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'''互変異性'''(ごへんいせい、{{lang-en-short|tautomerism}})は'''互変異性体'''(ごへんいせいたい、{{lang-en-short|tautomer}})を生じる現象である。互変異性体とは、それらの[[異性体]]同士が互いに変換する[[異性体#異性化|異性化]]の速度が速く、どちらの異性体も共存する[[化学平衡|平衡]]状態に達しうるものを指す。異性化の速度や平衡比は温度や[[水素イオン濃度指数|pH]]、[[液相]]か[[固相]]か、また[[溶液]]の場合には[[溶媒]]の種類によっても変化する。平衡に達するのが数時間から数日の場合でも互変異性と呼ぶことが多い。 互変異性と[[共鳴理論|共鳴]]は表現は良く似ているもののまったく別の概念である。互変異性は[[化学反応]]であり、 {{indent|A <math>\rightleftarrows</math> B}} の表現で、2つの異なる化学種AとBが存在して、相互に変換されるのを表しているのに対し、共鳴は[[量子力学]]的な電子の配置の[[重ね合わせ]]を表しており、 {{Indent|A <math>\leftrightarrow</math> B}} の表現で、ある物質の真の構造がAとBの中間的な構造(共鳴混成体)であることを表している。 互変異性はその異性化反応の形式から'''プロトン互変異性'''、'''核内互変異性'''、'''原子価互変異性'''、'''環鎖互変異性'''といくつかに分類される。代表的なものに'''ケト-エノール異性'''がある。これはプロトン互変異性の一種である。 == プロトン互変異性 == '''プロトン互変異性'''は[[プロトン]]の1,3-転位による互変異性である。 : <chem>1=H-X-Y=Z\ \rightleftarrows\ X=Y-Z-H</chem> 通常XとZの少なくとも片方は[[電気陰性度]]の大きい[[ヘテロ原子]]である。 この互変異性は酸または塩基によって促進される。酸の場合には[[プロトン化]]された[[反応中間体]] H−X−Y=Z<sup>+</sup>−H を、塩基の場合には[[脱プロトン化]]された中間体 X<sup>−</sup>−Y=Z を経て異性化が進行する。 === ケト-エノール互変異性 === [[ファイル:Keto-enol tatutomerization.svg|thumb|221px|ケト型(左)、エノール型(右)]] '''[[ケト-エノール互変異性]]'''は上記のプロトン互変異性の反応式で X = Y = C, Z = O に当たるものである。 R<sub>2</sub>−CH-C(=O)−R' で表される構造を'''ケト型''' (keto form) といい、R<sub>2</sub>C=C(OH)−R' で表される構造を'''エノール型''' (enol form) という。この関係を持つ互変異性体の一例として[[アセトアルデヒド]](ケト型)と[[ビニルアルコール]](エノール型)がある。 炭素-酸素二重結合に対して炭素-炭素二重結合は相対的に不安定であり、一般的なカルボニル化合物では平衡は大きくケト型の方へと片寄っている。そのため、[[分光学]]的手法を用いてもエノール型を確認するのは通常不可能である。しかし、カルボニル基のα位のハロゲン化反応などが進行することからエノール型が微量ながらも存在していることが分かる。 なお、1,3-ジカルボニル化合物(たとえば[[アセチルアセトン]]や[[アセト酢酸エチル]])ではエノール型がカルボニル基と炭素-炭素二重結合の[[共役系|共役]]によって安定化されるため、平衡状態で充分な割合のエノール型が存在し[[核磁気共鳴分光法]]などで確認できる。 環状化合物ではこの傾向はさらに強まり、1,3-シクロヘキサンジオンでは逆にエノール型のみが確認できる。また、1,2-ジカルボニル化合物も環状化合物ではかなりの割合でエノール型で存在する。 === そのほかのプロトン互変異性 === [[Image:Prototropic tautomerism.svg|545px|right|各種プロトン互変異性体]] X, Y, Z の組み合わせによって多数のプロトン互変異性が知られている。 *[[イミン]]-[[エナミン]]互変異性(X = Y = C, Z = N, 通常イミンの方が安定) *[[アミド]]-[[イミド酸]]互変異性(X = N, Y = C, Z = O, 通常アミドの方が安定) *[[ラクタム]]-ラクチム互変異性(上記の環状化合物版) *[[ニトロソ化合物|ニトロソ]]-[[オキシム]]互変異性(X = C, Y = N, Z = O, 通常オキシムの方が安定) *[[ニトロ化合物|ニトロ]]-アシニトロ互変異性(X = C, Y = N<sup>+</sup>-O<sup>-</sup>, Z = O, 通常ニトロの方が安定) === 核内互変異性 === '''核内互変異性'''はプロトン互変異性の一種であり、X,Yが芳香環に組み込まれているものを指す。 [[ファイル:Annular tautomerism.svg|thumb|247px|一般に芳香族化した異性体が安定であるが、2-ピリドンなどは例外として知られる]] 代表的な核内互変異性はケト-エノール互変異性でもある2,4-シクロヘキサジエノン(ケト型)と[[フェノール]](エノール型)の互変異性である。[[芳香族]]化による安定性からエノール型であるフェノールのみが確認できる。同様にシクロヘキサ-2,4-ジエン-1-イミン(イミン型)と[[アニリン]](エナミン型)では芳香族であるアニリンのみが確認できる。 しかしヘテロ芳香族化合物では必ずしも芳香族化した互変異性体が安定とは限らない<ref>総説: Elguero, J.; Marzin, C.; Katritzky, A. R.; Linda, P. "The Tautomerism of Heterocycles" Katritzky, A. R.; Boulton, A. J. Eds.; ''Advances in Heterocyclic Chemistry'', Supplement No. 1; Academic Press: New York, 1976.</ref>。[[2-ピリドン]](ラクタム型)と2-ヒドロキシピリジン(ラクチム型)のラクタム-ラクチム互変異性では、前者が極性溶媒中と固相中で優位、後者が非極性溶媒中と気相において優位であることが、紫外吸収スペクトルなどから知られている。一方2(1''H'')-ピリジンイミンと2-アミノピリジンでは芳香族化した2-アミノピリジンだけが観測される。 [[デオキシリボ核酸|DNA]] や [[リボ核酸|RNA]] が持つ[[核酸塩基]]も核内互変異性を示す。通常それぞれの塩基は安定なケト型やアミノ型をとっているが、それらが不安定なエノール型やイミノ型へと互変異性化することで、本来ミスマッチで好まれないはずの塩基対 (A:C, G:T) を作ってしまう<ref>総説: {{cite journal|author=Goodman, M. F. |title=DNA Models: Mutations caught in the act|journal=[[ネイチャー|Nature]]|year=1995|volume=378|pages=237-238|doi=10.1038/378237a0}}</ref>。このことは、一万から百万塩基の中で一塩基程度の割合で起こるとされる[[DNAポリメラーゼ]]上の偶発的突然変異の原因のひとつと考えられており、構造化学や分光学、計算化学による検討が行われているトピックである。 == 原子価互変異性 == '''原子価互変異性'''は[[原子価]]が2以上の原子同士の結合が変化するような互変異性である。化合物の骨格が異性化するような互変異性になる。この互変異性は可逆な[[転位反応]]といえる。例えば室温で[[コープ転位]]を起こす[[ブルバレン]]誘導体は原子価互変異性を起こす(置換基のないブルバレンのコープ転位生成物はブルバレンであるので互変異性体は存在しない)また、[[チオアミド]]が2個連結した化合物は4員環状の化合物である1,2-[[ジチエット]]と互変異性体として存在することが知られている<ref>{{cite journal|author=Kuesters, W.; De Mayo, P. |journal=[[J. Am. Chem. Soc.]]|year=1973|volume=95|pages=2383–2384|doi=10.1021/ja00788a057|title=Photochemical synthesis. 52. Thione photochemistry. II. Preparation of an α-dithione and the α-dithione-1,2-dithiete equilibrium}}</ref>。 == 環鎖互変異性 == '''環鎖互変異性'''はある鎖状分子が可逆な閉環反応が可能な場合に起こる互変異性である。この場合、鎖状化合物と環状化合物が互変異性体となる。この互変異性を起こす代表的な例は4-ヒドロキシケトン(またはアルデヒド)、5-ヒドロキシケトン(またはアルデヒド)で分子内[[ヘミアセタール]]の形成によって[[ラクトール]]と互変異性を起こす。通常はラクトールの方が安定である。 [[ペントース]]または[[ヘキソース]]はこの構造を持つため、鎖状化合物と環状化合物(5員環の場合には[[フラノース]]、6員環の場合には[[ピラノース]]と呼ばれる)の間で互変異性がある。 [[ファイル:Glucose equilibrium.svg|509px|center|グルコースの平衡]] 分子内ヘミアセタールの形成の際には新しく[[不斉炭素]]が生成するため、生成する互変異性体は1対の[[エピマー]]となる。このエピマーは[[アノマー]]と呼ばれる。 == 脚注 == {{reflist}} {{DEFAULTSORT:こへんいせい}} [[Category:化学反応]] [[Category:異性体]]
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