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'''音波'''（おんぱ、{{lang-en-short|acoustic wave}}）とは、狭義には[[弾性波]]のうち空気中を伝播する人間や動物の[[可聴域|可聴周波数]]の[[疎密波]]をさす。広義では、気体、液体、固体を問わず、弾性体を伝播するあらゆる[[弾性波]]の総称をさす。狭義の音波をヒトなどの生物が[[聴覚]]器官によって捉えると[[音]]として認識する。

人間の可聴周波数より高い[[周波数]]の弾性波を[[超音波]]、低い周波数の弾性波を超[[低周波音]]と呼ぶ。

本項では主に物理学的な側面を説明する。

==概念・用語==
;媒質
:音波は、[[真空]]中では伝播せず、必ず気体・液体・固体のいずれかの媒質を介する必要がある。

;縦波と横波
:気体・液体中での音波は、媒質にずれ弾性が存在しないため疎密波として伝播する[[縦波]]である。固体中では疎密波のほかに横波である[[せん断]]波（ねじれ波）も生じる。

;音速
:音波の速度は[[音速]]である。音速は媒質の密度と圧力によって変化するため、空中での音速である[[マッハ]]速度も、主に高度の違いや温度、湿度などの気象条件によって大きく変化する。

{{anchors|音場|自由音場|拡散音場}}
;音場
:音波が伝播している[[場]]を'''音場'''（おんば、{{lang-en-short|sound field}}<ref name="electropedia 801-23-27">{{cite web|title=IEC 60050 - International Electrotechnical Vocabulary - Details for IEV number 801-23-27: "sound field"|url=https://www.electropedia.org/iev/iev.nsf/display?openform&ievref=801-23-27|website=electropedia.org|accessdate=2024-12-28}}</ref>）という<ref>{{cite|和書 |author=吉川茂 |author2=藤田肇 |title=基礎音響学 |publisher=講談社サイエンティフィク |year=2002 |page=81 |isbn=4-06-153972-8}}</ref>。音場の記述には通常、[[音圧]]と粒子速度（媒質粒子が振動する速度）が選択される。
:'''自由音場'''（じゆうおんば、{{lang-en-short|free sound field}}<ref name="electropedia 801-23-28">{{cite web|title=IEC 60050 - International Electrotechnical Vocabulary - Details for IEV number 801-23-28: "free sound field"|url=https://www.electropedia.org/iev/iev.nsf/display?openform&ievref=801-23-28|website=electropedia.org|accessdate=2024-12-28}}</ref>）は、ある点から発生した音が全方向に均質に、また反射することなく伝わる空間のことをいい、JISでは「等方性かつ均質の媒質中で境界の影響を無視できる音場」と定義される{{refnest|等方性，かつ，均質の媒質中で境界の影響を無視できる音場{{harv|JIS Z 8106:2000|loc=自由音場}} }}。[[無響室]]は自由音場の条件が実現するよう壁、天井、床の全方位の面が音を吸収する材料で覆われた室である{{sfnp|『新版 音響用語辞典』|2003|p=162|loc=「自由音場」}}{{refnest|境界に入射したすべての音が吸収されることによって，内部で自由音場の条件が成り立つ室。{{harv|JIS Z 8106:2000|loc=無響室}} }}。
:'''拡散音場'''（かくさんおんば、{{lang-en-short|diffuse sound field}}<ref name="electropedia 801-23-31">{{cite web|title=IEC 60050 - International Electrotechnical Vocabulary - Details for IEV number 801-23-31: "diffuse sound field"|url=https://www.electropedia.org/iev/iev.nsf/display?openform&ievref=801-23-31|website=electropedia.org|accessdate=2024-12-28}}</ref>）は、すべての点において音響エネルギー密度が等しく、かつあらゆる方向から等確率で音響エネルギーが伝搬する仮想的な音場である{{sfnp|『新版 音響用語辞典』|2003|p=90|loc=「拡散音場」}}{{refnest|ある区域内で音響エネルギー密度の統計分布が一様で、かつ、その区域内のどの点においても音響エネルギーの伝搬方向がすべての方向に対して等確率である音場。{{harv|JIS Z 8106:2000|loc=拡散音場}} }}。すなわち拡散音場では、すべての点において実効[[音圧]]の大きさが等しく、また[[音の強さ|音響インテンシティ]]の時間平均は0となる。[[残響室]]は、拡散音場の条件を近似的に実現するために、全方位の面を反射性に仕上げた室である{{sfnp|『新版 音響用語辞典』|2003|p=145|loc=「残響室」}}{{refnest|できるだけ拡散性が高い音場を実現するために特に設計された長い残響時間をもつ室。{{harv|JIS Z 8106:2000|loc=残響室}} }}。

;波動方程式
:音波の挙動は[[波動方程式]]で表される。この[[支配方程式]]は通常、音圧''p'' を変数として表される<ref>{{cite|和書 |author=吉川茂 |author2=藤田肇 |title=基礎音響学 |publisher=講談社サイエンティフィク |year=2002 |page=152 |isbn=4-06-153972-8}}</ref><ref>{{cite|和書 |author=大野進一 |author2=山崎徹 |title=機械音響工学 |publisher=森北出版 |year=2010 |page=6 |isbn=978-4-627-66751-8}}</ref>。
::<math>\frac{\partial^2 p}{\partial t^2} = c^2\frac{\partial^2 p}{\partial x^2}</math>
:ここで''c'' は音速である。

;指向性
:音波の[[指向性]]は[[指向角]]で表すことができる。指向角は[[波長]]と[[振動子]]の大きさで決まり、波長が短い[[超音波]]は指向角が小さく（指向性が高く）、波長の長い[[可聴音]]は指向角が大きい（指向性が低い）。超音波は指向角が小さくビーム状に音波が伝わり、可聴音は指向角が大きく、たとえば人の声は全方位に伝わる。

;音波同士がぶつかった場合
:「[[重ね合わせの原理]]」と「[[波の独立性]]」という性質を持つ。同じ方向の音波が重なった場合の振幅は足し算となり（重ね合わせの原理）、音波同士がぶつかった場合は、お互いに影響を受けず、何事もなかったかのように元の波形を保ったまま伝播する（波の独立性）<ref name="Rossing27"/>。

== 平面波と球面波 ==
空間における音波の伝搬のモデルとしては、球面波と平面波がよく用いられる。3次元空間で等方的に伝搬する'''球面波'''は音源の近傍で用いられ、音源が波長に比べて小さい場合のモデルである。伝搬する方向に垂直な平面で同じ位相を持つ'''平面波'''は音源から遠く離れた場合のモデルであり、管径が波長に対して十分短い円管内での伝搬にも用いられる{{sfnp|『基礎音響学』|2019|p=62}}。

=== 平面波 ===
<math>x</math> 軸に沿って伝播する音波は1次元波動方程式
{{Indent|<math>\left( - \frac{ 1 }{ c^2 } \frac{ \partial^2 }{ \partial t^2 } + \frac{ \partial }{ \partial x^2 } \right) p = 0</math>}}
を満足し、その一般解は <math>f</math>, <math>g</math> を任意関数として
{{Indent|<math>p ( t, x ) = f ( x - c t ) + g ( x + c t )</math>}}
と表示できる<ref name="Rossing47"/>。これを[[平面波]]と呼び、<math>f</math> が <math>x</math> 軸正の向きに伝播する平面波、
<math>g</math> が負の向きに伝播する平面波を表す<ref name="Rossing47"/>。この平面波に対応する流体速度場は
{{Indent|<math>v_x ( t, x ) = \frac{ 1 }{ \rho c } f ( x - c t ) - \frac{ 1 }{ \rho c } g ( x + c t )</math>}}
である<ref name="Rossing47"/>。より一般に単位ベクトル <math>\mathbf{n}</math> の向きに伝播する平面波 <math>p</math> および対応する速度場 <math>\mathbf{v}</math> は
{{Indent|<math>p ( t, x ) = f ( \mathbf{n} \cdot \mathbf{n} - c t ) , \ \ \mathbf{v} = \frac{ \mathbf{n} }{ \rho c } p ( t, x )</math>}}
により与えられる<ref name="Rossing48"/>。

特に、<math>x</math> 軸正の向きに伝播する[[単色光|単色]]平面波は
{{Indent|<math>p ( t, x ) = | P | \cos \{ k ( x - c t ) + \phi_0 \} = \mathrm{Re} \left\{ P e^{i k ( x - c t )} \right\}</math>}}
と書ける<ref name="Rossing48"/>。ここに <math>\phi_0</math> は音波の位相に関する定数であり、<math>P = | P | e^{i \phi_0 }</math> は複素振幅である<ref name="Rossing48"/>。また <math>k</math> は音波の[[波数]]であり、[[波長]] <math>\lambda</math> および[[角振動数]] <math>\omega</math> と
{{Indent|<math>k = \frac{ 2 \pi }{ \lambda } = \frac{ \omega }{ c }</math>}}
という関係にある<ref name="Rossing48"/>。

=== 球面波 ===
座標原点から[[球対称]]に広がる音波は[[球面波]]を形成する<ref name="Rossing65"/>。これは[[球座標系]]での波動方程式
{{Indent|<math>- \frac{ 1 }{ c^2 } \frac{ \partial^2 }{ \partial t^2 } p + \frac{ 1 }{ r } \frac{ \partial }{ \partial r^2 } ( r p ) = 0</math>}}
から任意関数 <math>f</math>, <math>g</math> を用いて
{{Indent|<math>p ( t, r ) = \frac{ f ( r - c t ) }{ r } + \frac{ g ( r + c t ) }{ r }</math>}}
と表される<ref name="Rossing65"/>。<math>f</math> が外向き球面波、<math>g</math> が内向き球面波である。このうち内向き球面波については[[因果律]]のため自然には発生せず、音響学では主として外向き球面波だけが取り扱われる<ref name="Rossing65"/>。対応する速度場は動径成分 <math>v_r = \mathbf{v} \cdot \mathbf{e}_r</math> だけが<math>0</math>ではなく、<math>f</math> の原始関数 <math>F</math> を用いて
{{Indent|<math>v_r = \frac{ 1 }{ \rho c } \left[ - \frac{ F ( r - c t ) }{ r^2 } + \frac{ f ( r - c t ) }{ r } \right]</math>}}
と表される<ref name="Rossing66"/>。

特に波数 <math>k</math> の外向き単色球面波については、複素振幅を用いて
{{Indent|<math>\hat{p} ( t, r ) = A \frac{ e^{i k r} }{ r } , \ \ \hat{v}_r = \frac{ 1 }{ \rho c } \left( 1 - \frac{ 1 }{ i k r } \right) \hat{p} ( t, r )</math>}}
と表される（<math>A</math> は定数）<ref name="Rossing66"/>。その時間平均した強度は
{{Indent|<math>I = \frac{ 1 }{ 2 } \mathrm{Re} \left( \hat{p} \hat{v}_r^* \right) = \frac{ 1 }{ 2 \rho c } \frac{ | A |^2 }{ r^2 }</math>}}
であり、[[逆2乗の法則]]に従って減衰する<ref name="Rossing66"/>。

== 空気中の伝播 ==
音波の伝搬は、媒質を[[流体]]として扱い、[[流体力学]]において用いられる「粒子」（[[流体粒子]]）の概念を導入して考察する。この「粒子」は、音波の[[波長]]に比べて極めて小さい媒質の一部分であるが、個々の[[原子]]や[[分子]]ではなく、それらをマクロにとらえたものである{{sfnp|『基礎音響学』|2019|p=48}}。

ここで、分子や原子ではなく、粒子を単位として扱うのは、実際の分子は媒質の[[温度]]に応じて複雑な動き（[[気体分子運動論|熱運動]]）をしているため、音波の挙動を考察するにあたって、[[静圧]]状態では静止しているとみなせるような、一定のサイズにおける平均的な動きを見るためである{{sfnp|『基礎音響学』|2019|p=48}}。

大気中の音波は、[[空気]]を媒質とした[[疎密波]]の形で伝播する<ref name=":0">"音が空気などの媒質を伝搬し ... 音は空気中を「疎密波」として伝わります。" {{Harv|荒井|2025}}</ref><ref name=":1">"音は、空気の振動による疎密波で縦波である。" {{Harv|KI|2009|p=1}}</ref>。この過程は以下の連鎖により起きる<ref>"媒質中の粒子が動く方向と波の伝わる方向が一致する場合、縦波 ... 音波は縦波として空気中を伝搬します。" {{Harv|荒井|2025}}</ref>：

* [[気体]]粒子 A が進行方向上の別の気体粒子 B へ接近し「密」となる
* A は[[反作用]]で元の方向へ・B は受けた力で進行方向に進み「疎」となる
* 以上のループ（Bが進行方向上にあるCに接近）

これをマクロで見れば[[大気圧]]（静圧）を基準とした[[気圧]]の正負の変動（=[[音圧]]）が進行方向へ伝播していく<ref>"音による空気の振動は、大気圧を中心に圧力変化を起こします。この微小な圧力変動分を音圧と呼びます。" {{Harv|KI|2009|p=3}}</ref>。

音波が伝搬する速さ（[[音速]]）は、媒質の種類とその状態（[[密度]]など）により変化するが、[[音の強さ]]（音圧）によらず一定である。大気中を疎密波として伝搬する音波の音速は、海面・常温で[[毎秒]]約340 mである<ref name=":0"/><ref name=":1"/>。音波の伝搬する速さ（音速）は、波動方程式の記述に用いられ、[[音の強さ]]により変化する「粒子速度」とは異なる。

==利用例==
{{出典の明記| date = 2025年2月| section = 1}}
音波は物理現象であると同時に、[[生物]]の行動を媒介するもの・[[人間]]が産業的に価値を見出すものでもある。

以下は音波の利用例である：
* [[生物]]
** [[反響定位]]（エコーロケーション）: [[コウモリ]]。[[クジラ類]]の一部（[[イルカ]]）。[[鳥類]]の一部（[[アブラヨタカ]]）。
** [[音声]][[コミュニケーション]]: [[ヒト]]。マッコウクジラ（超低周波水中音波）。
*** [[音声合成]]
* [[産業]]
** 軍事
*** [[潜水艦]]探索（[[ソナー]]）
** [[医療]]
*** [[超音波検査]]（エコー）
*** [[結石]]除去（{{仮リンク|体外衝撃波結石破砕術|en|Extracorporeal shock wave lithotripsy}}）
** [[農林水産業]]
*** [[魚群探知機]]（[[ソナー]]）
** [[工業]]
*** 非破壊検査（[[超音波探傷試験]]）
*** SAWフィルタ（表面弾性波フィルタ）
*** 浮遊保持: [[浮遊炉#音波浮遊炉|音波浮遊炉]]における浮遊状態での材料の保持。電磁浮遊炉では浮遊できない酸化物等の非導電性材料の浮遊が可能。
*** 粒子成形: 噴霧された溶融粒子に粒径に応じた固有振動数の周波数の音波を当てる事で粒径一定に揃える

== 脚注 ==
{{reflist |2 |refs=
<ref name="Rossing27">{{harvp|Rossing|2007|p=27}}</ref>
<ref name="Rossing47">{{harvp|Rossing|2007|p=47}}</ref>
<ref name="Rossing48">{{harvp|Rossing|2007|p=48}}</ref>
<ref name="Rossing65">{{harvp|Rossing|2007|p=65}}</ref>
<ref name="Rossing66">{{harvp|Rossing|2007|p=66}}</ref>
}}

== 参考文献 ==
* {{Cite book |editor=Thomas D. Rossing |title=Springer Handbook of Acoustics |doi=10.1007/978-0-387-30425-0 |publisher=Springer |date=2007 |isbn=978-0-387-30446-5 |harv={{sfnref|Rossing|2007}} }}
* {{cite|和書|last1=安藤|first1=彰男|last2=鈴木|first2=陽一|last3=古川|first3=茂人|title=基礎音響学|publisher=[[コロナ社]]|year=2019|series=日本音響学会編 音響学講座 1|isbn=978-4-339-01361-0|ref={{sfnref|『基礎音響学』|2019}} }}
* {{cite|和書|title=新版 音響用語辞典|publisher=コロナ社|editor=日本音響学会|year=2003|isbn=4-339-00755-2|ref={{sfnref|『新版 音響用語辞典』|2003}}  }}
*{{cite|和書|author=日本産業規格|authorlink=日本産業規格|title=JIS Z 8106:2000（音響用語）|url=https://kikakurui.com/z8/Z8106-2000-01.html|ref={{sfnref|JIS Z 8106:2000|}} }}
*{{Cite web |url=https://splab.net/apd/ja/a100/ |title=音の伝搬（Propagation of Sound） |access-date=2025-02-18 |publisher=上智大学 |last=荒井 |first=隆行 |work=音響音声学デモンストレーション |ref={{Harvid|荒井|2025}}}}
*{{Cite journal|author=KI|year=2009|date=2009-05-28|title=音の測定の基礎 – 第２回「音の『波』としての性質」|url=https://www.onosokki.co.jp/HP-WK/eMM_back/emm92.pdf|journal=ONO SOKKI -- info channel|issue=92|pages=1-4}}

== 関連項目 ==
* [[音]]
* [[音高]]
* [[周波数]]
* [[音響共鳴]]
* [[声]]
* [[超音波]]
* [[音響兵器]]
* [[音波探査]]

{{Normdaten}}
{{DEFAULTSORT:おんは}}
[[Category:音]]
[[Category:音響工学]]
[[Category:振動と波動]]