茎 (数学)のソースを表示

[[層 (数学)|層]]の'''茎'''（けい，くき，{{lang-en-short|stalk}}, ストーク）は，与えられた点のまわりでの層の振る舞いを捉える[[数学]]的構成である．

==動機づけと定義==
層は開集合上で定義されるが，基礎位相空間 {{mvar|X}} は点からなる．{{mvar|X}} の固定された一点 {{mvar|x}} における層の振る舞いを分離しようとすることは合理的である．概念的に言えば，点の小さい近傍を見ることでこれをする．{{mvar|x}} の十分小さい近傍を見れば，その小さい近傍上での層 <math>\mathcal{F}</math> の振る舞いはその点での <math>\mathcal{F}</math> の振る舞いと同じはずである．もちろん，1つの近傍だけでは十分小さくはなく，ある種の極限を取らなければならない．

正確な定義は以下のようである：<math>\mathcal{F}</math> の {{mvar|x}} における茎は，通常<math>\mathcal{F}_x</math> と書かれ，
:<math>\mathcal{F}_x := \varinjlim_{U\ni x} \mathcal{F}(U)</math>
である．ここで[[直極限]]は {{mvar|x}} を含むすべての[[開集合]]で添え字付けられ，順序関係は逆包含から誘導される（<math>U\supset V</math> のとき {{math|''U'' < ''V''}}）．直極限の定義（あるいは[[普遍性]]）により，茎の元は元 <math>x_U \in \mathcal F(U)</math> の同値類である，ただし2つのそのような切断 {{mvar|x{{sub|U}}}} と {{mvar|x{{sub|V}}}} は2つの切断の制限が {{mvar|x}} のある近傍上で一致するときに[[同値類|同値である]]と考える．

===別の定義===
茎を定義するある文脈では有用な別のアプローチがある．{{mvar|X}} の点 {{mvar|x}} を選び，{{mvar|i}} を一点空間 {{math|{{mset|''x''}}}} の {{mvar|X}} への埋め込みとする．すると茎 <math>\mathcal{F}_x</math> は層 <math>i^{-1}\mathcal{F}</math> の{{仮リンク|逆像関手|en|inverse image functor|label=逆像}}と同じである．一点空間 {{math|{{mset|''x''}}}} の開集合は {{math|{{mset|''x''}}}} と {{math|∅}} しかなく，空集合にはなんのデータもないことに注意．しかしながら，{{math|{{mset|''x''}}}} 上，次を得る：
:<math>i^{-1}\mathcal{F}(\{x\}) = \varinjlim_{U\supseteq\{x\}} \mathcal{F}(U)
= \varinjlim_{U\ni x} \mathcal{F}(U) = \mathcal{F}_x.</math>

==注意==
ある圏 {{math|'''C'''}} に対しては茎を定義するのに使われる直極限が存在しないかもしれない．しかしながら，実際に現れるほとんどの圏に対しては存在する，例えば[[集合の圏]]や，[[アーベル群]]や[[環 (数学)|環]]のような代数的対象のほとんどの圏で，それらはすなわち{{仮リンク|余完備|en|cocomplete}}である．

{{mvar|x}} を含む任意の開集合 {{mvar|U}} に対して自然な射 {{math|''F''(''U'') → ''F''<sub>''x''</sub>}} が存在する：それは {{math|''F''(''U'')}} における切断 {{mvar|s}} をその''芽'' (germ), すなわち直極限におけるその同値類に送る．これは[[芽 (数学)|芽]]の通常の概念の一般化であり，{{mvar|X}} 上の連続関数の層の茎を見ることで復元できる．

==例==
芽はある層に対して他の層よりも有用である．

===定数層===

ある集合あるいは群など {{mvar|S}} に付随した定数層 <math>\underline S</math> は各点において茎として同じ集合あるいは群を持つ：任意の点 {{mvar|x}} に対して，開[[連結空間|連結]]近傍を選ぶ．連結開上の <math>\underline S</math> の切断は {{mvar|S}} に等しく，制限写像は恒等写像である．したがって直極限はつぶれて茎として {{mvar|S}} を生み出す．

===解析関数の層===

例えば，{{仮リンク|解析的多様体|en|analytic manifold}}上の[[解析関数]]の層において，点における関数の芽は点の小さい近傍において関数を決定する．その理由は，芽は関数の[[冪級数]]展開を記録し，すべての解析関数は定義によりその冪級数に等しいからである．[[解析接続]]を用いて，点における芽が関数がいたるところ定義できるような任意の連結開集合上関数を決定することが分かる．（これはこの層のすべての制限写像が単射であることを意味しない！）

===滑らかな関数の層===

対照的に，[[滑らかな多様体]]上の[[滑らかな関数]]の層に対しては，芽は局所的な情報を含んではいるが，任意の開近傍上の関数を再構成するには十分ではない．例えば，{{math|''f'': '''R''' → '''R'''}} を原点のある近傍で恒等的に 1 で原点から遠く離れたところでは恒等的に 0 である[[隆起関数]]とする．原点を含む任意の十分小さい近傍上 {{mvar|f}} は恒等的に 1 なので，原点において，値が 1 の定数関数と同じ芽を持つ．{{mvar|f}} をその芽から再構成したいとしよう．{{mvar|f}} が隆起関数であると前もって知っていたとしてさえ，芽はその隆起がどのくらい大きいかを教えてくれない．芽が教えてくれることからは，隆起は無限に広くてもよい，つまり，{{mvar|f}} は値 1 の定数関数に等しいかもしれない．原点を含む小さい開近傍 {{mvar|U}} 上で {{mvar|f}} を再構成することさえできない，なぜならば {{mvar|f}} の隆起が {{mvar|U}} におさまっているかどうかとか隆起が大きくて {{mvar|f}} が {{mvar|U}} 上恒等的に 1 であるかどうかは分からないからである．

一方で，滑らかな関数の芽は値 1 の定数関数と関数 <math>1 + e^{-1/x^2}</math> を区別することはできる，なぜならば後者の関数は原点のどんな近傍においても恒等的に 1 ではないからである．この例は芽は関数の冪級数展開よりも多くの情報を含んでいることを示している，なぜならば<math>1 + e^{-1/x^2}</math> の冪級数は恒等的に 1 だからである．（この追加の情報は原点における滑らかな関数の層の茎は[[ネーター環]]ではないことと関係している．[[クルルの交叉定理]]によりこれはネーター環に対しては起こりえない．）

===準連接層===

[[アファインスキーム]] {{math|1=''X'' = [[環のスペクトル|Spec]] ''A''}} 上，[[素イデアル]] {{mvar|p}} に対応する点 {{mvar|x}} における {{mvar|A}} 加群 {{mvar|M}} に対応する[[準連接層]] {{mvar|F}} の茎は単に[[加群の局所化|局所化]] {{mvar|M{{sub|p}}}} である．

===摩天楼層===

任意の位相空間上，[[閉集合|閉点]] {{mvar|x}} と群あるいは環 {{mvar|G}} に付随した{{仮リンク|摩天楼層|en|skyscraper sheaf}}は {{mvar|x}} 以外での茎は {{math|0}} で {{mvar|x}} では {{mvar|G}} である――名前[[摩天楼]]の所以である．同じ性質は問題の位相空間が [[T1空間|T{{sub|1}} 空間]]ならば任意の点 {{mvar|x}} に対して成り立つ，なぜならば T{{sub|1}} 空間のすべての点は閉だからである．この性質は層の[[関手]]的[[移入分解]]を得るために[[代数幾何学]]において例えば使われる{{仮リンク|ゴドマン分解|en|Godement resolution}}の構成の基本である．

==茎の性質==
導入部で概説されたように，茎は層の局所的な振る舞いを捉える．層はその局所的な情報から決定されるものなので（{{仮リンク|貼り合わせの公理|en|gluing axiom}}を参照），茎は層が持っているかなりの情報を捉えることが期待できる．これは実際正しい：
*層の射がそれぞれ[[全単射]]，[[全射]]，[[単射]]であることと，すべての茎に誘導される射が同じ性質を持つことは同値である．（しかしながら，茎がすべて同型な2つの層が同型であるということは正しくない，なぜならば問題の層の間に写像が無いかもしれないからである．）
特に：
*（群の層を考えているとき）層が 0 であることと層の全ての茎が消えることは同値である．したがって，与えられた[[関手]]の[[完全関手|完全性]]は茎上で考えればよく，どんどん小さい近傍に進むことができるためこれの方がしばしば容易である．

いずれの主張も[[前層]]に対しては間違いである．しかしながら，層と前層の茎はきつく結ばれている：
*前層 {{mvar|P}} とその{{仮リンク|層化 (数学)|en|sheafification|label=層化}} {{mvar|F}} が与えられると，{{mvar|P}} と {{mvar|F}} の茎は一致する．

==参考文献==
[[層 (数学)#参考文献]]を参照．

{{DEFAULTSORT:けい}}
[[Category:層の理論]]
[[Category:数学に関する記事]]

[[de:Garbe (Mathematik)#Halme und Keime]]