硫化水素のソースを表示

{{Chembox
|  Name = 硫化水素
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|  IUPACName = スルファン
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|  CASNo = 7783-06-4
|  EINECS = 231-977-3
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|  Formula = H<sub>2</sub>S
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|  Appearance = 無色気体
|  Density = 1.363 × 10<sup>-3</sup>g/cm<sup>3</sup>, 1.1905（蒸気密度）
|  MeltingPt = -85.5 {{℃}}
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<!--旧規格のため、隠しました。--><!--|  EUClass = 強い可燃性 ('''F+''')<br />猛毒 ('''T+''')<br />環境への危険性 ('''N''')
|  EUIndex = 016-001-00-4
|主な危険性=
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|その他の陰イオン=[[水]]<br />[[セレン化水素]]<br />[[テルル化水素]]<br />[[ポロニウム化水素]]<br />[[二硫化水素]]<!-- Hydrogen disulfide の日本語翻訳です-->
|その他の陽イオン=
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|官能基=
|関連物質=
 }}
}}

[[ファイル:Tateyama_jigokudani_fumarole.jpg|thumb|right|300px|硫化水素や二酸化硫黄を主成分とする火山性ガスを噴出する噴気孔（黒部立山・地獄谷）]]
'''硫化水素'''（りゅうかすいそ、{{lang-en-short|hydrogen sulfide}}）は、[[化学式]] H<sub>2</sub>S で表される[[硫黄]]と[[水素]]の[[無機化合物]]で、[[カルコゲン化水素]]の一つ。別名'''スルファン'''（sulfane）。無色の気体で、腐卵臭を持つ。[[空気]]に対する[[比重]]は1.1905である。

== 特徴 ==
硫化水素は、空気より重く（比重1.1905）、無色、[[水]]によく溶け、弱い[[酸性]]を示す。

可燃性ガスであり、[[引火性]]がある。[[爆発限界]]は4.3 – 46 %。燃焼した場合には[[硫黄酸化物]]となる。

硫化水素は[[好気性生物]]の多くにとっては有毒であるが、酸素非発生型光合成、すなわち水素源として水ではなく硫化水素を用いる事で酸素の代わりに硫黄を放出する[[緑色硫黄細菌]]・[[紅色硫黄細菌]]などの[[光合成細菌]]も存在する一方、[[硫黄細菌|硫黄酸化細菌]]と称される[[化学合成細菌]]は硫化水素の酸化に伴い発生するエネルギーで[[炭酸同化]]を行う。後者は硫化水素の豊富な[[海底火山]]の[[熱水噴出孔]]付近で[[生産者]]の役割を担い、独自の生態系を形成している。

天然には[[火山]]中から[[火山ガス]]として放出されるほか、[[温泉]]（[[硫黄泉|硫化水素泉]]）中に含まれる。[[人為的]]な発生源には[[石油化学工業]]などがあり、[[下水処理場]]、[[ごみ処理場]]などにおいても、硫黄が[[嫌気性細菌]]によって[[還元]]され硫化水素が発生する。[[飲食店]]などの[[厨房]][[排水]]で設置される[[浄化槽|分離槽や溜め枡]]内で、閉店後[[水]]が動かなくなると非常によく発生する。[[糞]]や[[屁]]にも若干含まれる。[[硫酸塩還元細菌]]による働きで、[[口臭]]にも含まれる<ref name="ATSDR">{{cite web |url= http://www.atsdr.cdc.gov/toxprofiles/tp114.pdf|title= Toxicological Profile For Hydrogen Sulfide |author=Agency for Toxic Substances and Disease Registry |date=July 2006 |page=154 |accessdate=2012-06-20}}</ref>。

; 腐卵臭
: 硫化水素は、[[腐敗|腐]]った[[鶏卵|卵]]の臭いの原因で<ref>福間智人 「福間の無機化学の講義 三訂版」ISBN 4010340177 p.109</ref>、その時の特徴的な強い[[刺激臭]]は「腐卵臭」と表現される。[[目]]、[[皮膚]]、[[粘膜]]を刺激する[[毒|有毒]]な[[気体]]である。[[悪臭防止法]]に基づく特定[[悪臭]]物質のひとつ<ref>[https://www.env.go.jp/hourei/10/000022.html 特定悪臭物質の測定の方法]（[[環境省]]）</ref>。

: [[噴火口]]から出る[[火山ガス]]や[[硫黄泉]]などの臭いが「[[硫黄]]の臭い」と形容される場合があるが、硫黄の単体(S)は無臭であり、これは硫化水素(H<sub>2</sub>S)の臭いをさしている<ref>監修：鎌田 浩毅 「地震と火山 (パーフェクト図解)」 ISBN 4054061656 p.40</ref>。空気よりも重いため[[火山]]地帯、温泉の吹き出し口などの窪地にたまりやすい。

== 化学的性質 ==
硫化水素は[[共有結合]]性の[[水素化合物]]で、[[硫黄]]と[[酸素]]とが[[周期表]]において同じ[[元素の族]]（[[第16族元素|第16族]]）であるため[[水]]と分子構造がよく似ている。[[密度]]は、空気を1とすると1.190であり空気よりも重い。

[[水溶液]]（硫化水素酸）では、硫化水素イオン (HS{{sup-|}}) と[[水素イオン]] (H{{sup|+}}) に[[イオン化|電離]]して弱い[[酸性]]を示す。
: <chem>H2S <=> {HS^-} + H^+</chem>
:: [[酸解離定数|''K''<sub>a</sub>]]<math>\rm = 1.3 \times 10^{-7} mol/L; pK\mbox{a} = 6.89.</math>
その水溶液はゆっくりと酸素と反応して単体硫黄を生じる。[[硫化物#硫化物イオンとその塩|硫化物イオン]]は[[固体]]の状態では知られているが、水溶液の状態では確認されていない（''c.f.''：[[酸化物]]）。[[水素イオン指数|pH]] 滴定により硫化水素の2番目の[[酸解離定数]]は10<sup>-13</sup>付近であるとされてきたが、これは[[アルカリ]]溶液における硫黄の酸化が原因の誤認であることが現在、明確に分かっている。現在、p''K''<sub>a2</sub> は19 ± 2と見積もられている。
: <chem>HS^- <=> {S^{2-}} + H^+</chem>
硫化水素は金属イオンを含む[[水溶液]]と反応して、[[金属硫化物]]の沈殿を生じる。この硫化物の[[沈殿]]生成は硫化水素が[[弱酸]]であるため水溶液の[[水素イオン指数|pH]]および硫化物の[[溶解度積]]に著しく依存する。沈殿の色は、金属イオンの分解・検出の重要なポイントとなる。[[温泉街]]など硫化水素が発生しやすい場所では、[[銀]]、[[銅]]は接触によって[[錆|サビ]]・[[腐食]]が発生するため持ち込まないようにと注意書きも見受けられる。

[[燃焼|燃える]]と[[水]]と[[二酸化硫黄]]ができる。
:<chem>2H2S + 3O2 -> 2SO2 + 2H2O</chem>

硫化水素と二酸化硫黄との反応から、単体の硫黄と水が生じる。本反応は[[硫黄回収装置]]に応用されている。
:<chem>2H2S + SO2 -> 3S + 2H2O</chem>

== 物理学的性質 ==
およそ90GPaの高圧下で[[超伝導物質]]として現時点で最高の転移温度である{{convert|203|K|C}}で超伝導状態になる。ただしこの高温超伝導は圧力により分解し生成したH<sub>3</sub>Sであると予測されている。<ref>{{Cite journal |author= A. P. Drozdov |author2=M. I. Eremets |author3=I. A. Troyan |author4=V. Ksenofontov |author5=S. I. Shylin |author6= |author7= |author8= |title=Conventional superconductivity at 203 kelvin at high pressures in the sulfur hydride system |publisher= |journal=Nature |asin= |issue=525 |date=03 September 2015 |page=73–76|url=https://www.nature.com/articles/nature14964 |doi=10.1038/nature14964 }}</ref>

== 製法 ==
=== 実験室的製法 ===
多くの場合金属硫化物に酸性水溶液を加えると硫化水素ガスが発生する。
: <chem>MS + 2H^+ -> H2S + M^{2+}</chem>

このことを利用して、[[中等教育]]における[[理科教育]]では、[[試験管]]を用いて微量の[[硫化鉄(II)]]と[[希塩酸]]から硫化水素を製造する実験がしばしば行われている<ref>{{Cite web|和書|title=硫化水素の発生実験で集団搬送相次ぐ 全国各地の中学2年生：朝日新聞デジタル |url=https://www.asahi.com/articles/ASR674STXR67UTIL01Y.html?iref=ogimage_rek |website=朝日新聞デジタル |date=2023-06-07 |access-date=2023-06-10 |language=ja |last=https://www.facebook.com/asahicom}}</ref>。実験室規模での発生では硫化鉄と[[希硫酸]]から[[キップの装置]]を使って合成する方法もあるが、今日では実験用途では工業的に生産されたガスボンベを利用することが通常である。

毒性の高さから、実験室規模の製法の実施にあたっても、安全性を確保するために十分な換気の確保と理科教員や資格者による監視・管理のもと実施される必要がある。

=== 工業的製法 ===
工業的な硫化水素の製造法としては,

* [[石油精製]]の過程において[[水素化脱硫装置]]によって生じた硫化水素を含む[[酸性ガス]]を[[アミン]]水溶液（[[エタノールアミン]]が典型的だが限定されない）で吸収したのち、再加熱によって高濃度の硫化水素を含むガスを得る方法（大部分は硫黄回収装置による単体硫黄の製造に使われる）
: <chem>HOCH2CH2NH2 + H2S <-> HOCH2CH2NH3^+\ + HS^-</chem>

* [[触媒]]下で[[メタン]]と硫黄を反応させて、[[二硫化炭素]]と硫化水素を生成したのち分離精製する方法
: <chem>CH4 + 4S -> CS2 + 2H2S</chem>

* 単体硫黄に水素を添加する熱反応、触媒反応の2段階反応プロセスによって高純度の硫化水素を製造する方法[http://www.jgc.co.jp/jp/04tech/03chmcl/hip_hydro.html][http://wwwsoc.nii.ac.jp/jpi/jp/aword/h12/nikki.html]
: <chem>H2 + S -> H2S</chem>

がある。

== 用途 ==
; チオ有機化合物の合成
: [[メタンチオール]]、[[エタンチオール]]そして、[[チオグリコール酸]]など、いくつかの[[有機硫黄化合物]]は硫化水素を使って作られる。

; 硫化アルカリ金属
: アルカリ金属あるいはアルカリ金属[[水酸化物]]と反応して、生体高分子の分解に使われる[[硫化水素ナトリウム]]、[[硫化ナトリウム]]のようなアルカリ硫化水素に変換する。[[クラフト法]]による[[皮革]]の[[脱毛]]と[[パルプ]]の脱[[リグニン]]は両方アルカリ硫化物の影響による。

; 分析化学
: 硫化水素は[[分析化学]]において重要な物質で、[[金属イオン]]の[[定性分析]]に使われている。この場合、今日では硫化水素を直接用いるのではなく、[[チオアセトアミド]]を使う方法が通常用いられる。チオアセトアミドは、ある種の金属イオンと反応したのち[[加水分解]]して金属硫化物を与える。この分析では、[[重金属]]（と[[非金属]]）[[イオン (化学)|イオン]]（例：[[鉛|Pb]](II)、[[銅|Cu]](II)、[[水銀|Hg]](II)、[[ヒ素|As]](III)）は溶液中の硫化水素の影響で沈殿する。沈殿物は酸により再溶解するが硫化物の種類により条件が異なり、たとえば[[硫化マンガン(II)]]および[[硫化亜鉛]]などは希[[塩酸]]でも溶解し、[[硫化アンチモン]]および[[硫化スズ]](II)などは濃塩酸により溶解する。[[硫化銅]]および[[硫化銀]]などは希[[硝酸]]により酸化されて溶解するが、[[硫化水銀]]は希硝酸でも溶解しない。

; 硫化金属前駆体
: 上で示したように多くの金属イオンは硫化水素と反応して対応する硫化物を与えるため、広く利用されている。[[浮遊選鉱]]による金属鉱石の浄化では、鉱物粉はよく硫化水素で処理され、分離を促進する。一部の金属はときどき硫化水素によって[[不動態]]を作る。[[水素化脱硫]]に使われる触媒は硫化水素によって活性化し、精製所で使われる金属触媒の作用は硫化水素によって影響を受ける。触媒中の活性金属の代表的なものとして[[モリブデン]]があり、層状に配列した多層構造を持つものが多い。

; その他
: 硫化水素は{{ill2|ガードラースルフィド法|en|Girdler sulfide process}} によって、通常の水から[[重水]]を分離するのにも使われる。これは硫化水素分子と水分子との間の[[重水素]]の分配率の違いを利用したものである<ref name=Cotton> F.A. コットン, G. ウィルキンソン著, 中原 勝儼訳 『コットン・ウィルキンソン無機化学』 培風館、1987年</ref>。
: <chem>H2O(l) + HDS(g) <=> HDO(l) + H2S(g)</chem>
::<math>K = 1.01</math>

== 生体内での役割 ==
生体内での硫化水素は、[[シグナル伝達|シグナル分子]]としての機能、細胞保護因子としての機能（[[グルタミン]]の合成促進、[[抗酸化物質|抗酸化作用]]、[[アポトーシス]]抑制など）があるとされている。処理可能な範囲の過剰な硫化水素は、[[ミトコンドリア]]膜上にあるスルフィド‐キノンオキシドレダクターゼなどにより[[ペルスルフィド]]に代謝され、[[硫黄ジオキシゲナーゼ]]によって[[亜硫酸]]となり、さらに[[ロダネーゼ]]により[[チオ硫酸]]に代謝される<ref>木村英雄、「[http://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2013/06/85-02-02.pdf 硫化水素（H2S）の生理機能と医療応用]」、『生化学』、2013 第85巻 第2号、pp.63-75、2016年9月25日閲覧</ref>。

== 毒性 ==
[[労働安全衛生法]]の[[特定化学物質#第2類物質|第2類特定化学物質]]に毒薬指定をされている。化学的な反応性の高さによる皮膚粘膜への刺激性と[[ミトコンドリア]]に所在する[[シトクロムcオキシダーゼ]]の阻害が挙げられる。

シトクロムcオキシダーゼ阻害作用は非常に急速に発生する。高濃度での曝露を受けた場合には数呼吸で肺の酸素分圧が低下することによる呼吸麻痺を起こし、呼吸中枢が活動できなくなる結果昏倒に至る。この現象は「ノックダウン」とよばれる。皮膚粘膜への刺激性は中長期的な影響となり、[[気管支炎]]や[[肺水腫]]を起こす<ref>{{PDFlink|[http://www.j-poison-ic.or.jp/sanjyo/ryukasuiso.pdf 硫化水素]}}</ref><ref>環境科学辞典 東京化学同人 ISBN 4-8079-0255-5 等による。呼吸麻痺については極端に酸素濃度が低い気体（高純度の窒素・ヘリウム・二酸化炭素等）を吸った場合にも同様の現象が発生するとされる</ref>。年余にわたる微量の曝露では[[変異原性]]が指摘されている<ref>Attene-Ramos MS, Wagner ED, Plewa MJ, Gaskins HR. "Evidence that hydrogen sulfide is a genotoxic agent." ''Mol Cancer Res.'' 2006 Jan;4(1):9-14. {{PMID|16446402}}</ref>。

; 嗅覚の麻痺
: 硫化水素は独特の臭気があるが嗅覚を麻痺させる作用もあり、高濃度で匂いを感じなくなる<!-- やや高濃度では甘い臭いとなることもある -->。したがって濃度が致死量を超えていても嗅覚で知覚できないケースもある。知らずに近づいた[[登山]]者やスキー客・温泉客が死亡する例も見受けられる。

; 管理
: 鉱工業においてはビルの汚水槽や排水プラント等の下水道施設、化学工業・実験施設において事故が度々発生しており、このような場所での作業では監視・管理が法規制されている<ref>[http://labor.tank.jp/saigai/140311gesui.html 愛知県半田市の下水道清掃作業で硫化水素中毒 救助のための二次災害で多数の死亡者 労務情報安全センター]</ref>。

; 死亡
: 即死濃度に満たない濃度の硫化水素ガスを長時間吸引して死亡した場合、遺体に暗紫赤色や緑色を帯びた暗赤褐色の死斑が現れたり、遺体の臓器が灰緑色になったりすることがある。これらは血液に含まれる[[ヘモグロビン]]に硫化水素が作用し、硫化ヘモグロビンになることによる<ref>永野耐造・若杉長英 『現代の法医学 改定第3 版』 金原出版、1995年、159頁。</ref>。

:即死濃度(800〜1000ppm)以上の高濃度硫化水素ガスを吸引して死亡した場合、体内で形成される硫化ヘモグロビンの量が少ないため、死斑や血液の色調は通常の急死の場合とほぼ同じであり、遺体が緑色になるということはない<ref>[http://www3.kmu.ac.jp/legalmed/konan/kako08r.html 甲南大学法科大学院 隣接科目 (１年次配当) 2008年度のレポート問題]</ref>。

=== 救出 ===
前述の通りの毒性の高さや皮膚粘膜への刺激性や空気より重い性質などから、急性中毒者の不用意な救出は深刻な二次被害をもたらす危険がある。とくに、急性中毒者を助け起こそうとする試みは致命的なものとなる可能性がある。救助活動には空気呼吸器の着装が必須であり、[[化学防護服]]の着装が望ましいとされている。発生室内を不用意に換気するのも（空気より重いので拡散が遅く）周囲への二次被害の危険がある。各地の消防においては、簡易型硫化水素除去装置<ref>{{PDFlink|[http://www.ffaj-shobo.or.jp/ronbun/data/h20/h20_kiki01.pdf 硫化水素除去装置の開発について] 全国消防協会]}}</ref><ref>{{PDFlink|[http://www.fdma.go.jp/ugoki/h2009/2009_15-16.pdf 硫化水素による自殺事件の多発とその対策]}} 消防庁 消防研究センター</ref>等を配備し、安全濃度に至るまで活性炭に吸着させるなどの処置をとっている。引火性もあるため、救出時には火気への注意が必要である。

=== 治療 ===
急性中毒の治療は、まず外気に当てて衣服等に含まれる硫化水素を飛ばし、患者には100 %酸素を吸入させる。その際、[[ジャクソンリース]]のような再呼吸式の吸入具は有毒ガス呼出の妨げとなるため使用してはならない。

効果は疑わしいながらも解毒剤として示されているのは[[亜硝酸アミル]]などの[[亜硝酸]]化合物のみである。硫化水素の毒性は[[シアン化物]]と同様のシトクロムcオキシダーゼ阻害作用によるものである。解毒のメカニズムとしては、亜硝酸アミルが[[ヘモグロビン]]の[[ヘム]]鉄のFe{{sup|2+}}を酸化させてFe{{sup|3+}}の[[メトヘモグロビン]]となり、さらに硫化水素イオンがメトヘモグロビンのFe{{sup|3+}}と配位結合することによって、[[動物]][[ミトコンドリア]]の酸化型のシトクロムcオキシダーゼのFe{{sup|3+}}への硫化水素イオンの配位結合を防いで無毒化される。ただし、硫化水素はシアン化物に比べてメトヘモグロビンへの親和性が低く、亜硝酸アミルによるメトヘモグロビンの生成に時間がかかり、体内での硫化水素の分解時間が短いので効果が少ないとする考えもある<ref name=hiroshima.med>[http://www.hiroshima.med.or.jp/ishi/docs/0525/2012_025.pdf 硫化水素中毒への対応について] 広島県医師会</ref>。

硫化水素は血管壁の[[亜酸化窒素]]合成を阻害することが毒性の発現経路の一つであるためだが、曝露後数分以内に投与しなければ著効が期待できない。

最初の数時間を乗り切った重症患者は、のちに[[急性呼吸窮迫症候群|急性肺傷害]]を発病する危険性が高い。このため[[気管挿管]]と[[人工呼吸器]]管理が必要となるが、これらの処置を行う[[医療従事者]]は2次汚染を防ぐための万全の対策を以て臨んでいる<ref>[http://toxnet.nlm.nih.gov/cgi-bin/sis/search/f?./temp/~KONpxm:1:emerg TOXNET]{{リンク切れ|date=2016年1月}}</ref>。

=== 濃度対危険度 ===
{| class="wikitable"
|-
!濃度（単位：[[ppm]]）
!作用
|-
|1000 - 2000 (0.1 - 0.2 %)
|ほぼ即死
|-
|600
|約1時間で致命的中毒
|-
|200 - 300
|約1時間で急性中毒
|-
|100 - 200
|症状：嗅覚麻痺
|-
|50 - 100
|症状：気道刺激、結膜炎
|-
|5
|日本産業衛生学会における許容濃度
|-
|1
|労働安全衛生法における作業環境管理濃度
|-
|0.41
|不快臭
|-
|0.02 - 0.2
|[[悪臭防止法]]に基づく大気濃度規制値
|-
|{{val|0.00041}}
|臭いの閾値
|}

== 社会問題 ==
[[2007年]]頃より硫化水素を使用して[[自殺]]する事件が度々起こっており、2008年3月頃からは特に急増している。[[警察庁]]によると硫化水素による自殺者は2007年に通年で27件29人だったことに対し、2008年1月から5月の5か月間で489件517人にまで急増、11月には1000人を超えていると報告された<ref>[http://www.jiji.com/jc/zc?k=200806/2008061900241 硫化水素自殺、5カ月で517人＝今年急増、最多は20代－警察庁]時事通信 2008年6月19日{{リンク切れ|date=2016年1月}}</ref><ref>[http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008121100122 硫化水素自殺1000人超す＝1〜11月、高水準続く－警察庁]時事通信 2008年12月11日{{リンク切れ|date=2016年1月}}</ref>。

2009年11月17日に日本政府がまとめた[[自殺対策白書]]では、硫化水素ガス自殺において、自殺者数の増加と新聞やテレビなど[[マスメディア]]での露出は比例したと結論付けており、メディアの無秩序な報道が自殺増加の原因と考えられている<ref>{{cite news
 |url = http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20091117-566790.html
 |title = 自殺予防で政府白書、大量飲酒の対応必要
 |publisher = [[日刊スポーツ]]
 |date = 2009-11-17
}}{{リンク切れ|date=2016年1月}}</ref>。

この際、救助しようとした人間が巻き込まれたり、階下の住民が巻き添えとなった事例も報告されている。高い確実性のある自殺の具体的手法が[[インターネット]]上に多数流通していることを受け、[[京都府警察]]が[[プロバイダ]]にこれらの情報の削除を要求する事態にまで発展した。その後、警察庁は各都道府県[[警察本部]]に対し、硫化水素ガスの自殺目的での製造を教示する情報について、「情報自体から、違法行為を直接的かつ明示的に請負・仲介・誘引する情報」としてプロバイダ等に[[有害情報]]として削除等の措置を依頼することを求める[[通達]]を出した<ref>{{Cite web|和書|publisher=警察庁|author=警察庁生活安全局情報技術犯罪対策課長|date=2008-04-30 |accessdate=2008-06-09 |url=http://www.npa.go.jp/cyber/policy/suicide/image/H2Stsutatsu.pdf|title=警察庁丁情対発第33号 硫化水素ガスの製造を誘引する情報の取扱いについて}}{{リンク切れ|date=2016年1月}}</ref>。同通達別添によれば、[[インターネット・ホットラインセンター]]に対しても、業務委託仕様書上の位置付けとして同様の扱いを求めたとしている。

一部で「硫化水素で自殺すると綺麗に死ぬ」という主旨の記述が散見されるが<ref name="qlife20080424" /><ref name="techinsight20080613" />、実際には一般に入手できる材料を用いて高濃度の硫化水素ガスを発生させることは困難であるため<ref name="qlife20080424" />、致死量を吸い込む前に上記の通りの呼吸器系への傷害による痛みや麻痺による窒息<!--、強い頭痛・嘔吐や神経系へのダメージ -->を発症し、何時間も苦しんでから死亡する場合が多いとも言われる<ref name="qlife20080424">{{Cite web|和書
|date=2008-04-24
|url=http://www.qlife.jp/square/column/story249.html
|title=楽に死ねる方法など無い！硫化水素自殺の闇
|work=QLifeSQUARE
|publisher=QLife
|accessdate=2011-06-12
}}</ref><ref name="techinsight20080613">{{Cite web|和書
|author=松尾美紀
|date=2008-06-13
|url=https://japan.techinsight.jp/2008/06/matsuo0806131600.html
|title=「死の連鎖」を断ち切るための特別イベント開催。『ストップ！硫化水素自殺』の模様をライブ配信
|work=Techinsight Japan
|publisher=メディアプロダクツジャパン
|accessdate=2011-06-12
}}</ref>。前述のように硫化水素で中毒死した遺体には緑色の[[死斑]]も発生することや<ref name="qlife20080424" />、一般的に窒息死では死後の筋弛緩による死後排便・死後排尿が発生しうることもあり<ref>{{Cite book|和書
|author=鶴見済
|title=[[完全自殺マニュアル]]
|date=1993-07-07
|publisher=[[太田出版]]
|isbn=4-87233-126-5
}}</ref>、綺麗に死ねるとは言いがたい<ref name="qlife20080424" /><ref name="techinsight20080613" />。<!-- 社会への悪影響を考慮し、安易な自殺に使われるのを防ぐためにも、削除すべきではない -->

一部ではその毒性から、無差別[[テロ]]に悪用されるのではないかという指摘もある。実際、[[2008年]][[5月7日]]に硫化水素を使用しての[[強盗]]事件<ref>[https://web.archive.org/web/20080512133448/http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080507/crm0805071738021-n1.htm 消費者金融に硫化水素強盗 大阪・難波]{{リンク切れ|date=2016年1月}} 産経新聞 2008年5月7日</ref>や、[[10月14日]]には殺人未遂事件<ref>[http://www.asahi.com/national/update/1103/OSK200811030006.html asahi.com（朝日新聞社）：金銭トラブルから硫化水素で殺害企てる？ 広島・廿日市 - 社会]{{リンク切れ|date=2016年1月}}</ref>も発生している。

2008年より硫化水素が発生した際の救出訓練を行う場所も多くなった。[[京阪バス京田辺営業所|京阪宇治バス京田辺営業所]]では、2008年6月にバス車内で硫化水素が発生した際の避難および救出の訓練を実施した。この訓練の様子は[[日本放送協会|NHK]]のニュースでも放送された。

[[石膏ボード]]の廃棄費用による不法廃棄問題では、汚染された地域から硫化水素が発生した。

2016年には、[[神戸市]]で入浴剤とトイレ用洗剤を混合して硫化水素を発生させ、自殺に偽装しようとする事件も発生した<ref>[https://web.archive.org/web/20161028142405/http://www.sankei.com/west/news/161027/wst1610270054-n1.html 夫を硫化水素中毒にした女に懲役６年 殺人未遂罪 神戸地裁] 産経WEST 記事:2016.10.27</ref>。

== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}

=== 注釈・出典 ===
{{Reflist|30em}}

== 関連項目 ==
* [[硫黄泉]]
* [[安達太良山火山ガス遭難事故]]
* [[タコマ (ワシントン州)]] - アメリカの町で、製紙工場などから排出された硫化水素を含む全還元性硫黄(Total reduced sulfur、略称：TRS。還元性硫黄の総称)による臭いが話題になった（[[:en:Aroma of Tacoma]]参照）。
* [[水の性質|水]]
* [[セレン化水素]]
* [[テルル化水素]]
* [[ポロニウム化水素]]
* [[カルコゲン化水素]]
* [[酸素欠乏危険作業主任者]]

== 外部リンク ==
* [https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_05929.html 酸素欠乏症・硫化水素中毒による労働災害発生状況] - [[厚生労働省]]
* [https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/7783-06-4.html 職場のあんぜんサイト：化学物質：硫化水素] - 厚生労働省
* {{PDFlink|[https://www.nihs.go.jp/hse/cicad/full/no53/full53.pdf 国際化学物質簡潔評価文書 硫化水素：ヒトの健康への影響]}} - 国立医薬品食品衛生研究所
* {{Kotobank}}

{{硫黄の化合物}}
{{水素の化合物}}

{{Normdaten}}
{{DEFAULTSORT:りゆうかすいそ}}
[[Category:硫化物]]
[[Category:水素の化合物]]
[[Category:有毒ガス]]
[[Category:特定悪臭物質]]
[[Category:超伝導]]
[[Category:カール・ヴィルヘルム・シェーレ]]