算術級数定理のソースを表示

{{出典の明記|date=2015年11月}}
'''算術級数定理'''（さんじゅつきゅうすうていり、theorem on arithmetic progressions）は、初項と公差が[[互いに素 (整数論)|互いに素]]である算術級数([[等差数列]])には無限に[[素数]]が存在する、という[[定理]]である。[[ペーター・グスタフ・ディリクレ]]が[[1837年]]に[[ディリクレのL関数]]を用いて初めて証明した。そのため、定理はしばしば'''ディリクレの算術級数定理'''と呼ばれる。

== 概要 ==
定理の言い換えとして、<math>\gcd(a, b)=1</math> である自然数 ''a'', ''b'' に対し、<math>an + b</math> (n は[[自然数]])と書ける素数が無限に存在する、としてもよい。さらに、そのような素数の逆数和は発散し、 ''x''以下の該当する素数の逆数の和は<math>\sim (\log\log x) /\varphi(a)</math>を満たす。

この定理は[[カール・フリードリヒ・ガウス|ガウス]]が予想したとされるが、証明は[[1837年]]に[[ペーター・グスタフ・ディリクレ|ディリクレ]]が[[L関数]]を導入して行った。
[[ユークリッド]]による素数が無限に存在するという定理を越えて、近代の数学が大きく進歩したことを示した。

== 算術級数の素数定理 ==
公差が ''a'' である等差数列は初項を 1 から <math>a-1</math> の間に取るときその初項が ''a'' と互いに素であるものが <math>\varphi(a)</math> 通りある。ここで <math>\varphi(a)</math> は[[オイラーのφ関数]]である。これら <math>\varphi(a)</math> 個の等差数列に素数はそれぞれほぼ均等に分布している。[[素数定理]]の拡張として、次のように書ける。

:初項 ''b'' と公差 ''a'' が互いに素である等差数列に含まれる素数で、''x'' 以下のものの数を <math>\pi_{a,b}(x)</math> で表すとき、
::    <math>\pi_{a,b}(x) \sim \frac{1}{\varphi(a)}\mathrm{Li}(x)</math> 

ディリクレが算術級数定理を証明した当時、素数定理もまだ証明されていなかったためこの形は予想に過ぎなかったが、後に素数定理と同様に{{仮リンク|シャルル＝ジャン・ド・ラ・ヴァレー・プーサン|fr|Charles-Jean de La Vallée Poussin}}によって証明された。この定理を[[算術級数の素数定理]]と呼ぶ。

== 証明 ==
素数が無数に存在するということは古代から知られてきた事実であるが、[[リーマンゼータ関数|ゼータ関数]]のオイラー乗積表示にも端的に顕われている。
:<math>\zeta(s)=\sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{n^s}=\prod_p\frac{1}{1-p^{-s}}</math>
この左辺のゼータ関数は<math>s=1</math>に極を持つから、右辺も発散しなければならず、そのためには無限個の素数が存在しなければならない。これに倣い、任意の算術級数に含まれる素数で構成された総和が発散することをもってディリクレの算術級数定理が証明される。

=== 記号 ===
以下の記号を用いる。
*<math>(d,n)</math>は<math>d</math>と<math>n</math>の[[最大公約数]]を表す。
*<math>\varphi(d)</math>は[[オイラー関数]](totient)を表す。
*<math>\chi</math>は[[ディリクレ指標]](Dirichlet's characteristic)を表す。
*<math>\sum_p</math>は全ての素数について和を取ることを示す。
*<math>\sum_{p\equiv{k}}</math>は法<math>d</math>で<math>k</math>と合同な全ての素数について和を取ることを示す。
*<math>\sum_\chi</math>は法<math>d</math>の全てのディリクレ指標について和を取ることを示す。

=== ディリクレ指標 ===
整数から複素数への写像<math>\chi:\mathbb{Z}\mapsto\mathbb{C}</math>で下記の性質を満たすものを法<math>d</math>の[[ディリクレ指標]]という。
:<math>(d,n)=1\Leftrightarrow\chi(n)\ne0</math>
:<math>\chi(n_1)\chi(n_2)=\chi(n_1n_2)</math>
:<math>\chi(n+d)=\chi(n)</math>
特に、<math>\chi_0(n)\ne0</math>ならば<math>\chi_0(n)=1</math>となる<math>\chi_0(n)</math>を自明な指標と呼ぶ。
正の整数<math>d</math>につき<math>\varphi(d)</math>個のディリクレ指標があり、それらは[[群 (数学)|群]]を成す。ディリクレ指標には直交性がある。
:<math>\sum_{n=1}^{d}\chi(n)=\begin{cases}\varphi(d)&\chi=\chi_0\\0&\chi\ne\chi_0\end{cases}</math>
:<math>\sum_{\chi}\chi(n)=\begin{cases}\varphi(d)&n\equiv1\\0&n\not\equiv1\end{cases}</math>

=== ディリクレ級数 ===
次式の形の[[級数]]を[[ディリクレ級数]]という。
:<math>\sum_{n=1}^{\infty}\frac{a_n}{n^s}</math>
ディリクレ級数は、
:<math>\left|\sum_{n=1}^{\infty}\frac{a_n}{n^s}\right|\le\sup{|a_n|}\sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{n^{\real{s}}}\le\sup{|a_n|}\left(1+\int_{u=1}^{\infty}\frac{du}{u^{\real{s}}}\right)</math>
であるから、<math>a_n</math>が有界であれば<math>\real{s}>1</math>で[[絶対収束]]し、<math>\real{s}>1</math>の[[コンパクト (数学)|コンパクト]]な部分領域で絶対一様収束する。更に、
:<math>\sum_{n=N}^{M}\frac{a_n}{n^s}=\sum_{n=N}^{M}\sum_{m=1}^{n}a_m\left(\frac{1}{n^s}-\frac{1}{(n+1)^s}\right)-\sum_{m=1}^{N-1}\frac{a_m}{N^s}+\sum_{m=1}^{M}\frac{a_m}{(M+1)^s}</math>
:<math>\left|\frac{1}{n^s}-\frac{1}{(n+1)^s}\right|=\left|s\int_{u=n}^{n+1}\frac{du}{u^{s+1}}\right|\le|s|\int_{u=n}^{n+1}\frac{du}{u^{\real{s}+1}}\le\frac{|s|}{\real{s}}\left(\frac{1}{n^{\real{s}}}-\frac{1}{(n+1)^{\real{s}}}\right)=\frac{|s|}{\real{s}}O\left(n^{\real{s}+1}\right)</math>
であるから、<math>\sum{a_n}</math>が有界であれば<math>\real{s}>0</math>で[[収束級数|収束]]し、<math>\real{s}>0</math>のコンパクトな部分領域で一様収束する。

=== ディリクレのエル関数 ===
ディリクレ指標<math>\chi</math>によるディリクレ級数で定義される関数をディリクレの[[L関数|エル関数]]という。
:<math>L(s,\chi)=\sum_{n=1}^{\infty}\frac{\chi(n)}{n^s}</math>
右辺のディリクレ級数は<math>\real{s}>1</math>で絶対収束する。また、<math>\chi\ne\chi_0</math>であれば、指標の直交性により<math>\left|\sum\chi(n)\right|{\le}\varphi(d)</math>であるから、<math>L(s,\chi)</math>は<math>\real{s}>0</math>で一様収束して正則である。<math>L(s,\chi_0)</math>については、法<math>d</math>と素な素数<math>q</math>を任意に選び、
:<math>Q(s)=\left(1-\frac{q}{q^s}\right)L(s,\chi_0)=\sum_{n=1}^{\infty}\frac{\chi_0(n)}{n^s}-\sum_{m=1}^{\infty}\frac{q\chi_0(m)}{(qm)^s}=\sum_{n=1}^{\infty}\frac{b_n}{n^s}</math>
:<math>b_n=\begin{cases}\chi_0(n)-q\chi_0(n/q)&q|n\\\chi_0(n)&\mbox{otherwise}\end{cases}</math>
とすると<math>\left|\sum{b_n}\right|{\le}q\varphi(d)</math>であるから、<math>Q(s)</math>は<math>\real{s}>0</math>で一様収束して正則である。従って、
:<math>L(s,\chi_0)=\frac{Q(s)}{1-\frac{q}{q^s}}</math>
は<math>s=1+2{\pi}in/\log{q}</math>に高々位数1の極を持つことを除き<math>\real{s}>0</math>で正則である。整数の素因数分解の一意性と<math>\chi(n_1)\chi(n_2)=\chi(n_1n_2)</math>により
:<math>L(s,\chi)=\sum_{n=1}^{\infty}\frac{\chi(n)}{n^s}=\prod_p\left(1+\sum_{k=1}^{\infty}\frac{\chi(p^k)}{p^{ks}}\right)=\prod_p\frac{1}{1-\frac{\chi(p)}{p^s}}\qquad(\real{s}>1)</math>
と表され、これをエル関数のオイラー乗積表示という。

=== 補題 ===
<math>L(1,\chi)\ne0</math>である。この補題は算術級数定理の証明の要である。この補題については複数の証明が知られているが、ここでは全面的に複素関数論に頼りながら比較的簡潔な証明を示す。複素関数論の中でも次に挙げる事実が特に重要となる。
* [[正則関数]]の列が[[一様収束]]するとき、その極限は正則関数である。
* 局所的に一致する正則関数は大域的にも一致する。
* 正則関数の零点の位数は整数である。

既に示したように、<math>L(s,\chi_0)</math>が<math>s=1</math>に高々位数1の極を持つことを除き<math>L(s,\chi)</math>は正の実軸上で正則である。従って、
:<math>\lambda(s)=\prod_{\chi}L(s,\chi)</math>
は<math>s=1</math>に高々位数1の極を持つことを除き正の実軸上で正則である。対数を取ると
:<math>\begin{align}
\log\lambda(s) &=\log\prod_{\chi}\prod_{p}\frac{1}{1-\chi(p)p^{-s}}\\
&=\sum_{\chi}\sum_{p}\log\frac{1}{1-\chi(p)p^{-s}}\\
&=\sum_{\chi}\sum_{p}\sum_{n\ge1}\chi(p^n)p^{-ns}\\
&=\sum_{p}\sum_{n\ge1}\frac{\sum_{\chi}\chi(p^n)}{(p^n)^s}\\
&=\sum_{k\ge2}\frac{c_k}{k^{s}}\\
\end{align}</math>
:<math>c_k=\begin{cases}
\sum_{\chi}\chi(k),&k\in\{p^n\}\\
0,&\mbox{otherwise}\\
\end{cases}</math>
となるが、<math>\{c_k\}</math>が有界であるから右辺は<math>\real{s}>1</math>で絶対収束する。
:<math>\begin{align}
\sum_{k\ge2}\frac{c_k}{k^s} &=\sum_{k\ge2}\frac{c_k}{k^2k^{s-2}}\\
&=\sum_{k\ge2}\frac{c_k}{k^2}e^{-(\log{k})(2-s)}\\
&=\sum_{k\ge2}\frac{c_k}{k}\sum_{m=0}^{\infty}\frac{(\log{k})^m}{m!}(2-s)^m\\
\end{align}</math>
は少なくとも<math>1<s<2</math>で絶対収束するから、和の順序を交換して[[テイラー級数]]
:<math>\sum_{k\ge2}\frac{c_k}{k^s}=\sum_{m=0}^{\infty}\left(\sum_{k\ge2}\frac{c_k(\log{k})^m}{k}\right)\frac{(2-s)^m}{m!}</math>
が得られる。テイラー級数は収束円内で絶対収束するから、その収束円の半径を<math>r</math>とすると、和の順序を交換した左辺のディリクレ級数も<math>|2-s|<r</math>で収束する。しかし、<math>s=1/\varphi(d)</math>を代入すると、
:<math>\begin{align}\sum_{k\ge2}\frac{c_k}{k^{1/\varphi(d)}}&=\sum_{p}\sum_{n\ge1}\frac{\sum_{\chi}\chi(p^n)}{(p^n)^{1/\varphi(d)}}\\
&\ge\sum_{p}\sum_{m\ge1}\frac{\sum_{\chi}\chi(p^{m\varphi(d)})}{(p^{m\varphi(d)})^{1/\varphi(d)}}=\sum_{p}\sum_{m\ge1}\frac{\sum_{\chi}\chi^{\varphi(d)}(p^{m})}{(p^{m})}=\sum_{p}\sum_{m\ge1}\varphi(d)
\end{align}</math>
となって発散する。従って、<math>r<2</math>である。<math>|2-s_0|=r</math>となる特異点<math>s_0</math>があり、
:<math>\log\lambda(s_0)=\sum_{k\ge2}\frac{c_k}{k^{s_0}}</math>
は発散する。仮りに<math>\image{s_0}\ne0</math>であるとすれば、
:<math>\left|\sum_{k\ge2}\frac{c_k}{k^{s_0}}\right|\le\left|\sum_{k\ge2}\frac{c_k}{k^{\real{s_0}}}\right|</math>
であるから、<math>\log\lambda(s_0)</math>が発散するためには<math>\log\lambda(\real{s_0})</math>が発散しなければならない。しかし、<math>\real{s_0}</math>は収束円の内部にあるから<math>\log\lambda(\real{s_0})</math>は収束する。従って、<math>\image{s_0}=0</math>である。<math>\forall{k},c_k\ge0</math>であるから、級数が収束するかぎり、実軸上では<math>\log\lambda(s)\ge0</math>であり、<math>\lambda(s)\ge1</math>である。従って、<math>\lambda(s_0)</math>は極でなければならず、そのためには<math>s_0=1</math>であり、<math>L(1,\chi_0)=\infty</math>であり、且つ、他は全て<math>L(1,\chi)\ne0</math>でなければならない。

=== 算術級数定理の証明 ===
<math>d,k</math>を互いに素な整数とするとき、算術級数<math>dn+k</math>が無数の素数を含むことを示す。エル函数のオイラー乗積表示の対数を取り、
:<math>\begin{align}
\log{L(s,\chi)} &=\log\prod_{p}\frac{1}{1-\chi(p)p^{-s}}=\sum_{p}\sum_{n\ge1}\frac{\chi(p^n)}{p^{ns}}\qquad(s>1)\\
&=\sum_{p}{\frac{\chi(p)}{p^s}}+O(1)\\
&=\sum_{j=1}^{d}\chi(j)\sum_{p\equiv{j}}{\frac{1}{p^s}}+O(1)\\
\end{align}</math>
である。<math>\overline\chi(k)</math>を乗して総和を取り、ディリクレ指標の直交性により、
:<math>\begin{align}
\sum_{\chi}\overline\chi(k)\log{L(s,\chi)} &=\sum_{\chi}\sum_{j=1}^{d}\overline\chi(k)\chi(j)\sum_{p\equiv{j}}{\frac{1}{p^s}}+O(1)\qquad(s>1)\\
&=\sum_{\chi}\sum_{j=1}^{d}\chi(j\overline{k})\sum_{p\equiv{j}}{\frac{1}{p^s}}+O(1)\\
&=\varphi(d)\sum_{p\equiv{k}}{\frac{1}{p^s}}+O(1)\\
\end{align}</math>
である。但し、<math>\overline\chi(k)</math>は<math>\chi(k)</math>の複素共役を表す。補題により、<math>L(s,\chi_0)</math>は<math>s=1</math>に極を持ち、他の<math>L(s,\chi)</math>は<math>s=1</math>で正則であり、且つ、<math>L(1,\chi)\ne0</math>であるから、左辺は<math>s=1</math>で有界ではない。従って、右辺も<math>s\to1+</math>で発散しなければならず、そのためには<math>p\equiv k</math>となる素数が無数に存在しなければならない。

== 脚注 ==
<references/>

== 関連項目 ==
*[[算術級数の素数定理]]

{{DEFAULTSORT:さんしゆつきゆうすうていり}}
[[Category:数論の定理]]
[[Category:ゼータ関数とL関数]]
[[Category:素数]]
[[Category:ペーター・グスタフ・ディリクレ]]
[[Category:数学に関する記事]]