微細構造 (原子物理学)のソースを表示

{{Otheruses|原子の発光スペクトルの詳細|電磁相互作用の強さを表す物理定数|微細構造定数|生物学における生体内の微細な構造|微細構造}}
[[File:Fabry Perot Etalon Rings Fringes.png|right|thumb|200px|冷却[[重水素]]光源と[[ファブリ・ペロー干渉計]]によって観察される[[干渉縞]]。重水素の微細構造が観察される。]]
'''微細構造'''（びさいこうぞう、{{lang-en|'''fine structure'''}}）とは、[[原子物理学]]においては、[[原子]]の[[スペクトル線]]に現れる微細な分裂（{{lang-en|splitting}}）を指す。一般に[[スピン軌道相互作用]]によって説明され、原子の[[エネルギー準位]]に対する一次の[[相対性理論|相対論]]的補正を考えることで自然に導入される。

線スペクトルの'''全体構造'''（{{lang-en|gross structure}}）は、[[スピン角運動量|スピン]]のない非相対論的な[[電子]]を考えることで予言される。[[水素原子におけるシュレーディンガー方程式の解|水素様原子]]では、全体構造のエネルギー準位は[[主量子数]] <math>n</math> にのみ依存する。しかしスピンの効果や相対論的効果を考慮したより正確な[[モデル (自然科学)|物理模型]]では、エネルギー準位の[[縮退]]が解け、スペクトル線が分裂する。

微細構造分裂の、全体構造分裂に対する相対的な大きさは <math>\left(Z\alpha\right)^{2}</math> （<math>Z</math>は[[原子番号]]）の[[オーダー (物理学)|オーダー]]であり、ここで現れる定数 <math>\alpha</math> は[[微細構造定数]]と呼ばれる。

微細構造は3つの補正項へとわけることができ、それぞれ[[運動エネルギー]]補正項、[[スピン軌道相互作用]]項（SO項）、[[#ダーウィン項|ダーウィン項]]と呼ばれる。このとき全[[ハミルトニアン]]は以下のように与えられる。

{{Indent|<math>H=H_{0}+H_{\rm kinetic}+H_{\rm SO}+H_{\rm Darwin}</math>}}


== 運動エネルギー補正項 ==

[[古典力学]]的には、[[ハミルトニアン]]の[[運動エネルギー]]の項は

{{Indent|<math>T=\frac{p^{2}}{2m}</math>}}

である。しかし、[[特殊相対性理論]]を考えると相対論的運動エネルギーを用いる必要があり、

{{Indent|<math>T=\sqrt{p^{2}c^{2}+m^{2}c^{4}}-mc^{2}</math>}}

となる。ここで第1項は全相対論的エネルギーを、第2項は電子の[[静止エネルギー]]を表す。この式を展開<ref group="†" name="expansion" />し、

{{Indent|<math>T=\frac{p^{2}}{2m}-\frac{p^{4}}{8m^{3}c^{2}}+\dots</math>}}

を得る。したがって、ハミルトニアンの1次の補正項は

{{Indent|<math>H_{\rm kinetic}=-\frac{p^{4}}{8m^{3}c^{2}}</math>}}

である。これを[[摂動]]として用い、相対論的効果による1次のエネルギー補正量を求めることができる。

{{Indent|<math>E_{n}^{(1)}=\langle\psi^{0}\vert H'\vert\psi^{0}\rangle=-\frac{1}{8m^{3}c^{2}}\langle\psi^{0}\vert p^{4}\vert\psi^{0}\rangle=-\frac{1}{8m^{3}c^{2}}\langle\psi^{0}\vert p^{2}p^{2}\vert\psi^{0}\rangle</math>}}

ここで <math>\psi^{0}</math> は無摂動の[[波動関数]]である。これと無摂動のハミルトニアン <math>H^{0}=\frac{p^{2}}{2m}+V</math> および[[エネルギー準位]] <math>E_{n}</math> の間に成り立つ[[シュレーディンガー方程式]] <math>H^{0}\vert\psi^{0}\rangle=E_{n}\vert\psi^{0}\rangle </math> から、

{{Indent|<math>p^{2}\vert\psi^{0}\rangle=2m(E_{n}-V)\vert\psi^{0}\rangle</math>}}

を得る。この結果を先の1次のエネルギー補正量に用いて、

{{Indent|<math>
\begin{align}
E_{n}^{(1)} & = \displaystyle -\frac{1}{8m^{3}c^{2}}\langle\psi^{0}\vert p^{2}p^{2}\vert\psi^{0}\rangle \\
            & = \displaystyle -\frac{1}{8m^{3}c^{2}}\langle\psi^{0}\vert (2m)^{2}(E_{n}-V)^{2}\vert\psi^{0}\rangle \\
            & = \displaystyle -\frac{1}{2mc^{2}}(E_{n}^{2}-2E_{n}\langle V\rangle +\langle V^{2}\rangle )
\end{align}
</math>}}

となる（最後の式では <math>\langle\psi^{0}\vert\cdots\vert\psi^{0}\rangle = \langle\cdots\rangle</math> と省略して書いた）。

[[水素原子におけるシュレーディンガー方程式の解|水素様原子の場合]]、<math>V=\frac{e^{2}}{r}</math> より <math>\langle V\rangle=\frac{e^{2}}{a_{0}n^{2}}</math> および <math>\langle V^{2}\rangle=\frac{e^{4}}{(l+1/2)n^{3}a_{0}^{2}}</math> （ただし<math>a_{0}</math>は[[ボーア半径]], <math>n</math>は[[主量子数]]、<math>l</math>は[[方位量子数]]）となるため、エネルギー準位の相対論的補正として、

{{Indent|<math>E_{n}^{(1)}=-\frac{1}{2mc^{2}}\left(E_{n}^{2}-2E_{n}\frac{e^{2}}{a_{0}n^{2}} +\frac{e^{4}}{(l+1/2)n^{3}a_{0}^{2}}\right)=-\frac{E_{n}^{2}}{2mc^{2}}\left(\frac{4n}{l+1/2}-3\right)</math>}}

を得る。

== スピン軌道相互作用項 ==

標準的な[[基準系]] ({{interlang|en|frame of reference}}) では、電子が原子核を中心に軌道運動していると捉える。スピン-軌道補正はこの基準系の代わりに電子は静止しており、原子核が電子を中心に軌道運動していると捉えた場合に起きる補正である。この場合、原子核の軌道運動は事実上の環状電流として働き、よって磁場を形成する。 しかし一方、電子それ自身もスピン角運動量による磁気モーメントを持っている。これら2つの磁気ベクトル、<math>\vec B</math>と<math>\vec\mu_s</math>が互いに相互作用を起こし、それらの相対的な向きに依存したあるエネルギーコストが生じる。このエネルギーコストが次式のエネルギー補正を引き起こす。

{{Indent|<math> \Delta E_{\rm SO} = \xi (r)\vec L \cdot \vec S.</math>}}

== ダーウィン項 ==

{{Indent|<math>H_{\rm Darwin}=\frac{\hbar^{2}}{8m_{e}^{2}c^{2}}4\pi\left(\frac{Ze^2}{4\pi \epsilon_{0}}\right)\delta^{3}\left(\vec r\right)</math>}}

ダーウィン項 ({{lang|en|Darwin term}}, {{lang|en|Darwinian Term}}) は原子核の有効ポテンシャルを変える。これは電子と原子核の静電相互作用が、電子のジグザグ運動（[[ツィッターベヴェーグンク]]）や高速量子振動によって乱されていると解釈することができる。

== 脚注 ==
{{reflist|group="†"|refs=
<ref group="†" name="expansion">x = p<sup>2</sup>c<sup>2</sup>/m<sup>2</sup>c<sup>4</sup> (≪ 1) とし、平方根の[[二項展開]] (1+x)<sup>1/2</sup> = 1 + (1/2)x - (1/8)x<sup>2</sup> + &hellip; を行う。</ref>
}}

== 参考文献 ==

* {{cite book | author=Griffiths, David J.|title=Introduction to Quantum Mechanics (2nd ed.) | publisher=Prentice Hall |year=2004 |isbn=0-13-805326-X}}
* {{cite book | author=Liboff, Richard L. | title=Introductory Quantum Mechanics | publisher=Addison-Wesley | year=2002 | isbn=0-8053-8714-5}}

== 関連項目 ==

* [[スピン軌道相互作用]]
* [[角運動量結合]]
* [[超微細構造]]
* [[ラムシフト]]
* [[微細構造定数]] - 歴史的には関係あるが、別の概念。

== 外部リンク ==

* [http://hyperphysics.phy-astr.gsu.edu/Hbase/quantum/hydfin.html#c1 Hyperphysics: Fine Structure]
* [http://farside.ph.utexas.edu/teaching/qmech/lectures/node107.html University of Texas: The fine structure of hydrogen]

{{DEFAULTSORT:ひさいこうそう}}
[[Category:原子物理学]]

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