位相多様体のソースを表示

[[位相幾何学]]という[[数学]]の分野において、'''位相多様体'''（いそうたようたい、{{lang-en-short|topological manifold}}）とは、以下に定義される意味で[[実数|実]] {{mvar|n}} [[次元 (数学)|次元]]空間に局所的に似ている（[[ハウスドルフ空間|分離空間]]でもある）[[位相空間]]である。位相多様体は数学全般に応用を持つ位相空間の重要なクラスをなす。

「[[多様体]]」は位相多様体を意味することもあるし、より多くは、追加の構造を持った位相多様体を指す。例えば[[可微分多様体]]は[[可微分構造]]を備えた位相多様体である。任意の多様体は、単に追加の構造を忘れることによって得られる、台となる位相多様体を持つ。多様体の概念の概観はその記事に与えられている。この記事は純粋に多様体の位相的側面に焦点を当てる。

== 定義 ==

[[位相空間]] {{mvar|X}} が'''局所ユークリッド的''' (locally Euclidean) とは、非負整数 {{mvar|n}} が存在して、{{mvar|X}} の任意の点が[[ユークリッド空間]] {{math|'''E'''<sup>''n''</sup>}}（あるいは同じことだが[[実座標空間|実 {{mvar|n}} 次元空間]] {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} あるいは2つのどちらかのある[[領域 (解析学)|連結開部分集合]]）に[[同相]]な[[近傍 (位相空間論)|近傍]]をもつことをいう{{efn|{{math|'''E'''<sup>''n''</sup>}} の[[位相空間|位相]]は {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} の[[実数空間#位相構造|標準位相]]と同一なので、これら2つの空間は位相的には区別されない。また、{{math|'''E'''<sup>''n''</sup>}} の任意の空でない[[開部分集合]]はユークリッド[[開球体]]を含み、これは全空間に同相である。}}。

'''位相多様体''' (topological manifold) とは局所ユークリッド的[[ハウスドルフ空間]]のことである。位相多様体には追加の条件を課すのが一般的である。特に、多くの著者は[[パラコンパクト]]あるいは[[第二可算]]であると定義する。理由やいくつかの同値な条件は以下で議論される。

記事の残りでは「多様体」は位相多様体を意味する。{{mvar|n}} 次元多様体は任意の点が {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} に同相な近傍を持つような位相多様体を意味する。

== 例 ==
{{main|{{仮リンク|多様体の一覧|en|List of manifolds}}}}

=== ''n'' 次元多様体 ===

* [[実座標空間]] {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} はプロトタイプな {{mvar|n}} 次元多様体である。
* 任意の[[離散空間]]は 0 次元多様体である。
* [[円周]]は[[コンパクト空間|コンパクト]] 1 次元多様体である。
* [[トーラス]]と[[クラインの壺]]はコンパクト 2 次元多様体（あるいは[[曲面]]）である。
* [[超球面|{{mvar|n}} 次元球面]] {{mvar|S<sup>n</sup>}} はコンパクト {{mvar|n}} 次元多様体である。
* {{mvar|n}} 次元トーラス {{math|'''T'''<sup>''n''</sup>}}（{{mvar|n}} 個の円周の直積）はコンパクト {{mvar|n}} 次元多様体である。

===射影多様体===

* [[実数]]、[[複素数]]、[[四元数]]上の[[射影空間]]はコンパクト多様体である。
** {{仮リンク|実射影空間|en|Real projective space}} {{math|'''RP'''<sup>''n''</sup>}} は {{mvar|n}} 次元多様体である。
** {{仮リンク|複素射影空間|en|Complex projective space|preserve=1}} {{math|'''CP'''<sup>''n''</sup>}} は {{math|2''n''}} 次元多様体である。
** {{仮リンク|四元数射影空間|en|Quaternionic projective space}} {{math|'''HP'''<sup>''n''</sup>}} は {{math|4''n''}} 次元多様体である。
* 射影空間に関係する多様体は{{仮リンク|グラスマン多様体|en|Grassmannian}}、[[旗多様体]]、{{仮リンク|スティーフェル多様体|en|Stiefel manifold}}を含む。

===他の多様体===

* [[レンズ空間]]は奇数次元球面の[[商位相空間|商]]である多様体のクラスである。
* [[リー群]]は[[群 (数学)|群]]構造を持った多様体である。
* {{mvar|n}} 次元多様体の任意の開部分集合は[[部分空間位相]]で {{mvar|n}} 次元多様体である。

===構成===

* {{mvar|M}} が {{mvar|m}} 次元多様体で {{mvar|N}} が {{mvar|n}} 次元多様体ならば、[[積位相空間|積]] {{math|''M'' × ''N''}} は {{math|(''m''+''n'')}} 次元多様体である。
* {{mvar|n}} 次元多様体の族の[[直和 (位相空間論)|直和]]は {{mvar|n}} 次元多様体である（ピースはすべて同じ次元でなければならない）。
* 2つの {{mvar|n}} 次元多様体の[[連結和]]は別の {{mvar|n}} 次元多様体になる。

== 性質 ==

局所ユークリッド的であるという性質は[[局所同相]]によって保たれる。つまり、{{mvar|X}} が局所ユークリッド的で {{mvar|n}} 次元で、{{math|''f'': ''Y'' &rarr; ''X''}} が局所同相ならば、{{mvar|Y}} も局所ユークリッド的で {{mvar|n}} 次元である。特に、局所ユークリッド的であることは[[位相的性質]]である。

多様体はユークリッド空間の局所的な性質の多くを引き継ぐ。特に、それらは[[局所コンパクト]]、[[局所連結]]、[[第一可算]]、[[局所可縮]]、[[局所距離化可能]]である。多様体は、局所コンパクトハウスドルフなので、{{仮リンク|チコノフ空間|label=チコノフ|en|Tychonoff space}}でなければならない。

ハウスドルフの条件を課すことで多様体に対していくつかの性質が同値になる。例えば、ハウスドルフ多様体に対して、[[σコンパクト]]性と[[第二可算]]性の概念は同じであることを示すことができる。実際、ハウスドルフ多様体は局所コンパクトハウスドルフだから、（完全）正則である<ref>Topospaces subwiki, [http://topospaces.subwiki.org/wiki/Locally_compact_Hausdorff_implies_completely_regular Locally compact Hausdorff implies completely regular]</ref>。そのような空間 {{mvar|X}} が[[σコンパクト]]であるとする。するとそれはリンデレフであり、リンデレフかつ正則ならばパラコンパクトであるから、{{mvar|X}} は距離化可能である。しかし距離化可能空間において第二可算性はリンデレフ性と一致するから、{{mvar|X}} は第二可算である。逆に、{{mvar|X}} がハウスドルフ第二可算多様体ならば、σコンパクトでなければならない<ref>Stack Exchange, [http://math.stackexchange.com/questions/57348/hausdorff-locally-compact-and-second-countable-is-sigma-compact Hausdorff locally compact and second countable is sigma-compact]</ref>。

多様体は連結であるとは限らないが、任意の多様体 {{mvar|M}} は連結多様体の直和である。これらは単に {{mvar|M}} の[[連結成分]]であり、多様体は局所連結だからこれらは[[開集合]]である。多様体は局所弧状連結なので、弧状連結であることと連結であることは[[同値]]である。弧状連結成分は連結成分と同じであることが従う。

===ハウスドルフの公理===

ハウスドルフの性質は局所的なものではない。なのでユークリッド空間はハウスドルフであるにもかかわらず、局所ユークリッド空間はハウスドルフであるとは限らない。しかしながら、すべての局所ユークリッド空間が [[T1空間|T{{sub|1}}]] であることは正しい。

ハウスドルフでない局所ユークリッド空間の例は{{仮リンク|2つの原点を持つ直線|en|line with two origins}}である。この空間は実数直線の原点を「2つの」点で置き換え、各原点の開近傍は原点を含むある開区間のすべての 0 でない数を含むものとして作られる。この空間は2つの原点を分離できないのでハウスドルフでない。

===コンパクト性と可算性の公理===

多様体が[[距離化可能]]であることと[[パラコンパクト]]であることは同値である。距離化可能性は位相空間のそのような望むべき性質であるから、多様体の定義にパラコンパクト性を加えることが一般的である。いずれにせよ、パラコンパクトでない多様体は一般に[[病的 (数学)|病的]]と見なされる。パラコンパクトでない多様体の例は[[長い直線]]によって与えられる。パラコンパクト多様体は距離空間のすべての位相的性質を有する。特に、{{仮リンク|完全正規ハウスドルフ空間|en|perfectly normal Hausdorff space}}である。

多様体は[[第二可算]]であることを要求することも一般的である。これはちょうど、多様体がある有限次元ユークリッド空間に[[埋め込み (数学)|埋め込める]]ことを保証するための条件である。任意の多様体に対して、第二可算であること、[[リンデレフ空間|リンデレフ]]であること、[[σコンパクト]]であることはみな同値である。

任意の第二可算多様体はパラコンパクトであるが、逆は成り立たない。しかしながら、逆はほぼ正しい。パラコンパクト多様体が第二可算であることと[[可算集合|可算]]個の[[連結成分]]を持つことは同値である。特に、連結多様体がパラコンパクトであることと第二可算であることは同値である。任意の第二可算多様体は[[可分空間|可分]]かつパラコンパクトである。さらに、多様体が可分かつパラコンパクトならば、第二可算でもある。

任意の[[コンパクト空間|コンパクト]]多様体は第二可算かつパラコンパクトである。

===次元性===
{{仮リンク|領域不変性定理|en|invariance of domain}} により、空でない {{mvar|n}} 次元多様体は {{math|''n'' &ne; ''m''}} に対して {{mvar|m}} 次元多様体ではありえない。空でない {{mvar|n}} 次元多様体の次元は {{mvar|n}} である。{{mvar|n}} 次元多様体であることは[[位相的性質]]である、つまり {{mvar|n}} 次元多様体に同相な任意の位相空間も {{mvar|n}} 次元多様体である。

1次元多様体はしばしば'''[[曲線]]'''と呼ばれ、2次元多様体は'''[[曲面]]'''と呼ばれる。高次元多様体は通常単に {{mvar|n}} 次元多様体と呼ばれる。{{math|1=''n'' = 3, 4, 5}} については、{{仮リンク|3次元多様体|en|3-manifold}}、[[4次元多様体]]、{{仮リンク|5次元多様体|en|5-manifold}}を参照。

==座標チャート==
定義により、局所ユークリッド空間の任意の点は {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} の開部分集合に同相な近傍を持つ。そのような近傍は'''ユークリッド的近傍''' (Euclidean neighborhood) と呼ばれる。{{仮リンク|領域不変性定理|en|invariance of domain}} からユークリッド的近傍はつねに開集合であることが従う。{{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} の「よい」開集合に同相なユークリッド的近傍を見つけることがつねに可能である。実際、空間 {{mvar|M}} が局所ユークリッド的であることと以下の同値な条件のいずれかが成り立つことは同値である。
*{{mvar|M}} の任意の点は {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} の[[開球体]]に同相な近傍を持つ。
*{{mvar|M}} の任意の点は {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} 自身に同相な近傍を持つ。
{{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} の開球体に同相なユークリッド的近傍は'''ユークリッド的球体''' (Euclidean ball) と呼ばれる。ユークリッド的球体たちは局所ユークリッド空間の位相の[[基底 (位相空間論)|基底]]をなす。

任意のユークリッド的近傍 {{mvar|U}} に対して、同相 {{math|''&phi;'': ''U'' &rarr; ''&phi;''(''U'') &sub; '''R'''<sup>''n''</sup>}} は {{mvar|U}} 上の'''座標チャート''' (coordinate chart) と呼ばれる（「チャート」という用語はそのような写像の定義域あるいは値域を指して使われることがしばしばあるが）。空間 {{mvar|M}} が局所ユークリッド的であることとユークリッド的近傍によって[[集合の被覆|被覆]]できることは同値である。{{mvar|M}} を被覆するユークリッド的近傍の集合を、それらの座標チャートと合わせて、{{mvar|M}} 上の'''[[アトラス (多様体)|アトラス]]'''と呼ぶ。（用語は球面の[[地球儀]]が平らな地図あるいはチャートの[[地図帳]]によって記述できる[[地図学]]との類似から来ている。）

重なりのある領域 {{mvar|U}} と {{mvar|V}} の2つのチャート {{mvar|&phi;}} と {{mvar|&psi;}} が与えられると、'''変換関数''' (transition function)
:{{math|1=''&psi;&phi;''<sup>&minus;1</sup>: ''&phi;''(''U'' &cap; ''V'') &rarr; ''&psi;''(''U'' &cap; ''V'')}}
がある。そのような写像は {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} の開部分集合の間の同相写像である。つまり、座標チャートは同相の違いを除いて重なった部分で一致する。異なる種類の多様体は変換関数の種類に制限を課すことによって定義できる。例えば，[[可微分多様体]]に対して、変換関数は[[微分同相]]であると要求される。

==多様体の分類==

===離散空間（0次元多様体）===
{{main|[[離散空間]]}}

0次元多様体は単に[[離散空間]]である。そのような空間は[[濃度 (数学)|濃度]]によって分類される。任意の離散空間はパラコンパクトである。離散空間が第二可算であることと[[可算集合|可算]]であることは同値である。

===曲線（1次元多様体）===
{{main|[[1次元多様体]]}}
任意の空でないパラコンパクト連結1次元多様体は {{mathbf|R}} か[[円周]]に同相である。連結でないものは単にこれらの[[直和 (位相空間論)|直和]]である。

===曲面（2次元多様体）===
{{main|[[2次元多様体]]}}
任意の空でないコンパクト連結2次元多様体（あるいは[[曲面 (位相幾何学)|曲面]]）は[[球面]]、[[トーラス]]の[[連結和]]、あるいは[[実射影平面|射影平面]]の連結和に同相である。詳細は{{仮リンク|曲面の分類定理|en|classification theorem for surfaces}}を参照。

===曲空間（3次元多様体）===
{{main|{{仮リンク|3次元多様体|en|3-manifold}}}}
3次元多様体の分類は[[グレゴリー・ペレルマン]]によって証明された[[サーストンの幾何化予想]]{{clarify|date=April 2013|reason=Existence of at least one global differential structure on any topological 3-manifold is not an obvious fact}}から得られる。

===一般の ''n'' 次元多様体===
{{seealso|[[4次元多様体]]|{{仮リンク|5次元多様体|en|5-manifold}}}}
{{mvar|n}} が 3 よりも大きいときの {{mvar|n}} 次元多様体の完全な分類は不可能であることが知られている。少なくとも[[群論]]における{{仮リンク|群に対する語の問題|en|word problem for groups|label=語の問題}}と同じくらい難しく、それは{{仮リンク|決定不能問題|en|undecidable problem|label=アルゴリズム的に決定不能}}であることが知られている。実は、与えられた多様体が[[単連結]]であるかどうかを決定する[[アルゴリズム]]は存在しない。しかしながら、次元 {{math|≥ 5}} の単連結多様体の分類は存在する。

==境界を持つ多様体==
{{main|境界を持つ多様体}}
わずかに一般的な概念がときに有用である。'''[[境界付き多様体]]'''とは任意の点が（固定された {{mvar|n}} に対して）ユークリッド{{仮リンク|半空間|en|Half-space (geometry)}}
:<math>\mathbb R^n_{+} = \{(x_1,\ldots,x_n) \in \mathbb R^n : x_n \ge 0\}</math>
の開部分集合に同相な近傍を持つような[[ハウスドルフ空間]]である。用語はいくぶんまぎらわしい。任意の位相多様体は境界付き位相多様体であるが、逆は成り立たない。

== 注 ==
=== 注釈 ===
{{notelist}}
=== 出典 ===
{{reflist}}

==参考文献==

*{{cite journal | last = Gauld | first = D. B. | year = 1974 | title = Topological Properties of Manifolds | journal = The American Mathematical Monthly | volume = 81 | issue = 6 | pages = 633&ndash;636 | doi = 10.2307/2319220 | publisher = Mathematical Association of America | jstor = 2319220}}
*{{cite book | last = Kirby | first = Robion C. | authorlink = Robion Kirby |author2=Siebenmann, Laurence C.  | title = Foundational Essays on Topological Manifolds. Smoothings, and Triangulations | location = Princeton | publisher = Princeton University Press | year = 1977 | isbn = 0-691-08191-3 | url = http://www.maths.ed.ac.uk/~aar/papers/ks.pdf}}
*{{cite book | first = John M. | last = Lee | year = 2000 | title = Introduction to Topological Manifolds | series = Graduate Texts in Mathematics '''202''' | publisher  = Springer | location = New York | isbn = 0-387-98759-2}}

{{Commons category|Mathematical manifolds}}

== 外部リンク ==
* {{MathWorld|urlname=TopologicalManifold|title=Topological Manifold}}
* {{nlab|urlname=topological+manifold|title=topological manifold}}
* {{PlanetMath|urlname=TopologicalManifold|title=topological manifold}}
* {{ProofWiki|urlname=Definition:Topological_Manifold|title=Definition:Topological Manifold}}

{{Normdaten}}

{{DEFAULTSORT:いそうたようたい}}
[[Category:多様体論]]
[[Category:位相空間の性質]]
[[Category:数学に関する記事]]