エルランゲン・プログラムのソースを表示

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'''エルランゲン・プログラム'''（{{lang-de-short|Erlanger Programm}}、{{lang-en-short|Erlangen program}}）とは、[[1872年]][[フェリックス・クライン]]が23歳で[[フリードリヒ・アレクサンダー大学エアランゲン＝ニュルンベルク|エルランゲン大学]]の教授職に就く際、[[幾何学]]とは何か、どのように研究すべきものかを示した指針である。日本語では'''エルランゲン(の)目録'''と表記される場合もある<ref>『岩波数学事典（第4版）』の項目名では「エルランゲンの目録」、[[矢野健太郎 (数学者)|矢野健太郎]]編『数学小辞典』（[[共立出版]]）では「エルランゲン目録」となる。</ref>。 

== 概説 ==
古代ギリシアにおいて「幾何学」といえば[[ユークリッド幾何学]]の事であったが、数学の発展に伴い、様々な幾何学が登場した。その契機の一つは[[非ユークリッド幾何学]]の発見であり、[[双曲幾何学]]および[[楕円幾何学]]というユークリッド幾何学の[[平行線公準|平行線公理]]を満たさない新しい幾何学が提唱された。

この他にも[[遠近法]]の数学的な基盤として登場した[[射影幾何]]をはじめとして、[[アフィン幾何学]]（{{Lang-en-short|Affine geometry}}）、[[:en:conformal_geometry#Möbius_geometry|メビウス幾何学]]（{{Lang-en-short|Möbius geometry}}）、{{仮リンク|リー球面幾何学|en|Lie sphere geometry}}（{{Lang-en-short|Lie sphere geometry}}）、ラゲール幾何学（{{Lang-en-short|Laguerre geometry}}）などが登場した<ref name=":0" />。



クラインのエルランゲン・プログラムは、[[ソフス・リー]]の''{{De|Theorie der Transformationsgruppen}}''（変換群の理論、今日で言う[[リー群]]の理論）に基づいて<ref>[[#Klein]] p.1.</ref>、こうした複数の幾何学を統一的な視点で扱うための{{Ruby|綱領|プログラム}}を提示する。今日の言葉で言えば、これは幾何学を'''[[等質空間]]'''とみなす、というものである<ref name=":0" />。（なお古くは<!-- 原文に「古くは」（Older）とあるのでいつの事か不明。 -->等質空間の事を'''クライン空間'''（{{Lang-en-short|Klein space}}）と呼んだ<ref>[[#Sharpe]] pp.153. なお原文に「古くは」（{{En|Older}}）とあるので具体的にいつの事であるか不明。</ref>）。

すなわち、クラインの意味での'''幾何学'''とは[[リー群]]{{Mvar|G}}と、{{Mvar|G}}が推移的に[[群作用|作用]]する[[多様体]]{{Mvar|X}}との組<math>(G,X)</math>の事である<ref name=":0">[[#Sharpe]] pp.138-139.</ref>。クラインは{{Mvar|G}}の事を''{{De|hauptgruppe}}''<ref name=":1">[[#Birkhoff]] p.7. </ref><ref group="注">なお、[[#Sharpe]] p.138はhau'''g'''tgruppeとしているが、「haugt」という単語は[https://dictionary.cambridge.org/dictionary/german-english/ Camblidge German-English Dictionary]に載っておらず、対して「haupt」はchiefの意味で[https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english-german/chief 載っている]ので、[[#Birkhoff]] p.7.の「haupt」が正しいと判断した。</ref>（{{En|chief group}}<ref name=":1" />）と呼び、[[:en:Mellen_Woodman_Haskell|ハスケル]]はこれを''{{En|principal group}}''と訳した<ref name=":0" />。{{Mvar|X}}上に一点{{Mvar|x}}を取り、{{Mvar|x}}の固定部分群を<math>H_x =\{h \in G \mid hx=x \}</math>とすると、<math>H_{gx} = g^{-1} H g  </math>と{{Mvar|x}}によらず{{Mvar|H{{sub|x}}}}は同型であり、{{Mvar|X}}は
: <math>[g] \in G/H \to gx \in X </math>

により自然に<math>G/H_x</math>と同型である。このため<math>(G,X)</math>のかわりにリー群{{Mvar|G}}とその閉部分リー群{{Mvar|H{{sub|x}}}}の組<ref group="注">{{Mvar|H}}が閉であるという条件は、<math>G/H</math>に多様体が入る事を保証するために入れている。なお、任意の等質空間<math>(G,X)</math>と任意の<math>x\in X</math>に対し、{{Mvar|x}}の固定部分群は必ず{{Mvar|G}}の閉部分リー群となる。</ref><math>(G,H_x) </math>の事をクラインの意味での幾何学と呼んでも良い<ref name=":0" /><ref>[[#Sharpe]] pp.150.</ref>。

具体例は以下の通りである：
{| class="wikitable"
|+
!幾何学
!{{Mvar|X}}
!{{Mvar|G}}
!{{Mvar|H}}
|-
|[[ユークリッド幾何学]]
|<math>\mathbb{E}^n=\mathbb{R}^n </math>
|<math>\mathbb{E}^n</math>上の[[等長写像|等長変換]]群

<math>\mathrm{Isom}(\mathbb{E}^n)=\{f_{A,b} \mid A \in O(n), b \in \mathbb{R}^n\}</math>

ここで<math>O(n)</math>は[[直交群]]であり、<math>f_{A,b}(x)=Ax+b </math>
|<math>O(n)</math>
|-
|[[楕円幾何学]]
|<math> \mathbb{P}^n =\mathbb{R}^{n+1}/\sim  </math>ここで<math>x \sim y \iff \exists k \in \mathbb{R}~:~ x = ky </math>
|<math>\mathbb{P}^n</math>上の等長変換群

<math> \mathrm{Isom}(\mathbb{P}^n)= O(n+1)  </math>
|<math>\left\{
\begin{pmatrix}
A & 0\\
0 & 1
\end{pmatrix}
 \Bigg| A\in O(n) 
 \right\}</math>
|-
|[[双曲幾何学]]
|<math>\mathbb{H}^n = \{x \in \mathbb{R}^{n+1}\mid x_1{}^2+\cdots + x_{n}{}^2 - x_{n+1}{}^2 =1\}  </math>ここで<math>x=(x_1,\ldots,x_{n+1})</math>
|<math>\mathbb{H}^n</math>上の等長変換群

<math> \mathrm{Isom}(\mathbb{H}^n)=O(n,1)  </math>

ここで<math>O(n,1)</math>は[[ローレンツ群]]である。
|<math>\left\{
\begin{pmatrix}
A & 0\\
0 & 1
\end{pmatrix}
 \Bigg| A\in O(n) 
 \right\}</math>
|-
|(実)[[射影幾何学]]
|<math> \mathbb{P}^n =\mathbb{R}^{n+1}/\sim  </math>ここで<math>x \sim y \iff \exists k \in \mathbb{R}~:~ x = ky </math>
|[[射影線型群]]<math>\mathrm{PGL}_{n+1}(\mathbb{R}) =\mathrm{GL}_{n+1}(\mathbb{R})/\sim</math>ここで<math>A \sim B \iff \exists k \in \mathbb{R} ~:~ A = kB </math>
|<math>\left\{
\begin{pmatrix}
 * & 0\\
 * & * 
\end{pmatrix}
 \in \mathrm{GL}_{n+1}(\mathbb{R})
\right\} / \sim </math>
|}

クラインの幾何学では、<math>G</math>の作用に不変な性質を探る事が目的となる。例えばユークリッド幾何学では、等長変換に不変な性質、例えば三角形の合同、を研究する。


注意すべきは空間{{Mvar|X}}が同一でも、{{Mvar|G}}が異なれば別の幾何学とみなされる事である。例えばユークリッド空間<math>\mathbb{E}^n</math>上に[[アフィン群|アフィン変換全体]]のなすリー群を{{Mvar|G}}として選んだ'''[[アフィン幾何学]]'''や[[図形の相似|相似変換]]全体のなすリー群を{{Mvar|G}}として選んだ'''相似幾何学'''はユークリッド幾何学とは区別される。アフィン幾何学では、アフィン変換に不変な性質を探ることになるので、ユークリッド幾何学での研究対象であってもアフィン幾何学の研究対象ではないものが存在する。例えば前述した三角形の合同はアフィン変換に対して不変ではないので、アフィン幾何学の研究対象ではない。

== カルタンの幾何学 ==
{{Main|カルタンの幾何学}}
クラインの考え方は数学界に大きな影響を与え、当時乱立していた各種の幾何学を近代的な視点で再統一することに成功した。クラインの定義はその後数十年の間主流であり続けたが、ただ[[ベルンハルト・リーマン]]が創立した[[リーマン幾何学]]のみは等質空間とみなせず、したがってエルランゲン・プログラムでは捉えられなかった。

20世紀に入り、[[ヘルマン・ワイル]]の創出した[[アフィン接続]]を契機に、[[アンリ・カルタン]]らによってクラインの幾何学とリーマン幾何学を包括する[[カルタンの幾何学]]が提案された。
{|
|+'''幾何学の関係性'''<ref>[[#Sharpe]] Preface.</ref>
| rowspan="3" |[[ユークリッド幾何学]]
|一般化　
| rowspan="3" |'''クラインの幾何学'''
|-
|　→　
|-
|　
|-
|　　　↓一般化
|
|　　　↓一般化
|-
| rowspan="3" |[[リーマン幾何学]]
|一般化
| rowspan="3" |カルタンの幾何学
|-
|　→　
|-
|　
|}


リーマン幾何学が、[[多様体]]{{Mvar|M}}の各点の[[接ベクトル空間]]を[[計量ベクトル空間]]とみなすように、カルタンの幾何学では、{{Mvar|M}}の各点の接ベクトル空間を<math>\mathfrak{g}/\mathfrak{h}</math>とみなす。ここで<math>\mathfrak{g}</math>、<math>\mathfrak{h}</math>はそれぞれ、クラインの意味の幾何学<math>(G,H)</math>を構成するリー群{{Mvar|G}}、{{Mvar|H}}の[[リー代数]]である。

== サーストンの幾何学 ==
{{Main|幾何化予想#幾何学的モデル}}
[[ウィリアム・サーストン|サーストン]]は自身の[[幾何化予想|幾何学化予想]]を定式化する際、新たな幾何学の概念を定式化した。サーストンの意味の'''幾何学'''は、リーマン多様体上のクラインの意味での幾何学であり、群作用がリーマン計量と両立し、しかもある種の極大性をみたすものとして定式化される。


3次元空間には8種類の幾何学が存在し、3次元多様体を適切に分解したものには必ずこの8つの幾何学のいずれかが入る、というのが幾何学化予想で、[[グリゴリー・ペレルマン|ペレルマン]]により解決された。

== 脚注 ==

=== 注釈 ===
{{Reflist|group=注}}

=== 出典 ===
{{Reflist}}

== 文献 ==

=== 参考文献 ===
*{{Cite book|洋書 |title=Differential Geometry: Cartan's Generalization of Klein's Erlangen Program |date=1997/6/12 |publisher=Springer |series=Graduate Texts in Mathematics |volume=166 |author=R.W. Sharpe |ref=Sharpe |isbn=978-0387947327}}
* {{Cite book|洋書 |title=History and Philosophy of Modern Mathematics |date=1988 |publisher=University of Minnesota Press |author=Garrett Birkhoff and M. K. Bennett |chapter=Felix Klein and His “Erlanger Program” |editor=Aspray and Kitcher|ref=Birkhoff}}

=== 原論文 ===
*{{Cite journal|first=Felix|last=Klein|title=Vergleichende Betrachtungen über neuere geometrische Forschungen|journal=Mathematische Annalen|volume=43|year=1893|pages=pp. 63-100}} (Also: Gesammelte Abh. Vol. 1, Springer, 1921, pp. 460-497)
*ドイツ語
**[http://www.xs4all.nl/~jemebius/ErlangerProgramm.htm 原論文のHTML版]
** {{PDFLink|[https://math.ucr.edu/home/baez/erlangen/erlangen.pdf 原論文のPDF版]}}
*英訳
**{{Cite web |url=https://projecteuclid.org/journals/bulletin-of-the-american-mathematical-society-new-series/volume-2/issue-10/A-comparative-review-of-recent-researches-in-geometry/bams/1183407629.full |title=A comparative review of recent researches in geometry |access-date=2023/11/09 |publisher=[[:en:Project Euclid|Project Euclid]]}}原著者のクライン、および英訳者の[[:en:Mellen_Woodman_Haskell|ハスケル]]双方とも死後70年が経過しているため著作権切れ。
**{{Cite arXiv|last=Klein|first=Felix C.|title=A comparative review of recent researches in geometry|eprint=0807.3161|ref=Klein}}上記を[[LaTeX]]で打ち直したもの
*邦訳：
**{{Cite book|和書|author=ダフィット・ヒルベルト|authorlink=ダフィット・ヒルベルト|coauthors=[[フェリックス・クライン]]|others=[[寺阪英孝]]・[[大西正男]]訳・解説|year=1970|title=幾何学の基礎/エルランゲン・プログラム|series=現代数学の系譜7|publisher=共立出版|isbn=4-320-01160-0|url=http://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320011601}}

== 関連項目 ==
* [[等質空間]]
* [[射影幾何学]]
* [[双曲幾何学]]
* [[楕円幾何学]]
* [[ミンコフスキー空間]]
* [[ローレンツ変換]]
* [[数学における統一理論]]

== 外部リンク ==
*高木亮一『[https://kotobank.jp/word/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%B3%E7%9B%AE%E9%8C%B2-37839#E6.97.A5.E6.9C.AC.E5.A4.A7.E7.99.BE.E7.A7.91.E5.85.A8.E6.9B.B8.28.E3.83.8B.E3.83.83.E3.83.9D.E3.83.8B.E3.82.AB.29 エルランゲン目録]』 - [[コトバンク]]
*{{Kotobank|エルランゲン・プログラム}}

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