時間周波数解析のソースを表示

{{読み仮名|'''時間周波数解析'''|じかんしゅうはすうかいせき|{{lang-en-short|time–frequency analysis}}}}は[[信号 (電気工学)|信号]]を[[時間領域]]と[[周波数領域]]の両面から解析する手法の総称である。

== 概要 ==
[[信号処理]]において1次元信号をそのまま解析する場合、その[[定義域|ドメイン]]は実線となるが、時間周波数解析は適当な変換を元の信号にかけたもの（やはり1変数関数、ドメインは実線）と元の信号とを組み合わせることにより、平面をドメインとする2次元信号を生成し、解析の対象とする<ref>{{Cite book |title=Time-frequency analysis |url=https://www.worldcat.org/oclc/31516509 |publisher=Prentice Hall PTR |date=1995 |location=Englewood Cliffs, N.J |isbn=0-13-594532-1 |oclc=31516509 |first=Leon |last=Cohen}}</ref><ref>{{Cite journal|last=Sejdić|first=Ervin|last2=Djurović|first2=Igor|last3=Jiang|first3=Jin|date=2009-01-01|title=Time–frequency feature representation using energy concentration: An overview of recent advances|url=https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S105120040800002X|journal=Digital Signal Processing|volume=19|issue=1|pages=153–183|language=en|doi=10.1016/j.dsp.2007.12.004|issn=1051-2004}}</ref>。

時間周波数解析は非定常信号の周波数解析などを目的とする（⇒ [[#動機]]）。典型的には[[時間領域]]の[[信号 (電気工学)|信号]]を周波数成分の時間変化に変換して分析し<ref name=":0">{{Ilq|時間周波数解析    信号を構成する周波数成分がどのように時間変化していくかを捉えるための処理}}p.6 より引用。{{Citation|ref=harv|title=音声音響信号処理|last=亀岡|first=弘和|year=2013|url=http://hil.t.u-tokyo.ac.jp/~kameoka/SAP/SAP13_05.pdf|publisher=東京大学|chapter=第5回 時間周波数解析}}</ref>、一例として[[短時間フーリエ変換]]や[[ウェーブレット|ウェーブレット変換]]が挙げられる（⇒ [[#時間周波数分布関数]]）。これらは様々な用途で利用されている（⇒ [[#用途]]）。時間周波数解析には長い歴史がある（⇒ [[#歴史]]）。

== 動機 ==

=== 非定常信号の周波数解析 ===
時間周波数解析の目的の1つに非定常信号の周波数解析がある<ref name=":0" />。

[[周波数解析]]は[[信号 (電気工学)|信号]]の全長をひとまとまりと見做し、これがどのような周波数成分で構成されるか分析する。これは信号が全長に渡って定常であることを暗示的前提としている。しかし現実の多くの信号は非定常的・準定常的である（例: [[音声]]<ref>{{Ilq|音声の準定常性 ... 20~30ms程度であれば，音声は定常信号}}p.17 より引用。{{Citation|ref=harv|title=信号処理論特論|last=猿渡|first=洋|year=2018|url=https://www.sp.ipc.i.u-tokyo.ac.jp/~saruwatari/SP-Grad2018_07.pdf|publisher=東京大学|pages=1-63|chapter=音声合成・変換 その1}}</ref>、[[音楽]]（[[減衰振動|減衰]][[正弦波]]）、[[画像]]、医用信号。詳細は[[#用途]]）。そのためこれら信号を周波数解析しても成分の時間的変化は分析できない。

時間周波数表現は時間的に局在した信号を周波数領域で表現し、別の区間でも同様の表現をする。これにより、時間周波数解析では時間的に周波数特性が変化するような信号を扱える。

たとえば、次の信号を時間によって周波数が変化する信号として表現できる。

: <math>x(t)=\begin{cases}
\cos(  \pi t);  & t  <10 \\
\cos(3 \pi t);  & 10 \le t < 20 \\
\cos(2 \pi t);  & t  > 20
\end{cases}</math>

また、非局所的フーリエ解析による振幅からは次の二つの信号を区別することができない。

: <math>x_1 (t)=\begin{cases}
\cos(  \pi t);  & t  <10 \\
\cos(3 \pi t);  & 10 \le t < 20 \\
\cos(2 \pi t);  & t  > 20
\end{cases}</math>

: <math>x_2 (t)=\begin{cases}
\cos(  \pi t);  & t  <10 \\
\cos(2 \pi t);  & 10 \le t < 20 \\
\cos(3 \pi t);  & t  > 20
\end{cases}</math>

時間周波数解析ではこれらの信号は区別できる。

=== 数学的動機 ===
この解析手法の数学的な動機付けとして、ある関数とその変換表現とは緊密に関係しあっており、これらをそれぞれ単独に解析するよりも組み合わせて2次元的な対象として解析するほうが{{要出典範囲|より良く対象を理解できることが挙げられる|date=2025年3月}}。単純な例として、[[フーリエ変換]]の4回周期性{{訳語疑問点|date=2021年2月|4-fold periodicity|cand_prefix=原語:}}、およびフーリエ変換を2回適用すると方向が逆転することは、フーリエ変換を時間・周波数平面上の90°回転であると考えることにより、4回フーリエ変換を適用すると元に戻ること、および2回適用すると180°回転、すなわち元の向きと逆になることが容易に理解できる。

=== その他の動機 ===
{{要出典範囲|[[フーリエ変換]]を拡張することにより、変化の遅い任意の[[局所可積分函数|局所可積分]]な信号の周波数表現を得られるが、このアプローチは信号の持続時間全体の完全な記述を事前に必要とする。実際、周波数空間上の点群を時間空間全体から得られた情報をぼやけた形で持っていると考えることができる。数学的にはエレガントだが、そのような手法は将来のふるまいが不確定な信号の解析を行うには不適当である。たとえば、電気通信システムが非ゼロエントロピーを達成するためには、未来におけるある程度の不確定性を前提とする必要がある（次に何が来るのか事前にわかっている場合、情報が伝達を行うことはできない）|date=2025年3月}}。

== 時間周波数分布関数 ==
時間周波数分布の定式化（あるいは{{仮リンク|時間周波数表現|en|Time–frequency representation}}）として以下が挙げられる：

* [[短時間フーリエ変換]]
** {{仮リンク|ガボール変換|en|Gabor transform}}
* [[ウェーブレット変換]]
* {{仮リンク|双線形時間周波数分布関数|en|Bilinear time–frequency distribution}}（[[ウィグナー分布]]関数）
* {{仮リンク|修正ウィグナー分布関数|en|Modified Wigner distribution function}}
* ガボール・ウィグナー分布関数（{{仮リンク|ガボール・ウィグナー変換|en|Gabor–Wigner transform}}を参照）
* {{仮リンク|ヒルベルト・ファン変換|en|Hilbert–Huang transform}}
これら関数は以下のような特性差がある<ref>{{Cite journal|last=Shafi|first=Imran|last2=Ahmad|first2=Jamil|last3=Shah|first3=Syed Ismail|last4=Kashif|first4=F. M.|date=2009-06-09|title=Techniques to Obtain Good Resolution and Concentrated Time-Frequency Distributions: A Review|journal=EURASIP Journal on Advances in Signal Processing|volume=2009|issue=1|pages=673539|language=en|DOI=10.1155/2009/673539|ISSN=1687-6180}}</ref>：
{| class="wikitable"
|
|'''分解能'''
|'''交叉項'''
|'''数学的性質'''{{要説明|date=January 2011}}
|'''計算複雑度'''
|-
|'''ガボール変換'''
|悪い
|なし
|悪い
|低い
|-
|'''ウィグナー分布関数'''
|良い
|あり
|良い
|高い
|-
|'''ガボール・ウィグナー分布関数'''
|まあまあ
|ほぼなし
|まあまあ
|高い
|-
|'''[[:en:Cone-shape_distribution_function|Cone-shape distribution function]]'''
|まあまあ
|（時間的には） なし
|まあまあ
|中程度（再帰的定義の場合）
|}

理想的には高分解能で、交叉項が無く、数学的性質が良く、[[計算複雑性理論|計算複雑度]]が低いものが良い。ウィグナー分布関数は、その定式化に[[自己相関|自己相関関数]]を含むため、{{要出典範囲|分解能は高いが交叉項が問題を起こす場合がある|date=2025年3月}}。そのため、単項信号を解析したい場合にはウィグナー分布関数が{{要出典範囲|最適のアプローチとなる|date=2025年3月}}。信号が複数の成分から成る場合には、ガボール変換やガボール・ウィグナー分布関数、修正ベータ分布関数などの{{要出典範囲|別のアプローチを選んだ方がよい|date=2025年3月}}。

時間周波数分布関数の選択基準の1つは分析目的（用途）である<ref>{{Cite web |title=Applications in Time-Frequency Signal Processing {{!}} Taylor & Francis Group |url=https://www.taylorfrancis.com/books/applications-time-frequency-signal-processing-antonia-papandreou-suppappola/e/10.1201/9781315220017 |website=Taylor & Francis |accessdate=2021-02-23 |doi=10.1201/9781315220017 |language=en}}</ref>。他の基準として信号そのもの（=信号標本に合った関数を選ぶ）がある<ref>{{Cite journal|last=Baraniuk|first=R. G.|last2=Jones|first2=D. L.|date=1993-04|title=A signal-dependent time-frequency representation: optimal kernel design|url=https://ieeexplore.ieee.org/document/212733/|journal=IEEE Transactions on Signal Processing|volume=41|issue=4|pages=1589–1602|doi=10.1109/78.212733|issn=1941-0476}}</ref>。

== 用途 ==
以下の用途は時間周波数分布関数の選択と信号処理を要する。

=== 瞬時周波数推定 ===
{{仮リンク|瞬時周波数|en|instantaneous frequency}}は{{仮リンク|瞬時位相|en|instantaneous phase}}<math>\phi (t)</math> の時間変化率であり、以下の式で定義される：

: <math>\frac{1}{2 \pi}  \frac{d}{dt} \phi (t) </math>

像が鮮明であれば時間周波数表現から直接瞬時周波数を{{要出典範囲|知ることができる|date=2025年3月}}。鮮明さが重要でありウィグナー分布関数が{{要出典範囲|多用される|date=2025年3月}}。

=== フィルタリングと信号分解 ===
[[ファイル:Filter_tf.jpg|リンク=https://en.wikipedia.org/wiki/File:Filter_tf.jpg|右|300x300ピクセル]]
[[ファイル:Filter_fractional.jpg|リンク=https://en.wikipedia.org/wiki/File:Filter_fractional.jpg|右]]
フィルタリングの目的は望ましくない信号成分の除去であり、信号分解の目的は信号成分の良い分離である。これらのために、古典的には[[時間領域]]あるいは[[周波数領域]]で独立してフィルターが適用される（図参照）。しかしこの手法は時変の周波数成分を分離できない（図参照）。

時間周波数分析により、ユークリッド的時間周波数ドメインについて、もしくは[[分数次フーリエ変換]]により分数次ドメインについてフィルタを適用できる。フィルタの設計は常に複数成分からなる複数の信号を扱うため、交叉項のあるウィグナー関数を用いることは{{要出典範囲|できず|date=2025年3月}}、ガボール変換、ガボール・ウィグナー分布関数もしくはCohenクラス分布関数などを{{要出典範囲|使うことができる|date=2025年3月}}。

=== 標本化定理 ===
ナイキスト・シャノンの[[標本化定理]]により、[[折り返し雑音|エイリアス]]を生じさせないために必要な標本点の数は、信号の時間周波数分布の面積と等しい{{要出典範囲|ことが言える|date=2025年3月}}（これは実際には近似である。任意の信号の時間周波数面積は実際には無限大である）。標本化定理を時間周波数分布と組み合わせる前と後についての例を以下に示す。

[[File:Sampling.jpg|リンク=https://en.wikipedia.org/wiki/File:Sampling.jpg]]

時間周波数分布を適用すると標本点の数が減ることは特筆に価する。

ウィグナー分布関数では交叉項（干渉とも）の問題が{{要出典範囲|ありうる|date=2025年3月}}。ガボール変換の場合、表現の鮮明さと可読性が向上し信号の解釈および実践的問題への応用可能性も{{要出典範囲|向上する|date=2025年3月}}。結果として、単一成分から成る信号を[[標本化]]する場合にはウィグナー分布関数が用いられ、複数の成分から成る信号に対してはガボール変換やガボール・ウィグナー分布関数などの干渉が抑えられる時間周波数分布{{要出典範囲|が用いられる|date=2025年3月}}。{{仮リンク|バリアン・ロウの定理|en|The Balian–Low theorem}}はこのことを定式化しており、必要最低限の時間周波数標本数を与える。

=== 変調および多重化 ===
古典的な[[変調]]と[[多重化]]は[[時間領域]]あるいは[[周波数領域]]単体で扱われていた。時間周波数分布を活用し、時間周波数平面の隙間を埋めることにより変調および多重化をより効率的に{{要出典範囲|行える|date=2025年3月}}。以下に例を示す（例のとおり、ウィグナー分布関数は交叉項の問題が著しく、この用途には適さない）。

[[File:Mul_mod.jpg|リンク=https://en.wikipedia.org/wiki/File:Mul_mod.jpg]]

=== 電磁波の伝播 ===
[[電磁波]]は2×1行列の形に表わすことができる。

: <math>\begin{bmatrix}
  x  \\
  y
\end{bmatrix}</math>

これは時間周波数平面と似ている。自由空間を伝播する電磁波には[[フレネル回折]]が起こる。これは2×1行列

: <math>\begin{bmatrix}
  x  \\
  y
\end{bmatrix}</math>

にパラメータ行列

: <math>\begin{bmatrix}
    a & b \\
    c & d
  \end{bmatrix} =
  \begin{bmatrix}
    1 & \lambda z \\
    0 & 1
  \end{bmatrix}
</math>

（ここで {{Mvar|z}} は伝播距離を、{{Mvar|λ}} は波長を表わす）のLCTを作用させることで{{要出典範囲|表現できる|date=2025年3月}}。電磁波が球面[[レンズ]]通過もしくは円盤により反射されるとき、パラメータ行列はそれぞれ以下のようになる。

: <math>\begin{bmatrix}
    a & b \\
    c & d
  \end{bmatrix} =
  \begin{bmatrix}
    1 & 0 \\
    -\frac{1}{\lambda f} & 1
  \end{bmatrix}
</math>

: <math>\begin{bmatrix}
    a & b \\
    c & d
  \end{bmatrix} =
  \begin{bmatrix}
    1 & 0 \\
    \frac{1}{\lambda R} & 1
  \end{bmatrix}
</math>

ここで {{Mvar|f}} はレンズの[[焦点距離]]を、{{Mvar|R}} は円盤の半径を表わす。その結果は以下のような形式で得られる。

: <math>\begin{bmatrix}
  a & b \\
  c & d
\end{bmatrix}
\begin{bmatrix}
  x \\
  y
\end{bmatrix}
</math>

=== 線形正準変換 ===
{{仮リンク|線形正準変換|en|Linear canonical transform}}(LCT)は有用で、時間周波数平面上の信号形を{{要出典範囲|任意形状に変換できる|date=2025年3月}}。たとえば、任意位置への移動、面積を保った伸縮、傾斜{{訳語疑問点|date=2021年2月|shear|cand_prefix=原語:}}、回転（[[分数次フーリエ変換]]）などが可能である。

=== その他の応用 ===
時間周波数解析は[[工学]]的に広く応用される。以下はその一例である：

* [[音響学]]
** [[音声分析]]: ガボール変換など
* 生体医学
** [[筋電計]]信号
** [[脳波]]
** [[心電図]]
** [[耳音響放射]]解析
* [[光学]]

== 歴史 ==
{{出典の明記| date = 2025年3月| section = 1}}

時間周波数解析に関する初期の業績として、[[ハール・アルフレッド]]の[[ハールウェーブレット]](1909)が挙げられる。しかし、これは信号処理にあまり適用されることはなかった。より影響の大きい業績として[[ガーボル・デーネシュ]]による初期のウェーブレットと言える[[:en:Gabor_atom|Gabor atom]] (1947)や短時間フーリエ変換を修正したガボール変換が挙げられる。{{仮リンク|ジャン・ビレ|fr|Jean Ville|en|Jean Ville}}信号処理の文脈に導入した[[ウィグナー関数|ウィグナー・ビレ分布]](1948)も基盤的業績として挙げられる。

特に1930年代および1940年代には、初期の時間周波数解析が[[量子力学]]と歩調を合わせて開発された。ウィグナーはウィグナー・ビレ分布を1932年に量子力学の分野で開発し、ガーボルは量子力学の影響を受けていた。これは位置・運動量平面と時間・周波数平面との間の数学的共通性を反映している。たとえば、量子力学におけるハイゼンベルグの[[不確定性原理]]は時間周波数解析におけるガボール限界に相当し、これらはどちらも究極的には[[シンプレクティック幾何学|シンプレクティック]]構造を反映したものである。

== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
=== 注釈 ===
{{notelist2}}
=== 出典 ===
{{reflist}}

== 参考文献 ==
* {{Cite book|title=Time-frequency/time scale analysis|url=https://www.worldcat.org/oclc/162128796|publisher=Academic Press|date=1999|location=San Diego|isbn=978-0-12-259870-8|oclc=162128796|first=Patrick|last=Flandrin}}

== 関連項目 ==
* [[:en:Cone-shape_distribution_function|Cone-shape distribution function]]
* [[多重解像度解析]]
* {{仮リンク|スペクトル密度推定|en|Spectral density estimation}}
* [[音声分析]]

{{DEFAULTSORT:しかんしゆうはすうかいせき}}
[[Category:信号処理]]
[[Category:周波数]]
[[Category:時間]]