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'''三原子水素'''(Triatomic hydrogen, H<sub>3</sub>)は、[[水素]]のみからなる不安定な[[三原子分子]]である。[[水素原子]]のみを含む為、最も単純な三原子分子であり、粒子の[[量子力学]]的記述を数値的に解くことは比較的容易である。不安定なため、分子は100万分の1秒未満で崩壊する。その短寿命のため稀であるが、[[宇宙]]に[[プロトン化水素分子]](H<sub>3</sub><sup>+</sup>)が普遍的にあるため、非常に一般的に形成、破壊が行われている。振動と回転によるH<sub>3</sub>の[[赤外線スペクトル]]は、H<sub>3</sub><sup>+</sup>と非常に近い。初期宇宙では、この[[赤外線]]を放出する性質のため、初期水素及び[[ヘリウム]]ガスが急速に冷却されて恒星を形成した。 ==形成== 中性分子は、低圧[[ガス封入管]]内で生成される。 H<sub>3</sub>の中性ビームは、気体状[[カリウム]]中を通過するH<sub>3</sub><sup>+</sup>がカリウムから電子を与えられることにより形成される。[[電子供与体]]として、[[セシウム]]等の他の気体状[[アルカリ金属]]も用いることができる。H<sub>3</sub><sup>+</sup>は、低圧水素分子中で[[放電]]することにより、{{仮リンク|デュオプラズマトロン|en|Duoplasmatron}}中で生成する。これにより、一部のH<sub>2</sub>がH<sub>2</sub><sup>+</sup>となり、H<sub>2</sub> + H<sub>2</sub><sup>+</sup>→H<sub>3</sub><sup>+</sup> + Hという反応が起こる。この反応は1.7 eVの[[発熱反応]]であり、そのため生成したイオンは大きな[[振動エネルギー]]を持つ。圧力が十分に大きいと、他の気体と衝突して、冷える。強く振動するイオンは、[[フランク=コンドンの原理]]に従って中和されると、強く振動する中性分子を生成する。 ==崩壊== H<sub>3</sub>は、以下のように崩壊する。 :<math> \mathrm{H_3 \quad\longrightarrow\quad H_3^+ \ +\ e^-} </math> <ref name=couple>Helm H. et al.:[https://books.google.com/books?id=njAjmdxOH9oC&pg=PA275|Coupling of Bound States to Continuum States in Neutral Triatomic Hydrogen. in: ''Dissociative Recombination''], ed. S. Guberman, Kluwer Academic, Plenum Publishers, USA, 275-288 (2003) {{ISBN2|0-306-47765-3}}</ref> :<math>\mathrm{H_3^* \quad \longrightarrow \quad H \ + \ H_2}</math> :<math>\mathrm{H_3^* \quad \longrightarrow \quad 3\ H}</math> ==性質== この分子は、[[励起状態]]のみで存在する。異なる励起電子状態は、[[核外電子]]nLΓを示す記号で表される。ここで、nは[[主量子数]]、Lは[[スピン角運動量|電子角運動量]]、Γは D<sub>3h</sub>群から選択した[[分子対称性]]である。かっこで囲まれた記号を追加することで、核の振動を表す。{s,dl}という表記で、sは対称伸縮、dは縮退モード、lは振動角運動量を表す。回転を示すために他の文字列が挿入されることもある。(N,G)という表記で、Nは分子の軸に投影した電子外の角運動量、GはG=l+λ-Kで決定されるHougen's convenient quantum numberを表す。構成粒子が全て[[フェルミ粒子]]であることから回転状態が制約を受けるため、(1,0)という値を取ることが多い。これらの状態の例としては、2sA<sub>1</sub>' 3sA<sub>1</sub>' 2pA<sub>2</sub>" 3dE' 3DE" 3dA<sub>1</sub>' 3pE' 3pA<sub>2</sub>"がある。2p<sup>2</sup>A<sub>2</sub>"状態の寿命は、700 nsである。分子がエネルギーを失って反発基底状態に移行しようとすると、自発的に崩壊する。最低エネルギーの[[準安定状態]]2sA<sub>1</sub>'のエネルギーは、H<sub>3</sub><sup>+</sup>とe<sup>-</sup>よりも低い-3.777 eVのエネルギーを持つが、約1 psで崩壊する。2p<sup>2</sup>E'と表される不安定な基底状態は、自発的に崩壊して水素分子と水素原子になる。無回転状態は、回転分子よりも長い寿命を持つ。 周囲に非局在化した電子を持つH<sub>3</sub><sup>+</sup>の電子状態は、[[リュードベリ状態]]になる。 ==形== 分子の形は、[[正三角形]]と予想される。分子内振動は、分子が正三角形を保ったまま伸縮するパターン(breathing)と1つの分子がもう1つの分子に対して移動し三角形を歪めるパターン(bending)の2通りがある。後者は[[双極子]]を持ち、そのため赤外線放射を伴う。 ==スペクトル== [[ゲルハルト・ヘルツベルク]]は、1979年、75歳の時に中性H<sub>3</sub>の[[スペクトル線]]を初めて発見した。後に、彼はこの観測は自身のお気に入りの発見の1つであると表明した。この線は、カソード放電管から発生したものだった。ずっと豊富にあるH<sub>2</sub>のスペクトルに埋もれてしまっていたため、彼以前の観察者はこれを見逃していた。H<sub>3</sub>を分離できるようになり、単独での観察が可能となっていた。陽イオンの[[質量分析法]]を用いると、質量3のH<sub>3</sub>が質量2のH<sub>2</sub>から分離できる。しかし、同じ質量3を持つ、[[重水素]]を1つ含む[[重水素化水素]]HDが混入する。H<sub>3</sub>のスペクトルは、主により長寿命の2p<sup>2</sup>A<sub>2</sub>"状態に移行することによる。スペクトルは、2段階の[[光イオン化]]法により測定できる。 より低い2s<sup>2</sup>A<sub>1</sub>'状態への遷移は、[[前期解離]]と呼ばれる非常に短い寿命の影響を受ける。スペクトル線は広がる。[[振動回転スペクトル|スペクトル]]中では、P枝、Q枝、R枝の回転によるバンドがある。R枝は、H<sub>3</sub>{{仮リンク|同位体異性体|en|Isotopomer}}では非常に弱いが、D<sub>3</sub>では強い。 対称伸縮振動モードは、3s<sup>2</sup>A<sub>1</sub>'で3213.1cm<sup>-1</sup>、3d<sup>2</sup>E"で3168cm<sup>-1</sup>、2p<sup>2</sup>A<sub>2</sub>"で3254cm<sup>-1</sup>の[[波数]]を持つ。曲げ振動周波数もH<sub>3</sub><sup>+</sup>のものと非常に近い。 ==陽イオン== H<sub>3</sub><sup>+</sup>イオンは、[[星間空間]]で最も豊富に存在するイオンであり、光子を吸収、放出できる性質から、宇宙の歴史において、初期の恒星を冷却するのに重要な役割を果たしたと考えられている。星間空間で最も重要な化学反応の1つは、 :H<sub>3</sub><sup>+</sup> + e<sup>-</sup> → H<sub>3</sub> → H<sub>2</sub> + Hである。 ==計算== 分子が比較的単純なため、[[量子論]]を用いて''[[ab initio]]''で分子の性質を計算する試みが行われてきた。[[ハートリー=フォック方程式]]が用いられている。 ==天然の存在== H<sub>3</sub>は、H<sub>3</sub><sup>+</sup>の中和により形成される。このイオンは、H<sub>2</sub>以外の気体の存在で[[電子]]を1つ取り込むことにより中和される。そのため、H<sub>3</sub>は、[[木星]]や[[土星]]の[[電離圏]]での[[オーロラ (代表的なトピック)|オーロラ]]中で形成される。 ==歴史== [[ジョゼフ・ジョン・トムソン]]は、[[陽極線]]の実験中にH<sub>3</sub><sup>+</sup>を観測した。彼は、1911年頃から、これはH<sub>3</sub>がイオン化したものだと考えていた。彼は、H<sub>3</sub>は安定分子であると信じ、これについて書いたり講義したりした。彼は、これを作る最も簡単な方法は、[[陰極線]]を[[水酸化カリウム]]にぶつけることだと述べた。1913年、[[ヨハネス・シュタルク]]は、3つの水素原子核と分子が安定な環状構造を作ると主張した。1919年、[[ニールス・ボーア]]は、3つの水素原子核が直線状に並び、3つの電子が中央の原子核の周りを回る構造を提案した。彼は、H<sub>3</sub><sup>+</sup>は不安定であるが、H<sub>2</sub><sup>-</sup>とH<sup>+</sup>の反応で中性のH<sub>3</sub>が生成すると信じた。{{仮リンク|スタンリー・アレン|en|H. Stanley Allen}}の構造は、電子と原子核が交互に並んだ六角形であった。 1916年、[[アーサー・ジェフリー・デンプスター]]は、H<sub>3</sub>の気体は不安定であると示したが、同時に陽イオンの存在を確認した。1917年、{{仮リンク|ジェラルド・ウェント|en|Gerald Wendt}}と[[ウィリアム・デュアン (物理学者)|ウィリアム・デュアン]]は、[[アルファ粒子]]の雰囲気中にある水素ガスの体積が縮小することを発見し、二原子水素が三原子水素に変換されると考えた。この後、研究者は、活性水素は三原子型になりうると考えるようになった。[[ジョーゼフ・レヴィーン]]は、大気中の三原子水素の多さのため、地球が低圧になったと仮定することまでした。1920年、ウェントとランダウアーは、この物質を[[オゾン]]とのアナロジーで"Hyzone"と名付けた。かつて、ゴッドフリート・オサンは、自身がオゾンの水素アナログを発見したと信じ、"Ozonwasserstoff"と名付けた。これは[[希硫酸]]の[[電気分解]]によるもので、当時はオゾンが三原子分子であることは知られておらず、そのため彼も三原子水素とは言わなかった。後に、これは[[二酸化硫黄]]の混合物であり水素の新しい形ではなかったことが明らかとなった。 1930年代には、活性水素は[[硫化水素]]の混ざった水素であることが分かり、三原子水素は信じられなくなった。量子化学計算により、中性H<sub>3</sub>は不安定であるがイオン化したH<sub>3</sub><sup>+</sup>は存在しうることが示された。同位体の概念が生まれると、ボーアらは、原子量3のエカ水素があるかもしれないと考えた。この考えは後に[[三重水素]]の存在として示されたが、質量分析により分子量3が観測された理由を十分説明できなかった。トムソンは後に、彼が観測した分子量3の分子は重水素化水素であったと考えた。[[オリオン星雲]]で{{仮リンク|ネブリウム|en|Nebulium}}と呼ばれる新しい元素に起因する線が見られ、原子量が3に近いと計算されてこれがエカ水素ではないかと言われたが、後にイオン化した[[窒素]]や[[酸素]]であることが分かった。 ヘルツブルクは、中性H<sub>3</sub>のスペクトルを初めて観測した。これは、基底状態が不安定な分子として初めてリュードベリスペクトルが測定された。 ==関連項目== *[[水素原子]] *[[水素分子]] *[[ヘリウム二量体]] *[[ヘリウム三量体]] ==出典== {{reflist}} {{デフォルトソート:さんけんしすいそ}} [[Category:水素の化合物]] [[Category:水素]]
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