横断性 (数学)のソースを表示

{{Refimprove|date=December 2009}}
[[数学]]において、'''横断性'''（おうだんせい，{{lang-en-short|transversality}}{{efn|"transversal" は{{lang-la|transversus, transversalis}} に由来する「横断線」「横断面」を意味する名詞であり、形容詞形は "transverse" である{{sfn|Hirsch|1976|p=[{{google books|id=emTmBwAAQBAJ|page=67|text=Whitehead|plainurl=1}} 66]|ps= &mdash;`"Transversal" is a noun; the adjective is "transverse." &mdash;J.H.C. Whitehead, 1959’}}。}}）は、空間がどのように交わるかを記述する概念である。横断性は[[接線|接すること]]の「対極」と見ることができ、{{仮リンク|一般の位置|en|general position}}で役割を果たす。横断性は[[微分位相幾何学]]における一般の交わりの概念を定式化する。横断性は交点で交わっている空間の線型化を考えることで定義される。

==定義==
[[Image:Sphere-transverse.svg|thumb|球面の曲面上の横断的に交わる曲線]]
[[Image:Sphere-nontransverse.svg|thumb|球面の曲面上の横断的に交わらない曲線]]

与えられた有限次元の[[滑らかな多様体]]の2つの[[部分多様体]]が'''横断的に交わる''' (intersect transversally) とは，[[共通部分|交わっている]]任意の点において，その点での部分多様体の2つの[[接空間]]が多様体の接空間を生成することをいう{{sfn|Guillemin|Pollack|1974|p=30}}．交わらない多様体たちは{{仮リンク|vacuously|label=自明に|en|vacuously}}横断的に交わる．多様体の次元が相補的ならば（すなわち次元の和が周囲の空間の次元ならば），条件は周囲の多様体の接空間が2つの小さい接空間の直和であることを意味する．交わりが横断的ならば，交わりは[[余次元]]が2つの多様体の余次元の和に等しい部分多様体になる．横断性条件が無ければ，交わりはある種の[[特異点 (数学)|特異点]]を持つかもしれず部分多様体になるとは限らない．

特にこれは，次元が相補的な横断的に交わる部分多様体が孤立点（すなわち{{仮リンク|0次元多様体|en|0-manifold}}）で交わることを意味する．部分多様体と周囲の多様体がともに[[多様体の向き|向き付けられて]]いるとき，交わりも向き付けられている．交わりが 0 次元であるとき，向き付けは単に各点に対して正か負である．

与えられた多様体 {{mvar|M}} の2つの部分多様体 {{math|''L''{{sub|1}}}} と {{math|''L''{{sub|2}}}} の横断的交叉を表す1つの表記は
:<math>L_{1} \pitchfork L_{2}</math>
である．この表記は2通りに読める：「{{math|''L''{{sub|1}}}} と {{math|''L''{{sub|2}}}} が横断的に交わる」というのと， {{math|''L''{{sub|1}}}} と {{math|''L''{{sub|2}}}} の集合論的交叉 {{math|''L''{{sub|1}} ∩ ''L''{{sub|2}}}} で交わりが横断的であるときの表記である．この表記で，横断性の定義は：

:<math>L_{1} \pitchfork L_{2} \iff \forall p \in L_{1} \cap L_{2},\;
 \mathrm{T}_{p} M = \mathrm{T}_{p} L_{1} + \mathrm{T}_{p} L_{2}.</math>

==写像の横断性==
部分多様体の対の横断性の概念は，部分多様体と周囲の多様体への写像の横断性，あるいは周期の多様体への写像の対に，像の交わりの点の原像に沿った接空間の[[写像の微分|押し出し]]が周囲の多様体の接空間全体を生成するかどうかを問うことによって，容易に拡張できる{{sfn|Guillemin|Pollack|1974|p=28}}．写像が[[埋め込み (数学)|埋め込み]]ならば，これは部分多様体の横断性に同値である．

==異なる次元に対する横断性の意味==
[[Image:Transversality-ambient.svg|thumb|left|周囲の空間に依存する横断性．示されている2つの曲線は，平面に埋め込まれていると考えると横断的に交わるが，3次元空間内の平面に埋め込まれていると考えると横断的でない．]]

{{math|''L''{{sub|1}}}}, {{math|''L''{{sub|2}}}}, {{mvar|M}} をそれぞれ次元が {{math|''l''{{Sub|1}}}}, {{math|''l''{{Sub|2}}}}, {{mvar|m}} の多様体とし，横断的に交わる写像 {{math|''f''{{sub|1}}: ''L''{{sub|1}} &rarr; ''M''}}, {{math|''f''{{sub|2}}: ''L''{{sub|2}} &rarr; ''M''}} があるとする．

横断性の意味は {{mvar|M}}, {{math|''L''{{sub|1}}}}, {{math|''L''{{sub|2}}}} の相対的な次元に大きく依存して異なる．{{math|1=''l''{{Sub|1}} + ''l''{{Sub|2}} = ''m''}} のときに横断性と接性の関係は最も明白である．

3つの別々の場合を考えることができる：
#{{math|1=''l''{{Sub|1}} + ''l''{{Sub|2}} < ''m''}} のとき，{{math|''L''{{sub|1}}}} と {{math|''L''{{sub|2}}}} の接空間の像が {{mvar|M}} の接空間をはることはどんな点でも不可能である．したがって {{math|''f''{{sub|1}}}} と {{math|''f''{{sub|2}}}} のどんな交わりも横断的になり得ない．しかしながら，交わらない多様体は自明な意味で条件を満たすので，横断的に交わると言える．
#{{math|1=''l''{{Sub|1}} + ''l''{{Sub|2}} = ''m''}} のとき，{{math|''L''{{sub|1}}}} と {{math|''L''{{sub|2}}}} の接空間の像は任意の交点において {{mvar|M}} の接空間を直和に張らなければならない．したがってそれらの交わりは孤立した符号付き点からなる，すなわち 0 次元多様体である．
#{{math|1=''l''{{Sub|1}} + ''l''{{Sub|2}} > ''m''}} のとき，{{math|''L''{{sub|1}}}} と {{math|''L''{{sub|2}}}} の接空間の和は直和とは限らない．実際，{{math|''f''{{sub|1}}}} と {{math|''f''{{sub|2}}}} が，埋め込まれた部分多様体の場合に起こるように，交点で[[はめ込み]]であるときには，直和にはなりえない．写像がはめ込みならば，像の交わりは次元 {{math|''l''{{Sub|1}} + ''l''{{Sub|2}} − ''m''}} の多様体になる．

==交叉積==
任意の2つの滑らかな部分多様体が与えられると，それらの一方を任意に小さい量だけ摂動して，得られる部分多様体が固定された部分多様体と横断的に交わるようにできる．そのような摂動は多様体あるいはそれらの交わりの[[ホモロジー (数学)|ホモロジー]]類に影響しない．例えば，次元が相補的な多様体が横断的に交わるとき，交点の個数の符号付き和は，べつの横断交叉な多様体に{{仮リンク|全同位変形|en|Ambient isotopy}}さえしても変わらない．（交点を mod 2 で数えて符号を無視し，粗い不変量を得ることもできる．）これから任意の次元のホモロジー類上の双線型交叉積が定まり，これは[[コホモロジー]]上の[[カップ積]]に[[ポワンカレ双対]]である．カップ積と同様，交叉積は{{仮リンク|超可換|label=次数付き可換|en|supercommutative}}である．

==横断交叉の例==
横断性の最も簡単な非自明な例は[[曲面]]の弧によるものである．2つの弧の交点が横断的であることと接点でないこと，すなわち曲面の接平面内のそれらの接線が相異なることと[[同値]]である．

3次元空間では，横断的に交わる曲線は交わらない．局面に横断的に交わる曲線は点で交わり，横断的に交わる2曲面は曲線で交わる．曲面に点で接する曲線（例えば曲面上に乗っている曲線）は曲面と横断的に交わらない．

より専門的な例を挙げよう．{{mvar|G}} を[[単純リー群]]とし，<math> \mathfrak{g} </math> をその[[リー環]]とする．{{仮リンク|sl2-triple|en|sl2-triple|label=ジャコブソン・モロゾフの定理}}により，任意の[[冪零元]] <math> e \in \mathfrak{g} </math> はある <math> \mathfrak{sl_2}</math>-triple {{math|(''e'', ''h'', ''f'')}} に含めることができる．<math> \mathfrak{sl_2} </math> の表現論により，
:<math> \mathfrak{g} = [\mathfrak{g}, e] \oplus \mathfrak{g}_f </math>
である．空間 <math> [\mathfrak{g}, e] </math> は随伴軌道 {{math|Ad(''G'')''e''}} への {{mvar|e}} での[[接空間]]であり，したがって[[アファイン空間]] <math> e + \mathfrak{g}_f </math> は {{mvar|e}} の軌道と横断的に交わる．空間 <math> e + \mathfrak{g}_f </math> は {{仮リンク|Peter Slodowy|en|Peter Slodowy}} に因んで スロードウィーの横断片 ("Slodowy slice") と呼ばれる．

==応用==
===最適制御===
応用として、[[変分法]]または関連する{{仮リンク|ポントリャーギンの最大値原理|en|Pontryagin maximum principle}}において、横断性条件は最適化問題において求められる解の種類を制御するために頻繁に用いられる。例えば、以下のような問題の解曲線に対して横断性は必要である:
; 問題
: 曲線の一方または両方の端点を固定しないとき、{{math|∫''F''(''x'', ''y'', ''y&prime;'')''dx''}} を最小化せよ。
このような問題の多くにおいてその解は、解曲線が[[ヌルクライン]]を横断的に横切るという条件を満足する、さもなくば適当なほかの曲線が終点条件を記述する。

===解空間の滑らかさ===
（写像の横断性の特別の場合を仮定する）[[サードの定理]]を用いて、空間の部分多様体で相補的な次元を持つものの間の、あるいは部分多様体および空間への射の間の横断交叉の全体は、それ自身滑らかな部分多様体となることが示せる。

例えば、向き付けられた多様体の[[接束]]の滑らかな{{仮リンク|切断 (圏論)|label=切断|en|Section (category theory)}}（すなわち[[ベクトル場]]）を底空間から全空間への射と見たものと零切断（を射または部分多様体と見たもの）は横断的に交わるから、この切断の零点集合（つまりこのベクトル場の特異点集合）は底空間の滑らかな零次元部分多様体（つまり符号付き点集合）を成す。その符号はベクトル場の指数に一致し、従って符号和（つまり零点集合の基本類）は多様体のオイラー標数に等しい。より一般に、向き付けられた滑らかな有限次元閉多様体上の[[ベクトル束]]に対して、零切断を横断する切断のゼロ点集合は、そのベクトル束の階数に等しい余次元を持つ底空間の部分多様体になり、そのホモロジー類はもとのベクトル束の[[オイラー類]]に[[ポワンカレ双対]]である。

以下はその極めて特別の場合である: 実変数実数値の可微分函数がその零点において零でない微分係数を持つならば、その零点は単純である（すなわち、函数のグラフはその零点において {{mvar|x}}-軸を横断する）。微分係数が零であることは曲線に水平に接することを意味するのだから、そのような場合には接空間は {{mvar|x}}-軸に一致することになる。

無限次元の例として以下を挙げる: [[複素微分形式|{{overline|∂}}-作用素]]は[[リーマン面]]から[[概複素多様体]]への射の空間上で定義される、ある種の[[バナッハ空間]]束の切断で、この切断の零点集合は正則射からなる。この{{overline|∂}}-作用素が零切断を横断することが示せるならば、その[[モジュライ空間]]は滑らかな多様体を成す。これらの考察は、{{仮リンク|擬正則曲線|en|pseudoholomorphic curves}}論および[[グロモフ・ウィッテン不変量|グロモフ&ndash;ウィッテン理論]]において基本的な役割を果たす。（この例における横断性は、[[バナッハ空間]]を対象にするために、定義を精緻化する必要があることに注意。）

==関連項目==
*{{仮リンク|横断性定理|en|Transversality theorem}}

==注==
=== 注釈 ===
{{reflist|group="注釈"}}
=== 出典 ===
{{Reflist}}

==参考文献==
* {{cite journal |first=René |last=Thom |title={{lang|fr|Quelques propriétés globales des variétés differentiables}} |journal=[[Commentarii Mathematici Helvetici|Comm. Math. Helv.]] |volume=28 |year=1954 |issue=1 |pages=17–86 |doi=10.1007/BF02566923 }}
* {{cite book |last=Guillemin |first=Victor |last2=Pollack |first2=Alan |year=1974 |title=Differential Topology |location= |publisher=Prentice-Hall |isbn=0-13-212605-2 }}
*{{cite book | ref=harv|title = Differential Topology|authorlink=Morris Hirsch|first = Morris|last = Hirsch|publisher=Springer-Verlag|year=1976|isbn = 0-387-90148-5}}

{{Differential-geometry-stub}}

{{DEFAULTSORT:おうたんせい (すうかく)}}
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