海洋酸性化のソースを表示

{{Expand English|Ocean acidification|date=2019-11}}
'''海洋酸性化'''（かいようさんせいか）とは、主に[[地球の大気|大気中]]において以前よりも濃度が上昇した[[二酸化炭素]]が、より多く[[海洋]]へと[[溶解|溶け込んだこと]]によって引き起こされる、[[海水]]の[[水素イオン指数|pH]]低下のことである。

== 機序 ==
[[File:AYool_GLODAP_del_pH.png|thumb|200px|産業革命（[[1700年代]]）から現在（[[1990年代]]）までの海面pHの変化の推定。ΔpHは標準pH単位である<ref name="Gruber">Gruber, N., Sarmiento, J.L. and Stocker, T.F. (1996). An improved method for detecting anthropogenic CO<sub>2</sub> in the oceans, ''Global Biogeochemical Cycles'' '''10''':809–837</ref>。]]
[[File:Global carbon cycle.webp|thumb|炭素循環のイメージ図。]]
[[File:Acidifiedupwelledwater.jpg|thumb|200px|upright=1.5|[[アメリカ海洋大気庁]]が公開しているイメージ図。Aは温度、Bは[[アラゴナイト]]飽和度、Cは[[水素イオン指数]]pH、Dは[[全炭酸濃度]]（DIC）、Eは二酸化炭素分圧pCO<sub>2</sub>。]]
[[File:CalciumAragoniteSaturation.jpg|thumb|250px|upright=1.5|全球海洋における(A)アラゴナイトと(B)方解石の分布<ref name="Feely04">{{cite journal|last=Feely|first=R. A.|author2=Sabine, C. L.|author3=Lee, K.|author4=Berelson, W.|author5=Kleypas, J.|author6=Fabry, V. J.|author7=Millero, F. J.|date=July 2004|title=Impact of Anthropogenic CO<sub>2</sub>on the CaCO<sub>3</sub> System in the Oceans|url=http://www.pmel.noaa.gov/pubs/outstand/feel2633/feel2633.shtml|journal=Science|volume=305|issue=5682|pages=362–366|bibcode=2004Sci...305..362F|doi=10.1126/science.1097329|pmid=15256664|access-date=2014-01-25|via=Pacific Marine Environmental Laboratory (PMEL)|s2cid=31054160}}</ref>。]]
[[File:Changes in aragonite saturation of the world's oceans, 1880-2012 (US EPA).png|thumb|250px|upright=1.5|1880年代から2015年までの、海洋表層水内のアラゴナイトの飽和度の変化を示した表<ref>{{cite web |title=Changes in Aragonite Saturation of the World's Oceans, 1880–2015|url=https://www.epa.gov/climate-indicators/climate-change-indicators-ocean-acidity|author=Woods Hole Oceanographic Institution|date=August 2016|website=epa.gov|accessdate=2022-08-13}}</ref>。]]

[[産業革命]]以降200年以上にわたって、[[化石燃料]]の[[燃焼]]により大気中の二酸化炭素濃度は増加しつづけている。産業革命以前は約280 [[ppm]]で安定していた二酸化炭素濃度は、[[2011年]]には390 ppmを超えた<ref name=NIES-CGER>{{Cite web|和書|date= 2016-8-23|url= http://www.cger.nies.go.jp/ja/news/2014/140516.html|title= 海から貝が消える？ 海洋酸性化の危機|publisher= NIES-CGER|accessdate=2016-11-17}}</ref>。さらに[[2016年]]には400 ppm、つまり、0.04 %を観測史上初めて超えた<ref>[https://www.env.go.jp/press/102550.html 全大気平均二酸化炭素濃度が始めて400 ppmを超えました 温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)による観測速報]（2016年、日本、環境省）</ref>。つまり、たったの5年で0.001 %も大気中に二酸化炭素が増えるなど、この増加には歯止めがかかっていない。

ところで、海水中へと溶け込んだ二酸化炭素({{chem|CO|2||(aq)}})は、下記の[[化学平衡|平衡状態]]となる<ref name=IPCC>{{cite journal |last=IPCC |year=2005 |title=IPCC Special Report on Carbon Dioxide Capture and Storage |journal= |volume= |issue= |pages=390 |url=http://www.ipcc.ch/pdf/special-reports/srccs/srccs_wholereport.pdf |doi= |pmid= |pmc= }}</ref>。

: <chem>{CO2(aq)} + H2O <-> H2CO3 <-> {HCO3^{-}} + H+ <-> {CO3^{2-}} + 2H+</chem>

この平衡が成り立っている状態において、大気中の二酸化炭素が増えたことによって海水へとより多くの二酸化炭素が溶け込むと、溶存態の二酸化炭素({{chem|CO|2||(aq)}})が増える。あとは上記の平衡状態が[[ルシャトリエの原理|ルシャトリエの法則]]に従った移動を起こすため、海水中の[[水素#水素イオンと水素化物イオン|水素イオン]]が増加し、[[水素イオン指数]]が低下する。事実、1751年から2004年までの間に、海洋表面の海水のpHは、約8.25だったものが、約8.14にまで低下した<ref>Mark Jacobson （2004年4月2日） 『[http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2004JD005220/abstract Studying ocean acidification with conservative, stable numerical schemes for nonequilibrium air - ocean exchange and ocean equilibrium chemistry]』</ref>。

== 考えられる影響 ==
上記の平衡の移動に伴い重炭酸イオン({{chem|HCO|3|-}})と炭酸イオン濃度({{chem|CO|3|2-}})はそれぞれ低下する。炭酸イオンは[[貝殻]]や[[サンゴ]]の骨格などの構成要素であり、炭酸イオンの減少によってサンゴ・[[貝類]]・[[ウニ]]・[[円石藻]]など、[[炭酸カルシウム]]である[[方解石]]や[[アラレ石]]の構造を作る生物が影響を受ける<ref>諏訪僚太, 中村崇, 井口亮 ほか、「{{PDFlink|[http://kaiyo-gakkai.jp/jos/uminokenkyu/vol19/19-1/19-1-suwa.pdf 海洋酸性化がサンゴ礁域の石灰化生物に及ぼす影響]}}」『海の研究』 2010年 19巻 1号 p.21-40, 日本海洋学会, {{naid|110007521649}}</ref>。従って海洋の酸性化が進むと、海洋の[[生物多様性]]が低下することが懸念されている<ref name=NIES-CGER/>。

== 持続可能な開発目標(SDGs)の達成項目14.3 ==
国連が[[2030年]]までに達成すべきとして採択したSDGsの17の目標のうち目標14において、達成目標の「14.3」としてあらゆるレベルでの科学的協力の促進などを通じて、海洋酸性化の影響に対処し最小限化するとして、海洋酸性化の進行を食い留めることがうたわれている<ref>http://ungcjn.org/gc/goal14.html</ref>。

人類の安全な活動領域を定める[[プラネタリー・バウンダリー]]によれば、[[アラレ石]]（アラゴナイト）が海洋酸性化の指標として使われている。アラレ石の水準が産業革命以前の80%を下回ると危険とされ、[[サンゴ礁]]の絶滅の危機や、それによる海洋の[[生物多様性の喪失]]につながる{{Sfn|ロックストローム, クルム|2018|p=76}}。プラネタリー・バウンダリーは[[持続可能な開発目標]]（SDGs）に採用されている{{Sfn|ロックストローム, クルム|2018|p=165}}。

=== 日本での海洋酸性化 ===
日本沿岸部でも海洋酸性化が進んでいることが、[[海洋研究開発機構]]などの調査により報告されている<ref>[https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20191216/ オープンデータから明らかになった、日本沿岸域での海洋酸性化] 海洋研究開発機構、笹川平和財団 海洋政策研究所、2019年12月16日</ref>。

== 生物に及ぼす影響 ==
サンゴや貝などの石灰化生物においては、炭酸カルシウムが作りにくくなり成長が阻害される<ref>{{Cite web|和書|url=https://www.cger.nies.go.jp/ja/news/2014/140516.html |title=【解説】海から貝が消える？ 海洋酸性化の危機 ｜ 地球環境研究センター |access-date=2023-04-10 |website=www.cger.nies.go.jp}}</ref><ref>{{Cite journal |last=僚太 |first=諏訪 |last2=崇 |first2=中村 |last3=亮 |first3=井口 |last4=雅子 |first4=中村 |last5=昌哉 |first5=守田 |last6=亜記 |first6=加藤 |last7=和彦 |first7=藤田 |last8=麻タ理 |first8=井上 |last9=一彦 |first9=酒井 |date=2010 |title=海洋酸性化がサンゴ礁域の石灰化生物に及ぼす影響 |url=https://www.jstage.jst.go.jp/article/kaiyou/19/1/19_21/_article/-char/ja/ |journal=海の研究 |volume=19 |issue=1 |pages=21–40 |doi=10.5928/kaiyou.19.1_21}}</ref>。

クジラなどの多くの海洋生物の餌であり、[[生物ポンプ]]に関わる生物である[[ナンキョクオキアミ]]は、pH7.7より酸性化すると卵の孵化率が激減する<ref>{{Cite web|和書|url=https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/blog/bl/pneAjJR3gn/bp/p3KAyJQ0J4/ |title=海の異変 しのびよる酸性化の脅威スペシャル - NHK |access-date=2023-04-10 |last=日本放送協会 |website=NHKスペシャル - NHK |language=ja}}</ref>。

== 関連項目 ==
* [[酸性雨]]
* [[プラネタリー・バウンダリー]]

== 脚注 ==
{{Reflist|2}}

==参考文献==
* {{Citation| 和書
| author1 = [[ヨハン・ロックストローム]]
| author2 = {{仮リンク|マティアス・クルム|en|Mattias Klum}}
| chapter =
| title = 小さな地球の大きな世界 プラネタリー・バウンダリーと持続可能な開発
| ref = {{sfnref|ロックストローム, クルム|2018}} 
| translator = 谷淳也, 森秀行
| series = 
| publisher = 丸善出版
| editor = 
| pages = 
| periodical = 
| year = 2018
}}（原書 {{Cite| 洋書
| author = Johan Rockström, Mattias Klum
| year = 2015
| title = Big World Small Planet - Abundance within Planetary Boundaries
| publisher = Yale University Press
| isbn = 
}}）

== 外部リンク ==
* 河野健「[https://hdl.handle.net/11035/2121 海洋酸性化研究の動向]」『科学技術動向2010年2月号』 2010年, {{issn|1349-3663}}, 科学技術政策研究所 科学技術動向研究センター
* 内山雄介, 松山真由子, 上平雄基、「[https://doi.org/10.2208/kaigan.70.I_1286 太平洋全域における海表面二酸化炭素フラックス変動および海洋酸性化の評価]」 『土木学会論文集B2(海岸工学)』 2014年 70巻 2号 p.I_1286-I_1290, {{doi|10.2208/kaigan.70.I_1286}}, 土木学会

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[[Category:二酸化炭素]]
[[Category:水圏生態学]]
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[[Category:持続可能な開発目標]]
[[Category:地球規模課題]]