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{{Expand English|Matrix mechanics|date=2024年6月}} {{参照方法|date=2024年6月}} '''行列力学'''(ぎょうれつりきがく、{{Lang-en|matrix mechanics}})は、[[量子力学]]における理論形式の一つで、量子論を[[ハイゼンベルク描像]]で[[行列表示]]で定式化したものである。'''マトリックス力学'''とも呼ばれる。[[1925年]]に物理学者[[ヴェルナー・ハイゼンベルク]]によって提唱され、[[マックス・ボルン]]、[[パスクアル・ヨルダン]]らとともに展開された。 [[ニールス・ボーア]]と[[アルノルト・ゾンマーフェルト]]の[[量子条件]]や[[アルベルト・アインシュタイン]]の[[光量子|光量子論]]に代表される[[前期量子論]]は、原子構造やその発光スペクトルの解明といった一定の成果をあげるものの、量子力学的な世界を体系的に記述する枠組みを与えるものではなかった。1925 年、当時 23 歳で[[ゲオルク・アウグスト大学ゲッティンゲン|ゲッティンゲン大学]]の講師であったハイゼンベルクは、古典的な物理描像を捨て、新しい量子力学の理論の定式化を行った。行列力学では[[運動量]]や[[位置]]などの[[物理量]]を[[行列]]を用いて表現し、[[ハイゼンベルクの運動方程式]]で自然を記述した。 行列力学が明らかにした物理量の非可換性は、量子力学における[[不確定性原理|不確定性関係]]の構造を浮き彫りにした。[[古典力学]]では運動量や位置はある時点においては確定した(決定論的)値を持つが、量子力学では物理量の[[非可換性]]により、例えば運動量と位置とは同時に確定値を取れない。 量子力学の他の表現法としては、[[シュレーディンガー方程式]]で記述される[[波動力学]]、[[経路積分|ファインマンの経路積分法]]などが存在する。行列力学と[[波動力学]]は対立していたが、後にこの 2 つの理論は等価であることが波動力学を構築した[[エルヴィン・シュレーディンガー]]によって証明され、共に量子力学の基礎的理論となった。行列力学は量子論を[[ハイゼンベルク描像]]で[[行列表示]]で定式化したものであり、波動力学は量子論を[[シュレーディンガー描像]]で位置表示の[[波動関数]]で定式化したものである。 == 理論体系 == ハイゼンベルク、ボルン、ヨルダンによって構築された行列力学の理論は次のようにまとめられる。 === 行列としての力学量 === 力学量''A'' は 2 つの添え字 (''m'', ''n'') で指定される要素の総体 {''A<sub>mn</sub>''(''t'')}、すなわち'''無限次元の行列'''として表現される。行列としての力学量 ''A'' において、その各成分は下記に示すように <math>e^{2 \pi i \nu_{mn} t}</math> という振動形の時間依存性を持つ。 : <math> A_{mn}(t) = A_{mn}e^{2 \pi i \nu_{mn} t} </math> ここで振動数 ν<sub>''mn''</sub> は [[リッツの結合法則]] : <math> \nu_{lm} + \nu_{mn} = \nu_{ln} \, </math> を満たし、特にν<sub>''nn''</sub>=0である。また ''A'' は[[エルミート行列]]であり、 : <math>A_{mn} = A_{nm}^{*}</math> が成り立つ。 === 位置と運動量の正準交換関係 === 位置座標と運動量に対応する行列 ''X'', ''P'' は同時刻で、次の[[正準交換関係]]を満たす。 : <math>[X, P] = XP - PX = i \hbar I</math> ここで ''I'' は対角成分がすべて 1 で、それ以外の成分が 0 である単位行列である。 多自由度の系であれば、 : <math>[X_i, P_j] = i \hbar \delta_{ij} I</math> : <math>[X_i, X_j] = [P_i, P_j] = 0 \,</math> である。 === 力学量の時間発展 === 力学量 ''A''=''A''(''X'', ''P'') の時間発展は[[ハイゼンベルクの運動方程式]] : <math>i \hbar \frac{dA}{dt} = [A, H]=AH-HA</math> で記述される。ここで ''H'' は系の[[ハミルトニアン]]に対応するエルミート行列である。 == エネルギー固有値と時間発展 == 行列力学において、ハミルトニアン''H''(''x'', ''p'' ) は[[エネルギー固有値]]''E''<sub>n</sub>を成分とする[[対角行列]] : <math> H(x,p) = \begin{pmatrix} E_0 & 0 & 0 & \ldots \\ 0 & E_1 & 0 & \ldots \\ 0 & 0 & E_2 & \ldots\\ \vdots & \vdots & \vdots & \ddots \\ \end{pmatrix} </math> として与えられる。これは、ハミルトニアン自身に対するハイゼンベルクの運動方程式が : <math>i \hbar \frac{dH}{dt} = [H, H] = HH-HH = 0 </math> であり、対応するハミルトニアンの行列要素 <math>H_{mn}(t) = H_{mn}e^{2 \pi i \nu_{mn} t} </math>が : <math> i \hbar \frac{d}{dt}H_{mn}(t) = -2 \pi \hbar \nu_{mn} H_{mn}e^{2 \pi i \nu_{mn} t} = 0 </math> を満たし、<math>H_{mn}(t) = E_{n}\delta_{mn} </math>と表せることからの帰結である。 ハミルトニアンが対角行列であること及び同様の考察から、物理量''A'' の各行列要素 <math>A_{mn}(t) = A_{mn}e^{2 \pi i \nu_{mn} t} </math>における振動数ν<sub>mn</sub>は、 : <math>\nu_{mn}=\frac{2\pi(E_m-E_n)}{\hbar} </math> の関係を満たすことがわかる。すなわち、系の時間発展はエネルギー固有値''E''<sub>n</sub>で定まる。 == 具体例 == 行列力学における具体例として、ボルンとヨルダンによって考察された1次元の[[調和振動子]]を考える。このとき、ハミルトニアンは : <math>H(x,p)=\frac{p^2}{2m} + \frac{m \omega^2 x^2}{2} </math> である。 正準交換関係を満たし、かつハミルトニアンを対角化する(時間に依らない)行列''X''、''P'' として : <math> X = \sqrt{\frac{\hbar}{2m \omega} } \begin{pmatrix} 0 & 1 & 0 & 0 & \ldots \\ 1 & 0 & \sqrt{2} & 0& \ldots \\ 0 & \sqrt{2} & 0 & \sqrt{3} & \ldots\\ 0 & 0 & \sqrt{3} & 0 & \ldots\\ \vdots &\ \vdots & \vdots & \vdots & \ddots \\ \end{pmatrix} </math> : <math> P = \sqrt{\frac{\hbar m \omega}{2} } \begin{pmatrix} 0 & -1 & 0 & 0 & \ldots \\ 1 & 0 & -\sqrt{2} & 0& \ldots \\ 0 & \sqrt{2} & 0 & -\sqrt{3} & \ldots\\ 0 & 0 & \sqrt{3} & 0 & \ldots\\ \vdots &\ \vdots & \vdots & \vdots & \ddots \\ \end{pmatrix} </math> がとれる。この''X''、''P'' はハミルトニアンを次のように対角化する。 : <math> H(x(t),p(t)) =H(X,P)= \frac{\hbar \omega}{2} \begin{pmatrix} 1 & 0 & 0 & 0 & \ldots \\ 0 & 3 & 0 & 0 & \ldots \\ 0 & 0 & 5 & 0 & \ldots\\ 0 & 0 & 0 & 7 & \ldots\\ \vdots &\ \vdots & \vdots & \vdots & \ddots \\ \end{pmatrix} </math> すなわち、エネルギー固有値は : <math>E_n=\hbar \omega \biggr( n+ \frac{1}{2} \biggr ) \quad(n=0,1,2, \cdots)</math> となる。 == 参考文献 == * {{Cite journal|author = W. Heisenberg|authorlink = ヴェルナー・ハイゼンベルク |year = 1925|title = Über quantentheoretische Umdeutung kinematischer und mechanischer Beziehungen|journal = Zeitschrift für Physik|volume = 33|issue = |pages = 879-893|publisher = |issn = |doi = |id = |url = }} * {{Cite journal|author = M. Born|authorlink = マックス・ボルン|coauthors = [[パスクアル・ヨルダン|P. Jordan]]|year = 1925|title = Zur Quantenmechanik|journal = Zeitschrift für Physik|volume = 34|issue = |pages = 858-888|publisher =|issn = |doi = |id = |url = }} * {{Cite journal|author = M. Born|authorlink = |coauthors = W. Heisenberg and P. Jordan|year = 1926|title = Zur Quantenmechanik II|journal = Zeitschrift für Physik|volume = 35|issue = |pages = 557-615|publisher =|issn = |doi = |id = |url = }} * {{Cite book|和書|author = 高林武彦|title = 量子論の発展史|year = 2002|publisher = [[筑摩書房]]|series = [[ちくま学芸文庫]]|isbn = 4-480-08696-X|page = }} * {{Cite book|和書|author = [[朝永振一郎]]|title = 量子力学I|year = 1952|publisher = [[みすず書房]]|series = |isbn =|page = }} == 関連項目 == * [[量子力学]] - [[ハイゼンベルクの運動方程式]] * [[波動力学]] {{量子力学}} {{Physics-stub}} {{Normdaten}} {{DEFAULTSORT:きようれつりきかく}} [[Category:量子力学]] [[Category:物理学史]] [[Category:行列]] [[Category:ヴェルナー・ハイゼンベルク]]
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