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水素吸蔵合金
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[[水素]]には[[自由電子]]を伴う[[金属結合]]内に容易に侵入する性質がある。その結果、全ての金属は[[水素]]の溶存や侵入により、凝固時に気泡の混入や強度の劣化問題([[水素脆性]])という性質が知られている。この現象に対して金属加工メーカーではそれぞれ水素除去の対策がなされている。この[[水素]]が金属に侵入し蓄積し易い性質を利用し、合金の組成を最適化して[[水素]]の貯蔵を目的とした'''水素吸蔵合金'''(すいそきゅうぞうごうきん、hydrogen absorbing alloy)が開発された。'''水素貯蔵合金'''とも呼ばれる<ref name="K3">高効率水素吸蔵合金、p.3.</ref>。※('''水素吸蔵合金'''はタンクの様な出し入れの容易さはなく、開発された合金の多くが[[水素]]取出し困難か一部のみ取出し可能であり、金属の質量も伴う為、実用化には多くの問題が存在する。) == 歴史 == 金属が水素を取り込む現象は古くから知られていた<ref name="K3"/>。例えば、酸性の溶液内の鋼が急激に割れてしまうことがあるが、これは溶液中の水素イオンが鋼中に侵入し、鋼を脆化させることに起因する([[水素脆化]])<ref name="N1">水素とは、p.1.</ref>。 このような現象を積極的に水素貯蔵に用いる研究は、[[1960年代]]の[[アメリカ合衆国|アメリカ]]・[[オークリッジ国立研究所]]の J.J.Reilly らによって始められた。彼は現在の'''水素吸蔵合金'''の基礎となっている[[マグネシウム]]基合金や[[バナジウム]]基合金が水素吸蔵放出を行うこと、さらに合金組成を制御することでその特性が変わることを実験により証明した<ref name="K3-4">高効率水素吸蔵合金、pp.3-4.</ref>。 Reilly 以後も、気体水素貯蔵、[[ヒートポンプ]]、高効率[[電池]]などの観点から水素吸蔵合金の開発は進められており、特に[[日本]]においては、通商産業省(現[[経済産業省]])とその外郭団体である[[新エネルギー・産業技術総合開発機構|NEDO]]が主導となって進められた開発プロジェクトである[[サンシャイン計画]]や[[WE-NET]]により開発が進み、現在世界でもトップレベルの開発水準を維持している<ref name="K4">高効率水素吸蔵合金、p.4.</ref>。 == 反応 == MH合金 ({{mvar|M}}) は水素ガス ({{mvar|{{chem|H|2}}}}) と次の式の可逆反応をして金属水素化合物 ({{mvar|{{chem|MH|x}}}}) を形成する<ref name=jrsj.4.119>佐々木忠之, 川嶋稔夫, 青山英樹, 伊福部達, 小川孝寿, 「[https://doi.org/10.7210/jrsj.4.119 水素吸蔵合金を利用したアクチュエータの開発]」『日本ロボット学会誌』 4巻 2号 1986年 p.119-122, {{doi|10.7210/jrsj.4.119}}。</ref>。 :<math>\frac{2}{\it{x}}{M} + H_2 \rightleftharpoons \frac{2}{\it{x}}M{H_x} + Q </math> 式の反応の均衡状態では、水素圧 ({{mvar|P}}) とMH合金の温度 ({{mvar|T}}) との間には、一定の温度範囲で Van't Hoff の式が近似的に成り立つ<ref name=jrsj.4.119 />。 : <math>\Delta H^\circ</math>: 標準エンタルピ変化 : <math>\Delta S^\circ</math>: 標準エントロピ変化 : <math>\ R</math> : 気体定数 のとき、 : <math> {\rm{In}}P = \frac{\Delta H^\circ}{R} \cdot \frac{1}{T} - \frac{\Delta S^\circ}{R} </math> となる。 この反応は極めて早く、反応熱の除去および供給が必要となる。なお、実際には反応を繰り返す事でMH合金は、数ミクロン単位まで微粉化するため熱伝導速度は低下する<ref name=jrsj.4.119 />。 == 原理 == 水素吸蔵合金の原理は固溶現象と化学的結合の二つに大別される。 水素の吸蔵と放出を両立させるためには、まず結晶構造中に水素の入れる空隙があり、その位置で水素原子がある程度安定に存在することができ、なおかつその位置から水素が動けなければ(出られなければ)ならない。これらの観点から合金の結晶構造、ならびに電子状態を最適化するために、比較的空隙の多い結晶構造をもち、なおかつ[[触媒]]作用を持つような元素を含む合金が各種開発されている<ref name="#1">アルドリッチ</ref>。 === 固溶現象 === 固溶現象とは、固体結晶中に他の[[元素]]が入り込み、[[結晶]]を構成する[[原子]]の間、あるいは結晶を構成する原子と置き換わるかたちで安定な位置を占めることを指す。特に前者を侵入型固溶、後者を置換型固溶と称するが、水素吸蔵合金の場合は、水素と合金で前者の侵入型固溶体を形成させる。 === 化学的結合 === 化学的結合とは、実際に合金中の元素が水素と化合することを意味する。たとえばマグネシウムは、水素と MgH<sub>2</sub> という化合物をつくる。この反応が完全に進行すると、マグネシウムはその重量の7.6%もの水素を吸蔵する計算になる。しかし化学的結合は固溶などと比較してその結合が安定であるため、適当な条件でその結合を切るための触媒、あるいは結晶構造が要求される<ref name="#1"/>。 == 種類 == 現在知られている水素吸蔵合金は以下のようなものがある。 ; AB2型 : [[チタン]]、[[マンガン]]、[[ジルコニウム]]、[[ニッケル]]などの[[遷移元素]]の合金をベースとしたもの。結晶は[[ラーベス相]]と呼ばれる六方晶ベースの構造をもつ。水素密度が高く容量を上げることが可能だが、容量の大きい合金になるほど活性化が困難という欠点がある<ref name="K6-7">高効率水素吸蔵合金、pp.6-7.</ref>。 ; AB5型 : [[希土類元素]]、[[ニオブ]]、ジルコニウム1に対して触媒効果を持つ遷移元素(ニッケル、[[コバルト]]、[[アルミニウム]]など)5を含む合金をベースとしたもの([[ランタン|La]]Ni<sub>5</sub>、[[レニウム|Re]]Ni<sub>5</sub> などが代表)。初期段階からの水素化反応が容易だが、希土類元素やコバルトを含むため高価なのが難点。ただし、精製されていない希土類元素([[ミッシュメタル]])を使うことで問題を回避するなどの研究が進んでいる<ref name="K6-7"/>。 ; [[チタン|Ti]]-[[鉄|Fe]]系 : 比較的空隙の多い[[体心立方格子構造|体心立方晶]]の[[金属間化合物]]をなすこの系をベースにしたもの<ref name="K6-7"/>。 ; V系 : [[バナジウム]]は水素と効率よく反応することが知られており、これをベースとした比較的空隙の多い体心立方晶の合金が各種研究されている<ref name="K6-7"/>。 ; Mg合金 : [[マグネシウム]]は7.6 wt%もの水素を吸蔵するが、[[水素化マグネシウム]]が比較的安定であるために、これを不安定化する触媒元素との合金が各種研究されている<ref name="K6-7"/>。 ; Pd系 : [[パラジウム]]は自分の体積の935倍もの水素を吸蔵するが、高価なのが難点<ref name="K6-7"/>。 ; Ca系合金 : 水素との親和力が強い[[カルシウム]]と遷移元素(ニッケルなど)の合金が中心<ref name="K6-7"/>。 == 利点と欠点 == === 利点 === 水素吸蔵合金中で、水素は結晶構造にならい規則的に配置される。このため、気体と比較して極めて高い水素充填密度を実現することができる。また、水素放出が比較的穏和に行われるため、急激な水素漏れによる事故の発生も防止できる。さらには[[溶液]]中で[[電気化学]]的水素吸蔵が起こることを利用して、高効率[[二次電池]]の電極としても使用できる<ref name="H">広島大学</ref>。 === 欠点 === [[バナジウム|V]]系合金や[[マグネシウム|Mg]]基合金以外は重く、車載などの目的には適さない。また、水素吸蔵放出の過程で反応に伴う熱の出入りがあり、これを積極的に活用した例([[ヒートポンプ]]など)もあるものの、水素吸蔵放出時の伝熱効率の向上が未だ問題点として存在する<ref name="H"/>。さらには、合金に使用される希土類元素や触媒元素が高価、かつ資源量に乏しいこと、リサイクルが容易でない、水素吸蔵放出を繰り返すと脆化して([[水素脆化]])吸蔵率が低下するなどの問題がある。 == 応用例 == * [[ニッケル・水素充電池]] * [[水素自動車]]、[[燃料電池]]自動車の燃料タンク * 中性子線シールド - 主に水やコンクリートが使用できない部分に用いられる。吸蔵した水素分子に中性子を吸収・散乱させることで遮蔽する。 * [[ヒートポンプ]] - 水素を出し入れする時の吸熱、発熱を利用する。 * [[琺瑯]]の下地金属 - 水素を吸蔵できない金属を琺瑯にすると欠陥が出やすいため、釉薬をかける前の下地に水素吸蔵合金を用いる。 * [[アクチュエータ]] - 水素の吸蔵・放出によりピストンを駆動する。車椅子の座面昇降ユニットや移乗介助装置の動力源として福祉分野で実用化されている<ref>{{Cite journal ja-jp|和書|author=佐藤満|author2=井野秀一|year=2008|title=水素吸蔵合金アクチュエータの基礎と応用 ~ヒトへの親和性に富んだ動力源としての福祉機器への応用~|url=http://journal.vrsj.org/13-2/s27-31.pdf|format=PDF|journal=日本バーチャルリアリティ学会誌|volume=13|issue=2|publisher=[[日本バーチャルリアリティ学会]]|pages=91-95|naid=10021139676|issn=13426680}}</ref>。 * 水素純化 - [[メタノール]]等の[[炭化水素]]系燃料を改質して水素を得る際、副生する[[一酸化炭素]]や[[水蒸気]]により[[触媒]]が被毒して活性が下がるのを防ぐために、水素と水蒸気、一酸化炭素の混合ガスから水素だけを透過・分離して水素の純度を高めるのに用いる。 また、一部の水素吸蔵合金は水素吸蔵時と放出時で光学的特性が変わるため、[[ガラス]]上にそれらの合金を蒸着し、水溶液などで水素を供給することにより反射率を変化させる「スイッチャブル・ミラー」なども研究されている。 == 脚注 == {{Reflist|2}} == 参考文献 == * 村上陽太郎 [http://www.ostec.or.jp/TOP/34.pdf 水素吸蔵合金の現状と 最近の研究開発] 財団法人大阪科学技術センター付属ニューマテリアルセンター、[NMCニュース、第8号-(7)]、2005年1月 * {{Citation|title=化学29 高効率水素吸蔵合金|url=https://www.inpit.go.jp/katsuyo/archives/archives00007.html|website=www.inpit.go.jp|accessdate=2022-01-03|和書|year=2005|publisher=独立行政法人 工業所有権情報・研修館|work=特許流通支援チャート}} * [https://doi.org/10.4131/jshpreview.17.173 亀川厚則、岡田益男:水素貯蔵技術と高圧科学 -水素貯蔵タンクと貯蔵材料-] 高圧力の科学と技術 Vol.17 (2007) No.2 - Pressure-Induced Structural Transitions in Complex Fluids - P 173-179 * {{Cite web|和書|url=http://www.hiroshima-u.ac.jp/gakujutsu/kenkyu/hydrogen/|title=水素エネルギー社会の実現を目指して−水素貯蔵機能の開発−|publisher=広島大学|accessdate=2022-02-18|archiveurl=https://web.archive.org/web/20160304091207/http://www.hiroshima-u.ac.jp/gakujutsu/kenkyu/hydrogen/|archivedate=2016-03-04}} * {{Cite web|和書|url=https://www.nedo.go.jp/library/pamphlets/|title=パンフレット|publisher=NEDO|accessdate=2022-02-18}} * {{Cite web|和書|url=https://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/technical-documents/technical-article/materials-science-and-engineering/batteries-supercapacitors-and-fuel-cells/metal-hydrogen-storage|title=水素貯蔵材料|publisher=メルク|accessdate=2022-02-18}} == 外部リンク == * {{Kotobank}} *『[https://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/technical-documents/technical-article/materials-science-and-engineering/batteries-supercapacitors-and-fuel-cells/metal-hydrogen-storage 水素貯蔵材料]』 - [[メルク (ドイツ)|メルク]] {{Good article}} {{DEFAULTSORT:すいそきゆうそうこうきん}} [[Category:合金]] [[Category:水素貯蔵]]
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