異常巻きアンモナイトのソースを表示

[[ファイル:Nostoceras species.JPG|サムネイル|{{仮リンク|ノストセラス|en|Nostoceras}}]]
'''異常巻きアンモナイト'''（いじょうまきアンモナイト）は、[[アンモナイト目|狭義のアンモナイト]]のうち殻の螺旋が解けたような形状を示すもの。分類上は[[多系統群]]であり、進化の過程を反映した単一の系統群（[[単系統群]]）ではない。古くは[[三畳紀]]に出現していたが、特に繁栄したのは[[後期白亜紀]]の[[北太平洋]]地域であり、[[日本]]などの当時の地層から化石が産出する。かつては絶滅しつつあるグループの進化の行き詰まりと見なされていたが、後に[[適応放散]]の結果として獲得された特徴であると考えられるようになった。

== 形態と生態 ==
異常巻きアンモナイトには一般的なアンモナイトと比較して複雑な構造を持つものが多いが、いずれも病変や奇形ではない<ref name=私の/>。ここで言う異常とは「平面螺旋状にぴったりとは巻かない殻」のことを指し<ref name=東洋経済>{{Cite web|和書|url=https://toyokeizai.net/articles/-/326975 |title=ひねくれの極みで繁栄した｢日本の化石｣の正体 アンモナイト類のニッポニテスが収めた大成功 |accessdate=2021-01-25 |date=2020-01-30 |website=東洋経済オンライン |publisher=[[東洋経済新報社]] |author=[[土屋健 (サイエンスライター)|土屋健]] |pages=3-5 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20210125213107/https://toyokeizai.net/articles/-/326975 |archivedate=2021-01-25}}</ref>、殻は属や種ごとに固有の形態を示している<ref name=私の/><ref name=東洋経済/>。また、[[巻貝]]と違って異常巻きアンモナイトでは同一種内でも左巻きの個体と右巻きの個体の両方を確認することができ、[[頭足類|頭足綱]]（アンモナイト）と[[腹足綱]]の生殖の違いがその理由の1つとして挙げられている<ref name=羽幌図鑑/>。

異常巻きアンモナイトは[[アンモナイト目]]（狭義のアンモナイト）のうち[[アンモナイト亜目]]と[[アンキロセラス亜目]]に見られる<ref>{{Cite web|和書|url=http://www.paleo-fossil.com/paleo/p_ammo_phylogeny.html |title=アンモナイトの系統 |author=ロバート・ジェンキンズ |accessdate=2021-01-25 |website=古生物の部屋}}</ref><ref name=早川2003>{{Cite journal|和書|title=アンモナイト学 |author=早川浩司 |year=2003 |volume=74 |pages=85-88 |journal=化石 |publisher=[[日本古生物学会]] |doi=10.14825/kaseki.74.0_85 |url=https://doi.org/10.14825/kaseki.74.0_85}}{{フリーアクセス}}</ref>。従って、異常巻きであるからといって単一の系統群をなすわけではない<ref name=早川2003/>。また、アンキロセラス亜目の属種の全てが異常巻きというわけでもない。例えば{{仮リンク|ドウビレイセラス|en|Douvilleiceras}}はアンキロセラス亜目のアンモナイトであるが<ref>{{Cite web|url=http://fossilworks.org/bridge.pl?a=taxonInfo&taxon_no=344287 |title=†superfamily Douvilleiceratoidea Parona and Bonarelli 1897 (ammonite) |accessdate=2021-01-25 |publisher=[[マッコーリー大学]] |website=Fossilworks}}</ref>、その殻は平面螺旋を描いており、かつ螺旋に空隙が存在しない<ref>{{Cite web|和書|url=https://shop.aquarium.co.jp/recommend/2302/ |title=ドウビレイセラス |author=いそわ |publisher=[[鳥羽水族館]] |website=鳥羽水族館オンラインショップ |accessdate=2021-01-25}}</ref><ref>{{Cite web|和書|url=http://chigaku.ed.gifu-u.ac.jp/chigakuhp/html/kyo/seibutsu/kaseki/ammonites/hp-1/56.html |title=ドウビレイセラス |accessdate=2021-01-25 |publisher=[[岐阜聖徳学園大学]]}}</ref>。

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File:Baculites grandis shell.JPG|[[ユタ州]]産[[バキュリテス]]
File:Turrilitidae - Turrilites costatus.JPG|[[ルーアン]]産{{仮リンク|ツリリテス|en|Turrilites}}
File:Scalarites densicostatus - National Museum of Nature and Science, Tokyo - DSC06977.JPG|[[三笠市]]産[[スカラリテス]]
File:アンキロセラス.jpg|[[ロシア]]産[[アンキロセラス]]の化石
File:Nipponites mirabilis - National Museum of Nature and Science, Tokyo - DSC06985.JPG|[[小平町]]産[[ニッポニテス]]
File:Gasteropods - Ammonites - Douvilleiceras sp..JPG|[[マダガスカル]]産ドウビレイセラス。異常巻きではない。
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異常巻きアンモナイトの起源は古く、アンモナイト亜目のスピロセラス上科に属するものは[[三畳紀]]に出現した。一方で[[ノストセラス科]]に代表されるアンキロセラス亜目の異常巻きアンモナイトは[[後期白亜紀]]の北太平洋地域において繁栄した<ref name=早川2003/>。アンモナイト全体の生息した水深は海面から10 - 200メートル程度とされており、うち異常巻きアンモナイトは先に述べたように多くが底生生活を送っていたと考えられている。しかし細かい生態については現在も謎が多い<ref name=私の>{{Cite journal|和書|title=新・私の古生物誌(4) ─アンモナイトの進化古生物学(3)─ |author=[[福田芳生]] |publisher=[[関東化学]] |journal=The Chemical Times |year=2008 |issue=209 |url=https://www.kanto.co.jp/dcms_media/other/series_pdf53.pdf}}</ref>。

== 発見と解釈 ==
異常巻きアンモナイトは20世紀初頭に発見された。当初から[[矢部長克]]の Yabe(1904) などで不規則な形状ではないことが指摘されていたが、当時は発見されていた個体数が少なかったため、何らかの要因で正常な螺旋に成長できなかった個体であると考えられるようになった<ref name=化石観察入門>{{Cite book|和書|title=化石観察入門 |author=芝原暁彦 |date=2014-07-22 |isbn=978-4-416-11456-8 |page=38 |publisher=[[誠文堂新光社]]}}</ref>。アンモナイトという系統が寿命を迎えて衰退するにつれて生じた末期的な異常進化の結果である、という見解も登場した<ref name=羽幌図鑑>{{Cite book|和書|title=北海道羽幌地域のアンモナイト |author=森伸一 |others=羽幌古生物研究会（編）|isbn=978-4-86368-029-6 |year=2012 |publisher=北海道新聞社事業局出版センター |edition=第2版 |pages=4,81,91}}</ref>。
[[ファイル:Animated log spiral.gif|サムネイル|対数螺旋を拡大・縮小しても形状は変化しない。]]
20世紀後半には異常巻きアンモナイトの殻の形状を説明する[[数理モデル]]が登場した。{{仮リンク|デイヴィッド・M・ラウプ|en|デイヴィッド・M・ラウプ}}は Raup(1966) で、[[巻貝]]や[[オウムガイ]]の殻に見られる[[対数螺旋]]を数学的に表現できるRaupモデルを提唱した。オウムガイなどの殻の形状の基本となっている平面的な対角螺旋では、物体のスケールは変数として関与せず、母曲線（殻口）が距離に比例してどれだけ広がるかを決定すれば形状が決定される。これに着目し3次元座標に拡張したRaupモデルでは、殻口の拡張率W（1周での拡大度合）、母曲線の位置D（螺旋の広がり方）、転移率T（巻き軸からの距離に対する軸方向への成長度合い）の3つがパラメータとされた<ref name=阪大/><ref name=東大/>。

以下にそのパラメータの定義を示す。なお<math>r_{\text{n}}</math>はn巻目における巻き軸から螺環中心までの距離、<math>R_{\text{n}}</math>は巻き軸から螺環の外側の端までの距離、<math>y_{\text{n}}</math>は成長開始点から螺環中心までの距離である<ref name=東大/>。

<math>W = \frac{y_{\text{n-1}}}{y_{\text{n}}}</math><br><math>D = \frac{2r_{\text{n}}-R_{\text{n}}}{R_{\text{n}}}</math><br><math>T = \frac{y_{\text{n}}}{r_{\text{n}}}</math>

これらのパラメータは全て2つの部位の長さの比で表現することができる。Tを決定するためには母曲線の中心の推定が不可欠ではあるが、長さが分かれば絶対座標で殻の形を決定できるようになった<ref name=阪大>{{Cite web|和書|url=https://www.fbs-osaka-kondolabo.net/post/%E7%99%BD%E4%BA%9C%E7%B4%80%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E6%8C%91%E6%88%A6%E7%8A%B6 |title=白亜紀からの挑戦状 |accessdate=2021-01-25 |author=[[近藤滋]] |date=2018-03-30 |publisher=[[大阪大学]]大学院生命機能研究科近藤研究室 |website=Kondo Labo}}</ref><ref name=東大>{{Cite journal|和書|url=https://www.um.u-tokyo.ac.jp/web_museum/ouroboros/v24n2/v24n2_sato.html |journal=Ouroboros 東京大学総合研究博物館ニュース |title=貝殻の螺旋と数理モデル |author=佐藤英明 |publisher=[[東京大学総合研究博物館]] |date=2020-05-19 |volume=24 |issue=2}}</ref>。

異常巻きアンモナイトの形状を説明するため、[[岡本隆]]はRaupモデルを改良してOkamoto(1988)で成長管モデルを提唱した。成長管モデルでは螺管拡大率E（頂点角度）、規格化曲率C（曲げ）、規格化捩率T（ひねり）という3つのパラメータが設けられ、Raupモデルはこれらのパラメータが全て定数であった場合のモデルとして扱われた。すなわち、Raupモデルの拡張版が成長管モデルにあたる<ref name=阪大/><ref name=東大/>。

以下にそのパラメータの近似を示す<ref group=注>厳密には微分で定義されている。</ref>。なお<math>r_{\text{n}}</math>はn巻目における螺環の半径、θは螺環の曲率、ψは螺環のねじれ率、εは母曲線の大きさである<ref name=東大/>。

<math>E \asymp {\frac{r_{\text{n+1}}}{r_{\text{n}}}}^{\frac{1}{\epsilon}}</math><br><math>C \asymp \frac{\theta}{\epsilon}</math><br><math>T \asymp \frac{\psi}{\epsilon}</math>

成長管モデルの大きな特徴は3つのパラメータが母曲線の大きさで規格化されている点である。これにより成長管モデルでは成長開始点を原点とする絶対座標ではなく現時点での開口部から見た相対座標が採用されていて、殻の内部に住む軟体部目線の数理モデルが実現された。3つのパラメータがいずれも各成長段階において定義される量であることも手伝い、成長管モデルはなぜそのような形状に異常巻きアンモナイトが成長したのか、発生学的な視点での表現を可能にしたのである<ref name=阪大/><ref name=東大/>。

オウムガイやいわゆる正常巻きアンモナイトでは規格化捩率が0である。この場合、成長初期の殻の形状が平面螺旋を描いているとすると、過去の住房であった気室に空気が入って浮力が獲得され、そのバランスにより成長の過程を通じて開口部の向きは一定を維持する。しかし成長初期段階において底生生活に適応して殻の重心がズレていると（つまり平面螺旋でないと）<ref group=注>殻は開口部が狭い方が天敵に対する防御としての性能が高まる一方、[[チョッカクガイ]]のように長くなり移動の妨げになる。殻の容積を維持したままコンパクトに纏めるためには殻を湾曲させることや捻ることが有効である。</ref>成長するにつれて浮力のバランスが崩れて殻が持ち上がり開口部が下を向いてしまう。それを回避して開口部の向きを一定に保つため、異常巻きアンモナイトの殻は複雑にねじれていると解釈されている<ref name=阪大/>。それぞれの属や種で多様な形状が認められるが、その形状は彼らの生態を反映しており、豊富な種数や個体数は海底付近の様々な環境に適応した結果と見られている<ref name=化石観察入門/><ref name=羽幌図鑑/>。

== 産地 ==
[[日本]]において産出する主な地層としては[[北海道]]を南北に走る[[蝦夷層群]]<ref name=羽幌図鑑/>や、[[四国]]や[[近畿地方]]を東西に走る[[和泉層群]]があり<ref>{{Cite web|和書|url=https://www.hitohaku.jp/exhibition/planning/nostoceras2020.html |title=ミニ企画展「異常巻アンモナイト、ノストセラス大集合」 |accessdate=2021-01-25 |publisher=[[兵庫県立人と自然の博物館]]}}</ref><ref>{{Cite web|和書|url=https://museum.bunmori.tokushima.jp/cc/66.htm |title=阿讃山地から産出するノストセラス科アンモナイト |author=両角芳郎 |publisher=[[徳島県立博物館]] |accessdate=2021-01-24}}</ref>、その間に位置する北関東の[[那珂湊層群]]も研究において重要な地域と目されている<ref>{{Cite web|和書|url=https://www.ibaraki.ac.jp/news/2018/10/04010282.html |title=理工学研究科修了生 増川玄哉さんの論文が国際学術誌" Cretaceous Research"に掲載 |date=2018-10-04 |accessdate=2021-01-25 |publisher=[[茨城大学]] |archivedate=2020-08-04 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20200804142023/https://www.ibaraki.ac.jp/news/2018/10/04010282.html}}</ref>。化石は多産しており、[[土屋健 (サイエンスライター)|土屋健]]曰く[[ニッポニテス]]の化石を発見する研究者や愛好家は少なくなく<ref group=注>ただし土屋自身は学生時代にニッポニテスを発見することはなかったという。</ref><ref name=東洋経済/>、[[ポリプチコセラス]]に至ってはあまりに多産するため愛好家が産地で捨てて帰ることも多い<ref name=羽幌図鑑/>。ただし多産するとはいえ、その形状ゆえに化石化の過程や発掘の過程で破損しやすく、全身を完全な状態で得られることは稀である。

== 文化的利用 ==
化石の産出する地域では博物館で企画展が開催されることもあるほか、マダガスカリテスとニッポニテスの標本が1970年から北海道[[三笠市]]の指定文化財として認められている<ref>{{Cite report|url=https://www.city.mikasa.hokkaido.jp/hotnews/files/00008000/00008042/20190129085704.pdf |title=三笠市統計書（平成29年版） 第6編 教育・文化 |accessdate=2021-01-25 |year=2017 |publisher=[[三笠市]] |page=65}}</ref>。三笠市では「あんもふれんず」と称したアンモナイトのキャラクターとして異常巻きアンモナイトからはユーボウ、ヴァルディ、ニッポニーが採用され、各種グッズ化もされている<ref>{{Cite web|和書|title=あんもふれんず缶バッジ（三笠市立博物館限定商品） |url=https://www.city.mikasa.hokkaido.jp/geopark/detail/00007412.html |accessdate=2021-01-25 |publisher=三笠ジオパーク}}</ref><ref>{{Cite web|和書|url=https://www.city.mikasa.hokkaido.jp/geopark/detail/00008191.html |title=あんもふれんずLINEスタンプを作成しました！！ |accessdate=2021-01-25 |publisher=三笠ジオパーク}}</ref>。また、異常巻きアンモナイトの中でもニッポニテスは[[日本古生物学会]]のシンボルマークに選ばれており、矢部長克がニッポニテス・ミラビリスを新属新種として記載した[[10月15日]]は「[[化石の日]]」に指定されている<ref>{{Cite web|和書|url=http://www.palaeo-soc-japan.jp/fossilday/ |title=毎年10月15日は「化石の日」！|accessdate=2021-01-26 |publisher=[[日本古生物学会]]}}</ref><ref>{{Cite web|和書|title=化石研究っておもしろそう。『フタバスズキリュウ　もうひとつの物語』 |url=https://www.asahi.com/and_w/20181015/48659/ |date=2018-10-15 |accessdate=2021-01-25 |author=川村啓子 |publisher=[[朝日新聞社]] |website=朝日新聞デジタル}}</ref>。

== 脚注 ==
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=== 注釈 ===
{{Reflist|group=注}}
=== 出典 ===
{{Reflist|2}}

== 外部リンク ==
* [http://www.palaeo-soc-japan.jp/3d-ammonoids/index.html 異常巻きアンモナイト3D化石図鑑] - [[日本古生物学会]]

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[[Category:白亜紀の生物]]
[[Category:アンモナイト目]]
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