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[[File:OlandaShiseiErekiteru 002.jpg|thumb|upright=2.0|橋本宗吉著「阿蘭陀始制エレキテル究理原」に収められたエレキテルによる百人おどし実験の様子]] '''百人おどし'''(ひゃくにんおどし)は、並んだ人々の人体に静電気を流して感電を体験する演示物理実験のことである{{sfn|「百人おどし」で人体を流れる電流|1997|p=38}}。もともとは[[静電気]]を貯める[[ライデン瓶]]に、江戸時代の蘭学者である[[橋本宗吉]]が'''百人おどし'''または、'''百人おびえ'''、'''百人嚇'''(ひゃくにんおびえ)と訳語をあてたことに始まる{{sfn|近代日本その科学と技術|1990|p=89}}。 ==由来== [[ライデン瓶]]の発明以後、見世物としてヨーロッパ各地で行われた{{sfn|「百人おどし」で人体を流れる電流|1997|p=38}}。日本では、[[江戸時代]]に橋本宗吉が書き残した『阿蘭陀始制エレキテル究理原』で図入りで詳しく記録を残している{{sfn|日本科学史散歩|1974|p=29}}。その後、日本では1980年代に[[米村でんじろう]]が都立高校の教師時代に理科の授業で取り入れ、米村がテレビ出演やサイエンスショーの際に紹介して再び広く認知されるようになった{{sfn|アエラ2007年6月11日号|2007|p=58}}。 === 実験内容 === まず、[[ライデン瓶]]に静電気を蓄える。被験者は全員並んで手をつないで輪をつくる。両端のものが、それぞれライデン瓶の電極に触れると全員に静電気が流れる。ライデン瓶としてプラスチックコップ2個にアルミ箔を巻きつけて、これらを重ねることで、比較的安価に作成することもできる。 == 歴史 == === 18世紀ヨーロッパ === [[1746年]]に[[ライデン瓶]]の発明以後、見世物としてヨーロッパ各地で行われた{{sfn|「百人おどし」で人体を流れる電流|1997|p=38}}。例えば、[[フランス]]の牧師ジャン・ノレは180人の兵士に手をつながせて、国王の前で演示実験したといわれている{{sfn|「百人おどし」で人体を流れる電流|1997|p=38}}。 === 橋本宗吉の百人おどし === 江戸時代の[[蘭学者]]である[[橋本宗吉]]が『阿蘭陀始制エレキテル究理原』を著した{{sfn|日本科学史散歩|1974|p=28}}。この本は、静電気の原理、[[エレキテル]]の構造、エレキテル([[静電発電機|摩擦起電器]])を使った静電気の実験について記述されたものである{{sfn|日本科学史散歩|1974|p=28}}{{efn|『阿蘭陀始制エレキテル究理原』は、もともと橋本宗吉がオランダの百科事典を翻訳した際にエレキテルを知り、自らエレキテルを作成した際に得られた知見をもとに書かれたものである{{sfn|日本科学史散歩|1974|p=28}}。しかし『阿蘭陀始制エレキテル究理原』は出版の許可が下りなかった{{sfn|日本科学史散歩|1974|p=28}}。}}。この中に、橋本宗吉の行った「百人おどし」の実験が記述されている{{sfn|日本科学史散歩|1974|p=28}}{{sfn|近代日本その科学と技術|1990|p=88}}。ここには、寺子屋に通っていた子供たち100人余りに手をつながせて輪をつくり、障子越しのライデン瓶に触れさせて感電させる実験が絵入りで紹介されている{{sfn|近代日本その科学と技術|1990|p=88}}{{efn|『阿蘭陀始制ヱレキテル究理原』には、静電気で[[焼酎]]を発火させる実験も記述されている{{sfn|日本科学史散歩|1974|p=30}}}}。 === 宇田川榕菴の記述 === [[File:Seimikaisou.jpg|thumb|『舎密開宗(ぜいみかいそう)』に示された[[ボルタ電池]]紹介の挿絵。]] [[宇田川榕菴]]は、大垣藩の藩医の子として生まれ、後に津山藩の江戸詰の藩医であった宇田川家に養子としては入った人物である{{sfn|エレキテルの魅力|2007|pp=55-56}}。 『[[舎密開宗]](ぜいみかいそう)』の中で、[[ボルタ電池]]を紹介している{{sfn|エレキテルの魅力|2007|p=42}}。この執筆にあたり、数多くの手稿が存在するが、電気については『瓦爾華尼越列機的造作記(がるはにえれきてるぞうさき)』、『瓦爾華尼越列機集説』として残っている{{sfn|エレキテルの魅力|2007|p=42}}。『瓦爾華尼越列機的造作記』はボルタ電池の製作記録であり、『瓦爾華尼越列機集説』はその利用法である{{sfn|エレキテルの魅力|2007|p=42}}。 この中で、ボルタ電池の両端を湿った手で触れれば、強いショックを感ずること、数人が手をつなぎ、両端の人が電池のそれぞれの端を持てば、全員がショックを感じること、しかしその場合は一人の時より弱いことなどが書かれている{{sfn|エレキテルの魅力|2007|p=42}}。 == 安全評価基準 == === ライデン瓶の電気容量 === プラスチックコップ2個にアルミ箔を巻きつけて作ったライデン瓶の電気容量は100pF以下{{sfn|たのしくわかる物理実験事典|1998|p=444}}、帯電電圧は約10kV程度と見積もられる{{sfn|たのしくわかる物理実験事典|1998|p=444}}。 === 人体の電気抵抗 === 人体各部の抵抗率は、その器官によって異なる{{sfn|電撃危険性と危険限界|1971|p=20}}。低電圧で測定したときの抵抗は、以下の通りである。 {| class="wikitable" |+ ! 部位 !! 単位面積あたりの抵抗 |- | 皮膚 || <math>2 \times 10^4 \sim 10^5 [\Omega / \mathrm{cm}^2]</math>{{sfn|電撃危険性と危険限界|1971|p=17}} |- | 骨 || <math>9.0 \times 10^5 [\Omega \cdot \mathrm{cm}]</math>{{sfn|電撃危険性と危険限界|1971|p=17}} |- | 筋肉 || <math>1.5 \times 10^3 [\Omega \cdot \mathrm{cm}]</math>{{sfn|電撃危険性と危険限界|1971|p=17}} |- | 脳 || <math>2.0 \times 10^3 [\Omega \cdot \mathrm{cm}]</math>{{sfn|電撃危険性と危険限界|1971|p=17}} |- | 血液 || <math>185 [\Omega \cdot \mathrm{cm}]</math>{{sfn|電撃危険性と危険限界|1971|p=17}} |} ここからわかるように皮膚の抵抗率が最も大きく、内部組織はそれより低くなる{{sfn|電撃危険性と危険限界|1971|p=20}}。 手足が濡れているときの人体の抵抗値が低い値となり、500Ωから1000Ωに近い値となる{{sfn|電撃危険性と危険限界|1971|p=20}}。乾いている場合には2000Ωから3000Ωとなる{{sfn|電撃危険性と危険限界|1971|p=20}}。従って、手足が濡れているか乾いているかで感電した場合の電流値が大きく変わる{{sfn|電撃危険性と危険限界|1971|p=20}}。 === パルス電撃の許容範囲 === 「百人おどし」の実験とは、静電誘導の電荷が一気に人体を通して放電される現象である。すなわちライデン瓶またはコンデンサに接触した瞬間に、ごく短時間の間に波高値の高いパルス状の電流が人体を流れることである{{sfn|電撃危険性と危険限界|1971|p=29}}。 Dalzielらの研究によれば、人体の許容電流Iは電流継続時間tの平方根に反比例し、以下の式で表現される{{sfn|電撃危険性と危険限界|1971|p=29}}。 <math>W = RI^2t</math> 一般に、人体に対する電撃の強さは、印加された電圧値ではなく、人体を流れる電流値と相関がある{{sfn|電撃危険性と危険限界|1971|p=30}}{{efn|比較的低い電圧での感電による死亡では、日本では、1958年、山口県の炭鉱で50Vへの接触で感電死の報告がある{{sfn|電撃危険性と危険限界|1971|p=22}}。また 35Vで感電死した例も報告されている{{sfn|電撃危険性と危険限界|1971|p=22}}。}}。 商用交流で生命に危険が及ぶエネルギー限界値の下限は6.5~17Jとされる。パルス電撃の場合は、Dalzielは商用交流の2倍を提案している{{sfn|電撃危険性と危険限界|1971|p=37}}。これに従うと、13〜34Jに下限値が設定される。「商用交流で2mA、1秒程度の感電であれば絶対安全{{sfn|たのしくわかる物理実験事典|1998|p=444}}」ということを拠り所として人体に流れるパルス電撃の限界エネルギーを求めてみると、人体の抵抗を数kΩとして、約20mJとなる{{sfn|たのしくわかる物理実験事典|1998|p=444}}。 プラスチックコップによるライデン瓶で蓄えられる静電エネルギーは約5mJである{{sfn|たのしくわかる物理実験事典|1998|p=444}}{{efn|例えば、家庭用の低周波治療器では、電圧が数十から百数十V程度、時定数が0.2msのパルス電圧が出力され、実測によると人体には数十から百数十mAの電流が流れている{{sfn|たのしくわかる物理実験事典|1998|p=444}}。従って、1パルスあたりのエネルギーは数mJ程度となる{{sfn|たのしくわかる物理実験事典|1998|p=444}}。}}。ただし、ライデン瓶を大型化したり並列に接続して蓄電すれば、たちまち人体に危険を及ぼす範囲に到達する{{sfn|たのしくわかる物理実験事典|1998|p=444}}。 === コンデンサによる感電 === 740pFの静電容量をもつコンデンサーに高電圧で蓄電し、人体にパルス電撃を行った場合に、被験者が感じる感覚について次の報告がある{{sfn|電撃危険性と危険限界|1971|p=37}}。 {| class="wikitable" |+ ! コンデンサの端子電圧[kV] !! 電荷量[μc] !! 電荷エネルギ[mJ] !! 電撃の程度 |- | 1 || 0.74 || 0.4 || 感覚なし |- | 2 || 1.48 || 1.5 || 少し感じる |- | 5 || 3.70 || 9.3 || ちくちくする |- | 10 || 7.40 || 37 || 激しくちくちくする、痛む |- | 15 || 11.1 || 83 || 弱いけいれん |- | 20 || 14.8 || 149 || 弱いけいれん |- | 25 || 18.5 || 232 || 中度のけいれん |} === 百人おどしでの電流計測 === [[兵庫県立小野高等学校]]の教諭であった石原は、プラスチックカップで作ったライデン瓶を使い、9人で手をつなぎ輪を作り、4人目と5人目の間に100Ωの[[抵抗器]]をいれて電流を計測した実験を報告している{{sfn|「百人おどし」で人体を流れる電流|1997|p=39}}。これによると、パルス電撃の最大電流は250mA{{sfn|「百人おどし」で人体を流れる電流|1997|p=39}}。[[時定数]]は、約6μs。ここから求められるエネルギーは2.8mJであった{{sfn|「百人おどし」で人体を流れる電流|1997|p=39}}。 == 脚注 == === 注釈 === {{Reflist|group="注釈"}} === 出典 === {{Reflist|2}} == 参考文献 == * {{Cite book|和書|author= 橋本宗吉|authorlink=橋本宗吉|editor = 三崎省三|title = 和蘭始制ヱレキテル究理原|date = 1925|publisher = 三崎省三|ncid = BN14505292|ref = {{Harvid|和蘭始制ヱレキテル究理原|1925}} }} * {{Cite book|和書|author = 明治前日本科学史刊行会|editor=日本学士院|editor-link=日本学士院|title = 明治前日本物理化学史|date = 1964|publisher = [[日本学術振興会]]|ncid = BN04573547|ref = {{Harvid|明治前日本物理化学史|1964}} }} * {{Cite journal|和書|author = 田中隆二|author2 = 市川健二|title = 電撃危険性と危険限界|date = 1971|publisher = 労働省産業安全研究所|journal = 産業安全研究所安全資料|ncid = BA64122384|ref = {{Harvid|電撃危険性と危険限界|1971}} }} * {{Cite book|和書|author = 大矢真一|title = 日本科学史散歩|date = 1974|publisher = 中央公論社|series = 自然選書|ncid = BN02640960|ref = {{Harvid|日本科学史散歩|1974}} }} * {{Cite book|和書|author = 紫藤貞昭|author2 = 矢部一郎|title = 近代日本その科学と技術|date = 1990|publisher = 弘学出版|isbn = 4-87492054-3|ref = {{Harvid|近代日本その科学と技術|1990}} }} * {{Cite journal|和書|author = 石原 武司|title = 「百人おどし」で人体を流れる電流|date = 1997-08-01|publisher = 日本物理教育学会 |journal = 物理教育学会年会物理教育研究大会予稿集||issue = 14|naid = 110003335700|pages = 38-39|ref = {{Harvid|「百人おどし」で人体を流れる電流|1997}} }} * {{Cite book|和書|authtor = 左巻 健男|authorlink = 左巻健男|authtor2 = 滝川 洋二|title = たのしくわかる物理実験事典|date = 1998|publisher = 東京書籍|isbn = 4-48773138-0|ref = {{Harvid|たのしくわかる物理実験事典|1998}} }} * {{Cite journal|和書|author = 村尾 国士|title = 現代の肖像|date = 2007-06-11|publisher = 朝日新聞出版|journal = アエラ|volume = 20|issue = 26|ncid = AN10033069| ref = {{Harvid|アエラ2007年6月11日号|2007}} }} * {{Cite book|和書|author = 東徹|title = エレキテルの魅力|date = 2007|publisher = 裳華房|isbn = 978-4-78538780-8|ref = {{Harvid|エレキテルの魅力|2007}} }} {{DEFAULTSORT:ひやくにんおとし}} [[Category:日本の科学教育]] [[Category:江戸時代の学芸]] [[Category:蘭学]] [[Category:日本の科学技術史]] [[Category:静電気]]
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