リミットサイクルのソースを表示

[[File:VanDerPolPhaseSpace.png|thumb|300px|[[ファン・デル・ポール振動子]]で現れる安定なリミットサイクル。内側の軌道も外側の軌道も、ある閉軌道に漸近している。]]

'''リミットサイクル'''（{{lang-en-short|limit cycle}}, {{lang-fr-short|cycle limite}}）とは、[[力学系]]における[[相空間]]上での[[閉軌道]]であり、時間 {{Mvar|t}} を[[無限|無限大]]、またはマイナス無限大にしたとき、その閉軌道に収束する軌道が少なくとも1つ存在するものである。'''極限閉軌道'''や'''極限周期軌道'''とも呼ばれる。1881年、力学系の始祖でもある[[アンリ・ポアンカレ]]によって初めて見いだされた<ref>P. Yu & W. Lin (2016) Complex dynamics in biological systems arising from multiple limit cycle bifurcation, Journal of Biological Dynamics, 10:1, 263-285, {{doi|10.1080/17513758.2016.1166270}}</ref>。

リミットサイクルは[[非線形系]]でのみ現れる。リミットサイクルと充分に近い軌道が、全てリミットサイクルに収束するとき、'''漸近安定'''である、または単に'''安定'''であるという。

安定なリミットサイクルでは、相空間上の様々な初期値から出発した軌道は閉軌道に収束する。閉軌道に小さな[[摂動]]が加わっても元の閉軌道に戻る。物理的には、リミットサイクルは[[自励振動]]の[[数理モデル]]となる。リミットサイクルを持つ例として、[[ファン・デル・ポール振動子]]がある。代数的微分方程式におけるリミットサイクル軌道の数を求める問題は、[[ヒルベルトの23の問題|ヒルベルトの第16問題]]の第2の問題として知られる<ref>[https://mathcs.clarku.edu/~djoyce/hilbert/problems.html Mathematical Problems - Lecture delivered before the International Congress of Mathematicians at Paris in 1900 - By Professor David Hilbert]（16. Problem of the topology of algebraic curves and surfaces 参照）</ref>。2次元相空間の場合は、[[ポアンカレ・ベンディクソンの定理]]などによってリミットサイクルの存在（または非存在）を予見できる。

== 定義 ==
系の時間を {{math|''t'' &isin; '''R'''}}、状態変数を {{math|1= ''X'' = (''x''<sub>1</sub>, ''x''<sub>2</sub>, ... , ''x<sub>n</sub>'')  &isin; '''R'''''<sup>n</sup>''}} とする。{{mvar|n}} 次元連続力学系のある解 {{math|''X''(''t'')}} が[[平衡解]]ではなく、なおかつ {{math|1= ''X''(''t'') = ''X''(''t'' + ''T'')}} を満たすような {{math|''T'' > 0}} が存在するとき、{{math|''X''(''t'')}} は'''周期解'''と呼ばれる{{Sfn|郡・森田|2011|p=47}}。特に {{math|1= ''X''(''t'') = ''X''(''t'' + ''T'')}} を満たす最小の {{mvar|T}} は'''周期'''と呼ばれる{{Sfn|郡・森田|2011|p=47}}。 時間 {{Mvar|t}} が {{Math|&infin;}} から {{Math|&minus;&infin;}} まで変わるときに解 {{math|''X''(''t'')}} が取る[[像 (数学)|像]]の集まりを[[軌道 (力学系)|軌道]]と呼ぶ{{Sfn|川上|2005|p=65}}。軌道は、系の[[相空間]] {{math|''x''<sub>1</sub>, ''x''<sub>2</sub>, ... , ''x<sub>n</sub>''}} 上に描かれる一つの曲線に対応する{{Sfn|Strogatz|2015|p=8}}。周期解が描く軌道は、'''閉軌道'''や'''周期軌道'''と呼ばれる{{Sfn|川上|2005|p=65}}。閉軌道を {{mvar|C}} で表すとする。相空間 {{math|''x''<sub>1</sub>, ''x''<sub>2</sub>, ... , ''x<sub>n</sub>''}} 上で {{mvar|C}} は[[単純閉曲線]]となる{{Sfn|アリグッドほか|2012|p=149}}。

'''リミットサイクル'''は次のように定義される。ある初期値 {{math|''X''<sub>0</sub> {{=}} ''X''(0)}} が与えられt解を {{math|''&#x3D5;'' (''t'', ''X''<sub>0</sub>)}} と表すとする。相空間上にある閉軌道 {{mvar|C}} が存在するとする。{{mvar|C}} のある[[近傍 (位相空間論)|近傍]] {{Mvar|U}} が存在し、{{Mvar|U}} 上の任意の点を初期値とする {{math|''&#x3D5;'' (''t'', ''X''<sub>0</sub>)}} が {{math|''t'' → &infin;}} または {{math|''t'' → &minus;&infin;}} で {{mvar|C}} に漸近するとき、{{mvar|C}} はリミットサイクルと呼ばれる{{Sfn|Strogatz|2015|p=214 訳注より}}。言い換えると、{{math|''d''(''&#x3D5;''(''t'', ''X''<sub>0</sub>), ''C'')}} を点 {{math|''&#x3D5;'' (''t'', ''X''<sub>0</sub>)}} と[[集合]] {{mvar|C}} の内の {{math|''&#x3D5;'' (''t'', ''X''<sub>0</sub>)}} に最も近い点のあいだの[[距離函数|距離]]として定義するとき、
:<math>\lim_{t \to \infty} d(\phi(t, X_0),C)=0</math>
または
:<math>\lim_{t \to -\infty} d(\phi(t, X_0),C)=0</math>
となる {{mvar|C}} と {{math|''X''<sub>0</sub> &notin; ''C''}} が存在するとき、{{mvar|C}} はリミットサイクルと呼ばれる{{Sfn|Hirsch et al.|2007|pp=229&ndash;232}}。

リミットサイクル型の振動を示す系を'''リミットサイクル振動子'''などとも呼ぶ{{Sfn|郡・森田|2011|p=17}}。「リミット」は[[極限集合]]を意味し{{Sfn|郡・森田|2011|p=17}}、リミットサイクルは'''極限閉軌道'''<ref>{{Cite book ja-jp |title=カオスはこうして発見された |editor=ラルフ・エイブラハム、ヨシスケ・ウエダ |translator =稲垣耕作・赤松則男 |publisher=共立出版 |year=2002 |edition=初版 |isbn= 4-320-03418-X | page = 31}}</ref>、'''極限周期軌道'''{{Sfn|船越|2008|p=84}}、'''極限サイクル'''{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=232}}などとも呼ばれる。極限集合とは軌道が収束する先を意味し、とくに収束先が1点である場合だけでなく閉軌道のような例も含めて定義したものである{{Sfn|郡・森田|2011|p=53}}。

[[極限集合]]には {{math|''t'' → &infin;}} 方向の {{mvar|&omega;}} 極限集合と {{math|''t'' → &minus;&infin;}} 方向の {{mvar|&alpha;}} 極限集合の2つがある。極限集合を用いてリミットサイクルを定義すると次のようになる。ある初期値 {{math|''X''<sub>0</sub>}} の軌道は閉軌道ではないとする。しかし、その初期値 {{math|''X''<sub>0</sub>}} の {{mvar|&omega;}} 極限集合 {{math|''&omega;''(''X''<sub>0</sub>)}} または {{mvar|&alpha;}} 極限集合 {{math|''&alpha;''(''X''<sub>0</sub>)}} が閉軌道だとする。このとき、{{math|''&omega;''(''X''<sub>0</sub>)}} または {{math|''&alpha;''(''X''<sub>0</sub>)}} はリミットサイクルと呼ばれる{{Sfn|郡・森田|2011|p=53}}。

2次元連続力学系では、相平面上でリミットサイクルは必ず孤立した閉軌道となる。すなわち、リミットサイクルとなる閉軌道 {{mvar|C}} の近傍には他の閉軌道は存在し得ない。近傍内の全ての軌道は、{{mvar|C}} に吸引されるように近づくか、{{mvar|C}} から反発するように遠ざかるかの2通りしかない{{Sfn|Strogatz|2015|p=214}}。相空間上の「孤立した閉軌道」をリミットサイクルの定義とする流儀もある{{Sfn|上田|2008|p=40}}{{Sfn|川上|2005|p=65}}{{Sfn|Strogatz|2015|p=214}}。

周りの軌道を吸引するリミットサイクルは'''漸近安定'''あるいは単に'''安定'''であるという。安定なリミットサイクルは[[アトラクタ]]の1種である{{Sfn|郡・森田|2011|pp=17, 121}}。[[リアプノフ指数]]で特徴付けすると、閉軌道[[接線|接線方向]]のリアプノフ指数は {{math|0}} で、その他の方向のリアプノフ指数は負であるのが安定なリミットサイクルである<ref>{{Cite book |和書 |author=高安 秀樹・本田 勝也・佐野 雅己・田崎 睛明・村山 和郎・伊藤 敬祐 |title=フラクタル科学 |publisher=朝倉書店 |year=2001 |edition=初版 |isbn=4-254-10063-9 |pages=85-86}}</ref>。安定なリミットサイクルのことを'''周期アトラクタ'''ともいう<ref>{{Cite book ja-jp |author = 井庭 崇・福原 義久 |year= 1998年 |title = 複雑系入門―知のフロンティアへの冒険 |publisher = NTT出版 |edition=初版 |isbn = 4-87188-560-7}} p. 69.</ref>。

周りの軌道を反発するリミットサイクルは軌道不安定あるいは単に'''不安定'''であるという{{Sfn|郡・森田|2011|pp=17, 121}}。相平面のリミットサイクルで、内側の軌道が吸引されて外側の軌道が反発するような場合、あるいは内側の軌道が反発して外側の軌道が吸引されるような場合、これらの場合のリミットサイクルは'''半安定'''であるという{{Sfn|Strogatz|2015|p=214}}<ref>{{Cite book ja-jp |author= 下郷 太郎・田島 清灝 |title=振動学 |publisher=コロナ社 |edition=初版 |year=2002 |isbn=4-339-04045-2 |series=機械系 大学講義シリーズ11}} p. 148.</ref>。

==存在条件==
[[実数直線]] {{Math|'''R'''}} 上の1次元[[自励系|自律系]]の微分方程式系では、周期解は存在し得ない{{Sfn|Strogatz|2015|pp=32&ndash;33}}。2次元自律系あるいは1次元非自律系以上から周期解が現れるようになる{{Sfn|Hirsch et al.|2007|pp=10&ndash;11}}。また、リミットサイクルは[[非線形]]の系のみで起こる現象である。[[線形力学系|線形の系]]ではリミットサイクルは起こらない{{Sfn|Strogatz|2015|p=215}}{{Sfn|郡・森田|2011|pp=17&ndash;18}}。

[[フロー (数学)|流れ]]に沿って相空間の体積が変化しない系を[[保存系]]と呼び、体積が零に漸近する系を[[散逸系]]と呼ぶ{{Sfn|電子情報通信学会知識ベース|2010|p=3}}。散逸系の場合にリミットサイクルが存在する{{Sfn|郡・森田|2011|p=16}}。周期軌道が散逸系で存在する場合、それらの周期軌道の大抵はリミットサイクルであると推定される{{Sfn|川上|2005|p=65}}。系が[[勾配系]]である場合も、リミットサイクルは存在しない{{Sfn|桑村|2015|p=63}}。

以下、変数の[[時間微分]] {{Math|{{Sfrac|d|d''t''}}}} を変数の上部に &middot; を付けて表す（[[ニュートンの記法]]）。もし、系を2次元自律系
:<math>\begin{align}
\dot{x} &= f(x,\ y),\\
\dot{y} &= g(x,\ y) 
\end{align}</math>
に限定すれば、閉軌道およびリミットサイクルの有無が判別できる定理がいくつかある。[[ポアンカレ・ベンディクソンの定理]]により、平衡点を含まない[[有界]]な軌道の極限集合は閉軌道である{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=229}}。すなわち、このような軌道は閉軌道そのものか、存在するリミットサイクルに吸引される軌道であるかのどちらかである{{Sfn|川上|2005|p=160}}。さらに、[[ベンディクソンの条件]]によれば、[[単連結]]な領域 {{Mvar|&Omega;}} 上で
:<math>\operatorname{div} (f(x,\ y),\ g(x,\ y)) = \frac{\partial f(x,\ y)}{\partial x}+\frac{\partial g(x,\ y)}{\partial y}</math>
の値が零ではなく、かつ[[符号 (数学)|符号]]が一定であれば、{{Mvar|&Omega;}} に完全に含まれる閉軌道は存在しない{{Sfn|ウィギンス|2013|p=27}}。また、系がリエナール方程式に相当するのであれば、[[リエナールの定理]]により原点を囲む漸近安定なリミットサイクルが存在する{{Sfn|Strogatz|2015|p=230}}。

力学系のパラメータ（[[定数係数]]）が変化することによって、解に定性的な変化が起こることを[[分岐 (力学系)|分岐]]という{{Sfn|電子情報通信学会知識ベース|2010|p=12}}。リミットサイクルも分岐を経て発生する。2次元系でリミットサイクルが発生する典型的な分岐は、[[ホップ分岐]]と呼ばれる分岐である{{Sfn|Strogatz|2015|pp=285}}。ホップ分岐では、パラメータ変化によって安定な平衡点が不安定に遷移し、その周囲に安定なリミットサイクルが起こる。あるいは、安定な平衡点と不安定なリミットサイクルが不安定な平衡点に遷移する場合もある{{Sfn|ウィギンス|2013|pp=276&ndash;277}}。ホップ分岐は局所分岐の1種である。リミットサイクルが関わる大域分岐としては、[[ホモクリニック分岐]]やリミットサイクル同士が衝突する[[サドルノード分岐]]などがある{{Sfn|Strogatz|2015|pp=285&ndash;289}}。

[[File:Limit cycle Poincare map.svg|thumb|200px|2次元系のリミットサイクルにポアンカレ写像を適用した図。局所断面上の状態点が不動点へ漸近していく様子を示す。]]
周期軌道の安定性は、[[ポアンカレ写像]]の構成や周期軌道周りの[[線形化方程式]]（変分方程式）の構成から判別できる。適当な {{Math|''n'' &minus; 1}} 次元の局所断面を取り、ポアンカレ写像を設定することで連続力学系の周期解を離散力学系の写像に置き換えることができる。写像が漸近安定な不動点を持つ場合は元の周期軌道が漸近安定である{{Sfn|ウィギンス|2013|pp=64&ndash;69}}。ポアンカレ写像は、リミットサイクルを見出したポアンカレ自身がリミットサイクルを考察するために生み出した手法である{{Sfn|電子情報通信学会知識ベース|2010|p=4}}。あるいは、周期軌道からの微小なズレを想定して周期軌道に対する線形化方程式を構成することによって、[[フロケ理論]]を適用することができる。線形化方程式のフロケ乗数あるいはフロケ指数から周期軌道の安定性が決定できる{{Sfn|桑村|2015|pp=53&ndash;56}}{{Sfn|郡・森田|2011|pp=116&ndash;122}}。ただし、ポアンカレ写像による方法も線形化方程式による方法も、任意の微分方程式系に適用できる解析的な一般的手法は存在しない。ポアンカレ写像であれば対象の系ごとに個別に工夫して構成する必要があり、フロケ乗数による判定であれば数値計算による手法がある{{Sfn|ウィギンス|2013|p=65}}{{Sfn|桑村|2015|p=58}}。

== 具体例 ==
=== 2次元系 ===
[[File:Vector field and trajectories of a simple limit cycle.svg|thumb|300px|微分方程式系 <math>\dot{x} = x - y - x(x^2 + y^2)</math>, <math>\dot{y} = x + y - y(x^2 + y^2)</math> の[[方向場]]。原点を除く全ての軌道は回転しながら[[単位円]]の閉軌道に漸近する。]]
リミットサイクルが現れる簡単な微分方程式系の例として、
:<math>\begin{align}
\dot{x} &= x - y - x(x^2 + y^2),\\
\dot{y} &= x + y - y(x^2 + y^2)
\end{align}</math>
という2次元系がある{{Sfn|Strogatz|2015|p=261}}<ref name="ブラウン">{{Cite book ja-jp |author=M. ブラウン |title=微分方程式 下―その数学と応用 |translator = 一樂重雄・河原正治・河原雅子・一樂祥子 |editor=シュプリンガー・ジャパン |publisher=丸善出版 |year=2012 |isbn=978-4-621-06234-0}} pp. 211&ndash;212.</ref>。この系を[[極座標]]で表せば、
:<math>\begin{align}
\dot{r} &= r (1 - r^2),\\
\dot{\theta} &= 1
\end{align}</math>
となり、動径 {{mvar|r}} と偏角 {{mvar|&theta;}} の振る舞いが互いに無関係に決まる単純な形となる{{Sfn|Strogatz|2015|p=216}}。{{Math|''&theta;''(''t'')}} の一般解は一定振動数で回転し続ける関数となる。{{Math|''r''(''t'')}} の一般解は
:<math>r(t)=\frac{r_0}{\sqrt{r_0^2+(1-r_0^2)e^{-2t}}}</math>
という関数となる。ここで、{{Math|''r''<sub>0</sub>}} は {{Math|1=''t'' = 0}} における {{Mvar|r}} の値である。よって、{{Math|''r''<sub>0</sub> &ne; 0}} であれば、{{Math|''r''(''t'')}} は {{Math|''t'' &rarr; &infin;}} で {{Math|''r'' &rarr; 1}} であり、系の原点を除く全ての軌道は回転しながら[[単位円]]に近づいていくこととなる<ref name="ブラウン"/>。この結果は、明示的な一般解を必要としない簡易な安定判別によっても得られる。よって、原点を中心とする単位円がこの系の安定なリミットサイクルである{{Sfn|Strogatz|2015|pp=216&ndash;217}}。

上記の微分方程式系にパラメータ {{Mvar|a}} を与えた
:<math>\begin{align}
\dot{r} &= r (a - r^2),\\
\dot{\theta} &= 1
\end{align}</math>
では、{{Math|''a'' > 0}} であれば、半径 {{Math|{{sqrt|''a''}}}} の円が上記と同様に安定なリミットサイクルである{{Sfn|桑村|2015|pp=51&ndash;52}}。しかし {{Math|''a'' < 0}} のときは、全ての軌道は原点に収束する{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=187}}。{{Math|1=''a'' = 0}} のときも、代数的なオーダーの速さだが全ての軌道は原点に収束する{{Sfn|桑村|2015|pp=105&ndash;106}}。{{Math|''a'' > 0}} になったときに、原点は不安定となり、原点周囲に安定なリミットサイクルが発生する。よって、この系では {{Math|1=''a'' = 0}} で[[ホップ分岐]]が起きている{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=187}}{{Sfn|桑村|2015|pp=105&ndash;106}}。

[[File:Van der pols equation phase portrait.svg|thumb|300px|[[ファン・デル・ポール方程式]]における、それぞれのリミットサイクルに漸近する軌道の様子。]]
上記は解析解を得ることができる例だが、ほとんどの非線形微分方程式系は解析的に解くことはできない{{Sfn|Hirsch et al.|2007|p=144}}。非線形振動現象の代表的な例であり、なおかつ実際の現象に由来する二階非線形微分方程式として、[[バルタザール・ファン・デル・ポール]]が[[三極真空管]]の[[発振回路]]で起こる[[自励振動]]を解明するために導いた[[ファン・デル・ポール方程式]]がある{{Sfn|上田|2008|p=22}}。2次元微分方程式系の形では、ファン・デル・ポール方程式は
:<math>\begin{align}
\dot{x} &= y,\\
\dot{y} &= \mu (1-x^2)y - x
\end{align}</math>
として表される{{Sfn|上田|2008|p=42}}。ここで {{Math|''&mu;'' > 0}} がパラメータである。

上記の例と異なり、このファン・デル・ポール方程式の解は[[初等関数]]で表すことができない{{Sfn|上田|2008|p=42}}。しかし上記の例と同様に、原点周りにリミットサイクルが存在し、初期値が原点を取る場合を除いて全ての軌道がリミットサイクルに収束する。この証明は[[ポアンカレ写像]]を構成する手法で行うことができる{{Sfn|アリグッドほか|2012|pp=132&ndash;137}}{{Sfn|Hirsch et al.|2007|pp=268&ndash;276}}。あるいは、ファン・デル・ポール方程式は[[リエナール方程式]]の1種であることから、[[リエナールの定理]]よりファン・デル・ポール方程式系の相平面上には唯一の安定なリミットサイクルが存在することがわかる{{Sfn|Strogatz|2015|p=231}}。

ファン・デル・ポール方程式のリミットサイクルは {{Mvar|&mu;}} の値によってその形状が変化する。{{Mvar|&mu;}} が小さいほど、リミットサイクルは円軌道に近づく。{{Mvar|&mu;}} が大きいほど形状は円から離れていき、{{Mvar|&mu;}} が大きいほど[[象限|第1象限]]と第3象限で背が高くなる。このとき、[[時系列]]では[[弛張振動]]の様相を示し、緩やかな変化と急な変化の組み合わせから成る振動現象が起きている{{Sfn|上田|2008|pp=42&ndash;43}}。

=== 3次元系 ===
{{multiple image
 | align     = right
 | direction = vertical
 | footer    = [[レスラー方程式]]のリミットサイクル。{{Math|1=''a'' = ''b'' = 0.1}} で固定して、{{Mvar|c}} を変えたとき。
 | width     = 260
 | image1    = Period-1 limit cycle on Rossler system.png 
 | caption1  = 1周期 {{Math|1=(''a'' = 0.1, ''b'' = 0.1, ''c'' = 4)}}
 | image2    = Period-2 limit cycle on Rossler system.png 
 | caption2  = 2周期 {{Math|1=(''a'' = 0.1, ''b'' = 0.1, ''c'' = 6)}}
 | image3    = Period-4 limit cycle on Rossler system.png 
 | caption3  = 4周期 {{Math|1=(''a'' = 0.1, ''b'' = 0.1, ''c'' = 8.5)}}
}}
3次元系においてリミットサイクルが現れる微分方程式系としては、[[レスラー方程式]]や[[ローレンツ方程式]]などがある。[[オットー・レスラー]]が提案したレスラー方程式は
:<math>\begin{align}
\dot{x} &= -y-z,\\
\dot{y} &= x+ay,\\
\dot{z} &= b+xz-cz 
\end{align}</math>
で表される微分方程式系で、{{Math|''a'', ''b'', ''c''}} がパラメータである。非線形項は第3式の {{Mvar|xz}} のみであるにも拘らず、レスラー方程式の解は様々な振る舞いを見せる<ref>{{cite book ja-jp |title=カオス時系列解析の基礎と応用 |editor=合原 一幸 |author=池口 徹・山田 泰司・小室 元政 |publisher=産業図書 |year=2000 |edition=初版 |isbn= 978-4-7828-1010-1}} p. 46.</ref>。

例えば、{{Math|1=''a'' = 0.1, ''b'' = 0.1, ''c'' = 4}} というパラメータ値の組み合わせで、レスラー方程式の相空間には安定なリミットサイクルが現れる。ここから、{{Mvar|a}} と {{Mvar|b}} の値は {{Math|0.1}} のままとして {{Mvar|c}} の値を増やしていくと、ある {{Mvar|c}} の値で1重巻きの閉曲線であったリミットサイクルは2重巻きの閉曲線に移り変わる。すなわち、2周して元の状態に戻るような閉曲線になる。パラメータ {{Mvar|c}} の変化によって周期 {{Mvar|T}} の長さがおおよそ倍になる分岐が起きており、このような分岐を[[周期倍分岐]]と呼ぶ{{Sfn|アリグッドほか|2012|pp=192&ndash;193}}。リミットサイクルが2重巻きになるには、閉軌道が交差せずに2周できる空間の余地が必要となる。よって、このようなリミットサイクルの周期倍分岐は3次元以上の系でのみ起こる現象である{{Sfn|Strogatz|2015|p=412}}。

周期倍分岐を経て、例えば {{Math|1=''a'' = 0.1, ''b'' = 0.1, ''c'' = 6}} のとき、レスラー方程式のリミットサイクルは2重巻き（2周期）の状態にある。さらに {{Mvar|c}} の値を増やしていくと2重巻きのリミットサイクルは4重巻きのリミットサイクルになり、周期はさらに倍になる。以下同様に、{{Mvar|c}} の値の増加に伴って周期倍分岐が起き続け、ある {{Mvar|c}} の値で周期は無限となり、リミットサイクルから[[カオス (力学系)|カオス]]へ変わる{{Sfn|アリグッドほか|2012|pp=192&ndash;193}}。これは系のアトラクタがカオス（[[ストレンジアトラクタ]]）へと分岐するルートの一つで、周期倍分岐ルートと呼ばれる{{Sfn|合原（編）|1990|p=98}}。この例では、 {{Math|1=''a'' = 0.1, ''b'' = 0.1, ''c'' = 9}} のアトラクタはカオスである{{Sfn|アリグッドほか|2012|pp=192&ndash;193}}。

レスラー方程式は、[[エドワード・ローレンツ]]が提案したローレンツ方程式に触発され、導入されたものであった{{Sfn|合原（編）|1990|p=72}}。ローレンツ方程式でもまた同様に、リミットサイクルの存在と周期倍分岐ルートが確認される{{Sfn|船越|2008|pp=151&ndash;155}}。また、[[チュア回路]]では、2つのリミットサイクルが同時に存在する様とそれぞれの周期倍分岐が見られる{{Sfn|アリグッドほか|2012|pp=195&ndash;197}}。

== 実存の現象 ==
実存する現象に対して、リミットサイクルは[[自励振動|自励振動現象]]の数理モデルとなり得る{{Sfn|Strogatz|2015|p=215}}。自励振動とは、流入する[[エネルギー]]は非振動的であるにも拘らず、系自身の特性から自ずと発生する振動現象である<ref>{{Cite book ja-jp |editor=日本機械学会 |title=機械工学辞典 |publisher=丸善 |year=2007 |edition=第2版 |isbn=978-4-88898-083-8}} p. 607</ref>。リミットサイクル振動子には、外力による[[強制振動]]の周期に依存せずに系自身でリズムを生み出す自律性がある。また、リミットサイクル振動子に外乱が加わった場合、一時的に振幅が変化するかもしれないが、外乱が無くなれば元の振幅に戻ることができる。このようなリミットサイクルの安定性は、工学的にも生物的にも重要である<ref>{{Cite journal ja-jp |author = 秦 浩起 |year = 2012 |title  = リミットサイクル，カオスと同期現象入門 |url =http://www.jspf.or.jp/Journal/PDF_JSPF/jspf2012_07/jspf2012_07-jp.pdf |journal = プラズマ・核融合学会誌 |volume = 88 |issue =7 |publisher = プラズマ・核融合学会 |page = 359}}</ref>。

[[File:Wittner metronome.jpg|thumb|190px|初期状態に依存せずに安定なリズムを作る[[メトロノーム]]]]
一定のリズムを鳴らす機械式の[[メトロノーム]]は安定なリズムの好例である。最初に針を小さく振って動かしたとしても、針を大きく振って動かしたとしても、メトロノームは一定の振動に落ち着く。メトロノームの減衰力と駆動力がバランスすることによって安定な振動を生み出しており、簡単なモデル化によってもメトロノームにおけるリミットサイクルの存在が確認できる{{Sfn|郡・森田|2011|pp=10&ndash;11, 18&ndash;20}}。また例えば心臓の[[心拍|拍動]]などのように、生物のリズム現象の多くは（生物分野では[[恒常性]]と呼ばれる）安定性を持っている。このような安定なリズムを記述するのにリミットサイクルを持つモデルが有効である{{Sfn|郡・森田|2011|pp=9&ndash;10, 17}}。

== 出典 ==
{{Reflist|2}}

== 参照文献 ==
*{{Cite book ja-jp 
|author = Steven H. Strogatz
|translator = 田中 久陽・中尾 裕也・千葉 逸人
|title = ストロガッツ　非線形ダイナミクスとカオス ―数学的基礎から物理・生物・化学・工学への応用まで―
|url = https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b294857.html
|publisher = 丸善出版
|year = 2015
|isbn = 978-4-621-08580-6
|ref={{SfnRef|Strogatz|2015}}
}}
*{{Cite book ja-jp 
|author = 郡 宏・森田 善久
|title = 生物リズムと力学系
|url = https://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320110007
|series = シリーズ・現象を解明する数学
|publisher = 共立出版
|year = 2011
|edition = 初版
|isbn = 978-4-320-11000-7
|ref={{SfnRef|郡・森田|2011}}
}}
*{{Cite book ja-jp 
|author=桑村 雅隆
|title=パターン形成と分岐理論 ―自発的パターン発生の力学系入門―
|url = https://www.kyoritsu-pub.co.jp/book/b10004347.html
|series=シリーズ・現象を解明する数学
|publisher=共立出版
|year=2015
|edition=初版
|isbn=978-4-320-11004-5
|ref={{SfnRef|桑村|2015}}
}}
*{{Cite book ja-jp 
|author= 船越 満明
|title= カオス
|url = https://www.asakura.co.jp/detail.php?book_code=11613
|series=シリーズ 非線形科学入門3
|publisher= 朝倉書店
|year=2008
|edition= 初版 
|isbn=978-4-254-11613-7
|ref= {{SfnRef|船越|2008}}
}}
*{{Cite book ja-jp 
|author= Morris W. Hirsch; Stephen Smale; Robert L. Devaney
|translator= 桐木 紳・三波 篤朗・谷川 清隆・辻井 正人
|title= 力学系入門　原著第2版 ―微分方程式からカオスまで―
|publisher=共立出版
|edition=初版
|year=2007
|isbn=978-4-320-01847-1
|ref={{SfnRef|Hirsch et al.|2007}}
}}
*{{Cite book ja-jp 
|author=上田 睆亮
|title=カオス現象論
|url = https://www.coronasha.co.jp/np/isbn/9784339026115/
|series=現代非線形科学シリーズ12
|publisher=コロナ社
|year=2008
|edition=初版
|isbn= 978-4-339-02611-5
|ref= {{SfnRef|上田|2008}}
}}
*{{Cite book ja-jp 
|author = K.T.アリグッド・T.D.サウアー・J.A.ヨーク 
|translator = 星野 高志・阿部 巨仁・黒田 拓・松本 和宏 
|others = 津田 一郎（監訳）
|title = カオス　第2巻　力学系入門 
|url = https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b294298.html
|publisher = 丸善出版 
|year = 2012b
|isbn = 978-4-621-06279-1
|ref={{SfnRef|アリグッドほか|2012}}
}}
*{{Cite book ja-jp 
|author = S. ウィギンス
|translator = 今井 桂子・田中 茂・水谷 正大・森 真
|others = 丹羽 敏雄（監訳）
|title = 非線形の力学系とカオス
|url = https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b294656.html
|edition = 新装版
|publisher = 丸善出版 
|year= 2013
|isbn = 978-4-621-06435-1
|ref={{SfnRef|ウィギンス|2013}}
}}
*{{Cite book ja-jp 
|title= カオス ―カオス理論の基礎と応用―
|url = https://www.saiensu.co.jp/search/?isbn=978-4-7819-0592-1&y=1990
|editor=合原 一幸 
|author=香田 徹・小室 元政・松本 隆・CHUA, Leon O.・徳永 隆治・相沢 洋二・大石 真一・八幡 英雄
|publisher=サイエンス社 
|year=1990 
|edition=初版 
|isbn= 4-7819-0592-7
|ref={{SfnRef|合原（編）|1990}}
}}
*{{Cite web|和書
|author=川上 博
|year=2005 
|url= http://cms.db.tokushima-u.ac.jp/DAV/lecture/125260/LectureNote/2006/NonlinearPhenomena.pdf 
|title= 非線形現象入門 
|accessdate=2018-06-14 
|website= 徳島大学 教育・研究者情報データベース 
|ref={{SfnRef|川上|2005}}
}}
*{{Cite web 
|date=2010-09-16
|url=http://www.ieice-hbkb.org/files/01/01gun_11hen_01.pdf 
|title=1群11編 非線形問題 1章 非線形力学系
|accessdate=2018-06-16 
|work=電子情報通信学会知識ベース 
|pages=1&ndash;13
|ref={{SfnRef|電子情報通信学会知識ベース|2010}}
}}

== 外部リンク ==
{{Commonscat}}
*{{天文学辞典|urlname=limit-cycle}}
*[https://encyclopediaofmath.org/wiki/Limit_cycle Limit cycle] - Encyclopedia of Mathematics
* {{JGLOBAL ID|200906045752626197}}
*{{YouTube|0KV0Odhcl9g|Chaos4 Japanese（カオス4 ブランコ）}}　力学系、バタフライ効果、カオス理論に関する一般向けビデオ「CHAOS」、第4章、日本語訳：坪井俊

{{Good article}}
{{DEFAULTSORT:りみつとさいくる}}
[[Category:力学系]]
[[Category:極限集合]]
[[Category:閉曲線]]
[[Category:数学に関する記事]]
[[Category:非線形システム]]