実験数学のソースを表示

{{for|同名の数学誌|実験数学 (雑誌)|en:Experimental Mathematics (journal)}}
'''実験数学'''（じっけんすうがく、{{lang-en|experimental mathematics}}）は、数学的対象を調査し、特質や規則を発見するために計算を使用する[[数学]]へのアプローチである<ref>{{Mathworld|urlname=ExperimentalMathematics|title=Experimental Mathematics}}</ref>。それは、「数学の一分野で、実験的（ガリレオ的、ベーコン的、アリストテレス的、あるいはカント的）な方法で、[[予想 (数学)|予想]]やよりくだけた信念を探求し、その過程で得られたデータを慎重に解析することによって、究極的には数学界に洞察を成文化し発表することに関心を持つもの。」であると定義されている<ref>[http://oldweb.cecm.sfu.ca/organics/vault/expmath/expmath/html/node16.html Experimental Mathematics: A Discussion] {{Webarchive|url=https://web.archive.org/web/20080121081424/http://oldweb.cecm.sfu.ca/organics/vault/expmath/expmath/html/node16.html |date=2008-01-21 }} by J. Borwein, P. Borwein, R. Girgensohn and S. Parnes</ref>。

[[ポール・ハルモス]]は次のように述べている<ref>''I Want to be a Mathematician: An Automathography'' (1985), p. 321 (in 2013 reprint)</ref>。「数学は[[メタ論理学|演繹的な科学]]ではない-それは決まり文句だ。定理を証明しようとするとき、ただ仮定を並べ推理するのではない。[[試行錯誤]]、実験、推測をするのだ。その点では、実験技師の仕事と似ている。」

== 歴史 ==
数学者は常に実験数学を実践してきた。[[バビロニア数学]]のような初期の数学の記録は、代数的恒等式を説明する数値例のリストで構成されているのが一般的である。しかし、[[17世紀]]に始まる近代数学では、結果を最終的に形式的かつ抽象的に発表する伝統が発達した。そのため、数学者が一般的な定理を導き出したと思われる数値例は発表されず、忘れ去られてしまった。

[[20世紀]]になって、電子計算機が発明され、それ以前の数学者たちとは比較にならないほどの速さと精度で、実現可能な計算の幅が大きく広がったため、実験数学は独立した研究分野として再浮上してきたのである。実験数学の重要な節目と成果は、[[1995年]]に発見された {{pi}} の[[二進数]]に対する[[ベイリー＝ボールウェイン＝プラウフの公式]]である。この公式は、形式推論ではなく、コンピュータ上での数値探索によって発見され、その後、厳密な[[証明 (数学)|証明]]がなされた<ref>[http://crd.lbl.gov/~dhbailey/dhbpapers/pi-quest.pdf The Quest for Pi] {{Webarchive|url=https://web.archive.org/web/20110927044106/http://crd.lbl.gov/~dhbailey/dhbpapers/pi-quest.pdf |date=2011-09-27 }} by [[David H. Bailey (mathematician)|David H. Bailey]], [[Jonathan Borwein|Jonathan M. Borwein]], [[Peter Borwein|Peter B. Borwein]] and [[サイモン・プラウフ|Simon Plouffe]].</ref>。

== 目的および用途 ==
実験数学の目的は、「理解と洞察を生み出すこと、予想を生み出し確認または比較すること、そして一般的に、専門の研究者と初心者の両方にとって数学をより具体的に、活発に、楽しくすること」<ref>{{cite book |title= Mathematics by Experiment: Plausible Reasoning in the 21st Century|last= Borwein|first= Jonathan |author2=Bailey, David|year= 2004|publisher= A.K. Peters|isbn= 978-1-56881-211-3|pages=vii}}</ref>である。

実験数学の用途は以下のように定義されている<ref>{{cite book |title= Mathematics by Experiment: Plausible Reasoning in the 21st Century|last= Borwein|first= Jonathan |author2=Bailey, David|year= 2004|publisher= A.K. Peters|isbn= 978-1-56881-211-3|pages=2}}</ref>。

#洞察力と直観力を身につける。
#新しいパターンや関係性を発見する。
#グラフ表示を使って数学の基本原理を示唆する。
#[[予想 (数学)|予想]]を検証し、特にその誤りを示す。
#可能性のある結果を探求して、それが正式な証明に値するかどうかを確認する。
#形式的な証明のためのアプローチを提案する。
#長時間の手作業による導出をコンピュータによる導出に置き換える。
#解析的に導出された結果を確認する。

== 道具と技術 ==
実験数学では、[[積分]]や[[無限級数]]の近似値を計算するために[[数値解析]]を用いる。これらの値を高精度（通常100桁以上の有効数字）に設定するために、[[任意精度演算]]がしばしば用いられる。そして、これらの値と[[数学定数]]との関係を探索するために、[[:en:Integer relation algorithm|整数関係アルゴリズム]]が使用される。高精度の値を用いることで、数学的な偶然の一致を真の関係と見誤る可能性を低くすることができる。予想される関係の形式がわかれば、形式的な証明は容易に見つかることが多い。

[[反例]]を求める場合、あるいは大規模な網羅的証明を試みる場合には、[[分散コンピューティング]]技術を利用して複数のコンピュータで計算を分担することもある。

一般的な[[数学ソフトウェア]]や、高効率が要求される問題の攻略のために書かれた特定分野のソフトウェアが頻繁に使用される。実験用数学ソフトウェアには通常、ハードウェアやソフトウェアのエラーによって結果が無効になる可能性を最小限に抑えるために設計された[[誤り検出訂正]]メカニズム、完全性チェック、冗長計算が含まれている。

== 応用と例 ==
実験数学の応用や例としては、以下のようなものが存在する。

*予想に対する反例の調査
**Roger Fryeは実験数学の手法を用いて、[[オイラー予想|オイラーの累乗和予想]]に対する最小の反例を発見した。
**{{ill|ZetaGrid|en|ZetaGrid}}プロジェクトは、[[リーマン予想]]の反例を探すために立ち上げられた。
**Tomás Oliveira e Silva<ref>{{cite web|first=Tomás|last=Silva|website=Institute of Electronics and Informatics Engineering of Aveiro|title=Computational verification of the 3x+1 conjecture|url=http://sweet.ua.pt/tos/3x+1.html|archive-url=https://web.archive.org/web/20130318045112/http://www.ieeta.pt/~tos/3x+1.html|archive-date=18 March 2013|date=28 December 2015|url-status=live|accessdate=2022-02-17}}<!-- 翻訳時点(2022/02/17)で本文の記述内容と外部サイトの内容に矛盾が無いことを確認済 --></ref>は[[コラッツ予想]]の反例を探した。
*特定の性質を持つ数や物体の新しい例の調査
**新しい[[メルセンヌ素数]]を探す「[[GIMPS]]」。
**Great Periodic Path Huntは新しい周期的な経路を探している。
**[[distributed.net]]のOGRプロジェクトは最適な[[ゴロム定規]]を探している。
**[[Riesel Sieve]]プロジェクトは最小の[[リーゼル数]]を探している。
**Seventeen or Bustプロジェクトは最小の[[シェルピンスキー数]]を探している。
*偶然による数値パターンの調査
**[[エドワード・ローレンツ]]は、数値気象モデルの異常な振る舞いを調査し、カオス[[力学系]]の初期の例である[[ローレンツ方程式|ローレンツ・アトラクター]]を発見した。
**[[ウラムの螺旋]]は偶然に発見された。
**[[ウラム数]]のパターンは偶然に発見された。
**[[ミッチェル・ファイゲンバウム]]による[[ファイゲンバウム定数]]の発見は、当初は数値的な観察に基づき、その後、厳密な証明に至った。
*コンピュータプログラムを用いた、大規模だが有限のケースをチェックすることによる[[計算機援用証明|コンピュータ支援による網羅的な証明]]の完成
**{{仮リンク|トーマス・C・ヘイルズ|en|Thomas Callister Hales}}による[[ケプラー予想]]の証明。
**[[四色定理]]の様々な証明
**{{仮リンク|クリメント・W・H・ラム|en|Clement W. H. Lam}}（林永康）による、位数10の有限[[射影平面]]の非存在の証明<ref>{{cite journal |author=Clement W. H. Lam |title=The Search for a Finite Projective Plane of Order 10 |journal=[[American Mathematical Monthly]] |volume=98 |issue=4 |year=1991 |pages=305–318 |url=http://www.cecm.sfu.ca/organics/papers/lam/ |doi=10.2307/2323798|jstor=2323798 }}</ref>。
**Gary McGuireは、一意的に解ける最小の[[数独]]には17のヒントが必要であることを証明した<ref>{{cite news|last1=arXiv|first1=Emerging Technology from the|title=Mathematicians Solve Minimum Sudoku Problem|url=https://www.technologyreview.com/s/426554/mathematicians-solve-minimum-sudoku-problem/|access-date=27 November 2017|work=MIT Technology Review|language=en}}</ref>。
*解析的証明の探求の動機付けとなる予想の記号的検証（{{仮リンク|コンピュータ代数|en|Computer algebra}}による）
**[[水素分子イオン]]として知られる量子[[三体問題]]の特殊なケースに対する解は、標準的な量子化学の基底セットを見つけた後、[[ランベルトのW函数]]の一般化という観点から、すべて同じ一意的な解析解につながることに気付いた。この研究に関連して、これまで知られていなかった低次元における重力理論と量子力学の関連性が明らかにされた（「[[量子重力]]」およびその関連文献を参照）。
**相対論的[[多体問題|多体系力学]]の領域、すなわち[[T対称性|時間対称]]な{{ill|Wheeler-Feynman吸収体理論|en|Wheeler–Feynman absorber theory}}では、粒子 ''i'' に作用する粒子 ''j'' の高度な[[リエナール・ヴィーヘルト・ポテンシャル]]と粒子 ''j'' に作用する粒子 ''i'' の対応ポテンシャルの間の等価性が <math> 1/c^{10} </math> オーダーに渡って徹底的に実証されてから数論的に証明された。Wheeler-Feynman理論は、量子非局所性のために再び関心を集めている。
**線形光学の分野では、非等方性媒質中を伝播する[[超短パルス|超短光パルス]]に対する電場の包絡線の級数展開が検証された。これまでの級数展開は不完全であったが、その結果、実験によって正当性が証明された余分な項が明らかになった。
*[[無限級数]]、[[無限積]]、[[積分]]の評価（記号積分も参照）。通常は高精度の数値計算を行い、その値に一致する数学定数の[[線型結合]]を整数関係アルゴリズム（逆記号計算機など）を用いて求める方法である。例えば、次のような恒等式は、1993年にJonathan Borweinの学生であるEnrico Au-Yeungがコンピュータ検索とPSLQアルゴリズムを用いて再発見したものである<ref>{{cite journal |author=Bailey, David |title=New Math Formulas Discovered With Supercomputers |journal=NAS News |year=1997 |volume=2 |issue=24 |url=https://www.nas.nasa.gov/About/Gridpoints/PDF/nasnews_V02_N24_1997.pdf}}</ref><ref>H. F. Sandham and Martin Kneser, The American mathematical monthly, Advanced problem 4305, Vol. 57, No. 4 (Apr., 1950), pp. 267-268</ref>。

::<math>
\begin{align}
\sum_{k=1}^\infty \frac{1}{k^2}\left(1+\frac{1}{2}+\frac{1}{3}+\cdots+\frac{1}{k}\right)^2 = \frac{17\pi^4}{360}
\end{align}</math>
*視覚的な調査
**『{{仮リンク|インドラの真珠|en|Indra's Pearls (book)}}』では、David Mumfordらが[[メビウス変換]]や{{ill|Schottky群|en|Schottky group}}のコンピュータ画像を用いて[[群 (数学)|群]]の様々な性質を調べ、多くの推測に説得力を与え、さらなる探究心を誘った<ref>{{cite book | last = Mumford | first = David |author2=Series, Caroline |author3=Wright, David |title = Indra's Pearls: The Vision of Felix Klein | publisher = Cambridge | date = 2002 | isbn = 978-0-521-35253-6 |pages=viii}}</ref>


== もっともらしいが真でない例 ==
{{詳細記事|en:Mathematical coincidence}}
いくつかのもっともらしい（plausible）関係の中には時に非常に高い精度をもち、それでもなお真ではないものもある。その一例が次に示す式である。

:<math>
\int_{0}^{\infty}\cos(2x)\prod_{n=1}^{\infty}\cos\left(\frac{x}{n}\right)\mathrm{d}x = \frac{\pi}{8}</math>

この式の両辺は、実際には小数点以下42桁目以降で一致しない<ref name=bailey>David H. Bailey and Jonathan M. Borwein, [http://crd.lbl.gov/~dhbailey/dhbpapers/math-future.pdf Future Prospects for Computer-Assisted Mathematics], December 2005</ref>。

もう1つの例は、''x''<sup>''n''</sup> − 1 のすべての因子の高さの最大値（係数の絶対値の最大値）が、n番目の[[円分多項式]]の高さと同じように見えるということである。これは、n < 10000の場合は正しいことがコンピュータによって示され、すべてのnについて正しいと予想された。しかしながら、より大規模なコンピュータ検索により、n = 14235では、n番目の円分多項式の高さが2であるが、因子の最大の高さは3であり、この予想は成立しないことが示された<ref>The height of Φ<sub>4745</sub> is 3 and 14235 = 3 x 4745. See Sloane sequences {{OEIS2C|id=A137979}} and {{OEIS2C|id=A160338}}.</ref>。

== 研究者 ==
以下の[[数学者]]および[[コンピュータ科学者]]は、実験数学の分野で顕著な貢献をしている。
{{div col|colwidth=20em}}
*[[:en:Fabrice Bellard|Fabrice Bellard]]
*{{ill2|デイヴィッド・H・ベイリー|en|David H. Bailey (mathematician)}}
*{{仮リンク|ジョナサン・ボールウェイン|en|Jonathan Borwein}}
*[[:en:David Epstein (mathematician)|David Epstein]]
*[[:en:Helaman Ferguson|Helaman Ferguson]]
*[[ロナルド・グラハム]]
*{{仮リンク|トーマス・C・ヘイルズ|en|Thomas Callister Hales}}
*[[ドナルド・クヌース]]
*{{仮リンク|クリメント・W・H・ラム|en|Clement W. H. Lam}}
*[[オーレン・パタシュニク]]
*[[サイモン・プラウフ]]
*{{仮リンク|エリック・ワイスタイン|en|Eric W. Weisstein}}
*[[スティーブン・ウルフラム]]
*[[:en:Doron Zeilberger|Doron Zeilberger]]
*[[:en:A.J. Han Vinck|A.J. Han Vinck]]
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== 関連項目 ==
* [[ボールウェイン積分]]
* [[計算機援用証明]]
* [[:en:Proofs and Refutations|Proofs and Refutations]]
* [[:en:Experimental Mathematics (journal)|実験数学 (雑誌)]]
* [[:en:Institute for Experimental Mathematics|Institute for Experimental Mathematics]]

== 脚注 ==
{{reflist|2}}

== 参考となる図書など ==
* Borwein, Jonathan; Bailey, David (2004). Mathematics by Experiment: Plausible Reasoning in the 21st Century. A.K. Peters. ISBN 978-1-56881-211-3
* Borwein, Jonathan; Bailey, David; Girgensohn Roland (2010). Experimentation in Mathematics: Computational Paths to Discovery. A. K. Peters. ISBN 1-56881-136-5

== 外部リンク ==
* [http://www.tandfonline.com/loi/uexm20 Experimental Mathematics] (Journal)
* [http://www.cecm.sfu.ca/ Centre for Experimental and Constructive Mathematics (CECM)] - [[サイモンフレーザー大学]]
* [https://web.archive.org/web/20071229010931/http://www.crme.soton.ac.uk/ Collaborative Group for Research in Mathematics Education] - [[サウサンプトン大学]]
* [https://web.archive.org/web/20080422084455/http://oldweb.cecm.sfu.ca/organics/papers/bailey/paper/html/paper.html Recognizing Numerical Constants] - [[:en:David H. Bailey (mathematician)|David H. Bailey]]と[[サイモン・プラウフ]]による
* [https://archive.today/20121223084303/http://www.soton.ac.uk/~crime/research/expmath/ Psychology of Experimental Mathematics]
* [http://www.experimentalmath.info/ Experimental Mathematics Website] (リンク集と資料)
* [https://gwtokarsky.github.io/ The Great Periodic Path Hunt Website] (リンク集と資料)
* [https://www.nersc.gov/news-publications/news/science-news/2000/an-algorithm-for-the-ages/ An Algorithm for the Ages: PSLQ, A Better Way to Find Integer Relations] (Alternative [http://www.lbl.gov/Science-Articles/Archive/pi-algorithm.html link])
* [http://www.mathrix.org/experimentalAIT/ Experimental Algorithmic Information Theory]
* [http://www.experimentalmath.info/books/expmath-probs.pdf Sample Problems of Experimental Mathematics] - [[:en:David H. Bailey (mathematician)|David H. Bailey]]と[[:en:Jonathan Borwein|Jonathan M. Borwein]]による
* [http://crd.lbl.gov/~dhbailey/dhbpapers/tenproblems.pdf Ten Problems in Experimental Mathematics] - [[:en:David H. Bailey (mathematician)|David H. Bailey]]、[[:en:Jonathan Borwein|Jonathan M. Borwein]]、Vishaal Kapoorおよび[[:en:Eric W. Weisstein|Eric W. Weisstein]]による
* [http://www.iem.uni-due.de/ Institute for Experimental Mathematics] - [[:en:University of Duisburg-Essen|デュースブルク＝エッセン大学]]

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