en|Wishart matrix}} 
:1928年に統計学者[[ジョン・ウィシャート]] (John Wishart) により[[多変量解析]]における共分散推定<sub>[[:en:Estimation of covariance matrices|(英)]]</sub>の研究のため導入されたランダム行列。<ref>{{Cite journal
  | author = 
  | title = THE GENERALISED PRODUCT MOMENT DISTRIBUTION IN SAMPLES FROM A NORMAL MULTIVARIATE POPULATION
  | journal = [[:en:Biometrika|Biometrika]]
  | volume = 20A
  | issue = 1-2
  | pages = 32-52
  | publisher = 
  | date = 1928
  | url = http://biomet.oxfordjournals.org/content/20A/1-2/32.full.pdf+html
  | jstor =  
  | issn = 
  | doi = 10.1093/biomet/20A.1-2.32
  | accessdate = 2013年2月25日}}
</ref>
歴史上初めてのランダム行列とされる。多変量の共分散を求める行列である '''''XX'''''<sup>T</sup> (または  '''''XX'''''<sup>*</sup>) により構成されるのが特徴。
{| class="wikitable" style="text-align:center"
|+ ウィシャート行列の構成例
! 種別 !! ウィシャート行列 !! ガウス型ウィシャート行列 
|-
! rowspan="3" | 確率変数
| colspan="2" | 実数、複素数 
|-
| i.i.d.   || i.i.d. <br /> ガウス分布
|-
|  k次モーメントが存在し有限 || ''X<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> = N(0,1) <br />または、<br />  ''X<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> = N(0,1) + i N(0,1)
|-
! 行列の構成 
| colspan="2" |  '''''X''''' は ''m'' 行 ''n'' 列の行列<br />
'''''M''''' は ''m'' 行 ''m'' 列の行列 <br />
'''''M''''' = '''''XX'''''<sup>T</sup> または、'''''M''''' = '''''XX'''''<sup>*</sup>
|-
! rowspan="2" | 特徴 
| colspan="2" | 行列'''''M'''''は[[行列の定値性|半正定値]]の対称行列 (またはエルミート行列)<ref group="注釈">共分散行列は常に半正定値。[[分散共分散行列]]参照。</ref>
|-
| colspan="2" | 行列'''''M'''''の固有値''λ''('''''M''''')は非負の実数 ''λ''('''''M''''') ≥ 0 
|}

===ラゲール・アンサンブル===
:{{lang-en|Laguerre ensembles}}
ウィシャート行列を用いてガウス型アンサンブルと同様の条件で構成したアンサンブル。β=1 は'''LOE'''、β=2 は'''LUE'''、β=4 は'''LSE''' と呼ばれる。ラゲールの名称は固有値の同時確率密度関数が[[ラゲールの陪多項式]]を用いて表わされることに由来する。アンサンブル名称に「β-」が付くとβ=1,2,4だけではなく任意実数のβ>0にまで拡張されたアンサンブルとしての意味で用いられることがある。

{{節stub}}

===ウィグナー行列===
{{Main|ウィグナー行列}}
:{{lang-en|Wigner matrix, Wigner ensemble}}
原子核のエネルギー準位の研究で1950年代にウィグナーが導入した''N''×''N''実対称行列 (あるいはエルミート行列)。確率変数の確率分布に関しては[[モーメント (確率論)]]が存在すること (平均や分散などが発散しないこと) を要求しているくらいで確率分布の指定はない。ガウス分布を指定した場合はガウス型ウィグナー行列 (Gaussian Wigner matrix) となる。
{| class="wikitable" style="text-align:center"
|+ ウィグナー行列の構成
! 種別 !! 実ウィグナー行列<br />real wigner matrix !! 複素ウィグナー行列<br />complex wigner matrix 
|-
! rowspan="2" | 確率変数
| 実数 <br /> 自由度 ''β''=1 || 複素数 <br /> 自由度 ''β''=2 
|-
| colspan="2" | i.i.d. <br /> k次モーメントが存在し有限   
|-
! 対称性 
|  実対称 <br /> ''h<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> = ''h<sub>k</sub>''<sub>,''j''</sub>|| エルミート対称 <br /> ''h<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> = <span style="text-decoration: overline">''h''</span><sub>''k'',''j''</sub>
|-
! rowspan="2" | 特徴 
| 実対称行列 || エルミート行列 
|-
| colspan="2" | 固有値は実数
|}

===ベルヌーイ・アンサンブル===
:{{lang-en|Bernoulli ensemble, random sign matrix}}
各行列要素が等確率で 1 または -1 の値をとるランダム行列。行列要素が従う確率変数は「[[独立]]かつ同一分布」(i.i.d.) でその確率分布は、''P''(''X''=1)=1/2, ''P''(''X''=-1)=1/2の[[ベルヌーイ分布]]。対称性が加わるとウィグナー行列の特別なケースになる。

===ガウス型アンサンブル===
{{Main|ガウス型アンサンブル}}
:{{lang-en|Gaussian ensembles, β Hermite ensemble}} 
1962年に[[フリーマン・ダイソン]]により導入された行列モデルで行列要素の確率分布に[[ガウス分布]]を使用しているのでガウス型と呼ばれる。'''GOE''', '''GUE''', '''GSE''' の3つのタイプがある。ウィグナー行列に対して確率分布としてガウス分布が指定されさらに不変性に関する要件 ('''''U'''''<sup>-1</sup>'''''HU''''' = '''''H''''') が追加されたものと言える。

{| class="wikitable" style="text-align:center"
|+ ガウス型アンサンブルの構成例
! 種別 !! GOE !! GUE !! GSE
|-
! rowspan="3" | 確率変数
| 実数 (''β''=1) || 複素数 (''β''=2) || 四元数 (''β''=4)
|-
| i.i.d. ガウス分布 || i.i.d. ガウス分布 || i.i.d. ガウス分布 
|-
| ''A<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> = N(0,1) || ''A<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> = N(0,1) + i N(0,1) || ''A<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> = N(0,1) + i<sub>1</sub> N(0,1) + i<sub>2</sub> N(0,1) + i<sub>3</sub> N(0,1) 
|-
! 行列の構成 
| '''''H''''' = ('''''A''''' + '''''A'''''<sup>T</sup>)/2 
|| '''''H''''' = ('''''A''''' + '''''A'''''<sup>*</sup>)/2 
|| '''''H''''' = ('''''A''''' + '''''A'''''<sup>D</sup>)/2 
|-
! 対称性 <br /> (不変性) 
|  '''''O'''''<sup>T</sup>'''''HO''''' = '''''H'''''
|| '''''U'''''<sup>*</sup>'''''HU''''' = '''''H'''''
|| '''''S'''''<sup>D</sup>'''''HS''''' = '''''H'''''
|-
! rowspan="2" | 特徴 
| 対称行列 
|| エルミート行列 
|| 自己双対行列  
|-
| colspan="3" | 対角要素 ''h<sub>j</sub>''<sub>,''j''</sub> = N(0,1) 非対角要素 ''h<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> = N(0, 1/2) の行列が構成される<ref group="注釈">GOEについてだけ述べる。
[[分散 (確率論)#確率変数の分散|確率変数の分散]]の性質から、対角成分はσ<sup>2</sup>[(X+X)/2] = σ<sup>2</sup>(X) = 1 。<br />
非対角成分は、σ<sup>2</sup>[(X+Y)/2] = {σ<sup>2</sup>(X) + σ<sup>2</sup>(Y)}/2<sup>2</sup> = 1/2 。</ref>
|}

===円アンサンブル===
{{Main|円アンサンブル}}
:{{lang-en|[[w:en:Circular ensemble|Circular ensemble]], Fourier ensemble}}
1962年に[[フリーマン・ダイソン]]が導入したランダム行列モデル<ref>
{{Cite journal
  | author = Freeman J. Dyson
  | title = Statistical Theory of the Energy Levels of Complex Systems. I, II, III
  | journal = Journal of Mathematical Physics
  | volume = 3
  | issue = 1
  | pages = 140-175
  | publisher = The American Institute of Physics
  | location = 
  | date = 1962
　| issn = 1089-7658
  | url = http://jmp.aip.org/resource/1/jmapaq/v3/i1/p140_s1?isAuthorized=no
  | doi = 10.1063/1.1703773
  | accessdate = 2013年2月19日}}
</ref>。複素平面上の単位円周上のみを移動可能な N 個の単位荷電粒子 (Coulomb Gas) からなる系をモデル化したもの。ガウス型アンサンブルと同様に3つのタイプがありダイソン指数β=1,2,4 に対応して '''COE''', '''CUE''', '''CSE''' と呼ばれる。なお固有値の分布は逆温度βのギブス分布 ([[ボルツマン分布]]) に対応する。

{{節stub}}

===Ginibreアンサンブル===
各行列要素 z<sub>j,k</sub> は実数または複素数で構成される n×nの正方行列ですべての要素は独立同一分布。各要素は次式で表されるガウス分布に従う。
:<math> P(z_{j,k}) = \pi^{-1} \, \exp( -|z_{j,k}|^2 ) </math>
<!--
行列の同時確率密度関数は、
:<math> P_{Ginibre}(M_n) = \pi^{-n^2} \, \exp( - tr(M_n^* M_n) )</math>
固有値の同時確率密度関数は、
:<math> P_{Ginibre}(\lambda) = \frac{1}{ \pi^n \prod_{k=1}^n k! } \exp(-\sum_j |\lambda_j|^2 ) \, \prod_{j<k} |\lambda_j - \lambda_k |^2 </math>
-->

==ランダム行列の構成==
===行列サイズ===
特に制限はないが、''N''×''N'' (''N'' > 0)の正方行列を対象とする理論が多く取り扱われている。

===行列要素===
各行列要素は[[確率変数]]により決定される。
例えば行列要素 ''h<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> が複素数の場合、確率変数を''X<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub>, ''Y<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> として
:''h<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> = ''X<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> + i ''Y<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub>
のようになる。

===確率変数===
:詳細は[[確率変数]]を参照のこと
行列を決定する確率変数はなんらかの[[確率分布]]あるいは確率法則に従う。主に以下の要素のすべてあるいはいずれかを用いた条件が指定されることが多い。
* IID
行列を決定する確率変数は「[[独立同分布|独立かつ同一分布]]」(i.i.d.) の条件が課されることが多い。

* 確率分布
[[確率分布]]の指定は、ガウス分布や[[ベルヌーイ分布]]などの特定の分布の密度関数を指定する行列モデルもあれば、特定の分布を指定しないものもある。

*モーメント
確率分布の[[モーメント (確率論)]](平均や分散) の指定がある場合は、確率変数を''X<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> として
:E(''X<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub>) = 0    - 平均はゼロ
:E((''X<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub>)<sup>2</sup>) = 1    - 分散は1
:E(|''X<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub>|<sup>''n''</sup>) < ∞    - 確率変数の[[絶対値]]のモーメントはすべての次数''n''に対して存在しすべて有限
のように条件が指定される。

ガウス分布であれば記法N(''μ'',''σ''<sup>2</sup>)を用いて ''X<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> = N(0,1) のように指定される。なお複素数や四元数の場合、多変量ガウス分布 N<sup>''d''</sup>(''μ'',''σ''<sup>2</sup>) (ここでdは次元) を用いて表すことがある。

===行列要素の自由度===
行列要素を決定する独立した確率変数の数。行列要素が実数なら1、[[複素数]]なら2、[[四元数]]なら4となる。ダイソン指数 (β) と呼ぶこともある。

===行列要素の分布===
行列要素の分布は大きく2つに分かれる。
# 各行列要素 ''X<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> が独立していて一様にランダムな場合。例えば、''X<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> = N(0,1) のようにどの行列要素も独立同一分布 (i.i.d.) に従う場合。
# 行列要素の間に対称性などの制約条件が存在する場合。

====行列要素の対称性====
*対角成分に対して対称性が指定される場合
実対称行列 - 行列要素が実数で ''h<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> = ''h<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> <br />
エルミート行列 - 行列要素が複素数で ''h<sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> = ''<span style="text-decoration: overline">h</span><sub>j</sub>''<sub>,''k''</sub> <br />

*群により対称性が指定される場合
:<small>[[対称性 (物理学)]]も参照のこと</small>
[[群作用]]を用いて対称性を記述する場合がある。
例えばガウス型アンサンブルでは物理的な時間反転に対する不変性や空間回転に対する不変性などの条件に群の概念が用いられる。行列式としては '''''U'''''<sup>-1</sup>'''''HU''''' = '''''H''''' を満たすという条件が加わる。<ref group="注釈"> 書籍により U<sup>-1</sup>が右側にあったり左側にあったりするがどちらでも同じことである。左からU<sup>-1</sup> 右からU をかけてやれば同じ式になり等価となる。</ref>

*[[三重対角行列]]のように対角要素と隣接する非対角要素以外はすべてゼロとするランダム行列

===行列の自由度===
ある行列における独立な確率変数の総数。行列に対称性など行列要素の分布に制約がなければ ''βN''<sup>2</sup> だが、ガウス型アンサンブルのように対称性があると (対角成分とその他を足して) ''N'' + ''N''(''N''-1)''β''/2 となる。

===行列の固有値/特異値===
行列の性質により固有値の特徴が変わる。
* 半正定値の行列 (ウィシャート行列) → 固有値は非負の実数 ''λ'' ≧ 0
* 対称行列、エルミート行列 (ウィグナー行列) → 固有値は実数 ''λ'' ∈ R
* すべての行列要素が独立な行列 (ベルヌーイ行列) → 固有値は複素数 ''λ'' ∈ C

固有値の極限分布などの理論を組む上で固有値が複素数だと実数のように固有値''λ<sub>k</sub>''を順番に並べられず都合が悪いため代わりに特異値を用いることがある。特異値は常に非負の実数である。また、''m''×''n'' (''m''≠''n'') の非正方行列を扱う場合は固有値が存在しないので代わりに特異値が用いられる。

===行列要素の同時確率密度関数===
:{{lang-en|joint element probability density function}}
行列のすべての要素に関する[[同時分布]]のこと。''N''×''N''行列の場合、数式では次のように表せる。
:<math>
P(H) = P(h_{11}, \cdots, h_{jk}, \cdots, h_{MN})   
</math>
各要素が独立な確率変数に従う場合は、数式では次のように表せる。
:<math>
P(H) = \prod_{1 \le j, k \le N} P(h_{jk})    
</math>
なお、独立でない場合は相関を考慮する必要が出てくる。

行列要素が独立な確率変数に従いまた行列が対称性を有する場合は対称な要素の片方は式に含まないことになる。
:<math>
P(H) = \prod_{1 \le j \le N} P(h_{jj}) \prod_{1 \le j < k \le N} P(h_{jk})    
</math>

===固有値の同時確率密度関数===
:{{lang-en|joint eigenvalue probability density function}}
行列のすべての固有値λに関する[[同時分布]]のこと。単に固有値分布とも言う。固有値が''N''個存在する場合、数式では次のように表せる。
:<math>
P(\lambda_{1}, \cdots, \lambda_{j}, \cdots, \lambda_{N})     
</math>
これは簡単には計算できず、行列要素の同時確率密度関数P(H)から[[ヤコビ行列]] ({{lang-en-short|Jacobian}}) を利用して変換を行ない求められる。


<!--
===ESD===
:{{lang-en|empirical spectral distribution}}
ランダム行列'''M'''<sub>n</sub>の固有値分布の[[累積分布関数]]に相当する。
:<math> \mu_{M_n}(x) = \frac{1}{n} \sum_{j=1}^{n} \delta_{\lambda_j(M_n)} \quad (λ < x)</math>
:ただし、λ(Mn)は固有値で、λ<sub>1</sub>(Xn) ≦ λ<sub>2</sub>(Xn) ≦ ・・・ ≦ λ<sub>n</sub>(Xn)
:δ<sub>λ(Mn)</sub>は[[指示関数]]でランダム行列'''M'''n の固有値が見つかると1を足して数え上げている。

これに対して dμ/dx を計算すると固有値分布が求まる。
-->

==普遍性==
:{{lang-en|Universalities and conjectures}}
(原子核のエネルギー準位に対応する)「固有値」の分布や (エネルギー準位間隔に対応する)「固有値間隔」の分布などの統計的性質は、行列要素の個々の値やそれらが従っている確率法則あるいは確率分布に依存せず、アンサンブルの対称性などで構成される普遍性クラスによって統計的性質などが決定されることを普遍性という。なおまだ検証されていないものについては予想 ({{lang-en-short|Conjecture}}) と言われる。行列のサイズが無限大に近づくなど極限における統計的性質がよく研究されている。

==固有値分布==
:{{lang-en|eigenvalue distribution}}
行列サイズを非常に大きくしていった場合の固有値の同時確率密度関数の極限分布や最大固有値λ<sub>max</sub>・最小固有値λ<sub>min</sub>の極限分布などが主に研究されている。最大最小固有値の分布はランダム行列の固有値の[[極値分布]]といえる。

以下にこの分野で多用される用語を示す<ref>{{Harvnb|Alan Edelman and N. Raj Rao|2005|p=233+34, Sec 9.1}}</ref>。
* bulk - 固有値全体の統計的性質について言及する際に用いられる。例: bulk statistics, bulk distribution, bulk behavior, in the bulk of spectrum
* edge - 最大または最小固有値に関して言及する際に用いられる。例: edge statistics, edge behavior
* soft edge
* hard edge

===Marchenko–Pastur 則===
{{Main|Marchenko–Pastur 則}}
:{{lang-en|Marchenko–Pastur Law, [[w:en:Marchenko–Pastur distribution|Marchenko–Pastur distribution]]}}、Marchenko–Pastur 分布とも言う。
ウィシャート行列の固有値分布スペクトルは Marchenko–Pastur 分布に近づいていくとするもの。

この則は次のウィグナーの半円則を包含している。

{{節stub}}

===ウィグナーの半円則===
[[File:Wigner Semi Circle Law (3000x3000 Gaussian Matrix).JPG|thumb|175px|ウィグナーの半円則。ガウス分布での例 (N=3000) σ<sup>2</sup>=1, ∫ρdλ=2π となるように規格化。半径2の半円に近い分布となっているのがわかる。]]
{{Main|ウィグナーの半円則}}
:{{lang-en|Wigner's Semicircle Law}}
ウィグナー行列 H<sub>n</sub>の固有値分布ρ(λ)は、行列サイズ n を非常に大きく (n→∞) していった場合に[[ウィグナー半円分布]]へと近づいていくとするもの。

:<math> \rho_{sc}(\lambda) = \frac{1}{2\pi \sigma^2} \sqrt{4 \sigma^2 - \lambda^2} \quad </math>
ここで、λは固有値。σ<sup>2</sup> はウィグナー行列の非対角要素の分散 <math>\sigma^2 = E( |h_{j,k}|^2 ) </math> (j≠k)。多くの場合では σ<sup>2</sup>=1 となるように規格化されている。また、行列要素 (確率変数) あるいは固有値を<math>\frac{1}{\sqrt{n}}</math> で規格化することで行列サイズに依存しない分布則となっている。
<!--
:歴史
ウィグナーは
1955-57年に対称ベルヌーイ行列で、<ref>{{Cite journal
  | author = E.P.Wigner
  | title = Characteristic Vectors of Bordered Matrices With Infinite Dimensions
  | journal = The Annals of Mathematics, Second Series
  | volume = 62
  | issue = 3
  | pages = 548-564
  | publisher = Annals of Mathematics
  | location = 
  | date = Nov 1955 
  | url = http://www.jstor.org/stable/1970079
  | jstor = 
  | issn = 
  | doi = 10.2307/1970079
  | accessdate = 2013年2月22日}}
</ref><ref>{{Cite journal
  | author = E.P.Wigner
  | title = Characteristic Vectors of Bordered Matrices With Infinite Dimensions II
  | journal = The Annals of Mathematics, Second Series
  | volume = 65
  | issue = 2
  | pages = 203-207
  | publisher = Annals of Mathematics
  | location = [https://books.google.co.jp/books?id=Sc3PRTALFpkC&pg=PA541&lpg=PA541&source=bl&hl=en&sa=X&redir_esc=y#v=onepage&q&f=false "The Collected Works of Eugene Paul Wigner: Nuclear physics"]
  | date = Mar 1957 
  | url = http://www.jstor.org/stable/1969956
  | jstor = 
  | issn = 
  | doi = 10.2307/1969956
  | accessdate = 2013年2月22日}}
</ref>
また1958年に実対称行列で構成される[[ウィグナー行列]]において、
行列サイズを非常に大きくしていくと (N→∞) その固有値の分布スペクトルは[[ウィグナー半円分布]]へと近づいていくことを示した。<ref>{{Cite journal
  | author = E.P.Wigner
  | title = On the distribution of the roots of certain symmetric matrices
  | journal = The Annals of Mathematics, Second Series
  | volume = 67
  | issue = 2
  | pages = 325–327
  | publisher = Annals of Mathematics
  | location = 
  | date = Mar 1958 
  | url = http://www.jstor.org/stable/1970008
  | jstor = 
  | issn = 
  | doi = 10.2307/1970008
  | accessdate = 2013年2月22日}}
</ref>
-->

===円則===
[[FILE:Circular Law.JPG|thumb|175px|Circular Law<br />固有値の分布は複素平面上の単位円内で等密度になる。]]
{{Main|円則}}
:{{lang-en|[[:en:Circular law|Circular law]]}}
n×n 実正方行列 (または複素正方行列) において各行列要素を独立同一分布で平均ゼロ E(X<sub>j,k</sub>)=0、分散 <math> E(|X_{j,k}|^2) = 1/n </math> のように規格化すると、行列のサイズを非常に大きくしていく (n → ∞) に従い固有値は複素平面上の単位円盤 ({{lang-en-short|unit disc}}) 上で[[一様分布|一様に分布]]するようになるというもの。この円則が当てはまるのはベルヌーイ・アンサンブルやジニブル・アンサンブルなどで、行列要素間に対称条件がありすべての固有値が実数となるウィシャート行列やウィグナー行列などでは複素平面の実軸上にのみ固有値が分布しこの円則は当てはまらない。(代わりにそれぞれMarchenko-Pasture則あるいは半円則がこの則に相当する。)

===Tracy–Widom 分布===
{{Main|Tracy–Widom 分布}}
:{{lang-en|[[w:en:Tracy–Widom distribution|Tracy–Widom distribution]], Tracy-Widom law}}
ランダム・エルミート行列の最大固有値分布はTracy–Widom 分布に従う。

<!-- どのような条件の場合にこの分布則が成り立つのか？ あるいは証明されているのか？-->

==特異値分布==
{{lang-en|singular value distribution}}

===Marchenko–Pastur の四分円則===
:{{lang-en|Marchenko–Pastur quarter-circle Law}}
独立同一分布のランダム行列では、正規化した特異値の分布は行列サイズを非常に大きくしていくとその分布スペクトルが四分円へと近づいていくとするもの。

{{節stub}}

==固有値の間隔分布==
:{{lang-en|density distribution of spacing, gap distribution}}
異なる固有値の間隔に関する分布。
なかでも固有値を大きさ順に並べたときに連続する2つの固有値λの間隔 S = |λ<sub>i+1</sub> - λ<sub>i</sub>| である'''最近接間隔分布''' ({{lang-en-short|nearest neighbor spacing distribution}}) についての研究が有名。以下、固有値の分布にはどのようなものがあるのか、そしてランダム行列がどのように関係するのかについて記述する。

===ポアソン分布===
隣接する固有値が区間[λ+S,λ+S+dS]に見つかる確率P(S)dSが固有値の値λや間隔 S とは相関がなく独立している (つまり定数) と仮定すると、固有値の最近接間隔分布は[[ポアソン過程]]において連続して起こる事象の生起間隔の分布と同じ[[指数分布]]になる<ref group="注釈">この分野ではこれを[[ポアソン分布]]と呼んでいる。</ref><ref group="注釈">これは次のように示される。({{Harvnb|Mandan Lal Mehta|2004|p=11-12}}, {{Harvnb|H-J Stockmann|1999|p=66-67}})<br />
単位間隔に固有値が存在する確率をρとする。固有値λ<sub>i</sub>から間隔 S だけ離れたところ (λ+ S) に次の固有値λ<sub>i+1</sub>があるとする。区間 (λ,λ+S) においては固有値が見つからず、区間[λ+S, λ+S+dS]に固有値が見つかる確率を考える。
固有値間隔の分布関数をP(S)とすれば
:<math>P(S) dS = \lim_{n \to \infty} \left( 1 - \rho \cdot \frac{S}{n} \right)^n \rho \, dS = e^{- \rho S} \rho \, dS\;</math>
あるいは、これを積分で表して方程式を解く。({{Harvnb|Todd Timberlake|2006|p=549}})
:<math>P(S) dS = \left( 1 - \int_{0}^{S} P(x) \, dx \right) \rho \, dS \;</math>
</ref>。
:<math>P(s) \sim e^{-s}</math> 

===ウィグナー予想===
:{{lang-en|Wigner surmise}}、ウィグナー分布、ウィグナー近似と呼ぶこともある。
ウィグナーは1956年、2×2の実対称行列において隣接する固有値が間隔 S で存在する確率は (前項[[#ポアソン分布|ポアソン分布]]にあるように) 間隔 S と独立ではなく間隔 S に比例すると推測しその場合の分布を提示した<ref>{{Harvnb|E.P.Wigner|1957|p=67-68}}</ref><ref>{{Harvnb|Mandan Lal Mehta|2004|p=13-14}}</ref><ref group="注釈">
これもポアソン分布を求めたのと同様の方法で求められる。ただし、隣接する固有値が見つかる確率は間隔 S に比例すると仮定する。これを一般的に間隔Sの関数ρ(S)とすれば、
:<math>P(S) dS = \left( 1 - \int_{0}^{S} P(x) \, dx \right) \rho(S) \, dS  = \rho(S) \, dS \, \int_{S}^{\infty} P(x) \, dx \;</math>
一般解は、
:<math>P(S) = C \, \rho(S) \, \exp \left( - \int \rho(x) \,dx \right) \;</math>
({{Harvnb|Fritz Haake|2004|p=123-124}})
</ref>。
:<math>P(S) dS = \frac{1}{2} \pi \rho^2 e^{-\frac{1}{4} \pi \rho^2 S^2}\, S \, dS \;</math> 
このウィグナー予想はその後の実験結果や理論的なガウス型アンサンブルの間隔分布をNが大きい場合でも比較的よく近似していることが確認されている。

ガウス型アンサンブル (N=2) に対応するウィグナー予想は次のように一般式で書ける。(ただし、βはダイソン指数。)<ref>
{{Cite journal
  | author = T.L. Einstein, O. Pierre-Louis
  | title = Implications of random-matrix theory for terrace-width distributions on vicinal surfaces: improved approximations and exact results
  | journal = Surface Science 
  | volume = 424
  | issue = 1
  | pages = L299-L308
  | publisher = Elsevier Science B.V
  | date = 19 March 1999
  | url = http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0039602899000928
  | jstor =  
  | issn = 
  | doi = 10.1016/S0039-6028(99)00092-8
  | accessdate = 2013年2月15日}}
</ref>
:<math> P_{\beta}(s) = a_{\beta} s^{\beta} \exp{(- b_{\beta} s^2)}</math>
:ただし、<math>
b_{\beta} = \left[ 
                 \frac{  \Gamma(\frac{\beta + 2}{2}) } 
                      {  \Gamma(\frac{\beta + 1}{2}) }
            \right]^2
\quad , \quad
a_{\beta} = \frac{2 {b_{\beta}}^{(\beta +1)/2} }
                 {  \Gamma(\frac{\beta + 1}{2})}
          = \frac{2 \left[ \Gamma(\frac{\beta + 2}{2}) \right]^{\beta + 1}} 
                 {  \left[ \Gamma(\frac{\beta + 1}{2}) \right]^{\beta + 2}} 
</math>

===Gaudin分布===
{{節stub}}

===Brody分布===
{{節stub}}

===Berry-Robnik分布===
{{節stub}}

==応用例==
{{節stub}}

== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}

=== 注釈 ===
{{Reflist|group="注釈"}}

=== 出典 ===
{{Reflist}}

==参考文献==
* {{Cite
  | author = Peter J. Forrester
  | title = Log-Gases and Random Matrices
  | publisher = Princeton University Press
  | edition = 2010
  | date = 2010
  | url = http://press.princeton.edu/titles/9237.html
  | doi = 
  | isbn = 978-0-691-12829-0
  }}
* {{Cite
  | author = Fritz Haake
  | title = Quantum Signatures of Chaos
  | publisher = Springer Verlag
  | edition = second edition 2001 (corrected second printing 2004)
  | date = 2004
  | url = http://www.springer.com/physics/complexity/book/978-3-642-05427-3
  | doi = 
  | isbn = 3-540-67723-2
  }}
* {{Cite
  | author = Mandan Lal Mehta
  | title = Random Matrices
  | publisher = Elsevier ltd.
  | edition = first edition 2004
  | date = 2004
  | url = https://books.google.de/books?id=Kp3Nx03_gMwC&printsec=frontcover&hl=de#v=onepage&q&f=false
  | doi = 
  | isbn = 0-12-088409-7
  }}
* {{Cite
  | author = H-J Stockmann
  | title = Quantum Chaos - an introduction
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  | date = October 1999
  | url = http://www.cambridge.org/9780521592840
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* {{Cite
  | author = Gordon Blower
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  | series = London Mathematical Society - Lecture note series (No.367)
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  | isbn = 978-0-521-13312-8
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*{{Cite 
  | author = E.P.Wigner
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*{{Cite 
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  | date = June 2006
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  | jstor =  
  | issn = 0002-9505
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*{{Cite web
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  | work = University of California, Los Angeles, Mahler Lecture Series
  | publisher = 
  | date = Aug 2009
  | url = http://terrytao.files.wordpress.com/2009/08/random_matrix.pdf
  | format = pdf
  | doi = 
  | accessdate = 2013年2月24日}}
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  | author = Alan Edelman and N. Raj Rao
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  | volume = 14
  | issue = 
  | pages = 233-297
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  | date = May 2005
  | url = http://journals.cambridge.org/action/displayAbstract?fromPage=online&aid=298726
  | jstor =  
  | issn = 
  | doi = 10.1017/S0962492904000236
  | accessdate = 2013年2月27日}}

和書
* 永尾太郎：「ランダム行列の基礎」、東京大学出版会、ISBN 4-13-061306-5 (2005年2月22日)。
* 特集「ランダム行列の広がり」、数理科学、2007年2月号、サイエンス社。
* 渡辺澄夫、永尾太郎、樺島祥介、田中利幸、中島伸一：「ランダム行列の数理と科学」、森北出版、ISBN 978-4-627-01781-8（2014年4月17日）。
* 特集「ランダム行列」、数学セミナー、2019年2月号、日本評論社。
* 木村太郎：「ランダム行列の数理」、森北出版、ISBN 978-4-627-06301-3 (2021年5月)。

== 関連項目 ==
*Berry–Tabor予想 - (1977年)数学を使用した理論的手法により可積分量子系において半古典量子系のエネルギー準位の間隔分布は指数分布になることが予想されている。
*[[モンゴメリー・オドリズコ予想]] - [[リーマンゼータ関数]]の自明でない零点の間隔分布は、ランダム行列('''GUE''')の固有値間隔の分布と統計的に同一であるとするもの。
*[[ダイソンのブラウン運動]] ({{lang-en|Dyson's Brownian motion}})
*[[自由確率論]]

{{DEFAULTSORT:らんたむ きようれつ}}
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{{Physics-stub}}
[[Category:ランダム行列|*]]
[[Category:確率論]]
[[Category:統計的ランダムネス]]
[[Category:行列]]
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[[Category:数学に関する記事]]