水道方式のソースを表示

{{簡易区別|[[水道哲学]]}}
[[画像:Suidou-houshiki-tairu1.jpg|thumb|筆算の授業で使われる「タイル」。百と十は裏返すと下のようになっている。「裏返すと上位の単位のひとかたまりになる」という方法は[[鈴木筆太郎]]が1907年に初めて考案した{{Sfn|小野健司|2005b|p=66-67}}。]]
'''水道方式'''（すいどうほうしき）とは、計算方法の最も基礎的な概念・手順を効率よく理解させるための理論である。[[1958年]]頃に[[数学者]]の[[遠山啓]]・[[銀林浩]]が中心となり、「[[暗算]]よりも[[筆算]]を基本的で発展性のある計算方法」として提唱した{{Sfn|遠山啓|1980}}。水道方式ではタイルという正方形のマスで位取りを理解させる。「タイルを使った位取り指導」には[[大正新教育運動]]時代の[[田籠松三郎]]{{Sfn|小野健司|2020}}や[[鈴木筆太郎]]{{Sfn|小野健司|2005a}}{{Sfn|小野健司|2005b}}{{Sfn|小野健司|2005c}}の先行研究{{refnest|group="注"|遠山らは海外の算数教育については調査しているが、大正時代のタイル{{Sfn|小野健司|2005b}}や九九暗記不要論{{Sfn|小野健司|2020}}などの先行研究にはまったく言及していないし、反対派との論争にも使っていない{{Sfn|遠山啓|1980}}。}}があり、遠山らもこれらと独立にタイルを採用した{{Sfn|小野健司|2005a|pp=41-42}}。水道方式ではタイルを使うだけでなく「計算の型分けによる効率的なドリル」を提唱した{{Sfn|遠山啓|1980}}。水道方式の語源は最も基本的な「計算の素過程」を練習した後、最も一般的な型を「水源地」とし、「一般から特殊へ」の原則に基づいて型分けによるドリルを教えていく流れを「水道管の分岐や流れ」に模して遠山らが名付けた{{Sfn|遠山啓|1980|pp=136-137}}{{refnest|group="注"|遠山は「「水道方式」という名は仮の名のつもりだった。強いて本名を付けるとすれば「分析総合方式」とでもしたら良かっただろう。しかし，それではあまりにまともすぎて面白みがないので、仮の名の方が良く使われることになった。ところがその仮の名がいつの間にか広がって本名になってしまったのである」と述べている{{Sfn|遠山・銀林|1960|p=11}}。}}。

== 概要 ==
=== 命名について ===
*  一般から特殊へ
* タイルのシェーマ
* 五・二進法
* 1あたり量
* 量の理論（内包量と外延量）
* カンヅメとビンヅメ
* 筆算重視
といった多様なものを含めた包括的な教育法であるが、ときに誤解されている。 

=== タイルによる10進法の教授法 ===
水道方式では1を正方形の小さな四角で表し､これを「タイル」{{refnest|group="注"|タイルという命名は遠山啓によるもので、子どもの身近にあるものとして選ばれた。四角とか正方形とかでは、図形そのものを指しているかどうか紛らわしいから、あえて命名したという{{Sfn|遠山啓|1979|p=276}}。}}と呼ぶ。1のタイルを10個縦に並べて作った長方形を十とし「十が1本」と数える。1辺10個の正方形を100個のタイルで作ると百の塊を表せ、これを「百が1枚」と数える。たとえば「234」は「2枚3本4個」となる。{{Sfn|遠山啓|1981|p=17}}。

遠山はタイルの優れている点として、「正方形のタイルはつないだり切ったりが容易で、バラバラな量だけでなく、つながった量、つまり連続量も容易に表すことができる」、「1つのタイルを分けていくと分数と小数もタイルで表すことができる」という点を挙げている{{Sfn|遠山啓|1980|pp=31-32}}。

=== 空位の「0」の重視===
遠山啓は「位取りを教えるのに重要なのは（空位を表す）0の理解である」と考えた。位取りの原理を教えないと「なぜ13を103と書いてはいけないのか」が子どもに理解できない{{Sfn|遠山啓|1980|p=29}}とした。

同時に「0」は「その位にあった数がなくなった状態」と教える。子どもに0を理解させるには「容器を添えて数を理解させて、0を空っぽの容器で表す」とした{{Sfn|遠山啓|1980|pp=38-39}}が、[[0]]には「割切れた場合の余りとしての 0」としての解釈もあるので、慎重な扱いが必要である。

[[和算]]では、[[算木]]および算木を並べる「算盤」（マス目を書いた紙・布・板）を使う。算木には正数を表す赤い算木と、負数を表す黒い算木の2種類がある。いわゆる[[列]]（[[行列式]]では「行」に当たる）、[[伍]]（同じく列。「カラム」に当たる）があるので、遠山は「タイルによる指導」から「位取り」を経て算盤の指導を行い、そこから[[珠算]]に至るルートを考えていたらしいことが著作から窺われる。

なお、教師による指導用の[[十露盤]]においては「五珠が二個・一珠が五個というものもあっていいのではないか、という意見もあり、遠山も否定はしていない。」

=== 筆算中心の計算体系 ===
水道方式の特徴は筆算中心の計算指導方法{{refnest|group="注"|これに対して戦前の国定教科書編集に携わり、暗算中心の教科書を編集した元文部省図書監修官の[[塩野直道]] (1898-1969) は、激しく水道方式に反対した。塩野は国定教科書の暗記主義について「強硬手段によって暗算を詰め込む」ことが必要であると主張して、筆算中心の水道方式に反対した{{Sfn|遠山啓|1981|pp=129-135}}。}}にある。遠山は暗算ではせいぜい3桁が限界であるが、筆算なら記憶の必要もなく可能性は無限大で、確実に答えが出て、検算もできるとして、水道方式では筆算をできるだけ早く教えると主張した{{refnest|group="注"|遠山が筆算を重視したのは、1935年（昭和10年）から使われた『[[尋常小学算術]]（通称緑表紙）が、暗算中心の方式をとった結果、子どもの計算力が低下したという結果を踏まえてのことだった{{Sfn|遠山啓|1981|p=16}}。}}。筆算で易しいことから初めて、計算に慣れたら段々書かなくてもできるという方向へ持って行けばよい、暗算は省略された筆算だと教えればよいとした{{Sfn|遠山啓|1980|pp=32-33}}。筆算中心のやり方は子どものエネルギーを計算練習の中で消費せずに済み、余力を他のことに使えると主張した{{Sfn|遠山啓|1980|p=38}}。

遠山が水道方式の計算指導の原則としてあげたのは、「一般から特殊へ」の原則に基づく次の3つである。
#複雑な思考過程や演算の過程を、まずもっとも単純な過程－素過程－に分解する。
#素過程を複合して最も一般的で典型的な複合過程－水源地－を設定する。
#典型的な複合過程をしだいに特殊化し。退化させていって、あらゆる場合におよぼす。{{Sfn|遠山啓|1981|p=11-12}}

=== 計算問題の分類方法 ===
遠山は数多くある計算パターンをどのように分類し、どのように配列するかという問題に原則を作った。たとえば「3桁の足し算」は「0+0」から「999+999」までの百万通りあるが、これを
#繰り上がりの出てこないものを最初にやる。
#「0」が出てくるものは後回しにする。
#標準型から少しずつ型崩れの問題に移ってゆく。
として分類している{{Sfn|遠山啓|1980|pp=40-41}}。
このとき、「二桁数＋二桁数」「二桁数＋三桁数」「三桁数＋二桁数」などをどの段階で指導するか、といった悩みはある。

== 指導方法の概略 ==
水道方式の計算練習問題は多数でありうるので、全てを例示することには無理がある。そこで、「一般から特殊へ」という原則に基いて、「型分け」を行ってからパターンを一つずつ潰してゆくということを行う。

=== 一位の自然数の足し算 ===
足し算の素過程は「0+0」「0+1」から「9+9」まで100通りあるが、「0+0」「0+1」「0+2」や「1+0」「2+0」など自然数ではないものを除くと 81 通りになる。

これを、五・二進法を併用して「一般から特殊へ」の順番に並べると、

「足して五未満になる一位数」「足して五になる数」から枝分かれして繰り上がりや空位の0などの指導に結びつけてゆく。

具体的には
* 足して五未満になる数 (1+1=2, 1+2=3, 1+3=4, 2+1=3, 3+1=4)
* 足して五 (V) になる数 (1+4=5, 2+3=5, 3+2=5, 4+1=5)
といった基礎を押さえる。次に「5と5を足すと繰りあがりが生じる」というところから「空位の[[0]]」を導入し、
* 五と五以上の数の和で繰り上がりが生じるもの
* 五以上の数どうしの和によって繰り上がりが生じるもの
* 五未満の数と五以上の数の和において繰り上がりが生じないものといった (1+5=6, 1+6=7, 1+7=8, 1+8=9, 2+5=7, 2+6=8, 2+7=7, 3+6=9)「型崩れ」問題の正誤によって「どこで躓いたのか」を明らかにする。
これを「五・二進法」というが、日本語では「ひと⇒ふた」「み⇒む」「よ⇒や」といった倍数関係に関する音韻調和もあるため、指導においては併用される。

とはいえ、若干くだくだしいという批判もあるので、
#繰り上がりの無い場合。
#加数が0の場合。
#被加数が0の場合。
#加数と被加数の両方が0の場合。
#繰り上がりがあって和が2けたの場合。
#繰り上がりがあって和が10になる場合。
となり、これを順番に練習させる流儀もある。練習に使用する数字は「2と9」を用いるので、「2-9分類法」（「2+2」「2+9」「9+2」「9+9」）と呼ぶ{{Sfn|遠山啓|1980|pp=144-151}}。

=== 整数の足し算 ===
;(1)計算は筆算の形で行わせる。
素過程や型分けの練習はタイルと対応させて、必ず筆算の形で縦に積み上げる方法で書かせる{{Sfn|遠山啓|1980|p=33}}。
例えば、200+300は、
:<math>
\begin{array}{rr}
  &200 \\
+ &300 \\ \hline
\end{array}
</math>

同様に、234+352は、
:<math>
\begin{array}{rr}
  &234 \\
+ &352 \\ \hline
\end{array}
</math>
と書かせる。

;(2)素過程による計算の原理
[[画像:Elementary process of addition by tiles.jpg|thumb|水道方式のタイルを使った足し算の素過程の教授法]]
3位数+3位数を例に、足し算の原理を考える。図のように356+123をタイルで表す。タイルを見れば分かるように、足し算の答を求めるには、タイルの小さい方から「個数」「本数」「枚数」を足し算すればよい{{Sfn|遠山啓|1980|pp=134-136}}。

タイルを数字に置き換えると、「一の位」「十の位」「百の位」に対応している。それぞれの位を足し算すれば答が求まる。これは小さい位から「6+3」「5+2」「3+1」という3つが組み合わさったものである。つまり「356+123」の計算は、「1けた+1けた」の計算が組み合わさったものと考えることができる。どんな大きな数の足し算でも、このような「1けた+1けた」の計算に分解される。このような基本的な足し算の操作を「素過程」と呼ぶ。素過程は足し算の基礎となるので、「基礎暗算として」徹底的にマスターさせねばならない{{Sfn|遠山啓|1980|p=59}}。

;(2) 複合過程の展開
素過程をマスターしたら複合課程へと進む。水道方式では「一般から特殊へ」と練習問題を配列する{{Sfn|遠山啓|1980|pp=144-151}}。
#22+22型
#22+20型
#20+22型
#20＋20型
#22+2型 (22+02) ……十の位が「空位（空っぽ）」という。「無の0」がそのまま「位取りの0」となる{{Sfn|遠山啓|1980|p=134}}。
#2＋22型 (02＋22) ……一の位が空位（空っぽ）。
#20＋2型 (20+02)
#2＋20型 (02 + 20)
「22＋22型」は全ての基本操作を含み、位も全部揃っている。この方の基本的な法則を提供しておけば、あとは「0の入ったものを特殊とみる」だけで全ての型に適用できる。このような型を水道方式では「水源地」と呼ぶ{{Sfn|遠山啓|1980|pp=136-137}}。

このあとは「繰り上がりのある2位の足し算」を「一般から特殊へ」の原則に従って展開する{{Sfn|遠山啓|1980|p=117}}。
#29+29
#29+21
#29+9……十の位が0になった「退化型」
#9+29……退化型
#29+1……退化型
#1+29……退化型
このように水道方式では
#素過程を暗記するほど徹底的にマスターさせる。
#水源地を学習し、それを元に特殊化した型に進む。
という指導方針で練習問題を型分けして「3けた＋3けた」まで練習させる。

最初に行う「水源地」から、各パターンに分かれる様子を、水道管が分岐して各家庭に至る様に見立てたのが、「水道方式」という呼び名の由来である{{Sfn|遠山啓|1980|pp=136-137}}。

=== 整数の引き算 ===
引き算も同様に素過程100通りを6つの型に分けて、これをマスターさせた後複合課程へと進む{{Sfn|遠山啓|1980|pp=152-161}}。
#9-2
#9-0
#2-2
#0-0
#12-9
#10-9

引き算の複合過程の水源地は、
:99－22
である。

=== 整数のかけ算 ===
位取りが理解できていれば、
:234×2
は
:200×2, 30×2, 4×2
ではなく、
:2×2, 3×2, 4×2
の素過程に分解できる。これによって練習すべき素過程の数が大幅に減る{{Sfn|遠山・銀林|1960|p=19}}。

かけ算の素過程の種類は以下の通り{{Sfn|遠山啓|1980|pp=162-171}}。
#3×2
#3×0
#0×2
#0×0
#□×□ = □□……積が十の位に繰り上がる型。
#□×□ = □0……同上の型。
素過程である0が入った練習では九九を唱えさせるとき「0」も唱えさせることが重要であるとしている{{Sfn|遠山啓|1980|p=164}}{{refnest|group="注"|遠山は「最近面白い研究が出ている。総九九を教えても、子どもが成長していくと、半九九だけ、つまり3×7＝21だけ使って、7×3＝21はだんだん使わなくなるという結果になるようです」と述べている{{Sfn|遠山啓|1980|p=167}}。}}。水道方式では素過程は九九になり、2けた×1けた、3けた×1けたぐらいまでやって、2けた×2けたに移る。これらもタイルで説明する。足し算と同じように一般型から型崩れへと練習していく{{Sfn|遠山啓|1980|p=169}}。

=== 整数の割り算 ===
[[画像:Algorithm for division.jpg|thumb|水道方式の割り算のアルゴリズム]]
[[画像:Choujohou-to-tanjohou.jpg|thumb|わり算の筆算の仕方。「長除法」と「短除法」]]
同様に、648÷2は、<br />
600÷2、40÷2、8÷2　ではなく、<br />
6÷2、4÷2、8÷2　の素過程に分解できる{{Sfn|遠山・銀林|1960|p=19}}。

割り算の素過程は7つある{{Sfn|森下友昭|2010|p=41}}。
#7÷3
#6÷3
#2÷3
#0÷3
#13÷3
#27÷3
#10÷3

;割り算の筆算4拍子
割り算の筆算では「商を立てて」「かけて」「ひいて」「おろす」という一連の操作が必要になる。これを「割り算のアルゴリズム」または「割り算の4拍子」{{Sfn|森下友昭|2010|p=38}}と呼んで練習させる{{Sfn|遠山啓|1980|pp=174-175}}。割り算の素過程は「九九を逆さまに適用する」練習をまずやらせる{{Sfn|遠山啓|1980|p=174}}。これが十分にできたら「割り切れない場合（あまりのある場合）」をやる。この時も「たてる、かける、ひく、おろす」という4拍子を次々に繰り返させていく{{Sfn|遠山啓|1980|p=175}}。「割り算の水源地」は「4拍子が全部揃っているもの」とする。「立てて商ができないもの」は型崩れと見なす。「ひいて余りが無くなってしまうもの」も4拍子が欠けたものなので「型崩れ」と扱う{{Sfn|遠山啓|1980|p=176}}。つまり、水道方式では「余りの出る割り算」を先に教える{{refnest|group="注"|遠山は「余りのあるものを先にやるというと、とんでもないばかなやり方だというかもしれません」と述べている{{Sfn|遠山啓|1980|p=176}}。}}。余りが0になるものは「特殊なもの」とみるのである{{Sfn|遠山啓|1980|p=176}}。
この場合も素過程を「筆算の4拍子」でマスターさせてから{{Sfn|森下友昭|2010|p=41}}複合過程に進む。水道方式では商に0を立てる計算も大切な型としている{{Sfn|遠山啓|1980|pp=172-181}}。

;長除法と短除法の対立
水道方式の割り算の筆算は「長除法」{{refnest|group="注"|英語の''long division''は「筆算」を意味し、''short division''が「暗算」を意味するので、日本語の用法とは異なる。日本ではそろばんの伝統があったので、道具を使わない西洋数学はすべて筆算と呼んでいた。}}を用いていたが、水道方式に反対する暗記重視派は、「かける・ひく・おろす」を暗算で行う「短除法」を用いていた。1970年代の[[啓林館]]の教科書は短除法を用いていたので、水道方式とは激しく対立した{{refnest|group="注"|たとえば『啓林』1956年12月号の4ページには、暗算論者の[[塩野直道]]の水道方式に反対する論文を載せている{{Sfn|遠山啓|1981|p=129-133}}。}}。これに対し、新居信正は、523÷7、608÷2などの計算について書かれた『改訂・算数』（三年下）のページを挙げて、「そのうえ、ごていねいにも「とちゅうのあまりは、かかないでもできるようになりましょう」というのだ。おまけに、ここで重要な0÷2の説明は何もない。ただ0÷2=0とだけ書かれてある。このような筆算を短除法というのだが、これは暗算のヨコ書きをタテ書きに直しただけで、計算のやり方は暗算と何ら変わらないのである。これでは何のために計算式をタテ書きにしたのか意味がないし、商に0を立てるところで子どもたちがつまずくのはあたりまえである。なぜなら算用数字（インド・アラビア数字）における「十進位取りの原理」のすばらしさと便利さを全く無視しているからである。」と述べている{{Sfn|新居信正|1976|pp=82-83}}。

=== 分数と小数 ===
遠山は「連続量を考えるとどうしても小数を教えなくてはならないが、それには充分な時間をかけて指導するべき」と述べている{{Sfn|遠山啓|1980|p=196}}。分数と小数もタイルを用いる。小数では「1のタイル」を10等分したものを「0.1」とし、「0.1のタイル」をさらに10等分すると「0.01」とする。「1のタイル」を「1枚」、「0.1のタイルを1本」、「0.1のタイル」を「1個」と表せば、2.34は「2枚、3本、4個」と整数と同じようにタイルで理解させることができる{{Sfn|遠山啓|1980|p=197}}。
[[画像:Suidou-tail-bunsu.jpg|thumb|小数と分数のタイル]]
分数の場合は「1のタイルを縦ないし横に3等分したものを <math>1\over3</math>」とし、「そのタイルを2つ集めたものを <math>2\over3</math>」というように表す。同じ分母の分数の足し算では「 <math>2\over7</math>＋<math>3\over7</math>」では、「<math>1\over7</math>のタイル2つ」と「<math>1\over7</math>のタイル3つ」を足してみせると、「<math>1\over7</math>のタイル5つ」になるので、<math>5\over7</math>となるという答が出せる{{Sfn|遠山啓|1980|p=197}}。

=== 割合分数の問題点 ===
分数には「全体を1とした時の割合」としての「割合分数」もある。遠山はこれについては「割合分数は算数教育の害虫」と述べて、「子どもにはたいへんむずかしい」としている{{Sfn|遠山啓|1980|p=199}}。これについては後に新居信正が分数の研究を進めていくつかの授業プランを作った{{Sfn|新居信正|1970|pp=143-150}}。

== 理論の実験結果 ==
遠山啓は「水道方式が生まれて7年が経ったが、これまで全国いたるところで実験されてきた結果によると、クラスの平均70点を90点ぐらいにすることは、あまり経験のない先生でも可能」「熟練した先生なら95点ぐらいにできる」と述べている{{Sfn|遠山啓|1980|p=41}}。

== 評価 ==
科学教育研究者の[[板倉聖宣]]は、「いつまでも教育現象全体を一挙にとらえようとしていたのでは、教育を科学的に研究することはできません。〈哲学的にではなく、科学的に研究する〉というのは、問題の的を絞って、全ての人が認めざるを得ない法則性を一つ一つ明らかにして積み上げていくということです。そのためには欲張ってはいけません。」と述べている{{Sfn|板倉聖宣|1988|p=379|}}。

遠山啓も「われわれは水道方式が数学教育の全部だとは考えていない。それは丁度[[フェルディナント・バイエル#バイエルピアノ教則本|バイエル]]の教本をやれば、それで音楽教育が完成するとは考えられないのと同じである。しかし、水道方式がこれまで行き当たりばったりで無理論の状態であったドリルの領域に一つの理論を打ち立てたこと。さらに数学教育の全体にわたる単純化で現代化に一つの指針を与えるものであることが否定できないだろう」{{Sfn|遠山啓|1981|p=13}}と述べている。

また戦前の文部省図書監修官として暗記中心の[[国定教科書]]（緑表紙）の編纂を行い、戦後は出版社の[[啓林館]]の編集担当重役をしていた[[塩野直道]]は、筆算重視の水道方式を脅威に感じて、水道方式の教科書を採択させないために影響力を駆使し、水道方式撲滅運動に力を注いで遠山らと激しく対立した。当時の文部大臣であった[[剱木亨弘|劔木享弘]] (1901-1992) は、1969年の塩野への弔事で「かの水道方式数学理論撲滅のための先生の御奮闘は、今なお私どもの記憶に新しいものがあります」と述べた{{Sfn|遠山啓|1979|p=277}}。

== 水道方式の研究者 ==
{{main|遠山啓|銀林浩}}
水道方式の主な研究者として、提唱者である[[遠山啓]]、[[銀林浩]]らや、新居信正が挙げられる。

=== 新居信正 ===
新居信正（にいのぶまさ）(1933-2011) は徳島県の小学校教師。[[数学教育協議会]]と[[仮説実験授業研究会]]で活動し、特に分数の教え方について研究し、仮説実験授業研究会で水道方式の理論を用いた分数の[[授業書]]を発表した{{Sfn|新居信正|1970}}。新居が授業書を開発した動機として当時の教育研究環境について「教育研究が研究の名に値する最低の資料を揃えて実践を示しても、内容を検討しようともせず、ましてや己の実践を対置せず、色眼鏡をかけてレッテルだけを貼りたがる因習的官許数学教育の自称ベテランたちに、一発クサビを打ちこんでおきたかった」「〈日教組教研〉とか〈数教協〉とか、「タイル」とかきけば、とたんに色眼鏡をかけたがる教育界の体質は低俗というほかない。教育研究活動の決着を、理論と実践でケリをつけようとせず、レッテルですまそうとする精神構造こそ、何をかいわんやである」と書いている{{Sfn|新居信正|1970|p=144}}{{refnest|group="注"|新居がこのように述べている背景には、遠山が戦前の「暗記偏重の緑表紙の国定教科書」{{Sfn|遠山啓|1981|p=74-77}}や戦後の「生活単元学習の指導要領や教科書」によって算数の学力低下を招いたとしてを厳しく批判した{{Sfn|遠山啓|1981|p=65-67}}結果、1962年（昭和37年）当時の京都市教育委員会の教育長が京都市の小学校長宛に、「水道方式には下記のような問題点があるので各学校においては、その取り扱いについて充分留意されるように」という通知を出したり{{Sfn|遠山啓|1981|p=125}}、「数教協のスタッフたちがたちまちにして日教組や東京都教組の数学分科会を牛耳るようになった」「数学分科会が次第に偏向して悪くなった」などという批判{{Sfn|遠山啓|1981|p=146}}や、「暗算中心の教科書」を作っている出版社や執筆者が「（水道方式に沿った)そういう教科書を出すと文部省の検定では不合格になるぞ」という警告を、遠山らに協力していた教科書会社に出した{{Sfn|遠山啓|1981|p=92}}ことなどがあった。}}。

;主な著書
*『つるかめ算：楽しい文章題への道 方程式入門』仮説社 1983.8
*『また女の先生か』昌平社出版 1976
* 『小学校の現場から』フレーベル館 1980
*『あとにムナシサだけが残る実践からの訣別』 仮説実験授業ガリ本図書館 編、キリン館 1993.3

;荒井公毅{{refnest|group="注"|あらいきみたけ。当時東京都の小学校教員。数学教育協議会と仮説実験授業研究会の会員。}}との共著
*『均等分布と1あたり（国土社の算数えほん）; 6』国土社 1993.3
*『国土社の算数えほん<割合> 1（割合っておもしろい）』国土社 1990.4
*『国土社の算数えほん<割合> 2（割合をとく）』国土社 1990.4
*『国土社の算数えほん<分数> 1（分数ってなんだ!）』国土社 1989.9
*『国土社の算数えほん<分数> 2（分数たす・ひく）』国土社 1989.10
*『国土社の算数えほん<分数> 3（分数かける・わる）』国土社 1989.9

;その他の著書
*『分数ものがたり（算数と理科の本）』銀林浩・新居信正 文、村田道紀 絵、岩波書店 1981.6

== 水道方式のテキスト ==
現時点で比較的入手しやすいものを挙げておく。
*{{Cite book|和書 |author=荒井公毅 |title=毎日たのしく算数ドリル(ダウンロード版) |publisher=仮説社 |year=2020 |url=https://www.kasetu.co.jp/products/detail.php?product_id=1297}}[https://www.kasetu.co.jp/ 仮説社サイトで購入可能]
*数学教育協議会/小林道正・野崎昭弘編『算数・数学つまずき事典』日本評論社、2012年。ISBN 978-4-535-78565-6。
*小林道正編・数学教育協議会『活用力アップ！子どもがよろこぶ算数活動シリーズ全６巻』国土社、2009年。
* {{Cite book|和書 |author= |others=[[遠山啓]]監修 |title=わかる　さんすう　１～６ |year=1965 |publisher=[[むぎ書房]] |isbn=}}{{refnest|group="注"|このテキストは当初、遠山らが教科書会社の[[光村図書]]から1958年に依頼されて書いた検定教科書だったが、[[啓林館]]や文部省の様々な水道方式への妨害で取りやめになり、麦書房から出版したもの{{Sfn|遠山啓|1981|pp=77-83}}。}}。[http://mugi.world.coocan.jp/gakushuu.html むぎ書房・学習書「テキスト」のサイトで購入可能。]
*{{Cite book|和書 |author=遠山啓 |title=さんすうだいすき 全10巻 |publisher=日本図書センター |year=2012 |isbn=978-4-284-20215-2}}

== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
=== 注釈 ===
{{Notelist2|2}}
=== 出典 ===
{{Reflist|20em}}

== 参考文献 ==
;著書
*{{Cite book|和書 |author=遠山啓 |title=数学教育への招待　遠山啓著作集　数学教育論シリーズ0 |publisher=太郎次郎社 |year=1979 |ref={{Sfnref|遠山啓|1979}}}}{{全国書誌番号|80010434}}
*{{Cite book|和書 |author=遠山啓 |title=水道方式とはなにか　遠山啓著作集　数学教育論シリーズ3 |publisher=太郎次郎社 |year=1980 |ref={{Sfnref|遠山啓|1980}}}}{{全国書誌番号|81011377}}
*{{Cite book|和書 |author=遠山啓 |title=水道方式をめぐって　遠山啓著作集　数学教育論シリーズ4 |publisher=太郎次郎社 |year=1981 |ref={{Sfnref|遠山啓|1981}}}}{{全国書誌番号|81014174}}
*{{Cite book|和書 |author=遠山啓 |author2=銀林浩 |title=水道方式による計算体系 (現代教育全書) |publisher=明治図書 |year=1960 |ref={{Sfnref|遠山・銀林|1960}}}}{{全国書誌番号|60015672}}
*{{Cite book|和書 |author=新居信正 |title=また女の先生か |publisher=昌平社出版 |year=1976 |ref={{Sfnref|新居信正|1976}}}}{{全国書誌番号|71013480}}
;論文
*{{Cite Journal|和書 |author=新居信正 |title=授業書〈分数の除法〉とその解説 |journal=科学教育研究 |volume=2 |publisher=国土社 |year=1970 |pages=143-176 |ref={{Sfnref|新居信正|1970}}}}{{全国書誌番号|00003453}}
*{{Cite Journal|和書 |author=小野健司 |title=鈴木筆太郎と算数教育の実験的研究　仮説実験的な教育研究の先駆者　第１回「おいたちと明治時代の教育」|journal=たのしい授業　2005年06月号 |volume=296 |year=2005a |pages=33-45 |publisher=仮説社 |ref={{Sfnref|小野健司|2005a}}}}
*{{Cite Journal|和書 |author=小野健司|title=鈴木筆太郎と算数教育の実験的研究　仮説実験的な教育研究の先駆者　第２回「教数盤の使い方とその実験」」 |journal=たのしい授業　2005年07月号 |volume=297 |year=2005b |pages=60-78 |publisher=仮説社 |ref={{Sfnref|小野健司|2005b}}}}
*{{Cite Journal|和書 |author=小野健司 |title=鈴木筆太郎と算数教育の実験的研究　仮説実験的な教育研究の先駆者　第３回「教具をめぐる模倣と創造」|journal=たのしい授業　2005年08月号|volume=297 |year=2005c |pages=101-116 |publisher=仮説社 |ref={{Sfnref|小野健司|2005a}}}}
*{{Cite Journal|和書 |author=森下友昭 |title=私のやってきたわり算の筆算指導　ゼロを大切にし、水道方式をたよりとする|journal=たのしい授業　2010年11月号 |volume=371 |year=2010 |pages=34-52 |publisher=仮説社 |ref={{Sfnref|森下友昭|2010}}}}
*{{Cite Journal|和書 |author=小野健司 |title=教育の歴史から学ぶ《研究組織論》〈九九の暗記〉廃止論者・田籠松三郎と忘れられた算術教授法 |journal=たのしい授業　2020年02月号|volume=501 |year=2020 |pages=88-115|publisher=仮説社 |ref={{Sfnref|小野健司|2020}}}}
*{{Cite Journal|和書 |author=板倉聖宣 |title=授業科学とは何か |journal=仮説実験授業の研究論と組織論|volume1 |year=1988 |pages=376-384 |publisher=仮説社 |ref={{Sfnref|板倉聖宣|1988}}}}{{全国書誌番号|89021394}}
;辞書類
* {{Cite Journal |和書 |author=倉田令二朗 |title=遠山啓 |publisher=朝日新聞社 |journal=現代人物事典 |pages=894-895 |year=1977a |ref={{Sfnref|倉田令二朗|1977a}}}}{{全国書誌番号|77012518}}
* {{Cite Journal|和書 |author=倉田令二朗 |title=銀林浩 |publisher=朝日新聞社 |journal=現代人物事典 |page=430 |year=1977b |ref={{Sfnref|倉田令二朗|1977b}}}}{{全国書誌番号|77012518}}

== 関連項目 ==
* [[数学教育協議会]]（数教協）
* [[遠山啓]]
* [[銀林浩]]
* [[田籠松三郎]]
* [[鈴木筆太郎]]
* [[廣田虎之助]]
* [[聚楽式算術教授法]]
* [[数学教育研究会]]
* [[仮説実験授業]]

== 外部リンク ==
* [http://sanssouci.sakura.ne.jp/ami_hp/before/www004.upp.so-net.ne.jp/ozawami/index.html 数学教育協議会ご案内]（2024年1月20日閲覧）
* {{Cite web|和書 |author=数学教育研究会|authorlink=数学教育研究会|url=http://suidomethod.com/ |title=算数に強くなる！水道方式 |year=2012 |accessdate=2020-01-08}}
* [http://mugi.world.coocan.jp/gakushuu.html むぎ書房・学習書「テキスト」]
* [https://www.kasetu.co.jp/ 仮説社]

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