子供のデッサンのソースを表示

'''子供のデッサン'''（こどものデッサン、{{lang-fr-short|dessin d'enfant}}）とは、[[リーマン面]]の研究に使われる{{仮リンク|グラフ埋め込み|en|graph embedding}}の一種であり、[[有理数]]体の[[絶対ガロア群]]の作用について組合せ的な[[不変量]]を生み出す、[[数学]]概念のひとつである。'''子供の絵'''（こどものえ）と訳されることもあり<ref>{{Harvnb|角皆宏|2012|p=167}}</ref>、単にデッサンと呼ばれることもある。

子供のデッサンは、[[向き付け可能性|向きづけられた曲面]]に{{仮リンク|グラフ埋め込み|label=埋め込まれた|en|graph embedding}}{{仮リンク|無向グラフ|label=グラフ|en|undirected graph}}であって、[[頂点_(グラフ理論)|頂点]]が交互に黒と白で彩色されており、かつグラフの面が円板と同相（topological disk）になるものである。埋め込み先の曲面は、単に[[平面]]であることが多い。この彩色が存在するためには、グラフは[[2部グラフ]]でなければならない。曲面と埋め込みは{{訳語疑問点範囲|{{仮リンク|回転系 (グラフ理論)|label=回転系|en|rotation system}}|date=2021年9月|rotation system|cand_prefix=原文}}（rotation system）を用いて組合せ的に記述することもできる。回転系とは、グラフの頂点それぞれに対して定義された周囲の辺の{{訳語疑問点範囲|{{仮リンク|巡回型順序|label=巡回型順序|en|cyclic order}}|date=2021年9月|cyclic order|cand_prefix=原文}}（cyclic order）であり、曲面上で頂点を小さく時計回りにまわるときに辺を横切る順番に対応するものである。

任意のデッサンは埋め込まれた曲面にリーマン面としての構造を付与する。どのようなリーマン面がこのようにして生じるか、という自然な疑問の答えは[[ベールイの定理]]によって与えられる。すなわち、子供のデッサンから生じるリーマン面とは、[[代数体]]上の[[代数曲線]]に他ならない。絶対ガロア群はこのような曲線の全体に作用するので、この対応を通じて子供のデッサン全体にも作用する。

このテーマについての詳細は、{{harvtxt|Schneps|1994}} や {{harvtxt|Lando|Zvonkin|2004}} に記載されている。

==英語での表記==
[[英語]]では、フランス語のまま dessin d'enfant と使われることも多いが、child's drawings と英訳して使うこともある。英語での複数形は、dessins d'enfant, child's drawings, dessins d'enfants, children's drawings など、複数ある。

==歴史==
===19世紀===
原始的な子供のデッサンと思えるものは、1856年の[[ウィリアム・ローワン・ハミルトン]]の{{訳語疑問点範囲|{{仮リンク|二十面体算|en|icosian calculus}}|date=2021年9月|icosian calculus|cand_prefix=原文}}に見ることができる<ref>{{harvtxt|Hamilton|1856}}。{{harvtxt|Jones|1995}}も参照。</ref>。現代の言葉で言えば、これは20面体グラフ上の[[ハミルトン路]]である。

現代から見ても、はっきり子供のデッサンと[[ベールイの定理#ベールイ関数|ベールイ関数]]と思えるものが、{{harvs|first=Felix|last=Klein|authorlink=Felix Klein|year=1879|txt}} で使われている。クラインはこの図式を ''Linienzüge''（[[ドイツ語]]の ''Linienzug'' の複数形で、{{訳語疑問点範囲|線の跡|date=2021年9月|line-track|cand_prefix=原文}}、[[多角形]]を意味する）と呼んだ。現代の記法では、0の逆像を黒点、1の逆像を白点で表す{{sfnp|le Bruyn|2008}}ところ、彼は0の逆像を白い丸で表し、1の逆像を '+' で表していた。彼はこれらの図式を、リーマン球面からそれ自身への[[モノドロミー|モノドロミー群]] PSL(2,11) を持つ11重被覆を作るために使った{{Harvs|last=Klein|year1=1878–1879a|year2=1878–1879b}}。これは、彼の以前の{{仮リンク|クライン4次曲線|en|Klein quartic}}に関する研究、モノドロミー PSL(2,7) を持つ7重被覆の作成に続くものだった。これらの研究は5次方程式の幾何学と群 ''A''<sub>5</sub>&nbsp;≅&nbsp;PSL(2,5) の研究に関連したもので、有名な著書『{{訳語疑問点範囲|正20面体と5次方程式|date=2021年9月|Lectures on the Icosahedron|cand_prefix=原文}}』（1884/88）にまとめられている。はるか後になって、これら3つの群からこの方法で作られた3つの曲面は、{{訳語疑問点範囲|{{仮リンク|ADE分類#三位一体|label=三位一体|en|ADE classification#Trinities}}|date=2021年9月|trinity|cand_prefix=原文}}の現象を通じて密接に関係することが示されている。

===20世紀===
現代的な形での子供のデッサンは、1世紀後の1984年に[[アレクサンドル・グロタンディーク]]によって『{{訳語疑問点範囲|{{仮リンク|計画の概要|en|Esquisse d'un Programme}}|date=2021年9月|Esquisse d'un Programme|cand_prefix=原文}}』の中で再発見され、ここで子供のデッサンと名付けられた<ref>{{harvtxt|Grothendieck|1984}}</ref>。グロタンディークは、子供のデッサンの全体にガロア群が作用することを発見したときのことを、次のように振り返っている（{{harvtxt|Zapponi|2003}}から引用、引用文では子供の絵という呼び方を使った）。
{{Quotation|
技術的には極めて単純なこの発見は、私に非常に強い印象を与え、省察の旅の決定的な転換点となった。私の数学に対する関心はここに集中し、ここが中心となった。数学的な事実で、この時ほど強い衝撃と心理的な影響を私に与えたものは、他には無かったと思う。なにしろ、どこにでもあるような、何の難しさもない子供の絵なのだ。紙片に殴り書きされた子供の絵が、鉛筆を持ち上げることなく描かれてさえいれば、完全な具体例となるのだ。一本線を描き加えればすぐに滅茶苦茶になってしまうような子供の絵の中に、精妙な数論的不変量があったのだ。
}}
この理論の一部は、グロタンディークよりも少し早く、そして独立に、{{harvtxt|Jones|Singerman|1978}} によってすでに研究が深められていた。彼らは、位相幾何学的な曲面上の{{仮リンク|地図 (グラフ理論)|label=地図|en|Map (graph_theory)}}と、リーマン面上の地図と、ある特定の生成元を持つ群の間の対応の概略を得ていた。しかしガロア群の作用は考えていなかった。彼らの地図の概念は子供のデッサンの特別な例にあたる。この研究は、後に {{harvtxt|Bryant|Singerman|1985}} によって境界を持つ曲面に一般化されている。

==リーマン面とベールイ対==
[[複素数]]全体に ∞ と書かれる特別な点を付け加えたものは、[[リーマン球面]]と呼ばれる[[位相幾何学|位相空間]]になる。任意の[[多項式]]、あるいはより一般に任意の[[有理関数]] {{sfrac|''p''(''x'')|''q''(''x'')}}（''p'' と ''q'' は多項式）は、リーマン球面からそれ自身への写像を定義する。例として、次の[[有理関数]]
:<math>f(x) = -\frac{(x-1)^3(x-9)}{64x} = 1 - \frac{(x^2-6x-3)^2}{64x}</math>
を考えよう<ref>この例は {{harvtxt|Lando|Zvonkin|2004}}, pp. 109–110 に示唆されたものである。</ref>。リーマン球面のほとんどの点で、この写像は[[局所同相写像]]である。すなわち、ほとんどの点に対して、その点を中心とする小さな円板にこの写像を制限したものは、1対1の写像になっている。一方で、[[臨界点_(数学)|臨界点]]と呼ばれる点ではこの写像はもっと複雑であり、その点を中心とする円板からその像への ''k'' 対1の写像になっている。この数 ''k'' は臨界点の''次数''（degree）と呼ばれ、臨界点の像は{{仮リンク|臨界値|en|critical value}}と呼ばれる。''f'' の場合の臨界点と臨界値を次の表に示す。臨界点ではないが、臨界値に写像されるリーマン球面上の点も臨界点の列に含めている。この点は次数が1として表示している。

:{| class="wikitable" style="text-align:center;"
|-
! 臨界点 ''x''
! 臨界値 ''f''(''x'')
! 次数
|-
| 0
| ∞
| 1
|-
| 1
| 0
| 3
|-
| 9
| 0
| 1
|-
| 3 + 2{{sqrt|3}} ≈ 6.464
| 1
| 2
|-
| 3 − 2{{sqrt|3}} ≈ −0.464
| 1
| 2
|-
| ∞
| ∞
| 3
|}

[[ファイル:Dessin-LZ109.svg|thumb|240px|有理関数 ''f'' = −(''x''&nbsp;−&nbsp;1)<sup>3</sup>(''x''&nbsp;−&nbsp;9)/64''x'' から生じる子供のデッサン。縮尺は無視している。]]
[[ファイル:Dessin-glue.svg|thumb|240px|子供のデッサンに無限遠点を描き入れ、リーマン面を作るための半平面の貼り合わせパターンにしたもの。]]
リーマン球面上の0の[[逆像]]（1と9）に黒点を置き、1の逆像（3&nbsp;±&nbsp;2{{sqrt|3}}）に白点を置き、[[線分]] [0,&nbsp;1] の逆像に対応する弧を描くことで、''f'' から子供のデッサンが得られる。この線分の逆像は4つの辺からなる。4つの辺のうち2つは1と9を結ぶ線になり、残りの2つは1から始まって0を回り1に戻ってくる[[ジョルダン曲線|単純閉曲線]]になる。できあがったデッサンを図に示している。

逆に、臨界点の位置情報の無い組合せ的な対象として記述されたデッサンから、[[リーマン面|コンパクト・リーマン面]]と、それからリーマン球面への写像を作ることができる。デッサンが今の手順で有理関数から描かれたものなら、得られるリーマン球面への写像はその有理関数と同値である。これを見るために、まずデッサンの各領域の内部に ∞ というラベルをつけた点を配置する（2番目の図に赤点で示したもの）。次に、付け加えた点と、その点が含まれる領域の境界上の黒点と白点を線で結ぶ。もし黒点や白点が境界上に重複して現れるなら、重複している分だけ結ぶ。すると、各領域は{{仮リンク|3角形分割|en|Triangulation (topology)}}されており、各3角形の3つの頂点には、0 (黒点に対応)、 1 (白点に対応)、∞ とラベルが貼られている。これらの3角形を{{仮リンク|半平面|en|half-plane}}に置き換える。3角形の頂点に 0、1、∞ が反時計回りに現れるなら[[上半平面]]に置き換え、時計回りに現れるなら下半平面に置き換える。そして、隣接する3角形に対して、頂点のラベルに合わせて対応する半平面の境界の一部を貼り合わせると、リーマン面ができあがる。このリーマン面からリーマン球面への写像を、材料となった各半平面の上で恒等写像と定義することで作る。こうして ''f'' から作られたデッサンは、[[双正則写像]]による違いを除いて、''f'' 自身を記述するのに十分な情報を持っている。この構成で複素[[多様体]]としてのリーマン面は得られたが、{{仮リンク|複素射影平面|en|complex projective plane}}に埋め込まれた[[代数曲線]]としては得られていない（そのような埋め込みは常に存在するが）。

一般のリーマン面 ''X'' とその上の任意の[[ベールイの定理|ベールイ関数]] ''f''（''X'' からリーマン球面への[[正則関数]] ''f'' であって 0、1、∞ のみを臨界値とする関数）に対しても同じ構成方法が適用できる。このような対 (''X'',&nbsp;''f'') は'''ベールイ対'''（Belyi pair）と呼ばれている。任意のベールイ対 (''X'',&nbsp;''f'') から、0の逆像 ''f''<sup>−1</sup>(0)  を黒点、1の逆像 ''f''<sup>−1</sup>(1) を白点、線分 [0,&nbsp;1] の逆像 ''f''<sup>−1</sup>([0,&nbsp;1]) を辺として、曲面&nbsp;''X'' に描かれたデッサンを作れる。逆に、任意の曲面 ''X'' 上の任意のデッサンを先ほどのように半平面の貼り合わせ手順書として使い、''X'' と同相なリーマン面を作ることができる。そして、半平面上で恒等写像とすることでリーマン球面への写像を作れる。この写像は ''X'' 上のベールイ関数 ''f'' となるので、ベールイ対 (''X'',&nbsp;''f'') が得られる。任意の2つのベールイ対 (''X'',&nbsp;''f'') から得られるデッサンが組合せ同値ならば、これらは双正則である。コンパクト・リーマン面 ''X'' が[[代数体]]上定義されたものであれば、[[ベールイの定理]]からベールイ関数 ''f'' が存在し、デッサンが作れる。このデッサンは、''X'' と&nbsp;''f'' の両方の組合せ的な記述になる。

==地図と超地図==
デッサンに含まれる頂点には、グラフ理論の意味での[[次数_(グラフ理論)|次数]]（接続している辺の数のこと）が定義できる。これはベールイ関数の臨界点としての次数に等しい。前述の例だと、全ての白点の次数は2である。デッサンは、全ての白点が2つの辺を持つとき{{訳語疑問点範囲|'''整'''|date=2021年9月|clean|cand_prefix=原文}}（clean）と呼ばれ、それに対応するベールイ関数は{{訳語疑問点範囲|'''純'''|date=2021年9月|pure|cand_prefix=原文}}（pure）と呼ばれる。整デッサンは、白点を除去して、代わりにその白点の端点となっている黒点を辺で結ぶことにより、より単純な埋め込みグラフとして描くことができる。先ほどのデッサンの場合だと、黒点2つを頂点とし、それを結ぶ1つの辺と、1つの黒点の{{仮リンク|自己閉路|en|self-loop}}をもう1つの辺とするグラフになる。整デッサンの場合には黒点のみ描き白点はグラフから除くのが普通である。白点を除いたグラフから、辺の中央に白点を描くことで、元のデッサンを完全に復元できる。

このようにして、曲面に埋め込まれた任意のグラフで面が円板と同相なもの（位相幾何学的な地図）は、グラフの頂点を黒点とし、全ての辺の中央に白点を置くことで、デッサンになる。地図にベールイ関数 ''f'' が対応しているなら、その[[双対グラフ|双対地図]]（線分 [1,&nbsp;∞] の逆像で作られるデッサン）に対応するベールイ関数は[[逆数]] {{sfrac|1|''f''}} である<ref>{{harvtxt|Lando|Zvonkin|2004}}, pp. 120–121.</ref>。

整ではないデッサンは、全ての点を黒く塗り直し辺の中央に白点を追加することにより同じ曲面上の整デッサンに変換できる。この変換に対応するベールイ対の変換は、ベールイ関数 ''β'' を 純ベールイ関数 {{nowrap|1=''γ'' = 4''β''(1 − ''β'')}} に置き換える変換である。''γ'' の臨界点は次の公式で直接計算できる:
:{{nowrap|1=''γ''<sup>−1</sup>(0) = ''β''<sup>−1</sup>(0) ∪ ''β''<sup>−1</sup>(1)}}
:{{nowrap|1=''γ''<sup>−1</sup>(∞) = ''β''<sup>−1</sup>(∞)}}
:{{nowrap|1=''γ''<sup>−1</sup>(1) = ''β''<sup>−1</sup>({{sfrac|1|2}})}}
こうして、''γ''<sup>−1</sup>(1) は''β'' による線分 [0,1] の中点の逆像になり、''γ'' から作られるデッサンの辺は''β'' から作られるデッサンの辺の{{仮リンク|同相写像 (グラフ理論)|label=細分（subdivide）|en|homeomorphism (graph theory)}}になる。

整デッサンが地図に対応するとするならば、一般のデッサンに対応するものは{{訳語疑問点範囲|''超地図''|date=2021年9月|hypermap|cand_prefix=原文}}（hypermap）である。[[ハイパーグラフ]]の頂点が黒点に対応し、ハイパーエッジ（hyperedge）が白点に対応する。

==正則地図と三角群==
[[ファイル:Icosahedral reflection domains.png|thumb|正十二面体の整デッサンから作られた、(2,3,5) 3角群を持つ球面の3角形分割]]
[[ファイル:3-7 kisrhombille.svg|thumb|{{仮リンク|クライン4次曲線|en|Klein quartic}}の普遍被覆として生成された、(2,3,7) 3角群を持つ双曲平面の3角形分割]]
5つの[[正多面体]]（[[正四面体]]・[[正六面体]]・[[正八面体]]・[[正十二面体]]・[[正二十面体]]）を2次元の曲面として見ると、曲面の対称性で任意の旗（接合している頂点・辺・面の3つ組のこと）を他の旗に持っていくことができるという性質を持っている。一般に、曲面に埋め込まれた地図であって同様の性質を持つもの、すなわち任意の旗が他の任意の旗に対称性により変換できるものは、{{仮リンク|正則地図|en|Regular map (graph theory)}}（regular map）と呼ばれる。

正則地図から整デッサンが作られ、そのデッサンから3角形分割されたリーマン面が作られたとき、3角形の辺は曲面の対称性の直線上に乗り、その直線に沿っての鏡映（reflection）は{{仮リンク|3角群|en|triangle group}}と呼ばれる対称性の群を生成し、3角形はその基本領域になっている。例えば、正十二面体に対してこれを適用すると、図のような3角形の集合ができあがる。正則地図が乗っている曲面の[[種数]]が1より大きいとき、その曲面の{{仮リンク|普遍被覆|en|universal cover}}は[[双曲幾何学|双曲平面]]となり、双曲平面に持ち上げられた3角形分割に対応する3角群は、双曲平面の等長写像の離散集合からなる（余コンパクト）{{仮リンク|フックス群|en|Fuchsian group}}になる。このとき、元の曲面は、この群の有限[[部分群の指数|指数]]部分群 ''Γ''  で双曲平面の商を取ったものになっている。

逆に、(2,3,''n'') タイル貼り（角度が {{sfrac|{{pi}}|2}}, {{sfrac|{{pi}}|3}}, {{sfrac|{{pi}}|''n''}} の3角形による、球面、ユークリッド平面、もしくは双曲平面のタイル貼り）による商となっている任意のリーマン面に対して、その随伴するデッサンはこの群の位数2と位数3の生成元によって与えられる[[ケイリーグラフ]]である{{要出典|date=2021年10月}}。このタイル貼りを与えることと、同じ曲面の頂点ごとに3点で交わる ''n'' 角形タイル貼りを与えることは同値である。このタイル貼りの頂点がデッサンの黒点を与え、辺の中心が白点を与え、面の中心が無限上の点を与える。

{{Clear}}
==木とシャバット多項式==
[[File:Sextic-monomial-dessin.svg|thumb|160px|6次の単項式 ''p''(''x'')&nbsp;=&nbsp;''x''<sup>6</sup> に対応する子供のデッサン]]
[[File:Chebyshev-dessins.svg|thumb|240px|[[チェビシェフ多項式]]と対応する子供のデッサン。黒と白が交互に現れる{{仮リンク|道グラフ|en|path graph}}になっている。]]
最も簡単な2部グラフは[[木_(数学)|木]]である。曲面に埋め込まれた木の面の数は1なので、これがデッサンならば、[[オイラー標数#性質|オイラーの公式]]からこの曲面は球面でなければならない。対応するベールイ対は、リーマン球面からリーマン球面への写像であり、その写像の極を ∞ で持つようにすることにより、この写像を[[多項式]]とできる。逆に、0と1を有限な臨界値として持つ任意の多項式は、臨界値 ∞ に対応する臨界点が1点（∞）のみのリーマン球面からそれ自身へのベールイ関数となり、対応する子供のデッサンは木である。多項式の次数は対応する木の辺の数に等しい。このような多項式ベールイ関数は、ジョージ・シャバットにちなんで'''シャバット多項式'''（Shabat polynomial）と呼ばれる{{sfn|Girondo & González-Diez (2012)|p=252}}。

例として、''p'' を[[単項式]] {{nowrap|1=''p''(''x'') = ''x''<sup>''d''</sup>}} とする。0がこれの唯一の有限な臨界点であり、その臨界値は0である。1は ''p'' の臨界値ではないが、全ての臨界値は {0,1,∞} に含まれているので、''p'' はリーマン球面からそれ自身へのベールイ関数となっている。対応する子供のデッサンは、中心に1つの黒い頂点があり、''d'' 個の白い葉とつながっている[[スター_(グラフ理論)|星の形]]（[[完全2部グラフ]] ''K''<sub>1,''d''</sub>）をしている。

より一般に、多項式 ''p''(''x'') が2つの臨界値、''y''<sub>1</sub> と ''y''<sub>2</sub> を持つだけならば、これもシャバット多項式と呼んでよい。このような多項式は、変換
:<math>q(x)=\frac{p(x)-y_1}{y_2-y_1}</math>
により臨界値が0と1のベールイ関数に正規化できる。しかし、正規化せず ''p'' のままとしたほうが便利なこともある<ref name=LZ82>{{harvtxt|Lando|Zvonkin|2004}}, p. 82.</ref>。

シャバット多項式の重要な例は、臨界値として −1 と 1 を持つ第1種[[チェビシェフ多項式]] ''T''<sub>''n''</sub>(''x'')である。対応する子供のデッサンは、''n'' 個の辺を持ち黒と白の頂点が交互に並んでいる{{仮リンク|道グラフ|en|path graph}}になる。シャバット多項式とチェビシェフ多項式のこの関係から、シャバット多項式は一般化されたチェビシェフ多項式と言われることもある<ref name=LZ82/><ref>Jones, G. and Streit, M. "Galois groups, monodromy groups and cartographic groups", p.43 ''in'' Schneps & Lochak (2007) pp. 25–66.  {{zbl|0898.14012}}</ref>。

一般に、異なる木は、または同じ木であっても彩色が異なれば、異なるシャバット多項式に対応する。シャバット多項式は、正規化と変数の線形変換による違いを除いて、埋め込まれた木の彩色から一意に決定される。しかし、埋め込まれた木からそれに対応するシャバット多項式を見つけるのは、いつも簡単というわけではない。

{{Clear}}
==絶対ガロア群と不変量==
[[ファイル:Conjugate-dessins.svg|thumb|240px|2つの共役な子供のデッサン]]
次の多項式
: <math>p(x)=x^3(x^2-2x+a)^2 \, </math>
に
:<math>a=\frac{34\pm 6\sqrt{21}} 7</math>
を代入すると[[#木とシャバット多項式|シャバット多項式]]になる<ref>{{harvtxt|Lando|Zvonkin|2004}}, pp. 90–91. この例の目的のために、''寄生している解'' ''a'' = {{sfrac|25|21}} は無視する。</ref>。''a'' の符号の選択肢に応じて2つのベールイ関数 ''f''<sub>1</sub> と ''f''<sub>2</sub> が得られる。この2つの関数は密接な関係にあるが、図に示しているように対応する木が[[グラフ同型|同型]]ではなく、同値ではない。

しかし、これらの多項式は[[代数体]] '''Q'''({{sqrt|21}}) 上定義されているので、有理数体の [[絶対ガロア群]] ''Γ''  の[[群作用|作用]]で移り合う。{{sqrt|21}} を −{{sqrt|21}} に変換する ''Γ''  の元は、''f''<sub>1</sub> と ''f''<sub>2</sub> を交換するので、図の2つの木に交換で作用していると考えることができる。一般に、任意のベールイ関数の臨界値は純粋な有理数（0、1、∞）なので、絶対ガロア群の作用で不変であることから、ベールイ対を他のベールイ対に移す絶対ガロア群の作用を定義できる。デッサンとベールイ対の対応を使って、この作用からデッサン全体のなす集合への ''Γ''  の作用を定義できる。この作用は、例えば図の2つの木の集合に[[置換_(数学)|置換]]群として作用する。

ベールイの定理により、デッサンの全体へのこの ''Γ''  の作用は[[群作用#作用の種類|忠実]]である。<ref>木に作用を制限しても ''Γ'' の作用は忠実である。{{harvtxt|Lando|Zvonkin|2004}}, Theorem 2.4.15, pp. 125–126 参照。</ref>。すなわち、''Γ'' の異なる2つの元はデッサンの全体の上に異なる置換を定義する。このことから、デッサンの研究は ''Γ''  について非常に多くのことを教えてくれる可能性がある。この観点からは、''Γ''  の作用でどのデッサンが互いに変換され合い、どれがそうでないのか理解することは、非常に興味深い問題である。例えば、図に示した2つの木は、黒点・白点のそれぞれで同じ{{仮リンク|次数列|en|degree sequence}}を持つことが観察できるだろう。ともに、次数が3の黒点を1つ持ち、次数が2の黒点を2つ持ち、次数が2の白点を2つ持ち、そして次数が1の白点を3つ持っている。これが成り立つことは偶然ではない。''Γ'' がデッサンを他のデッサンに変換するとき、両者は必ず同じ次数列を持っている。次数列は、複数知られているガロア群作用の[[不変量]]のうちの1つである。

あるデッサンの[[群作用#軌道と等方部分群|''固定部分群'']]（stabilizer）とは、そのデッサンを変化させない ''Γ''  の要素からなる部分群のことである。''Γ''  の部分群と代数体はガロア対応するので、この固定部分群に対応する体、'''デッサンのモジュライ体'''（field of moduli of the dessin）がある。デッサンの'''軌道'''（orbit）とは、デッサンの集まりであって、各要素はガロア作用により互いに変換され合うもののことである。次数不変量の存在から、デッサンの軌道は有限でなければならず、したがって固定部分群の[[部分群の指数|指数]]も有限である。同様に、軌道の固定部分群（軌道に含まれる全ての要素を固定する部分群）を定義することができ、対応する軌道のモジュライの体はデッサンの別の不変量である。軌道の固定部分群は、デッサンの固定部分群に含まれる ''Γ''  の[[正規部分群]]の中で最大のものであり、軌道のモジュライの体はデッサンのモジュライの体の[[正規拡大#正規閉包|正規閉包]]となっている。例えば、この節で考えた2つの共役なデッサンについては、軌道のモジュライの体は '''Q'''({{sqrt|21}}) である。この例では、2つのベールイ関数 ''f''<sub>1</sub> と ''f''<sub>2</sub> はモジュライの体上で定義されているが、ベールイ関数の定義体がモジュライの体より真に大きくならなければならないデッサンが存在する<ref>{{harvtxt|Lando|Zvonkin|2004}}, pp. 122–123.</ref>。

==脚注==

{{reflist|30em}}

==参考文献==

{{refbegin|30em}}
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 | author = 角皆宏
 | date = 2012
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 | journal = 数理解析研究所講究録
 | ncid = AN00061013
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 | pages = 167-182
 | volume = 1813
 | CRID=1050001335805218688
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 | ref = harv }}
*{{citation
 | last = le Bruyn | first = Lieven
 | title = Klein's dessins d'enfant and the buckyball
 | year = 2008
 | url = http://www.neverendingbooks.org/kleins-dessins-denfant-and-the-buckyball}}.
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 | last1 = Bryant | first1 = Robin P.
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 | mr = 780347
 | pages = 17–41
 | series = Second Series
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*{{citation|first=W. R.|last=Hamilton|author-link=William Rowan Hamilton|title=Letter to John T. Graves "On the Icosian"|date=17 October 1856}}. Collected in {{citation|title=Mathematical papers, Vol. III, Algebra|editor1-first=H.|editor1-last=Halberstam|editor2-first=R. E.|editor2-last=Ingram|publisher=Cambridge University Press|location=Cambridge|year=1967|pages=612–625}}.
*{{citation | title = Dessins d'enfants: bipartite maps and Galois groups | first = Gareth | last = Jones | journal = [[Séminaire Lotharingien de Combinatoire]] | volume = B35d | year = 1995 | pages = 4 | url = http://radon.mat.univie.ac.at/~slc/s/s35jones.html | access-date = 2 June 2010 | archive-url = https://web.archive.org/web/20170408224208/http://radon.mat.univie.ac.at/~slc/s/s35jones.html | archive-date = 8 April 2017 | url-status = dead }}.
** {{Cite journal |author=Jones, Gareth |year=1995 |url=https://eudml.org/doc/121261 |title=Dessins d'enfants: bipartite maps and Galois groups. |journal=Séminaire Lotharingien de Combinatoire [electronic only] |volume=35 |pages=B35d-4 |publisher=Universität Wien, Fakultät für Mathematik}}
*{{citation | title = Theory of maps on orientable surfaces | first1 = Gareth | last1 = Jones | first2 = David | last2 = Singerman | journal = [[Proceedings of the London Mathematical Society]]  | volume = 37 | issue = 2 | year = 1978 | pages = 273–307 | url = https://doi.org/10.1112/plms/s3-37.2.273| doi = 10.1112/plms/s3-37.2.273 }}{{cbignore|bot=medic}}.
*{{citation
 |last         = Klein
 |first        = Felix
 |author-link   = Felix Klein
 |ref          = {{Harvid|Klein|1878–1879a}}
 |title        = Über die Transformation der elliptischen Funktionen und die Auflösung der Gleichungen fünften Grades (On the transformation of elliptic functions and ...)
 |pages        = 13–75 (in Oeuvres, Tome 3)
 |journal      = [[Mathematische Annalen]]
 |volume       = 14
 |year         = 1878–79
 |doi          = 10.1007/BF02297507
 |url          = http://mathdoc.emath.fr/cgi-bin/oetoc?id=OE_KLEIN__3
 |access-date  = 2 June 2010
 |archive-url  = https://web.archive.org/web/20110719181924/http://mathdoc.emath.fr/cgi-bin/oetoc?id=OE_KLEIN__3
 |archive-date = 19 July 2011
 |url-status     = dead
}}.
*{{citation
|last=Klein | first = Felix | author-link = Felix Klein
|ref={{Harvid|Klein|1878–1879b}}
|title = Über die Transformation siebenter Ordnung der elliptischen Funktionen (On the seventh order transformation of elliptic functions)
|pages = 90–135 (in Oeuvres, Tome 3)
|journal = [[Mathematische Annalen]]
|volume = 14
|year = 1878–79
|doi=10.1007/BF01677143
|url=http://mathdoc.emath.fr/cgi-bin/oetoc?doi=OE_KLEIN__3
}}.
* {{Citation
| doi = 10.1007/BF02086276
| title = Ueber die Transformation elfter Ordnung der elliptischen Functionen (On the eleventh order transformation of elliptic functions)
| year = 1879
|last=Klein | first = Felix | author-link = Felix Klein
|journal = [[Mathematische Annalen]]
| volume = 15
| pages = 533–555
| postscript =, collected as pp. 140–165 in [http://mathdoc.emath.fr/cgi-bin/oetoc?id=OE_KLEIN__3 Oeuvres, Tome 3].
| issue = 3–4
| url = https://zenodo.org/record/1642598
}}
* {{Citation | last1=Lando | first1=Sergei K. | last2=Zvonkin | first2=Alexander K. | title=Graphs on Surfaces and Their Applications | publisher=[[Springer-Verlag]] | location=Berlin, New York | series=Encyclopaedia of Mathematical Sciences: Lower-Dimensional Topology II | isbn=978-3-540-00203-1 | year=2004 | volume=141 | zbl=1040.05001 }}.  See especially chapter 2, "Dessins d'Enfants", pp.&nbsp;79–153.
* {{Citation | editor1-last=Schneps | editor1-first=Leila | editor-link=Leila Schneps|title=The Grothendieck Theory of Dessins d'Enfants | publisher=[[Cambridge University Press]] | location=Cambridge | series=London Mathematical Society Lecture Note Series | isbn=978-0-521-47821-2 | year=1994 }}.
* {{citation | editor1-last=Schneps | editor1-first=Leila | editor1-link=Leila Schneps | editor2-last=Lochak | editor2-first=Pierre | title=Geometric Galois actions II. The inverse Galois problem, moduli spaces and mapping class groups. Proceedings of the conference on geometry and arithmetic of moduli spaces, Luminy, France, August 1995 | zbl= 0868.00040 | series=London Mathematical Society Lecture Note Series | volume=243 | publisher=[[Cambridge University Press]] | year=1997 | isbn=0-521-59641-6 }}.
* {{citation | first1=G.B. | last1=Shabat | first2=V.A. | last2=Voedvodsky | author2-link=Vladimir Voevodsky | chapter=Drawing curves over number fields | editor1-first=P. | editor1-last=Cartier | editor1-link=Pierre Cartier (mathematician) | editor2-first=L. | editor2-last=Illusie | editor2-link=Luc Illusie | editor3-first=N.M. | editor3-last=Katz | editor3-link=Nick Katz | editor4-first=G. | editor4-last=Laumon | editor4-link=Gérard Laumon | editor5-first=Yu.I. | editor5-last=Manin | editor5-link=Yuri I. Manin | editor6-first=K.A. | editor6-last=Ribet | editor6-link=Kenneth Alan Ribet | title=The Grothendieck Festschrift Volume III | year=2007 | orig-year=1990 | series=Modern Birkhäuser Classics | publisher=Birkhäuser | isbn=978-0-8176-4568-7 | pages=199–227 | zbl=0790.14026 }}.
* {{citation | journal = Beiträge zur Algebra und Geometrie | volume = 44 | year = 2003 | pages = 413–430 | title = The Riemann Surface of a Uniform Dessin | url = http://www.emis.de/journals/BAG/vol.44/no.2/9.html | first1 = David | last1 = Singerman | first2 = Robert I. | last2 = Syddall | issue = 2 | zbl=1064.14030 | mr = 2017042 }}.
* {{Citation | last1=Zapponi | first1=Leonardo | title=What is a Dessin d'Enfant | url=https://www.ams.org/notices/200307/what-is.pdf | date=August 2003 | journal=[[Notices of the American Mathematical Society]] | volume=50 | issue=7 | pages=788–789 | zbl=1211.14001 }}.
{{refend}}

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