作用 (物理学)のソースを表示

[[物理学]]における'''作用'''（さよう、{{lang-en-short|action}}）は、[[系 (自然科学)|物理系]]の[[動力学]]的な性質を示すもので、数学的には経路<ref group="注">トラジェクトリとか軌道とも呼ばれる。</ref>を[[引数]]にとる[[実数]]値の[[汎関数]]として表現される。一般には、異なる経路に対する作用は異なる値を持つ{{sfn|Parker|1994}}。[[古典力学]]においては、作用の[[停留点]]における経路が実現される。この法則を[[最小作用の原理]]と呼ぶ。

作用は、[[エネルギー]]と[[時間]]の積の[[量の次元|次元]]を持つ。従って、[[国際単位系]] (SI) では、作用の単位は[[ジュール]]秒 (J&sdot;s) となる。作用の次元を持つ[[物理定数]]として[[プランク定数]]がある。そのため、プランク定数は作用の物理的に普遍な単位としてしばしば用いられる。なお、作用と同じ次元の物理量として[[角運動量]]がある。

物理学において「作用」という言葉は様々な意味で用いられる。たとえば[[作用・反作用の法則]]や[[近接作用論]]・[[遠隔作用論]]の中で論じられる「作用」とは物体に及ぼされる[[力 (物理学)|力]]を指す。本項では力の意味での作用ではなく、[[解析力学]]における[[ラグランジアン]]の[[積分]]としての作用についてを述べる。

== 概要 ==
物理法則は[[微分方程式]]として表されることが多い。[[時間]]に関する微分方程式は、[[位置ベクトル|位置]]や[[運動量]]といった時間に対して[[連続関数|連続]]な[[物理量]]がどのように変化するかを記述する。それぞれの状況に対応して、微分方程式に[[初期値問題|初期条件]]を含む[[境界値問題|境界条件]]が与えられ、与えられた境界条件から得られる[[方程式#関数方程式の解の種類|微分方程式の解]]は、それぞれの状況に対する系の振る舞いを決定する。微分方程式の解は、境界条件によって定められる時間領域および空間領域のすべての点に対して、粒子の位置や運動量を決定する[[関数 (数学)|関数]]として得られる。

[[運動方程式]]を見つけるための異なるアプローチがある。[[古典力学]]では、系が実際に辿る経路はその経路の作用が[[停留点|停留値]]（大抵は最小値）をとるものに限ると仮定される。つまり、古典力学において作用は[[最小作用の原理]]（厳密には「停留作用の原理」と呼ぶべきだろう）を満たす。最小作用の原理は[[変分原理]]の一種であり、作用の第一[[変分]]が 0 となる経路として古典的経路を定める。作用は[[積分]]の形で定義され、これを'''作用積分'''（さようせきぶん、{{lang-en-short|action integral}}）と呼ぶ。系の古典的運動方程式は、作用積分を最小化する必要条件として、作用積分の境界条件を除いた形で得られる。

この単純な原理は、物理へ深い洞察をもたらす現代[[理論物理学]]での重要な概念である。

微分方程式による表現と変分原理による表現の二つのアプローチが互いに等価であることは、{{仮リンク|ハミルトンの原理|en|Hamilton's principle}}から導かれる。ハミルトンの原理は'''任意の'''系の運動方程式である微分方程式は等価な[[積分方程式]]として再定式化することができることを言っている。これは、単に単一粒子の運動に留まらず、[[電磁場]]や[[重力場]]のような[[古典場の理論]]にも適用できる。ハミルトンの原理はまた、[[量子力学]]や[[場の量子論]]への拡張、特に[[経路積分]]の定式化に用いられる。量子系の可能なすべての経路に対して、それぞれの経路の確率振幅がその経路の作用積分によって決定される。{{sfn|Abers|2004}}

==歴史==

作用は概念の発達とともに様々な方法で定義された。{{sfn|Hand|Finch|2008}}
*[[ゴットフリート・ライプニッツ]]、[[ヨハン・ベルヌーイ]]、[[ピエール・ルイ・モーペルテュイ]]らは、[[光]]の作用を光の[[速度]]やその[[逆数]]の経路の長さに沿った[[積分]]として定義した。
*[[レオンハルト・オイラー]]（そしておそらくはライプニッツも）物質の粒子の作用を、粒子が辿る空間上の経路にそった粒子の速度の積分として定義した。
*モーペルテュイは互いに矛盾するいくつかの[[アド・ホック]]な作用の定義を用いた。モーペルテュイは自身の論文（[[:en:s:Translation:Derivation of the laws of motion and equilibrium from a metaphysical principle|英文訳]]）の中で、作用を[[ポテンシャルエネルギー]]として定義したり、仮想的な[[運動エネルギー]]として定義したり、またはそれらの組み合わせとして定義している。これらの異なる作用の定義は、粒子の衝突に関して[[運動量保存則]]を保証するように導入されている。<ref>''Œuvres de Mr de Maupertuis'' (pre-1801 Imprint Collection at the [[Library of Congress]]).</ref>

==数学的定義==

系が辿る実際の[[時間発展]]の経路は、作用の[[停留点]]（通常は最小点）に対応する。作用の停留点は作用積分に対する[[変分]]により与えられる。

作用には異なるいくつかの定義があり、それらは物理学で一般的に使われている。{{sfn|Hand|Finch|2008}}{{sfn|Lerner|Trigg|1991}}
よく使われる作用の定義は、[[ラグランジアン]]の[[時間積分]]として与えられる。しかし、[[場]]の作用に対しては、ラグランジアンではなく[[ラグランジアン密度]]に対する積分として定義され、空間と時間の両方の積分として定義される。いくつかの特別な場合において、作用は時間をパラメターとした系の辿る経路に沿った積分に置き換えられる。例えば粒子系の時間発展に関して、作用積分はそれぞれの粒子が辿る経路に束縛されるため、作用積分は時間をパラメターとする粒子の軌跡の積分となる。

典型的な作用は、初期時刻 {{math|''t''<sub>i</sub>}} と終端時刻 {{math|''t''<sub>f</sub>}} の間で系が辿る経路に沿った時間積分として表現されるものである。{{sfn|Hand|Finch|2008}}
:<math>\mathcal{S} = \int_{t_\mathrm{i}}^{t_\mathrm{f}} L \, \mathrm dt</math>
右辺の被積分関数 {{mvar|L}} は[[ラグランジアン]]と呼ばれる。作用積分が [[well-defined]] であるためには、ラグランジアンに与えられる軌跡は時間と空間の両方について[[有界]]である必要がある。

=== 作用汎関数 ===
最も一般的には、時間と（[[場]]の作用に関しては）空間の関数に対する[[スカラー (物理学)|スカラー]]値の[[汎関数]] <math>\mathcal{S}</math> を作用と呼ぶ。{{sfn|Penrose|2007}}{{sfn|Kibble|1973}}

[[古典力学]]において、作用汎関数に与えられる関数は初期時刻 {{math|''t''<sub>i</sub>}} と終端時刻 {{math|''t''<sub>f</sub>}} の間の系の経路 {{math|'''''q'''''(''t'')}} である。ここで {{math|'''''q'''''}} は[[一般化座標系|一般化座標]]である。作用 <math>\mathcal{S}[\boldsymbol{q}(t)]</math> は初期時刻 {{math|''t''<sub>i</sub>}} と終端時刻 {{math|''t''<sub>f</sub>}} の間の[[ラグランジアン]] {{mvar|L}} の時間積分
:<math>
\mathcal{S}[\boldsymbol{q}(t)] = \int_{t_\mathrm{i}}^{t_\mathrm{f}} L[\boldsymbol{q}(t),\dot{\boldsymbol{q}}(t),t]\, \mathrm dt
</math>
として定義される。

また上記の定義に加え補助的な境界条件として、初期時刻および終端時刻における系の一般化座標 {{math|'''''q'''''(''t'')}} はそれぞれ {{math|'''''q'''''(''t''<sub>i</sub>) {{=}} '''''q'''''<sub>i</sub>, '''''q'''''(''t''<sub>f</sub>) {{=}} '''''q'''''<sub>f</sub>}} と固定される。[[最小作用の原理]]に従えば、実現される経路 {{math|'''''q'''''<sub>true</sub>(''t'')}} は作用 <math>\mathcal{S}[\boldsymbol{q}(t)]
</math> の[[停留点]]（最小点、最大点、もしくは[[鞍点]]）である。上記の作用に対する最小作用の原理は、[[ラグランジュ力学]]における運動方程式、すなわち[[オイラー＝ラグランジュ方程式]]を与える。

===簡約された作用===
'''簡約された作用'''{{sfn|ランダウ|リフシッツ|1974|p=178|loc=第7章 正準方程式 §44. モーペルテュイの原理}}（かんやくされたさよう、{{lang-en-short|abbreviated action}}）は、一般に <math>\mathcal{S}_{0}</math> と表される汎関数である。簡約された作用は、ラグランジアン（およびハミルトニアン）が時間に陽に依存しない作用に対して、作用の時間に関する項を除いたものとして定義される。

例えば、惑星の軌道は楕円であり、一様な重力場の中の物体の経路は放物線である。どちらの場合も、経路の形は物体が通過する速さには依存しない。簡約された作用 <math>\mathcal{S}_{0}</math> は、[[一般化座標系]]の中の経路に沿った一般化運動量の積分として定義される。
:<math>
\mathcal{S}_{0} = \int \boldsymbol{p} \cdot \mathrm d\boldsymbol{q} = \int p_i \,\mathrm dq_i</math>

[[モーペルテュイの原理]]に従うと、実現される経路は、簡約された作用 <math>\mathcal{S}_{0}</math> が[[停留点|停留]]となる経路である。

===ハミルトンの主関数===
{{main|ハミルトンの主関数}}
ハミルトンの主関数は[[ハミルトン・ヤコビ方程式]]により定義される。ハミルトン・ヤコビ方程式は[[古典力学]]の別の定式化となっている。通常、ハミルトンの主関数は {{mvar|S}} と表される。この記法は、ハミルトンの主関数 {{mvar|S}} と作用汎関数 <math>\mathcal{S}</math> を同一視できることによる。作用汎関数 <math>\mathcal{S}</math> の積分の初期時刻 {{math|''t''<sub>i</sub>}} と経路の始点 {{math|'''''q'''''<sub>i</sub>}}、および終端時刻 {{math|''t''<sub>f</sub>}} と経路の終点 {{math|'''''q'''''<sub>f</sub>}} を変数と見なせば、ハミルトンの主関数はそれらを[[独立変数]]とする関数となる。言い換えれば、ハミルトンの主関数 {{mvar|S}} はラグランジアンの時間に関する[[不定積分]]（[[不定積分]]）である。

===ハミルトンの特性関数===
全エネルギー {{mvar|E}} が保存される場合、[[ハミルトン・ヤコビ方程式]]は、一般化座標の関数と時間の関数の和の形に[[ハミルトン-ヤコビ方程式#変数分離|変数分離]]することができる。
:<math>S(q_{1},\dots,q_{N},t)= W(q_{1},\dots,q_{N}) - E\cdot t</math>
時間に依存しない関数 {{math|''W''(''q''<sub>1</sub>, ''q''<sub>2</sub> ..., ''q<sub>N</sub>'')}} を'''ハミルトンの特性関数'''（ハミルトンのとくせいかんすう、{{lang-en-short|Hamilton's characteristic function}}）と呼ぶ。

特性関数の物理的重要性は、時間に関する[[全微分]]から明らかにされる。
:<math>\frac{\mathrm d W}{\mathrm d t}= \frac{\partial W}{\partial q_i}\dot q_i=p_i\dot q_i</math>

特性関数の全微分を改めて積分すると
:<math>W(q_{1},\dots,q_{N}) = \int p_i\dot q_i \,\mathrm dt = \int p_i\,\mathrm dq_i</math>
となり、特性関数が定数を除き[[#簡約された作用|簡約された作用]]に一致することが分かる。

===ハミルトン・ヤコビ方程式の他の解===
エネルギー保存則が成り立つ系について時間の関数を分離できたように、特別な場合にはハミルトン・ヤコビ方程式の解は変数分離形となる。ある独立変数についてハミルトンの主関数が変数分離できた場合、その変数分離された項 {{math|''S<sub>k</sub>''(''q<sub>k</sub>'')}} もまた「作用」と呼ばれることがある。{{sfn|Hand|Finch|2008}}

===一般化座標の作用===
{{main|{{仮リンク|作用・角変数座標系|en|action-angle coordinates}}}}
{{仮リンク|作用・角変数座標系|en|action-angle coordinates}}の正準変数 {{mvar|J<sub>k</sub>}} は、一般化運動量の[[相空間]]の閉経路上の積分を積分として定義される。
:<math>
J_{k} = \oint p_{k} \mathrm dq_{k}
</math>
正準変数 {{mvar|J<sub>k</sub>}} は回転や振動の運動に対応している。

変数 {{mvar|J<sub>k</sub>}} を一般化座標 {{mvar|q<sub>k</sub>}} の'''作用変数''' ({{en|action}}) と呼び、正準変数 {{mvar|J<sub>k</sub>}} の共役 {{mvar|w<sub>k</sub>}} をその作用変数に対する'''角変数''' ({{en|angle}}) と呼ぶ。作用変数を決定する積分に含まれるのは一般化座標の一成分 {{mvar|q<sub>k</sub>}} だけであり、[[#簡約された作用|簡約された作用]]の中の被積分関数のドット積とは異なる。作用変数 {{mvar|J<sub>k</sub>}} は、{{mvar|q<sub>k</sub>}} が閉経路の上を動く場合の {{math|''S<sub>k</sub>''(''q<sub>k</sub>'')}} の変化量に等しい。大抵の系において、{{mvar|J<sub>k</sub>}} は一定ないし変化が非常に緩やかであるため、作用変数 {{mvar|J<sub>k</sub>}} は[[摂動]]計算や[[断熱不変量]]の決定によく用いられる。

===ハミルトンフローの作用===
{{仮リンク|自然1-形式|en|tautological one-form}}を参照。
<!-- 日本語では "Liouville one form" の訳語しか見当たらない。tautological を「自然な」と訳すのは一般的。 -->

=={{anchors|作用積分のオイラー・ラグランジュ方程式}}作用積分のオイラー＝ラグランジュ方程式==
[[#作用汎関数|作用汎関数]]の節でも触れたが、一般化座標の時間発展の小さな摂動の下で作用積分が[[停留点]]を持つという要請は、[[変分法]]を用いて与えられる一連の[[微分方程式]]（つまり[[オイラー＝ラグランジュ方程式]]）と同値である。このことを一般化座標が一変数 {{mvar|x}} の場合を例に取って説明する。多変数への拡張は一変数での議論をそのまま適用すればよい。{{sfn|Parker|1994}}{{sfn|Kibble|1973}}

{{仮リンク|ハミルトンの原理|en|Hamilton's principle}}を受け入れるならば、作用積分の被積分関数である[[ラグランジアン]] {{mvar|L}} は、座標 {{math|''x''(''t'')}} とその[[時間微分]] {{math|{{sfrac|d''x''(''t'')|d''t''}}}} にのみ依存するか、あるいは問題によって、それらに加えて時刻 {{mvar|t}} に陽に依存する。このラグランジアンに対する作用積分は次のように書き表わすことができる。
:<math>
\mathcal{S} = \int_{t_\mathrm{i}}^{t_\mathrm{f}}\; L(x,\dot{x},t)\,\mathrm dt
</math>
ここで、運動の初期時刻 {{math|''t''<sub>i</sub>}} と終端時刻 {{math|''t''<sub>f</sub>}}、および初期位置 {{math|1=''x''<sub>i</sub> = ''x''(''t''<sub>i</sub>)}} と終端位置 {{math|1=''x''<sub>f</sub> = ''x''(''t''<sub>f</sub>)}} はあらかじめ固定しておく。

{{math|''x''<sub>true</sub>(''t'')}} を求める真の時間発展とし、その摂動バージョンを {{math|''x''<sub>per</sub>(''t'')}} とする。ただし摂動バージョンの端点は真の時間発展に一致するものとし、{{math|1=''x''<sub>per</sub>(''t''<sub>i</sub>) = ''x''<sub>i</sub>}} かつ {{math|1=''x''<sub>per</sub>(''t''<sub>f</sub>) = ''x''<sub>f</sub>}} なるものを選ぶ。同時刻における2つの時間発展の差
:<math>
\varepsilon(t) = x_{\mathrm{per}}(t) - x_{\mathrm{true}}(t)
</math>
はすべての時刻において充分小さいものとする。摂動に関する仮定から、時間発展の両端においてこの差分は正確に {{math|0}} に等しい。

作用積分の変分
:<math>\delta \mathcal{S} = \mathcal{S}_\mathrm{per} - \mathcal{S}_\mathrm{true}</math> 
について、作用の差はラグランジアンの差の積分に置き換えられる。
:<math>\mathcal{S}_\mathrm{per} - \mathcal{S}_\mathrm{true} = \int_{t_\mathrm{i}}^{t_\mathrm{f}}\; 
\left[ L(x_\mathrm{per}, \dot x_\mathrm{per}, t)- L(x_\mathrm{true},\dot x_\mathrm{true},t) \right]\mathrm dt
</math>
摂動された時間発展 {{math|''x''<sub>per</sub>}} を真の時間発展と摂動項の和 {{math|''x''<sub>true</sub> + ''ε''}} に置き換えれば、摂動項は無限小量と見なせることを仮定しているため、ラグランジアンを摂動項に関する[[テイラー展開|一次展開]]に書き直すことができる。したがって作用積分の変分は
:<math>\begin{align}
\delta \mathcal{S} &= \int_{t_\mathrm{i}}^{t_\mathrm{f}}\; 
\left[ L(x_{\mathrm{true}}+\varepsilon,\dot x_{\mathrm{true}} +\dot\varepsilon,t)- L(x_{\mathrm{true}},\dot x_{\mathrm{true}},t) \right]\mathrm dt \\
&= \int_{t_\mathrm{i}}^{t_\mathrm{f}}\;
\left(\varepsilon{\partial L\over\partial x} + 
\dot\varepsilon{\partial L\over\partial \dot x}  \right)\,\mathrm dt      
\end{align}</math>
と計算できる。最後の項を[[部分積分]]し、[[境界条件]] {{math|1=''ε''(''t''<sub>i</sub>) = ''ε''(''t''<sub>f</sub>) = 0}} を適用すれば、次の等式が得られる：
:<math>
\delta \mathcal{S} = 
\int_{t_\mathrm{i}}^{t_\mathrm{f}}\; 
\left(
\varepsilon{\partial L\over \partial x} -
\varepsilon{\mathrm d\over \mathrm dt }{\partial L\over\partial \dot x} 
\right)\,\mathrm dt
</math>

作用 <math>\mathcal{S}</math> が[[停留点]]を持つという要請は、真の時間発展の周りのすべての可能な摂動はその一次変化がゼロである、という要請を暗に含んでいる（[[最小作用の原理|停留作用の原理]]）。
{{Equation box 1
|indent =:
|title= '''停留作用の原理'''
|equation = <math>\delta\mathcal{S}=0</math>
|cellpadding
|border=1
|border colour = black
|background colour = white}}

この停留作用の原理は、ラグランジアンが以下の[[オイラー＝ラグランジュ方程式]]を満たす場合にのみ成り立つ。
{{Equation box 1
|indent =:
|title= '''オイラー＝ラグランジュ方程式'''
|equation = <math> {\partial L\over\partial x} - {\mathrm d\over \mathrm dt }{\partial L\over\partial \dot{x}} = 0 </math>
|cellpadding
|border=1
|border colour = black
|background colour = white}}

作用の変分に関する議論は[[汎関数微分]]によって表現することもできる。オイラー＝ラグランジュ方程式が成立するなら、作用積分の汎関数微分が恒等的にゼロである：
:<math>\frac{\delta \mathcal{S}}{\delta x(t)}=0</math>

オイラー＝ラグランジュ方程式に現れる量 {{math|{{sfrac|''&part;L''|''&part;''{{dot|''x''}}}}}} は、座標 {{mvar|x}} の'''共役運動量''' ({{en|conjugate momentum}}) と呼ばれる。オイラー＝ラグランジュ方程式に関する重要な結果として、ラグランジアン {{mvar|L}} が陽に座標 {{mvar|x}} を含まない場合、すなわち
:<math> \frac{\partial L}{\partial x}=0</math>
が成り立つ場合、対応する共役運動量は時間によらず一定である。
:<math>{\mathrm d \over \mathrm dt}\frac{\partial L}{\partial\dot x} = 0</math>

この場合の {{mvar|x}} は'''巡回的''' ({{en|cyclic}}) な座標と呼ばれ、その共役運動量は[[保存則|保存]]される。

===極座標での自由粒子===
簡単な問題を例にとり、オイラー＝ラグランジュ方程式を通じて作用原理を用いることの利点を示す。[[ユークリッド空間]]上の直線を[[自由粒子]]（[[質量]] {{mvar|m}}, [[速度]] {{mvar|v}} とする）が運動をしているとする。この運動をオイラー＝ラグランジュ方程式を用いて[[極座標]]の形式に書き直すことを考えよう。[[ポテンシャル]]がない場合、ラグラジアンは単純に[[運動エネルギー]]に等しく、[[直交座標]] {{math|(''x'', ''y'')}} では、
:<math>L = \frac{1}{2} mv^2= \frac{1}{2}m \left( \dot{x}^2 + \dot{y}^2 \right)</math>
となる。ドットは曲線の[[媒介変数]]（通常は時刻 {{mvar|t}} に対応する）に関する微分を表す。

一方で極座標 {{math|(''r'', ''φ'')}} によってラグランジアンを書き直せば
:<math>
      L = \frac{1}{2}m \left( \dot{r}^2 + r^2\dot\varphi^2 \right)
</math>
となる。各成分 {{mvar|r}} と {{mvar|φ}} に関するオイラー＝ラグランジュ方程式は、それぞれ、
:<math>\begin{align}
\frac{\mathrm d}{\mathrm dt} \left( \frac{\partial L}{\partial \dot{r}} \right) - \frac{\partial L}{\partial r} &= 0 
\qquad \Rightarrow \qquad 
\ddot{r} - r\dot{\varphi}^2 &= 0 \\
\frac{\mathrm d}{\mathrm dt} \left( \frac{\partial L}{\partial \dot{\varphi}} \right) - \frac{\partial L}{\partial \varphi} &= 0  
\qquad \Rightarrow \qquad 
\ddot{\varphi} + \frac{2}{r}\dot{r}\dot{\varphi} &= 0
\end{align}</math>
となる。

これらの 2つの方程式の解は、初期条件として決まる定数 {{math|''a'', ''b'', ''c'', ''d''}} に対し、
:<math>\begin{align}
r\cos\varphi &= a t + b \\
r\sin\varphi &= c t + d
\end{align}</math>
により与えられる。この解は[[運動の第1法則|等速直線運動]]を表わしており、自由粒子が実際に等速直線運動することと整合する。

==作用原理==
{{Main|最小作用の原理}}

===古典場===
{{see also|アインシュタイン・ヒルベルトの作用}}
[[粒子]]の[[運動方程式]]に対する作用原理を拡張して、[[電磁場]]や[[重力場]]のような、[[場 (物理学)|場]]の運動方程式を与える作用原理を考えることができる。

[[アインシュタイン方程式]]は[[アインシュタイン・ヒルベルトの作用]]に[[変分原理]]を適用することで得られる。

重力場中の[[物体]]の[[世界線]]は、作用原理によって決定できる。[[自由落下]]する物体の世界線は[[測地線]]である。

===保存則===
{{main|保存則}}
ある物理的な[[対称性]]の意味を、作用原理と作用原理から導かれる[[オイラー＝ラグランジュ方程式]]の中に見出すことができる。[[ネーターの定理]]はその一つの例であり、物理系の{{仮リンク|連続対称性|en|continuous symmetry}}にはそれと一対一に対応する[[保存則]]があることを示す。この対称性と保存則の対応関係は、作用原理を前提としている。{{sfn|Abers|2004}}

===量子力学と場の量子論===
{{main|量子力学|場の量子論}}
[[量子力学]]では、[[系 (自然科学)|系]]は作用の[[停留点]]にある経路のみに従うのではなく、全ての可能な経路に対する作用がその系の振る舞いに寄与する。個々の経路の作用は[[経路積分]]中に現れ、その経路に対する[[波動関数#確率振幅|確率振幅]]を与える。

作用原理は、[[古典力学]]における[[ニュートン力学|ニュートンの法則]]と等価であるにもかかわらず、理論の一般化に適しており、現代物理学においても重要な役割を果たしている。

[[マクスウェル方程式]]も停留作用の条件として導出することができる。

===単一の相対論的粒子===
{{要改訳|section=1}}
{{main|相対論}}
<!--===Single relativistic particle===
{{main|Theory of relativity}}
-->

[[相対論効果]]が重要なとき、[[固有時間]]によりパラメトライズされる[[世界線]]を動く質量が {{Mvar|m}} の点粒子の作用は、
:<math>S = - m c^2 \int_{C} \, \mathrm d \tau </math>
で表される。
<!--
When relativistic effects are significant, the action of a point particle of mass ''m'' travelling a [[world line]] ''C'' parametrized by the [[proper time]] <math>\tau</math> is
:<math>S = - m c^2 \int_{C} \, d \tau </math>.
-->

替わって、粒子の座標時刻 {{Mvar|t}} によりパラメトライズされていて、座標時刻が {{Math|''t''<sub>1</sub>}} から {{Math|''t''<sub>2</sub>}} の幅を持っていると、作用は、
:<math>\int_{t1}^{t2} L \, \mathrm dt</math>
となる。ここに[[ラグランジアン]]は、
:<math>L = - m c^2 \sqrt {1 - \frac{v^2}{c^2}}</math>
である。<ref>L.D. Landau and E.M. Lifshitz ''The Classical Theory of Fields'' Addison-Wesley 1971 sec 8.p.24-25</ref>
<!--
If instead, the particle is parametrized by the coordinate time ''t'' of the particle and the coordinate time ranges from ''t''<sub>1</sub> to ''t''<sub>2</sub>, then the action becomes
:<math>\int_{t1}^{t2} L \, dt</math>

where the [[Lagrangian]] is
:<math>L = - m c^2 \sqrt {1 - \frac{v^2}{c^2}}</math>.<ref>L.D. Landau and E.M. Lifshitz ''The Classical Theory of Fields'' Addison-Wesley 1971 sec 8.p.24-25</ref>
-->

===一般化===
作用原理はさらに一般化することができる。例えば、作用は{{仮リンク|非局所ラグランジアン|label=非局所作用|en|Nonlocal Lagrangian}}({{Lang-en-short|nonlocal actions}})を考慮すれば積分である必要はない。配位空間は、[[非可換幾何]]のような決まった特徴を持った[[関数空間]]である必要もない。しかし、これらの数学的な拡張に対して、実験に基づく物理的基礎は未だ確立されていない{{sfn|Penrose|2007}}。

==参照項目==
* [[変分]]
* [[汎関数微分]]
* {{仮リンク|汎関数積分|en|functional integral}}
* [[ハミルトン力学]]
* [[ラグランジアン]]
* [[ラグランジュ力学]]
* {{仮リンク|測度 (物理学)|en|measure (physics)}}
* [[ネーターの定理]]
* [[経路積分]]
* [[プランク定数]]
* [[最小作用の原理]]
* [[量子力学]]
* [[エントロピー]]（最小作用の原理と最大確率の原理の類似物を、エントロピーの中に見ることができる）

{{古典力学のSI単位}}

==注釈==
{{reflist|group="注"}}

==出典==
{{reflist}}

==関連書籍==

注釈付きの文献リストは、エドウィン・テイラー(Edwin F. Taylor)の [http://www.eftaylor.com/pub/BibliogLeastAction12.pdf] や、以下のリストを参照。
*{{cite book|title=Encyclopaedia of Physics|edition=2nd|publisher=McGraw Hill|first=C. B.|last=Parker|date=1994|isbn=0-07-051400-3|ref=harv}}
*{{cite book|title=Quantum Mechanics|first=E.|last=Abers|publisher=Pearson Ed., Addison Wesley, Prentice Hall Inc|date=2004|isbn=978-0-13-146100-0|ref=harv}}
*{{cite book|title=Analytical Mechanics|first1=L. N.|last1=Hand|first2=J. D.|last2=Finch|publisher=Cambridge University Press|date=2008|isbn=978-0-521-57572-0|ref=harv}}
*{{cite book|title=Encyclopaedia of Physics|edition=2nd|first1=R.G.|last1=Lerner|first2=G.L.|last2=Trigg|publisher=VHC publishers|date=1991|isbn=0-89573-752-3|ref=harv}}
*{{cite book|title=The Road to Reality|first=Roger|last=Penrose|publisher=Vintage books|date=2007|isbn=0-679-77631-1|ref=harv}}
*{{cite book|title=Classical Mechanics|first=T. W. B.|last=Kibble|series=European Physics Series|publisher=McGraw-Hill|location=U.K.|date=1973|isbn=0-07-084018-0||ref=harv}} 
*{{cite book|title=The Cambridge Handbook of Physics Formulas|first=G.|last=Woan|publisher=Cambridge University Press|year=2010|isbn=978-0-521-57507-2|ref=harv}}
*{{cite book|first=Cornelius |last=Lanczos|authorlink=Cornelius Lanczos|title=The Variational Principles of Mechanics|publisher=Dover Publications|location=New York|year=1986|isbn=0-486-65067-7|ref=harv}}. この分野でしばしば引用される教科書。
*{{cite book|first1=L. D.|last1=Landau|first2=E. M.|last2=Lifshitz|title=Mechanics|series=Course of Theoretical Physics|publisher=Butterworth-Heinenann|year=1976|edition=3rd|volume=1|isbn=0-7506-2896-0|ref=harv}}. 最小作用の原理から始まる教科書。
*{{cite book|first=Thomas A.|last=Moore|chapter=Least-Action Principle|title=Macmillan Encyclopedia of Physics|publisher=Simon & Schuster Macmillan|year=1996|volume=2|isbn=0-02-897359-3|oclc=35269891|pages=840 – 842|ref=harv}}
*Gerald Jay Sussman and Jack Wisdom, [http://groups.csail.mit.edu/mac/users/gjs/6946/sicm-html/ Structure and Interpretation of Classical Mechanics] (MIT Press, 2001). Begins with the principle of least action, uses modern mathematical notation, and checks the clarity and consistency of procedures by programming them in computer language.
*Dare A. Wells, Lagrangian Dynamics, Schaum's Outline Series (McGraw-Hill, 1967) ISBN 0-07-069258-0, A 350 page comprehensive "outline" of the subject.
*Robert Weinstock, Calculus of Variations, with Applications to Physics and Engineering (Dover Publications, 1974). ISBN 0-486-63069-2.  An oldie but goodie, with the formalism carefully defined before use in physics and engineering.
*Wolfgang Yourgrau and Stanley Mandelstam, Variational Principles in Dynamics and Quantum Theory (Dover Publications, 1979). A nice treatment that does not avoid the philosophical implications of the theory and lauds the Feynman treatment of quantum mechanics that reduces to the principle of least action in the limit of large mass.
*Edwin F. Taylor's page [http://www.eftaylor.com/leastaction.html]
*[http://www.eftaylor.com/software/ActionApplets/LeastAction.html Principle of least action interactive] Excellent interactive explanation/webpage
* {{cite book|和書|first1=レフ|last1=ランダウ|first2=エフゲニー|last2=リフシッツ|title=力学|series=理論物理学教程|others=広重, 徹、水戸, 巌（訳）|edition=増補第3版|publisher=東京図書|date=1974-10-01|isbn=978-4-489-01160-3|ref=harv}}

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[[Category:ラグランジュ力学]]
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