三角法のソースを表示

{{混同|第三角法|x1=[[投影図|投影図法]]の一つである}}
{{Trigonometry}}
'''三角法'''（さんかくほう）とは、[[三角形]]の[[角度|角]]の大きさと[[辺]]の長さの間の関係の研究を基礎として、他の幾何学的図形の各要素の量的関係や、[[測量]]などへの応用を研究する[[数学]]の学問領域の一つである<ref name="共立出版2010" /><ref name="朝倉書店1993" /><ref name="岩波数学辞典" />。様々な数学の分野の中でもきわめて古くから存在し、測量や[[天文学]]上の計算などの実用上の要求と密接に関連して生まれたものである（→[[#歴史|歴史]]）。三角法と[[数表]]を用いることで、直接に測ることの難しい長さを良い精度で求めることができる（→[[#応用分野|応用分野]]）。三角法は平面三角法、[[球面三角法]]、その他の三角法に分けられる<ref name="岩波数学辞典" />（→[[#平面三角法|平面三角法]]、→[[#球面三角法|球面三角法]]、→[[#その他の三角法|その他の三角法]]）。[[三角関数]]は歴史的には三角法から派生して生まれた[[関数 (数学)|関数]]である（→[[#三角関数|三角関数]]）。

== 三角形の決定問題 ==
[[File:Congruent triangles.svg|class=skin-invert-image|thumb|図1.1]]
{{main|三角形の解法|図形の合同}}
任意の三角形の3辺と3角の大きさ（三角形の主要素）を一般的に与えたとき、一部から残りを特定することが、三角法の本来の目的である<ref name="共立出版2010" /><ref name="朝倉書店1993" /><ref name="dtv-Atlas_math" />。任意の三角形は3辺と3角の大きさという6つの要素のうち3つの要素が与えられた場合、他の諸量が決定する場合があるという性質があり、この性質を利用して三角形を特定することを「三角形を解く」（{{lang|en|solving triangles}}）といい、その条件を「三角形の決定条件」という<ref name="岩波数学辞典" /><ref>{{cite web | url=http://www.mathsisfun.com/algebra/trig-solving-triangles.html | title=Solving Triangles | publisher=Maths is Fun |accessdate=2017-03-20}}</ref><ref name="高校数学の美しい物語, 三角形の決定条件と自由度" /><ref>{{cite web|url=http://www.ravco.jp/cat/view.php?cat_id=6042|title=4.2.1 三角形の決定|website=ravco|accessdate=2017-03-19}}</ref>。三角形を解く際に計算を利用する場合、三角関数が現れる<ref name="朝倉書店1993" />。

三角形の辺の大きさが与えられている状態を（Sideの）S、角の大きさが与えられている状態を（Angleの）Aと表記することにすると、3辺と3角のうち3つが与えられている状態は、以下の6通りに表せる{{sfn|Todhunter|1886|loc=Art.79}}。平面三角法においては、このうち、SSS, SAS, ASA, AAS の場合に三角形が一意に特定されることが知られており<ref name="dtv-Atlas_math" />、このことは[[エウクレイデス]]の『[[ユークリッド原論|原論]]』においても幾何学的に証明されている。図1.1に示すように、ASSの場合、2通りの三角形に決定する。AAAの場合、三角形が決定しない。他方で、球面三角法においては、AAAの場合でも一意に特定される<ref name="dtv-Atlas_math" />{{sfn|Todhunter|1886|loc=Art.81}}。

*SSS, 三辺
*SAS, 二辺挟角
*ASA, 二角挟辺
*AAS
*ASS
*AAA

三角形の辺と内角以外の諸量、例えば高さ、外角、中線の長さなど（三角形の副次量）が与えられた場合に三角形が解けるケースがある<ref name="共立出版2010" /><ref name="朝倉書店1993" />。三角形を解くための要素が、他の幾何学的図形の各要素の量的関係から間接的に決定される場合もある<ref name="共立出版2010" /><ref name="朝倉書店1993" /><ref name="高校数学の美しい物語, 三角形の決定条件と自由度" />。他の幾何学的図形の平面三角法における一例を挙げると、[[外接円]]、[[内接円]]、[[傍心円]]などがある。平面上の三角形は独立の3情報から決定されるため、「平面三角形は[[自由度]]（{{lang|en|degree of freedom}}）が3である」とされる<ref name="高校数学の美しい物語, 三角形の決定条件と自由度" />。

== 平面三角法 ==
<div>[[File:Circle-trig6.svg|class=skin-invert-image|thumb|点 {{mvar|O}} を中心とする単位円における、角 {{mvar|θ}} の三角関数のすべてが示されている。{{break}}
{| class="wikitable" border="0" style="align:center; text-align:center;"
|-
|{{math|{{overline|''AC''}}}}||正弦||{{math|sin ''θ''}}
|-
|{{math|{{overline|''AG''}}}}||余弦||{{math|cos ''θ''}}
|-
|{{math|{{overline|''AE''}}}}||正接||{{math|tan ''θ''}}
|-
|{{math|{{overline|''AF''}}}}||余接||{{math|cot ''θ''}}
|-
|{{math|{{overline|''OE''}}}}||正割||{{math|sec ''θ''}}
|-
|{{math|{{overline|''OF''}}}}||余割||{{math|cosec ''θ''}}
|-
|{{math|{{overline|''CD''}}}}||正矢||{{math|1 - cos ''θ''}}
|-
|{{math|{{overline|''GH''}}}}||余矢||{{math|1 - sin''θ''}}
|}]]<div>
=== 三角比 ===
<!-- [[file:Mountain height by triangulation.png|thumb|山の高さのように直接測ることが難しい長さも、三角法を使うことで測ることが可能になる。]] -->
<!-- 平面三角法とは、直角三角形に対して考えられる6種類の比の間の関係を扱う学問である<ref name="江戸の数学第5章" />。-->
=== 三角関数 ===
{{main|三角関数|三角関数の公式の一覧}}
三角関数は、人類が最初に出会った[[超越関数|超越的な関数]]である<ref name="数学の小事典" />。

== 球面三角法 ==
{{multiple image
| direction         = horizontal <!-- vertical -->
| width             = 120
| class             = skin-invert-image
| caption_align     = center
| image1            = Spherical trigonometry Intersecting circles.svg
| caption1          = 図2.1
| image2            = Spherical trigonometry basic triangle.svg
| caption2          = 図2.2
| image3            = Spherical trigonometry polar triangle.svg
| caption3          = 図2.3
| footer            = 3つの大円により8個の球面三角形が定義される（図2.1）。単位球上の球面三角形（図2.2）。極三角形（図2.3）。
}}
{{main|球面三角法|球面幾何学}}
球面三角法とは、球面三角形の角と辺の関係を研究する学問である{{sfn|Todhunter|1886|loc=Art.24}}<ref name="新修百科大辭典1934" />。球面三角形とは[[球面]]上の3つの大円の[[弧 (幾何学)|弧]]により区切られた図形である{{sfn|Todhunter|1886|loc=Art.17}}。大円とは球の中心を通る平面により球を切ったとき、球の切り口に表れる図形である{{sfn|Todhunter|1886|loc=Art.3}}。球面三角形の余弦定理や正弦定理は三角関数により定義される{{sfn|Todhunter|1886|loc=Chapter 4}}。歴史的に天文学や航海術に利用された<ref name="放送大学非ユークリッド幾何と時空" />。

図2.2に示すような球面三角形における、ある角の余弦は、前記球面三角形の各辺により、次のように表せる{{sfn|Todhunter|1886|loc=Art.37–39}}。
: <math>\cos A = \frac{\cos a\,-\,\cos b\,\cos c}{\sin b\, \sin c}.</math>

上記式と等価な下記式（{{仮リンク|球面三角法における余弦定理|en|Spherical law of cosines}}）は、球面三角法における基本的な公式であり、さまざまな公式が下記式から演繹される<ref>{{Cite journal|和書|author = 河瀬和重|authorlink = 河瀬和重|year = 2019|title = 球面三角法の簡潔かつ体系的な理解への試み|journal = 国土地理院時報|volume = 132|pages =115–118|publisher = [[国土地理院]]|url = https://www.gsi.go.jp/common/000213916.pdf|doi = 10.57499/JOURNAL_132_18|ref = {{SfnRef|河瀬|2019}} }}</ref>。
: <math>\cos a= \cos b \cos c + \sin b \sin c \cos A, </math>
: <math>\cos b= \cos c \cos a + \sin c \sin a \cos B, </math>
: <math>\cos c= \cos a \cos b + \sin a \sin b \cos C. </math>

== その他の三角法 ==
[[File:Hyperbolic triangle.svg|thumb|[[放物面|双曲放物面]]上に置かれた三角形]]
{{main|双曲幾何学|{{仮リンク|一般三角法|en|generalized trigonometry}}|en:rational trigonometry}}
その他の三角法としては、[[非ユークリッド空間]]における双曲平面上において展開される双曲三角法（hyperbolic trigonometry）や<ref name="放送大学非ユークリッド幾何と時空" />、''fractional trigonometry'' などがある。双曲平面上においても直線、長さ、角に相当する概念がある<ref name="放送大学非ユークリッド幾何と時空" /><ref name="岡田2000" />。双曲幾何学においても、三角関数と[[双曲線関数]]によって余弦定理や正弦定理が記述される<ref name="放送大学非ユークリッド幾何と時空" /><ref name="岡田2000" />。双曲幾何学においては、上述の球面三角法における基本的な公式に対応する公式
: <math>\cosh a=\cosh b\cosh c - \sinh b\sinh c \cos A,</math>
: <math>\cosh b=\cosh c\cosh a - \sinh c\sinh a \cos B,</math>
: <math>\cosh c=\cosh a\cosh b - \sinh a\sinh b \cos C.</math>
が基本公式となり、他はすべてこれから導出される<ref name="岡田2000" />。

== 歴史 ==
{{main|{{仮リンク|三角法の歴史|en|History of trigonometry}}}}
直角三角形の3辺の長さの比は、[[測量]]や[[天文学]]の要請によって古代から研究されてきた。[[イエール大学]]の{{仮リンク|イエール大学のバビロニア・コレクション|en|Yale Babylonian Collection|label=バビロニア・コレクション}} No.7289（前2000年頃）には、正方形と2本の対角線が描かれていて、それぞれの長さが[[楔形文字]]により60進法で記されている{{sfn|ノイゲバウアー|1984|pp=30–31}}。これに基づく2の[[平方根]]の[[近似値]]の精度は、10進法で小数点以下5桁まで、現代知られている近似値と一致するほど正確なものであった{{sfn|ノイゲバウアー|1984|pp=30–31}}。前1800年から前1650年の間のある時期に作られた[[粘土板]]（コロンビア大学の[[プリンプトン322|プリムプトン・コレクション No.322]]）には、[[ピタゴラスの定理#ピタゴラス数|ピュタゴラスの三ツ組数]]が記されているとも解せる{{sfn|ジョーゼフ|1996|p=161}}。メソポタミアにおいては新バビロニア時代に入ると、天文観測上の必要から角度を数値化するという概念も発展し、円の一周を360°に分割する[[度数法]]が始まった<ref>{{cite book | first=James Hopwood | last=Jeans | title=The Growth of Physical Science | date=1947 | url=https://books.google.com/books?hl=en&lr=&id=JX49AAAAIAAJ&oi=fnd&pg=PA7 | pages=7}}</ref><ref>Aaboe, Asger. Episodes from the Early History of Astronomy. New York: Springer, 2001. ISBN 0-387-95136-9</ref>{{sfn|ジョーゼフ|1996|pp=373–374}}。

バビロニアの天文観測の記録は紀元前1世紀まで続いた{{sfn|ジョーゼフ|1996|pp=373–374}}。ヘレニズム時代の[[アレクサンドリア]]の数学者は、おそらくは上述のような精緻な観測記録を利用して、円における[[円周角]]とそれによって定義される[[弦 (数学)|弦]]の長さとの関係に関する体系的な研究を始めた{{sfn|ジョーゼフ|1996|pp=373–374}}。[[クラウディオス・プトレマイオス|プトレマイオス]]によると、前2世紀、[[ニカイア]]の[[ヒッパルコス]]が7・1/2°刻みの円周角と弦の長さの表を作成したという{{sfn|ジョーゼフ|1996|pp=373-374}}{{sfn|Boyer|1991|p=162}}<ref name="名前なし-1">Thurston, [https://books.google.com/books?id=rNpHjqxQQ9oC&pg=PA235#v=onepage&q&f=false pp. 235&ndash;236].</ref>{{efn|ヒッパルコスの著作はすべて失われており、記載内容はプトレマイオスなど後世の人の引用から類推されたものである。}}。ヒッパルコスは作成した数表を用いて、球面を平面に[[ステレオ投影]]し、球面上の幾何学的な問題を解こうとしたとみられる<ref name="名前なし-1"/>。これに対して、1世紀の[[アレクサンドリアのメネラウス]]は、球面三角法を概念化した<ref name="平凡社2002天文学" />。2世紀の[[クラウディオス・プトレマイオス|プトレマイオス]]はメネラウスの球面三角法の考え方を天文学に応用した<ref name="平凡社2002天文学" />。プトレマイオスは、大著『[[アルマゲスト]]』の第1巻11章に{{仮リンク|プトレマイオスの円周角と弦長の表|en|Ptolemy's table of chords|label=詳細な三角法に関する表}}を示した<ref name=toomer>{{Cite book|title=Ptolemy's Almagest|last1=Toomer|first1=G. J.|publisher=Princeton University Press|year= 1998|ISBN =0-691-00260-6}}</ref>。これは本質的にはヒッパルコスのものと同じく、円周角とその弦長の関係を示したものであるが、より正確であり、また、はるかに使いやすかった<ref>Thurston, [https://books.google.com/books?id=rNpHjqxQQ9oC&pg=PA239#v=onepage&q&f=false pp. 239&ndash;243].</ref>。

古代インドの数学にメソポタミアやギリシアの影響は比較的少ないが、三角法に関しては例外で、用語や無理数の近似値の類似などの観点から、ギリシアに由来すると推測されている{{sfn|ノイゲバウアー|1984|p=143}}<ref name="平凡社2002数学" />。しかしながら、古代インドに伝わったギリシア天文学及びそれに付随する三角法はヒッパルコスの時代までのものであり、メネラオスやプトレマイオスの球面三角法は伝わらなかった<ref name="平凡社2002天文学" />。5世紀の天文学者[[アーリヤバタ]]が著した『{{仮リンク|アーリヤバティーヤ|en|Āryabhaṭīya}}』は、著者が確実に判明しているインド最古の天文学書である<ref name="平凡社2002アーリヤバタ" />{{sfn|Boyer|1991|p=215}}。同書は2行一連の[[サンスクリット語]]による韻文の形式で書かれ<ref name="平凡社2002アーリヤバタ" />、単位円における円周角の半分と弦の半分（すわなち正弦）との関係についての言及がある{{sfn|中村|室井|2014|pp=130–132}}。ギリシア数学的な円周角と弦長の関係に着目する視点から、円周角と正弦との関係に注目する視点へとパラダイムが転換した。その後、インドにおける三角法は[[バースカラ2世]]や[[ケーララ学派]]により研究が進められ、16世紀ごろまで独自の展開をしたが{{efn|例えば、ケーララ学派においては、14世紀後半に[[マーダヴァ]]が三角関数の[[無限級数展開]]を論じた{{sfn|中村|室井|2014|pp=130–132}}。}}、他地域への影響という点では7世紀の天文学者[[ブラーマグプタ|ブラフマグプタ]]が著した『[[ブラーマ・スプタ・シッダーンタ|ブラーフマ・スプタ・シッダーンタ]]』が大きな役割を演じた<ref name="平凡社2002ブラフマグプタ" />。同書は記憶しやすい韻文の形式で書かれ、単位円における複数の円周角に対する正弦の長さを歌った部分を含む。ブラーフマグプタが亡くなった後、[[シンド地方]]が[[アッバース朝]]の支配下に入り、同地にいた占星術師が『ブラーフマスプタ・シッダーンタ』をアラビアに伝えた。同書のアラビア語への翻訳は、{{仮リンク|イブラーヒーム・アル＝ファザーリー|en|Ibrāhīm al-Fazārī|label=ファザーリー父子のどちらか}}と[[ヤアクーブ・イブン・ターリク]]により行われ、770年に『{{仮リンク|シンドヒンド|en|Zij al-Sindhind}}』の名で[[アッバース朝]]のカリフ・[[マンスール]]の宮廷に献上された<ref name="aboutbattani" />{{sfn|ジョーゼフ|1996|pp=373–374}}。

三角法に関する理論は、8世紀から13世紀にかけて、アラビア語を共通の学術言語とする中世イスラーム世界において、さらなる発展と洗練がなされた<ref name="aboutbattani" />{{sfn|矢島|1977|pp=2–5}}{{sfn|中村|室井|2014|pp=139–142}}。アラビア科学には、アレクサンドリアから[[歴史的シリア|シリア]]の[[アンティオキア]]や[[シャンルウルファ|エデッサ]]、ペルシアの[[ジュンディーシャープール]]へ拠点を移したヘレニズムの学術を承継するのみならず、ペルシアやインドからも積極的に文化を受容し、それらを融合したという特徴がある{{sfn|ジョーゼフ|1996|pp=373–374}}{{sfn|矢島|1977|pp=2–5}}{{sfn|中村|室井|2014|pp=143–147}}。9世紀の[[フワーリズミー]]は前述の『シンドヒンド』を利用して{{仮リンク|ジージュ|en|zij|label=天文表}}を作成した{{sfn|矢島|1977|pp=185–186}}。インドには伝わらなかった『アルマゲスト』も8世紀ごろアラビア語へ翻訳された{{sfn|矢島|1977|p=184}}。中世イスラーム世界の天文・数学者たちは『アルマゲスト』に注釈を付したり、精緻な天文観測に基づいて同書中の天文常数に修正を加えたり精緻化したりした結果、同書に記載されている球面三角法の理論を発展させた<ref>[[#アルマゲスト|『アルマゲスト』]]薮内清の解説 pp.581–583</ref>。このように『アルマゲスト』を出発点にして球面三角法を研究した学者としては、[[アブル・ワファー]]、[[ビールーニー]]、[[ナスィールッディーン・トゥースィー|トゥースィー]]などがいる<ref>{{cite web|url=http://www.iranicaonline.org/articles/abul-wafa-buzjani|title=ABU’L-WAFĀ BŪZJĀNI|work=Encyclopaedia Iranica|accessdate=2017-03-09}}</ref><ref>{{cite web|url=http://www.iranicaonline.org/articles/biruni-abu-rayhan-iii|title=BĪRŪNĪ, ABŪ RAYḤĀN iii. Mathematics and Astronomy|work=Encyclopaedia Iranica|accessdate=2017-03-09}}</ref><ref>{{cite web|url=http://www.iranicaonline.org/articles/tusi-nasir-al-din|title=ṬUSI, NAṢIR-AL-DIN ii. AS MATHEMATICIAN AND ASTRONOMER|work=Encyclopaedia Iranica|accessdate=2017-03-09}}</ref>。9世紀に上部メソポタミアで詳細な天文観測を行った天文学者[[バッターニー]]は、プトレマイオスの占星術書『[[テトラビブロス]]』の注釈を著した占星家でもあったが、独自の{{仮リンク|ジージュ|en|zij|label=天文表}}も作成し、三角関数の概念化と記号化に寄与した<ref name="aboutbattani" />。バッターニーの天文表の中には球面における余弦を求める方法の記載が含まれる<ref name="aboutbattani" />。また、バッターニーはインド由来の正弦を『アルマゲスト』の弦よりも優れているという確信を持って使い、余接と正接を導入した<ref name="aboutbattani" />。

中世イスラーム世界は9世紀ごろから複数の政治権力が地方で自立する動き（[[ウンマの分裂]]）が進行したが、それは[[バグダード]]以外にも学術センターが並び立つ結果も生んだ。カイロでは10世紀後半、[[ファーティマ朝]]のカリフ・[[ハーキム]]が天文観測所を建て、[[イブン・ユーヌス]]がそこの観測記録に基づいて新たな天文表を作成した{{sfn|矢島|1977|pp=196–197}}。その中には三角関数の積和の公式{{efn|<math>2\cos a\cos b = \cos(a+b)+\cos(a-b)</math>}}に相当する計算を行っている記載がある{{sfn|矢島|1977|pp=196–197}}<ref>{{cite journal|first=David A. |last=King|url=https://articles.adsabs.harvard.edu/cgi-bin/nph-iarticle_query?bibcode=1978JHA.....9..212K&db_key=AST&page_ind=6&plate_select=NO&data_type=GIF&type=SCREEN_GIF&classic=YES |title=Islamic Math and Science|journal=Journal for the History of Astronomy|volume=9|accessdate=2017-04-13}}p.212</ref>。[[コルドバ (スペイン)|コルドバ]]や[[トレド]]の宮廷は{{仮リンク|マスラマ・ビン・アフマド・アル＝マジリーティー|ar|مسلمة المجريطي|label=マジリーティー}}や[[アルペトラギウス|ビトルージー]]といった学者を召抱え、三角法を含む天文学を研究させた{{sfn|矢島|1977|pp=197–198}}{{sfn|矢島|1977|pp=206–207}}。13世紀の[[イルハン朝]]の君主[[フレグ]]は[[マラーゲ|マラーガ]]に巨大な天文台を建て、[[ナスィールッディーン・トゥースィー|トゥースィー]]や[[ムヒーッディーン・アル＝マグリビー|マグリビー]]により正確な天文観測に基づく[[イルハン天文表|天文表]]を作成させた{{sfn|矢島|1977|p=211}}。アラビア科学において、10世紀には6つの三角関数すべてが出揃い、[[イブン・ハイサム]]が三角法の光学への応用を始めるなど、三角法が天文学から独立した学問として成立した{{sfn|中村|室井|2014|pp=139–142}}。

[[File:Bernegger Manuale 137.jpg|thumb|1619年に[[ストラスブール]]で出版された{{仮リンク|三角関数表|en|Trigonometric tables}}（{{仮リンク|マティアス・ベルネガー|en|Matthias Bernegger}}制作）]]
ラテン語を共通の学術言語とする中世ラテン世界は、529年に[[ユスティニアヌス帝]]がアテネの哲学学校を閉鎖するなど「異教徒」の学術の抑圧を行ったため、三角法を含むヘレニズムの天文学や占星術の承継をしなかった{{sfn|テスター|1997|pp=200–201}}。12世紀ごろから、[[イベリア半島]]や[[シチリア島]]のイスラーム教国の宮廷に集められたアラビア語写本のラテン語への翻訳が始まった（[[12世紀ルネサンス]]）<ref>[[#アルマゲスト|『アルマゲスト』]]薮内清の解説 pp.584–585</ref>。フワーリズミーの天文表は[[バースのアデラード]]がラテン語に翻訳してヨーロッパ世界に伝わった{{sfn|矢島|1977|pp=185–186}}。バッターニーの著作は[[チェスターのロバート]]や[[チボリのプラト]]が翻訳し、15世紀の[[レギオモンタヌス|レギオモンタヌス（ヨハンネス・ミュラー）]]も翻訳し、16世紀ごろまでヨーロッパ世界の学術に影響を与えた{{sfn|矢島|1977|pp=190–191}}。熱心な[[天動説]]及びアリストテレス的宇宙観の支持者であったレギオモンタヌスは『アルマゲスト』や『テトラビブロス』理解のために、1464年に三角法の入門書『普遍的な三角形について』（''De triangulus omnimodis''）を著した。彼が1490年に作成した三角関数表（''Tabula directionum''）はヨーロッパで最初に刊行された三角関数表である<ref name="江戸の数学第5章" />。1542年には[[コペルニクス]]の弟子だった[[ゲオルク・レティクス|レティクス]]が[[ヴィッテンベルク]]で『三角形の辺と角について』（''De lateribus et angulis triangulorum''）を著した。同書は[[ルター派]]の牙城であった[[ヴィッテンベルク大学]]での出版を可能にするためにコペルニクスの『[[天球の回転について]]』から三角法に関する部分だけを抜粋したものである<ref name="DSB_Rheticus" />。したがって[[太陽中心説|太陽を中心とするモデル]]を提示した[[宇宙論]]を含まない。レティクスはのちの1400ページを越える三角関数表も作成した<ref name="江戸の数学第5章" />。三角関数を直角三角形の辺の長さの比として捉える三角比の概念化もレティクスの業績に帰せられている<ref>{{cite book|url=https://books.google.co.jp/books?id=lew5IC5piCwC&lpg=PA183&ots=X1BfuU3ihp&dq=rheticus%20trigonometry&hl=ja&pg=PA183#v=onepage&q=rheticus%20trigonometry&f=false|title=Mathematics in Historical Context|first=Jeff|last=Suzuki|pages=409|publisher=Mathematical Association of America|date=2009-08-27|isbn=9780883855706|accessdate=2017-04-11}}</ref>。

レティクスの三角関数表をさらに改善した<ref>{{cite book|title= Mathematical Tables and Other Aids to Computation: A Quarterly Journal| url= https://books.google.com/books?id=89I0AAAAIAAJ| volume= 3-4| year= 1948| publisher = National Research Council| pages= 558- | quote= Since on page 5 of 2 there seems to be definite reference to the Rheticus sine canon being in the hands of ... After his discovery of the new Rheticus tables Pitiscus started to prepare a second work which was finally published in 1613 and contained the following four parts. ... The volume title-page, in black and red, begins Thesaurus Mathematicus sive Canon Sinuum ad radium 1.00000.00000.00000.}}</ref>{{仮リンク|バルトロマイウス・ピティスクス|en|Bartholomaeus Pitiscus}}は、1595年に『三角法、あるいは、三角形の解法に関する小論と証明』（''Trigonometria: sive de solutione triangulorum tractatus brevis et perspicuus''）を著し、現在、西洋の諸語で三角法を意味する言葉（例えば、{{lang-en-short|trigonometry}}、{{lang-ru-short|Тригонометрия}}など）の直接の語源となるラテン語の言葉、''{{lang|la|Trigonometria}}''を造語した<ref>{{cite book|author=Robert E. Krebs |title=Groundbreaking Scientific Experiments, Inventions, and Discoveries of the Middle Ages and the Renaissance |url=https://books.google.com/books?id=MTXdplfiz-cC&pg=PA153 |year=2004 |publisher=Greenwood Publishing Group |isbn=978-0-313-32433-8 |pages=153-}}</ref><ref>{{Cite book|和書|author = ヴィクター J. カッツ|translator = 中根美知代、[[上野健爾]]ほか|title = 数学の歴史|year = 2005|publisher = 共立出版|location = 東京|id = ISBN 4-320-01765-X}}</ref>。17世紀に入ると、パリで[[シャルル9世 (フランス王)|シャルル9世]]や[[アンリ4世 (フランス王)|アンリ4世]]に仕えた弁護士の[[フランソワ・ビエト|ヴィエト]]がレギオモンタヌスやレティクスの著作に基づいて三角法を研究した。sinθ, cosθ といった現代的な記法を整えたのはヴィエトの業績に帰せられている。ヴィエトは球面三角法に関して、バッターニーに基づいて[[立体角]]を研究し、極三角形とそうでない三角形との関係について研究した<ref>Michel Chasles, [https://books.google.co.jp/books?id=SZIKAAAAYAAJ&pg=PA54&lpg=PA54&dq=vi%C3%A8te+triangle+sph%C3%A9rique+formules&source=bl&ots=7_PXJQlIAB&sig=UpJNk7701lF5n8vkXlJcznR-YOM&hl=fr&ei=x43NSta6CsG24QbboYmlAw&sa=X&oi=book_result&ct=result&redir_esc=y#v=onepage&q=vi%C3%A8te%20triangle%20sph%C3%A9rique%20formules&f=false Aperçu historique sur l'origine et le développement des méthodes en géométrie].</ref>{{efn|ヴィエトがバッターニーを参照したことについては19世紀の[[ジャン＝バティスト・ジョゼフ・ドランブル|ドランブル]]の次の著作を参照されたい。{{cite web|url=https://books.google.co.jp/books?hl=fr&id=QREOAAAAQAAJ&q=le+pr%C3%A9cepte+est+juste,+il+est+identique&redir_esc=y#v=snippet&q=le%20pr%C3%A9cepte%20est%20juste%2C%20il%20est%20identique&f=false |author=Delambre|title=Histoire de l'astronomie du moyen âge|accessdate=2017-04-14}} p.21}}。

16-17世紀のヨーロッパ世界においては、地理的に広大な領域の正確な地図を製作する必要性が高まり、航海技術上の需要も高まったため、数学における一大研究分野となった<ref>{{cite book | last = Grattan-Guinness | first = Ivor | year = 1997 | title = The Rainbow of Mathematics: A History of the Mathematical Sciences | publisher = W.W. Norton | isbn = 0-393-32030-8}}</ref>。16世紀前半の1533年に、[[ゲンマ・フリシウス]]が三角測量の方法を紹介する地図製作に関する書物を著した。16世紀には[[地理学者]][[ゲラルドゥス・メルカトル|メルカトル]]が[[メルカトル図法]]を考案して、[[大航海時代]]に始まった[[地図学]]の発展に大きな功績を残したが、メルカトルの時代には[[積分法]]は知られていなかったので「{{仮リンク|正割関数の積分|en|Integral of the secant function}}」が中心的な問題となった。17世紀に研究が進められた微積分学によって、三角関数の理論は大きく発展した。17世紀後半には[[アイザック・バロー]]と[[ジェームス・グレゴリー]]によって独立に正割関数の積分が解決され、[[緯線]]距離はランベルト関数（逆[[グーデルマン関数]]）に相当することが明らかになった。また、余弦を co-sine と呼んだり、sin, cos という記号が使われるようになったりしたのは [[17世紀]]になってからであり、それが定着するのは [[18世紀]][[レオンハルト・オイラー|オイラー]]の頃である。一般角に対する三角関数を定義したのはオイラーである。[[1748年]]にオイラーによって、[[指数関数]]と三角関数の間に等式が成り立つことが再発見された（[[オイラーの公式]]）。フランスの数学者[[ジョゼフ・フーリエ]]によって金属板の中での[[熱伝導]]に関する研究の中で[[フーリエ級数]]が導入され、複雑な周期函数による波動の数学的表現が単純な「[[正弦函数]]や[[余弦函数]]の和」として表されるようになった（[[フーリエ解析]]）。[[1835年]]には{{仮リンク|ジェームズ・インマン|en|James Inman}}が[[:en:Versine|半正矢関数（haversine）]]を導入し、[[球面三角法]]での{{仮リンク|半正矢関数の公式|en|Haversine formula}}を航海用として導入した<ref name="Inman1835" />。

三角法に[[複素数]]を最初に用いたのは[[レオンハルト・オイラー]]である。[[17世紀]]の[[ジェームス・グレゴリー]]や[[18世紀]]の[[コリン・マクローリン]]による仕事は{{仮リンク|三角級数|en|Trigonometric series}}の発展に影響を与えた<ref>William Bragg Ewald (2007). ''[https://books.google.com/books?id=AcuF0w-Qg08C&pg=PA93 From Kant to Hilbert: a source book in the foundations of mathematics]''. [[Oxford University Press US]]. p. 93. ISBN 0-19-850535-3</ref>。[[18世紀]]の[[ブルック・テイラー]]は[[テイラー展開]]を定義した<ref>Kelly Dempski (2002). ''[https://books.google.com/books?id=zxdigX-KSZYC&pg=PA29 Focus on Curves and Surfaces]''. p. 29. ISBN 1-59200-007-X</ref>。

===日本への伝来===
[[唐]]時代の、[[瞿曇悉達]]が編纂した「{{仮リンク|唐開元占経|en|Treatise on Astrology of the Kaiyuan Era}}」<ref>{{cite web|title= 《唐開元占經》|url= https://ctext.org/wiki.pl?if=gb&res=969522|website= Chinese Text Project |accessdate=December 12, 2020}}</ref>には[[アーリヤバタ]]の三角関数表が含まれていた<ref name="wasan" />。[[1631年]]、羅雅谷({{仮リンク|Giancomo Rho|en|Giacomo Rho}})は『測量全義』を著し<ref>{{cite web|title=測量全義 (そくりょうぜんぎ)|url= https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100236995/viewer/1|doi=10.20730/100236995|website=新日本古典籍総合データベース|accessdate=December 10, 2020}}</ref>、この書や[[ヨハン・シュレック|鄧玉函]]の『大測』、『割圓八銭表』など<ref>{{Cite journal|和書|author=杜石然 |date=2001-07 |url=https://archives.bukkyo-u.ac.jp/repository/baker/rid_CB000100001982 |title=イエズス会士と西洋数学の伝入 |journal=中国言語文化研究 |ISSN=1346-6305 |publisher=佛教大学中国言語文化研究会 |volume=1 |pages=1–22 |id={{CRID|1050287838661758848}}}}</ref>は中国に実質的に初めて三角関数法(八線表)を伝えるものであった<ref name="wasan" >{{cite journal|和書|title=西洋数学に関連した外来書の伝来(2)|url=http://www.wasan.jp/kinkikaisi/wasan026.pdf |format=PDF |journal=和算|author=肥塚尚文|year=1979|publisher=近畿数学史学会 |accessdate=2023-10-17|volume=26}}</ref>。これらは[[徐光啓]]の『崇禎暦書』に含まれ、『測量全義』は[[梅文鼎]]の『暦算全書』にも収録されている<ref name="wasan" />。少なくとも円周を360に分ける[[度 (角度)|度]]の方法は、[[北条氏長]]の弟子福島国隆指導による大円分度儀や[[細井広沢]]による『秘伝地域図法大全書』<ref>{{cite web|title= 秘伝地域図法大全書. 上,中,下 |url= https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3508801?tocOpened=1 |doi= 10.11501/3508801 |website=国立国会図書館|accessdate=December 10, 2020}}</ref>などから、17世紀には日本に伝来していた事がわかる<ref name="keiseikousatsu" >{{Cite journal|和書|title=江戸初期の方位及び角度の概念から見た測量術の形成についての一考察 |journal=国立科学博物館研究報告. E類理工学 |ISSN=1881-9095 |publisher=国立科学博物館 |year=2009 |month=dec |volume=32 |pages=41–49 |id={{NDLJP|11641073}} |naid=40018789361 |url=https://iss.ndl.go.jp/books/R100000040-I001335878-00 |author=鈴木一義 |author2=田辺義一}}</ref>。紅毛流測量術を伝えたとされる[[ユリアン・スヘーデル]]は、[[ブレスケンス号事件]]を受けて[[バタヴィア]]から派遣された特使に参加し、[[1650年]]に[[大目付]][[井上政重]]や[[北条氏長]]らに砲術、測量術とともに[[アストロラーベ]]と90頁の三角関数表を伝達した<ref>{{Cite journal|和書|author=小曽根淳 |title=紅毛流として伝来した測量術について(1) (数学史の研究 : RIMS研究集会報告集) |journal=数理解析研究所講究録 |ISSN=1880-2818 |publisher=京都大学数理解析研究所 |year=2012 |month=apr |volume=1787 |pages=127–137 |naid=110009423493 |url=https://hdl.handle.net/2433/172777}}<br />{{Cite journal|和書|author=小曽根淳 |title=紅毛流として伝来した測量術について(II) : 三角関数表の伝来と二つの経路 (数学史の研究) |journal=数理解析研究所講究録別冊 |ISSN=1881-6193 |publisher=京都大学数理解析研究所 |year=2014 |month=jun |issue=B50 |pages=109–123 |naid=110009910969 |url=https://hdl.handle.net/2433/232876}}</ref>。一般的には日本に三角関数表が輸入されたのは、[[1720年]]に[[徳川吉宗]]がキリスト教関連の禁書政策を緩和した後に、『崇禎暦書』が輸入された時とされている<ref name="keiseikousatsu"/>。一方『暦算全書』は[[1726年]]に輸入された後、[[建部賢弘]]と[[中根元圭]]により翻訳され、[[1733年]]『新写訳本暦算全書』として吉宗に献上された<ref>{{Cite journal|和書|author=小林龍彦 |date=2011-04 |url=https://hdl.handle.net/2433/170886 |title=長井忠三郎と『三角法挙要』 (数学史の研究) |journal=数理解析研究所講究録 |ISSN=1880-2818 |publisher=京都大学数理解析研究所 |volume=1739 |pages=51–64 |id={{CRID|1050001335761979008}} |hdl=2433/170886 |accessdate=2023-04-19 }}</ref>。日本人により初めて三角関数が紹介された著作は、1720年ごろの建部賢弘による『弧率』であると思われる<ref name="wasan" /><ref name="sitekikousatsu" >{{Cite journal|和書|title=三角法と対数の教材に関する史的考察 |url=https://hdl.handle.net/10513/00006983 |journal=上越教育大学数学研究 |author=伊達文治 |publisher=上越教育大学数学教室 |year=2015 |month=mar |issue=30 |pages=13–22 |naid=120005703229}}</ref>。建部は11桁までの、1度事の三角関数表を完成させ、[[松永良弼]]は『割円十分標』<ref>{{cite web|title=割円十分標|url=http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100248379 |doi=10.20730/100248379 |website=新日本古典籍総合データベース|accessdate=December 12, 2020}}</ref>で更にこれを精密化させた<ref name="wasan" />。その後三角法は測量家などに普及し、[[伊能忠敬]]も測量に使用している。また、[[1802年]]に[[ニュートン力学]]に基づいて[[地動説]]を説明し、[[:en:John Keill|ジョン・ケイル]]の翻訳と自らの注釈からなる『[[暦象新書]]』を著した[[志筑忠雄]]は、[[楕円]][[軌道 (力学)|軌道]]を描く[[惑星]]の位置関係の計算を説明する際に、ネイピアの定理やヴォルフの三角表などを参照すべきとしながら、三角法を説明した<ref>{{Cite thesis|和書|author=久保誠 |title=阿蘭陀通詞 志筑忠雄の思想 : 近世日本における統一的宇宙観の展開 |series=聖学院大学 博士論文（学術）、甲第024号 |year=2013 |naid=500000731339 |id={{NDLJP|8948769}} |url=http://id.nii.ac.jp/1477/00001953/}}</ref>。

== 応用分野 ==
[[ファイル:Table of Trigonometry, Cyclopaedia, Volume 2.jpg|サムネイル|1728年にイギリスで出版された百科事典『[[サイクロペディア]]』に記載された三角法に関する図面。図中 fig.35 がガンター氏の計算尺。]]
三角法が応用／利用される分野はきわめて多様である<ref name="朝倉書店1993" /><ref name="わかりやすい力学" /><ref name="三角関数の利用" />。[[測量]]の技術分野で用いられる[[三角測量]]は、2地点を結ぶ線分（「基線」（{{lang|en|base line}}）と呼ばれる）とそれを挟む2角の角度に基づいて他の諸量を、三角法の計算により求める<ref name="岩波理化学辞典" />。通常は、基線の長さが既知であり、両端角の角度を計測する<ref name="岩波理化学辞典" />。[[天文学]]の分野では三角測量と同じ原理で[[地球]]から地球外の天体までの距離を測ることがあるが、三角測量とは呼ばず「三角視差法」（{{lang|en|trigonometric parallax}}）と呼ぶ<ref name="岩波理化学辞典" />。[[太陽系]]外の[[恒星]]までの距離を測る場合は、地球の[[公転軌道]]の長径を基線とする<ref name="岩波理化学辞典" />。

歴史的な観点に立つと、古代ギリシア～アラビア科学～啓蒙期ごろまでのヨーロッパ科学にとって三角法、特に球面三角法は、占星術の天文計算に必要な技術であった{{sfn|テスター|1993|pp=98–104}}。例えば『テトラビブロス』によると、人間の運命に影響を与える[[獣帯]]の一つの宮が地平線上に姿を現すまでにかかる時間の長さは、獣帯に連れ回り上昇する天の赤道の長さで測るのであるが、その測定に球面三角法が要請された{{sfn|テスター|1993|pp=98–104}}。

上述の測量術や天文計算のほかには、[[航海術]]における利用がよく知られている<ref name="新修百科大辭典1934" /><ref name="江戸の数学第5章" />。14-15世紀[[地中海]]の船乗りは、風に流されて船が本来の航路から外れた際、航路に復帰するために初歩的な平面三角法を利用していた<ref name="taylor1956" /><ref name="Martelojo" />。「{{仮リンク|マルテロイオの方法|en|Rule of marteloio}}」と呼ばれる、この目視可能な島などの地文と[[羅針盤]]に頼る航海術は、大洋における自船の位置を正確に知るには誤差が大きくなる<ref name="内閣府航法の歴史" /><ref name="17世紀の航海術" />。大西洋に進出し始めたヨーロッパ西部の国々の帆船においては、16世紀末ごろから徐々に球面三角法を利用する[[天測航法]]が使われ始めた<ref name="parry1974" />。17世紀には、[[エドマンド・ガンター]]による容易に三角法が解ける目盛りがついた二つの定規を連結した器具など、球面三角法の計算を簡単にするツール類が開発され、18世紀には天測航法が一般的な方法として普及した<ref name="17世紀の航海術" />。

歴史的に重要であった測量術、天文計算、航海術の分野においては、[[光波測距儀|光学的測距技術]]精度の飛躍的向上や<ref name="岩波理化学辞典" />、[[双曲線]]の交点を自船の位置と認識する[[電波航法]]や[[グローバル・ポジショニング・システム|全地球測位システム]]の普及により、三角法の直接的利用は後退した<ref name="内閣府航法の歴史" />。古代の天文学者が三角法を駆使して推測した地球と惑星の間の距離についても結局は信頼できる情報を得るには至らなかった{{sfn|ノイゲバウアー|1984|p=143}}。しかしながら、例えば、[[機械工学]]の分野に用いられる[[古典力学|工業力学]]においては三角関数の知識が重要であり<ref name="わかりやすい力学" />、[[電磁波]]や[[音波]]のような[[波動]]を数学的に表現するのに三角関数が適している<ref name="三角関数の利用" />。三角法ないし、そこから派生した概念の応用分野は幅広く、現代文明の存立に欠かせない存在となっている<ref name="朝倉書店1993" /><ref name="三角関数の利用" />。

[[アメリカ合衆国]]では、[[銃器]]による[[発砲]]事件へ対処するため、音響センサーで発砲音を探知し、三角法により銃撃発生地点を特定する警備システムが実用化している。既に、[[ワシントンD.C.|ワシントン]]にある大学にて稼働しているほか、[[2017年]]には[[ホワイトハウス]]にて導入に向けた試験が行われた<ref>[https://www.cnn.co.jp/usa/35106353.html 「ホワイトハウス周辺で実弾発砲、新警備システムを試験」] CNN（2017年8月27日）2017年8月28日閲覧</ref>。


== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
=== 注釈 ===
{{notelist}}
=== 出典 ===
{{Reflist|25em|refs=
<ref name="岩波理化学辞典">[[#岩波理化学辞典|『岩波理化学辞典第五版』]] 「三角視差」及び「三角測量」の項 (p.&nbsp;530) 参照。</ref>
<ref name="岩波数学辞典">[[#岩波数学辞典|『岩波数学辞典第四版』]] 「3角法」の項 (p.151) 参照。</ref>
<ref name="共立出版2010">{{Cite book|和書|title=数学小辞典|edition=第2版|author=東京理科大学数学教育研究所|authorlink=東京理科大学|publisher=[[共立出版]]|date=2010|isbn=978-4-320-01931-7}} pp.229–230</ref>
<ref name="朝倉書店1993">{{Cite book|和書|title=数学辞典|date=1993-06-25|others=[[一松信]]、[[伊藤雄二 (数学者)|伊藤雄二]]|publisher=[[朝倉書店]]}} (original: ''Mathema Dictionary'', James and James, 5th edition) pp.164–165</ref>
<ref name="dtv-Atlas_math">{{Cite book|和書|title=dtv-Atlas Mathematik, カラー図解数学事典|publisher=共立出版|date=2012-08|isbn= 978-4-320-01896-9}} pp.168–179</ref>
<ref name="数学の小事典">[[#数学の小事典|『数学の小事典』]]（岩波ジュニア新書）「三角関数」の項（p.98–102）参照。</ref>
<ref name="高校数学の美しい物語, 三角形の決定条件と自由度">{{cite web|url=http://mathtrain.jp/triangle|website=高校数学の美しい物語|title=三角形の決定条件と自由度|date=2015-11-05|accessdate=2017-04-11}}</ref>
<ref name="岡田2000">{{cite journal|和書|naid=110001020496|author=岡田幾太郎|title=双曲幾何における極三角形 |journal=近畿大学九州工学部研究報告 |issn=13459430 |publisher=近畿大学 |date=2000-03|volume=28|number=|pages=89–97 |url=https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R000000004-I5423313 |accessdate=2023-04-24}}</ref>
<ref name="放送大学非ユークリッド幾何と時空">{{cite web|url=http://www.ouj.ac.jp/kamoku/detail/1562770/|title=非ユークリッド幾何と時空|publisher=[[放送大学]]|accessdate=2017-02-28}}</ref>
<ref name="江戸の数学第5章">{{cite web|url=https://www.ndl.go.jp/math/s1/c8.html|title=江戸の数学第5章西洋数学の導入――三角関数表|publisher=[[国立国会図書館]]|date=2011|accessdate=2017-02-23}}</ref>
<ref name="新修百科大辭典1934">{{cite book|url=https://books.google.co.jp/books?id=zG3Ln3xqcxwC&lpg=PA238&ots=yWoXeYQtBX&dq=%E8%88%AA%E6%B5%B7%E8%A1%93%20%E7%90%83%E9%9D%A2%E4%B8%89%E8%A7%92%E6%B3%95&hl=ja&pg=PA238#v=onepage&q=%E8%88%AA%E6%B5%B7%E8%A1%93%20%E7%90%83%E9%9D%A2%E4%B8%89%E8%A7%92%E6%B3%95&f=false|title=新修百科大辭典|author= 長谷川誠也|date=1934|publisher=博文館|accessdate=2017-02-24}} p.&nbsp;356 「球面三角法」の項。</ref>
<ref name="DSB_Rheticus">{{cite web|first=Edward|last=Rosen|title=Rheticus, George Joachim in ''Dictionary of Scientific Biography'' (New York 1970-1990) |url=http://www.encyclopedia.com/doc/1G2-2830903646.html|accessdate=2017-04-11}}（{{DSB|title=Rheticus}}）</ref>
<ref name="Martelojo">Breusing, A. (1881) "La toleta de Martelojo und die loxodromischen Karten", ''Zeitschrift für wissenschaftliche Geographie'', vol. II, Pt. 1 ([https://books.google.com/books?id=vnA9AAAAYAAJ&pg=PA129#v=onepage&q&f=false pp. 129–33]), Pt.2 ([https://books.google.com/books?id=vnA9AAAAYAAJ&pg=PA180#v=onepage&q&f=false pp. 180–95]).</ref>
<ref name="parry1974">{{cite book|last=Parry|first=J.H.|date=1974|title=The Discovery of the Sea|edition=1984 edition|location=Berkeley|publisher=University of California Press|url=https://books.google.com/books?id=kCREcRCFD0QC&lpg=PP1&pg=PR3#v=onepage&q&f=false|accessdate=2017-02-24|page=152}}</ref>
<ref name="taylor1956">{{cite book|last=Taylor|first=Eva Germaine Rimington|date=1956|title=The Haven-Finding Art: A history of navigation from Odysseus to Captain Cook|edition=1971 ed.|location=London|publisher=Hollis and Carter|url=https://books.google.co.jp/books?id=5v5TAAAAMAAJ&dq=editions:UOM35112100743568&hl=ja|accessdate=2017-02-24|page=120}}</ref>
<ref name="17世紀の航海術">{{cite web|url=http://hobbycom.jp/workshop/library/hansen_kokai/7.html|title=【第7回】17世紀の航海術の進歩～新たな海図・四分儀・対数理論|work=帆船航海史大全集|accessdate=2017-02-24}}</ref>
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== 参考文献 ==
<!--=== 日本語文献 ===-->
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<!--=== その他の文献 ===-->
* {{cite book |first=Carl B. |last=Boyer |author={{仮リンク|カール・ベンジャミン・ボイヤー|en|Carl Benjamin Boyer}} |title=A History of Mathematics |edition=Second |publisher=John Wiley & Sons, Inc. |year=1991 |isbn=0-471-54397-7|ref=harv}}
*Christopher M. Linton (2004). From Eudoxus to Einstein: A History of Mathematical Astronomy . Cambridge University Press.
* {{cite book|last = Todhunter |first = Isaac |title = Spherical Trigonometry |year = 1886 |publisher = MacMillan |edition = 5th |url = http://www.gutenberg.org/ebooks/19770 |accessdate=2017-02-25 |ref=harv}}

== 外部リンク ==
{{ウィキプロジェクトリンク|数学|[[画像:Nuvola apps edu mathematics blue-p.svg|34px|Project:数学]]}}
{{ウィキポータルリンク|数学|[[画像:Nuvola apps edu mathematics-p.svg|34px|Portal:数学]]}}
* {{MathWorld|title=Trigonometry|urlname=Trigonometry}}
* {{Kotobank}}

{{数学}}
{{normdaten}}
{{DEFAULTSORT:さんかくほう}}
[[Category:三角法|*]]
[[Category:数学に関する記事]]