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[[物理学]]、特に[[量子力学]]において、'''WKB近似'''(WKBきんじ、{{lang-en-short|WKB approximation}})、または'''WKB法'''とは、[[シュレディンガー方程式]]の[[半古典論]]的な[[近似]]解法の一つ<ref name ="landau_lifshitz"> L. D. Landau and E.M. Lifshitz (1981), chapter.VII</ref><ref name ="igi_kawai">猪木、河合(1994), 第10章</ref>。[[プランク定数]]を[[古典力学]]と量子力学を結びつける摂動パラメーターとみなした[[摂動]]であり、古典力学と量子力学の対応関係を説明する新たな観点を与える。WKBの名は、量子力学の研究の中で理論の発展に寄与した3人の物理学者{{仮リンク|グレゴール・ウェンツェル|label=ウェンツェル|en|Gregor Wentzel}}(Wentzel)、[[ヘンリク・アンソニー・クラマース|クラマース]](Kramers)、[[レオン・ブリルアン|ブリルアン]](Brillouin)らの頭文字に因むものである。なお、応用数学者で地球科学者である[[ハロルド・ジェフリーズ|ジェフリーズ]](Jeffreys)も独自にこの手法を考案し、多くの問題に適用したことから、その名を加え、'''WKBJ近似'''とも呼ばれる。WKB近似は最高階の[[導関数]]に摂動パラメーターが乗じられた[[特異摂動]]問題を扱う手法の一つであり、シュレディンガー方程式のみならず、より一般的な[[線形微分方程式]]の特異摂動問題にも応用される{{sfn|柴田(2009)}}。 == 概要 == プランク定数<math>h</math>(または<math>\hbar=h/2\pi</math>)は、量子力学を特徴付けるパラメーターであり、<math>\hbar \rightarrow 0</math>とする極限では、量子力学は古典力学に移行することが期待される。WKB近似では、量子力学の基本方程式である[[シュレディンガー方程式]]について、その解を<math>\exp{(\frac{i}{\hbar}S)}</math>の形で仮定し、<math>S</math>を<math>\hbar</math>の摂動級数として展開する。このとき、<math>\hbar</math>の1次の項までをとる近似を行うことから、半古典近似もしくは準古典近似とも呼ばれる。なお、<math>\hbar \rightarrow 0</math>の極限では<math>S</math>は[[作用積分]]としての意味を持つ。WKB近似により、[[古典論]]的に粒子が到達可能な領域での近似解と、古典論的に粒子が到達不可能ではあるが、[[量子論]]的な[[トンネル効果]]によって存在可能となる領域での近似解が得られる。この二つの領域を隔てる転回点と呼ばれる特異点では、二つの領域での解を結ぶ必要があり、接続の問題が現れる。 == 手法 == [[ポテンシャル]]<math>V(x)</math>の下、運動する一次元の粒子の[[波動関数]]<math>\psi(x)</math>が満たすシュレディンガー方程式は次の形をとる。 :<math> \biggl [ \frac{1}{2m} \biggl( \frac{\hbar}{i}\frac{d}{dx} \biggr )^2+V(x) -E \biggr ]\psi(x)=0 </math> 但し、<math>m</math>は粒子の質量、<math>E</math>はエネルギーである。この方程式を満たす波動関数の形として、位相<math>S</math>をもつ :<math> \psi(x)= e^{ \frac{i}{\hbar}S(x) } </math> と仮定する。このとき、<math>S</math>は次の方程式を満たす。 :<math> \frac{1}{2m} \biggl [ \frac{\hbar}{i}\frac{d^2 S}{ dx^2}+ \biggl( \frac{d S}{ dx} \biggr )^2 \biggr ] +V(x)-E=0 </math> <math>\hbar \rightarrow 0</math>とする極限では、この微分方程式は古典力学の[[ハミルトン-ヤコビ方程式]]に帰着し、位相<math>S</math>は[[作用積分]](ハミルトンの主関数)に対応している。ここで、<math>S</math>が<math>\hbar</math>に対する摂動展開 :<math> S(x) = S_0(x)+\biggl ( \frac{ \hbar}{i} \biggr ) S_1(x)+\biggl ( \frac{ \hbar}{i} \biggr )^2 S_2(x)+ \cdots </math> を持つとする。このとき、<math>E>V(x)</math>である粒子が古典的に運動可能な領域では、0次の項と1次の項は、<math>S</math>についての微分方程式を解くことで次の形で求まる。 :<math> S_0 = \pm \frac{i}{\hbar} \int^x \! p(x')dx' , \quad S_1 = \ln{\frac{1}{\sqrt{p(x)}}}+const. </math> 但し、<math> p(x)</math> は、 :<math> p(x)= \sqrt{2m(E-V(x))} </math> で与えられる古典的な局所運動量であり、古典的な関係式<math> E=p^2/2m+V(x)</math>を満たす。1次の項までをとる近似を行えば、作用積分<math>S</math>は :<math> \frac{i}{\hbar} S \sim \frac{i}{\hbar}(S_0 + \hbar S_1) = \pm \frac{i}{\hbar} \int^x \! p(x')dx'+ \ln{\frac{1}{\sqrt{p(x)}}}+const. </math> であり、古典的に運動可能な領域<math>E>V(x)</math>の領域での波動関数は、 :<math> \psi(x)=\frac{C_1}{\sqrt{p(x)}} e^{+\frac{i}{\hbar} \int p(x)dx}+ \frac{C_2}{\sqrt{p(x)}} e^{-\frac{i}{\hbar} \int p(x)dx} \quad( E>V(x)) </math> で与えられる。粒子が位置<math>x</math>から位置<math>x+dx</math>の間の存在する確率は、<math> |\psi(x)|^2dx</math>であるが、係数の因子<math> 1/\sqrt{p(x)}</math>により、この確率は<math> 1/p(x)</math>に比例する。これは、古典粒子が <math>dx</math>の間に存在する確率が速度(または運動量)の逆数に比例することに対応する。 古典的に粒子が運動不可能な領域<math>E<V(x)</math>の領域では、局所運動量は[[純虚数]]となり、その代わりに :<math> \tilde{p}(x)= \sqrt{2m(V(x)-E)} \quad (p(x)=i \tilde{p}(x)) </math> によって、波動関数は、 :<math> \psi(x)=\frac{C'_1}{\sqrt{\tilde{p}(x)}} e^{+\frac{1}{\hbar} \int \tilde{p}(x)dx}+\frac{C'_2}{\sqrt{\tilde{p}(x)}} e^{-\frac{1}{\hbar} \int \tilde{p}(x)dx} \quad( E<V(x)) </math> となる。これは[[トンネル効果]]により、ポテンシャルの壁を越えて古典的に到達不可能な領域へ滲みだす波動関数を表している。 これらの近似はポテンシャル関数の空間的な変化が緩やかであり、粒子の[[ド・ブロイ波|ド・ブロイ波長]]<math>\lambda/2\pi=\hbar/p</math>の空間変化が十分小さい場合に有効となる。 <math>p(x)=0(E=V(x))</math>となる転回点では上記のWKB近似が破綻するが、エアリ関数の遠方での漸近形を考えることにより転回点の両側での波動関数の接続を調べることができる。 以下、転回点の周りでのポテンシャルの変化が十分緩やかだとして <math> V(x)=V(a)+\alpha(x-a), \qquad \alpha\equiv V'(a), \qquad V(a)=E </math> だと仮定する。ここでは<math> V'(a)>0 </math>ととる。 シュレディンガー方程式は <math> \biggl [ -\frac{\hbar^2}{2m} \frac{d}{dx}^2+V'(a)(x-a) \biggr ]\psi(x)=0 </math> となる。 <math> y=\biggl(\frac{2mV'(a)}{\hbar^2}\biggr)^\frac{1}{3}(x-a) </math> と変数変換すると、 <math> \biggl({d \over dy^2}-y\biggr)f(y)=0 </math> となりエアリの微分方程式になる。この2階微分方程式の基本解、第1種[[エアリー関数|エアリ関数]]と第2種エアリ関数の<math>y\gg1 </math>であるときの漸近形は以下のようになっている。 <math>\operatorname{Ai}(+y)\sim \frac{1}{2}\dfrac{e^{-\frac{2}{3}y^{\frac{3}{2}}}}{\sqrt\pi\,y^{\frac{1}{4}}}, </math> <math>\operatorname{Ai}(-y)\sim \frac{\sin \left(\frac23y^{\frac{3}{2}}+\frac{\pi}{4} \right)}{\sqrt\pi\,y^{\frac{1}{4}}} </math> <math>\operatorname{Bi}(y)\sim \frac{e^{\frac{2}{3}y^{\frac{3}{2}}}}{\sqrt\pi\,y^{\frac{1}{4}}},</math> <math>\operatorname{Bi}(-y) \sim \frac{\cos \left(\frac23y^{\frac{3}{2}}+\frac{\pi}{4} \right)}{\sqrt\pi\,y^{\frac{1}{4}}} </math> <math>E=V(a)</math>である点を挟んでWKB近似解を接続するには、 <math>\frac{1}{\sqrt{p(x)}}\cos\biggl(-\frac{\pi}{4}+\frac{1}{\hbar}\int_{x}^{a}p(x) dx\biggr) \leftrightarrow \frac{1}{2}\frac{1}{\sqrt{\tilde{p}(x)}}\exp\biggl(-\frac{1}{\hbar}\int_{a}^{x}\tilde{p}(x) dx\biggr) </math> <math>\frac{1}{\sqrt{p(x)}}\sin\biggl(-\frac{\pi}{4}+\frac{1}{\hbar}\int_{x}^{a}p(x) dx\biggr) \leftrightarrow \frac{1}{\sqrt{\tilde{p}(x)}}\exp\biggl(+\frac{1}{\hbar}\int_{a}^{x}\tilde{p}(x) dx\biggr) </math> とすればよい。 == 歴史 == [[量子力学]]における近似解法として有名なWKB法であるが、歴史的には[[量子力学]]の成立以前から幅広い分野に応用されてきた<ref name ="froeman_froeman">N. Froeman and O. Froeman(2002), chapter.1</ref>。WKB法の端緒は19世紀初頭に{{仮リンク|フランチェスコ・カルリーニ|en|Francesco Carlini}}が[[天体力学]]の問題に適用したこととされる<ref name ="carlini1817">Francesco Carlini, '' Ricerche sulla convergenza della serie che serva alla soluzione del problema di Keplero'', Milano.(1817) </ref>。1817年にカルリーニは太陽の周りを運行する天体の楕円軌道について、摂動を行う際に、今日でいうところの古典的に到達可能領域での1次のWKB近似を行った。その後、1837年に[[ジョゼフ・リウヴィル]]は、[[熱伝導]]の問題を扱う際に、シュレディンガー方程式タイプの2階線形常微分方程式にWKB近似を適用した<ref name ="liouville1837">Joseph Liouville, "Sur le développement des fonctions et séries," ''Journal de Mathématiques Pures et Appliquées'', '''1''' pp. 16–35 (1837)</ref>。また、1837年に[[ジョージ・グリーン]]は、緩やかに変化する狭い幅と浅い深さの運河における流体の運動を扱う際に、時間と空間を変数とする[[偏微分方程式]]に対して、WKB近似を適用した<ref name ="green1837">{{Cite journal |title=On the motion of waves in a variable canal of small depth and width |author=Green, George and others |year=1838 |journal=Transactions of the Cambridge Philosophical Society |volume=6 |pages=457-462 |url=https://ui.adsabs.harvard.edu/abs/1838TCaPS...6..457G/abstract}}</ref>。 == 脚注 == {{Reflist|2}} == 参考文献 == * Nanny Froeman and Per Olof Froeman, ''Physical Problems Solved by the Phase-Integral Method'', Cambridge University Press (2002) ISBN 978-0521812092 * L. D. Landau and E.M. Lifshitz, ''Quantum Mechanics (Non-Relativistic Theory): Course of Theoretical Physics , Volume 3'', Butterworth-Heinemann (1981) ISBN 978-0750635394; [[レフ・ランダウ|L.D. ランダウ]], [[エフゲニー・リフシッツ|E.M. リフシッツ]] (著)、[[水戸巌]]、 [[恒藤敏彦]]、 [[廣重徹]] (翻訳) 『量子力学―非相対論的理論 (1) ([[理論物理学教程|ランダウ=リフシッツ理論物理学教程]])』 東京図書 (1983) ISBN 978-4489000584 * [[猪木慶治]]、 [[川合光]] 『量子力学II』 講談社 (1994) ISBN 978-4061532120 * {{cite book|和書|author=柴田正和 |title=漸近級数と特異摂動法 : 微分方程式の体系的近似解法 |publisher=森北出版 |year=2009 |ISBN=9784627076310 |id={{国立国会図書館書誌ID|000010001784}} |url=https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010001784 |ref={{harvid|柴田(2009)}}}} * {{Cite journal|和書|author=岩木耕平, 小池達也, 竹井優美子 |date=2019-02 |url=https://hdl.handle.net/2433/251812 |title=Voros係数と位相的漸化式 (超局所解析と漸近解析) |journal=数理解析研究所講究録 |ISSN=1880-2818 |publisher=京都大学数理解析研究所 |volume=2101 |pages=23-38 |hdl=2433/251812 |CRID=1050566774764190464}} == 関連項目 == * [[量子力学]] ** [[半古典論]] * [[摂動]] {{デフォルトソート:WKBきんし}} [[Category:量子力学]] [[Category:解析学]] [[Category:ヘンリク・アンソニー・クラマース]] [[Category:レオン・ブリルアン]] {{physics-stub}}
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