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[[数学]]の特に[[線型代数学]]における'''線型汎函数'''（せんけいはんかんすう、{{lang-en-short|''linear functional''}}）は、[[ベクトル空間]]からその[[係数体]]への[[線型写像]]をいう。'''線型形式''' {{lang|en|(''linear form'')}} 若しくは[[一次形式]] {{lang|en|(one-form)}} あるいは'''余ベクトル''' {{lang|en|(''covector'')}} ともいう。 

[[ユークリッド空間]] '''R'''<sup>''n''</sup> の[[幾何ベクトル|ベクトル]]を[[列ベクトル]]として表すならば、線型汎函数は[[行ベクトル]]で表され、線型汎函数のベクトルへの作用は[[点乗積]]として、若しくは左から行ベクトルと右から列ベクトルとを[[行列の乗法]]で掛け合わせることで与えられる。

一般に、[[可換体|体]] ''k'' 上の[[ベクトル空間]] ''V'' に対し、その上の線型汎函数とは ''V'' から ''k'' への写像 ''f'' であって、[[線型性]]
:<math>\begin{align}
f(v+w) &= f(v)+f(w) & (v,w\in V), \\
f(av) &= af(v) & (a\in k, v\in V)
\end{align}</math>
を満たすものを言う。''V'' から ''k'' への線型汎函数全体の成す集合 Hom<sub>''k''</sub>(''V'',&thinsp;''k'') はそれ自体が ''k'' 上のベクトル空間を成し、''V'' の[[双対空間]]と呼ばれる（[[連続的双対空間]]と区別する必要がある場合には'''代数的双対空間'''とも呼ばれる）。考えている係数体 ''k'' が明らかなときは、''V'' の双対空間はしばしば ''V''<sup>&lowast;</sup> または ''V''&prime; で表される。

== 連続線型汎函数 ==
{{see also|連続線型汎函数}}

''V'' が[[位相線型空間]]であるとき、[[連続写像|連続]]な線型汎函数全体の成す空間（[[連続的双対空間]]）をしばしば単に「双対空間」と呼ぶ。''V'' が[[バナッハ空間]]ならば、''V'' は位相線型空間となるから、その連続線型汎函数の全体は ''V'' の連続的双対になる。連続的双対と区別して、通常の双対空間であることを強調したいときにはこれを代数的双対という。[[ハメル次元|有限次元]]ならば全ての汎函数が線型であるから連続的双対と代数的双対は一致するが、無限次元の場合には必ずしも一致しない。

== 例と応用 ==
=== '''R'''<sup>''n''</sup> の線型汎函数 ===
実[[数ベクトル空間]] '''R'''<sup>''n''</sup> におけるベクトルを縦ベクトル
:<math>x = \begin{pmatrix}x_1\\ \vdots\\ x_n\end{pmatrix}</math>
で表すことにすると、任意の線型汎函数はこの座標系に関して
:<math>f(x) = a_1x_1 + \cdots + a_n x_n</math>
の形の和に書くことができる。これはちょうど、横ベクトル (''a''<sub>1</sub>, …,  ''a''<sub>''n''</sub>) と縦ベクトル ''x'' との行列の積として
:<math>f(x) = (a_1 \dots a_n) \begin{pmatrix}x_1\\ \vdots\\ x_n\end{pmatrix}</math>
のようにも書くことができるという意味で ''f'' = (''a''<sub>1</sub>, …,  ''a''<sub>''n''</sub>) である。

=== 汎函数としての積分 ===
線型汎函数が初めて現れたのは、[[函数解析学]]における[[函数空間|函数の成すベクトル空間]]の研究に際してである。[[積分法|積分]]は線型汎函数の典型例で、[[リーマン積分]]
:<math>I(f) = \int_a^b f(x)\,dx</math> 
によって与えられる汎函数は、区間 &#x5b;''a'', ''b''&#x5d; 上の連続函数全体の成すベクトル空間 ''C''&#x5b;''a'', ''b''&#x5d; から実数全体 '''R''' への線型汎函数になる。''I''(''f'') の線型性は、積分に関して
:<math>\begin{align}
 I(f+g) &= \int_a^b(f(x)+g(x))\,dx\\
 &= \int_a^b f(x)\, dx + \int_a^b g(x)\,dx = I(f)+I(g)\\[5pt]
 I(\alpha f) &= \int_a^b \alpha f(x)\,dx\\
 &= \alpha\int_a^b f(x)\, dx = \alpha I(f)
\end{align}</math>
が成り立つという標準的な事実から従う。

=== 評価写像 ===
区間 &#x5b;''a'', ''b''&#x5d; 上で定義される次数 ''n'' 以下の実係数多項式全体の成すベクトル空間を ''P''<sub>''n''</sub> とし、''c'' &isin; &#x5b;''a'', ''b''&#x5d; とするとき、評価汎函数 ev<sub>''c''</sub>: ''P''<sub>''n''</sub> &rarr; '''R''';
:<math>\operatorname{ev}_c f = f(c)</math>
は線型汎函数になる。実際、
:<math>\begin{align}
\operatorname{ev}_c(f+g) &= (f+g)(c) = f(c) + g(c)=\operatorname{ev}_c(f)+\operatorname{ev}_c(g), \\
\operatorname{ev}_c(\alpha f) &= (\alpha f)(c) = \alpha f(c) = \alpha \operatorname{ev}_c(f)
\end{align}</math>
である。

''x''<sub>0</sub>, …, ''x''<sub>''n''</sub> を区間 &#x5b;''a'', ''b''&#x5d; 内の相異なる ''n'' + 1 個の点とすると、''n'' + 1 個の評価汎函数 ev<sub>''x''{{sub|''i''}}</sub> (''i'' = 0, 1, …, ''n'') は ''P''<sub>''n''</sub> の双対空間の[[基底 (線型代数学)|基底]]を成す（{{harvtxt|Lax|1996}} に[[ラグランジュ補間]]を用いた証明がある）。

=== 求積法への応用 ===
上で述べた積分汎函数 ''I'' は、次数 ''n'' 以下の多項式全体の成す ''C''&#x5b;''a'', ''b''&#x5d; の[[線型部分空間|部分空間]] ''P''<sub>''n''</sub> 上の線型汎函数を定める。''x''<sub>0</sub>, …, ''x''<sub>''n''</sub> が &#x5b;''a'', ''b''&#x5d; の相異なる ''n'' + 1 個の点ならば、''P''<sub>''n''</sub> の任意の元 ''f'' に対して
:<math>I(f) = a_0 f(x_0) + a_1 f(x_1) + \dots + a_n f(x_n)</math>
を満たす係数 ''a''<sub>0</sub>, &hellip;, ''a''<sub>''n''</sub> が定まる。これが[[数値求積法]]の理論の基礎を成している。

この事実から、上で述べた評価汎函数 ev<sub>''x''{{sub|''i''}}</sub>&nbsp;: ''&fnof;'' &rarr; ''&fnof;''(''x''<sub>''i''</sub>) は ''P''<sub>''n''</sub> の双対空間の基底を成すことがわかる{{harv|Lax|1996}}。

=== 量子力学における線型汎函数 ===
線型汎函数は[[量子力学]]において特に重要である。量子力学における系は、自身の双対空間と[[反線型]][[線型同型|同型]]であるような[[ヒルベルト空間]]によって表される。量子力学系の状態はヒルベルト空間上の線型汎函数と同一視することができる。詳細は[[ブラ・ケット記法]]を参照。

=== シュヴァルツ超函数 ===
[[超函数]]論において、[[シュヴァルツ超函数]]と呼ばれる種類の超函数は[[試験函数]]の空間上の線型汎函数として実現される。

== 性質 ==
* 任意の線型汎函数は、必ず係数体の上への[[全射]]か自明（至る所 0 に等しい）かのいずれかである。実際、部分空間の線型写像による像はふたたび部分空間となるという事実から、''V'' の線型汎函数 ''L'' による像も ''k'' の ''k''-部分空間となるはずだが、''k'' の ''k''-部分空間は ''k'' 自身のほかは自明な部分空間 &#x7b;0&#x7d; しか存在しない。
* 線型汎函数が連続であるための必要十分条件は、その[[核 (線型代数学)|核]]が閉集合となることである{{harv|Rudin|1991|loc=Theorem 1.18}}。
* 核の等しい線型汎函数は互いに比例する。
* 任意の線型汎函数の絶対値はそのベクトル空間上の[[半ノルム]]になる。

== 双対ベクトルと双線型形式 ==
{{See also|ホッジ双対}}
有限次元ベクトル空間 ''V'' 上の任意の非退化[[双線型形式]]は ''V'' から ''V''<sup>&lowast;</sup> への[[線型同型]]を引き起こす。具体的には、''V'' 上の双線型形式を &lang;&nbsp;,&nbsp;&rang; で表せば（例えば、[[ユークリッド空間]]のベクトル ''v'', ''w'' に対して &lang;''v'',&thinsp;''w''&rang; = ''v''&thinsp;•&thinsp;''w'' を[[点乗積]]とすると）、自然な同型
: <math>V\to V^*\colon v\mapsto v^*\quad (v^*(w) := \langle v, w\rangle \text{ for }\forall w\in V)</math>
が得られる。逆向きの同型は
: <math>V^* \to V\colon f \mapsto f^*\quad (\exists_1 f^* \text{ s.t }\langle f^*, w\rangle = f(w)\text{ for }\forall w\in V)</math>
で与えられる。ここで定義されたベクトル ''v''* &isin; ''V''* を ''v'' &isin; ''V'' の'''双対ベクトル'''と呼ぶ。

有限次元[[ヒルベルト空間]]においても、同様のことが成り立ち、[[リースの表現定理]]と呼ばれる。ただし、そのような同型 ''V'' &rarr; ''V''* の値域は連続的双対をとるが、線型同型ではなく反線型同型である。

== 線型汎函数の視覚化 ==
有限次元の場合には、線型写像は[[等位集合]]の言葉で視覚化できる。例えば三次元の場合、線型汎函数の等位集合は互いに平行な平面の族であり、高次元でも同様に平行な[[超平面]]の族になる。このような線型汎函数の視覚化の方法は、[[一般相対論]]の教科書でしばしば用いられる（例えば、{{harvtxt|Misner|Thorne|Wheeler|1973}}など）。

== 有限次元の場合の基底 ==
=== 有限次元の場合の双対基底 ===
ベクトル空間 ''V'' が必ずしも[[直交]]しない基底 ''B'' = &#x7b;''e''<sub>1</sub>, ''e''<sub>2</sub>, …, ''e''<sub>''n''</sub>&#x7d; を持つとすると、''V'' の[[双対空間]] ''V''* は ''B'' の双対基底と呼ばれる基底
: <math>\{\tilde{\omega}^1,\tilde{\omega}^2,\dots,\tilde{\omega}^n\}\quad\text{ where } \tilde{\omega}^i (e_j) = \delta^i_j = \begin{cases} 1 &\text{if }i=j\\ 0 &\text{if } i\ne j.\end{cases}</math>
を持つ。ここに &delta; は[[クロネッカーのデルタ]]である。ただし、基底余ベクトルの上付き添字は冪ではなく[[反変添字]]を意味する。

双対空間 ''V''* に属する線型汎函数 ''ũ'' は基底余ベクトルの[[線型結合]]として、係数（「成分」）''u''<sub>''i''</sub> を用いて
:<math>\tilde{u} = \sum_{i=1}^n u_i \,\tilde{\omega}^i </math>
と書くことができるから、汎函数 ''ũ'' を基底ベクトル ''e''<sub>''j''</sub> に施せば、余ベクトルのスカラー倍に関する線型性と余ベクトルの和に関する点ごとの線型性により、
:<math>\tilde{u}(e_j) = \sum_{i=1}^n (u_i \, \tilde{\omega}^i) e_j = \sum_i u_i (\tilde{\omega}^i (e_j)) = \sum_i u_i {\delta^i}_j = u_j </math>
を得る。すなわち、線型汎函数の個々の成分はその汎函数を対応する基底ベクトルに施すことによって抽出することができることがわかる。

=== 双対基底と内積 ===
ベクトル空間 ''V'' が[[内積]]を備えているとき、与えられた基底に対する[[双対基底]]を明示的な式に表すことができる。''V'' が（必ずしも直交しない）基底 &#x7b;''e''<sub>1</sub>, …, ''e''<sub>''n''</sub>&#x7d; を持つとすると、双対基底余ベクトルは
:<math> \tilde{\omega}^i(v) = \left\langle
 \frac{\sum\limits_{1\le i_2<i_3<\dots<i_n\le n}\epsilon^{ii_2\dots i_n}(\star e_{i_2}\wedge\dots\wedge e_{i_n})}{\star(e_1\wedge\dots\wedge e_n)},\; v
\right\rangle</math>
と表せる。ただし、&epsilon; は[[レヴィ＝チヴィタ記号]]で、<math>\star</math> は[[ホッジ・スター演算子]]である。

特に三次元の場合は、[[ドット積|点乗積]]と[[クロス積|交叉積]]（および[[スカラー三重積]]）を使って
:<math> \tilde{\omega}^i(v) = {1 \over 2} \left\langle
 \frac{\sum\limits_{j=1}^3\sum\limits_{k=1}^3\epsilon^{ijk} \, (e_j \times e_k)}
 {e_1 \cdot e_2 \times e_3},\ v 
\right\rangle</math>
と書ける。

== 関連項目 ==
* [[不連続線型写像]]
* {{Ill|正値線型汎函数|en|Positive linear functional}}
* [[双線型形式]]

== 参考文献 ==
{{参照方法|section=1|date=2017年12月}}
* {{citation |first1=Richard |last1=Bishop |first2=Samuel |last2=Goldberg |year=1980 |title=Tensor Analysis on Manifolds |publisher=[[ドーバー出版|Dover Publications]] |chapter=Chapter 4 |isbn=0-486-64039-6}}
* {{citation |first=Paul |last=Halmos |authorlink=ポール・ハルモス |title=Finite dimensional vector spaces |year=1974 |publisher=Springer |isbn=0387900934}}
* {{citation |authorlink=ピーター・ラックス | first=Peter | last=Lax | title=Linear algebra | year=1996 | publisher=Wiley-Interscience | isbn=978-0471111115}}
* {{Citation | first=Charles W. | last=Misner | first2=Kip. S. | last2=Thorne | first3=John A. | last3=Wheeler | title=Gravitation | publisher= W. H. Freeman | year=1973 | isbn=0-7167-0344-0 }}
*{{Citation | last1=Rudin | first1=Walter | author1-link=ウォルター・ルーディン | title=Functional Analysis | publisher=McGraw-Hill Science/Engineering/Math | isbn=978-0-07-054236-5 | year=1991}}
* {{citation |first=Bernard |last=Schutz |year=1985 |title=A first course in general relativity |publisher=Cambridge University Press |address=Cambridge, UK |chapter=Chapter 3 |isbn=0-521-27703-5}}

== 外部リンク ==
* {{MathWorld|urlname=LinearFunctional|title=Linear Functional|author=Rowland, Todd}}
* {{nlab|urlname=linear+functional|title=linear functionals}}
* {{PlanetMath|urlname=LinearFunctional|title=linear functional}}
** {{PlanetMath|urlname=positiveLinearFunctional|title=positive linear functional}}
** {{PlanetMath|urlname=multiplicativeLinearFunctional|title=multiplicative linear functional}}
** {{PlanetMath|urlname=quadraticfunctionassociatedwithalinearfunctional|title=quadratic function associated with a linear functional}}
* {{ProofWiki|urlname=Definition:Linear_Functional|title=Definition:Linear Functional}}
* {{SpringerEOM|urlname=Linear_functional|title=Linear functional}}

{{DEFAULTSORT:せんけいはんかんすう}}
[[Category:関数解析学]]
[[Category:線型代数学]]
[[Category:線型作用素]]
[[Category:数学に関する記事]]