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気体分子運動論
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{{統計力学}}{{出典の明記|date=2021年12月}} '''気体分子運動論'''(きたいぶんしうんどうろん、{{Lang-en|kinetic theory of gases}})は、[[原子論]]の立場から[[気体]]を構成する[[分子]]の運動を論じて、その気体の巨視的性質や行動を探求する理論である。'''気体運動論'''や'''分子運動論'''とも呼ばれる。最初は単一速度の分子群のモデルを使って[[ボイルの法則]]の説明をしたりしていたが、次第に一般化され、現今では速度分布関数を用いて広く気体の性質を論ずる理論一般をこの名前で呼ぶようになっている。 == 歴史 == 気体分子運動論のもっとも古い先駆は[[1738年]]の[[ダニエル・ベルヌーイ]]による「流体力学」に見られる。そこでベルヌーイは気体が激しく運動している多数の粒子からなるという仮説をおき、気体の[[圧力]]は器壁への粒子の衝突によって生ずるとして、体積の変化による衝突数の変化を考察して、圧力が[[体積]]に[[反比例]]するという[[ボイルの法則]]を説明し、また圧力が粒子速度の2乗に比例することを述べた。 この気体の本性ならびに圧力の起源に関するベルヌーイの卓抜な着想は、その後の[[原子論]]の確立や[[熱素説]]に代わる熱運動説の展開により次第に受け入れられ、間欠的に議論されたが、気体論は100年余りの間あまり進展しなかった。しかし19世紀半ばになって大きく動き始めた。 まず[[ルドルフ・クラウジウス]]が登場し、気体を構成する粒子は必ずしも[[点粒子]]でなく、[[自由度|内部自由度]]をもつことを[[比熱容量|比熱]]の議論から示した([[1857年]])。また圧力から推測される分子の速さ(毎[[秒]]数百[[メートル]])が気体中の拡散速度よりはるかに大きいという批判に応えるために分子間衝突を考慮して'''[[平均自由行程]]'''の概念を導入し、気体の[[粘性係数]]などの[[輸送係数]]を議論する基礎を作った([[1858年]])。 ついで[[ジェームズ・クラーク・マクスウェル]]は気体中の分子は衝突するたびに速度が変化するが、定常な気体中では多数の衝突の結果、運動エネルギーは分子間に規則的に分配され、定常な[[速度分布関数]]が存在するとして、ある関数方程式を解いて、'''[[マクスウェル分布]]'''を導いた([[1860年]])。また同時に粘性係数の式を得て、これが気体の密度に依らないという当時の常識に反する性質を予言したが、それが事実であることが実験で確かめられ、理論の信頼性が高まった。そしてさらに後に一般的な輸送現象の理論を展開し、粘性係数の[[温度]]依存性が分子間の距離の逆5乗に比例する中心力(マクスウェル模型)が働くとして説明されることを示し、この[[分子間力]]を用いて色々な輸送現象を論じた([[1866年]])。また同じ論文で分子の衝突数の算定から改めてマクスウェル分布を導いたが、そこでは2種類の分子が混在している気体では、すべての分子が種類に依らずに同じ平均運動エネルギーをもつこと('''[[エネルギー等配分の法則|エネルギー等分配の法則]]''')が示されている。 また同じ頃、[[ヨハン・ロシュミット]]は[[1865年]]に粘性の測定から得られた平均自由行程などのデータを用いて、初めて体積あたりの気体分子の数、すなわち'''[[ロシュミット数]]'''を算出した。 [[1872年]]になると、[[ボルツマン]]が[[ボルツマン方程式]]を提出して、[[H定理]]を証明した。ボルツマン方程式は速度分布関数を支配する[[運動論的方程式]]({{en|kinetic equation}})の典型である。かくして速度分布関数を直接求めて気体を研究する路が開かれたが、ボルツマン方程式は非線形微分積分方程式で取扱いが難しく、その後40年余りにわたって見るべき具体的成果が得られなかった。しかし、1917年になってエンスコッグがこれを用いてプラズマの輸送係数を求める実行可能な方策を提起し、[[シドニー・チャップマン]]らがそれを発展させて、その結果が{{Harvtxt|Chapman|Cowling|1939}} に纏められた。 また最近では 1950年代から[[核融合反応|核融合]]研究などに関連して[[プラズマ]]の研究が盛んになった。プラズマでは[[荷電粒子]]群の行動は粒子間の衝突よりむしろ自らの作る[[電磁場]]との相互作用により支配されるので、多くの場合、局所[[熱平衡]]からも大きくはずれ、速度分布関数を用いる必要性が大きくなる。そして衝突項を0と置いた[[運動論的方程式]]と電磁場の[[マクスウェル方程式]]とを連立させた[[運動論的方程式|ブラソフ方程式]]がその議論の主役を演ずる。また粒子間衝突を勘定に入れる場合でも、分子間力である[[クーロンの法則|クーロン力]]が長い裾を引いた遠距離力であるため、通常の気体分子運動論とは様相が大きく異なる。これら'''プラズマ分子運動論'''({{en|kinetic theory of plasma}})については[[プラズマ振動]]などを参照。 == 理想気体の考察 == 気体分子運動論の考え方の例として、一辺の長さ {{Mvar|L}} の立方体に閉じこめられた、熱平衡状態にある[[理想気体]]を考える。気体は[[質量]] {{Mvar|m}} の[[分子]] ''{{Mvar|N}}'' 個で構成されていて、立方体の各稜はそれぞれ {{Mvar|x}}軸、{{Mvar|y}}軸、{{Mvar|z}}軸に平行であるとする。 分子間の衝突を無視すると、各分子は立方体中を自由に飛び回り、壁に衝突しては跳ね返る。 ここである一つの分子の[[速度]]を {{Mvar|v}}、その''{{Mvar|x}}''成分を {{Math|''v''<sub>''x''</sub>}} とすると、その分子の持つ[[運動量]]の''{{Mvar|x}}''成分は {{Math|''mv''<sub>''x''</sub>}} となる。そして分子が立方体の''{{Mvar|x}}''軸に垂直な壁に[[弾性衝突]]すると、分子は壁に平行方向の速度を変えず、垂直方向では速度の大きさを変えずに向きが逆になるから、壁に受け渡される[[運動量]]は壁に垂直で大きさが {{Math|2''mv''<sub>''x''</sub>}} となる。ところで分子が左右の壁の間を一往復するのに要する時間は {{Math|2''L''/''v''<sub>''x''</sub>}} であるから、十分な長さの時間間隔 {{Mvar|t}} の間には、一方の壁に {{Math|''v''<sub>''x''</sub>''t''/(2''L'')}} 回衝突する。従ってその間に壁に渡される[[力積]]は <math display="block"> f_xt = 2mv_x \cdot {v_xt \over 2L} </math> となり、壁に及ぼす力の大きさは <math display="block"> f_x = {{m{v_x}^2} \over L} </math> と求まる。 そして気体は ''{{Mvar|N}}'' 個の分子からなるから、そのすべてからの寄与を足し合わせると、壁の受ける合力は壁に垂直で、その大きさ ''{{Mvar|F}}'' は {{Math|''v''<sub>''x''</sub><sup>2</sup>}} の平均値 {{Math|{{Overbar|''v''<sub>''x''</sub><sup>2</sup>}}}} を用いて、 <math display="block"> F = {Nm\bar{v_x^2} \over L} </math> と書かれる。 ところで[[熱力学的平衡|熱平衡状態]]では分子の速度分布は[[等方的と異方的|等方的]]だから、平均値でいえば、{{Math|1={{Overbar|''v''<sub>''x''</sub><sup>2</sup>}} = {{Overbar|''v''<sub>''y''</sub><sup>2</sup>}} = {{Overbar|''v''<sub>''z''</sub><sup>2</sup>}}}}、従って分子の速さ {{Mvar|v}} について {{Math|1={{Overbar|''v''<sup>2</sup>}} = 3 {{Overbar|''v''<sub>''x''</sub><sup>2</sup>}}}} が成り立つ。そして壁にかかる圧力は単位[[面積]]あたりの力であるから、結局 <math display="block"> P = {F\over{L^2}} = {Nm\bar{v^2}\over{3L^3}} </math> そして {{Math|''L''<sup>3</sup>}} は気体の体積 {{Mvar|V}} であるから <math display="block"> PV = {{Nm\bar{v^2}}\over 3} </math> が得られる。 一方、この気体の[[モル|モル数]]を {{Mvar|n}} とすると、理想気体の状態方程式は {{Math|1=''PV'' = ''nRT''}}(ここで {{Mvar|R}} は[[気体定数]]、{{Mvar|T}} は[[絶対温度]])と書ける。そして[[アボガドロ定数]]を {{Math|''N''<sub>A</sub>}} とすると、{{Math|1=''N'' = ''nN''<sub>A</sub>}} であるから、これらの式を組み合わせて <math display="block"> {1 \over 2}m \bar{v^2} = {3 \over 2}kT </math> が得られる。ここで <math display="block">k = {R \over {N_\mathrm A}}</math> は[[ボルツマン定数]]である。 こうして、このような素朴な扱いで[[ボイルの法則]]のみならず、理想気体の状態方程式と組み合わせて熱平衡状態での1分子の運動エネルギーの平均のような微視的量と温度のような巨視的量とを結びつけることが出来た。なおこの式は、熱平衡状態では運動の任意の1自由度に <math>\, kT/2 </math> のエネルギーが分配されるという、古典[[統計力学]]のエネルギー等分配則の一つの現れである。 == 参照文献 == * {{Cite book|ref=harv|last=Chapman|first=Sydney|title=The Mathematical Theory of Non-Uniform Gases|year=1939|publisher=Cambridge University Press|last2=Cowling|first2=T.G}} == 関連項目 == * [[平均自由行程]] * [[真空]] * [[圧力]] {{Normdaten}} {{DEFAULTSORT:きたいふんしうんとうろん}} [[Category:熱力学]] [[Category:統計力学]] [[Category:気体|ふんしうんとうろん]]
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