潜在産出量のソースを表示

'''潜在産出量'''（せんざいさんしゅつりょう、{{lang-en|potential output}}）とは、[[経済学]]において、[[資本]]や[[労働]]が最大限に活用された場合に達成できると考えられる長期的に維持可能な実質[[国内総生産]] (GDP) の最高水準である。'''潜在GDP'''とも呼ばれ、その成長率は'''潜在成長率'''と呼ばれる。

== 概要 ==
自然的・制度的な制約のため上限値が存在する。現実のGDPが潜在GDPを上回ると、（賃金や物価の統制が無ければ）[[総需要]]{{enlink|aggregate demand}}が{{仮リンク|総供給|en|aggregate supply}}が超えるにつれて[[インフレーション]]が加速する傾向がある。これは労働力と労働時間、資本ストック、実物資源の供給が限られており、技術やノウハウの限界もあるためである。グラフで図示すると、自然限界を超える産出量の拡大は、{{仮リンク|平均費用|en|average cost}}曲線上、最適な数量を上回る生産量のシフトと見なすことができる。GDPが潜在GDPを下回る場合、供給者が生産能力の過剰を解消するために値下げするのでインフレーションは減速する。

{{See also|AD-AS分析}}

[[マクロ経済学]]における潜在産出量は、ある社会全体の[[生産可能性フロンティア]]（曲線）の一点に相当し、自然的・技術的・制度的制約を反映している。

潜在産出量は'''自然'''国内総生産(natural gross domestic product) とも呼ばれる。もし経済が潜在GDP水準であれば、[[失業]]率は'''インフレ非加速的失業率''' ('''NAIRU''') または[[自然失業率]]と等しくなるが、{{要出典範囲|インフレ非加速的失業率や自然失業率が実際にはどのようなものであるか|date=2014年7月}}については[[経済学者]]の間で意見が一致していない。
 
一般的に言えば、ほとんどの[[中央政府]]や[[中央銀行]]は国内総生産（GDP）を潜在産出量の水準付近に維持しようとする。政府支出を増減させる[[財政政策]]と消費と投資の水準を変えるために[[マネーサプライ]]を増減する[[金融政策]]の2つが最も一般的な戦略である。

潜在産出量と現実の産出量の乖離は[[産出量ギャップ]]（GDPギャップ）と呼ばれ、産業の{{仮リンク|生産能力利用|en|capacity utilization}}率（[[資本装備率]]）と相関がある<ref>Roger Betancourt, 2008. "capital utilization," ''[[:en:The New Palgrave Dictionary of Economics]]'', 2nd Edition. [http://www.dictionaryofeconomics.com/article?id=pde2008_C000043&edition=current&q=Capacity%20utilization&topicid=&result_number=1 Abstract].</ref>。潜在産出量は、産出量ギャップの変化に付随する産出量の変化に関する[[オークンの法則]]との関連付け、産出量ギャップと比べた経済の景気動向と[[景気循環]]の時系列データの要因分解、などでも研究される<ref>Jesus Crespo Cuaresma "Okun's Law," ''The New Palgrave Dictionary of Economics'', 2nd Edition. [http://www.dictionaryofeconomics.com/article?id=pde2008_O000098&edition=current&q=Okun's%20law&topicid=&result_number=1 Abstract].</ref><ref>Charles R. Nelson, 2008. "trend/cycle decomposition," ''The New Palgrave Dictionary of Economics'', 2nd Edition. [http://www.dictionaryofeconomics.com/article?id=pde2008_T000221&edition=current&q=decomposition&topicid=&result_number=1 Abstract].</ref>。

== 内閣府による推計 ==
[[内閣府]]は、「経済の過去のトレンドから見て<u>'''平均的に'''</u>[[生産要素]]を投入した時に実現可能な生産量」を潜在産出量と呼んでおり、この定義に基づいて[[日本の経済]]の潜在産出量を推計して[[産出量ギャップ]]を算出している<ref name=estimation>{{Cite web|和書|url=https://www5.cao.go.jp/keizai3/2010/1210nk/n10-a/n10-an-1-01.html|title=日本経済2010-2011 付注1-1 GDPギャップの推計方法について|publisher=内閣府|date=2010年12月10日|accessdate=2011年4月29日}}</ref><ref>{{Cite web|和書|url=https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je07/07f61020.html|title=平成19年度年次経済財政報告 付注1-2 GDPギャップの推計方法について|publisher=内閣府|date=2007年8月|accessdate=2011年4月29日}}</ref>。2010年現在の日本の潜在成長率は、実質値で1.5-2.0%とされている<ref>飯田泰之 『世界一シンプルな経済入門 経済は損得で理解しろ！ 日頃の疑問からデフレまで』 エンターブレイン、2010年、243頁。</ref>。

=== TFPの推計 ===
まず、下記のコブ・ダグラス型の[[生産関数]]で{{仮リンク|ソロー残差|en|Solow residual}}（現実の成長率から[[資本]]と[[労働]]の寄与を除いた残差）を算出し、全要素生産性 (TFP) を推計する<ref name=estimation/>。
: <math>Y = A(KS)^{\alpha}(LH)^{1-\alpha} \,</math> 

{|class="wikitable"
!  記号 !! 変数<ref name=estimation/> !! 意味<ref name=estimation/> !! データの出典<ref name=estimation/>
|-
| Y || 実質GDP || 現実の総産出量 ||  内閣府 [[国民経済計算]] 
|-
| A || TFP || 全要素生産性 || コブ・ダグラス型生産関数で算出
|-
| K || [[資本ストック]] || 民間[[製造業]]と[[非製造業]]の資本ストック(取付ベース前期末値) ||  内閣府 [[民間企業資本ストック]]
|-
| S || 稼働率 || 製造業資本ストック×製造工業稼働率＋非製造業資本ストック×非製造業稼働率 || [[経済産業省]] [[鉱工業指数|生産・出荷・在庫指数]] <br/> 経済産業省 [[第3次産業活動指数]] <br/> [[日本銀行]] [[全国企業短期経済観測調査]]
|-
| L || 就業者数 || 就業者数 || [[総務省]] [[労働力調査]]
|-
| H || 総実労働時間 || 所定内労働時間＋所定外労働時間 (30人以上の事業所データ) || [[厚生労働省]] [[毎月勤労統計調査]]
|-
| α || [[資本分配率]]|| 1 - [[労働分配率]] || 労働分配率から算出
|-
| 1 - α || 労働分配率 || 雇用者所得 / (固定資本減耗 + 営業余剰 + 雇用者所得 - 家計の営業余剰) || 内閣府 [[国民経済計算]]
|-
|} 

この関数の両辺をLHで割ると、
: <math>Y/LH = A(KS/LH)^{\alpha} \,</math> 
となり、これを[[自然対数]]に変換して次の式を得る。
: <math>\ln(Y/LH) = \ln A + {\alpha}\ln(KS/LH) \,</math> 
上記の式にY、α=0.33(1980年以降の平均値)、現実に稼働している資本投入量KSと労働投入量LHを代入してlnAを求め、{{仮リンク|ホドリック＝プレスコット・フィルタ|en|Hodrick-Prescott filter}}（HPフィルタ）により{{仮リンク|平滑化|en|Smoothing}}した値をTFPとする<ref name=estimation/>。

=== 潜在GDPの推計 ===
潜在GDPについてもコブ・ダグラス型生産関数を想定する。
: <math>Y^* = A(K^*S^*)^{\alpha}(L^*H^*)^{1-\alpha} \,</math> 

{|class="wikitable"
!  記号 !! 変数<ref name=estimation/> !! 意味<ref name=estimation/> !! データの出典<ref name=estimation/>
|-
| Y* || 潜在GDP || 潜在総産出量 || コブ・ダグラス型生産関数で算出 
|-
| K* || 潜在[[資本ストック]] || 民間製造業と非製造業の資本ストック (取付ベース前期末値) || 民間企業資本ストック
|-
| S* || 潜在稼働率 || 製造業と非製造業の稼働率から景気要因を除去したもの|| 鉱工業指数|生産・出荷・在庫指数 <br/> 第3次産業活動指数 <br/>全国企業短期経済観測調査 
|-
| L* || 潜在就業者数 ||  （15歳以上人口×トレンド労働力率）×（1－構造失業率） || 労働力調査 <br/> 厚生労働省 [[毎月勤労統計調査]] [[職業安定業務統計]]
|-
| H* || 潜在労働時間 || 総実労働時間にHPフィルタをかけたもの || 総実労働時間から算出
|-
|} 

; 潜在稼働率: 製造業・非製造業の稼働率を被説明変数として、日銀短観の「生産・営業用設備判断DI」で[[回帰分析|回帰]]し、景気要因を除去したもの<ref name=estimation/>。
; 潜在就業者数: トレンド労働力率は、労働力率（労働力人口/15歳以上人口）にHPフィルタをかけたもの。構造失業率は、UV曲線 ({{仮リンク|ベバリッジ曲線|en|Beveridge curve}}) を用いて失業率 (U) と欠員率 (V) の関係から推計しHPフィルタをかけたもの<ref name=estimation/>。

潜在的な資本(K*S*)と労働(L*H*)の寄与に、推計したTFPを加えて潜在GDPを推計する<ref name=estimation/>。
: <math>\ln Y^* = \ln A + {\alpha}\ln (K^*S^*) + ({1-\alpha})\ln (L^*H^*) \,</math> 
: <math>\exp(\ln Y^*) = \exp[\ln A + {\alpha}\ln (K^*S^*) + ({1-\alpha})\ln (L^*H^*)] \,</math>

== 出典・脚注 ==
{{reflist}}

== 関連項目 ==
* [[産出量ギャップ]]

== 外部リンク ==
* {{Cite web|和書|author=鎌田康一郎・増田宗人 |url=http://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2003/ron0301a.htm/ |title= 統計の計測誤差がわが国のGDPギャップに与える影響 |work= 『金融研究』第20巻第2号 |publisher= 日本銀行金融研究所 |accessdate= 2011年5月13日}}
* {{Cite web|和書|author=廣瀬康生・鎌田康一郎  |url=http://www.boj.or.jp/research/wps_rev/wps_2001/cwp01j07.htm/ |title= 潜在GDPとフィリップス曲線を同時推計する新手法 |work= 日本銀行調査統計局ワーキングペーパー･シリーズNo.01-7  |publisher= 日本銀行調査統計局 |accessdate= 2011年5月13日}}
* {{Cite web|和書|author=日本銀行調査統計局 |date=2003年1月30日 |url=http://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2003/ron0301a.htm/ |title= GDPギャップと潜在成長率―物価変動圧力を評価する指標としての有用性と論点― |work= 日本銀行調査月報2003年2月号 |accessdate= 2011年5月12日}}
* {{Cite web|和書|author=日本銀行調査統計局 |date=2006年5月2日 |url=http://www.boj.or.jp/research/wps_rev/rev_2006/rev06j08.htm/ |title= GDPギャップと潜在成長率の新推計 |work= 日銀レビュー・シリーズ |accessdate= 2011年5月12日}}
* {{Cite web|和書|author=野村彰宏 |date=2009年2月13日 |url=http://www.epa.or.jp/esp/09s/update.html |title= GDPギャップの概念について |work= ESP 2009年夏号 |publisher= 社団法人経済企画協会 |accessdate= 2011年5月12日}}
* [https://www.bankofcanada.ca/publications/books-and-monographs/why-monetary-policy-matters/glossary-of-economic-terms/ Glossary of Economic Terms]{{en icon}} ([[カナダ銀行]])

{{デフォルトソート:せんさいさんしゆつりよう}}
[[Category:国民経済計算]]