原子単位系のソースを表示

'''原子単位系'''（げんしたんいけい、{{lang-en-short|atomic units}}）とは、[[原子物理学]]や[[量子化学]]において、[[物理定数]]を消去することで[[数式]]の表現を簡潔にするために用いられる[[単位系]]である<ref name="hartree">[[#hartree|Hartree (1928)]]</ref><ref name="GoldBook">[[#goldbook|Gold Book (2nd ed.)]]</ref><ref name="krainov">[[#krainov|Radiative Processes in Atomic Physics]]</ref>。[[1927年]]に[[ダグラス・ハートリー]]によって提案された<ref name="krainov"/><ref name="kotobank">[[#CITEREFkotobank-原子単位系|コトバンク]]</ref>。

原子単位系は[[電荷]]、[[質量]]、および[[作用 (物理学)|作用]]を[[基本量]]とし、対応する[[基本単位]]をそれぞれ[[電気素量]] {{mvar|e}}、[[電子質量]] {{math|{{mvar|m}}{{sub|e}}}}、および[[プランク定数|作用量子]] {{mvar|&#x127;}} に選ぶ単位系である<ref name="kotobank"/>。
原子単位系が基づく[[量体系]]は、歴史的には[[静電単位系]]などと同じく3元系であり、[[一貫性 (単位系)|一貫性]]のある[[長さ]]と[[エネルギー]]の単位はそれぞれ[[ボーア半径]] {{math|1={{mvar|a}}{{sub|0}} = {{mvar|&#x127;}}{{sup|2}}/{{mvar|m}}{{sub|e}}{{mvar|e}}{{sup|2}}}} と[[ハートリーエネルギー]]
{{math|1={{mvar|E}}{{sub|H}} = {{mvar|e}}{{sup|2}}/{{mvar|a}}{{sub|0}}}} である<ref name="GoldBook"/><ref name="krainov"/><ref name="kotobank"/>。
[[国際量体系]]と整合させる場合は、ボーア半径かハートリーエネルギーの一方を基本単位として選ぶことで4元系とすることができる。
したがって、原子単位系における一貫性のある[[時間]]の組立単位は {{math|{{mvar|&#x127;}}/{{mvar|E}}{{sub|H}}}} で表現される<ref name="SI8J">[[#SI8J| 第8版SI文書]]</ref>。

原子単位系には、エネルギーの基本単位として[[ハートリー]]（{{En|hartree}} または {{Math|''E''<sub>h</sub>}}）を用いる'''ハートリー原子単位系'''の他、[[リュードベリ定数|リュードベリ]]（{{En|rydberg}} または {{En|Ry}}）を用いる'''リュードベリ原子単位系'''<ref>{{Cite journal|author1=H. SHULL|author2=G. G. HALL|title=Atomic Units|location=[[ロンドン|London]]|publisher={{enlink|Nature Publishing Group|p=off|s=off}}|journal=[[ネイチャー|Nature]]|volume=184|pages=1559-1560|date=14 November 1959|issn=0028-0836|oclc=01586310|doi=10.1038/1841559a0}}</ref>などが存在しこちらもしばしば用いられる。IUPACグリーンブック<ref name=":0">{{Cite book|和書|title=物理化学で用いられる量・単位・記号|url=https://unit.aist.go.jp/nmij/public/report/translation/IUPAC/|publisher=講談社サイエンティフィク|isbn=978-4-06-154359-1|oclc=676531484|others=Jeremy G. Frey, Herbert L. Strauss, Sangyo Gijutsu Sogo Kenkyujo Keiryo Hyojun Sogo Senta, Nihon Kagakkai、(社)日本化学会監修、産業技術総合研究所計量標準総合センター訳|year=2009|pages=114-117}}</ref>では、ハートリー原子単位系を指すものとして原子単位系が説明されている。

== ハートリー原子単位系 ==
ハートリー原子単位系では、エネルギーの基本単位として[[ハートリー]]（{{En|hartree}} または {{Math|''E''<sub>h</sub>}}）を用いる。1ハートリーは、[[ボーア半径]]の距離を隔てた2つの[[電荷素量]]が持つ[[ポテンシャルエネルギー]]で定義される<ref name="hartree"/><ref name="lic.pdf">{{Cite book|url=http://www.theophys.kth.se/~rar/files/lic.pdf|title=Subsystem Functionals in Density Functional Theory: towards a new class of exchange-correlation functionals|author=Rickard Armiento|format=[[Portable Document Format|PDF]]|location=[[ストックホルム|Stockholm]]|month=November|year=2002|oclc=924550212|isbn=91-7283-416-1|issn=0280-316X}}</ref>。すなわち、[[クーロンの法則]]より次のように表現できる。
:<math>E_\mathrm{h}=\frac1{4\pi\varepsilon_0}\frac{e^2}{a_0}=\frac{m_\mathrm{e}e^4}{(4\pi\varepsilon_0)^2\hbar^2}=\frac{\hbar^2}{m_\mathrm{e}a^2_0}=m_\mathrm{e}c^2\alpha^2=\frac{\hbar c\alpha}{a_0}</math>
ここで、{{Math|''&epsilon;''<sub>0</sub>}} は[[真空の誘電率]]、{{Mvar|c}} は[[光速]]、{{Math|''&alpha;'' {{=}} {{Sfrac|''e''<sup>2</sup>|4''&pi;&epsilon;''<sub>0</sub>''&#x127;c''}}}} は[[微細構造定数]]である。

=== よくある間違い ===
IUPACグリーンブック<ref name=":0" />では次のような誤用が指摘されている。<blockquote>「原子単位では<math>e,m_\mathrm{e},\hbar,E_\mathrm{h},a_0</math>などの定数はすべて1である」という表現がよく使われるが, これは間違った表現である. 正しくは「原子単位では電気素量は<math>1e</math>, 電子質量は<math>1m_\mathrm{e}</math>,......である」と表現しなければならない.</blockquote>

=== 単位の記号について ===
単位を表す[[記号]]として、{{Math|''a''<sub>0</sub>, ''m''<sub>e</sub>, ''&#x127;'', ''e'', ''E''<sub>h</sub>}} の代わりに、いずれも {{En|atomic unit}} の省略形である '''a.u.''' で表すことがある。この慣習はIUPACグリーンブックにおいて次のように批判されている<ref name=":0" />。
{{quotation|1=この習慣はやめるべきである. なぜならば, これはあらゆるSI単位を"SI", あらゆるCGS単位を"CGS"と書くようなものだからである.

《例》水素分子の結合距離 <math>r_\text{e}</math> と解離エネルギー <math>D_\text{e}</math> は,
: <math>r_\text{e} = 2.1~ a_0</math> および <math>D_\text{e} = 0.16~ E_\text{h}</math> と書くべきであって,
: <math>r_\text{e} = 2.1~ \text{a.u.}</math> および <math>D_\text{e} = 0.16~ \text{a.u.}</math> と書いてはならない.
}}

=== 基本単位 ===
{| class="wikitable"
|+ハートリー原子単位系の基本単位<ref name="nist">[[#nist|CODATA 2018]]</ref>
|-
![[物理量]]!! [[物理定数]] !!記号!![[SI単位]]による値
|-
|[[電荷]]||[[電気素量]]||<math>e</math>||{{Val|1.602176634|e=-19|ul=C}}
|-
|[[質量]]||[[電子質量]]||<math>m_\mathrm{e}</math>||{{Val|9.1093837015|(28)|e=-31|ul=kg}}
|-
|[[作用 (物理学)|作用]]||[[ディラック定数]]||<math>\hbar</math>||{{Val|{{#expr:6.62607015e-34/(2*pi)}}|u=J s}}
|-
|[[長さ]]||[[ボーア半径]]||<math>a_0</math>||{{Val|5.29177210903|(80)|e=-11|ul=m}}
|-
|[[エネルギー]]||[[ハートリーエネルギー]]||<math>E_\text{h}</math>||{{Val|4.3597447222071|(85)|e=-18|ul=J}}
|}

=== 組立単位 ===
{| class="wikitable"
|+ハートリー原子単位系の組立単位<ref name="nist"/>
|-
!物理量!!組立!!SI単位による値
|-
|[[時間]]||<math>\hbar/E_\text{h}</math>||{{Val|2.4188843265857|(47)|e=-17|ul=s}}
|-
|[[力 (物理学)|力]]||<math>E_\text{h}/a_0</math>||{{val|8.2387234983|(12)|e=-8|ul=N}}
|-
|[[速度]]||<math>\alpha c =a_0E_\text{h}/\hbar</math>||{{val|2.18769126364|(33)|e=6|ul=m/s}}
|-
|[[運動量]]||<math>\hbar/a_0</math>||{{Val|1.99285191410|(30)|e=-24|u=kg m/s}}
|-
|[[電流]]||<math>eE_\text{h}/\hbar</math>||{{Val|6.623618237510|(13)|e=-3|ul=A}}
|-
|[[電荷密度]]||<math>e/{a_0}^3</math>||{{Val|1.08120238457|(49)|e=12|u=C/m{{sup|3}}}}
|-
|[[電位]]||<math>E_\text{h}/e</math>||{{val|27.211386245988|(53)|ul=V}}
|-
|[[電場]]||<math>E_\text{h}/ea_0</math>||{{val|5.14220674763|(78)|e=11|u=V/m}}
|-
|[[電気双極子]]||<math>e a_0</math>||{{val|8.4783536255|(13)|e=-30|u=C m}}
|-
|[[磁束密度]]||<math>\hbar/ea_0^2</math>||{{Val|2.35051756758|(71)|e=5|ul=T}}
|-
|[[磁気モーメント]]||<math>2\mu_\text{B} =\hbar e/m_\text{e}</math>||{{Val|1.85480201566|(56)|e=-23|u=J/T}}
|-
|[[誘電率]]||<math>e^2/a_0E_\text{h}</math>||{{val|1.11265005545|(17)|e=-10|u=F/m}}
|-
|}

== リュードベリ原子単位系 ==
MKSA単位系を思い出すとわかるが、物理量の次元は４つしかない。これに対応して４つの基本的物理量として<math>\hbar,e^2,m_e,4\pi \epsilon_0</math>ととることを考えてみようーこの４つの量の乗除により、あらゆる次元の物理的基本量を作ることができる。これらを単位（unit）として物理量を測るのがHartree単位系である。

一方、Rydberg単位系では、４つの基本的物理量として<math>\hbar,2 m_e,e^2/2,4\pi \epsilon_0</math>をとる。これは物理次元の入った数式において、<math>\hbar=1,2m_e=1,e^2/2=1,4\pi \epsilon_0=1</math>とおいて数値化するのと同じことである(運動エネルギーp^2/2mがp^2となるように、として記憶する）。別の考え方としては、ある物理量があるとして、<math>\hbar,2 m_e,e^2/2,4\pi \epsilon_0</math>を乗除したものを因子としてくくり出しておくと考えれば良いー残りの因子は無次元の数値になる。

例えば、ある物質の質量<math>M=10 m_e
</math>はHartree単位系で測ると１０（無次元）であり、Rydberg単位系で測ると５（無次元）である。次の例として、水素原子の電子の基底状態のエネルギー<math>E=\frac{m_\text{e}e^4}{2(4\pi\varepsilon_0)^2\hbar^2}</math>を考える。Rydberg単位系においては<math>E=1</math>(無次元）となる。逆に<math>E=1</math>（無次元）として与えられていれば、<math>\hbar,e^2/2,2 m_e,4\pi \epsilon_0</math>を乗除して作ったエネルギー単位、すなわち<math>\frac{2m_e (e^2/2)^2}{(4\pi\varepsilon_0)^2\hbar^2}</math>=13.6eVを乗ずることで次元が回復できる。

光速<math>c</math>=１３７ｘ２(無次元）である。１３７は微細構造定数とよばれる。すなわち物質中の電子の速度は光速の1/１００程度である、と理解しておいてよい。

単位系においてはMKSAの４つの次元（４元系）を基本とするが,<math>\hbar=1,2m_e=1,e^2/2=1,4\pi \epsilon_0=1</math>のかわりに、たとえば<math>c^2 \epsilon_0=1</math>のみを持ち込むことで、３元系とすることができる。この意味で０元系にまで落とし込んだものがRy単位系である。それゆえ、Ry単位系を用いると宣言しておくなら<math>E=1</math>と書いて問題はない（あえて無次元と書く必要はない）。

式「<math>\hbar=1,2m_e=1,e^2/2=1,4\pi \epsilon_0=1</math>」を無次元化式と呼ぶのが良いと思われる。その他、たとえば、簡単な力学のプログラミングでは「ｍ=1,s=1,kg=1」という無次元化式もよく使われるー理解して使わないといけない。あるいはその他、問題とする系の固有定数でスケールするなど多様な無次元化式がある。

* 単位についての注

そもそも<math>l=
</math>5 mとは<math>l=
</math>５ x 1mのことであり、1mが５個分、という意味である。<math>l
</math>は単位まで含めて意味を持っている。３ｍ/ｓなら３個分のｍを１個のsで割るという意味である。ｍやsが単位であり、物理的基本量である。

ただ、上述の無次元化式の説明に沿えば「1mを１として長さ<math>x
</math>を考える」は正当な表現となる。すなわち「以下、無次元化式m=1を用いることとし、長さ<math>x
</math>を考える」の略記法であると解釈できる。工学ハンドブックなどでの表記<math>x
</math>=5[m]には注意する必要がある。[m]によりm=1という無次元化式が想定されていると考えられる。複数の無次元化式を同居させるわけにはいかないので <math>l=
</math>5[m]=500[cm]などと書いてはいけない。（正直に言えば、<math>l
</math>/m=5と書いたほうがいい。こう書くなら世界中の人が理解できる）。

== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
{{Reflist|2}}

== 参考文献 ==
* {{Cite journal
 |author= D.R. Hartree
 |year= 1928
 |title= The Wave Mechanics of an Atom with a Non-Coulomb Central Field. Part I. Theory and Methods
 |journal= Mathematical Proceedings of the Cambridge Philosophical Society
 |volume= 24 |issue= 1 |pages= 89-110
 |doi= 10.1017/S0305004100011919
 |ref= hartree
}}
* {{Cite book
 |author= V.P. Krainov, H.R. Reiss, B.M. Smirnov
 |year= 1997
 |title= Radiative Processes in Atomic Physics
 |chapter= Appendix I
 |chapterurl= https://onlinelibrary.wiley.com/doi/pdf/10.1002/3527605606.app9
 |publisher= John Wiley and Sons
 |isbn= 9780471125334
 |ref= krainov
}}
* {{Cite book
 |title= Compendium of Chemical Terminology
 |edition= 2nd
 |chapter=atomic units
 |isbn=0-9678550-9-8
 |url=https://goldbook.iupac.org/terms/view/A00504
 |doi=10.1351/goldbook.A00504
 |ref= goldbook
}}

==関連項目==
*[[自然単位系]]
*[[プランク単位系]]

== 外部リンク ==
* {{Cite web
 |title= Non-SI units
 |url= https://physics.nist.gov/cgi-bin/cuu/Category?view=pdf&Non-SI+units
 |accessdate= 2022-04-09
 |work= CODATA Internationally recommended 2018 values of the Fundamental Physical Constants
 |publisher= [[アメリカ国立標準技術研究所|NIST]]
 |ref= nist
}}
* {{Cite web|和書
 |url= https://web.archive.org/web/20191008102417/https://unit.aist.go.jp/nmij/library/units/si/R8/SI8J.pdf
 |publisher= (独)[[産業技術総合研究所]] 計量標準総合センター
 |title= 国際文書第8版 (2006) 国際単位系（SI）日本語版
 |format= PDF
 |accessdate= 2017-06-30
 |ref= SI8J
}} {{PDFlink|[http://www.bipm.org/utils/common/pdf/si_brochure_8_en.pdf BIPM原文]}}
* {{Cite Kotobank
 |word= 原子単位系
 |encyclopedia= [[ブリタニカ百科事典|ブリタニカ国際大百科事典]] 小項目事典 / 世界大百科事典 第2版
 |accessdate= 2022-03-19
}}

{{SI units navbox}}
{{DEFAULTSORT:けんしたんいけい}}
[[Category:自然単位系|**]]