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{{化学工学}} '''移動現象論'''(いどうげんしょうろん、{{lang-en-short|transport phenomena}})は、'''輸送現象論'''、'''移動速度論'''とも呼ばれ、[[物質]](成分)、[[熱]]、[[運動量]]などの[[物理量]]が[[移動]]する現象を扱う[[工学]]の一分野である。 == 歴史 == 流体中における運動量、[[伝熱|熱]]および[[物質移動|物質]]の移動現象については、それぞれの分野でデータの蓄積を中心に個別的かつ経験的に発展してきたが、それらがいずれも類似の基本法則に支配されることに着目し、共通の視点から取り扱う新しい工学体系として提案したのはBird (1960)<ref>{{Cite book|author = R. B. Bird|author2 = W. E. Stewart|author3 = E. N. Lightfoot|year = 1960|title = Transport Phenomena}} - この分野の古典的名著であり、[[化学工学]]を専門とする人間にとってはバイブル的な存在となっている。</ref>であった<ref>{{cite|和書|author=浅野康一|publisher=丸善|title=物質移動の基礎と応用|year=2004|isbn=4-621-07356-7}}</ref>。 == 移動現象を表す方程式 == 移動現象は物理学や化学のさまざまな分野で現れ、その法則も類似している。一般に、物理量の空間[[勾配 (ベクトル解析)|勾配]]を駆動力にして、それに比例した大きさの[[流束]](単位時間、単位面積当たりに移動する物理量)が生じるという形になっている。このときの比例係数を一般に'''[[輸送係数]]'''とよぶ。 各現象の名称については、[[熱交換]]、[[物質交換]]などのように、「移動」を「交換」と呼び換えることがある。 ; 運動量移動 :[[流体力学]]の分野の[[ニュートン流体|ニュートンの粘性の法則]]によると、[[せん断応力]](運動量流束)τ{{sub|''xy''}} は{{仮リンク|せん断速度|en|Shear velocity}}(速度''v{{sub|x}}'' の勾配)に比例する: ::<math>\tau_{xy} = - \mu \frac{\partial v_x}{\partial y}.</math> :比例係数μは[[粘性係数]]と呼ばれる。 ; 熱移動 :[[伝熱工学]]の分野の[[熱伝導|フーリエの法則]]によると、熱流束''q'' は温度''T'' の勾配に比例する: ::<math>q = -\lambda\frac{\partial T}{\partial y}.</math> :比例係数λ は[[熱伝導率]]と呼ばれる。 ; 物質移動 :[[拡散]]に関する[[フィックの法則|フィックの拡散の(第一)法則]]によると、質量流束''j'' は濃度''c'' の勾配に比例する: ::<math>j= - D\frac{\partial c}{\partial y}.</math> :比例係数''D'' は[[拡散係数]]と呼ばれる。 ; 電荷移動 :[[電磁気学]]における[[電気伝導]]によると、[[電流密度]](電荷の流束)''J'' は[[電界]]''E'' ([[電位]]''V'' の勾配)に比例する: ::<math>J = \sigma E = - \sigma\frac{\partial V}{\partial x}.</math> :比例係数σ は[[電気伝導率]]と呼ばれる。 == 拡散現象を表す方程式 == それぞれの物理量に対応する[[保存則]]から、物理量の時間変化は流束の[[発散 (ベクトル解析)|発散]]で表される。上記の各例についてこのことを定式化すると、以下の[[拡散方程式]]で表される。 ; 運動量の拡散 :<math>\rho\frac{\partial v_x}{\partial t} = \mu \left(\frac{\partial^2 v_x}{\partial x^2} + \frac{\partial^2 v_x}{\partial y^2}\right)</math> ; 熱拡散(熱伝導方程式) :<math>\rho c_\mathrm{p}\frac{\partial T}{\partial t} = \lambda \frac{\partial^2 T}{\partial x^2}</math> ; 物質拡散(フィックの拡散の第二法則) :<math>\frac{\partial c}{\partial t} = D \frac{\partial^2 c}{\partial x^2}</math> ; 電荷の拡散 :[[電荷保存則]]から電荷(または電位)の拡散方程式が導かれる可能性があるが、そのような方程式は未だ知られていない。 ; 磁場の拡散 : [[磁気流体力学]]においては、拡散方程式に類似する次の方程式がある<ref>{{cite|和書 |author=谷口尚司 |author2=八木順一郎 |title=材料工学のための移動現象論 |publisher=東北大学出版会 |year=2001 |isbn=4-925085-44-1 |page=86}}</ref>。これは誘導方程式と呼ばれる。 ::<math>\frac{\partial\boldsymbol{B}}{\partial t} = \frac{1}{\mu\sigma}\nabla^2\boldsymbol{B} + \operatorname{rot}(\boldsymbol{v}\times\boldsymbol{B})</math> : ここで'''''B''''' は[[磁束密度]]、μは[[透磁率]]、σは[[導電率]]、1/(μσ)は{{仮リンク|磁気拡散係数|en|Magnetic diffusivity}}、'''''v''''' は速度である。 == 無次元数による比較 == 上記の各移動現象は同時に起こることも多く、各流束の大きさの比較が重要になることがある。粘性係数は[[粘度#動粘度|動粘性係数]]νで、熱伝導率は[[熱拡散率]]α で考えると(拡散係数はそのままでよい)全て単位がm{{sup|2}}/sとなる。そのため、それぞれの値の比をとった[[無次元数]]を調べることにより、大きさの比較をすることができる。 * 動粘性と熱拡散率の比を[[プラントル数]]という。 * 動粘性と物質拡散の比を[[シュミット数]]という。 * 熱拡散と物質拡散の比を[[ルイス数]]という。 == アナロジー == * 運動量移動について、移動方向に流れがある場合の運動量流束{{math|τ<sub>f</sub>}} は抵抗係数{{math|''f''}} を用いて{{math|τ<sub>f</sub> {{=}} -''f''ρ''v<sub>x</sub>''<sup>2</sup>/2}} で表すことができる。これと流れがない場合の流束との比は次式のように抵抗係数と[[レイノルズ数]]で表される。 *::<math>\frac{-f\rho v_x^2 /2}{-\mu v_x/y}=\frac{f Re_y}{2}</math> * 熱移動について、流れがある場合の熱流束{{math|''q''<sub>f</sub>}} は熱伝達率{{math|''h''}} を用いて{{math|''q''<sub>f</sub> {{=}} -''hΔT''}} であるから、流れがない場合の熱流束との比は[[ヌセルト数]]{{math|''Nu''}} または[[スタントン数]]{{math|''St''}} で表される。 *::<math>\frac{-h\Delta T}{-\lambda \Delta T/\Delta y}=Nu=St\,Re\,Pr</math> * 物質移動についても同様にして、流れがある場合とない場合の質量流束の比は[[シャーウッド数]]{{math|''Sh''}} で表される。 上記における運動量流束の比と熱流束の比は同じ流れでは等しいとすることで各種の相関式が提案されている。<ref>{{cite|和書 |editor= |author=菊池義弘|author2=松村幸彦 |title=伝熱学 |edition= |publisher=共立出版 |year=2006 |isbn=4-320-08156-0 |page=185}}</ref>熱流束を質量流束に置き換えて作った相関式も成り立つ。 ;レイノルズのアナロジー([[:en:Reynolds analogy]]) :レイノルズは、さらにヌセルト数がプラントル数にも比例すると考え次式を導いた。この式はプラントル数が1の場合、実験的に成り立つ。 ::<math>Nu=\frac{f}{2} Re_y Pr</math> または <math>St=\frac{f}{2}</math> ;プラントル・テイラーのアナロジー :レイノルズのアナロジーに対してプラントル数が1から外れた場合に、[[境界層|粘性底層]]を考慮してプラントルが提案した。粘性底層を実際より厚く見積もるため熱伝達は過小評価されている<ref name=aihara80>{{harvnb|相原|2009|p=80}}</ref>。 :*平板に沿った流れについて <math>St_x=\frac{f_x}{2}\frac{1}{1+2.11Re_x^{-0.1}(Pr-1)}</math> :*管内流について <math>St=\frac{f}{2}\frac{f}{1+1.99Re^{-0.125}(Pr-1)},\quad f=\frac{T_\mathrm{w}-T_\mathrm{c}}{T_\mathrm{w}-T_\mathrm{m}}\frac{u_\mathrm{m}}{u_\mathrm{c}}</math> ::ここで{{math|''T''}} は温度、{{math|''u''}} は流速、添え字のwは壁面、mは平均値、cは管軸上を表す。 ; カルマンのアナロジー : プラントル・テイラーのアナロジーからさらに、粘性底層と乱流層の間の遷移層を考慮したアナロジー式。{{math|''Pr'' {{=}} 0.5~10}}で実験値とよく一致する。ベルタら、マルチネリによって拡張され、'''カルマン・ベルタ・マルチネリのアナロジー'''とも呼ばれる<ref name=aihara80/>。 ; コルバーンのアナロジー : 等温円管内の発達した乱流熱伝達の実験結果に基づいた経験式{{sfn|相原|2009|p=76}}。{{math|''j''<sub>H</sub>}} はコルバーンのj因子と呼ばれる。平板の乱流熱伝達についても成り立つ。 ::<math>j_\mathrm{H}\equiv StPr^{2/3}=\frac{f}{2}</math> ; マルチネリのアナロジー : 低プラントル数{{math|''Pr'' {{=}} 0.004~0.06}} の[[液体金属]]について、熱流束一様の円管で用いられる<ref name=aihara81>{{harvnb|相原|2009|p=81}}</ref>。 ; リョンの式 : マルチネリのアナロジーは数式が複雑なため提案された簡便な式<ref name=aihara81/>。 ::<math>Nu_d=7+0.025(PrRe_d)^{0.8},\quad Pr<0.1,\quad 10^2<PrRe_d<10^6</math> ; Subbotinの式 : リョンの式と同様、マルチネリのアナロジーの簡便化された式だが、清浄な液体金属の実験値によく合うと言われる<ref name=aihara81/>。 ::<math>Nu_d=5+0.025(PrRe_d)^{0.8}</math> ; チルトン・コルバーンのアナロジー([[:en:Chilton and Colburn J-factor analogy]]) :熱移動と物質移動のアナロジーを表す相関式<ref>{{cite|和書 |editor= |author=田門肇 |title=現場の疑問を解決する乾燥技術実務入門 |edition= |publisher=日刊工業新聞社 |year=2012 |isbn=978-4-526-06969-7 |page=10}}</ref>。{{math|''h''}}は熱伝達率、{{math|''k''}}は物質移動係数、{{math|''Sc''}}はシュミット数。たとえば空気-水蒸気系では<math>Sc/Pr \simeq 0.62/0.7 \simeq 1</math>であるため[[ルイスの関係]]が成り立つ。 ::<math>\frac{h}{k} = c_p\left(\frac{Sc}{Pr}\right)^\frac{2}{3}</math> == 脚注 == {{Reflist}} == 参考文献 == * {{cite|和書 |editor= |author=相原利雄 |title=エスプレッソ伝熱工学 |edition= |publisher=裳華房 |year=2009 |isbn=978-4-7853-6023-8 |page=80 |ref={{harvid|相原|2009}}}} == 関連項目 == *[[物質移動]] *[[気体分子運動論]] <!--*[[アナロジー]] **{{仮リンク|チルトン・コルバーンのアナロジー|en|Chilton and Colburn J-factor analogy}} - 熱移動と物質移動の間に成り立つアナロジー--> {{authority control}} {{DEFAULTSORT:いとうけんしようろん}} [[Category:化学工学]] [[Category:物理化学]] [[Category:移動現象|*]]
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