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特異ホモロジー
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[[数学]]の一分野である[[代数トポロジー]]において、'''特異ホモロジー''' (singular homology) とは[[位相空間]] ''X'' の{{仮リンク|代数的不変量|en|algebraic invariant}}のある種の集合、いわゆる'''ホモロジー群''' (homology group) <math>H_n(X)</math> の研究のことである。直感的に言えば、特異ホモロジーは、各次元 ''n'' に対して、空間の ''n'' 次元の穴を数える。特異ホモロジーは[[ホモロジー代数|ホモロジー論]]の例である。これは今では理論のかなり大きな集まりに成長している。様々な理論の中で、特異ホモロジーはかなり具体的な構成に基づいているのでおそらく理解するのが容易なものの1つである。 手短に言えば、特異ホモロジーは[[単体 (数学)|標準単体]]から位相空間への連続写像の族σをとり、それらから'''特異チェイン''' (singular chain) と呼ばれる[[形式和]]を作ることによって構成される。単体上の[[境界 (位相空間論)|境界]]作用素は特異[[チェイン複体]]を誘導する。すると特異ホモロジーはそのチェイン複体の[[ホモロジー (数学)|ホモロジー]]である。得られるホモロジー群はすべての[[ホモトピー|ホモトピー同値な]]空間に対して同じであり、これがそれらの研究の理由である。これらの構成はすべての位相空間に対して適用することができるので、特異ホモロジーは[[圏論]]の言葉で表現できる。そこではホモロジー群は[[位相空間の圏]]から次数付き[[アーベル群]]の圏への[[関手]]になる。これらのアイデアは以下でもっと詳細に説明される。 なお「特異」という言葉はσが必ずしも良い埋め込みである必要が無いが、その像がもはや単体には見えないという”特異性”を強調する意味合いで使われている<ref>Allen Hatcher"Algebraic topology" p.108</ref>。 == 特異単体 == [[単体 (数学)|特異 ''n''-単体]] (singular ''n''-simplex) は標準 ''n''-単体 <math>\Delta^n</math> から位相空間 ''X'' への連続写像 <math>\sigma_n</math> である。記号では <math>\sigma_n:\Delta^n\to X</math> と書く。この写像は[[単射]]である必要はなく、''X'' における像が同じであっても同じ特異単体とは限らない。 <math>\sigma_n(\Delta^n)</math> の境界は、<math>\partial_n\sigma_n(\Delta^n)</math> と表記され、標準 ''n''-単体の面への <math>\sigma</math> の制限によって表現される特異 (''n'' − 1)-単体の[[形式和]] に向き付けを考慮した符号をつけたものと定義される。(形式和は単体上の[[自由アーベル群]]の元である。この群の基底は標準単体のあらゆる像の無限集合である。群の演算は「加法」であり、像 ''a'' と像 ''b'' の和は通常単に ''a'' + ''b'' と表されるが、''a'' + ''a'' = 2''a'' など。すべての像 ''a'' は負 −''a'' をもつ。)したがって、<math>\sigma_n</math> の値域を標準 ''n''-単体 <math>\Delta^n</math> の頂点 <math>e_k</math> によってその頂点 :<math>[p_0,p_1,\cdots,p_n]=[\sigma_n(e_0),\sigma_n(e_1),\cdots,\sigma_n(e_n)]</math> によって表せば(これはもちろん <math>\sigma_n</math> によって生み出された標準単体の像を完全には特定しない)、 :<math>\partial_n\sigma_n(\Delta^n)=\sum_{k=0}^n(-1)^k [p_0,\cdots,p_{k-1},p_{k+1},\cdots p_n]</math> は具体的に示された単体の像の面の形式和である。(つまり、個々の面はその頂点がリストされる順番に依存する <math>\Delta^n</math> の面の指定に適用される <math>\sigma_n</math> の像でなければならない。)したがって、例えば、<math>\sigma=[p_0,p_1]</math> の境界(<math>p_0</math> から <math>p_1</math> へ行く曲線)は形式和(あるいは「形式差」) <math>[p_1] - [p_0]</math> である。 == 特異チェイン複体 == 特異ホモロジーの通常の構成は次のように進行する。単体の形式和を定義する。これは[[自由アーベル群]]の元として理解できる。そしてある種の群、位相空間の'''ホモロジー群'''を、バウンダリ作用素を含めて、定義できることを示す。 まず位相空間 ''X'' 上のあらゆる特異 ''n''-単体 <math>\sigma_n(\Delta^n)</math> の集合を考える。この集合は[[自由アーベル群]]の基底として使うことができ、各 <math>\sigma_n(\Delta^n)</math> はその群の生成元である。単体を位相空間に写像する方法はたくさんあるので生成元のこの集合はもちろん普通は無限で、しばしば[[非可算集合|非可算]]である。この基底によって生成された自由アーベル群は一般に <math>C_n(X)</math> と表記される。<math>C_n(X)</math> の元は'''特異 ''n''-チェイン''' (singular ''n''-chain) と呼ばれる。それらは整数係数の特異単体の形式和である。理論がしっかりした基礎におかれるためには、一般にチェインは有限個だけの単体の和であることが要求される。 [[境界 (位相空間論)|境界]] <math>\partial</math> はただちに特異 ''n''-チェインに作用するように拡張される。この拡張は、[[鎖複体|バウンダリ作用素]]と呼ばれ、 :<math>\partial_n:C_n\to C_{n-1},</math> と書かれ、群の[[準同型]]である。バウンダリ作用素は、<math>C_n</math> とともに、アーベル群の[[チェイン複体]]をなし、'''特異複体''' (singular complex) と呼ばれる。しばしば <math>(C_\bullet(X),\partial_\bullet)</math> やよりシンプルに <math>C_\bullet(X)</math> と表記される。 バウンダリ作用素の核は <math>Z_n(X)=\ker (\partial_{n})</math> であり'''特異 ''n''-サイクルの群''' (group of singular ''n''-cycles) と呼ばれる。バウンダリ作用素の像は <math>B_n(X)=\operatorname{im} (\partial_{n+1})</math> であり'''特異 ''n''-バウンダリの群''' (group of singular ''n''-boundaries) と呼ばれる。 <math>\partial_n\circ \partial_{n+1}=0</math> であることを示すことができる。そして <math>X</math> の <math>n</math> 次ホモロジー群は[[剰余群]] :<math>H_{n}(X) = Z_n(X) / B_n(X)</math> で定義される。<math>H_n(X)</math> の元は'''ホモロジー類''' (homology class) と呼ばれる。 == ホモトピー不変性 == ''X'' と ''Y'' が[[ホモトピー|ホモトピー同値]]な2つの位相空間であれば、すべての ''n'' ≥ 0 に対して、 :<math>H_n(X)=H_n(Y)\,</math> である。これはホモロジー群が位相的不変量であることを意味する。 とくに、''X'' が連結[[可縮空間]]であれば、<math>H_0(X) = \mathbb{Z}</math> を除いて、すべてのそのホモロジー群は 0 である。 特異ホモロジー群のホモトピー不変性の証明の概略は以下のようである。連続写像 ''f'': ''X'' → ''Y'' は次の準同型を誘導する。 :<math>f_{\sharp} : C_n(X) \rightarrow C_n(Y).</math> 次のことが直ちにわかる。 :<math>\partial f_{\sharp} = f_{\sharp} \partial,</math> すなわち ''f''<sub>#</sub> は[[鎖複体|チェイン写像]]であり、次のホモロジーの準同型を得る。 :<math>f_* : H_n(X) \rightarrow H_n(Y).</math> ''f'' と ''g'' がホモトピー同値ならば ''f''<sub>*</sub> = ''g''<sub>*</sub> であることを示そう。そうすれば ''f'' がホモトピー同値ならば ''f''<sub>*</sub> は同型であることがわかる。 ''F'' : ''X'' × [0, 1] → ''Y'' を ''f'' から ''g'' へのホモトピーとする。チェインのレベルで、幾何学的に言えば、基底元 σ: Δ<sup>''n''</sup> → ''X'' of ''C<sub>n</sub>''(''X'') を 「プリズム」 ''P''(σ): Δ<sup>''n''</sup> × ''I'' → ''Y'' にうつす準同型 :<math>P : C_n(X) \rightarrow C_{n+1}(Y)</math> を定義する。''P''(σ) の境界は次のように表現できる。 :<math>\partial P(\sigma) = f_{\sharp}(\sigma) - g_{\sharp}(\sigma) + P(\partial \sigma).</math> よって ''α'' ∈ ''C<sub>n</sub>''(''X'') が ''n''-サイクルであれば、''f''<sub>#</sub>(''α'' ) と ''g''<sub>#</sub>(''α'') は境界だけ異なる。 :<math> f_{\sharp} (\alpha) - g_{\sharp}(\alpha) = \partial P(\alpha),</math> すなわちそれらは homologous である。これで主張が証明された。 == 関手性 == 上記の構成は任意の位相空間に対して定義でき、連続写像の作用によって保たれる。この一般性により特異ホモロジー論は[[圏論]]の言葉で言い直すことができる。とくに、ホモロジー群は[[位相空間の圏]] '''Top''' から[[アーベル群の圏]] '''Ab''' への[[関手]]であると理解することができる。 まず <math>X\mapsto C_n(X)</math> は位相空間から自由アーベル群への写像と考える。'''Top''' の[[射 (圏論)|射]]上のその作用を理解できるとすればこのことによって <math>C_n(X)</math> を関手であるようにとれる。さて、'''Top''' の射は連続写像であるので、<math>f:X\to Y</math> が位相空間の連続写像であれば、群の準同型 :<math>f_*:C_n(X)\to C_n(Y)\,</math> に :<math>f_*\left(\sum_i a_i\sigma_i\right)=\sum_i a_i (f\circ \sigma_i)</math> と定義することで拡張できる、ただし <math>\sigma_i:\Delta^n\to X</math> は特異単体で <math>\sum_i a_i\sigma_i\,</math> は特異 ''n''-チェイン、すなわち、<math>C_n(X)</math> の元。このことは <math>C_n</math> は[[位相空間の圏]]から[[アーベル群の圏]]への関手 :<math>C_n:\mathbf{Top} \to \mathbf{Ab}</math> であることを示している。 バウンダリ作用素は連続写像と交換するので、<math>\partial_n f_*=f_*\partial_n</math>。これによってチェイン複体全体を関手として扱うことができる。とくに、このことは写像 <math>X\mapsto H_n (X)</math> が位相空間の圏からアーベル群の圏への[[関手]] :<math>H_n:\mathbf{Top}\to\mathbf{Ab}</math> であることを示している。ホモトピーの公理によって <math>H_n</math> はまた関手であり、[[ホモロジー関手<!-- ループリンク -->]]と呼ばれ、'''hTop''', 商{{仮リンク|ホモトピー圏|en|homotopy category}}、に作用する。 :<math>H_n:\mathbf{hTop}\to\mathbf{Ab}.</math> これは特異ホモロジーを他のホモロジー論から区別する。<math>H_n</math> はなお関手であるが、'''Top''' のすべてで定義されている必要はない。ある意味、特異ホモロジーは「最大の」ホモロジー論である。'''Top''' の[[部分圏]]上のすべてのホモロジー論はその部分圏上の特異ホモロジーと一致するということである。一方で、特異ホモロジーは最もcleanな圏論的性質を持っていない。そのようなcleanupは{{仮リンク|胞体ホモロジー|en|cellular homology}}のような他のホモロジー論の発達をモチベートする。 より一般的に、ホモロジー関手は[[アーベル圏]]の関手として、あるいは、[[チェイン複体]]の関手として、公理的に定義される。短[[完全列]]を長完全列に変える[[蛇の補題|バウンダリ射]]を要求する公理を満たす。特異ホモロジーの場合には、ホモロジー関手を2つのピースに分解できる。位相的なピースと代数的なピースである。位相的なピースは :<math>C_\bullet:\mathbf{Top}\to\mathbf{Comp}</math> で与えられる。位相空間を <math>X\mapsto (C_\bullet(X),\partial_\bullet)</math> として写し、連続関数を <math>f\mapsto f_*</math> として写す。すると、ここで、<math>C_\bullet</math> は特異チェイン関手と理解され、これは位相空間を[[鎖複体|チェイン複体の圏]] '''Comp''' (or '''Kom''') に写す。チェイン複体の圏は対象としてチェイン複体をもち射として[[チェイン写像]]をもつ。 次に、代数的な部分はホモロジー関手 :<math>H_n:\mathbf{Comp}\to\mathbf{Ab}</math> でこれは :<math>C_\bullet\mapsto H_n(C_\bullet)=Z_n(C_\bullet)/B_n(C_\bullet)</math> で写しチェイン写像をアーベル群の写像に写す。公理的に定義されるのはこのホモロジー関手であり、それはそれ自身にチェイン複体の圏上の関手として基づいている。 ホモトピー写像はホモトピー同値なチェイン写像を定義することによって再び絵に入る。したがって、{{仮リンク|商圏 (数学)|label=商圏|en|quotient category}} '''hComp''' あるいは '''K'''、{{仮リンク|チェイン複体のホモトピー圏|en|homotopy category of chain complexes}}、を定義できる。 == ''R'' に係数をもつ場合 == 任意の単位的 [[環 (数学)|環]] ''R'' が与えられると、ある位相空間上の特異 ''n''-単体全体の集合が[[自由加群|自由 ''R''-加群]] の生成元であるようにとることができる。つまり、上記の構成を自由アーベル群から始めるのではなく、かわりに自由 ''R''-加群を使うのである。構成のすべては、ほとんどあるいは全く変更することなしにできる。この結果は :<math>H_n(X, R)\ </math> でありこれは[[環上の加群|''R''-加群]]である。もちろん、普通は自由加群では''ない''。普通のホモロジー群は環を整数環にとるときに :<math>H_n(X,\mathbb{Z})=H_n(X)</math> に注意することによって再び得られる。表記 ''H''<sub>''n''</sub>(''X'', ''R'') をよく似た表記 ''H''<sub>''n''</sub>(''X'', ''A'') と混同してはならない。これは相対ホモロジー(下記)を表す。 == 相対ホモロジー == {{main|{{仮リンク|相対ホモロジー|en|Relative homology}}}} 部分空間 <math>A\subset X</math> に対し、{{仮リンク|相対ホモロジー|en|relative homology}} ''H''<sub>''n''</sub>(''X'', ''A'') はチェイン複体の商のホモロジーとして理解される。つまり、 :<math>H_n(X,A)=H_n(C_\bullet(X)/C_\bullet(A))</math> ただしチェイン複体の商は短完全列 :<math>0\to C_\bullet(A) \to C_\bullet(X) \to C_\bullet(X)/C_\bullet(A) \to 0</math> によって与えられる。 == コホモロジー == ホモロジー[[チェイン複体]]を双対化することによって(すなわち ''R'' を任意の環として関手 Hom(-, ''R'') を適用することによって)コバウンダリ写像 <math>\delta</math> をもった[[コチェイン複体]]を得る。''X'' の'''コホモロジー群''' (cohomology group) はこの複体のコホモロジー群として定義される。軽口に言えば、「コホモロジーは コ [双対複体] のホモロジーである。」 コホモロジー群はより豊富な、あるいは少なくともよりよく知られた、代数的構造をホモロジー群よりももつ。まず、それらは以下のように[[次数付き微分代数]]をなす。 * 群の次数付き集合は[[次数付き加群|次数付き ''R''-加群]]をなす。 * これは[[カップ積]]を用いて次数付き ''R''-[[環上の多元環|代数]]の構造を与えることができる。 * {{仮リンク|Bockstein準同型|en|Bockstein homomorphism}} ''β'' が微分を与える。 これらは付加的な{{仮リンク|コホモロジーの演算|en|cohomology operation}}であり、コホモロジー代数は付加構造 mod ''p'' をもつ(前の通り、mod ''p'' コホモロジーは mod ''p'' コチェイン複体のコホモロジーであり、コホモロジーの mod ''p'' での還元ではない)、とくに {{仮リンク|Steenrod 代数|en|Steenrod algebra}}の構造をもつ。 == ベッチホモロジーとコホモロジー == [[ホモロジー (数学)|ホモロジー論]]の数が多くなってきたので([[:en:Category:Homology theory<!-- [[:ja:Category:ホモロジー論]] とリンク -->]]参照)、特異理論に対して'''''ベッチホモロジー''''' (Betti homology) と'''''ベッチコホモロジー''''' (Betti cohomology) という用語が(特に[[代数幾何]]について書く著者によって)ときどき使用される。[[単体的複体]]や[[閉多様体]]といった最もよく知られた空間の[[ベッチ数]]を生じるからである。 ==Extraordinary homology== {{main|[[:en:Extraordinary homology theory]]}} ホモロジー論を公理的に({{仮リンク|アイレンバーグ–スティーンロッドの公理|en|Eilenberg–Steenrod axioms}}を通じて)定義して、公理の1つ(''次元公理'')を緩めれば、[[:en:extraordinary homology theory|extraordinary homology theory]] と呼ばれる一般化された理論を得る。これらはもともと [[:en:extraordinary cohomology theories|extraordinary cohomology theories]] の形で、すなわち [[K-理論]]と{{仮リンク|コボルディズム理論|en|cobordism theory}}において生じた。この文脈において、特異ホモロジーは '''ordinary homology''' と呼ばれる。 == 脚注 == {{reflist}} == 関連項目 == * [[導来圏]] * {{仮リンク|切除定理|en|Excision theorem}} * [[フレヴィッツの定理]] * [[単体的ホモロジー]] == 参考文献 == * Allen Hatcher, [http://www.math.cornell.edu/~hatcher/AT/ATpage.html ''Algebraic topology.''] Cambridge University Press, ISBN 0-521-79160-X and ISBN 0-521-79540-0 * J.P. May, ''A Concise Course in Algebraic Topology'', Chicago University Press ISBN 0-226-51183-9 * Joseph J. Rotman, ''An Introduction to Algebraic Topology'', Springer-Verlag, ISBN 0-387-96678-1 {{DEFAULTSORT:とくいほもろしい}} {{Normdaten}} [[Category:ホモロジー論]] [[Category:数学に関する記事]]
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