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近藤効果
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[[Image:Classickondo.png|thumb|320px|近藤効果: 磁性不純物の入った[[金]]の電気抵抗の低温での振る舞い]] [[ファイル:Jun Kondo.jpg|200px|サムネイル|[[近藤淳]]]] '''近藤効果'''(こんどうこうか、Kondo effect)とは、[[磁性]]を持った極微量な[[不純物]](普通磁性のある[[鉄]]原子など)がある金属では、温度を下げていくとある温度以下で[[電気抵抗]]が上昇に転じる現象である。これは通常の[[金属]]の、温度を下げていくとその[[電気抵抗]]も減少していくという一般的な性質とは異なっている。現象そのものは'''電気抵抗極小現象'''とよばれ、[[1930年]]頃から知られていたが、その物理的機構は[[1964年]]([[昭和]]39年)に日本の[[近藤淳]]が初めて理論的に解明した<ref>{{Cite journal |author=Jun Kondo |authorlink=近藤淳 |year=1964 |month=3 |title=Resistance Minimum in Dilute Magnetic Alloys |journal=[[Progress of Theoretical Physics]] |volume=32 |issue=1 |pages=37-49 |publisher=[[京都大学基礎物理学研究所]] |location=Kyoto, JAPAN |doi=10.1143/PTP.32.37 |id=ISSN 1347-4081 (オンライン), 0033-068X (紙媒体) |url=http://ptp.ipap.jp/link?PTP/32/37/ |accessdate=2008-10-09 }}</ref>。近藤はこの業績によって[[1973年]](昭和48年)に[[恩賜賞 (日本学士院)|日本学士院恩賜賞]]を受章した。 == 現象 == 金属は[[電圧]]を加えると、金属内の[[伝導電子]]が加速され[[電流]]が流れる。これを[[電気伝導]]という。 一方で、この伝導電子には電気抵抗がはたらく。金属の電気抵抗の主な要因は、金属内に含まれる不純物などによる[[格子欠陥]]と、原子の[[熱振動]]の2つである。不純物による抵抗は温度に依存せず一定である。熱振動による抵抗は、温度を下げると小さくなり、低温では抵抗は温度Tの5乗に比例する。そのため、金属の電気抵抗は通常、温度を下げると減少し、[[絶対零度]]で、一定値(=不純物による抵抗値)に落ち着く。 しかし、金属によっては、ある温度までは温度が下がると電気抵抗も減少するが、さらに温度を下げると電気抵抗は逆に増大するという、通常では起こりえないふるまいを見せる。この現象は、[[1933年]]、ド・ハース、ド・ブール、ファン・デン・バーグが、金の電気抵抗を測定したときに初めて観測された<ref>W. J. de Haas, J. de Boer and G. J. van den Berg, ''Physica'','''1''' (1933/34) 1115</ref>。 その後の[[研究]]により、この現象は[[金]](Au)、[[銀]](Ag)、[[銅]](Cu)などに[[鉄]](Fe)、[[マンガン]](Mn)、[[クロム]](Cr)などの磁性不純物を微量に加えた金属で起こることが明らかになった。 == 理論 == [[Image:Kscheme.jpg|thumb|320px|高温と低温での伝導電子の[[磁気モーメント]]と不純物の磁気モーメントの結びつきの様子。左)高温での弱く結合した伝導電子の磁気モーメントと不純物の磁気モーメント。伝導電子は[[フェルミ面|フェルミ速度]]<math>v_F</math>で不純物の磁気モーメントのそばを通る際、弱い[[反強磁性]]的な[[交換相互作用]]を受ける。右)低温(0 K付近)では不純物の磁気モーメントと伝導電子の磁気モーメントが強く結合し、全体として非磁性的な状態にある。]] 低温における電気伝導度の増加の原因については長年未解決であったが、後に、近藤効果(磁性不純物の[[磁気モーメント]]と伝導電子の磁気モーメントの[[交換相互作用]]〈s-d交換相互作用〉)によるものであることが明らかになった。 磁性不純物の一番外側の電子殻である3d電子殻は、[[スピン角運動量]]を持っている。このスピンと、伝導電子(s)が相互作用するのがs-d交換相互作用である。近藤は、[[アンダーソン模型]]と[[ボルン-オッペンハイマー近似|ボルン=オッペンハイマー近似]]を用いて[[摂動]]の2次の効果まで考慮し、この作用が温度Tの対数(lnT)に比例することを導いた。交換相互作用の係数が負のとき、この値は温度が減少するにつれて増大することになる。この項と、熱振動の項を合わせることで、電気抵抗が極小になることが説明できたのである。 近藤の理論では電気抵抗は絶対零度で無限大に発散する。しかし実際には、電気抵抗は絶対零度に近づくにつれ正常な振る舞いとなり、有限値へと収束する。これは低温においては、磁性不純物の磁気モーメントと伝導電子の磁気モーメントが反強磁性的に結合した一重項[[基底状態]] (Kondo singlet) として磁性不純物の磁気モーメントが見かけ上消滅するためであり、このことは芳田奎によって示された。 この近藤による磁気モーメントの交換相互作用による異常な振る舞いから、磁性不純物の磁気モーメントが基底状態となった正常な振る舞いへと移り変わる温度を'''近藤温度'''<math>T_\mathrm{K}</math>とよぶ。よって<math>k_\mathrm{B}T_\mathrm{K}</math>はほぼ磁性不純物の磁気モーメントと自由電子の磁気モーメントの[[結合エネルギー]]に相当する(<math>k_\mathrm{B}</math>は[[ボルツマン定数]])。ウィルソンの理論によれば、近藤温度は比熱が極大となるときの温度の3倍となる。また、近藤温度を基準とした<math>T/T_\mathrm{K}</math>を考えると、様々な物質で[[電気抵抗率]]、[[磁化率]]、[[比熱容量|比熱]]が同じ温度依存性を示す([[スケーリング則]])。近藤温度は数 mK 程度のものもある一方、中には1000 K程度のものもあるなど、それぞれの合金によって大きく異なる。 以上のことを数式を用いて述べると以下のようになる。 まず、近藤の論文によれば、近藤効果を含めた[[電気抵抗]]の温度依存性は {{Indent|<math>\rho(T) = c\rho_0 + aT^5 - c\rho_1\ln T</math>}} とかける。ここで<math>c</math>は不純物濃度であり、<math>c\rho_0</math>は残留抵抗、<math>aT^5</math>は[[格子振動]]の寄与を表す。近藤は右辺第三番目の対数依存の項を導いた。伝導電子の磁気モーメントと不純物の磁気モーメントの交換相互作用が強磁性的である場合、近藤の項の符号は正となり、近藤効果は発生しない。[[フェルミ液体]]ではフェルミ液体の性質による抵抗への寄与<math>bT^2</math>が加わる。 抵抗が最小となる温度は {{Indent|<math>\frac{d\rho(T)}{dT} = 5aT^4 - \frac{c\rho_1}{T} = 0</math>}} により求めることができ、 {{Indent|<math>T_{\min} = \left(\frac{c\rho_1}{5a}\right)^{1/5}</math>}} が電気抵抗極小の温度である。この温度は不純物濃度<math>c</math>の<math>1/5</math>乗に比例している。 アブリコソフは[[1965年]]に摂動による高次の寄与も考慮に入れ、近藤効果による抵抗Rを {{Indent|<math>R = R_B(1-\frac{J\rho}{N}{\rm ln}\frac{k_BT}{D})^{-2}</math>}} と計算した(Jは交換相互作用の強さを表す定数、Dは伝導電子のバンド幅の半分、<math>\rho</math>はフェルミエネルギーの状態密度)。この式によれば、電気抵抗は近藤温度<math>T_\mathrm{K}</math>で発散することとなる<ref>芳田(1990)p34</ref>。 また[[磁化率]]は {{Indent|<math>\chi_\mathrm{imp}(T) = \frac{C}{T}\left[1+\frac{J\rho}{N}\left(1-\frac{J\rho}{N}{\rm ln}\frac{k_BT}{D}\right)^{-1}\right]</math>}} と書け、電気抵抗と同じく<math>T_\mathrm{K}</math>で発散する(Cは[[キュリー定数]])。これは芳田・興地によって示された<ref>K.Yoshida and A.Okiji, ''Prog. Theor. Phys.'', '''34''' (1965) 505</ref><ref>山田耕作「金属中の磁気モーメント」 『日本物理学会誌』、vol.60(2)、2005年</ref>。また、比熱にも同様の異常があらわれる。 近藤効果が起きるためには、金属中の磁性原子は相互作用を起こさない程度に希薄でなければならない。このような合金を'''希薄磁性合金'''、または'''近藤合金'''とよぶ。 == 理論の拡張と応用 == 近藤の理論は絶対零度では物理量にlog発散をともなう。また近藤は[[摂動]]の2次の効果を計算し、<math>\log T</math>の項を導いたが、さらに高次の摂動計算を行うと<math>(\log T)^2</math>、<math>(\log T)^3</math>を含む項があらわれ、低温ではこれらの項も無視できない。これはある温度以下では[[摂動|摂動論]]が破綻するということを意味している。この困難は後に[[フィリップ・アンダーソン]]のpoor man's scaling (1970年)<ref>P. W. Anderson and G. Yuval, "[http://prola.aps.org/abstract/PRB/v1/i11/p4464_1 Exact Results in the Kondo Problem. II. Scaling Theory, Qualitatively Correct Solution, and Some New Results on One-Dimensional Classical Statistical Models]", ''Phys. Rev. B'' '''1''':4464-4473 (1970)</ref> や、[[ケネス・ウィルソン]]の[[繰り込み群]] (1975年)<ref>K.G. Wilson, [http://prola.aps.org/abstract/RMP/v47/i4/p773_1 "The renormalization group: critical phenomena and the Kondo problem"], ''Rev. Mod. Phys''. '''47''', 4, 773.</ref>によって解決され、局在スピンの状態からパウリ常磁性の状態に連続的に移り変わることが示された。ウィルソンはこの業績により[[1982年]]に[[ノーベル物理学賞]]を受賞した。その後、Nozieres、山田耕作らによって局所フェルミ液体として近藤効果を捉えられることが示された。また、低温度に近づくにつれ、[[エネルギーギャップ]]が生じ、[[フェルミ面]]がギャップ中に埋もれてしまうことに起因し、電気的特性の温度依存性が[[半導体]](あるいは[[絶縁体]])的に振舞う相領域におけるものを'''近藤絶縁体'''という。 近藤効果は[[物理学]]において[[漸近的自由性]]の最初に知られた例である。近藤効果では、漸近的自由性は磁気不純物の局在モーメントと伝導電子間の相互作用が低温/低エネルギーで[[摂動]]では取り扱えないほど強くなることにあたる。漸近的自由性のより複雑な形式としては[[量子色力学]]の理論での漸近的自由性があり、[[クォーク]]における[[強い相互作用]]が高エネルギーでは弱く、低エネルギーでは強く働くことに相当する。これにより、[[クォークの閉じ込め]]がおきているが、近藤効果もこれに類似した現象であるといえる。なお、[[フランク・ウィルチェック]]、[[デイビッド・グロス]]、[[H. デビッド・ポリツァー]]の3人は強い相互作用の理論における漸近的自由性の発見で2004年に[[ノーベル物理学賞]]を受賞している。 主に「磁性不純物」によって構成されている[[合金]]についても理論を拡張し、それらの合金でみられる[[重いフェルミ粒子]]は近藤効果が元となって生じていると考えられている。これは特に[[セリウム]]、[[プラセオジム]]、[[イッテルビウム]]のような[[希土類元素]]([[レアアース]])や、[[ウラン]]のような[[アクチノイド]]を基本とした金属間化合物で起きる。これらの物質では、非摂動的な相互作用が強いため、自由電子の有効質量が1000倍にも増加したようにみえる。言い換えると、自由電子は相互作用により劇的に運動速度が遅くなっている。その結果として、これらの物質の中には[[超伝導]]を起こすものがある。 更に最近では、[[プルトニウム]]の普通でない金属δ相([[面心立方格子構造]])を理解するためには、近藤効果の現れが必要であると考えられている。また、[[量子ドット]]における近藤効果も報告されている<ref>D. Goldhaber-Gordon et al., “Kondo effect in a single-electron transistor”, Nature 391, 156–159 (1998).</ref>。近藤の業績を引用する論文も増えつつあり、ノーベル賞の候補とされていた<ref>2011年1月24日の東京新聞朝刊21面</ref>。 == 脚注== {{脚注ヘルプ}} <references /> == 参考文献 == * ''The Kondo Problem to Heavy Fermions'' - Monograph on the Kondo effect by A.C. Hewson (ISBN 0-521-59947-4) * ''Exotic Kondo Effects in Metals'' - Monograph on newer versions of the Kondo effect in non-magnetic contexts especially by D.L. Cox and A. Zawadowski (ISBN 0-7484-0889-4) - 多チャンネル近藤効果等 * 芳田奎『近藤効果とは何か』 丸善、1990年、ISBN 978-4621034408 * 斯波弘行 『新版 固体の電子論』 和光システム、2010年、『固体の電子論』 丸善、1996年、ISBN 978-4621041352 * 近藤淳 『金属電子論―磁性合金を中心として』 裳華房、1983年、ISBN 978-4785323172 厳密解や繰り込み群等様々なアプローチ == 関連項目 == * [[物性物理学]] * [[RKKY相互作用]] - 近藤効果同様にs-d交換相互作用から生じるが、近藤効果と両立することはない * [[超交換相互作用]] * [[漸近的自由性]] == 外部リンク == * [http://www.ipap.jp/jpsj/announcement/announce2004Dec.htm JPSJ 近藤効果40周年記念論文集] * [http://www.aist.go.jp/aist_j/information/emeritus_advisor/index.html 産業技術総合研究所特別顧問] * [http://wwwsoc.nii.ac.jp/jps/jps/butsuri/50th/noframe/50(6)/50th-p415.html Fermi面効果] - 近藤淳による近藤効果などの発展の振り返り * [http://wwwsoc.nii.ac.jp/jps/jps/butsuri/50th/noframe/50(6)/50th-p401.html 磁性研究50年のあゆみ] * [http://xstructure.inr.ac.ru/x-bin/theme2.py?arxiv=cond-mat&level=2&index1=35 Kondo effect on arxiv.org] * [http://www.phys.shimane-u.ac.jp/mutou_lab/zakki/Kondo/Kondo.pdf 近藤効果とその周辺の物理] * [http://shrcat.cocolog-nifty.com/kondo2.pdf 近藤効果のまとめテキスト] * [http://www.scholarpedia.org/article/Kondo_effect scholarpediaにおける近藤効果の解説 (A. C. Hewsonによる)] {{Condensed matter physics topics}} {{DEFAULTSORT:こんとうこうか}} [[Category:固体物理学]] [[Category:物理化学の現象]] [[Category:物理学のエポニム]] [[Category:化学のエポニム]]
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